※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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エロ日常編に突入!!! 次回からエロ連続挿入で進行していきますので、どうぞよろしく。物語の秘密やら新キャラやらあの近頃出ていないキャラがガッツリ出る予定。では、次回。感想を下さった方、時系列があまりこんがらがらないよう気を付けます(汗)


第三章~西部仮面編3~
第三章三十五節


第三章三十五節「その日常に祝福をⅠ」

 

―――アルヴァス北部商業都市イルハブラ国立武道館。

 

『頑張れ~~!!!』

『負けるな~~!!!』

 

 黄色い声援が響く巨大施設の一角。

 

 40m程の円台が幾つも並ぶ開けた会場は熱気に包まれていた。

 

 舞台(バトルフィールド)の上ではまだ歳若い少年少女から青年達まで何百人もの学生達が己の技を尽して様々なルールの下、戦い続けている。

 

 武芸術の大会。

 

 それも西部の全ての国から学生を動員した最大規模の催しである。

 

 道沿いには数多くの応援団と関係者。

 

 それから軍や様々な組織の勧誘者。

 

 諸々、混沌とした大勢が注目のカードを見ようと押し合い圧し合い席を奪い合い、自国を応援するなり、注目の【戦手】を見つめるなりしている。

 

 春もそろそろ終わろうかと言う季節。

 

 今年は雨季らしい日が殆ど無いと気象台が予測した通り。

 

 強くなりつつある日差しの下。

 

 剣に拳に魔術に銃に文字通りの火花が散っている。

 

 会場内部に敷設された概念魔術の大方陣が常に起動しており、争う学生達は命の危機も無く全力で相手を下しては歓声を受け、あるいは下されて地べたに這いつくばっていた。

 

 今年の開催は“あの事件”以降無理ではないかと囁かれていたものの。

 

 何とか漕ぎ付けたらしく。

 

 昨年より予算も気合も入った委員会の実績は名大会として歴史を刻むに十分なものとして新聞では報道されている。

 

「アルヴァス・カレッジ武芸術部ファイトー!!」

 

 会場の端。

 

 観客もそこそこな桟敷席に小さな横断幕が掲げられていた。

 

【羽ばたけ!! アルヴァス・カレッジ武芸術部】

 

 との文言は誰が考えたものか。

 

 部長の人はそもそもそんなものを用意するような無粋ではないし、部員の二名にしても基本的に戦闘を応援されるという事自体に苦笑気味だ。

 

 となれば、用意したのは彼女達しかいない。

 

 応援団。

 

 否、“九十対十”ばかりな応援団(ハーレム)の面々である。

 

「イクスさ~ん!! イケイケです~!!」

 

「イクス。頑張れ~」

 

「イクス・ゼオ。こういう時くらい真面目にしてください!!」

 

「イクス。ゴハン、アトで食べよう!!」

 

「!」

 

 上からハイダル・エス・トリア、リーシャ・ハーモニア、奏美紗、シルルゥ・ゼオ、エルフの少女の順に声援が飛ぶ。

 

 学生な四人は制服姿。

 

 エルフの少女は羊の着ぐるみっぽい衣装を頭まで被っていた。

 

 その横で明らかにダルそうな顔をしているのはハイダル・エス・トリアの実兄であるアーギスト・エス・トリアと彼の相棒である帽子のコサージュもそのままな無敵番長ジルムス・デダルだ。

 

(何故、こんな事に……)

 

 アーギストがどんよりした気分で対戦者達を見やる。

 

 言わなくたって、自問しなくたって、分かっているはずだ。

 

 彼の可愛い妹が『兄さん!! イクスさんの応援に行きましょう!! え? 研究? そんなどーでもいい事は後で幾らでもしてくれて構いませんから、とりあえずコレを明日までにお願いしますね?』と恋する乙女全開で頼んだからだ。

 

 嫌と言えるはずもない。

 

 “あの事件”以降すっかり妹の中で株を上げた少年を彼アーギストもまた認めざるを得なくなっていたのだから。

 

 一応、それらしい理由。

 

 少年の戦闘力の定期計測、を内心自分への口実にしたが、虚しさが付きまとうのは仕方ない。

 

 そもそもアーギストは根っからのインドア派だ。

 

 文明の精粋。

 

 平和の象徴たるスポーツなんて戦技を競う場だとしても座学の魔術師にしてみれば、明日の晩飯が豪華になる以上の衝撃ではない。

 

 学生時代から根暗、研究馬鹿、苔の生えた魔術師(笑)扱いされてきた彼にとって、華やかな場は基本的に相性が良くない超アウェー感漂う磔刑場でしかなかった。

 

『ふはははは。くらえ!! 我が絶技【戦神ノ火】(アトミック・ブレイズ)ッッッ!!!!』

 

 妙に恥しい名前を叫びながらイクス・ゼオの対戦相手が魔術を上空に打ち上げる。

 

(ただの打ち上げ式の純粋波動魔力の熱置換攻撃だろう。しかも【意匠】も無しとはお粗末だな。馬鹿なのか)

 

 不機嫌の塊に近いアーギストが対戦相手を酷評しつつ分析する。

 

『な、何ぃいいいいいい?!! 我が【戦神ノ火】を斬り裂くだとぉうううううううう!!?』

 

(どうしてわざわざ技名を叫ぶんだ……その間に詠唱魔術の一つでも呟かないのか。馬鹿なのか)

 

『くッッ!! やるな!? だが、貴様は、オレを、怒らせたッッ!!? 喰らえ!!! 絶技!!! 【戦神ノ剣】(ブレイズ・ソード)ッッッ!!!? トォォォォォウ!!!』

 

(何故、ただの魔力の熱置換を剣に置き換えただけで絶技なんだ……しかも、300度も超えない温度の時点で何か間違ってるだろう……いや、剣が融解するのを抑えているのだとしても。馬鹿なのか)

 

『ば、馬鹿なぁあああああ!!? オレの【戦神ノ剣】を受け止める剣だとぉう!? そ、それはまさか伝説の魔剣ッッ!!?』

 

(ただのアルヴァスの旧い伝統工芸品だ!! 技術的には百年近く前のものだが、探せば同じような技術を持つ研ぎ師や錬金術師くらいいるだろう。というか、そっちはどう見ても市販品なのだが。馬鹿なのか)

 

『まさか、こんな二回戦でこいつを使う事になるとはな。うぉおおおおおおおおおおッッッ!!!? ふんぬぅううううううううううううううううううううううううう!!!! 秘儀【戦神ノ身体】(ゴッド・ブレイバー)ッッッ!!!? これを見せたのはお前で二人目だ!!!』

 

(ただの魔力の運動エネルギー置換と細胞活性を合わせた基礎強化魔術だろう!! そもそもどう見ても魔術師寄りの術体系なのに近接格闘にする意味が無いッ!!! 馬鹿なのかッ!!!)

 

『ぐあぁあああああああああ!!!? この神にも劣らぬ肉体を拳だけで吹き飛ばす、だとッ?!!? き、貴様!!? まさか、魔王四天王のッッ!!! いや、まさかッ!? 奴は死んだッ!! そんなはずはない!!? だとすれば、貴様もオレと同じ!? 呪われた血統を持つ―――だが、オレは負けん!! オレには後二回の変身が残され―――』

 

【勝者アルヴァス・カレッジ武芸術部。判定は赤5白0。次の対戦は一時間後となります】

 

(帰ろう。我が家へ)

 

 固い決意でアーギストが行動を起こすよりも先に黄色い悲鳴が周囲で上がる。

 

「きゃ~~兄さん!! イクスさんが勝ちましたよ!! 相手は物凄く強そうだったのに勝ちましたよッ!!」

 

「イクス。カッコイイ……また璃紗一杯応援するから!!」

 

「イクス・ゼオ。この程度で奢っては次の試合に勝てませんよ」

 

「勝った。イクス。勝った♪」

 

「♪」

 

 女性陣の中で割とまともなはずの美紗すら何処か嬉しそうにしているのを見て、アーギストはやはり自分とこういう場の相性は最悪だと再認識した。

 

「ったく。きゃーきゃーうるせぇ……」

 

 もう完全に昼寝の体制で前の席に足を乗っけていたジルムスが愚痴る。

 

「………」

 

「な、何だよ」

 

 視線を向けずとも相棒の何か言いたげな気配を感じたジルムスが呟く。

 

「あそこにいるのはお前でもおかしくないと思ってな」

 

「オレがこんなかったりぃ大会に出ると思うか? それ以前に仲良しクラブに入って腕を磨く趣味は無ぇぜ」

 

「そもそも協調性ゼロのお前が部に入る事自体不可能だろう」

 

「悪かったな。協調性ゼロで」

 

「そもそもお前の能力はこういう競技的なものには向かないものばかりだからな。波動経由の全方位打撃術なんて大陸でも殆ど残ってない。その技能に対応出来る連中が学生にいるとも思えん。この程度の大会なら相手は何をされたかも分からずに撃沈。存外優勝も視野に入るか……」

 

「褒めてんのか?」

 

「いや、平和な時代の学生の夢を壊すのは忍びないという話だ」

 

「言いやがる。テメェだって、同じようなもんだろうに」

 

「心外だな。これでも素人崩れだ」

 

「何処がだよ」

 

「僕には血筋が無い。超常の力も大それた魔力形質も無い。多少、魔術の心得は在るが、極めたところで辿り着くのに五十年。その上、七教会の魔導が存在する以上、未来は無いと来てる」

 

「お互い要らねぇもんばっか背負ってるのかもな」

 

「だが、そのおかげで前回の事件は何とかなったところもある」

 

「……で、次の境界踏破はどうする? あれからもう二週間経っちまってるが」

 

「一通りの再探査と技術の開発は終わってる。一週間を目処に再開するつもりだ」

 

「あんな事があったのにか?」

 

「あんな事があったからだ。お前だって知っているだろう。隠し通せなくなった国の上層部はあの事件を“何者かの大規模犯罪”としてでっち上げた。あの現象の中核になっていた仮面の男がいるから信憑性が無かったわけでもないが、境界の反転や霧、屍蝋の仮面に付いては今も事実を伏せたまま『あの事件の首謀者の手によるもの』として捜査中という事になってる」

 

「オレ達が扱うような事件じゃねぇのは確かだな」

 

「いや、もう関わっている以上、誰も無関係ではいられないだろう。どちらにしろ。イクス・ゼオは潜る気だ。ハイダルが素直に引き下がるとも思えない」

 

「ま、それには賛同するが……」

 

 少年が動けるようになってからの一週間。

 

 霧が殆ど出なくなり、それすら薄くなったハガスの状況を調べる為、アーギストの手伝いを毎日こなしていたと知っているジルムスが頷く。

 

「だが、それ以上に、だ」

 

「あん?」

 

「この都市の危機を放っておくのは自分達の命と住処を投げ出すに等しい行為だと思わないか?」

 

「あんな経験しちゃ、否定は出来ないな」

 

「この間の件で僕は身に染みた。お前だって理由も解らずに死んでいきたくはないだろう?」

 

「オレが死ぬ理由があるとすりゃ、それはお前に頼まれ事をされてだと思うんだが」

 

「解ってるじゃないか」

 

「けっ」

 

 ジルムスが拗ねたように溜息を吐き。

 

 アーギストが苦笑する。

 

 違いの顔を見つめて片方は顔を顰め、片方は肩を竦めた。

 

「とりあえず、今はまだいい。境界にもう一度行く時になりゃ嫌でも直面する現実だ」

 

「そうだな。この問題の解答は何れ解決しなきゃならなくなる。今日はそれより先にやる事がある」

 

 アーギストが持っていた横断幕を下ろして周囲を見回した。

 

「どうやら、取り残されたかな」

 

 ジルムスも女性陣の姿を視線で追って、もう何処にもいない事に気付いた。

 

「あいつら何処行った?」

 

「イクス・ゼオの戦手控え室だ。たぶん」

 

「……帰るか?」

 

 保護者役で来ているアーギストだったが、少女達の中に美紗もいる事を考え……頷いた。

 

 さすがにずっと相性の悪い場所にいるのは勘弁したいと。

 

「帰りに食事でもどうだ?」

 

「奢ってくれ」

「店は任せる」

 

「了解だ」

 

 日陰を好む男達はイソイソと女性陣に気付かれぬよう競技場を脱出した。

 

 *

 

「イクス。勝ちましたわね」

 

 競技者達の控え室。

 

 各国の部毎に与えられる部屋の内部で弾んだ声を上げたのはウル・エイフォン・バーゲル。

 

 言わずと知れた武芸術部の部長だった。

 

 今回の大会には調整不足という事で出場していない彼女は特注したらしき体操服姿。

 

 応援の生徒達に課せられる大会規定に定められた衣装だった。

 

 白く簡素な動き易い衣。

 

 そして、紺色の下半身のみを覆う下穿き。

 

 ブルマを着用している。

 

「うん。エンシェンの方は?」

 

「あの鬼女に心配が必要と思って?」

 

「まぁ、確かにそうかもしれないけど。この間の件でかなり消耗してたから」

 

「大丈夫ですわ。あのテロ事件以降の療養で回復したとの話、嘘に思えませんもの」

 

「それなら、いいんだけど」

 

 微妙に少年の視線が泳いでウルから外れる。

 

 と、言うのもウルの姿が完全に何処かの娼館にありそうな着衣に見えたからだ。

 

 体操服は健全。

 

 否、健全でなければならない。

 

 しかし、乳房が超大増量され、肉体がかなり強化されてしまったウルのはち切れんばかりの姿態はその健全な衣装を不健全極まりないものにしていた。

 

 パツパツに張った胸部は乳首の形を微妙に浮かび上がらせている。

 

 それでもいつもより背部の触手を沢山使って締め付けているのだと顔を赤くしてウルが告白したのは朝方の事。

 

 大きいながらも引き締まった臀部(おしり)、柔らかさを保ちながらも決して弛んではいない眩しい太腿、これら全てが青少年男子にとって目の毒に違いない。

 

 フサフサとした銀尻尾が尾てい骨から生えている姿が何とも愛らしいが、だからと言って淫靡極まる姿態の魅力が解消されたわけでもなく。

 

 廊下に出れば、同じような姿の男子生徒達は前屈みが基本である。

 

 同じブロックに出場している制服姿の学生達も同様であった為、少年が試合をする時に何故か視線の大半が観客席に向いているという椿事(ちんじ)が発生。

 

 あまり見られるのを好まないウルが少しガッカリ気味に控え室から映像を魔術で観戦する事になってしまった。

 

「それにしてもイクス。貴方って可愛い子ばかりと知り合いですわね」

 

「そ、そうかな?」

 

 話題がガラッと変わる。

 

 味気ない白壁の控え室にはテーブルと椅子が三脚のみ。

 

 しかし、一気に空気が桃色になったような気がしたのは気のせいか。

 

「あのちょっと不良っぽい子は笑顔が可愛いですし、あの少し言葉の拙い子は貴方の後ろが定位置みたいだし、あの大貴族の方はわたくしより亜人として完成されているように見えます。リーシャさんとあの子の傍にいるエルフの子も凄く可愛らしい……イクス……貴方の普段が透けて見えるようですわ」

 

「あ、はは。えっと、何か飲み物でも……」

 

 誤魔化した少年を見つめる瞳がギロンと半眼になる。

 

「イクス。リーシャさんとの事は分かりませんが、分かりました。けれど、他の子達にまで手を出してないでしょうね?」

 

「手を出すとか出さないとか。そもそも、みんな良い子だけど、仲間というか友達というか……」

 

 ズイッと身を乗り出したウルが少年の顔を覗き込む。

 

「じゃあ、く、口付けした子はリーシャさんの他にい、いないのかしら?」

 

「それは……その……」

 

「や、やっぱりしたのね!? あんな小さな子にまで!!? それでも貴方は亜人貴族なの!? 男の甲斐性なんて男の産み出した最たる言い訳であって、ハーレムは夢とか言い出す男は屑って女性週刊誌に書いてあったわ!!!」

 

「そ、そういうの読むんだ。ウルって……何だか以外―――」

 

「い、以外で悪かったですわね!!? あ、貴方がどういうのがいいのかって解らないから、わたくしはあんな恥しい思いまでして買って来て研究して、って何言わせるのよ!!!?」

 

 思わず怒鳴ったウルがゼハーゼハーと息を整える。

 

「お、落ち着いてウル……」

 

「ん。こほん」

 

 自分を省みた様子でウルが平静を取り戻す。

 

「ま、まぁ、とにかく。あまり淫(みだ)―――みだりに可愛い子を連れてきたりする貴方の浅はかさは置いておきましょう。それよりも今回の大会参加の趣旨に付いては覚えているのでしょうね?」

 

「それは、うん。此処で武芸術部の成績を残さないと部室が取り上げられるって……」

 

「わたくしが大会に出ていなかった期間が少し長かったから、それを挽回しなければ、部の存続が危ういの。本来ならわたくしがやるべきなのだけど、今の状態ではたぶん大きな成果は挙げられない。ですから、恥じを偲んで貴方とあの鬼女に頼んだんです」

 

 少し沈みがちにウルに少年がそんなに気にしなくてもと声を掛けたが、それで気が晴れた様子も無く。

 

「イクス」

 

「何?」

 

「……本当に身体は大丈夫なの?」

 

 その呟くような気遣いにようやく少年は目の前の相手が罪悪感に蝕まれていたのだと知る。

 

「一週間療養したから。もう全然」

 

「本当に?」

 

 とても真剣な瞳。

 

 真摯な確認は嘘を許さないと言わんばかり。

 

 しかし、本当の事を言うわけにもいかないのが少年の実際のところではあった。

 

 あの日。

 

 剣を執った少年の肉体は一週間身動きが出来なかった。

 

 毎日、アルゥ・ゼオから貰った薬を服用し、病気だからと魔力を渡すシルルゥの口付けと璃紗の献身的な看病が無ければ、一週間で動けるようにはなっていなかっただろう。

 

 それから更に七日学校に通えたのは璃紗によるさりげない介助が大きい。

 

 身体に負担が掛かる交わりこそしなかったが、アルゥからの言い付けで校内でも口付けによる魔力譲渡を行ったのは正しい判断だったと言える。

 

 あの日以来、定期的な魔力補給の必要期間が短くなった為、少年は誰か魔力を分け与えてくれる存在がいなければまともに外出も出来なくなっていた。

 

「ちょっと、魔力が必要になる間隔が短くなっただけだよ」

 

「………」

 

 沈黙が下りて。

 

 少年の手の甲に柔らかな手が重なった。

 

「父が……」

 

「?」

 

「父が言っていました。貴方に救われたと」

 

「それって……」

 

「父はライル・エイフォン・バーゲルと言います。今は元老院上層部から特別な部隊の運用を任されているそうですわ。あの事件の日、父は母に連絡を入れて逃がした後、任に付いたそうです。あの緑色の炎が東部を焼いて……わたくしの部屋に避難してきた母が……父はもう戻ってこないかもしれない、と」

 

「ウル……」

 

 何処まで知っているべきか。

 

 何を教えておくべきか。

 

 未だ解らず。

 

 少年も言葉を脳裏に捜した。

 

「わたくしにはそう多く伝わってきませんでした。ただ、あの事件の後。父からの伝言を受け取りました」

 

「伝言?」

 

「お前を救った男は自分も救った。父娘揃って不甲斐ない。だが、感謝しなければ、と」

 

 少年は看病中、璃紗から聞いた話を思い出していた。

 

 緑炎に染まる都市の中。

 

 自分を探して狐の顔をした黄金の毛並みの人に出会ったと。

 

 部隊を率いて戦っていた人達の手伝いをしたと。

 

(元老院上層部からの干渉が今のところ無いのはゼオ家の長であるアルゥさんが調整しているから。この間からアルゥさんの立会いで魔術師が何度か来てる事から考えても、あの時に璃紗の能力は……)

 

 何が正しかったなんて事は後から言えるだけの我侭でしかない。

 

 そう知っているから少年は微笑む。

 

 何が起ころうと自らの手で治めるとの決意をひっそり固めて。

 

「確かに僕はあの時、あの場所でエンシェンや他の人達と一緒になって戦ってた。けど、戦わなきゃ生き残れなかったし、それは誰も同じ。僕だけが特別だったわけじゃない」

 

「あのテロで死んだはずの者は誰もいなかった。でも、わたくしは……あの炎に巻かれた時、見えた……」

 

「何が?」

 

「消えてしまったはずの人々の顔が。そして、貴方の姿が」

 

「それって……」

 

 少年の言葉が紡がれずともウルは頷く。

 

「たぶん、あの地下で変化した肉体のせいでしょう。覚えている人はわたくしの他にいないようですけど、あの時誰もが同じものを見ていたはず。あの日、天から降った光を昇ったのは……イクス、貴方ですわ」

 

「……」

 

「外国でも大騒ぎになった【天蓋蒼星(メイズ)】の変容も、あの場所から何かが降りてきたのも、わたくしは当事者として見ていた……」

 

 隠している事は知っていると。

 

 だから、何があったのか詳しく知りたいのだと。

 

 そう言われていると知っても、少年の笑みは揺るがず。

 

「ウル」

 

「何ですか?」

 

「もし、僕が贋物だって言ったらどうする?」

 

「にせ、もの?」

 

「いや、偽者って言うよりは本物じゃないって言った方がいいかな……」

 

「どういう、事ですの?」

 

「大した事じゃないよ。それだけの意味だから。僕はたぶん本物じゃない。欠片みたいなものなんだと思う」

 

「―――」

 

 少年の笑みに思わずウルはテーブル越しにその細い身体を抱き締めていた。

 

「ウル?」

 

「……そんな事言わないで」

 

「えっと、その、混乱させちゃった?」

 

 キュッと胸を押し付けて。

 

 頭を抱きながら、クシャクシャな顔が壊れそうに歪む。

 

「貴方は武芸術部の部員。アルヴァス・カレッジの生徒。そして、贋物でも欠片でもない。此処にいるのは本物のイクス・ゼオ、ですわ」

 

「ウル……」

 

 凍えたように震える腕。

 

「だから、自分をそんな風に言わないで下さい。わたくしは貴方だから、こうしたいと思うのですから……」

 

「……うん。ごめん。もう言わない」

 

 しばらくして。

 

 震えの止まった腕が放され、大きな胸から開放された少年が一息吐く。

 

「もう何も聞きません。でも、もし次に何かあったら、一つだけ約束して」

 

「約束?」

 

 何かを決意した様子でウルが立ち上がる。

 

「わたくしを連れて行かなくてもいい。わたくしに何を言わなくてもいい。でも、必ず帰って来て」

 

「……いいよ。じゃあ、約束しよっか?」

 

 少年の小指が差し出される。

 

「何処のお呪いか忘れちゃったけど、小指と小指を結んで約束するといいらしいから」

 

「ええ……」

 

 二人の小指が絡まる。

 

 互いを見る瞳には互いの姿しか映っていなかった。

 

「帰って来るから。ちゃんと」

 

 少年が小指を何度か上下させてから切ろうとした時。

 

 バタンと扉が開いた。

 

「あ、此処ですよ!! イクスさ―――」

 

 固まった声の主の横からひょっこりと黒い小獅子が顔を出す。

 

「あ、イクス。もしかして……お邪魔だった?」

 

「な、何をしているんですか!!? イクス・ゼオ!!?」

 

 鬣っぽい髪を逆立たせた黄金の獅子が顔を赤くして猛烈に吼える。

 

「こ、これは違いますわ!? わ、わたくし達は何も疚しい事なんてッ?!!」

 

 主な状況証拠は三つ。

 

 二人の近さ。

 

 女性側の乳首の状態。

 

 親しげに結ばれていた小指。

 

「イ、イ、イクスさんの馬鹿ぁああああ!!!?」

 

 五人の少女達が雪崩込んだ一室は大騒動になった。

 

 *

 

 少女達から怪しいとの視線を貰ってから三時間後。

 

 大会最終日の最終試合に何の感慨も無く残ったのは少年と鬼女の二人組み。

 

 イクス・ゼオ。

 

 エンシェン・イル・フォイル。

 

 アルヴァス・カレッジ武芸述部の部員達だった。

 

『これより優勝校と大陸北部ベリアステルよりお越しの【ヴァルキリス・ギムナシオン】とのエキシビション・ゲームを行います。観覧席の方々は中央の映像をご覧下さい。今回の特別戦に限り、試合会場は北部山岳地帯に設置されておりますアルヴァス正規軍の模擬演習場を使用します。演習場内に設置されているのは半径1.5kmの盤状フィールド。白の床材は全て錬金による強化を受けており、並みの魔術では傷一つ付きません。この白亜の舞台において我らアルヴァスが誇るアルヴァス・カレッジ武芸術部とベリアステル軍の次代を担う若手ホープ達が如何に断ち合うのか。遠くからお越しの皆々様、どうぞ心ゆくまでご観覧下さい』

 

 少年がだだっ広い戦いの場を見つめながら、これからどうしようかと微妙に悩む。

 

 もう必要な優勝という実績は出来て、後は帰るのみと思っていたのだが、大会運営委員会の取り計らいで最後に北部からの来訪者との試合が密かに組まれていたのである。

 

 軽く当たり障りの無い感じに模擬戦をしてくれればいいとの委員会からのお達しではあったが、エンシェンは特別試合の相手の名を聞いて不機嫌になっていた。

 

「北部ベリアステルのギムナシオンが軽くで済むか。あの能無し委員め」

 

「何だかご機嫌斜めだけど、そんなに強いの? その相手って」

 

「普通に考えれば、休息も無しに戦えるような相手ではない。それ以前に何が“我らアルヴァスが誇る”だ。コネで武芸述部を大会に差し込んだのはこのエンシェンではないか」

 

 鬼女がご立腹の様子で鼻を鳴らした。

 

「そう言えば、ウチの学校からは他にも出てたっけ?」

 

「ああ、【崩燼武装(ソルヴァス・アームズ)】を専門に扱う部が出ていたが、ベスト16で止まった。本来はあちらが大会運営の本命だったのだろうが、生憎と今の武芸術部には我らがいる。【崩燼貴族(ソルヴァス・ノーブル)】の子弟共は親に今日こってり絞られるだろうな」

 

「何か可哀想な気も……」

 

「あの事件で有耶無耶になっているが、本来なら革命だ何だと画策していた首謀者。内乱罪を適応して死罪にするところをしばらく黙って大人しくしている条件で家ごと親父殿が抱き込んだ。これでも可哀想か?」

 

「あはは……まぁ、若い内に苦労しておくのはいい事だと思うよ」

 

「まるで老人の言い草だな」

 

「そう?」

 

 苦笑する少年の笑みに未だ“魔王”の片鱗すら見つけられず。

 

 エンシェンは瞳を細めたが、すぐ顔を前へ向けた。

 

「どうやら、あちらも来たか」

 

 二人から20m程先の床に転移方陣が浮かび上がり、三人の人影が瞬間的に現れる。

 

 その装いは華美。

 

 いや、黴が生えそうなくらいに旧い型式のドレスと鎧姿だった。

 

 中央の人物は紅に金を基調とした幾何学模様を衣装に縫い込んでいる。

 

 左の人物は蒼に金で色こそ違うものの、衣装は同じ型で長いスカートも同じ。

 

 背が紅の衣装の人物より頭二つ分低い。

 

 右の人物は黄に金を基調としているが、微妙に衣装が刺々しい模様となっている。

 

 脹脛まである長い裾(スカート)。

 

 誰にも共通する胸から肩を覆う丸みを帯びた衣装と同色の鎧。

 

 初めて見た人間なら奇妙な恰好だと思うのだろうが、エンシェンは顔を引き締める。

 

「典型的なベリアステルの【神兵(ソルダート)】……精鋭か?」

 

「そるだーと?」

 

「お前は知らないだろうから、先に説明しておく。ベリアステルは基本的に十数柱の神々から力を借りる魔術師。いや、法術師を中核とする女系の魔術国家だ。領土の規模こそ大国には及ばないが、北部三国と呼ばれる歴(れっき)とした大国の一つで、戦巧者がかなり多い軍事国家として知られる」

 

「へぇ」

 

「兵士は【神兵】と呼ばれ、その力は大陸の様々な兵と比べても屈指。学生と侮れば痛い目を見るぞ」

 

「それは見れば何となく解るけど、軍事国家ってどういう事?」

 

「他の国々とは違って特徴の多い奴らで。連中は表立っては立憲君主制を敷いているが、建国期以来ずっと特殊な軍事と政治の手法を取り入れていて、”民生”という言葉は絶無と言っていい。揺り篭から棺桶まで軍事演習でもしているようだと専らの評判だ」

 

「そこまで?」

 

 険しい視線に少年が尋ねると軽い頷きが返される。

 

「……数百年前に互いの利益を争ってアルヴァスとも戦ったらしいが、結果は惜敗。今は表立っては反七教会の機運が高まる国同士という立場になる」

 

「裏側は?」

 

 エンシェンがヒソヒソと囁いた。

 

「北部三国は北部最強とも言われる【騎士国(ヴィーリア)】への援助を始めたらしい。我々亜人国家が組むに相応しい。あるいは利用に足りる存在か。近頃はそれを見極めるような接触が多いと親父殿が零していた」

 

「戦闘方法とか解るなら教えて欲しいんだけど」

 

「神の力を使った法術と魔術の総合大系【神徒階梯(ヴァルキリス・クラフト)】。生まれてから毎日仕込まれる総合中近接格闘術【神武靠(ヌーメン・グラドゥス)】。後は各々の家々に伝わる秘伝を幾つか。つまり、理想的な兵士が持っているだろう技能は全て、だ」

 

「……物凄く分かりやすく強敵って事でいい?」

 

 少年が短く纏めた。

 

「あっちがまだ学生という事は考慮に入れていい。学生に使わせられない高等技能や攻撃魔術は多いと聞く。更に此処は自国じゃない。安易に手の内は見せないだろう。高く見積もっても格闘経験豊富な高位魔術師が三人というところか」

 

「それって大魔術師一人より厄介なんじゃ……」

 

「それで我らがどうにかなる玉なら諦めてもいいが、この疲労が蓄積した状態でも微妙に戦えて勝てるという……こういうのは強者に生まれ付いての悩みかもしれん」

 

「一人一人の実力は……まぁ、エンシェンより少しだけ弱いくらい?」

 

「解析ご苦労だが、今はフォイル家の顔に泥を塗って、親父殿の仕事にケチを付けたくない。悪いが幾らか本気でやって欲しい」

 

「いいの?」

 

 自分が表舞台に立つのはあまり好ましいとは思わない少年が一応尋ねる。

 

 エンシェンにしても少年のような存在がいると公にしたくないはずであるからだ。

 

 何分(なにぶん)不死者の身。

 

 要らぬ顕示は厄介事を呼ぶ。

 

「構わない。相手を一纏めにしてくれれば、今の体力でも一撃で行動不能にする程度は可能だ。本来なら一人一人じっくり闘いを愉しみたいところだが、あの緑炎の一件で魔力を使い過ぎたせいか。本調子には程遠くてな。速攻でケリを付ける」

 

「じゃあ、撹乱と陽動と拘束はこっちでやるから。後は頼んでいい?」

 

「二分くれ」

 

「三分くらいまでなら大丈夫だけど?」

 

「了解した。そろそろ試合開始時刻か」

 

 二人と三人の中間地点に魔術方陣が浮かび上がり、【秘儀文字(アルカナ)】を回転させながら、輝く文字が数字を刻んでカウントダウンを開始する。

 

 5、4、3、2、1。

 

「始めよう。互いに病み上がりで相手には悪いが」

 

 0と同時に動いた三つの影が二人を瞬時に取り囲む。

 

 亜人にも視認が難しい速度。

 

 移動用の魔術を常時運用していなければ、常識的な生物には短距離を転移したのと変わらないように見えるだろう。

 

 しかし、少年もエンシェンも動き自体は見切っていた。

 

 ガンッ。

 

 刹那、飛んできたのは人影達が手にいつの間にか持っていた剣が三本。

 

『『『!?』』』

 

 手品のように支配化の異相から取り出した剣が全て止められているのを見て。

 

 【神兵(ソルダート)】達は驚いた様子だった。

 

 諸撃必殺。

 

 エキシビションだからと適当にこなそうとしていれば、一瞬で終わっていただろう。

 

 そうならなかった時点で彼らは凸凹コンビな少年とエンシェンの実力が学生にあるまじき領域にあると半ば感じ取っていた。

 

「ふぅ……」

 

 エンシェンの溜息に紅、蒼、黄が同時に後退する。

 

「見たか?」

 

 鉄を仕込まれた靴の踵と同じように異相から引き出した剣で三本の刃を受け止めた少年が頷く。

 

「あんまり今は見たくないなぁって思ってたものなら」

 

 二人の視線の先。

 

 【神兵】達の顔には仮面が付けられている。

 

 否応にも霧の境界で戦っている相手を思い出すのは自分達の事情とはいえ、二人にとってソレは平和な場所であまり見ていたいものではなくなっていた。

 

「じゃあ、しばらくはこっちでやるから」

 

 曲芸のように剣を受けた体勢を改め、少年がそっと手の甲の方陣を光らせて己の刃を消し去る。

 

 そうして、その動きを注視していた三人の女達は……少年の姿を見失い、急激な衝撃に肉体を浮かせた。

 

「「「?!?!」」」

 

 何をされたのか。

 

 傍目からは少年が消えただけに見えただろう。

 

 だが、当の本人達は自分達が今、打撃に肉体を、実際には防御用の方陣を“押されている”のだと気付いた。

 

 並みの術者なら気付く前に自分の方陣に打ち上げられて気絶しているところだ。

 

 見えない速度で迫った掌が魔術方陣に接触し、魔力を流しながら運動エネルギーを間接的に方陣そのものへ作用させているのだ。

 

 通常、対人防御用の魔術方陣というのは一方向に対して“設置”するようなものではない。

 

 三次元式の複雑なものならばともかく。

 

 常識的な円環の形をしているものは自在に“可動”する。

 

 更に高度なものになると一定量以上の受け流したり、受け止め切れないエネルギーは術者との連動を保ったまま移動する事で消費し吸収する。

 

 つまり、方陣を破壊されない為に敢えて術者を移動させるようになっている。

 

 少年がしたのは単純に言えば、防御方陣を掴んで投げるような行為と言えるだろう。

 

 接触面に同等の魔力で場を張って、方陣の連動を利用して相手の肉体を動かしたのである。

 

 殆ど曲芸の域。

 

 常識的に防御方陣の性質や連動時間を見切れないまま同じような事をしても無駄となる。

 

 それをいとも容易く行う相手は如何程の実力か。

 

 ほぼ視認不能の速度で方陣毎自分達を弄ぶ力量に彼女達は戦慄した。

 

 下手な迎撃用の魔術を編もうものなら、方陣が薄くなった瞬間に打撃が通る。

 

 無論、鎧と衣装に仕込まれた魔術が威力を軽減してくれるだろうが、相手の力量が解ってしまった以上、迂闊に防御を止められなくなってしまっている。

 

 ストックしてある魔術や魔術具を撃とうにも敵が見えないのではぶっ放しようがない。

 

 彼女達が守りを捨てた瞬間、狙い打たれるのは目に見えていて。

 

 高位の術者だからこそ、誰も動けなくなっていた。

 

 そうして二分も経たずに一方的な宣言が告げられる。

 

「決める」

 

 三人の神兵達が虚空で一点に押し込まれ。

 

 その真下、準備を終えた鬼女の拳が紅に染まっていた。

 

「―――打ち砕け」

 

 純粋な飽和魔力の照射。

 

 空を貫くように打ち上げられた力の本流の最中。

 

 圧倒的な量に押し込まれて、魔術方陣が相手を高く高く高く高く、舞い上げていく。

 

 100m。

 

 魔術を使って何とでも為る距離。

 

 1000m。

 

 高位の術者なら何とでも為る距離。

 

 10000m。

 

 転移の方陣が使えれば、どうとでも為る距離。

 

『『『ッッッッ』』』

 

 しかし、長い、長過ぎる。

 

 神兵達が驚いたのは彼女達の防御方陣が魔力照射に耐えている事ではなく。

 

 エンシェンの無尽とも思える照射時間だった。

 

 国の果てからも見える紅の一撃は一分続いても途絶える事が無い。

 

 もし方陣を解けば、彼女達は飽和魔力に晒される事だろう。

 

 そうなれば、致命傷は負わずとも彼女達が事前に仕込んでいたあらゆる魔術と法術が照射魔力と干渉して暴走、一瞬で爆撃されたのと変わらない状況を迎える。

 

 だが、魔術方陣で耐え続ければ、彼女達は方陣を押されるままに生存域たる大気圏の内部から放り出される事にも為りかねない。

 

 幾ら優秀な者達とはいえ、学生。

 

 周到な準備も無く真空の宙へ上がれば、唯では済まない。

 

 決断が下されたのは約23111m地点。

 

 驚愕と屈辱に苛まれながらも彼女達は理不尽な二択の一方を選んだ。

 

 方陣が解かれ、遥かアルヴァスの上空に星の如き爆裂が生まれる。

 

 そうして闘いの幕は閉じた。

 

「終わった、な」

 

 常識を外れた無限とも思える魔力の咆哮。

 

 それを搾り出した鬼女は星となった相手の心配もせず。

 

 相棒たる少年にニヤリと笑みを零して、意識を落とす。

 

「ご苦労様。エンシェン」

 

 唖然とする観客。

 

 騒然とする運営委員会。

 

 喝采を上げる学生達。

 

 そうして、落ちてくる仮面の少女達を最後に迎えたのは数kmにも及ぶ巨大な衝撃吸収用の魔術方陣と自分達ではない者に向けられた歓声。

 

『『『………』』』

 

 已まぬ拍手だけが空に響いて。

 

 彼女達は大きな敗北を背負う事となった。

 

 *

 

 気を失ったエンシェンが気付いたのは大会が終わった後。

 

 娘の姿を一目見に来た赤鬼の長ドゥーズ・スィール・フォイルが少年の周辺に気を回して、幾つかの情報統制を敷いてからの事だった。

 

 子供の時以来かもしれない父の背中に背負われながら、恥しそうにして家路に付く鬼女を見送った後。

 

 武芸術部関係者もとい少年の周囲の少女達は遠慮しようとするウルを無理矢理連れて首都に帰り、ゼオ家で打ち上げを行った。

 

 家主たるアルゥ・ゼオの歓待を受けた誰もが少年を中心に輪を作り、今日の事、明日の事、学校の事、様々な事を話しては年頃らしい姦しさでお喋りに興じたのである。

 

 他者の前では落ち着いた印象のあるウルや美紗にしても少年との会話では歳相応に頬を膨らませもすれば、笑いもする為、取っ付き難そうとの印象を持っていただろう他の誰もが和気藹々とした雰囲気で親睦を深め合う事が出来た。

 

「イクスさん。今日は楽しかったです。こんな夜まで騒いじゃってごめんなさい。また、いつかこういう機会があれば」

 

 頭を下げて礼を言ったエストリアが美紗と羊の着ぐるみを着たエルフの少女と共に帰っていく。

 

 それを見送ったシルルゥはもう眠たそうにしていたが、すぐ傍らの母にクッタリと身を預けて目を閉じた。

 

 アルゥが娘を寝台に連れて行こうとウルにまた来て欲しい旨を伝えて廊下に消えると玄関で最後に残ったのは少年と璃紗とウルの三人のみ。

 

 急に戻ってきた静けさが耳を通り過ぎて。

 

 ウルは自分も帰らなければと二人を振り返った。

 

「イクス。今日は本当にありがとう。これで武芸術部も今しばらく大丈夫ですわ。今日はゆっくり休んで……」

 

「うん。さすがに今日はちょっと……疲れちゃったから、そうさせ―――」

 

 不意の事にウルが咄嗟、自分の手を差し出して倒れ込む少年を受け止める。

 

「イクス!!? だ、大丈夫!?」

 

「イ、イクス!? どうしましたの!? やはり、何処か怪我を?!」

 

「……ごめん。さすがに魔力が足りない……かも………」

 

「魔力? まさか、この間のような!?」

 

「あ、はは……大会が終わってから、ずっと皆といて。補給してなかったから……」

 

「も、もう!! イクス!! 遠慮したりしなくていいってあれだけ言ったのに!!」

 

 慌てた様子で璃紗が少年の前に駆け寄ると瞳を閉じて、そっと口付けした。

 

「ん」

 

「ッ」

 

 ウルが思わず頬を染める。

 

 リーシャと少年がどういう関係か。

 

 一応知っていたとはいえ。

 

 それでも自分の見知っている同士が唇を合わせる行為は気恥ずかしさに満ちていて。

 

 胸の奥が疼くのを彼女は自覚した。

 

「これで、いい?」

 

 そっと唇を離してジッと少年を見た璃紗が手を引いて立ち上がらせる。

 

「璃紗。ありがとう……」

 

「か、感謝したりしなくていい……璃紗は……リーシャはイクスの、イクスだけの娼婦なんだから……」

 

「うん」

 

「そ、それに今のイクスは魔力が少なくなるとすぐに動けなくなっちゃうってアルゥ様も言ってたんだから、気を付けなくちゃダメ。璃紗の事や他の人に気を使っても、動けなくなっちゃったら迷惑掛けちゃうんだよ?」

 

「……いつの間にか。璃紗が僕の体調管理する事になっちゃったのには驚いたけど、今日は少し嵌めを外しちゃっただけだから……」

 

「もぅ。また、そうやって誤魔化して」

 

 曖昧な笑みの少年に何処か拗ねたように怒りながらも、璃紗は頬を染めて抱き付いた。

 

 小獅子の頭が撫ぜられる。

 

「イクス。今のは本当ですの?」

 

 ウルが今までのやり取りから、少年の身体に異変が起きているのだと確信し、静かに訊ねる。

 

「えっと、ちょっと、この間の騒ぎで頑張り過ぎちゃって……アルゥさんからは色々と言われてるけど、魔力が早く消費される以外は普通に過ごしてて大丈夫だし」

 

「……ごめんなさい。貴方の状態に気付いてあげられなくて」

 

 ポタリと一粒。

 

 絨毯に染みが出来る。

 

「あ、いや、そんなに重い症状じゃ」

 

 慌てて言い繕うものの。

 

 ウルに言われなければ、今回の大会にも不参加だった事は確実で。

 

 彼女の為に症状を押して戦っていたのは否めない。

 

「なら、イクスの為に一肌脱いであげてくれないかしら」

 

「!?」

 

 ウルが振り向くと其処にはゼオ家当主の姿があった。

 

 後背から受ける廊下の明かりで黒く翳った顔が僅かに微笑む。

 

「アルゥさん……」

 

 少年の傍まで来て掌を額に当てたアルゥ・ゼオがニコリとする。

 

 ゆさりと揺れたウルにも匹敵しそうな胸部が凶悪にも押し付けられて腕を包み込む。

 

「やっぱり、今までのやり方じゃダメね……ウルさん、でいいかしら?」

 

「え、ええ」

 

 スッと離れたアルゥがウルを連れ立って、その場から少し離れた。

 

 ヒソヒソと何やら会話していた二人の間でどんなやり取りがあったのか。

 

 少年と璃紗が見つめている間に銀のドリルが萎びたり、逆立ったり、ワナワナ震えたりと表情を読むまでも無く。

 

 何事か重要な案件だったのは間違いないようだった。

 

 そのままウルが二人の下へと戻ってくると頬を赤くしていた。

 

「アルゥさんと何かあった? ウル」

 

「……イクス。貴方は……わ、わたくしに、し、しましたよね?」

 

「えっと、何を?」

 

「な、何って!? そ、それは、それは……えと……その男女の……ゴニョゴニョ……をです」

 

 ウルの言いたい事を悟って、廊下の先で佇むアルゥの微笑みを見て。

 

 少年は何となく何を彼女が言われたのか悟った。

 

「アルゥさんの言う事はゼオ家と関係無いウルが真に受けなくても―――」

 

「わ、わたくしが!! わたくしが関係あるんです!!?」

 

 思わず大声になった後。

 

 済みませんと呟いて。

 

 ウルが小さな声で話し出す。

 

「貴方の状態はお聞きしましたわ……どんな風にあの事件の後、過ごしていたのか」

 

 大丈夫だと言い張ろうとしたものの、手の甲が優しく抓られた。

 

 自分を見る璃紗の顔があまりにも真剣だったから、少年は何も言わずに黙って声に耳を傾ける。

 

「わたくしは貴方に命を救われました。でも、だからって、それだけで貴方とその……したわけではありません。わたくしにとって、貴方の存在は今きっと家の再興や未来の事と比べても……いえ、比べ切れないくらい大きいものだと思っていますわ……ですから、もし貴方が辛かったり、苦しかったり、何か悩みを抱えているなら、少しだけでも寄り添いたい……そう……」

 

「ウルって、出会った時とは比べ物にならないくらい変わったと思う」

 

「わ、悪かったですわね。あ、あの時は―――」

 

「そうじゃなくて」

 

 遮った少年がそっと手に手を重ねた。

 

「前よりずっと可愛いよ。ウル」

 

「~~~~~ッ!?」

 

 朱に染まった顔が思わず俯けられた。

 

 横で璃紗は一人空気になった気分で佇んでいたが、こういう少年に惹かれてしまった自分もきっと二人切りの時はこんな風になっているのだろうと“今は”ウルに譲る事とする。

 

「話は決まったようね」

 

 ようやく近付いて来たアルゥが三人に今日の宿泊先を取っておいたからと気を効かせまくりの様子で彼らの行くべき場所を告げる。

 

 璃紗は久しぶりに自分の“家”への里帰りを歓び。

 

 少年は何処か済まなそうにしながらもウルの手を放さず。

 

 銀の尻尾をそわそわと期待に揺らした女はコクンと頷いて、自分の道行きを承諾した。

 

 そうして数週間ぶりに少年は再び、あの場所を訊ねてゆく事となる。

 

 娼館【月兎亭】。

 

 アルヴァス国内屈指の“そういう場所”。

 

 首筋に鰓持つ少女が待つだろう館へ。

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