※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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第三章三十七節★

第三章三十七節「その日常に祝福をⅢ」★

 

「ん……ひゃぅ♪」

 

 璃紗がゆっくりと腰を浮かせ、ずっぽりと入っていた少年の幹を自分の中から引き抜いていく。

 

 互いの股間はドロドロに濡れ切っていて抜き始めると未だに硬い傘の部分が痙攣している襞の奥から蜜を掻き出した。

 

「んぁ゛…んっ♡」

 

 ズヂュ、ドゥルルルン。

 

 精で胎を満たされ達し続けていたというのに少女の膣(なか)はまた軽く達して、その顔は切なげに歪み。

 

 自分の中から失われる熱の塊に悩ましげな視線を向けた。

 

 肉の寝台から足が引き抜かれ、少年の右隣に璃紗の身体が納まる。

 

 足を崩して寄り添う様はもう熟年の娼婦の事後、といった感じすらした。

 

「イ、イクス。こ、今度はわたくしを……」

 

 ようやく今度は自分の番だと。

 

 やっと、少年の上に跨って。

 

 ウルが肉の寝台にシーツごと足を沈み込ませた。

 

 もう何を言わずともブルマは股間を隠す役割を放棄している。

 

 蜜で蕩け、中のすじは形を浮き上がらせて丸見え。

 

 その上、ハッキリと膨れた陰核(クリトリス)まで確認出来るのだ。

 

 璃紗との交合(まぐわい)をずっと見ている間、自分で慰め続けた其処は今すぐに少年と交わっても何ら問題無い程に潤っていた。

 

「ウル……」

 

 少年の指が伸びて、濡れ切ったブルマの浮き出たすじをなぞる。

 

「んふぅ♪ そ、そんなに意地悪な触り方しないで……♡」

 

 眉を八の字にしてそうウルが訴える。

 

 少年にされているというだけで達してしまいそうなくらいに気分は良くても、もう彼女の体は布越しの接触では物足りなくなっていた。

 

「うん……」

 

 リクエストの通り。

 

 今度は布地の奥へと正面から奥のすじへと指が入り込んだ。

 

 上から入った指先はすぐに蒸れてドロドロになった蜜溜りへと侵入し、グッチョリと濡れながら股間に触れた。

 

「んっ、ふくぅっ♡ イクスぅ……貴方の指がわたくしの大切な場所にぃ……♡」

 

 息を熱くさせながら、指先が陰核(クリトリス)を掠めてすじをなぞる度にウルは腰の奥から沸き上がる衝動に腰全体を震わせた。

 

「ずっと、自分で慰めさせちゃってごめんね。ウル……ちゅ」

 

 前屈みになっていた巨大な乳房の先端。

 

 ぷっくりと膨れて咥え頃になっていた乳首へと軽く少年が口付けした。

 

「んはぁぁ!? そ、んなぁっ♡ これだけでわたくしぃ……♡」

 

 まだ前技で少年の指しか味わっていないのに唇を布越しに押し付けられたというだけで軽く腰が浮いた。

 

 彼女にとって、もう我慢の限界だったのは言うまでも無く。

 

 もっと、膣(なか)をしなやかで細い手で触れて欲しいという欲求は少年の今も自分の下でそそり立つ幹で貫いて欲しいという牝の本能に取って代わられた。

 

 だが、これは自分が気持ちよくなる為の行為ではなく。

 

 少年を癒し、慰める為のものだという慈しみと労わりも何処かに息衝いていたのか。

 

 ウルはゆっくりと寝台から足を引き抜き組み替えて。

 

 フサフサとした尻尾を少年の腹へ押し付けるように尻を向けた。

 

 そうして、ピッと指先がブルマの尻から陰核の上までの線(ライン)をなぞるとぱっかりと布が切れ、はち切れんばかりの大きな桃尻が現れる。

 

「ウル……」

 

 名前を呼ばれるだけでジュンと自分の中が疼くのを認めて。

 

 彼女は再び反り返るようにして硬くなる幹を尻肉の間に挟んだ。

 

「ん……イクス、どう…ですの? わたくしのお尻?」

 

「そんなのっ……凄く柔らかくて……桃みたいにふっくらしてて……綺麗で温かくて……気持ちいいに決まってるよ」

 

 ヌチュヌチュとたっぷりと濡れた蜜穴にも劣らない尻肉の感触。

 

 腰と尻尾をフリフリと揺らす様に誘われて、興奮しない男もいないだろう。

 

 丁寧に作られたゼリー菓子のような甘さを漂わせる肉質は極上。

 

 思わず少年が両手で左右から鷲掴みにすれば、もうウルの尻は膣にも引けを取らない淫靡な穴と成り果てていた。

 

「んぁぁああっ!? イクスぅ♡ わたくしのお尻ぃっ♡ そんなに揉みしだいてはぁ……♡」

 

「だって、ウルがこんなに誘うから」

 

 むにゅぅっと鷲掴みにした指が食い込み、尻肉に沈み込む。

 

「ひくぅぅぅぅっ!!? こんなぁっ!? これだけでわたくしぃぃっ♡♡」

 

 少年に強く欲されているという実感に牝穴がドプンと蜜を更に吐き出して尻肉の間の滑りを更に良くした。

 

 背筋を駆け上がったのは鮮烈な衝撃に耐え切れず。

 

 背筋を弓なりにしてウルが達する。

「んぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ♡♡♡」

 

 ガクンガクンと腰が痙攣し、プチュャアッと潮が少年の太腿を濡らす。

 

「あ……っ♡ ぁ……っ♡」

 

 幸せな開放感。

 

 理性の色を失った瞳が快楽に濁り、虚ろで満たされた表情を浮かべる。

 

「イクスぅ……わたくしぃっ、我慢出来ませんわぁ♡ お願いですからぁ♡ こっちにぃ……♡」

 

 今まで寝台に付いていた手で自らの尻肉を掴んで割り開く様子はもう娼婦というよりは獣。

 

「わたくしのここぉ…ずっと、排泄していなくてぇ…おまんこに変えられてぇ…ですからぁ……♡」

 

 本来、菊と称されるように窄(すぼ)まった穴があるはずの場所はピッタリと閉じられた第二のすじのように小さな線になっていた。

 

 尻肉の奥に指が這い、自らの普通とは異なる肛門をゆっくりと広げていく。

 

 くちゅぁっ。

 

 少年の目の前で肉壷が開かれた。

 

「数週間、使っていませんからぁ♡ お尻はこれから貴方の……貴方のそれを……たくましいおちんちん専用の種付け穴にしていいですからぁ♡ イクスぅっ♡」

 

 本来なら大腸として機能するはずの場所は第二の膣となった様子で内部は肉襞でびっしりと覆われていた。

 

 綺麗な薄桃色の内壁はうねり、何度も蠕動しては粘液を湛えて糸を幾つも引かせている。

 

「犯してくださいませぇぇ……♡」

 

 近頃は固くなさが取れたとはいえ。

 

 それでもまだ厳格な方であるウルの哀願(おねだり)に少年は耐え切れず。

 

「……可愛いよ。ウル」

 

 尻肉の間で再び射精しそうなくらいに熱(いき)り勃(た)った幹の先端を開かれた第二の膣(なか)へと埋め込んでいった。

 

 ズ、ヂュ、グプ、ヂュル、ルルル―――。

 

「んぉぉぉお……っ♡」

 

 期待していた通り。

 

 否、期待していた以上の快楽。

 

 普通の膣に挿入されるのとはまったく別の感覚が彼女の脳髄を揺らした。

 

 嘗て、神の中で改造されてしまった肉体。

 

 その第二の膣と子宮口。

 

 一つの子宮へと繋がった二つ目の交尾穴は排泄の快楽を直接的に性感のみの為に特化する快楽専用の牝穴として準備されていた。

 

 それは本来の膣を使った交尾での受精を補助する役割を与えられ、同時に牝を快楽付けにして従順な孕み女(め)として機能させる。

 

 その快楽は第一の膣とは違って、一過性の鮮烈なものとは異なり、深く深く下半身の神経全てへと波及して、徹底的に底無しに快楽を重複蓄積させ、牝を牡無しには生きられない依存症に陥らせるのだ。

 

「く、ぁ……ッ!?」

 

 ヂュ、グヂュルル、ジュグルルルルルルルルル。

 

 先端が接触した時点で射精を耐えたのは少年だから出来た事だろう。

 

 そして、先端が完全に埋没してから一気に内部へと引き込まれた時に達しなかったのは男の意地とでも言うべきものが何とか抵抗したからに過ぎない。

 

(ぁ♡ ぁぁっ♡ イクスがわたくしの膣(なか)にぃ♡♡ こんなに深くぅ♡ これでまた征服してもらえた……♡ わたくしの身体、またイクスのものにぃ……っ♡)

 

 前回、少年との二回の交わりでは犯して貰ったというより、自分から犯したような感が強かった。

 

 しかし、今は少年を積極的に誘惑したとはいえ、後ろから獣のように征服されている。

 

 被虐の悦びは自分が必要にされているという被征服欲から来るものだ。

 

 抑圧された人生を送ってきた彼女にとって、自分よりも強く、自分よりも自分を上手く征服して使ってくれる牡は仕えるに相応しい番(つがい)。

 

 貞淑な貴族の子女としての教育を受けてきたウルの奥底にある本能は母親が使用人のように父へ尽す様子を忌避の対象としていたが、同時にいつかそうなりたいという相反した欲求も感じていた。

 

「イクスぅ♡ わたくしのお尻の穴を貴方の子種入れにしていいですからぁ♡ したくなった時に幾らでも種付けしてぇぇ……♡」

 

「そんな事言われたら……ッ……毎日しちゃうかも、それでもいいの? ウル」

 

「毎日学校でしてくださいましぃ……」

 

 最後、消え入りそうなくらい小さく、ウルは自分の願いを口にした。

 

「赤ちゃん作ってぇ……♡」

 

「ウルッ」

 

 璃紗との交合(まぐわい)で幾分か肉体の活力を取り戻した少年が大きな尻肉を両手で手の型が付く程に食い込ませて引き寄せた。

 

「んぉぉぉぉ……っ♡♡ んぇぁあああああっ♡♡ いくひゅぅっ♡ いくしゅぅぅぅっ♡♡♡」

 

 尻膣は通常の膣と異なり襞よりも穴自体が特別な造りになっている。

 

 腸の類が全て消え失せた下腹部に納まっているのは肥大化し、強靭に生まれ変わった子宮とそれを守る為の厚い皮下の筋肉だ。

 

 腸の納まっていた場所が全て筋繊維で占められた尻膣は筋肉に開いた穴と言う事も出来る。

 

 故に。

 

「ウル。そんなに締め付けたらッ」

 

 ヂュグッッッ。

 

 幹が肉の輪を無数重ねたような穴の中で強烈に絞られた。

 

 普通なら痛みを感じる程の締め付けはしかしウルの中ではそうならない。

 

 というのも、内部で分泌される蜜が普通とは比べ物にならないからだ。

 

 入り口付近は粘度が最も高くネットリと絡み付く状態。

 

 溶かしていないラードのような蜜が多い。

 

 が、次第にその奥に進むへ連れて蜜は粘度を下げながら同時に摩擦の抵抗を減らすようにサラサラとした油状へと変化していく

 

 根元まで埋まった幹は深く挿入する時はとても楽に奥の子宮口と繋がるが、引き抜く時は粘性の高い蜜のせいで抜き出すのに苦労するようになる。

 

 これは牡を出来る限り長時間自分の奥に留めておく為の仕組みで、摩擦による射精を阻害しているようにも見えるが、男女共に腰を振らず交尾する為の準備でもある。

 

 通常、肛門性交は括約筋のみで男性を締め付け射精へ導くのに対し、ウルの内部は尻穴内部が全て肉の輪(リング)状、根元から先端まで何処でも穴の入り口の如く締め付ける事が可能だ。

 

 肉襞が全方位から絡み付き、少年の最も敏感な場所を刺激するのである。

 

 これならば、わざわざ抽挿するまでもない。

 

 牡の精を何をせずとも搾り取れる。

 

「あぁ、こんなにしぼってぇ♡ わたくしのお尻ぃ♡」

 

 鷲掴みにされた場所から伝わる熱さと指の感触で天にも昇る心地となったウルは無意識にもっともっとと尻を少年に押し付けた。

 

「―――ッ」

 

「ひぁぁ!? なかれ大きくぅぅ!!?」

 

 少年の幹が今までよりも太く膨れた。

 

 その膨張に穴の内部が逆に圧迫されていく。

 

(ひぐぅぅ♡ こ、んなのぉ♡ たいけんしてしまっらぁ♡ わらくしぃ♡ みもこころもあなたのちゅがいにされてしまいますわぁ♡♡♡)

 

 ウルが唾液を垂れ流し、尻膣の中で筋肉と幹の圧力でプチュプチュと潰され扱かれていく襞の感触に悦び以外のものを感じられなくなっていく。

 

 牡を征服し、征服される為の器官で今一方的に征服されつつあるという事。

 

 それは少年が牡として自分を所有するに相応しい相手だという事でもある。

 

 理性ではなく。

 

 それを本能で再確認したウルの脳裏はもう少年への賞賛と服従と被虐で一杯になっていた。

 

 これから沢山少年に使って貰える慶びに勝る事なんてない。

 

 校内でいやらしく何度も腰を振って少年に跨る。

 

 見付からないように小さなトイレの個室で向かい合って乳房を吸われながら種付けされる。

 

 無断で授業を休んで部室の中で指や腕、舌を絡めながら抱き合う。

 

 彼女が意識下で否定して来た淫らで卑猥な妄想はもう妄想ではなくなるのだ。

 

(すてきぃ♡ まいにち、わたくしのあなでこづくりするなんてぇ……)

 

「ウルッ、もう僕も―――」

 

 少年が尻を掴んでいた指を離して腰を両側から掴む。

 

「♡」

 

 それだけでもうこれからどうするのか理解したウルは浅く自分から腰を振り始めた。

 

 引き抜く時は内部を弛め、押し込む時は内部を絞る。

 

 そうすれば、内部の構造とも相まって少年の征服する手応えは十分。

 

 少年の切なそうな吐息を耳にする度、彼女の中で熱く滾る精の気配が濃くなっていく。

 

「ぁ~~っ♡ ぁ゛~~~っ♡ わらくしのぉいくしゅぅ♡」

 

 ジュルルルルルルルゥ。

 

 急激に狭くなった肉の輪が少年の鈴口を子宮口で咥え込んで固定した。

 

「だひてぇぇ♡ わらくしにたねちゅけぇこぢゅくりぃぃ♡ ちゅがいこうびしてぇぇぇえええええッッ♡♡♡」

 

 ウルの尻肉を変形させ、下半身をピッタリと最も奥で繋げたまま。

 

 少年が射精した。

 

 ビュ、ブルルルルルルルルルルルルルルルルルゥゥゥゥゥウウウウ。

 

 璃紗に出した時よりも柔らかいものの、逆に量は増えたかもしれない。

 

 ドロリとした白濁がさながら蛇口を壊した水道のように噴出した。

 

 一気に子宮へと流れ込んだ精はあっと言う間にウルの胎を臨月並みに肥大化させていく。

 

 しかし、勢いは止まらず。

 

 やがて、子宮内部から逆流した多量の余りが深く挿入し繋がったままの膣内部を満たし、蜜と潮を吹かせた股間から噴出、繋がったままの互いの股間と太腿を汚していく。

 

「~~~~~♡」

 

 何度も何度も脳裏を明滅させ、クラクラと意識をあやふやにしながら、ウルが多幸感に包まれて、背筋を反らせる。

 

(―――くせになるぅ♡ わらくしのおひりおぼえてるのぉ♡ もうここもいくしゅせんようになっれしまいまひたわぁ……♡)

 

 これから一生少年の幹と精をどう絞るのかだけ考えていたい。

 

 ずっと、少年に所有されながら、甘えていたい。

 

 そんな甘美な想いのまま、ユサユサと精と蜜と潮に濡れた尻が揺れる。

 

 残った精を優しく優しく尿道から吸い出す交尾はウルの母性を刺激した。

 

 自分よりも小さな少年を立派にしたいとか。

 

 まるで今までとは正反対にも思えるような気持ち。

 

 しかし、それもまた本当のところかもしれなかった。

 

 牝として征服され、女として服従し、母として守りたい。

 

 どれも彼女が誰にも言えなかった女性としての自分だ。

 

 いつも刀を振り回して誰かを蹴落とし、力を照明し続けて来た武人や貴族の子女とは違う自分だ。

 

「ん、ウル……」

 

 腰から手を放した少年が今度は巨大な乳房を下から持ち上げるようにしてウルを抱き締めた。

 

「ぁ……♡」

 

 怒るどころか少年の行為に慈しみさえ覚えて。

 

 ウルは膨れた胎に両手を当てて、後ろへと微笑む。

 

「だいしゅきれすわ♡ ずっと、おそばにおいてくださいませ……わらくしのいとしぃひと……ちゅ♡」

 

 ウルの様子に今まで横で見つめていた璃紗は少しだけ頬を膨らませていた。

 

 嫉妬と言っても可愛いものだ。

 

 これが他の女を排除しようとする本能ならば、涙や憎悪だって顔に浮かべるかもしれない。

 

 しかし、誰よりも少年の事を想うならば、どんな事が出来ようはずもないのだ。

 

 一人では支え切れないくらい大きなものを背負った人。

 

 愛人や妻の一人や二人いなくてはきっと何処かに飛んでいってしまうに違いない。

 

 そう奏璃紗はもう自分が生涯を掛けて傍にいたい人を理解してしまっている。

 

「イクス イクス わたくしの……」

 

 それに銀の尻尾をフリフリと揺らして少年に媚びるウル・エイフォン・バーゲルが璃紗だって結構好きなのだ。

 

 いつも少年を視線で追っている姿に自分を重ねてしまう程に。

 

 一人で男を独占したいという自分の血統の本能なんかより、どんな時もイクス・ゼオが笑っていられる世界を奏璃紗は所望する。

 

『璃紗。覚えておきなさい』

 

 彼女を娼婦として育てた女性は言った。

 

 自分を幸せにしたいなら、好きな男を不幸にしてでも傍においておきなさい。

 

 でも、もしも、貴女が誰かを幸せにしたいと思った時は―――。

 

(今、イクス……幸せそうだよ…ベルン……璃紗だって……)

 

 膨れた胎を撫でながら、反芻された言葉はとても温かく。

 

『ずっと、愛しなさい。例え、どんな事があっても、どんなに裏切られても、絶望の底にあろうと……誰かが自分を想ってくれている。それだけでいいの……人間は、亜人というものは、ね』

 

 それもまた男女の真理か。

 

「イークス♪」

 

 まだ繋がったままの少年の首筋に抱き付いて。

 

 奏璃紗は自分の横へ少年を置いた。

 

 己の大きな野望。

 

 自分も相手も幸せにしたいとの願いを胸に……。

 

 *

 

『……マゥ~~♪』

 

 中睦まじい少年少女の秘事をこっそり覗いていた瞳が天井の穴から退いて、テクテクと音も立てずにその場を後にした。

 

 屋根裏を幾分か行った先。

 

 こっそり開けておいた階段を下り、姦しい少女達に見付からぬようソソクサと通路の暗がりを渡り歩いた瞳の主はやがて濛々と湯気が立つ一角へと足を踏み入れ、尻尾をふりふり湯気の中を進む。

 

 月兎亭の大浴場である。

 

 今日は湯煙の奥から男女の声らしきものが聞こえているが気にせず。

 

『マゥヲ~』

 

 チャプンと黒い身体を彼女は丁度良い湯加減の場所へと浸した。

 

 ふぃ~~っと声でも出そうな調子で和んだ様子は年頃の子女達に見付かれば、無事では済むまい。

 

 キャーカワイイ。

 

 ちょっと触らせてねぇ。

 

 一杯ナデナデしてあげるから☆うふ。

 

 なんて……諸々、鬱陶しい事この上ない接触など望むところでは無い。

 

 この間の一件でエライ目に会って以降。

 

 彼女は誰にも見られぬよう風呂へこっそりやってくる常連客だ。

 

 駄賃はひっそり周辺に張り巡らせた結界。

 

 あの二週間前の一件でも突破されなかった概念魔力式のものである。

 

 だから、あの事件当日、内部にいて外を見ていた女達は誰一人として記憶を失っていない。

 

 緑炎にも呑まれていないし、化物化もしていない。

 

 それは事件の核心情報を唯一知る当事者になるという事であったが、その一件は館を取り仕切る人魚の女によって情報管制が敷かれた為、今のところ国でも個人でも把握している者bはいないだろう。

 

「マ~ゥ、ゥ、ゥ、ゥ、ウウウ~~♪」

 

 頭の上に手拭でもあれば、正に良い湯だなと鼻歌を歌う世にも珍しい黒猫の完成だったが、シャバシャバと四足で泳ぎながら寛ぐ姿は限り無く人間臭い。

 

 あの事件の途中で少年の頭から離れてしまった黒猫がナニをしていたのか。

 

 少年でさえ知るまい。

 

 元凶の下にまで導いた後。

 

 彼女はとある品を受け取りに緑炎の牢獄を後にしたのだ。

 

 内部で少年と緑炎を広げようとする相手の戦いが始まってから、一匹ぶらり旅に洒落込んで。

 

 元凶たる豚の署長宅。

 

 緑炎が噴出する家へ不法侵入した。

 

 化物を集めて戦力化していた【革命者(ロトゥンダム)】のおかげで楽々誰もいない狂気の炎を通過した彼女はやがて開かれた地下室へと到り、巨大な門を発見する事となったのである。

 

 それはそれは立派な多重積層式。

 

 境界反転の中核。

 

 そのまま放置しておけば、アルヴァス全域を呑み込みかねない緑炎と霧を産み続ける終焉の井戸。

 

 通常の生物ならば、どんな結界や魔術で防護していようと入っただけで化物化不可避だっただろう其処で彼女は途中本邸から送られ回収しておいたモノをポイッと数枚内部へ投げ入れた。

 

 小さな紙製の符だ。

 

 真っ黒なソレは高密度の情報を黒くなるまで極小の文字で印刷した故のもの。

 

 本来は彼女の姉が所属している【聖王同盟(サクラム・フェデレイションズ)】の重要拠点防衛用に本人達が刷り上げた結界魔術を織り込んだ代物である。

 

 起動因は周辺に彼女達の多くが血を引く【大皇】の末がいる事。

 

 短期間ならば七教会の大攻勢すら防ぎ切る一枚は彼女の本体が置かれているクラウゼン公爵家に数枚常備されている。

 

 それを豪勢にも本邸に一枚残して全て投げたのだ。

 

 これで封じられない方がどうかしている。

 

 勿論、聖王同盟の面々には無断での拝借。

 

 普通なら怒られるだろうが、実質その符を使う機会がクラウゼン公爵家においては無いと知っていた彼女からすれば、そう惜しいものでも無かった。

 

 現在、再建中のアーズトリテとクラウゼン公爵家を任されているのは彼女なのだ。

 

 如何に魔術の心得が浅いとはいえ、彼女はほぼ【基幹異種(バルバロス)】の能力を手に入れた姉と同等に近い生物なのである。

 

 ちょっと、身体が弱いので姉の下位互換の感は否めないが、その気になれば、七教会の【高格外套】なんて千機単位でも何とかなる能力は持っていた。

 

「マゥ~~~」

 

 門の内部から目張りするように結界を起動させ、同時に門自体を彼女が破壊する事で霧と緑炎の拡大を停止。

 

 その後、少年の力が都市内部の残留していたものを消滅させて。

 

 アルヴァスは守られたわけだ。

 

 本当なら勲章ものの働き。

 

 救国の黒猫様と崇められて然るべき功績なのだが、本人は今日もひっそり温泉で身体を癒す。

 

 分身(アバター)という奴は基本的に本体へ過剰な情報や害のある感覚を伝えないようにしているものだが、さすがに外なる神々の侵食を受け続けながらの肉体維持は彼女にとっても疲れる作業らしかった。

 

「ヲ~~」

 

 プクプクと口元をお湯に付けながら息を吐き出した黒猫は自由気ままに広大な風呂内部を泳いでいく。

 

 すると。

 

 フニュッと鼻面が何かに当たった。

 

「マゥヲ?」

 

 少し視線を上向けるといたのは亜人。

 

 それも彼女がちょっと見付からないように気を付けていた相手である。

 

 ベルン。

 

 首筋に鰓持つ女性(にょしょう)。

 

 月兎亭の生き字引。

 

「……マ、マヲ、ヲ~~(汗)」

 

 ただの黒猫のフリで誤魔化そうと。

 

 方向転換し逃げ出そうとした身体がガシッと案外強い力で持ち上げられた。

 

 そのままベルンの胸元へ彼女が引き寄せられる。

 

「あなたが近頃無断で侵入している方ですね」

 

「マ、マゥヲ~~?」

 

 『だ、誰の事~~?』と惚ける気満々な黒猫が思わず口笛を吹いた。

 

 何処に口笛を吹いてあからさまに知らないフリをする黒猫なんてものがいるのか。

 

 かなり、不自然だ。

 

「この間の一件で館を守っていた結界。最初は彼かと思いましたが、あなただったとは……随分と強い力をお持ちなようで」

 

「マ~ゥ?」

 

 知らないフリ知らないフリと普通の黒猫みたいに無垢な様子で首を傾げた彼女をベルンが手放す。

 

「此処にはいつ来て頂いても構いません。今までの不法侵入も水に流しましょう。ただ、一つだけお願いがあって、今日はあなたの前に来ました」

 

 スイスイ遠ざかろう泳ぎ始めた黒猫の足がピタリと止まった。

 

「今、彼といる小さな子。璃紗を見守っていて下さいませんか?」

 

「………」

 

「彼に頼んではありますが、あの一件で国の上にあの子の持つ力は露見した。イクス様も日常生活がある以上、苦しい立場に立たれる日が来るでしょう。でも、あなたは違う。力持つ自由。永劫生きる命。この私の占術にも掛からない因果の観察者……あなたにならば、同じような力を持つあの子も……」

 

 ちょっとだけ振り返った彼女がジッと光る瞳孔をベルンへ向ける。

 

「……名乗りもせずに不躾な願いだとは存じています。ですが、名前を告げる事は術が破れる事。あの子にベルンと名付けられてからはそう名乗っていますが、本来この仮面(ザヴォイド)は記述(な)を持ってはならない身なのです。ご了承を」

 

 少しだけ見つめていた黒猫は顔を前に戻して、僅か顎を上下に動かした。

 

 そのまま再び泳いで離れていく様子にベルンが立ち上がり、そっと頭を下げる。

 

「ありがとう、ございます」

 

 いつまでも背中が見えなくなるまで、母親の顔で年齢不詳の女は微動だにしなかった。

 

 *

 

―――元老院特別常任貴族会議場。

 

 円卓に集まる亜人七役。

 

 赤鬼を今や議長として頂くアルヴァス最高意思決定機関。

 

 小さなインテリアの一つも無い絨毯とテーブルと椅子のみの簡素な室内の中央。

 

 虚空には幾つかの設計図らしきものが浮かび上がっていた。

 

「これが現在、我輩の主導で進めている対霧装備の一覧だ。今後、この装備の各種は全て大貴族を中心に支給される事になっている。各々方(おのおのがた)にも解りやすいよう今日はリヒス・エス・トリア主任博士に来て説明して頂いた。どうぞ、博士」

 

 赤鬼の後ろに控えていたリヒス・エス・トリア。

 

 アーギストとエストリアの母親が円卓からの視線に頭を下げた後。

 

 そのまま虚空の機器に付いて説明を始めた。

 

「まず、対霧装備の要。霧からの干渉を遮断する機器から説明を始めたいと思います」

 

 一つの設計図がクローズアップされた。

 

「開発番号SSE‐001緩衝領域生成器【崩燼鋼線(ソルヴァス・ライン)】」

 

 ベルトのバックル程の大きさの代物だった。

 

 中央に存在する超小型の【崩燼機関】から複数の鋼線(ワイヤー)がメジャーのように人体へ巻き付くようにして伸びる。

 

「専門的な事は省きますが、この機器は使用者の身体に絡み付く導線を起点として何層も霧の干渉を極端に遅らせる領域を生成します。この機器の最大連続運用時間は約322時間で機器にダメージが無い場合は今伝えた時間内であれば、どんな濃度の霧の中でも活動が可能となります。この効果時間内は【ザヴォイド】の症状は出ないと考えて頂いて構いません。ただ、外界環境から生体を守るものではないので、極限環境化では専用の防衛策を考えて頂いた方が早いでしょう。何か質問のある方は?」

 

 妖精の羽を持つ亜人が手を上げる。

 

「あくまで霧の影響のみに干渉する機器という事かね?」

 

「ええ、それ以外の用途はありません。使用している【崩燼機関】も専用の調整を施したものですので、今のところ他の機関で代用すると言った使い方も出来ません。後、技術的な問題で量産は困難であると言い添えておきます。魔術での防護術式の開発も並列して進めておくべきでしょう」

 

「解った。続けてくれたまえ」

 

 二つ目の品が虚空で再びクローズアップされる。

 

「開発番号SSE-002対群殲滅用射撃武装【崩燼火砲(ソルヴァス・カノン)】」

 

 明らかにグリップが両側に付いただけの火砲そのもの。

 

 冗談のように大きな砲門の奥には砲弾や魔術が収まる薬室の代わりに【崩燼機関】が納まる場所が在った。

 

「予ねてからの懸案であった射撃型【崩燼武装】の大型化と威力の増大に成功しました。結果として【崩燼機関】を射撃一発分の動力として使い捨てにする事となりましたが、その威力は最も旧い型なら七教会の【高格外套】だろうと当たれば一撃で行動不能に出来るでしょう」

 

 おお、と円卓を囲む亜人達の間にどよめきが奔る。

 

 “数十年前の教会戦力にならば太刀打ち出来る”という哀しい現実を突き付けられているとはいえ、今の今まで千年万年の開きがあった戦力の世代的格差が数十年にまで縮まったのだ。

 

 これで驚かない方がどうかしている。

 

 公的に公開されている七教会戦力と大陸の平均的国家の戦力差は年月で表せば、凡そ七百年相等。

 

 普通に追い掛けていたのでは届かない壁だ。

 

 それに少しでも近付いたというだけでリヒスを国内に亡命させただけの価値はあるに違いなかった。

 

「尚、課題として機関の換装時間と重量。それから連続発射後の冷却時間が上がっています。この間の一件で境界踏破部隊が運用した際、“排除対象”に対して大きな戦火を上げる一方扱い辛いとの指摘が出ており、現在急ピッチで改良を進めています。これに関して何か質問のある方は?」

 

「いいかな?」

 

 爬虫類顔の男が手を上げる。

 

「何でしょうか?」

 

「これをそのまま砲台としては運用出来ないのか?」

 

「不可能ではありませんが、現在の“排除対象”との戦闘情報を見るに機動力が無い火力は一瞬で無力化される可能性が高いかと。他国との戦争が勃発するという時節ならばともかく。現在の危機を乗り越える上では余計な開発に注力していられません。ご要望とあれば、開発する事は可能ですが、その分の予算と人的資源は対霧装備開発の人員から出さざるを得ないとご理解下さい」

 

「そうか。これは要らぬ世話を焼いたな」

 

 バッサリと意見を斬って捨てられたものの。

 

 人間であるリヒスに怒る事もなく爬虫類顔の男が納得したように頷いた。

 

「開発番号SSE-003高度汎用機能拡張型装甲【崩燼外套(ソルヴァス・マント)】」

 

 色付きの外套がクローズアップされる。

 

 白く巨大な袖有りの代物だった。

 

 女性用と男性用が其々に映し出されるが、何故か女性用には他に二種類の型式が存在していた。

 

「何故、女性用の方には種類が幾つかあるのでしょうか?」

 

 思わず訊ねたのは下半身が魚。

 

 つまり、人魚のような男だった。

 

「まずは解説を。その後にお答えします」

 

「ええ、分かりました」

 

 リヒスが白い外套の内部構造をクローズアップする。

 

 内側には複数の衣嚢(ポケット)と幾つかの方陣が刻印されていた。

 

「この外套の基本的なコンセプトは【高格外套】から戦闘力を抜いたもの、です」

 

 円卓に座る者達が互いに顔を見合わせて大きく出たな、という顔をする。

 

「と、言っても此処にいる方々なら知る通り。旧い【高格外套】だろうとも今のアルヴァスに開発する技術はありません。ですが、差別化と機能の廃脱(オミット)で幾分か同じようなものは造れます。無論、各国がこぞってやっている分野ではあるでしょう。ですが、境界の先に往くには高格外套が最も理に適っている装備であるのは間違いありません。本来【崩燼鋼線(ソルヴァス・ライン)】も当初これに組み込む予定で開発していたのですが、最終的に量産化する為、泣く泣く別々の開発となりました。七教会の装備からすれば幾分グレードは下がりますが、この外套には確かに戦闘能力以外必要とされる全ての機能が詰め込まれています」

 

 リヒスの淡々とした説明にも宿る“凄み”に、その場に集った誰もが、やはり彼女もまた一国の運命を左右する者なのだと感じていた。

 

「各種肉体の支援機能。体内再生機能。簡易の治療機能。何処でも情報の共有を可能にする通信機能。周辺の情報を統括して観測し、記憶投影する総合情報活用機能。更に幾つかの機能が破損した場合も自動での回復を行う修復機能。これら全てが備わったものは南部の大帝国でも量産化にはまだ遠いはずのものです」

 

 それ故の外套の大型化なのかと納得した様子になる者が数人感心した様子になる。

 

「ここからが先程の疑問への回答になりますが、この【崩燼外套(ソルヴァス・マント)】の女性用に複数の種類がある理由は純粋に現在のアルヴァスの部隊運用における常識を考慮した末のものだとご理解下さい」

 

「部隊運用?」

 

 人魚の男が訪ねるとリヒスが頷いた。

 

「最前線での戦闘時にも女性隊員は後方からの支援が多い。ですから、そういった慣例に基いた運用を前提にして女性型には後方支援用の重装備タイプを二種類用意しました。

 

 二つの外套がクローズアップされる。

 

「Type-M。モンタントは重情報処理特化型。立襟の肩も胸も覆うドレス風です。そして、もう一方はType-D。デコルデは重支援魔術特化型。背や胸が見えるようにした袖無しのドレス風です」

 

 女性の機微に疎い仕事人ばかりな議場に微妙な空気が流れる。

 

「露出が多い場合の霧の影響は?」

 

「【崩燼鋼線(ソルヴァス・ライン)】が破損するか。破壊されればどんな衣装を着ていようと影響は受けます。心理的な作用で不安になると女性隊員から苦情でも来ない限りは様式を変更する必要性も無いでしょう」

 

「そ、そうか」

 

 女性へ服の趣味に付いてとやかく言う男の末路は悲惨だ。

 

 そう心得ていた男達は静かに頷く以外無かった。

 

 彼らの妻が議場にいたら、一様にいちゃもんを付けた男を槍玉に挙げるだろう事は想像に難くなかったからだ

 

 どんな立場だろうと、いつの時代も女にケチを付ける男の未来は決まっている。

 

「ありがとう。リヒス・エス・トリア主任博士。もう下がってくれて構わない。此処の方々も君の働きには大きく納得しただろう。今後の開発プランと強化プランは議題に上げておく。予算も十分に計上する予定だ」

 

「よろしくお願い致します。フォイル様。では、これで」

 

 空気を刷新しようとドゥーズがリヒスを退場させると何処かホッとした空気が周囲へ流れた。

 

「さて、諸君。此処からが本題だが、予想外に早く事態は進行し、予想外に早く対霧装備の開発が終わった。あの二週間前の一件で多くの人命が失われなかった理由は目下情報解析中だが、二度同じ奇跡が起こる事を期待するのは愚の愚だろう。現在、多方面からの接触が来ていると思うが、我々があの事件で知っている事はほんの一握りに過ぎない。アルデルト様が七教会を惹き付けて下さっているおかげで雑音無しに我々が話し合っていられる事を考えれば、我らにも相応の働きが期待されて然るべきだ」

 

 常にアルデルトの後ろに控えているような赤鬼がようやく表立って元老院上層部の掌握に乗り出したのを他の男達は制止しなかった。

 

 それは現状の脅威に対抗出来る存在がドゥーズしかいない事を本能的に誰もが悟っていたからだ。

 

 あの日、赤鬼宗家当主の体験した情報が報告されて以降。

 

 外なる神々に知性ある何者かが協力しているという見方が強くなった。

 

 更に言えば、強力な“排除対象”の出現と侵食を一気に早める緑炎の初観測はドゥーズが台頭するに十分な決定打でもあった。

 

 それらの現象が発現したにも拘らず未だにアルヴァスが滅亡もせずに平穏を保っていられるのは半ば赤鬼の準備の良さと運に恵まれた奇蹟に近い事態であるのだと誰もが悟っている。

 

 結局のところ。

 

 アルヴァスの戦力は黒き屍蝋の仮面達に対して無力にも等しいという事がハッキリした以外、二週間前の一件で彼らの得たものは殆ど無く。

 

 事件の解決は次善策として用意していた“最後の保険”がどうにか働いた結果に過ぎない。

 

「現在アルゥ・ゼオに対して調査協力を依頼している。ようやく“排除対象”の根本的な無力化手段が見付かった事。彼女の庇護する“戦力”が先の一件を解決した事も報告した通りだ。今後も彼女の機嫌を損ねない範囲で協力の打診はし続けるが、あちらとの盟約による不可侵が存在する以上、多くを期待しても仕方ない。と言う事で今後の方策に付いて事前に上げていた通りの議題を採決したいところだが、その前に今日は来訪者を一人迎えたいと思う」

 

「来訪者?」

 

「来訪者だと?」

 

「どういう事ですか?」

 

「誰だ?」

 

「説明して頂きたい」

 

「誰なんだ?」

 

 いきなりの話に困惑した様子になる男達にドゥーズが静かに告げる。

 

「静粛に。では、入られよ」

 

 室内に続く扉から黒髪の幼い少年が一人入ってくると男達は更に説明を求める視線で赤鬼を見た。

 

「はぁ~どいつもこいつも暢気な顔し過ぎだろうに。自分達の状況と立場がまるで解ってない」

 

 いきなりの無礼。

 

 しかし、唖然とした男達の前を超然と通り過ぎて、部屋の壁に凭れかかった少年がパチリと指を弾く。

 

 すると円卓中央にフワリと何処からともなく一冊の本が浮いて出た。

 

「こちらは旧教会派所属七教会独立外部機構【叙事詩機関(エピコス)】総館長―――」

 

「いいよ。こういうのは最初が大事さ」

 

 ポケットから大量の小麦菓子(クッキー)を取り出して噛み砕き始めた少年が指をツイッと虚空でなぞる。

 

 円卓中央の本がパラリと弾けて囲む者達の前に一枚の紙を差し出した。

 

「僕の名は今のところ“名無し”だ。だから、ノーネームあるいは【N/N】または名無しの自生者(アウトゲネス)なんて呼ばれてる」

 

「「「「「「!!!?」」」」」」

 

 男達が思わず固まった。

 

「君達も話は聞いてただろう旧教会派の“計画”その推進者の一人って言えば分かりやすいかな?」

 

 そうして、相手が何者であるのかをようやく理解し、飲下した。

 

 ジットリと嫌な汗を浮かべているのは何も彼らだけではない。

 

 ドゥーズもまた厄介事極まる少年に内心で渋面を作っていた。

 

「さて、君達も知ってるだろうが、あの“計画”は君達へも大きな利益を齎すものだ。僕は基本的に七聖女にも旧教会派にも“大きな肩入れ”はしないが、伝統的には旧教会派の下僕扱いになってる。だから、こういう重要局面では調節役もやらされる身分なわけだ。で、此処からが本題だけど」

 

 紙に鉄箱とその中身らしきものが描き込まれた。

 

「五年前の研究成果が現在旧教会派の手を離れても幾つか推進されてる。あのディミトリア公国の廃滅事件で“計画”の主研究がバラバラに散逸した。その時のドサクサで君達がエス・トリア夫婦の研究を手に入れたように……他にも研究を引き継いだ者がいる」

 

「それと紙に描かれた品にどんな因果関係あるのか聞いてもいいだろうか? 【血統種(ブラッディー)】に連なる大公爵閣下」

 

 ドゥーズが皮肉げに呟けば、やはりかと少年から男達が視線を逸らす。

 

「僕は旧教会派から離れた研究を推進する“とあるジジイ”から依頼を受けて、こんな西部の片田舎まで足を運ばされたわけだ。その理由ってのがソレさ」

 

「一体、何なのだ!!?」

 

 傲岸不遜。

 傍若無人。

 

 そんな形容詞が良く似合う少年が円卓の一人からせっつかれて唇の端を歪めて嗤う。

 

「僕が嘗て研究施設に送り込んで、開発終了した存在の成れの果て」

 

「何?」

 

 ドゥーズが目を細める。

 

「あの事件で【崩燼貴族(ソルヴァス・ノーブル)】共が出資して生んだ技術のことは耳に入ってるかい?」

 

 赤鬼が少年Nの言葉にそこまで知られているのかと思いながらも頷く。

 

「アレを開発した魔術結社ってのが、散逸した研究の主な推進機関でね。連中、わざわざ七教会から匿ってやった恩も忘れて火遊びに走った」

 

「火遊び?」

 

「自分達が開発した【崩燼機関】で霧の力を活用する武装と“計画”から引き継いだ成果。一体、どちらが上なのかってね」

 

「まさか……」

 

 赤鬼が表情を厳しいものにする。

 

「人間てのはいつの時代も変わらない。大きな力や能力ってのは使ってみたくなるもんなんだよ」

 

「我が国の内部で性能試験を?」

 

 少年が肩を竦めた。

 

「その通り。其処に描かれてる品はアルヴァスの倉庫街だったか。あそこに入ってから行方知れずになった。そうして報告されたのが何と一週間前。此処で起こってる事も考えて、最も見つける可能性の高い僕にお鉢が回ってきたわけだ」

 

 ドゥーズがさすがに怒気を孕みながらも自分を落ち着けた。

 

「それで貴殿のような七教会本体とも渡り合える存在が直々に探しに来たコレは一体何なのか教えて貰いたい。返答如何によっては我々にも協力するかどうか議題に上げるだけの用意はある」

 

 まるで喪服のような衣装から次々に小麦菓子(クッキー)を取り出しては口にするNの瞳が細められた。

 

「……“計画”の主要研究は主に五つあった。君達は一部しか知らされてないだろうけどね。一つ目は」

 

 紙に文字が連なっていく。

 

 1亜人を主体とする新人類の作成。

 

「これは君達も知る通り、優秀な血を持った存在として亜人の血統に革新を齎すはずだった力だ。人間の優性遺伝で年々血が薄まってる君達にとって、血の濃さは大問題なんだから、当然のように協力してただろう?」

 

「我々はあくまで旧教会の主導による人間側とのパワーバランスの調整を行いたかっただけだ」

 

 ドゥーズの言葉をNは鼻で嗤った。

 

「続いて二つ目」

 

 2七教会の近代化に拠らない高度先鋭技術の獲得。

 

「そう、正しく君達が今享受してる力……【崩燼機関】だよ」

 

「リヒス・エス・トリア博士の亡命を受け入れたのは彼女が優秀だったからに過ぎない」

 

 Nが赤鬼の言葉に苦笑する。

 

「科学者を一人受け入れただけで君達の国の運命は本来在り得ない方向へと転がった。その点は褒めてもいい。上手くやったのは確かだ。この僕が惚れ惚れするような“囁き”だったのかもね」

 

 男達がもう完全に自分を敵として認識しているのを感じながら、それでもNに遠慮も躊躇も無かった。

 

「まぁ、君達が知り得た情報は此処までだ。そして、この情報の本当の意味を未だ君達は知らない。知る必要も無い。だが、一端くらいは開示しないと話にならないから、話しておこう」

 

 サラサラと三つ目の内容が紙に書かれた。

 

『何だとッ!? 計画はそんなものまで!!?』

 

『まさか、そんな?!』

 

『これは―――』

 

 思わず顔を上げて互いに顔を見合わせ始める男達の動揺にドゥーズも加わりたい気分で一杯だった。

 

 旧教会派との取り決めは様々在ったが、何を隠されていたのか。

 

 そして、自分達が一体どんな計画に本当は加担していたのか。

 

 その一部を知っただけで彼もまた揺らぐ自分を感じた。

 

「3聖女の創造及び聖女級の奇蹟の発現、か」

 

「その通り。五年前、次世代の聖女を育成する計画が大陸中央諸国の総代議会で承認されたのは君達も知ってるだろう。けど、君達が今その頭で思い描いている状況が既にもう進行してたのさ」

 

「この品は正式に計画で認定された公には発表されない裏の成果。人が初めて持ち得た制御可能な人造の奇蹟。その発動媒体だ」

 

 男達が静まり返る中。

 

 ドゥーズが訊ねる。

 

「名は?」

 

「NS.NO.1.LV」

 

「何の略だ?」

 

「単なる素体名称さ。ネクステーゼ・セイント・ナンバー・ワン。奇蹟名【歓寄倖(ジュビルス)】」

 

「ジュビルス……歓喜だと? ならば、LVは?」

 

「素体の本名を取ったんだろう。ああ、そうそう。名前は確か―――」

 

 ポツリとNはその名を呟いた。

 

「ちなみに君達が協力しないという選択肢は無い。何故なら、ソレがもしも暴発するような事態になれば、この国が地図から消えるからだ」

 

 自分で出張ってきている時点で全て事実だとそう暗に言っている少年へ誰も何も言う事は出来なかった。

 

「さぁ、議題に上げてもらおうか。予算は無くていい。ただ、ちょっと手駒を貸してくれれば嬉しいね」

 

 正に。

 

 そう正に。

 

 国一つ滅ぼす事に何の通用も無い感じない天使の笑みで悪魔が笑った。

 

 七教会独立外部機構叙事詩機関総館長N。

 

 魔族が統治せし魔界。

 

 否、酷界における魔族三系統の一角。

 

【血統種(ブラッディー)】の大公爵。

 

 遥か過去。

 

 教会の聖人によりファルティオーナの地に封ぜられた魔物は明け透けに侮蔑の視線を投げ掛けて、舞台に新たな波紋を起こし始めた。

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