※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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第三章四十節

第三章四十節「朝、とある少年の場合」

 

―――???

 

 紅の月。

 

 舞い上がった砂塵に染まる光。

 

 砕けた流星が満天を覆い尽していく。

 

 空奔る石くれ。

 

 赤銅の輝き。

 

 誰が落とした涙かと。

 

 

 少年は争いの最中。

 

 美しさに目を奪われた。

 

 突撃してくる。

 

 断熱圧縮に命を燃やし尽くさんと挑戦者が二十五人ばかり。

 

 一人が載る石礫の大きさが約800m弱。

 

 大魔術師に匹敵する者達が全霊を尽した末に生んだ【攻国魔術(リトゥラ・レギオレム)】の群れ。

 

 一つ一つが大陸に爪痕を残すだろう攻撃。

 

 例えるまでもなく。

 

 小規模な彗星を使った一撃は並みの国家ならば、等しく灰になる。

 

 それを更に拡大するのは二十五の生贄と化した男達が放つ多重方陣。

 

 個人差はあるものの凡そ一人で100m。

 

 最大展開された単一特化の魔術方陣が点となり、線を結び、落下地点に示すのは死の形。

 

 描き上がった天上からの大質量攻勢は面として迫っているというのに、さながら槍だった。

 

 第一陣の角錐は四方と頂点を合せて五人。

 

 その後に続く二十人にも及ぶ縦列は別個の魔力形質間の出力誤差を調整しつつ、突撃時の加重と衝撃の倍化を行う。

 

 最も重要な円錐の頂点に立つ魔術師が展開しているのは少年を打ち滅ぼし続ける切り札。

 

 無限の復元能力を常に上回り、消滅状況を固定化する方法の一つ。

 

 完全導体へと物質を変質させる概念魔術にして錬金の秘奥。

 

 神石創造の秘儀。

 

 熱と電気。

 

 これらの伝導率が無限大となる神の石と相手を化すならば、如何なる復元能力も流入する力如何によっては全て無為と帰す。

 

 そもそも少年が常に無限の復元力を無限の熱量や質量というものに置き換えて戦っているのは彼を研究してきた者達からすれば自明の理。

 

 しかし、それには存在が人体というあらゆる力と物質を内包した構造物でなければならない。

 

 これを完全に神の石に置き換えた場合、復元力による人体回帰は入力された熱量や電気に対して抵抗を持つ物質と化す前に同化還元される。

 

 自己同一性を保つ為に復元する肉体を神の石から置換し直すという理不尽を背負わされた少年は復元力そのものを内在する熱量や電気として分解され続ける事となるのだ。

 

 無限機関の創造から考案された一計は綿密な計算から可能と判断された。

 

 復元力そのものを相手の肉体を崩壊させ続ける力(エネルギー)として利用する技は大陸に名を馳せる魔術師達の可能な限界の領域。

 

 それ以上の方法は殆ど無いに等しい。

 

 本来なら大陸を危機に晒すと難色を示すはずの七教会ですら周辺に展開した防御装備満載の大部隊で威力の余波を最小限に抑える気なのは明白で。

 

 逃げるか迎撃するかの二択を迫られた少年は明らかに追い詰められている。

 

「どうしよっか?」

 

 訊ねれば、虚空からは声。

 

『正面からの突破を提案』

 

「……ちょっとだけ手伝ってくれる?」

 

『了解しました。我が創造主』

 

 少年の手にした永劫の剣が振り被られ、彼の前に小さな魔術方陣が上空に向かって数千枚傾ぎ立つ。

 

 その光景は遠方からは細い塔のようにも見えるだろう。

 

『【超対称性粒子(スゥースィー)】装填。限界加速域、秒速3235453km。対象物体の領域突入まで残り八秒』

 

 カウントダウンはゆっくりと進む。

 

 真空中の光速を超える超光速を生み出す粒子が充填した天突く塔。

 

 その最中に少年は剣を投げ放った。

 

 方陣を潜り抜ける度に内部で加速した剣はその先端を方陣の外へ露出。

 

 相手側と接触し、空気中の光速まで急減速。

 

 しかし、剣に与えられた運動エネルギーは保持されたまま。

 

 つまり、失われる事無く。

 

 連なる巨石を貫くに足るだけの力を出力して。

 

 接触する全原子を強制的に光速まで加速させて崩壊へと導いた。

 

 光の柱。

 

 周辺の全てを光に還元しながら突き進む剣の通り抜けた道にはもう何も残っていなかった。

 

 単なる純粋物理攻撃。

 

 結果として物体が光速以上でなければ獲得出来ない運動エネルギーを保持したまま激突した事で相手の隕石は跡形も無く光となって大気圏外まで飛散したのだ。

 

 魔術原理を使わぬ場合。

 

 光速不変の原則は一部の特異な技術体系や超常の力以外では超え得ない。

 

 しかし、“真空中の光速”を超える事は可能だ。

 

 特別な粒子内部における光の速度は時に真空中の光の速度を越えてしまう。

 

 未だ大陸では神すら到達していない叡智の一つ。

 

 その特別な粒子を扱い。

 

 尚且つ、運動エネルギーの入れ物たる永劫不変の剣を用いる少年と“彼女”だからこその荒業だった。

 

「術者の人達は?」

 

『全て、剣の周囲に紐付けておいた方陣で異相側に捻じ込んでおきました。七教会が回収するまでは行動不能かと思われます』

 

「そう……じゃあ、そろそろ行こっか?」

 

『はい。ルート検索。最短での防衛線突破に入ります』

 

 まるで何事も無かったように少年は歩き出した。

 

 砂の混じらぬ蒼い月の下。

 

 虚空の声に話しかけながら。

 

 *

 

「ん……」

 

 屋根裏で目覚めれば、旭が窓から差し込んでいた。

 

 何を見ていたのか思い出せない。

 

 しかし、自分の横に立ち続けるハウスメイドを見つけて。

 

 少年はいつもの笑みで挨拶する。

 

「おはよう。ディアコノス」

 

「おはようございます。創造主……六時間十四分五十四秒の睡眠お疲れ様でした。ウル・エイフォン・バーゲルは既に自宅へと物を取りに戻り、家主にそのまま登校すると伝えています。従者である奏璃紗(リーシャ・ハーモニア)の起床までは残り十三秒。部屋への立ち入りまで推定十四分です」

 

「そう……じゃあ、しばらくこのままにしてようかな」

 

 紫雲が世界を渡っていく。

 

 艶やかな日差しは温かく。

 

 午睡みに落ちる事無く。

 

 少年は一人。

 

 天井を見上げる。

 

 璃紗とウル。

 

 二人と共に月兎亭を利用して二回目の夜からもう二日が経っていた。

 

 あの後、翌日もそのままアルヴァス・カレッジへと登校し、ウルは夕方にはゼオ家の一間を間借りする事となった。

 

 アルゥと色々とやり取りをしたらしいが、それは少年に非公開。

 

 今では自室に生活用品を取りに戻る毎日だ。

 

 同居に異論が出るはずもなく。

 

 シルルゥはお泊りする人=お喋りする人が増えたと大喜び。

 

 璃紗にしても親しみが湧いたのか。

 

 ウルと積極的に話すようになっている。

 

 その分、騒がしくはなったし、能力が常時発動しなくなった少年は精神も肉体もそれなりに疲労というものを覚えているが、それもまた新しい感覚だと受け入れられていた。

 

「……一つ聞いていい?」

 

「現在のサービス提供範囲であれば、なんなりと」

 

「昔、僕ってどれくらい寝てた? こういう疲れは慣れないせいか。まだ抜けてない気がして」

 

「睡眠時間という事でしょうか?」

 

「そうだけど?」

 

 寝てたという問いに対して睡眠時間かとわざわざ訊ねる。

 

 その意図が解らず。

 

 少年は頷く。

 

「一年の総計でよろしければお答え出来ます」

 

「うん」

 

「約10の42乗分の1秒」

 

「え?」

 

「睡眠という定義が意識を落とした上での脳機能の低下と情報の整理を指す場合の話ですが」

 

「……」

 

「通常の生物が行う睡眠を創造主は必要としていませんでした。また、その睡眠の定義は殆どの生物とは大幅に異なります」

 

「どういう事?」

 

「意識を落せない。いえ、その必要が無く。また、それを望んでいなかった、という事です」

 

 少年の顔の上に脳の三次元式の画像が浮かび上がる。

 

「脳が疲労しない。如何なる環境下でも能力を一定に保とうとする力が常に働く関係上、生体として睡眠を必要としていませんでした。故に眠るという行為を真似る事はありましたが、実際には瞳を閉じているだけで精神領域及び精神が接続出来る幾つかの領域で活動を行っていた事が殆どであったと記録されています」

 

 本人に悪気が無い事はある程度の質問でディアコノスから情報を聞き出していた少年には解る。

 

 受け答えにしても全ては予め組まれている応答用の論理(ロジック)で記録を喋っているに過ぎない。

 

 だが、お前はそもそも化物だったという事実を突き付けられるのにはさすが苦笑するしかなかった。

 

 それなりに自覚があるとはいえ。

 

 こうもハッキリと不死者は普通の生物とは掛け離れた存在なのだと示された事は今まで余りない。

 

「……秘密にしといてくれる?」

 

「睡眠に関する項目を閲覧制限事項に指定しますか?」

 

「よろしくね」

 

「分かりました」

 

 肉体を持った精霊ではない。

 

 完全なる被造物。

 

 明らかに高度な魔術と秘術、技術の産物であるハウスメイドに消えているよう伝えて。

 

 少年は下の階段から上がってくる少女に起こされるべく。

 

 静かに瞳を閉じる。

 

 眠ったふり。

 

 それは正しく過去の自分そのままなのだろうかと。

 

 思考の何処かを疑問が掠めた。

 

(……)

 

 小さな手が扉を下から開けて。

 

 こっそり足音を立てずに近寄ってくる。

 

 何が楽しいのか。

 

 寝てる寝てる♪と呟いて。

 

(こうして起こされたかったのかな……昔の僕も……)

 

 例え、自分が化物だろうと構いはしなかった。

 

 優しげな声で。

 

 優しげな手付きで。

 

 自分の目覚めを彩る人がいる。

 

 瞬きの間に失われていくものがあるように瞬きの間に生まれていくものがある。

 

 朝、自分を気遣う微笑みを見つめる度。

 

 その胸に込み上げてくるものがある限り、嘘でもいい……起こされる自分を演じたって虚しくなかった。

 

 だから。

 

「……おはよう。璃紗」

 

「イクス。今日も良い天気だよ」

 

「うん」

 

 いつだって、少年の朝は幸せに始まるのだ。

 

 *

 

「マゥヲ♪」

 

 モムッと漆黒の物体が一匹。

 

 少年の頭部に乗っていた。

 

 今日も今日とて全力で少年の朝を邪魔する厚かましい黒猫である。

 

 何やら近頃まったく遠慮が無くなった様子の獣は朝から登校中の少年を狙い撃ち。

 

 しかも、完全に気配を消して不意打ちでやってくる災厄そのものだった。

 

「あ、猫さん♪ 今日は一緒に璃紗達と行ってくれるの?」

 

「カワイイ!」

 

 喜ぶのは女給姿な璃紗と可愛いもの好きなシルルゥ。

 

 少年を左右から挟む少女達ばかりである。

 

 それでなくとも武芸術の大会以降は良い意味でも注目を集めつつあるのだ。

 

 頭部にペットを飼っていると評判になれば、如何なる不幸が降りかかるか。

 

 今日も芳しい麺麭屋の前を通り過ぎ、アルヴァス・カレッジに向かう道すがら。

 

 少年は黒猫の横暴に首を疲れさせていた。

 

「マ~ヲ~」

 

 大きな欠伸をしつつ、頭部で伸びをする生物の口の端からダラーリと涎が垂れ始める。

 

 まだ寝惚けているらしい。

 

 もう食べられないよとでも言いたげにムニャムニャ口元が動いている。

 

『あ、イクスさ~ん』

 

 タタタッと軽い足音が背後から追ってきて少年の前へとやってくる。

 

「エストリア。おはよう」

 

「はい。おはようございます。イクスさん。あ、黒猫さんも今日はいるんですね。ふふ、おはよう♪」

 

 少年の頭上に手が伸びて。

 

 撫でられる事を許容した獣がやっぱり眠いと瞳を閉じて動かなくなる。

 

「あ、寝ちゃいました」

 

「涎だけ垂らし続けるのは止めて欲しいんだけどな……」

 

 ハンカチで額を拭きつつ登校を再開した四人の間に話題は絶えない。

 

 エストリアは何やら璃紗とシルルゥに放課後の集いを持ち掛けているし、シルルゥは今日の昼は牛肉だと言わんばかりにカフェのメニューに付いてたどたどしく語っている。

 

 何でもお家のお肉より学校のお肉の方が美味しい云々。

 

 ハハサマももっと美味しいお肉を出すべきだとか。

 

 璃紗は璃紗で近頃お使いで菓子店に出入りするようになったらしく。

 

 最新の菓子情報を熱心に話している。

 

 女性が三人居れば姦しいのは当たり前。

 

 だが、その騒音にもめげず。

 

 黒猫には熾きる気配もない。

 

 学校の正門前まで来るとさすがに少年もそろそろ降りて欲しくなったが、言うまでもなく無反応。

 

 風紀委員と生徒会役員らしき亜人達が持ち物検査等している日にはどうしようかと思案もする。

 

 揺さぶれば、生え際に爪を立てられるだろうし、引き剥がそうとすれば、頭皮の危機だ。

 

 少年の懸念を知っている少女達は少しだけ可哀想なものを見る視線を少年に向けたが、璃紗以外は遅刻するわけにもいかないと苦笑いで少年に手を振り、正門を抜けて言った。

 

 さて、ここからどうするか。

 

 まだ、時間はあるとはいえ。

 

 黒猫を下ろそうにも問題は山積み。

 

 お手上げに近い少年は大人しく遅刻しようかと諦観の吐息を吐く。

 

「イクス。ダメ元で帽子だって言い張ってみたら?」

 

 変な帽子扱いならば通過出来るかもしれない。

 

 過去、思い切り黒猫を頭に被せる布地と誤解していた璃紗ならではの視点である。

 

「言いたい事は沢山あるけど、一番妥当な案に聞こえちゃうのがもう何ていうか……」

 

 風紀委員に止められるにしろ。

 

 生徒会役員に止められるにしろ。

 

 また変な噂が立ちまくりなのは間違いなかったが、そのまま立ち尽くしていても埒(らち)が開かない。

 

 思い切って正門に進んだ少年は何食わぬ顔で持ち物検査の列へ並んだ。

 

 数分後。

 

 少しだけ瞳を細めた風紀委員と生徒会役員達だったが、少年のチェック項目に全て印を入れると何も言わずに次ぎの相手へと視線を移した。

 

 拍子抜けした少年と璃紗が顔を見合わせる。

 

 すると、生徒会役員らしき毛むくじゃらの獣人が二人の横にやってきて囁いた。

 

『君、精霊を連れて来る場合はせめて見えないようにするのがマナーだよ。まぁ、肉体がある方らしいってのは報告されてるから、あんまり強くは言えないんだけどね。じゃ』

 

「「……」」

 

 二人が正門から玄関に歩いて行く道すがら少しだけ納得した。

 

 どうやら黒猫は少年の精霊。

 

 使い魔の類だと思われているらしい。

 

「イクス。この子が精霊だって学校側に登録とかした?」

 

「いや、そういうのは全然」

 

 二人が顔を見合わせる。

 

「こういう事をしそうなのは……」

 

 先に行ったエストリアの兄を思い浮かべた途端。

 

 少年の脳裏に魔術による通信が入る。

 

 応答すると脳裏に響いたのは何やら眠そうな青年アーギスト・エス・トリアの声だった。

 

『幾つか報告しておく事がある。イクス・ゼオ』

 

「あ、はい」

 

『精霊召喚の一件。制約解除の準備は四日後までに完了するとウル嬢には伝えてくれ。それと精霊に関する学校側の“特別な配慮”というやつが権利として存在していて。今後の活動を円滑にする目的で適当にあの黒猫を登録しておいた。今後は学校でも時間に融通が利くようになると思っていい』

 

「今さっき、生徒会役員の方からちょっと話がありました」

 

『今日からはいつ黒猫に頭部を占領されても問題無いと思って構わない。それと精霊を身に付けている生徒には学校での通常講義の時間でも校外活動がある程度認められる。緊急時の呼び出しや境界踏破に必要な各種の用事の際はそういう体でこちらから呼び出す事もあると心得てくれ』

 

「分かりました」

 

『最後に一つ』

 

「何ですか?」

 

『………あの一件であの子を救ってくれた事。感謝する』

 

 それが化物化する寸前のエストリアを押し留めた事だと気付いて。

 

 少年は沈黙を保った。

 

 如何に兄妹とはいえ、知られたくない事もあるだろう。

 

 妹の心に押し入った事を咎められる事はあれど、感謝される事は無いに違いないと思っていた少年は少し意外に思った。

 

『今後の日程に付いては明日詰めたい。では、これで交信を終了する。以上だ』

 

 講堂の前でプツリと音声が途切れる。

 

 今まで黙っていた璃紗が何処から取り出したのか。

 

 ササッと制服の埃を専用の魔術具で払っていく。

 

 一見して小さな棒切れ、杖のようにも見える。

 

「行ってらっしゃいませ。ご主人様」

 

 仕事モードに入った小獅子が頭を下げる。

 

 本来、そういう堅苦しいのを好まない少年であるが、周辺では自分達と同じような光景が繰り広げられている為、郷に入っては郷に従えという東部の諺を思い出しつつ許容していたりする。

 

 僅かに頷いて扉の先へ向かうといつの間にか指定席扱いされている窓際近くに兎の耳を見つけて近寄っていった。

 

「おはよう。サイカ」

 

「イクス君。おはよう」

 

 眼鏡を掛けた大人しそうな相手が実は娼館経営者だとは誰も思うまい。

 

 近頃は色々ウルや璃紗との関係上、世話になっている為、距離感はかなり近しくなっている。

 

 腰を下ろせば、まずは講義内容が話題になった。

 

「あ、そう言えば」

 

 そうして一時限目の講師が来る前にふと兎少年がポツリと漏らす。

 

「?」

 

「そろそろ期限だって知ってるかい?」

 

「期限?」

 

「ああ。その様子じゃ忘れてるみたいだけど、説明会で言われなかった? 自分の出る学校行事は事前登録しておくようにって。学業に注力したいってやつもいるから、参加は強制じゃないけど、そろそろ登録書類の提出をしないと間に合わないからね」

 

 相槌を打ちながら少年はそう言えばと思い出し、提出用の書類が未だ自分の部屋の机上に置いてある事を思い出した。

 

 霧の境界踏破や夜中の徘徊に時間を使いあれやこれやと走り回っていた為、まったく頭の中から登録期限なんて言葉は抜け落ちていたらしい。

 

(明日、提出しておこう。でも、どんな行事だったっけ?)

 

 関係書類を見直してみようとの思いを胸にその日の講義は始まった。

 

 *

 

「ほぅ? 学校行事に付いてか」

 

「エンシェンって、そういうのに詳しそうだから」

 

 放課後。

 

 璃紗とシルルゥをエストリアに預け、武芸術部にやって来た少年は部屋の片隅で鬼女に行事内容を尋ねていた。

 

 少年より後に入ってきたエンシェンであるが、何かとそういうお祭り事は心から愉しんでいそうな印象があった為、そういう質問が出たわけだが、部室の主たるウルはジトッとした瞳で二人を見ている。

 

 その視線を翻訳するなら『どうしてわたくしに聞かないの!?』と言ったところか。

 

「無論、詳しいとも。此処に来る目的の半分は暇潰しだからな」

 

 学校を暇潰しと言って憚らないのにはさすがに問題だろうが、咎める者は無い。

 

 部室内ヒエラルキー。

 

 権力構造の頂点は間違いなくエンシェン・イル・フォイルだ。

 

 部長の人は基本的に色々と貸しがあるのであまり鬼女に強く意見出来ない。

 

 今も少年と彼女の問答に対してウルが何も言わないのはそういう配慮があるからだ。

 

 その憂さを晴らすように新入部員のラオに武芸術部の何たるかを解いている様子は八つ当たりっぽくもある。

 

 今日の紅茶のカップは四つ。

 

 刀剣の並ぶ壁の上にはいつの間にか小さな名前の札が掛けられていた。

 

 札には張り紙で部長以下三人の名前。

 

 生徒会からの予算が執行され活動費が出たと喜んでいたウルがさっそく揃えたらしい。

 

「どうかしたか?」

 

「いや、何か武芸術部も賑やかになったなぁって思って」

 

「ずっと何処かの誰かが部と言い張っていただけで実態が伴っていなかったからだろう。これからはお前達以外にも部員が増える可能性もある」

 

「そう言えば、確かに……」

 

 時折、武芸術部の外に見学らしき亜人の人影がチラチラ来るようになっているのは少年もウルも気付いていた。

 

 その殆どが部室に近付くだけで何事もなく立ち去るのだが、近頃は女生徒達が遠巻きにしながら校舎内部でウロウロしていたりする。

 

「お断りですわ。新入部員なんて三人もいれば十分ですもの。わたくしの部は少数精鋭で行きます」

 

 ウルが鬼女の声を聞き漏らさず、キッパリと言った。

 

「ククク……」

 

「な、何が可笑しいんですの!? エンシェン!!」

 

「そうだな。確かにお前よりも強い部員がこれ以上増えたら、大問題だろうしな」

 

「グッ!? ひ、人が気にしている事を!?」

 

「ははは、そう怖い顔をするな。部長が強いに越した事は無いが、我らは通常の学生の分を超えている。そうした意味でなら、お前が部長であるのは何ら可笑しくない。いや、逆に一般的な貴族としてはお前の方が部長として相応しいはずだ」

 

「強者の余裕、ですわね」

 

 ちょっと拗ねたように瞳を細めるウルが溜息を吐く。

 

「元より身分や力に縛られる貴族だからこそ、象徴がただ強いというだけで組織を成り立たせるのは難事だ。人望、人柄、強さ、地位、実績、どれも全て備えているのはお前しかいない。誇っていいと思うぞ?」

 

「な、何だか今日はやけに煽てますわね……」

 

 ちょっと頬を赤くしてウルが紅茶を口にして視線を泳がせる。

 

「エンシェン。やはり、ウル殿は素晴らしいお方なのか?」

 

 紅茶を嗜みつつ、三人のやり取りを見ていたラオが訊ねる。

 

「え、あ、ちょ、ラ、ラオさん?!」

 

 面と向かって真顔の新入部員に言われては如何なウルもタジタジとなった。

 

「ああ、そうだとも、ラオ。この部長はただの部長ではなく、武芸術部の部長だ。絶滅寸前の旧き技と力を持って立つ姿は正に亜人貴族の鑑だ」

 

「エ、エンシェン!!? 貴女ねぇ!?」

 

 ラオが大いに頷いた。

 

「私もそう思っていた。ウル殿……これから武芸術の指導をどうぞよろしくお願いする」

 

 やはり真顔で言われて。

 

 ウルが恥しさに顔を俯けた。

 

 その様子に少年が微笑む。

 

 今まで誰にも褒められず。

 

 己の技と力だけを頼りに部を存続させ、孤独に道を歩いて来た。

 

 しかし、今はそれを確かに認める者がいる。

 

 銀の尻尾が嬉しそうに揺れる様は今までよりも愉しそうで。

 

 これからもそんな日常が続いて欲しいと少年は願わずにはいられなかった。

 

「ふふ……」

 

「イ、イクス!? あ、貴方今笑いましたわね?!」

 

「そうかな?」

 

「う、ぅ~」

 

 まだ認められる事になれていないウルの常とは違い照れて唸る姿は過去の彼女とは別人。

 

 少年と二人切りの時とも違う。

 

 亜人貴族の子女でも、男を求める女でも無い。

 

 年頃らしい顔の女学生。

 

 自分一人では浮かべさせられなかっただろう表情に笑みを深くしながら、少年は思う。

 

 こういうものを何よりも眩く大切に思えるのは自分がそういうものとは無縁の存在だったからかと。

 

「と、とにかく!! いつもお喋りばかりに興じているわけにもいきません!! 今日は鍛錬のメニューを考えてきましたから、全員にやって貰います!!」

 

「さて、仕事に行かねば」

 

「あ、ちょっと!? エンシェン!!?」

 

 面倒事は任せたとばかりに部室から鬼女が逃げ出していく。

 

 ウルが思わず追い掛けていく姿に思わずラオと少年は顔を見合わせて笑みを零した。

 

「ゼオ……此処は良い部だと私は思う」

 

「うん。僕も……」

 

 放課後、暮れ始めた空は白く棚引く雲を染めて。

 

 時間はゆっくりと過ぎていった。

 

 *

 

―――大陸中央諸国アルヴィッツ工都ライオネア。

 

 並外れた。

 

 そう例えるべき世界がもしも存在するとするのなら、正しく其処こそが形容に相応しい。

 

 大陸中央諸国でも文化の中心地たるアルヴィッツ。

 

 その第三の都市と呼ばれるのが七教会研究部門の本拠が置かれた工学都市ライオネアだ。

 

 工都(こうと)と俗称される彼の都の全容は半径十七kmの半埋設型実験棟。

 

 つまりは人類最大級。

 

 一繋がりの巨大研究施設である。

 

 ドーム状の外殻は各部位を空間制御によって取り扱え、必要に応じて異相へと消し去る事が出来る。

 

 ライオネア自体が一つの【無限機関(インフィニテ・マグナ)】を核とする高度な万能デバイスだと言うのだから、大陸の大半の国家からしたら理解不能だろう。

 

 巨大な一つの機器を都市民で使う。

 

 家であり、工場であり、研究開発機関であり、便利な道具でもあるライオネアは正に都市という概念には収まらない代物だ。

 

 その外観がもしも工業とか技術と言った単語に相応しいものなら、多くの都市に暮らす者達。

 

 研究者と技術者と科学者達は口を揃え、これこそ世界最先端の都市であると自負するに違いない。

 

 何故、そんな前置きをするかと言えば、ライオネアの外観が明らかに人智を越えているからだ。

 

 真っ白なパウンドケーキ。

 

 色とりどりのフルーツ。

 

 シュークリーム、パイ、麺麭、小麦菓子(クッキー)、その他諸々etc。

 

 外壁に隙間無く描かれているのは今にも本当に食べられそうな質感の甘味類。

 

 世界最高の学術機関でもあるライオネアに来た“初心者”は「???」と頭をオーバーヒート気味に暴走させる。

 

 灰?

 白?

 黒?

 

 そんな色彩の構造物は都市内部に存在しない。

 

 否、存在する事すら許されない。

 

 大陸に存在するあらゆる甘味類。

 

 フルーツから菓子からあらゆる食材が所狭しと描かれた都市には歯車の歯の字も見付かりはしない。

 

 それと言うのも全ては都市を設計開発建造した七聖女の趣味のせいだ。

 

 世界最高のマッド聖女曰く。

 

『甘いものが無いと人間は発明出来ない生き物なんだよぅ♪』

 

 もはや、世界一の菓子職人達が集う場所とか誤解されても文句は言えない。

 

 いや、どちらかと言うと都市の管理責任者達に七聖女フルー・バレッサがそうしようと言い出しかねない。

 

 そういう理由で都市には七聖女御用達の菓子屋が無数に出店していたりする。

 

 実に恐ろしきは金と権力。

 

 どちらも大陸規模で保有する七聖女は自分の趣味で世界を彩っている。

 

 そんな少女の別荘が都市最下層に存在するというが、年に数回程度しか本人はやって来ない。

 

 と、言うのも菓子屋に毎日並んでしまっては仕事にならないと聖女の副官にして七教会最大の大御所マディクト・ナシエが入り浸る日数を制限しているせいだとか。

 

 実に78万人が暮らす都市は今日も今日とて菓子屋の甘い匂いに満たされながら、世界最高の技術を使った工業製品を研究開発していた。

 

 そんな都市の下層に七教会の研究開発部門本部庁舎が存在する。

 

 大通りから政庁に入り、其処から地下へ続く十五の検問を潜り抜けた時、ようやく都市の住人達は真面目な話、自分達が何の上に生きているのかを知るのだ。

 

 空間制御による内部空間の拡張。

 

 半埋設型の都市地下区画には遊びの部分が一切無く。

 

 巨大な超高層建築(ビルディング)が横壁から遥か地下深くまで延々と生えている様子が確認出来るだろう。

 

 その一つ一つが一種の工学機材のプラントであり、内部では自動化された無数の機器が内部で七教会の業務に関する機械の核心部分を製造している。

 

 梱包され転移で大陸各地の支部へと出荷されるソレらは最終的に現地での組み立てと最終調整を行って配備され、教会の実行支配を支える部品となっていく。

 

 下手な魔術具よりよっぽど高価であり、純正品なら原価の数百倍近い値段が付く。

 

 それらが静かに製造される工場群こそ壁際の高層建築群なのだ。

 

 そんな世界の地下最終層。

 

 研究部門の最重要区画。

 

 其処で忙しく立ち働く男達がいた。

 

 白衣姿の研究者達。

 

 大陸数十億の民から実力と発想力だけで這い上がってきた根っからの机好き。

 

 十五桁の計算を即座に暗算してみせる男が十数人と言えば、大抵の人間は顔も引き攣らせるだろう。

 

 都市の外壁から直接取り入れた陽光が照らす実験施設兼彼らのデスクの並ぶ一角は仕切りの無い大きな倉庫にも似ている。

 

 一面の壁には生物や遺伝に関する研究者達が保有する大水槽が置かれていて、アクアリウムのように幻想的な生物達がフヨフヨと舞い踊っていた。

 

「え~本日のお題はコレ」

 

 ガヤガヤと自分の机から集まってきた男達が椅子も無い床に体育座りで中央の大きな白いボードを見つめる。

 

 七教会の各種諸々の技術的な問題を解決するのが仕事の一つである彼らだが、他人の力を借りて研究開発を行う事もままある為、時折こうして集いを開くのだ。

 

 今日の議題を上げたのは瓶底眼鏡を掛けた白衣姿の男だった。

 

 ボードには真っ黒に塗り潰された黒い正方形が描かれている。

 

「この間、これってパクリだろって事でFAだった気がするのですが。マルデス氏」

 

 男達の一人から声が上がった。

 

「そうですよ。結局、エス・トリア夫妻が持ち出した資料は約半分。あの機関にしてもあの粒子にしても不完全な代物でFAだったじゃないですか。マルデス氏」

 

 また一人の男から声が上がる。

 

「そうなんですが。いや、色々やりようによってはかなりの代物に化けるんじゃないかって思えましてね。諸氏諸君」

 

 眼鏡の男が力説する。

 

「それよりもシャンラで行われた大規模構造物の長距離転移。あれの効率化を先にするべきでは? マルデス氏」

 

「いや~本当にそう思うんですが、コレを」

 

 男達の前列に白いプリントが配られ、後ろに配布されていく。

 

「コレは……ふむ。そういう事ですか。マルデス氏が考えている事をちょっぴり理解しましたよ。僕は」

 

「ええ、何となくですが、言いたい事は解りました。中々にして興味深い考察ですね。ええ」

 

「こ、これがもしも予測じゃなくて観測結果にな、なったら、大変なんだな。ヤバイんだな」

 

「まだ、現物が存在しているかどうかが解らない以上は言っても詮無き事ではありますがね」

 

 ガヤガヤとプリントを片手にざわつく同僚達に瓶底眼鏡のマルデスと呼ばれた男が頷く。

 

「聞いて欲しいのは其処から先なのですが。どうやら、コレが存在した場合……影響がかなり広範囲に渡る事がシミュレートの結果から確認されました」

 

 男達の何人かが手を上げて一人が発言する。

 

「影響範囲予測の提示を」

 

「はい。ただいま」

 

 ボードが裏面に引っくり返されて何やら数式が連ねられていく。

 

 最後の一行を書き切られた後。

 

 男達がまたざわつく。

 

「コレがもしも事実だとすれば、放置しておくのは……」

 

「いや、まだ確定したわけでは」

 

「これはさすがにフルー様に情報を上げるべきかもしれませんね」

 

 男達が静かに為るのを待って再びボードが引っくり返される。

 

「諸氏にお聞きしたいのですが、これの製造が旧教会派やリヒス・エス・トリアやアルヴァスに出来ると思われますか? 何分、資料が乏しいものでして、あちらの資産や保有する資材が足りているかどうか何とも……」

 

 男達が一人ずつ発言し始めた。

 

「肯定。仕様による材質の変更を行えば、旧教会派に限って言えば保有する遺跡群に必要なだけの素材が在った可能性は高い」

 

「否定。コレを製造した場合の旧教会派、その他誰であろうと立場が限り無く悪化する。製造の為の莫大なコストと資材の調達が七教会の情報網に掛からなかったとは考え難い。運用した場合の社会的影響も含めれば、自滅の可能性が否定出来ない。リスクが大き過ぎる」

 

「肯定。【総主教(パトリアルヒス)】が代々引き継いでいると言われる枢密に付いて現在、旧教会派が妙な動きをしていると観測部門から報告が上がっている。五年前の行動と資材や資金の移動パターンが類似しているとの話もある。コレの製造に入った。あるいは同じようなものを造っている可能性も……」

 

「こ、肯定なんだな。クルス・エス・トリアはぼ、凡人だったけど、発想はかなり良い線をいってたんだな。リヒス・エス・トリアがあの数年で【無辺空間制御(イメンサ・マンデータ)】の理解を深めていれば、後押しする組織次第では創造までの課題は殆ど時間と資材だけのはずなんだな」

 

「否定。リヒス・エス・トリアが旧教会派から抜けて現在アルヴァスに亡命中である事を考えた場合、個人では研究や製造の継続事態が不可能。もしもアルヴァスに話しを持ち掛けていたとしてもアルヴァスの技術レベルでは製造なんて無理でしょう。一応の協力関係にある旧教会派と手を組んだ事も考えられますが、リヒス・エス・トリアの旧教会派から離脱した経緯を考えれば、共同歩調を取るのは不可能に近い」

 

「それだけではありませんよ。夫妻の残したデータだけで旧教会派が製造まで漕ぎ付けられるとは思えない。五年前の時点で製造しようとしていたとしても、製造が終わっているなら使われないという状況は不可解過ぎる。となれば、製造自体が止まっていたか、製造まで漕ぎ付けていなかったか。旧教会派がずっと製造までの道筋を辿っているとしても、それにはかなり優秀な研究者が必要になるはず。それこそフルー様や我々に近い研究者が現在もコレの開発に携わっている事となります。ですが、一体何処の誰がこんな研究に手を染めて、コレを製造するのか。明らかに七教会との戦争になると解った上でやりそうな者は我らが知る限り、研究者にも技術者にも科学者にも存在しない」

 

 マルデスが汗を浮かべて眼鏡を片手で抑えた。

 

「……一人だけ思い当たる節が……こちらはハティア様の管轄ですが」

 

「一体誰なんだい? マルデス氏」

 

「そんな酔狂がいるわけないと思いますが。マルデス氏」

 

 ポツリと名が呟かれる。

 

 それに男達が思わず顔を固まらせて再びざわつき始めた。

 

「まさか」

 

「まさか、と思いたいな」

 

「ま、ままま、まさかなんだな!?」

 

「まさか、まさか、まさか、マジで?」

 

「いや、落ち着こう。一端、落ち着こう。マルデス氏!! マルデス氏!! その根拠を提示して欲しい」

 

 全員の視線がマルデスに向いた。

 

「五年前の確定位置情報が西部アルヴァスの近くで途絶えていたと記憶していまして……」

 

 全員が互いの顔を見合わせた。

 

 嫌な予感というやつを彼ら全員が覚えたからだ。

 

「まずいな」

 

「まずいですね」

 

「殆ど、考えてもみなかった事態だ」

 

「魔術開発部門との統合話をもっと真面目に検討するべきだったかもしれない……」

 

「と、ととにかく!? まずはフルー様に対して報告なんだな!? これはさすがにヤバイんだな!?」

 

「事態がどうなってるかは解らないが、もしも五年前の時点で夫妻とあの男が製造に手を出していた場合、恐ろしい未来しか見えない」

 

「フルー様がクルス・エス・トリアの情報復元の手際を訝しがっておられたが、もしかしたらあの男が関わっていたのかもしれんな」

 

「まずいまずいまずい!? 最悪の事態だ!! この推測が正しかった場合の被害予測は……やりたくないッ!!!」

 

「まさか、ディミトリア公国の一件にも関わっていたんじゃ」

 

「在り得る!!? 夫妻との接点が無かった為に事件の主犯として怪しく思われていたが、確証もないとされていたからな!? だが、コレの製造に両者が関わっていたとしたら、何らかの事故や暴発……最悪、故意にディミトリアの次元境界域を破壊した可能性もある!?」

 

 勝手に恐慌をきたしていく男達が一様に暗い顔をした。

 

 まだ推測。

 

 しかし、飛躍し過ぎと言われても、予測が当たっていた場合の被害は誰も想像したくなかった。

 

「魔王の複製実験なんてフルー様がずっと続けてるからぁ!?」

 

「それは言わないお約束だろがボケ!!」

 

「プライベートに口を突っ込むと廃人寸前まで理論的に罵倒されるからって、誰も諫言しなかったろ!!?」

 

「そ、その!? フルー様が怖いから止めた方がなんて言えなかったのは皆同じなんだな!!」

 

 世界最高の研究者集団が喧々諤々と罵倒し合う様子は限り無く無様だ。

 

 しかし、そうなるに値するだけの事態に違いないとマルデスは溜息を吐いた。

 

「諸氏諸君。聞いて欲しい」

 

 男達がちょっと掴み合いになりそうな具合に息を荒げながらもマルデスを見る。

 

「とりあえず、報告しよう!!? そして、指示を仰ごう!!?」

 

 サックリ全て七聖女に丸投げしたマルデスの笑みに誰もが自分もそうするだろうと頷いた。

 

 さっそく全員の脳裏に魔術による通信の秘匿回線が繋がる。

 

 フルーへの直通交信。

 

 本来はかなりまずい状況でも無い限り使用されない極秘のホットライン。

 

 それがトゥルルルッと音を立てて、相手を呼び出す。

 

 ブツッと回線が繋がった瞬間。

 

 男達はこれでもう大丈夫だと安堵の息を吐く。

 

『え~こちらフルー・バレッサ。この回線は残り277日間使用出来ません。現在、天蓋蒼星にて隠密行動中ですので、期間が過ぎるのを待つか、副官のマディクト・ナシエにお掛け直し下さい。可及的速やかに聖女の力が必要だと言う場合には【外宙碩学師団】で暇してるメルフに連絡してねぇ』

 

 ブツッと回線が切れ、ツーツーツーと信号音だけが響いた。

 

「そう言えば、この間の【天蓋蒼星(メイズ)】大異変の一件で出張中だった……」

 

「メルフ様に連絡!!? ただちにマディクト様にこの事をご報告しろぉおおおお!!!」

 

「被害予測するぞ!!? 諸氏諸君とにかくとにかくとにかくまずは計算しろ!! 何でもいいから全データを洗い出せ!!? それとハティア様にも報告!!」

 

「む、無理ですよぉ!? ハティア様もクラル様もソィラ様も全員天蓋蒼星行きでしばらく戻ってこないって通達出てたじゃないですかぁ!!?」

 

「ユアン様は!? ユアン様はどうです!!?」

 

「今、問い合わせ中―――ダメだ!? 観測部門に問い合わせたら、現在位置は機密扱い!! それも全情報をシャットアウトしてる!!? どうなってんの!?」

 

「ミュルト様は!? ミュルト様はどうだ!!?」

 

 全員が固唾を飲んで回線が繋がるのを見守る。

 

『―――現在、ミュルトは海でバカンス中だから、ごめんなさい』

 

「だそうだ!?」

 

 可愛らしい音声が流れた瞬間に男達は絶望的な表情を浮かべた。

 

 バカンス中=海で仕事中であろう事は彼らにも想像出来る。

 

 聖女へのホットラインが繋がらないというのはつまり彼らに構っている暇が無い状況にあるという事なのだ。

 

「メルフ様!! メルフ様ぁあああああ!!?」

 

 最後の回線が繋げられる。

 

『ふぁ~~~メルフに何か用?』

 

 眠そうな少女の声が空間に響いた瞬間。

 

 男達がハイタッチした。

 

 マルデスが恐る恐る現在異相潜行中の【外宙碩学師団】を統括する聖女に事態をイソイソ話し始めた。

 

 数分後。

 

 全てを話し終えたマルデスの脳裏にしばしの沈黙が落ちる。

 

『ふ~ん。みんながいないから、メルフのとこに掛けてきたの?』

 

「い、いぇえ~~そんな事は……」

 

『フルーにあんまり船から離れないようにって言われてるんだけど。それでも行かないとダメな事態?』

 

「もし、コレが製造されて運用された場合、限り無く面倒な事になるかと思われます」

 

『じゃあ、とりあえず現物が発見されるか、運用者の現在位置が出たら、こっちに教えて。直接出向いて行くから』

 

「は、はい。そ、それでですね。出来れば、マディクト様とも協議して頂いて、アルヴァスの周辺にいつでも動かせる部隊を置いて頂けないかと」

 

『じゃあ、マディクトとお話しておくから』

 

「何卒。よろしくお願い致します」

 

 プチッと通信が途切れる。

 

 何とか一大事の最終防衛ラインを確保した男達が額の汗を拭う。

 

「こ、これで諸氏の考えているような被害は出ないと思いますが……」

 

 ドッと疲れた様子でマルデスが一息付いた。

 

 床の上にプリントの裏面を置いて計算を続ける男達も動揺が収まってきたのか。

 

 落ち着きを取り戻した様子で情報を整理し、報告書の作成に掛かっている。

 

「それにしても……ファウストスか」

 

「言うなよ……湧いて出たらどうするんだ?」

 

「ハティア様に魔力形質を封印されたとは言うものの、本気で天才だからな……今頃どうなっているやら」

 

「あの男の名前なんて聞きたくなかった。もう一生分くらい」

 

「ドクトル……ドクトル・ファウストス……今頃、何をしているのか……早く捕まるのを祈ろう」

 

 男達が真顔で頷き合う。

 

 今やハガスの地下で廃滅寸前の魔術結社の卵達を教育しているとは露知らず。

 

 男達は存在するかもしれない一つの機関の為に動き出した。

 

 それが既に産まれ、総主教レア・アルトス・エールの手中に在る事は彼らは未だ知らない。

 

 ボードに描かれた黒き正方形。

 

 そして、その裏に描かれた長い数式。

 

 それらを体現する一つの機関。

 

 崩燼機関の本当の形。

 

【崩燼源動機関(ソルヴァス・オリジナル)】

 

 魔王複製実験の成果。

 

 その一つとなるのだろう秘儀の匣を廻り、世界は転じ始めた。

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