※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

136 / 318
第三章四十六節

第三章四十六節「凶界手引Ⅱ」

 

 初夏と言うにはまだ早い梅雨の時期。

 

 アルヴァス・カレッジ最初の行事がやってくる。

 

 全学年合同総競技会。

 

 学校側が新入生達を試し、その力を測る為の場である。

 

 体育会系の生徒達に対する最初の試練。

 

 総合十種目競技と呼ばれる戦闘技能や身体能力に関する連続実技。

 

 これを受けない者はまず軍事や警察機構に類する組織へ入る事が出来ない。

 

 此処での不参加は事実上の文系。

 

 政治と行政、研究職に付く者達の意思表示でもある。

 

 無論、文武両道を志す者は多くが参加する。

 

 途中でリタイアしても、実績としては点が付くからだ。

 

 そういう意味でなら、アルヴァス・カレッジは誰にも可能性を認めている。

 

 余程に向いていないか。

 

 あるいは無様を晒さない限り、生徒に損は無い。

 

 参加する事に意義がある行事と言えるだろう。

 

 多くの部活が文系ですら、この行事の三日前からは活動を停止して、部員達に競技での点の取り方を教えているのだから、新入生達にしても熱の入れ用が違ってくる。

 

 新入生が主(メイン)なのに全学年と銘打っているのは上級生達にとっては事実上点数を取り終えた教科に再度点を付けられる機会であるからだ。

 

 新入生の頃はダメだったが、上級生になって実力を付けた。

 

 そのような輩は再挑戦する事が多い。

 

 無論、良い点数を取れたという自覚がある上級生にはこれ以上の点数は取れないとか、実力が落ちたと考えた場合に参加しないという選択肢もある。

 

 故に高得点を一度取った時点で参加しないという者も多い。

 

「イクス。明日は頑張りなさい。応援してますわ」

 

「う、うん」

 

 黄昏時。

 

 武芸術部の部室で部長からの激励を受けた少年イクス・ゼオは少しだけ、その言葉に驚いていた。

 

 それなりに実力が解っている間柄の相手から、応援されるとは思ってもいなかったからだ。

 

「……ウル」

 

「何かしら?」

 

 璃紗は少年の後ろで静かに窓際の黄昏を眺めているし、新入部員ユアル・ラオは鬼女エンシェンと【壷世(ムンディ・オラム)】の空間側で十種競技の内容を学んでいる最中。

 

 ほぼ二人の世界で話す彼らの間にはテーブルが一つに紅茶のカップが二つ。

 

 片方は呑み干されていて、片方は入ったまま。

 

 何処か心此処に在らずな少年の声にウル・エイフォン・バーゲルは真っ直ぐな視線を返した。

 

「誓約の幾つかを解除しなくて本当に良かったの?」

 

「その事……」

 

「うん」

 

 精霊契約。

 

 ようやくアーギストから解除出来るようになったと言われたのだ。

 

 なのに、その場でウルは幾つかの誓約を解除しただけで完全には自らと少年の契約を断ち切らなかった。

 

「何をしているのか。話してくれないのでしょう? でも、貴方に力が必要な事は解る。だから、わたくしと繋がっている事で貴方が少しでも助けになるなら、本当に不便なもの以外はこのままでいいと。そう思っただけですわ」

 

「ウル……」

 

 何処か罰の悪そうな響きが名を呼ぶ声に篭った。

 

 亡郷都市アイウィスへと潜る境界踏破。

 

 少年を筆頭に【境界踏征(オーバー・フラタニティ)】と名乗る事となった彼らの活動をウルは薄々知っている。

 

 何か危険な事をしているのだと。

 

 しかし、こんな事には巻き込めないと。

 

 そう黙して語らず。

 

 ただ、やらなければならない事があるとあの東部の事件以降もお茶を濁してきたのだ。

 

 普通なら怒ったり、呆れてしまうだろう。

 

 それなのに助けになりたいと何でもない事のように言ってのける彼女。

 

 自責の念と感謝が少年の胸を占めていく。

 

「ありがとう」

 

「お礼を言われる事なんてありません。貴方はわたくしの部の部員で……」

 

「?」

 

「わたくしの大切な人なんですから」

 

 少しだけ瞳を伏せてウルが呟く。

 

 その頬は少しだけ赤く染まっていた。

 

「……うん」

 

 聞く者がいれば、そのやり取りの歯痒さで物申したい気分に駆られるだろう。

 

 想い合っているなら、口付けの一つもすればいいのに、と。

 

「イクス。そろそろ行かないと。エストリアさん達と用事があるって言ってなかった?」

 

「もうこんな時間になってたんだ……」

 

「今日はもうお開きにしましょうか。わたくしがリーシャさんを家に連れて帰ればいいのね?」

 

「ごめん。頼めるかな?」

 

「今は同居の身。それくらいは何を言わずとも頼っていい。違うかしら?」

 

「あはは。ウルには叶わないかも……」

 

 ゼオ家へ彼女が同居してから確実に日にちが過ぎている。

 

 共に食事をして、あれやこれや騒がしくやってきた。

 

 そんな日常を経て尚、遠慮なんて不要だと。

 

 今やゼオ家家長のお墨付きを貰ったに等しい彼女はそう言った。

 

「……頼らせてもらうから。ウル」

 

 そんな女性(ひと)に頼って欲しいと言われて拒絶出来るような少年でも無い。

 

 譲らないところは譲らないという態度は相変わらずかもしれなかったが、それでも共に過ごした日々は彼の大きな財産となった。

 

 今までよりもずっと彼女へ信頼を置くようになったのは事実だし、それを今更余所余所しく頼むような事は逆に相手への侮辱かもしれない。

 

「璃紗はいい子にしてる事」

 

「璃、璃紗はいつだって良い子なんだから!? イクス!!」

 

「ふふ、ごめん」

 

 思わず膨れた少女の頭を撫でて立ち上がり。

 

 少年が近頃新調する事となった黒い外套を壁際から剥いで纏った。

 

 バサリと翻されたはためく黒が黄昏に陰影を刻んで。

 

「行って来ます」

 

「帰るのは何時頃?」

 

「たぶん、明日になると思う」

 

「そう……リーシャさんはわたくしが責任を持ってゼオ家まで共に送りますから、心配なさらずに」

 

「うん」

 

 少年が部屋を出て行こうと扉を開ける。

 

 その後ろで何も言わずに不安そうな顔をした璃紗の手に手を重ねて。

 

 ウルはひっそりと呟いた。

 

「明日、ちゃんと遅刻せずに来なさい。これは武芸術部の部長としての命令ですわ」

 

 頷いて。

 

「じゃあ、また明日」

 

 少年はその場を後にした。

 

「………良かったの? ウルさん」

 

 女給姿の娼婦(ライバル)に尋ねられて。

 

 彼女は静かに微笑む。

 

「貴女こそ。イクスがわたくしに教えるべきではないと思ったのなら、それはきっと正しいのでしょう。少なくとも今のわたくしにはそう思える……貴女があの日、彼の傍で戦っていたように……わたくしの戦いはきっと、彼の帰りを待つ事……彼の帰る場所を守る事……誰に言われたわけでもない今のわたくしの戦場は此処……貴女が貴女の戦場を往くように……」

 

 人生は戦い。

 

 戦場は今。

 

 貴族達の習いの一つにそんな格言がある。

 

 だが、やっている事は知らされずとも、少年の往く場所がそんな場所なのだと彼女は理解していた。

 

「璃、璃紗は別に」

 

「帰ってきたら、うんと甘えて。困らせてやらないといけませんわね。それくらいは待つわたくし達の特権の内ではないかしら?」

 

「ウルさん……」

 

『ふぅ……ん? イクス・ゼオはどうした?』

 

 二人が見詰め合っている処へ一瞬で戻って来たエンシェンがキョロキョロと周囲を見回した。

 

 同じく戻って来たユアルも同様に少年がいない事に気付いて首を傾げる。

 

 これから同じように十種競技の内容をレクチャーしてもらわなければならないはずなのにいないのだから、不思議に思うのも当然だろう。

 

「イクスなら、もう先に帰りましたわ。やる事があるとか」

 

「……そうか。なら、仕方ない。では、そろそろ上がろうか」

 

 察して。

 

 肩を竦めたエンシェンがユアルに何やら耳打ちしてから、共に本日の部活終了を宣言する。

 

「まったく。わたくしが部長なのだと何回言ったら覚えるのかしら」

 

 姦しくやり合う女達が部室を後にする頃。

 

 黄昏は紫雲に埋もれて。

 

 熱さよりも湿気を孕んだ宵がやってくる。

 

 誰の不安も呑み込んでしまうような闇の帳を引き連れながら……。

 

 *

 

 部室を出て二時間弱。

 

 裏の商品を扱う店において最後の買い物を整えた少年は中央北部の劇場前まで足を運んでいた。

 

 合流地点には連日満員御礼の劇を見ようと今日も女性とカップル達の列が出来ている。

 

 国土全域からやってくるお上りの団体さんすらいる始末で今日も周囲は賑わいを見せていた。

 

 そんな中、彼が周囲を見渡せば、白い外套が三つ。

 

 通りの端にあるベンチで屯していた。

 

 頭一つ抜きん出たジルムスの巨躯を見紛えようも無い。

 

「来たか。イクス・ゼオ」

 

 ジルムスと同じ純白の外套に身を包んだアーギストが少年に気付いて軽く手を上げた。

 

「イクスさん」

 

 エストリアが笑みを浮かべて少年へ駆け寄ってくると手を引いた。

 

「おう。準備は出来たか?」

 

 ジルムスの声に少年が頷く。

 

 ようやく集まった四人が最後の一人を待とうと軽く話そうとした矢先。

 

 カツカツと革靴の音を小さく響かせて真っ直ぐにやってくる金の鬣少女が一人。

 

「到着しました。予定時刻丁度。さっそく最後の打ち合わせを始めましょう」

 

 来るなり、開口一番にそう言った美紗が四人を見つめる。

 

 褐色の外套。

 

 その下には双刃が下げられているのだろう。

 

 僅かに腰元が膨らんでいる。

 

「揃ったようだな。では、【境界踏征(オーバー・フラタニティ)】の初潜行。最終ミーティングを行う」

 

 パチンと小さくアーギストが指を弾けば、既に彼らの事を気にする者は通りに誰一人としていない。

 

「まず今回の共通装備を確認する。各自、出してくれ」

 

「ああ」

 

「はい」

 

「うん」

 

「分かりました」

 

 全員が外套の中から小さな黒い正方形。

 

 手の中に握り込める程に小さな【崩燼機関(ソルヴァス・エンジン)】を取り出す。

 

「それは僕が調整した謹製の代物だ。この外殻には魔術方陣と中核が複数埋め込まれていて、【崩燼機関】からの出力と合せて幾つかの魔術を起動する事が出来る」

 

 アーギストの手の中で正方形の面に複数の突起が展開された。

 

「其々の突起を押す事で機能が開放される。六面の内、突起の出ない一面が手の定位置だ」

 

 カシャンと一面が押される。

 

「能力1。これは簡易の防御能力だ。敵に近接された時に気休め程度の魔術方陣が出る」

 

 アーギストの前面三方を囲むように長方形の魔術方陣が傾いで展開される。

 

 大陸基準の円陣とは違う角錐状。

 

 相手の攻撃を受け止めるのではなく逸らす目的のものなのは誰にも解った。

 

「能力2。瞬間短距離転移」

 

 カシャンとまた一面が押されるとアーギストがエストリアの横に燐光を伴って瞬間的に移動した。

 

 方陣も出ていない。

 

 戦闘中に使用可能な域に高められた瞬間転移はスタンダードな高位の魔術師にとって守りの要とも言われる。

 

 それを魔術具の類として創れるとなれば、アーギストの階梯(レベル)がどの程度なのか知れようものだった。

 

「この能力はあまり使わない事をお勧めする。異相内部の空間の歪み具合によって使うのが不可能な領域も多いだろうからな。それと機関出力の問題もある。一度使えば、他の能力を使うまでに十秒のタイムラグが発生する。故に本当にどうにもならなくなった時の緊急避難用の能力と思って欲しい。ちなみに転移先は基本的には僕の隣だが、軽く設定を弄れば他の機関を持つ相手のところへも跳べる」

 

 カシャンと三つ目の突起が押される。

 

「能力3。周囲30m圏内のマッピングと個人位置特定能力」

 

 アーギストの前方の虚空に周辺の地図が投影された。

 

「あちら側で最も忌避するべき事態は自分達の居場所が解らなくなる事だ。戦闘中、もしくは移動中に何らかの事態で分断された場合もこの能力があれば、個人の居場所が余程に離れていなければ特定出来る。合流する時にも役立つはずだ。常に五者間の機器で隠蔽された特殊経路を用いた通信が行われていて、仲間のマッピングした情報も受け取れる。退路を確保する場合や僕との連絡が取れない場合でも最低限のマッピングが済んでいれば、逃げる算段は立てられるわけだ」

 

 アーギストが小さな小石を拾って四つ目の突起を押した。

 

「能力4。空間凍結処理」

 

 虚空で小石が静止する。

 

「これは逃げられない状況の場合。それも絶体絶命の時だけに使って欲しい。空間制御魔術の一種で自己の肉体を一時的に空間ごと凍結して身を守る能力だ。制限時間は機関内部の燃料次第だが、燃料を最大効率で消費しながら使ったとしても、約五分。仲間が周囲にいなくて戦闘も退避も不可能という最悪の事態の時だけ使って欲しい」

 

 突起から手が離れると小石が落ちた。

 

 最後の一面が押される。

 

「能力5。強制帰還能力」

 

 全員がアーギストの周辺に一瞬で転移した。

 

「これはこちらで使ってもあまり意味が無いな。言うまでも無く異相側から現実へ帰る為の転移能力だ。ただ、能力2と違うのはどういう場合であっても、半径1km以内の全員を現実に送還する仕組みである事。この仕組みだけは連動するようにさせてもらった。異相内部で意見が分かれた場合でも誰か一人が帰るべきだと判断したら、絶対に全てを中断して帰る事となる。勿論、範囲外にいる者に関してはその限りじゃないが、使うなら五人揃っている事が望ましい。何故なら、この能力だけは他の機関と連動して転移用の経路を拡大するからだ。誰か一人でも欠けると送還確率が下がる。つまり―――」

 

「誰も見捨てて帰るなんて選択肢は無ぇだろうよ。こいつらの面(つら)を見りゃ分かんだろ?」

 

 ジルムスの声に全員の顔を見回したアーギストが頷いた。

 

「……ああ、そうだな」

 

 誰の顔にもそんな気は無いと書かれている。

 

「以上だ。ジルムスと僕。ハイダルの外套は全て同じ機能が付いたものだ。ジルムスが今までは司令塔だったわけだが、今回からは僕も直接境界に向かう。これで拠点能力は三つ。もし分かれて行動する事になっても奏美紗、イクス・ゼオの両名には必ず僕ら三人の誰かを供にするよう心掛けて欲しい。どんな状況だろうと即死でさえなければ、復元する用意もしてある。互いに自分達の足りない部分を補い合う事で今日からの境界踏破は可能となる」

 

 アーギストの言葉に全員が頷いた。

 

「では、戦闘時の基本戦術パターンの確認だ。ジルムス」

 

「後衛防御を主軸とした近中距離戦闘。その任は前衛の援護と後衛の時間稼ぎ」

 

 しっかりとした呟きにアーギストが頷いた。

 

「では、ハイダル」

 

「は、はい。後衛遠距離戦闘。小型の敵の大規模掃討及び大型への致命攻撃。前衛の援護よりも攻撃準備を優先する」

 

「そうだ。それでいい。次に奏美紗」

 

「前衛遊撃戦闘。相手の撹乱及び同前衛の援護、後衛の防御にも回る高速の機動を旨とする」

 

「よろしくお願いする。最後にイクス・ゼオ」

 

「完全前衛戦闘。全ての敵に対して常に最前線で戦い、負傷及び補給時のみ後衛に下がる」

 

「よろしい。そして、僕アーギスト・エス・トリア。完全後衛戦闘。各種支援を行い情報を統括する司令塔。回復及び情報分析の為、最大火力が求められる時のみ攻撃に参加する。僕らの基本的な戦術だ」

 

「つまり、私は後ろから遠くにいる沢山の敵や大型の敵を狙って、ジルムスさんが私達の防御。美紗さんが遊撃をしながら、敵を引き付けたり、撹乱したりする役で、イクスさんが負傷と補給する以外は前衛でずっと戦闘する役。兄さんが情報分析と回復、的確な指示を飛ばす指揮官役。ですよね?」

 

 妹の言葉にアーギストがその通りと肯定した。

 

「僕らの大きな強みは少人数だが、其々に得意分野とエキスパートとしての技能を持つ事だ。これを全て総動員してアイウィスを踏破する事となる。各員は己の役割をどんな時も全うし、仲間を信じろ。助け合う事は当然だが、自分の役割を果たせない者は死に近づくと覚悟して欲しい。此処からの戦いは敵との戦いであると同時に仲間を信頼する戦いにもなる。敵からの侵蝕、仲間との分断、他にも考えられる最悪のケースは幾らでもある。だが、自らの役割を最後まで果たすなら、このチームの生存確率と生還確率は高い。僕の計算に間違いが無ければな」

 

 誰がやろうと言い出したわけでもない。

 

 全員の手が前に伸びた。

 

 中央に重ねられた手はどれもこれも共通点の無いものばかり。

 

 だが、確かに皆一様の覚悟が漲っている。

 

「必ず帰ろう」

 

「ああ」

「はい」

「ええ」

「うん」

 

 五人の手が一つとなって、離れ。

 

 それから数分後。

 

 彼らの姿は忽然と劇場のある通りから消え失せた。

 

 *

 

―――亡郷都市アイウィス五番街大空洞縁部

 

 最初の境界踏破時。

 

 黄昏の綺麗な都市を目にした彼らにとって、その転移で降り立った場所はとても衝撃的な光景だった。

 

 というのも、街の中心街が丸々消え失せて、巨大な空洞。

 

 否、深淵と化していたからだ。

 

 周辺の建造物の殆どが罅割れ、瓦礫と化していて、前回の時の面影は見る影も無い。

 

 曇った硝子。

 

 割れた窓。

 

 薄暗い月に照らされた夜闇。

 

 飄々と深淵から吹き上がる風以外の音が凪ぐ命の気配が消え失せた都市は正に彼らが一番最初に想像していた都市内部の光景に違いなかった。

 

「転移座標確認。周辺のマッピングを開始。マーカーを設置。経路を通すポイントに隠蔽した魔術中核を敷設。良し……まずは周辺がどうなっているのかを確認する。それが終わってから、下層域に続く道を探そう」

 

 全員に号令を出したアーギストの指示に従った。

 

 五番街は商業が盛んな地域だったのか。

 

 通りの看板には雑貨店や量販店が並び、多くの過去を偲ばせるものが道端には転がっていた。

 

 大陸中央では一般的な大量の本であったり、缶詰の空き缶であったり、他にも魔術具の類や医療品の類、種類は多岐に及ぶ。

 

 アーギストは何か踏破に必要な事は情報が載っていないかと分析したり、後で分析する目的でそれらを時折拾っては外套内部の空間凍結領域へと放り込んでいく。

 

「なぁ、どうして今回はあの橋を渡らずに来れたんだ?」

 

 ジルムスが路地に入ると周囲を警戒しつつも、そう訊ねた。

 

「ハガスに霧が出なくなった事が関係してる」

 

「そうなのか?」

 

「ああ。霧が出ないという事は異相が安定しているという事だ。本来、異相が不安定化した領域、侵蝕され反転した領域を通って僕らはこの場所まで来ていたわけだが、現在のハガスの異相環境は以前に比べて格段に良くなった。故に空間転移に使う経路にしても通し易くなったし、固定化も容易になったわけだ」

 

「不安定な方がいいんじゃないのか?」

 

「例えるなら遂道(トンネル)を作るようなものだな」

 

「遂道?」

 

「そうだ。もし、沼地のような地面がドロドロの地下に道を通そうとしたら、どうなるか分かるだろう? 地盤が緩いという事は工事が困難という事だ。逆にしっかりとした固い地面なら工事はとても容易だろう」

 

「なるほど」

 

 ジルムスが納得する。

 

「その上、前回残してきたマーカーと術式中核が幾つか残っていた。これを辿れば、直接異相を超えて転移が可能となるわけだ。ちなみに前回通ってきた道はたぶんもう使えない。その意味だと僕以外はその懐の【崩燼機関】だけが帰る術だ。失くすなよ?」

 

「今の説明で出す気すら失せたぜ……」

 

 正に命綱を持っていると改めて実感したジルムスが愚痴った。

 

「それにしてもやはりか……」

 

「どうしたんですか? 兄さん」

 

 アーギストを振り返ってエストリアが訊ねる。

 

「霧が出ていない。それはこちらの世界でも同様という事だ」

 

「あ、そう言えば……霧がハガスに出て来てないから、てっきりこっちは霧が深いものだとばかり思ってましたけど、違うんですね……」

 

「前回とは違って薄いというわけでも無いようだ。先程から分析してるが、空気に僅かすら霧が混じっていない」

 

「あの前回の事件で沢山ハガスの方に出たからじゃないんですか?」

 

「いや、霧そのものはこの場所で生まれているはずなんだ。だから、それが出ていないという事は何処かで堰き止められているか。あるいは……」

 

「あるいは?」

 

 アーギストが答えようとするより先に影が一体路地へ上空から降ってくる。

 

 しかし、冷静に対処したジルムスの空撃左官陣による見えざる打撃が屍蝋の仮面を打ち砕いて、地面に降り立つより先に霧になって融けた。

 

「大丈夫?」

 

 前衛として10m以上前を進んでいた少年と美紗が立ち止まり、振り返る。

 

「構わず進んでくれ。どうやら雑魚らしい」

 

 頷いた二人が適度にジルムスとの距離を維持しつつ再び進み始めた。

 

「やっぱり、まだ仮面はいるんですね……」

 

「だが、前回の一件で確実に数は減っているはずだ」

 

「そうなんですか?」

 

 意外そうな妹にアーギストが説明を続ける。

 

「アイウィスに関する下調べは続けていたからな。概算で十数万人。その当時、都市内部にいたと推測される動物は中型から大型まで含めれば、七千匹強。小型のげっ歯類や昆虫の類まではさすがに分からないが、前回の一件で幾らか消滅したと見ていい。無論、それだけじゃない。この大穴が開いた時にかなりの仮面が巻き込まれたはずだ。となれば、無数の仮面に取り囲まれるという事態はそう無い、と思いたいな」

 

「沢山の人がいたんですね。この都市には……」

 

 エストリアの瞳が伏せられた。

 

「今は屍蝋の仮面に操られた化物だ。元に戻す方法を今国の上が開発してるらしいが、来年までに間に合うかどうかも分かっていない」

 

「それって母さんから?」

 

「前回、ハガスがあんな事になったんだ。家族に情報くらい寄越すさ」

 

「……あの事件の時、母さん帰ってきませんでしたね」

 

「【崩燼機関】の開発者が、国の大事に家族の下へ帰ってたら、逆に僕は不安だと思うがな。それに心配していたのは確かだ。お前は知らないだろうが、あの事件の後からずっと家の周囲には何人かの軍人が詰めてる」

 

「え?」

 

「母さんの差し金だろう。本当なら黙っているつもりだったんだが、此処で母親の気持ちくらいは知らせておくべきかと思い直してみた」

 

「そ、それって……大丈夫なんですか?」

 

 自分達がやっている事が露見するのではないかとエストリアが不安そうな顔となる。

 

「さすがに気になって一週間でお引取り願った。母さんの方にも連絡を入れてな」

 

「そ、そうですか……ぁ?!」

 

「どうかしたのか?」

 

 エストリアはその時になってようやく重大な事実を知った。

 

(あ、ぅ……あのお店に行ってた事とか……も、もし見られてたら……)

 

 人には言えない大人の玩具を買いにアングラな店へ行っていた少女の顔からサァッと血の気が引いた。

 

「ハイダル。具合でも悪いのか?」

 

「い、いえ!? そ、その……覗かれたりしてなかったかと思って」

 

「さすがにそこまで無神経じゃない。あくまで外出時や家の周囲の警護が目的だったはずだからな」

 

「そ、それならいいんですけど」

 

 二人が話している途中。

 

 少年が手でハンドサインを出した。

 

 事前に決められていた止まれの意味であるグーが横へ突き出される。

 

 周囲30m圏内に敵がいるならば、マッピングに反応するはずだが、そういう気配は無い。

 

「来て下さい。アーギストさん」

 

 美紗の声にジルムス共々二人が前衛の二人へと追い付く。

 

「何があった? イクス・ゼオ」

 

「アレを」

 

 路地の先。

 

 薄らと月灯りに照らされた一角にまるで切取られたかのような四角い空間が存在していた。

 

 道はその先まで続いているが、その空間の角に一つ。

 

 小さな野花の類が咲いている。

 

 白い花弁に薄らと透き通った緑色の茎。

 

「そういう事か……」

 

 事態を飲み込んだアーギストの呟きにエストリアが首を傾げる。

 

「あれがどうかしたんですか? 兄さん」

 

「……この世界で生き物がどうなるか。忘れたのか? ハイダル」

 

「あ!? そ、そうでした……あ、あれも仮面の化物の一種なんでしょうか?」

 

「分からない。だが、調べてみる必要があるな。頼めるか? イクス・ゼオ」

 

「分かりました」

 

「き、気を付けて下さいね。イクスさん」

 

「うん」

 

 少年がゆっくりと角へと近付き、花の前に立って繁々と見やる。

 

 そして、しゃがみ込んで僅か指で突いた。

 

 すると、ふわりと燐光が放たれ、周囲に散った。

 

「だ、大丈夫ですか!? イクスさん」

 

「うん。別に危険は為さそうだけど……これ……」

 

「今、解析してる……結果が出た。どうやら仮面のようにこの世界の霧に汚染されていないようだ」

 

「そんなものが存在するなんて。考えられるんですか?」

 

 美紗の問いにアーギストが首を横に振る。

 

「分からない。簡易の解析で出た結果ではその花は単なる魔力を吸い上げるものとしか……ただ、霧の影響を遮断して咲いていたとすれば、霧への対処法になるかもしれない。採取してみよう」

 

 アーギストが少年の横まで来ると静かに花を傷つけぬよう小さな魔術方陣を花の周囲に展開する。

 

 するとスルンと地面の土ごと花のある空間内の物質が繰り抜かれた。

 

「今、保存に適したのがどういう環境なのか構造の解析を進めてる。ふむ……圧縮空間に凍結しても問題は無さそうだな。サンプルとして持ち帰ろう」

 

「花一つで何か変わるもんか?」

 

 ジルムスの声にアーギストが苦笑する。

 

「魔術の先人達の中には花一つに一生を掛けた者もある。それが病の特効薬になると知った。あるいは特別な作用を秘めている事を突き止めてな。そういう研究者の情熱が疫病で死ぬ者を数百万救ったとも、現在の薬学の基礎を築いたとも言われる。花一つとはいえ、馬鹿に出来ないぞ?」

 

 花が地面の土ごと外套内部へと消された。

 

「さて、探索再開と行こう」

 

 全員が再び前を向いて次の路地へと入ろうとした矢先だった。

 

「反応急速接近?! 全員構えろ!!? 何か来る!!!」

 

 アーギストの声が飛んで四人が自らのポジションに陣取った瞬間だった。

 

 建造物の真上から彼らの正面に何かが降ってくる。

 

 コォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン。

 

 強靭な前足が大地を揺らし、少年がソレの着地した瞬間の暴風を掌から出現させた剣で切り裂いた。

 

「こいつは!? 狐だと?!! デカ過ぎるだろ!!」

 

 ジルムスがその威容に目を見張る。

 

 彼らのいる空間が約30m四方。

 

 しかし、狐の全長は7m弱。

 

 建造物よりも高い尻尾に至ってはその倍以上あるかもしれなかった。

 

 七つの尾を持つ白き化け狐。

 

 顔には屍蝋の仮面が浮き出ている。

 

 その表層に刻まれた名は曰く。

 

【鍵(レメゲトン)ⅰ】

 

「魔鍵(レメゲトン)だと? 何の隠喩だ!?」

 

 アーギストの呟きが終わった途端だった。

 

 その片腕が瞬間的に前衛の二人を薙ぎ払う。

 

 しかし、ギャラァアアンと双刃の畸形カタールが腕の威力を真上に跳ね上げた。

 

 強靭なバネと筋力があって初めて可能だろう芸当。

 

 体格さ数倍の相手からの一撃に一歩たりとも動かなかった美紗の前に少年が出る。

 

「戦闘開始。ジルムス!! 打撃で相手の攻撃軌道をズラせ!! 二人の援護を!! ハイダル!! 展開許可だ!! 敵大型を確認!! 限界機構(リミッター)を十三番まで解禁する!!」

 

「分かりました!! 兄さん!!」

 

 狐の双腕が美紗と少年を打ち砕こうと高速で乱打される。

 

 二人の刃が鋼より固い剛毛を弾き、ジルムスの打撃が腕の軌道を変えて二人のサポートをするも、然して効いた様子も無い【鍵】は構わずに二人を遠ざけるように腕を振り続けた。

 

「おいおい!? 初っ端から堅過ぎねぇか!? 普通の仮面なら割れててもおかしくない威力なんだぞ!!」

 

 愚痴る前のジルムスを尻目にエストリアが自分の胸元に掛かっている鍵。

 

 否、ハンマーの如きソレ【OEDS(エデス)】の圧縮を解いた。

 

 重さを一切感じさせない柄を虚空で掴み取った途端。

 

 その目尻から頬に掛けて涙の跡の如く輝きが奔る。

 

「機構展開(システムアップ)。定常出力15%で起動。ランチャー起動。対象照準。攻撃セットA開放!!!」

 

 今まで少女が現地でその時その時で組み上げていた攻撃方法とは違う。

 

 用意されていた複数の攻撃方法を瞬時に選んで発動するようになったのだ。

 

 その速さは今までの比ではない。

 

 パリパリとエストリアの持つ【OEDS】が放電し、ハンマーを塚に見立てて雷光(スパーク)を発する刃を組み上げていく。

 

「退いてください!!! 光刃(ブレード)展開!!!! インパクト!!!」

 

 両手で持った剣が真っ向から【鍵】に向かって振り下ろされた。

 

 瞬間、延伸した刃が放電現象を複数誘発しながら、直撃する。

 

 ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ?!!!!!!!

 

 美紗と少年は左右に退避して無事。

 

 しかし、辛うじて仮面の直撃は避けたものの。

 

 左肩から胴体を電光の刃と雷撃の束に切り裂かれ、白狐が絶叫を上げた。

 

「やった!?」

 

 エストリアの一撃は単純な電撃による攻撃では無い。

 

 対象物体の背後に正電荷の粒子、【OEDS】本体から負電荷の粒子を発生させ、超高速で相手の背後の正電荷粒子に向かって負電荷の粒子を加速させているのだ。

 

 対象物との間に満ちる粒子と打つかった負電荷粒子が衝突電離を繰り返す事で荷電粒子が発生。

 

 電離エネルギーが対象を焼き裂く雷の刃となる。

 

 軍用の【崩燼機関】でも生み出すのに苦労するだろう巨大なエネルギー。

 

 それを回避不能の一撃として放ったのは正しい判断だろう。

 

 狐が傷にもがいて跳んだ。

 

「高い!? こっちを狙っているぞ!! 攻勢防御!!!」

 

「了解だ!! 人使いの荒い親友!!」

 

 両拳を背後まで下げて打撃を準備していたジルムスが虚空で魔力を伴う尾を使って加速した白狐の突撃に最大規模の空撃左官陣を展開した。

 

「オラァアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 巨椀が二つとも目視出来ぬ速度で打撃を虚空に打ち付けていく。

 

 後方の三人目掛けて落ちて来た白狐の巨躯と腕が彼らから10m手前で見えない壁にぶち当たったかのように拉げ、弾き飛ばされる。

 

「着地などさせません!! 阿毘羅吽欠蘇婆訶(あびらうんけんそわか)!!! 【応帰交差陣(おうき・こうさじん)】」

 

 美紗の畸形カタールの一本が着地地点に投げられ。

 

 もう一本が彼女の足元に突き立てられる。

 

「滅せよ。もののけ!!」

 

 着地する瞬間を狙い撃った一撃は投げられ地面スレスレを低く飛翔したカタールから放たれた。

 

 周囲に広がるのは刃の煌めきを写し取るような幻とも見える刃の群れ。

 

 それが一斉に天へ剣先を向けて、落ちてくる巨躯へと殺到する。

 

 ズドドドドドッッッ!!!!

 

 数十本の刃が肉体に突き刺さったかと思えば、瞬時に彼女の地面へ突き立てたカタールへと方向転換し、巨躯を彼女の方へと引き寄せていく。

 

 自分に向かって加速する相手に美紗が地面のカタールを引き抜いて、走り出した。

 

 三秒にも満たない疾走。

 

 両手持ちのカタールが引き寄せられる巨躯を真下から捌くようにして通り過ぎ、体勢を崩したまま白狐の肉体から黒い雫が零れる。

 

「今です!! トドメを!!!」

 

「うん」

 

 周辺の壁際を足で蹴って屋根へと登っていた少年が完全にダウンしている巨躯に向かって跳んだ。

 

「閃剣が奥義の一つ」

 

 剣を持たない反対側の袖から出てきたタブレット状の白い固形物を少年が噛み砕く。

 

「弾けろ【射斬(いざん)】」

 

 キャラキャラキャラキャラキャラ。

 

 四つの鋼が重なり折り合う薄い刃を鳴らしながら、積層魔力で編んだ魔力刃が扇の如く開き、その層も一層二層と増やされていく。

 

 最大六層三十本の魔力刃が本体と共に投げ放たれた。

 

 単純な積層魔力刃の多重刺突。

 

 だが、その刃は深々と白狐の巨躯に突き立ち、針千本の有様へと変貌させる。

 

「追加構成。同化剣【裂(れつ)】」

 

 突き立った全ての魔力刃が本体へ集約されながら肉体を切り裂き、中央の一点に巨大な剣を構成する。

 

「行くよ!!」

 

 少年が虚空で体勢を入れ替え、軸足で魔力刃の塚を蹴り抜いた。

 

 人間一人の加速で叩き込んだところで威力は高が知れている。

 

 だが、彼が蹴ったのは魔力の刃だ。

 

 蹴られた瞬間。

 

 完全に対象を地面へ縫い止めていた積層魔力の塊が起爆した。

 

 膨大な光、熱、運動エネルギーが発生し、白狐の肉体の全てを焼滅させていく。

 

 コォォォォォォォォォン―――。

 

 最後にそう啼いて。

 

 【鍵】の仮面は霧となって融け、消え失せた。

 

 *

 

 何とか大型の敵を撃破した五人がまだ地面が灼熱している周囲に集まってくる。

 

 地面には少年の剣だけが突き立っていた。

 

「イクスさん!! 大丈夫ですか!?」

 

「え? うん。今さっき物凄く魔力を使ったら、少しフラフラするけど」

 

「あ、そ、それなら、し、しなきゃダメ、ですよね?」

 

「えっと……」

 

「兄さん!? 私とイクスさんはちょっとあっちに行ってますから、もし何かあったら呼んで下さい!!」

 

「あ、ああ……」

 

 いつもとは違い強引な妹の言葉に頷かされて。

 

 兄の悲哀を感じつつも、成長したなという感慨も同時に覚えて。

 

 アーギストは魔力を補給しに行くのだろう二人から視線を外した。

 

「ふぅ。何とかなったな。それにしても雑魚一匹倒したら大物とか。どうなってんだ?」

 

 ジルムスの問いに青年が難しい顔をする。

 

「あちら側へと出てこなかった大物だけが残されているとも考えられるな。そして、思わせぶりな仮面の文字……ふむ……やはりか」

 

「どうかしたんですか? アーギストさん」

 

 美紗が目を細めた青年に尋ねる。

 

 未だ焼けた地面を歩いて剣が引き抜かれ、その地面から不意にキラキラと何かが虚空へと浮かび上がる。

 

「それは……鍵、ですか?」

 

「何の鍵かは分からないが、この状況でこの環境でこんな場所に鍵穴があるとしたら……」

 

「まさか、それが地下へ向かう為の?」

 

 美紗に微妙な表情で肩が竦められる。

 

「まだ断言は出来ない。そもそも何故、こんな化物が鍵の役割を与えられていたのかも定かじゃないからな」

 

 まだ灼熱しているが、形も崩れていない小さな金属の塊。

 

 鍵としか見えないソレをアーギストが手で掴み取った。

 

「解析したが、幾つか今の装備では分析不能な要素が混じっているようだ。次回の探索までに分析しておこう」

 

 三人が繁々と赤銅色の煌めくソレを見つめていると背後から少年とエストリアが帰ってくる。

 

「皆さん。どうかしたんですか?」

 

「ああ、それがな」

 

 アーギストから鍵を見せられ、説明が始まる。

 

「これが地下に行く為の鍵……じゃあ、もしかしたら鍵穴が近くにあるかもしれませんね」

 

「ああ、そうだな。だが、今日は此処までにしよう」

 

「え?」

 

「初回から大型との戦闘になった。まだ全員に余力は残っているが、油断と無理は禁物だ。また大型が現われれば、さすがに苦戦するかもしれないからな」

 

「はい。そうですよね。まだ、始まったばかり、なんですよね……このアイウィスの攻略は……」

 

 エストリアが周囲を見回して。

 

 最初に来た時とはまるで違う景色を見つめる。

 

「では、全員近くに寄ってくれ。これより帰還する」

 

 アーギストが音頭を取ると全員がすぐ傍に固まって懐から【崩燼機関】を取り出した。

 

「では、同時に押してくれ。3、2、1」

 

 カチン。

 

 そんな軽い音と共に五人の周囲に転移方陣が現われ、瞬間的にアイウィス内から彼らの姿が消え去った。

 

『………ひひひ♪』

 

 ずっと、少年達の戦いを見ていた視線が一つ。

 

 顔の半分を覆う黄金の仮面。

 

 ダークエルフの少女が建造物の屋根の端で足をプラプラさせていた。

 

『ナーリヤ。満足♪』

 

 ぺロリと舌舐めずりして。

 

 ふわりと屋根から飛び降りた姿が虚空で消え失せる。

 

 残された世界には静寂だけが満ちていった。

 

 再びの来訪者を待ち侘びるように………。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。