※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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第三章五十八節★

第三章五十八節「加速する日常」

 

 聊かも軋まない大きな寝台の上。

 

 少年の背中にはクッションが幾つも詰まれて背凭れとなっていた。

 

 璃紗の使う小さなものを移動させる動魔術。

 

 細い指ですじをヌチュヌチュと弄られながらも、娼館で育てられた彼女の準備や気遣いは聊かも損われていない。

 

 ウルに跨られ、幹を襞で優しく嬲られながら、少年は自分を見つめる淫欲に染まった三つの視線に応えるよう微笑を返し、指を蠢かせ、押し付けられる乳房の先端を食んだ。

 

「っ♡ イクス♡ イクス……ん……っ♡」

 

 まるで幼子のような小さなすじで少年の太い幹を飲み込んでいるウルは押し広げられる感覚に征服されながら、何度も何度も少年に膣(なか)を抉らせ、腰を揺すって媚びた。

 

「イクスぅ♡ イクスの指、璃紗のおまんこグチュグチュってしてるよぉ……♡」

 

 トロンと蕩けた表情で幼い小獅子少女は跳ね乱れる髪を震わせながら、意識して中を優しく抉る少年の指を膣で受け入れ、チュウチュウと吸い付かせた。

 

「イクスさぁん♡ わ、私ぃ♡ ずっと、ずっと、イクスさんにこうして欲しかったんですぅ……♪」

 

 眉を八の字にして、まだ少年とあまり交わった経験が無いエストリアは最初の時以来ずっと自分を慰めた事で敏感になった蜜穴を指が潜る感触で腰を痺れさせていた。

 

 大人の玩具。

 

 主に小さな性具(ローター)で慰められ続けたすじは温かな指の感触にいつもよりも粘着いた蜜を零して、少年の手をテラテラと耀かせる。

 

「可愛いよ。三人とも……」

 

「「「~~~♡」」」

 

 三者三様の美しい牝達は自分を見つめる少年に腰の奥を疼かせ、自分の種付けされている姿を思い浮かべて、淫らな笑みを返した。

 

「イクス……もぅ……♡」

 

 グチュリと恥骨の間に蜜が溢れて、少年の股間を温かく蕩かせる。

 

 ウルの姿態は他の誰よりも豊満で優美だ。

 

 その超大な乳房が吊り合う背丈と武芸術で鍛えられた肉体。

 

 銀の尻尾と幾本もの巻き髪が揺れれば、女神のような慈愛と淫靡を思わせる。

 

「イクスぅ♡ イクスの指気持ちいいよぉ♡」

 

 媚びた顔で素直に告げて、両手が少年の腕を自分の方にもっともっとと動かした。

 

 璃紗の媚態は娼婦としてのものであり、同時に幼い故の無邪気さを含んでいる。

 

 黒く跳ね乱れた髪に隠された小さい身体はまだ女としての起伏に乏しいが、牝として牡の征服欲を掻き立てるには十分な魅力に溢れていた。

 

 胸先の儚い二つの蕾。

 

 まだ陰唇も定かではない狭く蕩けた割れ目。

 

 少し膨れた腹は幼いものの、少年の幹を受け入れられる膣はもう子を孕めるだけ成長している。

 

 薄く色付いた肌は少年の指に触れられてシットリと汗ばんで馨しい。

 

「「「♡」」」

 

 三人を相手にしてもまだ射精は遠く。

 

 それでも高まりを感じながら、とても近い少年少女の行為は続く。

 

 何度も何度も呼ばれながら、何度も優しく指で幹で少女達の中を堪能しながら、淫靡であるはずの時間は穏やかに情熱を湛えて過ぎていく。

 

 彼女達の誰もが射精までは望んでいなかった。

 

 勿論、そう出来れば嬉しいとは想いつつも、病み上がりの少年へ負担を掛けるような事は自制しようと心は決めていたのだ。

 

 毎日のように起きるのを待っていた。

 

 その間の焦燥や後悔は全員が共通している。

 

 忸怩(じくじ)たる思いがあったのは間違いない。

 

 あの時、こうしていれば。

 

 もっと、気に掛けていたならば。

 

 そう思ってしまった以上、容易に心配する気持ちを胸の奥に留めておくのも出来なかったのである。

 

 心地良く触れ合うだけでも十分。

 

 快楽に浸っても忘れられない想いは三人に少年を労わらせていた。

 

 それが分かっているから、少年もまた無理に動かず。

 

 射精まではせずとも、小さな動きで快楽を得るだけに留めている。

 

「イクス……ん……」

 

 最初に口付けを求めたのはウルだった。

 

 腰を揺すりながら、もう我慢出来ない様子で少年の唇を奪う。

 

「あ……」

 

 その光景に先を越された少女達が、チュルチュルと少し長く舌を交わらせていた二人の間に唾液の糸が引かれる段になると左右から小さく腕を持って自分の方に引き寄せた。

 

「イクスぅ……璃紗とも、して?」

 

「イクスさぁん。口付け……して欲しいです……」

 

 ウルとの甘美な唾液の交換で舌を痺れさせていた少年は二人の要望に答えて迫ってくる額に一度ずつ口付けをした。

 

「じゃあ、三人でしようか?」

 

「「~~~」」

 

 咄嗟の事に璃紗とエストリアが固まる。

 

「二人とも……」

 

 少年が顔を近付けると気恥ずかしげながらも、小さな舌が二つチロチロと少年の口元へ差し出された。

 

 瞳を閉じた少女達に応えて滑った舌が三つ重なり合うと。

 

「「―――♡」」

 

 もう璃紗にしてもエストリアにしても不満や一人ずつして欲しいとの思いは心の何処かへと飛んでいく。

 

 ヌチヌチと唾液が混ざる度、ポタポタと三人の顎を雫が伝った。

 

(ぁあ、私……今、三人で口付けして……っ……)

 

 エストリアは常識的ではない背徳感に背筋を震わせながら、それでも脳裏を麻痺させていく優しい悦楽に身を委ねていく。

 

(エストリアさんも気持ち良さそうで良かった……♡)

 

 璃紗は自分以外の相手がウットリと喘いでいる様子に心を温めた。

 

 快楽よりも少年へ仕えられている事の方が彼女にとって嬉しいのは娼婦としては正しく。

 

 また、女としても満足を得られる話だった。

 

 嫉妬くらいするし、独占欲もある。

 

 しかし、少年が嬉しいと、少年の想いが満たされていると、また彼女も大いに心が足りるのだ。

 

 共に喜びを分かち合う者が増えるのを疎むのではなく、歓びを持って迎える事こそ、璃紗にとっては優先するべき事柄だった。

 

(イクス……)

 

 ウルもまた仲睦まじい三人の様子に胸を熱くする。

 

 嬉しい事や素晴らしい事、今まで多くが生を過ぎたが、今ほどに心地良い瞬間はそうそう無かった。

 

 三人の中で最も快楽を感じられる身体は淫靡の権化かもしれないが、同時に相手からの好意を素直に受け入れられる力でもあるのだ。

 

 快楽を否定したり、自分の性に見て見ぬふりをするより、気心の知れた相手や自分の愛する牡を受け入れ、自然体で生きていく事。

 

 それこそが少年に救われて後、彼女が学んで来たもの。

 

(きっと……“この子”にも誇れるような自分で在り続ける……それがきっと常識よりも、世間体よりも私には……)

 

 少しだけ自分の中に宿る命を意識しながら、今はまだ少年にも全てを伏せて。

 

 彼女は微笑む。

 

「っ……みんな……ありがとう……」

 

 唇を離して。

 

 少年は達しないまま微笑む。

 

 自分の幹を包む媚肉の感触も、襞でチュウチュウと指に吸い付く膣(なか)の圧迫感も、今は快楽ではなく。

 

 三人の愛するべき彼女達への想いへと変わっていた。

 

 自分の手には余るだろう三人を包むように包まれるように身体を預けて。

 

 安らかに瞳を閉じる少年に誰もが寄り添う。

 

「こちらこそ、です」

 

「そんな事、言わなくても知っていますわ」

 

「大好き。イクス……」

 

 まったくもって淫猥に過ぎる四人の一時はまるで場違いなくらいに穏やかに過ぎていく。

 

 肉欲に塗れて、獣の交尾に似て、それでも他者を思い遣るからこそ、それは尊い“人”の行いだった。

 

 明け方を迎える頃。

 

 一度だけ射精した少年はまるで一塊のように少女達の温かさへ包まれ眠った。

 

 *

 

―――首都ハガス中央行政区画国立魔術院封鎖回廊。

 

 夜。

 

 中庭へ続く石造りの回廊。

 

 その扉の前に白い外套姿の男女が総勢七十名揃いも揃って静かに時間を待っていた。

 

 国立魔術院。

 

 その名の通り、アルヴァス最高の魔術研究機関。

 

 常人には理解し難い智識が開発される場は今や厳戒態勢。

 

 隔離された回廊手前の区画から半径100mには誰もいないという有様だった。

 

 本来、魔術師達が何処も昼夜問わず立ち働いている場所が見知らぬ軍人や武芸術に秀でた肉体派の集団に占領されているなんて在り得ない話だ。

 

 が、今その時に限っては元老院と軍による特別権限による効果で如何なる者も現状に口出しする事は出来なくなっている。

 

 彼ら赤鬼宗家の下に編制された特別境界踏破部隊。

 

 実験的な【崩燼武装(ソルヴァス・アームズ)】を多数実戦投入して生み出されたスペシャリスト達の力は現在百人に満たなくとも常識的な範疇を超えている。

 

 彼らに出来ないならば、アルヴァスの誰にも不可能だろう亡郷都市アイウィスへの侵攻作戦は午後十二時決行。

 

 大魔術師数名が後方のバックアップに付き、夜通し行なわれる事となっていた。

 

 異相側と現実の時間差は凡そ四倍。

 

 明け方の六時まで行なわれる踏破予定時間は24時間。

 

 アルヴァスを襲う大小様々な異常と怪異を調査解決する為の試金石たる計画は最初のフェイズに至ろうとしている。

 

「各員。最終確認」

 

 黄金の色の毛並み。

 

 金狐の亜人。

 

 ライル・エイフォン・バーゲル。

 

 部隊を束ねる長の声に残り三分を切った出撃時間を感じつつ、種族も性別も年齢もバラバラな隊員達が各々自らの命を掛ける装備に異常が無いかを確認していく。

 

 異常無しの声が小隊長達から伝えられるとライルは頷いて、己の腰から愛刀【梁塵秘抄(はしばみ)】を抜いた。

 

「そう固くなりなさるな。お若いの」

 

 彼の横。

 

 柔和な笑みを浮かべた好々爺。

 

 見るからに【蟲人(ベルミ)】の老人が苦笑していた。

 

 シャンと伸びた背筋。

 

 浅黒く皺枯れた肌。

 

 くすんだ緑銀の髪。

 

 何処かの無敵番長にそっくりな二枚目の老子(ナイスオールド)は一見して普通の顔にも見えるが、皺に隠れた瞳が顔に計六箇所存在している。

 

 高齢にしては渋い黒のスーツ姿で、老人がライルの肩を叩いた。

 

「ご老人。これでも随分と歳ですよ。私も……」

 

 そう返されて。

 

 ジルムス・デダルの祖父アイクロソス・デダルは、嘗てアルヴァスに莫大な戦勝を齎した英雄は、『まぁ、そうだな』と軽く笑う。

 

 今回の侵攻が計画された当初から特別顧問として、此処数十年起こっていない戦を体験している世代として、彼ら境界踏破部隊に戦闘のいろはを教授した男。

 

 アルヴァス創立期から存在する近接格闘術の大家デダル家の宗主はこの国難の時期にあっても軍に実質的な影響力を持つ大物として、各組織団体の調整役を買って出ていた。

 

「お前さんに伝えるべき事は全て伝えた。その頭脳と機智があれば、大概の相手には苦戦せんだろう。ただ、世の中には理不尽というものもある。ワシは運良く、そういったものとは無縁じゃったが、この事態ではそうも行くまい。故に一つだけお前さんにアドバイスをしよう。黄金の狐殿」

 

 老人の顔にニュッと計八つの瞳が開いた。

 

「東部の諺に“急がば回れ”というものがある。幾ら遠回りに見えても、目的地へ辿り着く為の手間は惜しまん事だ……」

 

「心に刻んでおきます。では、そろそろ」

 

「ああ、明日に会おう」

 

 老人が廊下の端に退避するとライルが扉を前にして後ろも振り返らず。

 

 一言だけを伝えた。

 

「往くぞ」

 

『応ッ!!!』

 

 十二時の鐘が魔術院内に響き。

 

 大魔術師四人による異相への大規模穿孔を可能とする魔術方陣が中庭の中央で起動した。

 

 浮かび上がる光の円環。

 

 三次元式のソレは様々な象形を組み込まれた機械の図面にも見える。

 

「突入!!」

 

 扉が開き。

 

 部隊は雪崩を打ってライルを先頭に回廊の先の方陣へと飛び込んでいった。

 

 一糸乱れぬ統率で七十人の勇者達がアイウィスに切り込み。

 

 アルヴァスの事態は大きく動いていく。

 

「行ったか……ご老体」

 

「おお。赤鬼のボンか?」

 

 中庭の方陣が消え失せたのを見計らったように赤鬼の宗主ドゥーズ・スィール・フォイルが封鎖された区画の扉を潜った。

 

「その呼び方は止めて頂きたい。これでも、もう国を率いる立場ですよ……」

 

 ライルと同じような顔となった男に老人は呵呵大笑した。

 

「ははは、孫とそう変わらぬ歳のお前さん達をまだまだ一人前呼ばわりはしてやれんなぁ」

 

「はぁ……分かりました。そちらは今度じっくりと話し合いましょう。それよりも……【騎士国(ヴィーリア)】の情報は何か掴めましたか? あの【五聖騎士(ファイブ・ラウンズ)】と共に行動していたのは聞いていますが」

 

「おうとも。中々にして有益な情報が入った。七聖女、騎士国、旧教会派、まずまずと言ったところか」

 

「では、部屋を用意してあります。そちらの方で」

 

 歩き出して。

 

 老人が赤鬼に少し真面目な顔をする。

 

「……アルヴァス亜人国。我らの国の行く末はこれよりお前さんら、若人の肩にある。努々忘れるな。我が弟子よ」

 

「心得ていますとも。貴方に鍛えられた軍での経験が無ければ、今此処にフォイル家の長たる我輩はいないですから……」

 

 二人が肩を並べて封鎖区画の通路を抜けると。

 

 魔術による空間制御。

 

 結界魔術による多重封印が六時間の全力稼動状態へと入った。

 

 壁を奔る幾何学模様に施設中央が照らし出される。

 

 密やかに静まり返った魔術院の夜はそうして更けていく。

 

 *

 

―――???

 

 なぁ、尻尾の。

 

 お前さん本当に楽しそうだなぁ。

 

 骨と酒さえあれば何の不自由も無い。

 

 弐本角の奴は壊すものが無くなって退屈だなんて言ってるが、嫁さん貰ったらあの通りだ。

 

 あの狼、おっと獅子神ちゃんはこの場所で暮らすなんて言ってるしよぉ。

 

 苦げぇ酒ばっかりな此処がいいんだとよ。

 

 はは、嗤っちまうよなぁ。

 

 出会った時は月見や花見なんぞ誰も付き合っちゃくれなかったのに。

 

 今じゃ、逃げ足だけは速い兎と嗜んでやがる。

 

 どうせ全部時間がくりゃ何も残らんと知ってるはずなのになぁ。

 

 人間がいいらしいや。

 

 お前さんもその口か?

 

 ま、趣味は其々だがね。

 

 何だと?

 

 あんたもそうしろって?

 

 だめだよ。

 

 おれはさ。

 

 一応は侵略者ってな事になってるからな。

 

 結局は東で“座”も渡しちまったし。

 

 あっちに帰ったって役立たず呼ばわりは確定。

 

 貴族連中にぶっ殺されるか。

 

 あるいは“あのお方”の計画とやらに使われるだけさ。

 

 妹にも会わす顔が無ぇしさ。

 

 あいつはオレと違って、繊細で寡黙で貴族連中より貴族みたいな……何より争いに向かない優しい奴なんだよ。

 

 ………………なんつーか。

 

 人間てのはオレ達よりよっぽど悪りぃよなぁ。

 

 何せ、愛なんぞを生み出してくれやがった。

 

 亜人連中はあの頃の事なんぞ覚えてねぇし。

 

 異種も近頃は人間ごっこがお好きと来た。

 

 物忘れが激しいのか。

 

 はたまた化かし合いしてる内に自分を化かしちまったのか。

 

 どちらにしろ。

 

 おれの出る幕はもう無ぇさ。

 

 天使連中をぼこったって、結局は無駄骨。

 

 八百長ってやつだ。

 

 あの方も本気で“翼の天”をやっちまおうなんて考えてねぇ。

 

 かと言って、此処で人に媚び使われたところで何が残る?

 

 どうせ人間の寿命はせいぜい百年。

 

 連中は分かってんのかいないのか。

 

 瞬きする時間で全部無くなるもんに命掛けと来た。

 

 敵わねぇよなぁ実際。

 

 教会はだんまり決め込んでるし。

 

 連中はか弱い人間様とやらの守護者を気取ってらっしゃる。

 

 オレが真面目に仕事し始めたら、連中『お前はそういうやつだったのか』ってな具合に怒るんだろうなぁ。

 

 なぁ、尻尾の。

 

 お前さんに二つ頼みたい事があるんだ。

 

 一つはあの子の事さ。

 

 はは、馬鹿みたいな話だが、馬鹿みたいな世界に生きてるんだ。

 

 これくらいいいじゃねぇかよ。

 

 今は安定してるが、ずっとあの仮面が動くとも限らない。

 

 出来る限りでいい。

 

 見守ってやってくれ。

 

 そして、もう一つ……。

 

 おいおい。

 

 そんな顔するな。

 

 “悪い魔族”によ。

 

 そんなんじゃ、刀が泣くぜ?

 

 継承せし者、なんだろ?

 

 なら、前を向いて笑え。

 

 それが、それだけが、この度し難く、醜く、美しい……人の世が織り成す世界の生き方ってやつだ。

 

 はは……お見通しか。

 

 だが、これは頼んどかないとな。

 

 おれが……敵になったら、その時は頼むぜ?

 

 蟲の奴にはもう頼んであるんだ。

 

 人間連中もそろそろ動き出す。

 

 面白おかしくやってきた代償だ。

 

 これくらいは払わないとな。

 

 さぁ、行こうか。

 

 ザルマイヤ・ゼオストス。

 

 この不毛の地に国を興す。

 

 魔王最後の悪事だ……。

 

 ありがとよ。

 

 尻尾の……化けるもの……いや、これからは西部風にバーゲルなんてどうだ?

 

 ははは、怒るなよ。

 

 おれはさ。

 

 これでも洒落と酒の味だけは分かる方なんだぜ?

 

―――あれが、魔王?

 

 回転する歯車に取り囲まれた世界の上。

 

 テーブルに椅子がニ脚の簡素な庭。

 

 其処でようやく少女は、奏璃紗は目を覚ました。

 

「お~い。起きてるか~」

 

「あ、師匠。今の何かよく解らない夢って師匠が見せてくれたの?」

 

 ムックリ起き上がった小獅子が先に椅子に腰掛けていた魔族の青年“師匠”の対面に座る。

 

「何の話だか解らんが、必要だから視えてるんだろう」

 

「そう……あ、それよりもこの間のはどういう事なの!? 凄く、すっごく!! 心配したんだから!!」

 

「何だ? 怒ってるのか? あいつとの交尾が足りなかったんじゃないか? お前」

 

「な?! こ、交尾とか言わないで!! 馬鹿!!? 変態!!?」

 

「変態!? このオレが変態……やっぱり、未来の女ってのは変わってるな。やれやれ」

 

「か、変わってるのは師匠の方!! それに何か歯車一杯なんだけど!? どうなってるの!!」

 

「んなのオレに言われてもな。言っただろ。此処はお前が見てるから存在するんだって。お前の認識の変化が此処を規定してるわけだから、オレのせいじゃないのは確実だな」

 

「認識……璃紗が何か変わったって事?」

 

「違うのか?」

 

「……解らないけど、何だか近頃は色々なものが見えるの……」

 

「ほう? やはり、緑炎や天使の時、能力を開放したのが引き金だな。どれ、見せてみろ」

 

 青年が少女の顎をツイッと人差し指で上げさせて、瞳を覗き込んだ。

 

「ふんふん。なるほど……」

 

「ど、どうだった? 何か解ったの? 師匠」

 

 手が放されると璃紗が何処か不安そうに訊ねる。

 

「今のお前は自分の頭で認識出来ないものを極力排除してる状態のようだな」

 

「認識出来ない? って言うか。色々なものが見えて困ってるのに排除してるってどういう事?」

 

「お前の瞳は特別製だが、お前の頭は特別製じゃない。まぁ、順応出来ても限界はあるって事だ」

 

「???」

 

 何を言われてるのか分からない様子の璃紗に青年が頭を掻く。

 

「あ~っと……今のお前は自分が思っている以上にものを見てるんだよ。実際にはな」

 

「そうなの?」

 

 微妙に分からなさそうな璃紗にイーギルフィストが肩を竦める。

 

「世界の全てが見えていても、それを全て知る事は出来ない。簡単に言うと、お前が幾ら難しい本を見られても、理解出来ないのと同じだ」

 

「何となく分かる……」

 

「だから、お前の色々見えるって話は本当のところ“色々見えてるのを見えない状態にしてるから”発生してるわけだ。虫食いの文字に視線が奪われてるような感じだな。見えないと途中の文字が気になるだろ? だから、前後の文脈がよく見えるわけだ」

 

「……」

 

 考え込む少女にイーギルフィストが肩を竦める。

 

「まぁ、大したもんなんだがな。普通、それだけの情報量を見えないように無意識下で弾くのは不可能。神の血ってのはまぁまぁ劣化しても偉大だな」

 

「神?」

 

 その問いには答えず。

 

 緩く笑みを浮かべただけで青年が璃紗の顔に片手を添えた。

 

「それなりに魔術の修行を積めば、かなりロクでもない能力として開眼しそうではあるんだが、お前の瞳はそういう事に使うもんじゃない。もう決めてあるんだろ? その力の使い方は」

 

「何で知ってるの?」

 

「オレは“悪い魔族”だからな。何でもお見通しなのさ♪」

 

「師匠……師匠って本当にイクスなんだね」

 

「今頃、認めるのか?」

 

「うん。だって、師匠優しいから」

 

 青年は苦笑した。

 

 悪い魔族代表として色々現実でやらかした自分にまだそんな言葉が掛かるとは思っていなかったからだ。

 

 だが、その表情に璃紗はまた確信を深める。

 

 少年が青年であるという事。

 

 生まれ変わりなのだと。

 

 だって、青年の苦笑は少年にとても良く似ていた。

 

「どうしたいんだ?」

 

 知っていて。

 

 それでも敢えて聞く男の顔に真っ直ぐ。

 

 とても真っ直ぐな顔で璃紗が告げる。

 

「イクスが元気になれるように、そんな未来が見えればいいなって……」

 

「……そうか。なら、お前は自分の力の全てを持って遣り遂げろ。何に構う必要も無い。何を遠慮する事も無い。その力は……その為にお前が持ち合わせた贈り物。運命が消え失せた世界に紡がれた“奇蹟”ってやつはきっと……そういう力の事を本来は言うんだろうしな」

 

 頭を撫でられて。

 

 同じだと。

 

 やっぱり、同じだと。

 

 璃紗の顔が緩む。

 

「さぁてと。オレもそろそろ消えるか」

 

「帰っちゃうの?」

 

 少しだけ寂しそうな顔。

 

 首が横に振られる。

 

「お前がいたから、オレは在る。お前が見ていてくれたから、オレは存在した。だが、もうお前の見るものが決まった以上、視線は未来野郎にだけ向けとけって話だ」

 

 立ち上がり、背中を向けて。

 

 男は、最後の魔王は、楽しそうに笑った。

 

「オレは、オレ達は其処に在る。もし、力が必要ならば、呼べ……さすがにあの黒いのもこういう契約を破り切る程、無粋じゃないだろ」

 

 空から一冊。

 

 蒼に金の刺繍を施された小さな本が舞い降りて。

 

 璃紗の前で開かれる。

 

「これは……名前?」

 

「覚悟と決意と生命を掛けて唱えるならば、我らは幻なれど、一欠けらの力となろう。奏璃紗―――始祖の瞳と神の血を引く女よ」

 

「―――!!」

 

 世界を埋める歯車の中に仮面が、無数の仮面が浮いていく。

 

 男も女も老いも若きも諸々の、綺羅星の如き、混沌の如き、暗黒の如き、彼ら。

 

 その名も高き、少年となった者達の貌が。

 

「そっか。此処は……この場所は……」

 

「お前が見ていたのは最初からあいつだけだ。少し焦点が合って無かっただけでな。そして、今全てを知っても尚目を逸らさないお前にこそ、我らは自らの名を預けよう」

 

 青年の姿が解け、一枚の仮面となる。

 

 ザヴォイド。

 

 嘗て最後の魔王が扱った“本人に成る力”。

 

 璃紗の瞳。

 

【柩眼(スクリニオ・イリス)】

 

 過去視の魔眼。

 

 あらゆる情報を読み取る特異な瞳達の祖。

 

 そんな力が一体ずっと何を見つめていたのか。

 

 何故、青年を、仮面を、その欠片達を映し続けていたのか。

 

 ようやく気付いた彼女は少年を構成する、少年そのものである彼らにペコリと頭を下げた。

 

「ありがとう………“イクス”」

 

『さぁ、昨日もまた今日となる。お前の明日を見せてくれ。璃紗』

 

 その顔に満面の笑みが浮いて。

 

 少年の内なる者達は満場一致で新たなる物語の紡ぎ手を現実へと送り出す。

 

「うん! 師匠!!」

 

 少女の瞳はもう迷わなかった。

 

 真っ直ぐ愛する者を視界に捉え、朝を迎える為に意識を浮上させていく。

 

 昇っていく小さい背中を見つめた幾千の視線の中、貌(めん)の一つが。

 

『頑張れよ……』

 

 小さく、小さく、そう呟いた。

 

 *

 

―――首都ハガス中央七教会所属特務護衛艦【灰火】着陸地点。

 

 常に合理化されてきた七教会にしては珍しく。

 

 実は彼らの組織に艦隊という概念は存在しない。

 

 いや、概念はあるが実態的な組織は構成されていないと言うべきか。

 

 鋼鉄の船が空を飛ぶご時勢。

 

 高空航行艦。

 

 つまり、惑星内の空を自由に行き来する七教会の軍艦は殆どが所属部署を持たない一個の独立権限を有している。

 

 それらが七教会本部や七聖女の意向を受け、暇な者から持ち回りで集結する方式を取っている為、常備軍的に一定の戦力を統制した艦隊というものは彼らの実態にはそぐわない単語だ。

 

 恐ろしい力である高空航行艦を纏めて固定化運用しないのは艦船の指揮者達の集権を防ぐという意味もあるが、柔軟な組織構造を維持する為でもある。

 

 よって、彼ら七教会の一艦一艦には独自の気風。

 

 この場合は艦隊規模で持つような傾向というのがあまり無い。

 

 召集が掛かるまでは教会規律に照らし合わせた行動であれば、殆ど何をしていても自由なので、彼らの殆どは艦を運用する物資を得る為に独立した商売をしていたりする。

 

 主要なものは運輸業、官民軍政問わずの物資輸送。

 

 空の旅と題して旅客、観光業に手を出す輩もある。

 

 無論、軍艦として運用されているので機密一杯夢一杯。

 

 民間人には堪らないプレミア感が受け、連日その手の興行や業種は大賑わいだ。

 

 勿論、そのような運行に乗じて何とか秘密を暴こうという各国のスパイもいる。

 

 が、未だ公開されていない艦船の情報が流出したという事実は確認されていない。

 

 このようにして多くの艦船は“教会の宣伝”を自然と行なっている。

 

 これが実は非常に有効な軍事政策の一環であると言うのはあまり知られていない事実だろう。

 

 非常時の召集が掛かった時、艦隊行動をスムーズに行なう為には運用先の国家の受け入れが必須だ。

 

 七教会が掲げる紛争への介入措置や国家規模での事案が発生した場合、様々な条約や柵に縛られる彼らだからこそ、平時に各国の生活へ溶け込ませ“見慣れるよう計らう”というのが多くの場合、有効なのである。

 

 “あんなに楽しい思い出を作れ、有用な働きをする艦が悪い事をするはずがない”という観念の植え付けこそ、七教会の軍艦運用には最も重要な要素と言える。

 

 空の輸送ルートを牛耳り、物資の流れを把握するというのも多くは七教会に綽名す組織や国家同士の紛争抑止を行う意味合いが大きく。

 

 艦船の運行者達は七教会の治安維持に一役買っている影の立役者なのだ。

 

 ただ、そんな中にも一艦のみ。

 

 通常の運用理念から外れる艦が存在する。

 

 特務護衛艦【灰火】。

 

 この場合の護衛対象が教会の艦船を意味しないのは空の船乗り達には周知の事実だ。

 

 特務護衛艦が守るのは艦ではなく人。

 

 それもたった七人の女性のみと決まっている。

 

 要は七聖女達のお忍び専用艦。

 

 彼女達が様々な事情から長距離の通常移動に使う船である。

 

 ただ運用実績が極端に低いというのは艦の運行者達にしてみれば、悲しい現実かもしれない。

 

 七聖女の大半が高速移動を好まず。

 

 徒歩や転移を多用する為、灰火が使われる場合というのは殆ど無いのである。

 

 天界や酷界、異相や次元境界を越えるような“此処ではない何処か”へ向かう時に運用される事から、灰火が通常空間に出現するのは大方ロクでもない事態が進んでいる時と相場が決まっている。

 

 故に付いた綽名は不吉を呼ぶ船。

 

 あるいは救いの運び手。

 

 どちらにしても、あまりお目に掛かりたくは無い姿というのが艦の存在を知る者達の見解だった。

 

「……さて、どうなる事やら」

 

 戦艦というには違和感がある黒光りした長方形。

 

 一言で言うと縦に平たい棒(モノリス)。

 

 七教会の高空航行艦からしても異質なソレが王城の中庭に着陸していた。

 

 約100m程の小型艦。

 

 それが空の色に偽装してハガス中枢に着陸したのだ。

 

 宮仕えの貴族達や元老院の関係者達が遠巻きにするのも致し方ないだろう。

 

 前日の夜に教会踏破部隊を見送り、今朝方に無事を確認したばかりのドゥーズは思っても見なかった艦で乗り付けてきた七教会の牽制にさてどんな話が飛び出すのかと内心気を揉んだ。

 

 もうアイクロソス・デダルから、五聖騎士や七聖女に関する報告は受けている。

 

「鬼が出るか蛇が出るか。それとも……」

 

 彼は自国の情勢に暗雲が立ち込め始めたのを静かに感じながら、傍らの受話器を取った。

 

「もしもし」

 

『……はい。こちらゼオ家』

 

 その優しげな声に緊張しながら、ドゥーズ・スィール・フォイルはアルヴァスにとって最も大きなカードとなるだろう女にどう切り出したものかと思案する。

 

 薄曇の空が暮れた頃。

 

 国家創立期以来になるだろう大きな転機がアルヴァスに訪れる事となった。

 

 深く静かに事態はもう誰にも取り返しの付かない速度で動き出しつつある……。

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