※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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第二次境界踏破編はこれにて終了。今後は夏から秋に掛けてのエロを挟みつつの日常編になるかと思われます。大変投稿まで長くなったのは今回の話を通しでやりたかったので四週分程ガッツリ書き溜めていたせいです。次からはまた通常量の投稿になるかと思われます。では、次回。*あまりにも長かったせいでエラーになってしまい、二回に分けての投稿となります。


第三章六十七節

第三章六十七節「凶界手引Ω」

 

 夢、希望、愛、勇気、友情、奇蹟。

 

 人は多くのものを世に齎した。

 

 創造主と称される神々よりも、無限に生きる生物よりも、沢山のものを生み出してきた。

 

 それは種を超え大きく広がって、多くの者達に影響を与えている。

 

 ある者は音の羅列に過ぎない文化を愛でた。

 

 ある者は事物を模っただけの図に一生を捧げた。

 

 力を信奉する者達すら、より良き力を求めて、人の道を志す。

 

 拳よりは剣を弓を銃を砲を求め。

 

 不可思議ならば、魔術を学問を修めようと探求の道へ分け入る。

 

 いつの頃からか。

 

 当たり前と化した依存。

 

 それを自覚せずに大陸へ降臨しなかった者はない。

 

 一つの時代が終わった五千年前。

 

 酷界と呼ばれる魔族達の世界において統一された意思決定機関が発足した。

 

 名前も決められなかった組織の席には魔族達を治めた三つの勢力の重鎮が名を連ね、彼等の事を下々は極みの淵に立つ者達。

 

 【三極会議(トレス・コンペントゥス)】と呼んだ。

 

 三勢力とは酷界が一柱の“天”に開かれて以来、その勢力を保ち続けてきた二種と新しき一種の事だ。

 

【大母子(フィリー)】

 

 最も旧き命と称される億年を生きた者達。

 

 その数は大いなる母より生まれ出でて後、減る事も増える事も無く。

 

 多くの場合は大神と同等以上の存在とされる。

 

【自生者(アウトゲネス)】

 

 数百年に一人産まれるとされる生命。

 

 多くが世の理より生まれ出でる生来の超越者にして強者。

 

【大母子】よりは多いものの、酷界の生命総数の中では微々たる数に過ぎない中庸者達。

 

【血統種(ブラッディー)】

 

 前述した二者達の交配によって生じた寿命ある存在。

 

 酷界に蔓延る生命の凡そ99.9999999999999%を占める命は数十万年の間に大陸を満たした人を取り込んで、更に力を増し、物量という一点において両者を上回る。

 

 この三者が定めた位こそ。

 

 人の世で魔王と称される事となった魔界からの使者だ。

 

 その使命は人の力を抑止する事。

 

 数十万年の年月で人が生命に齎した多大な影響は億年を生きる者にすら大量の根本的な変化を齎した。

 

 その進歩と発展の速度がこれ以上速まれば、酷界どころか。

 

 この星に生きる、これから生まれてくるだろう如何なる種にとっても害悪になるのは必定。

 

 故にその数を減らして然るべきである。

 

 というのが彼等の主導する考えだった。

 

 選ばれ、送り込まれた者達は会議のお歴々に比べれば、大した事の無い弱小の類か。

 

 勢力内の派閥争いに負けた小物。

 

 そうして減らすべきだが、減らし過ぎるのも問題だと本当の意味で人類を絶滅させる気も無い魔族達の“公共事業”が始まった。

 

 そう、人間を制御する為だけに魔王は送られたのではない。

 

 それ以外にも彼等には為すべき仕事があった。

 

 酷界の生存可能領域を増やす。

 

 これが二つ目の理由にして魔族達の総意。

 

 酷界の空間は常に大陸側からの要素(イデア)流入で拡張を続けているが、それにしても土地は大地の底から空の果てまでほぼ満席。

 

 常時、超超超超超超過密状態にある。

 

 それがどれ程の問題かと言えば、生存圏の確保の為に他種族に生まれてきた命を端から目障りだと断絶するくらい、と言えば分かり易いだろう。

 

 これを常識的に解決するのはまず不可能。

 

 各勢力間の利害が複雑に絡み合った結果。

 

 多くは戦乱か内乱によってのみ、これを解消するしかなかった。

 

 だが、魔王という制度は人類を減らしつつ、その名目で発生する多くの荒事で必要となるだろう兵士、様々な理由から斬り捨てられる種族の棄民先として最高のパフォーマンスを発揮した。

 

 人間達の力を削りながら、自分達の自己淘汰までも行なうという業は深い。

 

 政治的な思惑によって断絶を望まれた一族。

 

 存在自体が他の種の存続を脅かす生命。

 

 その肉体の体積という一点で要らぬと考えられた氏族。

 

 それらを合理的に消滅させて、更なる利を得るというのだから、正に悪魔の所業だろう。

 

 だから、魔王すらも会議にとっては命を奪われてまったく問題無かった。

 

 無かったのだ……。

 

「―――」

 

 暗き魔族の世。

 

 その全てを眼下に見渡す黒の塔。

 

 星にすら届きそうな特等席。

 

 そこでいつの間にか。

 

 彼女は、奏璃紗は、魔族達の物語を見終わった頭でふと目の前で紅茶を嗜む教会の制服姿をした何か。

 

 筋肉の化身に気付いた。

 

「あっら~~~?! 優秀!! 貴女、本当に優秀ね?!」

 

 グネグネと動く筋肉。

 

 仮に“惑なる天”と呼ばれる者が蠢き、女のようなシナを作ってウィンクする。

 

「ん、もぅ?! 妬けちゃうわ~~~あの子が選んだだけあって♪」

 

 声も出せず。

 

 身動きも出来ず。

 

 それでも彼女はとりあえず意思を伝えようと四苦八苦する。

 

 が、まるで自分の想い通りにならない夢のような、そんな感触を得るばかりで、何ら相手との意思疎通は出来なないままだった。

 

「あ、何も話せないと思うけど、そこは我慢して頂戴? 何せ、普通に連れてきたら、貴女壊れちゃうから。今日は全てを見通すであろう貴女に一つプレゼントを持ってきたのよ。んふ♡」

 

 ゾワッと璃紗が鳥肌を立てた。

 

「そう、嫌がらないで? これから“余計な事をしないと契約させる”代わりにあの子を喜ばせられるプレゼントをしようって言うんだから……」

 

 ゆっくりと白いテーブルの上に指で摘まれたモノが置かれた。

 

 コトン。

 

 そう音を立てたのは水晶の欠片。

 

 いや、よく視れば“恐ろしく緻密な色が組み合わせられた”魔術式の塊だった。

 

 様々な色彩を詰め込んだ為に最後には透明、無という色を得た何か。

 

 考えるまでも無く。

 

 広げれば恒星一つ分の表面積に匹敵するだろう緻密な色合いは少なくとも人間が拵えた物とは思えない。

 

「これね? ふふ、遊ぶのにも飽きて帰ってみたら、何だか面白い事になっててねぇ。久しぶりに盟約を持ち出されたから、大物を減らしてみたの。その結果がコレ」

 

 璃紗によく見えるよう再び欠片が摘まれて、目の前へと晒される。

 

「見えるでしょう? 全てが溶け合う事なく共存しているのが……これ、あげるわ」

 

 摘まれたそれがゆっくりと椅子に座った少女の腹部に近付けられていく。

 

「ああ、心配しなくていいわよ♪ これを入れたら、すこぉし染まるだけだから♪」

 

 服を透過して、肌に先端が触れるとゆっくりゆっくり先端が内部にめり込み、少女の肉体へと融けていく。

 

「あの澄まし顔の聖女程じゃないけれど、これで貴女も立派な、メ・ス・ね」

 

 スルリと璃紗の腹部。

 

 否、子宮一帯が熱を帯びて、背筋を耐え難い疼きが駆け上っていく。

 

「んふふ。連中の中でも一番雄に飢えた固体を選んだから、すぐに好く馴染むはずよ♪」

 

 淫欲の塊。

 

 表現するならそんなものが熱く熱く璃紗を満たしていく。

 

「今回の件で七つの内の一つが揃う。それには貴女の力が邪魔なの。あの子は運命を壊したわ。けれど、儀式と力は残ってる……超える為には試練が必要なのよ。激的で輝かしく、燃え盛るようなのが……」

 

 ガクガクと心を震わせながら、もう何も聞いていない璃紗に黒の塔の主がにんまりと嗤み囁いた。

 

「まだ視慣れていない貴女には観測者の何たるかを教えましょうか」

 

 彼女の横で巨体が座り込むと二人の前にとある場面が映し出される。

 

 それは今はイクス・ゼオと名乗る少年が剣を振る姿だ。

 

「さぁ、始まるわ。この世で一番輝かしくて、狂おしくて、悲しみに塗れた、愛しているのに愛されない男の物語が。あの日、あの時、自らの幸せの全てを投棄てて終わらせたはずの話が♪」

 

 筋肉が踊り出しそうな程に躍動する。

 

 ワクワクした様子の肩が揺れた。

 

「結果がどうあれ。帰ってきたら、慰めてあげて? それが貴女の役割よん。んふ♡」

 

 ジクジクと心を染めていく感情。

 

 愛しい者への激情が璃紗の小揺るぎもしない肉体を燃え上がらせ。

 

 見つめた相手の危機にも関わらず。

 

 ドロドロに股間を濡らしていった。

 

 *

 

 戦いは続いていた。

 

 少年と鎧。

 

 どちらもが相手を必殺する手札を残している状態。

 

 左右七連の連装砲から放たれる攻撃は誰にも見えず聞こえず感じられない。

 

 が、少年は勘と己の中のイメージのみであらゆる方角を薙ぎ払い続けていた。

 

 因果律の断絶。

 

 それを為し得る武装。

 

 その実態が如何なるものか。

 

 彼の知識には無い。

 

 が、その対処法だけは脳裏に残っていた。

 

 因果律の断絶は主に因果関係の把握から始まる。

 

 故に事象と事象の因果を切り離す場合、厳密な指定は大概の場合、恐ろしく手間が掛かる。

 

 単純に言えば、原子一つの振る舞いを崩壊させる、そのような行為はナンセンスなのだ。

 

 指定する事象は概念的にマクロ的なものであるべきであり、同時に対象とする事象そのものをその他の事象から切り離す事が最善の行動と言える。

 

 つまり、因果律を破壊するという行為は回りくどいものではなく。

 

 直接的に対象たる少年そのものへ干渉を行う事で達成される。

 

 ならば、話は簡単だ。

 

 その因果律破断の原因となる干渉媒体を破壊すれば、防御は事足りる。

 

 機械的にその一連の行為を行なうとするならば、破断出来る対象は絞られ、同時に敵へ見えざる媒体を打ち込む事で目的を達成しようというのも納得出来る話だ。

 

 連装砲内部から因果律破断を行なう何らかの感知出来ない媒体が飛んで来るのならば、その全てを切り払えばいい。

 

 幸いにして空間防御を行なえるのは少年も同じ。

 

 その隙間だけを切り払い続ければ、相手の攻撃は物理的に届かない。

 

 例え、媒体が刃に直接当ったとしても、同量の体積を消費して相手の攻撃に内包される全てを【相殺】する限り、魔力刃の生成が追いつかなくなる以外で剣自体を崩壊させる事は不可能。

 

 その考えは概ね正しく。

 

 少年と鎧の攻防を均衡させていた。

 

 しかし、少しずつ状況は変わりつつある。

 

 何故ならば、鎧がまるで幻の如く肥大化しつつあったからだ。

 

 ディティールはそのままでサイズだけが膨れ上がっていく。

 

 それに比例するよう剣の魔力刃の減りはゆっくりと大きくなっていた。

 

『   』

 

 砕けたアイウィスの大地を眼下に対峙する両者の間は凡そ140m。

 

 鎧の機能が恐ろしく高い為、安易に間合いを詰められずにいる少年はもう8m程まで巨大化した敵を遠巻きにするよう虚空を走っていた。

 

 単純な動魔術。

 

 そして、慣性を一切無視する機動を受け入れる肉体。

 

 これによって前後左右上下関係無く、また制動の類を一切使わず駆けているのだ。

 

 辛うじて未だ1Gの重力が周囲には働いているが、それも限界を迎えつつある。

 

 アイウィス周囲は浮遊する岩塊と大地が入り乱れ、空も無いのに虚空の月だけが浮かぶ異様な有様と成り果てていた。

 

(……空間を幾つか割るくらいの攻撃じゃないと通らない。通ってもたぶんこの様子じゃ……)

 

 鎧には隙が無い。

 

 いや、そもそも間合いという一点に関して高格外套【凱奏(トリアフォム)】は完璧に近い能力を有していた。

 

 鎧の関節部で薄らと光りながら迫り出した小さな円筒の機構。

 

 常時、空間防御を張る力は実装されているだけでも瞠目に値する。

 

 相手が近付けば、瞬時に己の支配下の空間へと誘導。

 

 一方的に有利な条件で戦う事も出来るだろう。

 

 自分の攻撃は通って、相手の攻撃は通らない空間というのもたぶん存在する。

 

 補給している様子も無ければ、一瞬でも防御が途切れるような間も確認出来ない。

 

 無窮連戦可能な能力は【高格外套】にとっては基本的な能力であったが、それを超高位存在相手にも維持し続けられ、尚且つ欠片も小手先で突破出来ないというのはあまりにも高スペック過ぎる。

 

 軽く見積もっても一体で中級以上の神格と対等に戦って勝利可能なだけの能力。

 

 その多機能性の限界はまるで見えない。

 

 相手に合せて武装を構築し、更なる解析によって得た情報を元に能力や機能を拡張、戦術の幅を広げていく。

 

 それだけで長期戦が不利なのは明白。

 

 天使などより、余程に遣り辛い相手だと少年は勝負の時期を見計らった。

 

 魔力刃生成が追い付かなくなるまで巨大化するのに残り数m。

 

 刻一刻と時が迫る。

 

「………」

 

 早めに決着を付けなければ、待っているのは敗北のみだと魔力刃が握り締められた。

 

 二階建ての家屋の高さを軽く超えた巨体が翼を備えた連装砲を唸らせ、少年を追い立てていく。

 

 このままではジリ貧。

 

 乗るか反るかの大博打。

 

 一撃必殺の切り札を準備し始めるかどうかを彼が思考した時だった。

 

「!?」

 

 未だ残る大地で戦いを見守り続けていたエストリアが遠くから聞こえてくる音に驚き、視線を戦いから外した。

 

 ボォオオオオオオオオオオオオオオオ。

 

 それはアイウィスの場にはまるで似つかわしくない。

 

 人智の及ぶ地上でのみ聞かれるはずの音。

 

 汽笛。

 

 空気はある程度存在しているが、それにしても崩壊中で薄くなっている。

 

 そんな中を列車が走っていた。

 

 それも、その先頭車両にはまるで巨大な槍の如き衝角が存在していて。

 

「な、何なんですか!?」

 

 思わず叫んだ彼女の前を素通りして、車体が今も虚空を移動し続けている少年の背後を取ると追走し始めた。

 

 装甲列車。

 

 砲門らしきものを備えた分厚い外壁の一部が開き。

 

 白いものが飛び出すと、車列がまるで仕事は終わったとでも言うかのように上へ螺旋状に昇り去っていく。

 

「お手伝い、させて頂けませんか?」

 

 そう背後から声を掛けられて。

 

 振り向くだけの余力も無く。

 

 少年はその提案を訝しみ。

 

 さりとて、拒否も出来ず。

 

「……あんまり、お勧め出来ないよ?」

 

「そうですか。なら、尚更に手をお貸しします」

 

「え?」

 

 少年の空間防御よりも尚広い。

 

 何処かへと続く全方位転移方陣が二人を包み込む。

 

 その色は白。

 

 無数に内部から湧き出す文字列は宛(さなが)ら、繭を包む糸だった。

 

 光すら完全に遮断する閉じた力の中。

 

 振り返った少年に白い少女。

 

 土御門烙南が微笑む。

 

 全てを白で染める人間離れした少女の唯一の人間らしさは頬の赤みなのかもしれなかった。

 

「この身に宿る何もかもが使い潰されるべきはきっと……貴方の……兄様(にぃさま)の困難を打ち砕く為なのですから」

 

「……君は」

 

「今はただのお節介とお思い下さい。どうか、共に……」

 

 少年の瞳が真っ直ぐ少女を見据えて。

 

 その奥にある灯火に一片の揺らぎも見出せず。

 

「……うん。よろしく、ね?」

 

「っ、はい!!」

 

 繭に罅が入る。

 

 あらゆる攻撃を転移で周囲の短距離跳躍先に飛ばす空間防御方陣の一種が軋んでいた。

 

「どうやら、あの鎧は同じ攻撃に対して空間へ負荷を掛ける大質量を込めているようです」

 

「砲撃は見えないまま?」

 

「ええ、この方陣が破れるには少なくとも小島一つ分以上の体積が要ります」

 

「大質量……媒体、見えない攻撃、防げる程度には遅い……」

 

 僅かに考え込んだ少年はようやく自分を襲っていたものの正体に心当たりを付けた。

 

「一つ頼んでもいいかな?」

 

「何なりと」

 

 静かな瞳で少女が少年に頷く。

 

「それじゃあ―――」

 

 二人が話し終わった直後。

 

 白い方陣の繭は破壊され、同時に反対方向へ少女と少年は分かれて、鎧を中心に左右へ駆けた。

 

 虚空を滑るようにして移動する烙南。

 

 動魔術による加速で剣を振りながら動く少年。

 

 二人とも周囲には見えざる因果の破断を防ぐ空間防御の方陣。

 

 光輝く白き円環が張り巡らされている。

 

 スゥッと二人が息を吸った。

 

「いくよ」

 

「はい」

 

 展開し終えた二人が挟撃体制に入ったのかと鎧が連装砲を左右に向けて

 

 途中、ギチッと動きを止められた。

 

 鎧の首が九十度烙南の方へ曲がる。

 

「どうぞ」

 

 少年が涼やかに空へ声を揚げた。

 

「一度(ひとたび)振るえば、その意を断ち。再び振るえば、此岸(しがん)を断つ。摩醯首羅(まけいしゅら)滅す我が一刀」

 

 凡そ、十五秒。

 

 長の詠唱の合間。

 

 烙南は無防備な少年と己の二人分の防御を担当していた。

 

 シュウシュウと音を立てて、少年の握っていた剣が形を変えていく。

 

 揮発しているのは魔力の変質で必要とされなくなった力の一部だ。

 

 鹿の角の如く伸びていた【飽身華斬(ほうしんかざん)】が変化し、薄く薄く全ての刃を一つに織り込んで、少年が使っていた剣と同じようなマーブル模様の刃を形成する。

 

 しかし、魔力だけで編まれたソレがゆっくりと空間を越え、何処へと刃の切っ先から消えていった。

 

 完全に刃の失われた手が何も無い虚空に柄でもあるかの如く、構えを取る。

 

 周囲の時間が静止したかのような刹那。

 

 少年の何も握っていない手を起点として空間に小さな点が穿たれた。

 

 空間防御の類は大きく分けて内部が見える光子をある程度遮断しないものと、完全に外部との遮断を行なうものに分けられる。

 

 現在、少女と少年を蔽う方陣は前者。

 

 内部からも外部からも互いが認識可能な型のものだ。

 

 しかし、少年の掌に現われた黒い穴。

 

 経路(チャンネル)が目に見える形で穴を開けている様子が認識出来るというのは異様な光景だった。

 

 空間制御に由来する力の多くは通すものと通さないものの識別を術者が行使する術式の膜(フィルター)で行なうのが普通だ。

 

 内部が見えるとはいえ。

 

 少女が使っているのは鎧の攻撃を防ぎ切る程に高度な代物。

 

 なのに、その内部で経路(チャンネル)が開けるはずが無い。

 

 空間の連続性に対して干渉する強度が高い術を使用していれば、本来はその内部で更に空間を別の場所へ繋げる経路は開けない。

 

 単純に言えば、何も通さない膜で包まれているはずなのに膜の外へ干渉しているという事だからだ。

 

 もしも、無理矢理経路を開いているのならば、鎧はその隙間へ強引に攻撃を捻じ込むだろう。

 

 だが、実際にはそうなっていない。

 

『―――概念域への接触と推定』

 

 鎧の演算素子が自らのアーカイブを総ざらいにした結果を出力し、理論的帰結を導き出す。

 

 経路(チャンネル)にはたった一つだけ別領域ではない、未だ魔術師達にも解き明かされていない“何か”へ繋がるものが存在する。

 

 その道だけは次元や時空間、領域と接していなくとも、例え空間が閉ざされていても繋がる。

 

 概念域。

 

 人が生み出した意味が全てに優越するモノとして保存された場。

 

 概念魔力の類はその“繋がった先”から引き出すものであり、【喩斬】はその先から概念そのものを引っ張ってきて具現する技だ。

 

 しかし、今現在少年の掌に開いた黒い一点。

 

 経路(チャンネル)は用途がまるで違った。

 

 グニャァッと穴の円周が歪んで内部が―――現実へと迫り出し、剣の如き形を取る。

 

 概念域の先に何があるのか誰も知らない。

 

 それは魔術の世界では未だに観測出来ても辿り着けないものからだ。

 

 叡智を極めてすら近寄れぬ不可分(アンタッチャブル)。

 

 だが、少年は例外か。

 

 その利用法は未だ神々にすら届かぬ宇宙の真理の一端だった。

 

『論理破綻。概念域への魔力逆流、経路変形……計算不能』

 

 答えが無く。

 

 また、その推測に対する計算モデルも持たない鎧が途中で解析を断念した。

 

 フルー・バレッサですら達成していない未知の現象。

 

 それに脅威度極大の判定を下した鎧は自らが未だに持っている全ての質量を鎧に補填し、空間防御を無数に体表へと連ねていく。

 

 その躯体は一瞬にして全長80mを越し、連装砲から連なる翼の下、両肩、両脚部、腰にまで巨大なブロック状のポットが構築、内部の機構を展開させていく。

 

「累(るい)の真剣(まけん)よ。この夜(よ)に掛かる禍津(まがつ)を裂け―――」

 

 言葉が終わるよりも先にもはや象と蟻に等しい体格差となった相手へ【凱奏】が有する最強の武装が一斉発射された。

 

 展開されたポット内部にはまるで鋼鉄の花弁と言うべき仕掛けが中心核で形成されており、幾何学模様の魔力の導線を緻密に描き出している。

 

 チカチカと明滅した中央から放たれたのは巨大な熱線でも無ければ、魔術の技でもない。

 

 珪素と複数の元素の塊。

 

 要は小さな小さな石だった。

 

 鼻で笑ってしまうような純粋物理攻撃。

 

 特別なエネルギーも魔力も無いのだから、当れば相応の運動エネルギーで相手を貫くだけだろう。

 

 凡そ一発が小国の領土程はあるだろう巨大な岩塊。

 

 1mmにも満たない体積の中に数十km分の質量が詰まっていると知らなければ、大抵の相手は防ぎすらしないはずだ。

 

 【無辺空間制御(イメンサ・マンデータ)】による物質の縮小と開放。

 

 たったそれだけの一撃は相手が気付くよりも早く相手の至近、もしくは内部へと潜り込み、突如として元の体積を取り戻す。

 

 その時間は刹那にも満たない。

 

 急激な体積の膨張によって周辺物質との摩擦が発生。

 

 岩塊と接した面はプラズマ化し、元に戻るよりも先に巨大なエネルギーを発生させて、爆裂する。

 

 本来は宇宙開発の折、真空中で巨大な目標を迅速に破壊する為に生まれた工作装置。

 

【隕星決壊器(メテオ・ブレーカー)】

 

 もしもこの兵器に抗する事が可能だとするならば、その対象は秒速2万kmを越える亜光速で膨張する超大質量が激突しても死なない超生物か。

 

 または如何なる物理攻撃にも干渉されない高位生命のどちらかとなる。

 

 何故、ただの純粋物理攻撃が最強の武装とされているのか。

 

 普通なら訝しむところだ。

 

 破壊効果だけならもっとエグイものは数多くあるし、対神戦用途の超が付く特殊武器も存在するだから、当たり前だろう。

 

 その理由が少年の前で炸裂する。

 

 大質量の持つ引力が少年を引き寄せ、

 

 接触時に開放されるプラズマと急膨張する体積。

 

 それが一発どころか。

 

 凡そ秒間140000000発の連弾になって衝突。

 

 砕けていた黒い球体。

 

 アイウィスが内部から光と衝撃と熱を帯びて弾け跳ぶ。

 

 それだけには留まらない。

 

 着弾点で無数の巨大質量が発生した為、互いの膨張に圧力が急上昇。

 

 加えて惑星にも匹敵するだろうかという質量の集中にとある現象が引き起こされる。

 

 重力崩壊。

 

 引力、プラズマ、超過圧、衝撃が対象を襲い、それでも存在を保っていた者は全てが崩落する中心核で空間ごと飲み込まれていくのだ。

 

 この間、十秒。

 

 

 物理攻撃と言っていいのかすら分からない。

 

 急激な爆発と深淵の発生に周辺の異相が重力波に襲われ、何もかもが歪んでいく。

 

 本来、武装や能力に掛かっているはずの限界機構(リミッター)は既に外れていた。

 

 だが、その現実すらも飲み込んでいるだろう破滅の中、鎧は状況をまるで意に介さず。

 

 己の起こした現象の中、仁王立ちしている。

 

『観測不能。引き続き、要警戒態勢』

 

 空間防御。

 

 周辺に重力の影響を防ぐ空間の壁を生み出し続けているのだ。

 

 機構が敵の消滅を確認出来ず観測術式を複数起動する。

 

『対象の存在を観測出来ず』

 

 ゆらりと鎧が自らの住処であるアイウィス最下層へ戻ろうとした。

 

 この後に及んですら、傷一つ無く佇む遥か眼下の扉。

 

 複数の物品が納まっている大門(ゲート)を見下ろ―――。

 

 ひひひ。

 

 黄金の仮面で顔の半分を蓋ったダークエルフの少女がいつの間にか現れ、鎧の端でチョイチョイと今も重力崩壊が進む虚空の一点を指差した。

 

『 げ、げ、げ、げげげげげ、げん、んnnnしょsyossysysysysysyou、かくににnnnnniiiiiiiiiin 』

 

 機構内部の演算素子が観測術式からの情報を取得直後、エラーを吐き出し、鎧に憑依した【暗躍者】もまた自己の不全を認識して、何がどうなっているのかも分からずに動きを止めた。

 

「これは“已み”の技。累(るい)の真剣(まけん)……彼女の奇蹟はこの先にあるモノ」

 

 グニャリと。

 

 鎧の胸が内部から歪んで変形していく。

 

 トプン。

 

 そんな音がしそうなくらい柔らかく。

 

 背骨から胸の先まで貫いたのは闇。

 

 未だ観測と概念、魔力の引き出し以外の全てを受け付けない未踏地。

 

 概念域の刃。

 

「神が真に万能なら、この技は防げる……これは周辺の事象を概念域の中に保留するものだから」

 

 パキパキと鎧の貫かれた部分から耀きの溢れる罅が、鎧を、鎧から続く空間を伝って周囲に広がっていく。

 

「叢蘭茂からんと欲すれども秋風これを敗る。自分は善人じゃないって、彼女はいつも自分を誡めてた。だから、これを使う時は自分が悪を為しても善を破るだけの意味が無ければならないんだって……」

 

 世界に声が響き始める。

 

 鎧の中から響くのは呻き。

 

 あるいは哄笑。

 

 悠然と蝕まれた己に揺らぐ波動。

 

 または虞(おそれ)の具現。

 

「閃剣が秘々奥(ひひおう)【叢蘭秋風刃(そうらんしゅうふうじん)】」

 

 鎧が己の能力の全てを持って復元、修復、相手側からの干渉の拒絶、零距離戦闘用の全兵装を使おうとしたが、その尽くが途中で頓挫する。

 

 ある武器は生み出そうとした瞬間に資源(リソース)が足りなくなり。

 

 ある術は発動寸前に予期せぬエラーが論理機構内で発覚し、発動不全。

 

 万事そのような“不慮の事故”で機能が瓦解していく。

 

「概念域に保留された事象の制御は全て、発動者持ち。だから、此処が僕の剣の内部で在る限り、君に勝ち目は無い」

 

 罅割れが限界に達し、周辺の空間が剥落。

 

 その先にある光景が顕れる。

 

「イクスさん!!」

 

『   』

 

 巨大な少女。

 

 エストリアが鎧の横を通り過ぎて、少年の胸に抱き付く。

 

「大丈夫でしたか?」

 

 更にその後ろから、やはり巨大となった白い着物の少女。

 

 土御門烙南が駆けてくる。

 

『   』

 

 鎧はその時になってようやく。

 

 自分のいる場所が少年の剣(つるぎ)。

 

 その最中だと気付いた。

 

 胸を貫いたのは黒き剥落した世界。

 

 周囲の空間の一部から刃は延びていたのだと。

 

 だから、相手は巨大に見えているのだ。

 

「確かにアイウィスは消滅した。重力崩壊が起って、現実すらも飲み込んだ。けれど、それは僕の刃の中でのこと。この概念域内における事象は物理的な制約を受けず、不可逆性すらも無い。因果律導線の変遷のみによって縛られる」

 

 鎧がゆっくりと内部から開き始める。

 

「中にいる誰かも返してもらうよ」

 

 エラーコードの奔った演算素子が弾き出した動作不良。

 

 それが内部から四十代と思しき男を背中から排出させ、鎧のいる世界から現実へ肉体がズルリと引き抜かれる。

 

「君を全ての因果律から隔絶する」

 

 バツン。

 

 鎧の映像認識機能が突如として停止した。

 

 続いて音声、赤外線、魔力波動、その他数十種類の観測機器が順次機能を閉ざし、不活性状態で凍結されてしまう。

 

 それでも无たる神はただ格納されていく概念域の内部から少年を見つめ続ける。

 

 しかし、それもやがては因果の断絶によって閉ざされ、何もかもが闇の底へと沈んでいった。

 

 *

 

 剣を消し終えた少年がまだ原型を留めているアイウィスの砕けた大地の一つに降り経つと足音が駆け寄った。

 

「イクスさん。良かったです……無事で」

 

「ありがとう。エストリア」

 

 胸の中に顔を埋めた少女の頭を撫でる。

 

「じゃあ、約束通り。帰ろっか?」

 

 少年が静かに告げた。

 

「はい……ぁ」

 

 傍らに倒れ込む男がエストリアの【OEDS】の内包する空間へと沈み込んで消える。

 

 今更のように自分の後ろに白い少女がいるのだと気付いて。

 

 エストリアの頬が僅か赤くなり、名残惜しそうにしながらも胸元から離れた。

 

「君のおかげで何とか勝てた……ありがとう」

 

 少年が烙南に頭を下げた。

 

「そんな、全部あ……イクス様、でしたか……貴方がした事ですから」

 

 思わず口に仕掛けて。

 

 何とか噤んだ烙南が瞳の奥を揺らめかせ、笑んだ。

 

「その……先程の手際は見事でした……周辺の事象を全て剣の結界内に入れ込んだ時も……」

 

「どうかな。僕に剣を教えてくれた人に比べれば拙くて。たぶん、見られたら叱られちゃうかもしれないし」

 

 謙遜ではなく。

 

 心底そう口にして。

 

 しかし、その彼女の顔すらも思い出せず。

 

 それでも感謝して。

 

 少年は二人の少女を伴い帰還しようと―――。

 

【ひひひ】

 

 彼等の前に大きな一枚の白布を巻いただけの姿で黄金の仮面を被ったダークエルフの少女が現れた。

 

 その手には剣が一本握られている。

 

 時が止まったかのような錯覚。

 

 イクス・ゼオが魔力刃で相手を切り裂くより、烙南が高速で編んだ魔術を打ち当てるより先に……刃が虚空に突き立てられる。

 

 決して特別には見えない鈍色の片手剣。

 

 だが、それが一体何なのか少年には分かっている。

 

 美紗が天使に飲み込まれた一件で【最従者(ディアコノス)】が後に回収したもの。

 

 神器。

 

 天使を天使に留める為の頚城。

 

 過去、教会が崇めて来た唯一神の残したもの。

 

 人の生み出した器物を模った力には幾つかの基本能力と固有能力が存在する。

 

 使い方によっては一つで十分に人類を滅ぼすに足るだろうソレが何をしたのか。

 

 少年は具体的な事は分からずとも最悪の事態だと咄嗟に烙南とエストリアの前に出た。

 

 剣の突き刺さった場所を中心に空間へ亀裂が入る。

 

 ギシギシと軋んだ末。

 

 呆気なく。

 

 空間を貫いた剣先が鎧を射止めて貫通し、五体を破砕した。

 

(助けた? 因果律の破断で完全に停止したものを無理矢理……っ)

 

 粉々になって概念域の何処かへと落ちていく煌めき。

 

 剣がゆっくり引き抜かれると。

 

 その先にあったものが剣先に吸い付くようにして現実へ舞い戻る。

 

 一つが10m程の長さを持つだろう白い円柱が数十本。

 

 規則正しく列を成して円を構築していた。

 

 明らかに大きくなった高格外套よりも巨大だが、空間制御を扱う機体に体積の不思議なんてあろうはずもない。

 

 その中央にあるもの。

 

 それは少年が無かった事にした重力崩壊(ブラックホール)とは別の……だが、同等の事象だった。

 

 高格外套内部に入れ込まれていた中枢。

 

 小さく小さく制御されるがまま静かな深淵を機構の中央で湛えている。

 

 それは間違い無く重力の井戸そのもの。

 

「イクスさん!? これって!?」

 

「―――」

 

 少年の背後でエストリアが【理想器(イデアライザー)】を構え、烙南は剣を持って顕れた相手の顔に息を止めていた。

 

「二人とも。後ろに……離れないで」

 

 何時に無く。

 

 余裕の無い少年の有無を言わさぬ背中に二人が身を寄せた。

 

「今から言う事をよく聞いて欲しい」

 

「え?」

 

「これから逃げる為の時間を十五秒間。必ず稼ぐから、まずは何も考えずに現実に帰還してくれないかな。その後、エストリアはアーギストさんに情報を全部渡して、一緒に対策を……」

 

「イクスさん。一緒に帰るって……」

 

「ごめん。少し伸びちゃうかも」

 

「なら、私も―――」

 

「それはさせられない」

 

 少女の声が遮られた。

 

「え?」

 

 少年が真っ直ぐに見つめているのは突如として現われたダークエルフの少女が握っている剣だった。

 

 その波紋は薄く黒い。

 

「僕が覚えてる限り、概念域で完全に迷子としたものを持って来られるのは“在った事無かった事にする力”しかない。二人とも、自分が何と戦ったか覚えてる?」

 

「それは“外なる神々”ですよね?」

 

 少年は二人の様子がまるで変わらないの確認し。

 

 この世でただ一人。

 

 その能力に左右されないからこそ、自分と相手の記憶の齟齬を生み出す原因を確信した。

 

「僕達が戦ったのは実際には高格外套。そして、あれは……あの剣に宿ってるのは……」

 

 周辺の空間がその奇蹟を呼び出す機構を前にしてオーロラ。

 

 いや、虹のような色を帯びて飾られ、小さな無数の星にも見える光点を全員を巻き込むように溢れかえらせた。

 

 それは薄らと波のような圧力を伴い。

 

 しかし、害のようなものは齎さず。

 

 チカチカと瞬いては無限に広がっていく。

 

 少年が核心を告げる寸前。

 

 何かが広がり続けるオーロラを切り裂き。

 

 更に三つの流星が機構の前で佇んでいたダークエルフの少女の傍を通り過ぎて止まった。

 

 魔力の燃焼が終了した途端。

 

 鋼の鎧が三体、内部から現われ、自らの持っていた剣がジワジワと消滅していくのを見て放り捨てる。

 

『おいおい!? 加護が全部溶けたぞ?! あの布何で出来てんだよ!?」

 

『おぉ? あれは……ふむ。拙いのぉ』

 

『緊急事態ね。アレ、五年前に消えたって言う天使が持ってた【源型(アーキタイプ・モールド)】じゃない』

 

 男と女と老人。

 

 三体の闖入者は高格外套達だった。

 

 その一瞬とはいえ、外なる神々なのだろうダークエルフに一撃を食らわせた手際に烙南が尋常ではない事態に現われた思わぬ天恵だと少年の思念に魔術で音声を伝達する。

 

『此処は七教会に任せて引きましょう。あの方達は……たぶん、相当な手慣(てだ)れです。高格外套がいるという事はこの異相に艦隊がいるかもしれません』

 

 少年達に気付いた彼等が少年を見て更に驚く。

 

『ちょっと待て。あのクソジジイ!? こんなとこに魔王がいるなんて一言も言ってなかったぞ!!?』

 

「?!」

 

 その声にエストリアが驚きに目を見張る。

 

『久しぶりね。こんなところでまた人助け?』

 

『お前さんら。よく見ろ。そこにいるのは全部とは程遠い』

 

『あん? そういや、ここまで弱くなってるとは聞いてねぇな。あ~そういや、五年前の一件で色々やったって話だったか?』

 

『でも、思い掛けず。良い拾物じゃない。逃げるついでに持って帰れば、ボーナスくらい出るかもしれないわね』

 

 三人の勝手な言葉に思わず反感を抱いたエストリアが喰って掛かろうとしたが、今はそれどころではないと烙南の手で制止された。

 

「その……悪いんですけど、ちょっと話を聞いてくれませんか?」

 

『変わらねぇな。そのいつでも余裕の面だけは……』

 

 男の声が皮肉げに嗤う。

 

「出来れば、此処にいる二人を逃げる時に連れて行って下さい。出来るだけ速やかに」

 

『記憶が有るのか無いのか知らねぇが、お前にくれてやる慈悲は欠片も無いとだけ言っておこうか』

 

「議論は要りません。とにかく、この場から二人を連れてすぐに離れて下さい。そのダークエルフの子が持ってる剣は……【白刀峯真円(はくとうほうまえん)】です』

 

『『『?!』』』

 

 三人が一斉に反応すると少年達の傍まで高速で移動し、予備なのだろう帯剣を腰から引き抜いて構える。

 

『クソが!? あの野郎!! 一番大事な事を隠してやがったな!!?』

 

『ハティア様のものだけを警戒してたから、対策用の術も用意してないわよ?』

 

『まぁ、良いじゃろう。魔王、お前の提案を呑もう。だが、問題が三つある』

 

「問題?」

 

 少年に老人の声がそうだと告げる。

 

『どうやら内部機構が露出しておるようだな……お主も薄々気付いているだろうが、あの機関にも奇蹟が内包されておる。ハティア様か。あるいは他の姉妹の方々か。とにかく、何れかの奇蹟がな』

 

「全部、こっちで引き受けてもいいですけど」

 

『……我等は奇蹟相手だろうと単騎で対処出来る。だが、奇蹟が二つに神器、【源型(アーキタイプ・モールド)】まで持った相手となると。三人でもまず敵わん』

 

「それで?」

 

『お前さんが嘘を言っているとも思っとらんし、疑いも無い。が、追ってこられる可能性を考えた場合、此処で叩き潰すか。あるいは撤退に追い込んだ方が現実的じゃよ』

 

「それは……」

 

『此処に付いてから計測し続けておるが、このアイウィスの限界も近い。後、この周辺の星とオーロラだが、気付かぬか? 少しずつ景色が遠ざかり、小さくなっておる』

 

「まさか、これって……」

 

 少年が老人の声にようやく未だ相手が仕掛けてこない理由を悟る。

 

『構えろ……此処が外なる神々が在りし、果ての先と同期するぞ』

 

「エストリア。全員が入る分だけでいいから、周囲にソレで空間を」

 

「わ、分かりました!?」

 

 少年に応えて少女が柄を高く掲げた。

 

「余白空間(サブ・クッション)を増築。ランチャー起動!! 空間創生―――コード【仙郷(ティル・ナ・ノグ)】!!」

 

 【理想器】の周囲に複数のエネルギーが輪(リング)状になって出現し、複雑に絡まり合うと一瞬で広がって全員を包むのに支障が無いだけの三次元式の方陣となって展開された。

 

 その内部にはオーロラも星も侵入していない。

 

 しかし、バチバチと陣の表層が雷光に彩られて衝撃が内部の空間を震わせる。

 

『あら、凄い……いいわねソレ』

 

 まるで切れ味の良い包丁に感心する主婦のような軽さで鎧を着た女が繁々と【理想器】を見つめた。

 

『空間を造る手間が省けたのは良いとして。どうする? あのお嬢ちゃんが何かし始めたぞ』

 

 今まで沈黙を保って、人間達を見ていたダークエルフの少女が楽しげな様子で剣を柱の機構が捕らえるブラックホールへと沈み込ませていく。

 

 すると、周囲の星が遠ざかって、星々の固まりたる銀河、更にその集合体である銀河団すらも一瞬の間に周囲から消え失せていく。

 

『奇蹟が複製出来るご時勢じゃ。あの機構の奇蹟が完全になっても驚かん』

 

『……解析したわ。法則変動が激し過ぎるわね。何をしてるのか知らないけど、このままだと拙そうよ』

 

『ふむ。こうなると突撃しかあるまい。四人で掛かれば、あるいは……だが、こちらには決定打が無い。奇跡をあちらの手から引き剥がすか。あるいは能力の発動を不全に追い込む手札が必要じゃな』

 

 ガチン。

 

 何かが方陣に衝突して、一際大きな衝撃が全員を揺さぶった。

 

 そのぶつかったものに視線を合わせた少年がすぐさまエストリアに言って、その相手を内部へと入れる。

 

『破損率88%。現在、全機能の三割が不全です』

 

【最従者(ディアコノス】。

 

 少年と繋がり続けている紫髪のハウスメイドは幾分姿を煤けさせながらも、そう感情も無く現在の能力を少年に告げた。

 

「ありがとう。此処まで来てくれて。外の状況は?」

 

『現在、ハガス内部において重力変動と時空間変動を確認しています。護衛対象全員に対しての防護は資源(リソース)の面から不可能だった為、協力者である赤鬼宗家の長女に結界への護衛対象の誘導を依頼。その後、所有者保護の原則に従い転移を敢行。途中、周辺空間の変動による誤差で位置情報を確定出来ませんでしたが、高位の法則干渉体による空間の安定が確保された為、転移が可能となりました』

 

 少年が最後に出てきた誰かに付いて聞かなかったのは何となくソレがいつも自分の頭を占領している相手だと分かっていたからだ。

 

 何かとお節介と言うか。

 

 妙に助けてくれているのは少年にしてみれば、ありがたい事この上ない。

 

「この間、回収した神器は?」

 

「どうぞ」

 

 彼の手に何処にでもありそうな木製の弓とダークエルフの少女が持ったものと同じ外見の剣が渡される。

 

『同じものが二つ? 複製か』

 

 老人に少年が剣を差し出した。

 

『たぶん、分割したものだと。他にも同じようなものがあるかもしれませんが、これなら能力の受け皿としては十分なはずです』

 

『やれやれ。こんな異相の果てで神器片手に奇蹟相手の大立ち回りかよ』

 

『愚痴らないの。超常の力の発現が意思によるものならば、その大元を縛る魂の頚城。神器は能力の入れ物としては最適。超常の力を奪う術式を乗せれば、可能性が無いわけでもない。この場じゃ、これが最善ね』

 

『と言っている合間にも同期が完了したようじゃな。では、其々の役目を果たそうか。全員が生きて帰る為に』

 

 少年の後ろで少女達があっと言う間に場を纏めてしまった少年の手腕に頼もしさを、重力崩壊を中心に据える機構とエルフの少女に畏れを感じながら、互いに頷いた。

 

 今、その場で必要とされるのはチームワークと生存確率を高める為の思考。

 

 そう彼女達も理解したからだ。

 

 ディアコノスがしばらくの機能凍結を告げると少年の外套に手を付けて、その内部に空間でも作ったのか。

 

 ズブズブと沈み込んで消えて行った。

 

「エストリア。悪いけど、此処で陣地を張ってて欲しい。たぶん、それが出来るのはエストリアだけだと思うから」

 

「分かりました!!」

 

「後、エストリアの護衛を頼んでもいいかな?」

 

 少年の視線に烙南が頷く。

 

「勿論です」

 

「色々と話したい事はあるけど、此処から戻ってからって事で」

 

「はい」

 

 そうして全員が見ている前で方陣の外が光さえ無い虚と化した。

 

 唯一見えるのは遠近感も狂った巨大な機構とダークエルフの少女のみ。

 

 他は大地も空気もオーロラも消え失せる。

 

「限界が来たら、この空間で補給を」

 

 少年の提案に三騎将は軽く答える。

 

『世の中、分かんねぇな。オレ達とお前が共同戦線とは』

 

『愚痴らないの。此処は命を掛けて戦う場面じゃないわ。どんな事をしても生き残って、この情報を持ち帰る。それが騎師の本分よ。陣地構築分の余裕も出来たしね』

 

『久しぶりの全力。老体には堪えるわい』

 

 前衛四人がダークエルフの少女の出方を伺った矢先。

 

【ひひ……準備、できた♪ あそぼ?】

 

 剣がゆらりと振り被られると同時に方陣の外へと飛び出した。

 

 同時に停止していた円柱群が回転、起動し始める。

 

 激突よりも先にアイウィスのあった座標には凡そ1Gの666倍の重力波が吹き荒れた。

 

 *

 

―――アイウィス境界域崩落地。

 

 極大の重力変動が周辺空間ごとアーギストとダークエルフの子供達を襲ったのは彼等を現実に送ろうとした刹那の出来事だった。

 

 転移方陣の緊急停止と同時に彼等は自分達のいる場所から流されて、現実のある異相上層部へと押し上げられた為、アーギスト以外の全員が猛烈な吐き気と死ぬのではないかと思うような三半規管の震えに膝を屈した。

 

 アイウィスの殆どが下層域へと剥落し、現実に程近い場所で結界に生存空間を確保していた青年であったが、瞬間的な重力への防護対策を終えたのも束の間。

 

 更に下層域から浮かび上がってくる物体を見つけて、【宇宙樹(ユグドラシル)】の揺り篭に更なる二重の方陣結界を敷設した。

 

 光の円環が二つ大樹を囲むように浮かび上がると高速で何かが激突し、枝に絡み合うようにして引っ掛かる。

 

「列車だと?! どういう事だ!!?」

 

 アーギスト以外の全員がそれどころではない為、驚いたのは彼だけだった。

 

 しかし、それだけに留まらず。

 

 彼等のいる異相の周辺にチカチカと魔力の転化光が瞬いては軌跡が描かれていく。

 

「今度は何だ?!」

 

 瞳に奔らせた魔術が捉えたのは大仰な隻腕の白鎧と白い外套を着た屍蝋の仮面の一騎打ち。

 

 未だ重力の異常が周辺の空間を埋め尽くしていて、四方八方にまったく違う値の重力が働いているにも関わらず、互いの剣を噛み合わせては鎧の主も外套の仮面も引かずに連撃を打ち込んでいた。

 

 その戦いはたった一秒で四十合にも及び。

 

 だが、それでも足らないと高速で飛び交いながらの機動戦へと移行していく。

 

 余計な長距離攻撃を行う暇など一切無い均衡。

 

 片腕で機動近接戦を行なう鎧も恐ろしく高度な技量だったが、外套を着た仮面の太刀筋は美しいと言える程、洗練されていた。

 

 淀み、甘さ、非合理性、何も在りはしない。

 

 余分を削ぎ落とした刀術は正面の如何なる場所からも襲い掛かる魔性の類に違いなかった。

 

 それを証明するように少しずつではあるが、無理な受けを続けた鎧の剣が煌めきを零し、刃を欠けさせていく。

 

「ク、ソがッ、ごほごほっ!? あ、アーギスト!! 今、何がどうなってる!!」

 

 ジルムスが最も早く回復し、横にいる親友に尋ねる。

 

『……繋がった。こちら、ハガス異相調査隊【境界踏征(オーバー・フラタニティー)】!! そちらの所属を明らかにされたし!! 現在、周囲にて仮面と高位術者が戦闘中!! 速やかな迎撃体制の構築を勧める!!』

 

『―――こちら、帝国陸軍特務輸送部隊所属【春雷(トニトルイ)】。状況を今一度報告されたし。こちらは観測機器が全てオーバーフローを起こし、機能の四割が停止中』

 

 壮年の男の声にアーギストの顔が歪む。

 

(次から次へと?! 南部の先進国がどうしてこんな場所に?!!)

 

 このご時世。

 

 帝政を強いている国は数あれど、帝国を正面切って名乗るような国は一つしかない。

 

 内心の驚きを押し殺して、もう一度アーギストが周囲の状況を伝え、同時に魔術を通して周囲の情報を列車内部へと送る。

 

『了解した!! 何? 映像の相手はハガスの人間なのか? 現在こちらで保護収容しているハガス所属を名乗る人員から報告があった。現在、白い鎧と戦っている白い外套は彼等の隊長だと』

 

『まさか?! 境界踏破部隊の隊長が侵蝕されたのか?! そちらの人員に変化はあるか!?』

 

『こちらの保護下にある部隊員に今のところ変化は見られない。繰り返す。変化は見られない』

 

『そうか。だが、彼等に異変があった場合は即座に空間凍結処理を施すか。分子運動停止結界の類を使え!!』

 

『分かった。その言葉、有り難く受け取らせてもらおう。現在、当列車は復旧作業中。三分後に全機能を再起動する。済まないが、それまで我が方の防護を頼めないだろうか。無論、君等の命を優先してもらって構わない』

 

『了解した。では、こちらからも頼みがある』

 

 アーギストは今も列車が絡まる大樹の中で気を失っている少年少女達を見つめる。

 

『現在、機体が引っ掛かっているのは複数の人が乗った【宇宙樹(ユグドラシル)】の幼木と思われる大樹だ。再起動するまでにそちらの人員でこの樹を牽引する準備をしてくれないか』

 

『大樹? 分かった。状況が混沌としているようだが、このような場では持ちつ持たれつ。君等も含め、この異相からの脱出準備を進める』

 

『感謝する。だが、その前にそちらから出せる戦力を知りたい。現在も送っているが、戦っている片方は術式のタイプから言って教会関係者。此処で見捨てると後々厄介な事に為りかねない』

 

『……把握した。現在、列車下部に備え付けられている火砲が何門か使える。後、戦闘員も出せるが、復旧作業に掛かり切りで十人が限界だ。人員には我々の国が開発した機動用装甲が貸与されている。少なく見積もっても大魔術師に引けは取らん』

 

『ならば、一時的に戦力をお借りしたい。現在の戦いが終われば、こちらが攻められるのは必定。動きを止めて一撃で片を付ける』

 

『何だと? ああ、ああ、そうか』

 

『どうした?』

 

『……隊員達が隊長を救って欲しい、と』

 

 アーギストが一瞬だけ言葉を選んだ。

 

『我々の命を危険に晒す行為だと説得出来ないか?』

 

『もうこちらの人員がやっている。だが……ああ、分かった。回収した部隊の総意として提案があった。我等を逃がす時間を稼ぐ代わりに開放しろとの事だ』

 

『………はぁ』

 

 思わずアーギストは溜息を吐いたが、横から袖を軽く引っ張られて、振り向く。

 

 其処には今までに無く厳しくも苦しげな顔の美紗がいた。

 

 ゆっくりと立ち上がった彼女が口元を拭いながら声を上げる。

 

「アーギストさん。境界踏破部隊の隊長は隊長はウル・エイフォン・バーゲルのお父上です。この状況で好き勝手を言うのがどれだけ危険かは重々承知しています。ですが、どうか……」

 

「―――もう言わなくていい。此処で見捨てて、今も下で戦ってる奴のやる気が失せたら、それこそ助からない」

 

 少年と深い関係にあるウルの父。

 

 命を危険に晒すのはまったく頂けない話だが、今現在最前線で戦っているに違いない少年の思いを踏み躙る事は実際、言い訳っぽく聞こえようと青年には取るべきリスクとは思えなかった。

 

 それ程に事態は逼迫している。

 

 妹からの通信は無い。

 

 下層域で何が起っているのか分からない。

 

 が、戦っている。

 

 少年は絶対に戦っている。

 

 そう、アーギストは確信してしまっている。

 

 だから、答えは一つだけ。

 

『こちら【境界踏征】隊長アーギスト・エス・トリア。これより、我々は【春雷】の防護に入る。尚、“可能な限り”戦闘人員を出して欲しい。この場から離脱するまでの数分間。我々は“脅威を沈黙させる為に全力を尽す”所存だ』

 

 通信は開きっぱなしになっている。

 

 こちらの詳しい事情は分からずとも言いたい事は伝わったはずだとアーギストが未だ戦い続ける鎧と仮面を密に観測し始める。

 

『了解した……では、人員を送る。尚、再起動後、二分で外の大樹を牽引する準備が出来る。それまでに全てを終えてくれ。当列車は再起動後、牽引準備が終わった時点で離脱する』

 

『十分だ。協力感謝する』

 

 アーギストが言い終る前に列車の各部が開放され、アーギストの張った結界内部に数十人の白い外套を着た男達と肉体の各部を鎧った男達が出てくる。

 

 鎧の色は黒と紅。

 

 その胸には十字架に止まる鷲が描かれていた。

 

 整列した境界踏破部隊の瞳には列車と大樹を背景に今も戦い続ける自らの長の姿だけが映っていて。

 

 アーギストが軽く呪言を詠唱して、出てきた全員の周囲に輪(リング)状の方陣を付与した。

 

「時間が無い。手短に手順を説明する。【春雷】組は相手をとにかく停止、凍結、捕縛する為の魔術をありったけ相手へぶつけて欲しい。効いたと思しき術式は即座にこちらで複製展開して追加する。時間も人員も足りない状況で危険(リスク)を最小限に抑える為、相手への行動は1回が限度だ。相手がどんな抵抗をしようが、結界と複数の凍結方法を同時に受けて無事なはずがない。相手の肉体と能力の停止が確認出来た時点で僕が空間凍結用の結界内部に取り込む。それまでの時間稼ぎを境界踏破部隊の君達にはして欲しい。今、君達に掛けた魔術は【崩燼機関】の寿命を極端に縮ませる代わりに限界機構(リミッター)を全て外す魔術だ。これで異相内部でも動ける。君達は相手を一秒でもいいから、必ず止めてくれ。後はこちらの領分となる。以上」

 

 急な事で連携が取れるとも考えていないアーギストは役割と単純化し、全てを短期間で終える為、隣の美紗とジルムスにも目配せする。

 

 言われずとも分かっているとばかりに二人は頷いた。

 

「……各員。状況開始」

 

 性別も年齢も関係なく。

 

 所属すらバラバラな全員が大樹の周囲に張られた結界から飛び出した。

 

『!!』

 

 今まで虚空で剣を振り続けていたレアが目を見張る。

 

 彼女の前で白い外套を着た獣人(ベスティア)が一人。

 

 恐ろしく速い仮面の連撃を全て受け止めていた。

 

『下がって。此処からは我等の領分です』

 

 一瞬、斬撃が緩んだかと思われたがそれは間違いだ。

 

 超高速で移動しながらの削り合い。

 

 相手の攻撃が緩んでいるのではない。

 

 距離が開いているというのが正しい。

 

 その理由は聞かずとも見れば分かる。

 

 仮面の周囲で熱線が乱舞していた。

 

 長距離砲撃用の【崩燼武装(ソルヴァス・アームズ)】だ。

 

 あくまで移動を制限する目的で放たれた熱量の檻を即座に離脱した仮面の手際は恐ろしく早かったが、その先には五人組みとなって近接武装を構えた者達が上下左右前後に控えている。

 

 まるで人で組み上げられた箱だ。

 

 その刃の一つ一つが狙うのは全て四肢。

 

 これを受けてはさすがに一溜まりも無いかとレアが僅か後ろへ下がって休もうとした時。

 

 迫った刃の大半が断ち割れた。

 

 ギャガガガガガガガガガガッッッ!!!

 

 砕け煌めく剣(つるぎ)の先で尾が九本。

 

 仮面の男の尾てい骨から生えていた。

 

 その先には今まで散々レアの手を焼かせた刀と同じ物が繋がっている。

 

【梁塵秘抄(はしばみ)】

 

 複製された名刀が繰り出す超高速の暴発斬撃が刃の殆どを切り散らしたのだ。

 

 人員に被害が出ていないのは単に斬撃が迎撃に全て向いていたからだろう。

 

 しかし、その尻尾の一本が半ばから黒い血を零していた。

 

「やはり、限界がある……」

 

『貴方は?』

 

 レアの横にいつの間にかアーギストがやってきていた。

 

 刀を使い物にならなくされた人員達が高速での移動中にも関わらずリーチの短い短刀を抜き出して、其々に襲ってくる尻尾の斬撃に対し、高速斬撃を合せて迎撃していく。

 

「失礼。教会の方にこう言うのも何ですが、あの化物はこちらに任せて欲しい。あの化物の事を彼等は誰よりも知っている。貴女は此処から速やかに退避するか。異相の激変が治まるまで何処かに待機していて下さいませんか?」

 

『……そうも行きません。我等の同胞がたぶんはこの異相の最下層にいる』

 

「では、更に貴方は下へ行くべきではない」

 

『どういう事ですか!?』

 

「今、下で私達の仲間が戦っている。命を掛けて、己の命運を掛けて。あの程度の相手に苦戦するような戦力を行かせれば、それは即ち死を招く」

 

『ッ』

 

 反発しようとしたものの。

 

 確かに彼女は片腕を失っている。

 

「反論があるなら、受け付けましょう。この捕り物が終わるまでなら」

 

『迎えに行かなければならないんです』

 

「それはこちらも同じだ。だからこそ、行かせるわけにはいかない」

 

『私が貴方達全員よりも強いとしても?』

 

「切り札が幾つあろうと。使い時も戦闘経験も殆ど無い人間には任せられませんよ」

 

『?!』

 

 見透かされた事にレアが唇を噛んだ。

 

「もしも、貴方が本当に教会の教義を信奉し、自らの力を正義と信念の下に使う人ならば、今この場から何とか生き延びようとする人々を見捨てて同胞を迎えには行かない。違いますか?」

 

『―――それは』

 

「旧教会派。大司教以上の位を授かる者は常に己を殺して真なる救済の為に動かなければならない。それは少なくとも、同胞よりも他者を優先する」

 

『貴方はッ―――?!』

 

「これが卑怯な言葉なのは分かっています。ですが、こちらも本気だ。生き残る為に……」

 

 レアが視線を俯けた。

 

「もしも、貴方が共に生き延びる為、力を尽すなら……こちらも相応の対価を払いましょう」

 

『対価?』

 

 アーギストは静かに呟く。

 

「今、この下で外なる神々と戦っているのは……この世界に“来るべき日”を齎す者」

 

『!!?』

 

「僕の名はアーギスト。アーギスト・エス・トリア。クルス・エストリアの息子だ」

 

『まさか、エス・トリア夫妻の?!』

 

「貴方が知っているかは知らない。だが、この場にいる以上、旧教会の悲願を塞ぐ事は出来ないはずだ」

 

『一体、どういう意味です?!』

 

「この下で戦っている彼は……たぶん、もはや紛い物ではない。本来の救済者だと言う事です」

 

『―――貴方は何処まで?! それにその事実は?! お父上から聞いたのですか?!』

 

 レアが【総主教(パトリアルヒス)】の秘密に迫る青年を前にして僅か下がる。

 

「父さんは何も教えてくれなかった。けれど、その研究が如何なるものであったのか。そして、このアルヴァスの現状、ハガスの危機、外なる神々、失われたはずの都市、大樹、旧教会派、他にもこの都市に集約された多くの欠片達を俯瞰した時、朧げながらも真実は浮かび上がる」

 

 アーギストは完全にレアを圧倒していた。

 

 その眼光に見透かされた彼女が思わず息を飲み込む。

 

「彼らと共に帰還をお願いします」

 

 彼女が答えるよりも先に満身創痍の境界踏破部隊の隊員達が殆ど組み敷くようにして血飛沫上げながら仮面の動きを完全に止めた。

 

 そのたった一秒の間隙へ。

 

 後方で大量に組み上げられていた魔術が無数の光弾となって放たれた。

 

 全天を覆う光の雨。

 

 それはさながら流星群。

 

 正に捨て身の隊員達ごと耀きは仮面を捉えた。

 

 爆音。

 

 実際の爆発の残響ではなく。

 

 仮面を強制的に停止させる無数の魔術が競合を起こしつつ、それぞれの威力を発揮し、それが仮面そのものからの干渉と鬩ぎ合っているのだ。

 

 その衝撃に肉体を檻としていた誰もが弾き飛ばされるも、ギチギチと悲鳴のような軋みを上げながら仮面と肉体が動けもせずに凍り付いていく。

 

『分子運動停止措置の効力確認!!』

 

 後方からの声に即座、アーギストが予め渡されていた魔術と同じものを汲み上げ、順次放った。

 

 それは肉体が完全に氷結したと思しき標的を更に捉え、二重三重に周囲の分子そのものまでも凍結し、空気中の水分を集めて氷柱と化した。

 

 ガギリと完全に停止した相手が動き出す前に彼が外套をバサリと翻す。

 

 すると、その内側へ柱が吸い込まれて消える。

 

「空間凍結完了」

 

 ドッと境界踏破部隊から歓声が上がった。

 

 アーギストはその様子に目を細めて、まだ次があると気を引き締める。

 

「貴方にはこれを」

 

 化物と化した部隊の隊長を今封じたばかりの外套がバサリと脱がれ、レアへと差し出される。

 

『何のつもりでしょうか?』

 

「これは使用者の魔力を還元して、作動する仕組みになっています。殆どの魔力形質の転換が可能であり、貴方にも使える」

 

『……救えと。そう、言うんですね』

 

「救わなければならない貴女の弱みに付け込んでいる事は重々承知です」

 

『貴方は……』

 

 たぶん、鎧の中で唇を噛んでいるだろう相手に頭を下げる事も無く。

 

 アーギストはキッパリと言い放つ。

 

「ここから先は空間制御に詳しい魔術師が必要だ。下で起きている大規模な異変を考えても、多くを危険には晒せない。行くならば、少数精鋭。そして、信頼出来る者が望ましい」

 

『……』

 

「貴方の良心を利用させて貰います」

 

『必ず、此処まで戻ってきます』

 

 手に取られ、外套が鎧に羽織られた。

 

 すると、アーギストの耳に【春雷】からの連絡が入る。

 

『いつでも出発出来る。大樹も後部に合金製の鋼線(ワイヤー)で括り付けた。後は外へ向かうだけだ』

 

「では、彼等をハガスまでよろしくお願いします」

 

『……そうか。君は残るのか』

 

「はい。やる事がまだ残っていますから」

 

『分かった。何も問うまい。そうだ……一つ頼まれ事を引き受けてくれないかね?』

 

「何でしょうか?」

 

『最下層に行くのだろう? もしも、其処で全身白い少女を見つけたら、可能なら助けてやって欲しい』

 

「分かりました」

 

『そうか。ありがとう……』

 

―――各員は速やかに登場口へ。

 

 外部スピーカーからの声に部隊の隊員達がわざわざアーギストに頭を下げてから乗り込んでいく。

 

 そんな場所からジルムスと美紗が返ってきた。

 

 ずっと、九本の暴発斬撃に掛かり切りで対処していた為、二人とも息が上がっている。

 

「お疲れのところ悪いが、これからが本番だ」

 

「ああ、そうかよ。こっちは連続戦闘のおかげで腕が攣(つ)りそうだぜ」

 

「アーギストさん。では、これから?」

 

 美紗の問いに肯定が返る。

 

「ああ、最下層に乗り込むぞ」

 

「此処で待ってなくていいのか?」

 

「それで何とかなればいいが、さっきの重力波動は尋常じゃない。此処には転移用のルート確保にありったけの魔術中核を置いて行く。列車の人員にも同じものを複製してもらってばら撒いて貰う手筈だ。現実までの道筋だけなら心配は無いだろう。それよりも問題なのは……」

 

 周辺を見つめる青年の目が厳しくなった。

 

「空間が持つかどうかですか?」

 

「そうだ」

 

「あん? どういうこったよ?」

 

 美紗に頷いたアーギストが周囲の転移用の方陣を起動しながら、現在の状況を語る。

 

「目印は幾らでも置いていけるが、道そのものが無くなるかもしれないって事だ」

 

「マジかよ……」

 

「アイウィスの崩落と共にかなりの速度で時空間の歪みが拡大してる。これはたぶん都市の要(かなめ)である要素(イデア)の変動が原因だ」

 

「イデア?」

 

「この世界の構成因子。つまり、世界そのものを形作る概念だ。だが、それは一定の術者によって顕された時、または均衡が崩れた時、目に見える事象として出力される。つまり、アイウィスが存在している理由が何かしらの原因で崩壊しつつあるのかもしれない、そういう事だ」

 

「何にせよ。行くんだろ?」

 

「分かってるじゃないか相棒」

 

 二人が揃って苦笑した。

 

「行きましょう。二人を助けに」

 

「ああ」

 

「やってやるか。まだ、死んじゃいねぇだろうしな」

 

 青年達が頷いた。

 

「これからの転移は少し長くなるぞ。周囲の空間を一時的に再構築しながら進む。これで帰り道が残っていればいいが……」

 

「残ってなくても行く癖に。やるんならさっさとやれ」

 

 妹が残っている以上。

 

 それを見捨てて逃げるなんて、アーギスト・エス・トリアには在り得ない。

 

 そんなのはジルムスにとって言うまでも無い事だった。

 

「行くぞ。3、2、1、転移開始!!」

 

 全員の姿が消えたと同時に列車が出発し、その巨大な後部に牽引する大樹もゆっくりとダークエルフの少年少女達を乗せて動き出した。

 

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