※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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第三章七十一節

第三章七十一節「奇妙な凶旅Ⅰ」

 

―――アルヴァス南東部避暑地。

 

 夏の日差しが強まり、建国祭も近付いて来た時節。

 

 俄かに活気付く場所がある。

 

 国でも一、二を争う保養地として涼やかな風を売りにしているバカンスの本場。

 

 それがエゼ・デシェだ。

 

 西部の中でも荒地が多いアルヴァスにおいて肥沃な土地と言えば、其処を指すのが殆どだろう。

 

 大規模な丘陵地帯が広がっている高地は育つ農作物に偏りこそあれど、農耕地としては一等地であり、農業従事者達には人気だ。

 

 そんな彼らの夏場の副業が避暑地へ来る観光客に対して宿や土産を提供する観光業者というのは何も珍しい話でもない。

 

 東部や南部に比べれば大した事の無い恵みの山系だろうと雄大な自然には変わりない。

 

 アルヴァスの亜人達にしてみれば、其処こそが豊かな大地そのものなのだ。

 

 山岳部は東西に10km程続くが、険しいものではなく。

 

 傾斜地には緩い折り返しの階段と日当たりの良い立地を生かした別荘が立ち並ぶ。

 

 道を往く亜人達の合間には人間奴隷達も行き交うが、長閑な僻地に亜人と人間の差を意識するような雰囲気はまったくない。

 

 アルヴァスは奴隷達にも寛容な比較的豊かな国として見られているが、その中でもエゼ・デシェは人間国家との国境沿いである事も相まって、人間奴隷に関し“借金を背負った隣人”くらいの感覚で共に暮らしている。

 

 五年前、奴隷の大量流入が起こる以前から農耕用に亜人、人間問わず奴隷を購入していた農家は数多かった為、それらの者達にしてみれば、奴隷と言えど借金を返し終われば対等な関係として見られたのだ。

 

 そのまま居心地の良さに釣られて帰化し、現地へ骨を埋める者も多い。

 

 そもそも人間社会における元奴隷の地位は発覚しただけで国によっては恐ろしい事になる。

 

 一度自分を買い戻せたのだから、もう一度奴隷として売り飛ばしても高値が付くだろう。

 

 との悪辣な思考は犯罪者に限らず。

 

 未だ根強い差別感覚が残る国では当たり前のものとして人々に認識されている。

 

 故にそういった故郷や国に見切りを付けた人間達も相当数いるのだ。

 

 そんなわけで亜人ではないが、帰化者として農地を経営する二世、三世、四世、大昔からの人間の定住者達は亜人の中に溶け込んだ存在である。

 

 相対的に混血の比率が高くなり、人間の容姿に近い“九十対十”も多くなるが、特別に亜人側から地域が差別される事も無かった。

 

 人間側からしてみれば、人に近い方が近親感が湧く。

 

 国境沿いで貿易の中継地でもあるという条件も相まって、亜人達も人間達との交流地域へ大っぴらにはお前等は差別対象とは言えなかったのである。

 

 そんな一種の暗黙の了解が存在するエゼ・デシェは人間にも亜人にも等しくサービスを提供し、貴重な外貨を稼ぐ優良な避暑地として隣国や遠国にも名高い場所として成立していた。

 

「イクスさ~~ん。合宿楽しみですね♪」

 

 国内でも整備され始めた自動馬車のハガス乗り合い所から合計十二時間。

 

 近頃整備されたエゼ・デシェ唯一のターミナルに降り立った少年少女青年合わせて9人は夏の日差しと共に吹く涼やかな風に肩の凝りを解して、辺りを見回した。

 

 少年が美紗の家に泊まってから三日後の事である。

 

 ハガスが建造物に亜人貴族主義における潔白を表す白というカラーリングを多用するのに対し、現在地は赤色と原色に近い黄色や緑とカラフル極まる色彩で街を縫っている。

 

 丘陵地である為、なだらかな傾斜地に大通りと複数の小さな通りが坂を下るように並んでおり、商店や土産物屋の他、道端には魔術で冷やした甘味や飲料水を売る露天が軒を連ねていた。

 

「初めて来たが、此処に来たくなる奴の気持ちが分かるな。ハガスより四度か五度、気温が低いんじゃねぇのか?」

 

 晴れ上がった空の下。

 

 制服を着崩した無敵番長ジルムス・デダルはいつものコサージュ付きの帽子も無い頭を撫で付けて、しばし自動馬車内の狭さから開放された心地良さに浸っていた。

 

「ああ……イクスさんと一緒に旅行なんて夢みたいです♪」

 

 気持ちいつもの三倍マシくらいにニコニコと上機嫌な少女ハイダル・エス・トリアは少年の左脇にピトリと付いて、楽しげに周囲を見回す。

 

「イクス。凄いわ。此処……凄く綺麗」

 

 今まで見た事の無い世界に目を丸くしているのは少年だけの女給、奏璃紗だ。

 

 その手は逸れたら危ないから、なんて建前でしっかりと右手を掴んでいる。

 

 辺りを行き交う家族連れは多い。

 

 商店や道端を賑わすのは殆どが亜人貴族や隣国から来た人間の旅行者だ。

 

 名誉亜人のプレートこそ下げていないが、旅行者の人間達は奴隷との区別は行なう為に服の袖に細いピンでトリコロールのリボンを付けている。

 

「良かったですね。璃紗……熱いですから、何か飲み物を買ってきましょう。イクスは何がいいですか?」

 

 そう璃紗に言って、いそいそ近くの露天に飲み物を買いに行ったのは少女の姉にして元貴族警邏隊所属、大貴族にして正義の使者、奏美紗である。

 

 天使に侵蝕されていた時の後遺症も無く。

 

 今は少年にも砕けた様子の彼女。

 

 その三日前からの変わり様に朝から驚いたのは何も妹だけではない。

 

 理由がきっと少年との関係改善(まじわり)だろう事は周囲の女性陣には理解出来た。

 

 しかし、今日はハレの日だ。

 

 旅行初日である。

 

 わざわざ嫉妬ややっかみ全開で健全じゃないハーレムの主(ほぼ事実)を攻めるのもどうかと誰の口にも自主的封印が施された。

 

「イクス……宿はあちらです。行きますわよ」

 

 むぐにゅ。

 

「あ、うん……」

 

 少年の背中に恐ろしく巨大で柔らかで母性の塊が押し付けられる。

 

 超乳銀ドリルにして根っから真面目な武芸術部部長、狐娘ウル・エイフォン・バーゲルの胸だった。

 

「「「………」」」

 

 璃紗、美紗、エストリアの三人がジットリとした視線で少年を見た。

 

 主にウルのおかげで旅行に赴ける事となった彼女達に此処で否というだけの気持ちは無い。

 

 だが、彼女達には圧倒的に欠けているボリュームを押し付けられて、少し頬を赤くした少年を内心で詰ったからと言って誰も責められはしないだろう。

 

「ふふ……」

 

 艶やかに耀く巻き髪と視界に収まる限りの男性陣が思わず目を奪われるだろう豊満な胸部。

 

 背の高さも相まって高値の華と言われてもまったく違和感の無い彼女こそが今回の旅行の主催者だった。

 

 緑炎騒動の後。

 

 西部最大の大会で優勝という錦を飾ったアルヴァス・カレッジ武芸術部には大会目録が遅まきながらも渡され、その中には団体でのエゼ・デシェ宿泊権が付いていた。

 

 本当はかなりの大人数を想定していたらしく。

 

 定員は数十人。

 

 しかし、実際に勝ったのは部員四人のマイナー系な武芸術部。

 

 二日前に行こうと誘われた少年を筆頭に旅行に興味があった人数を入れても八人。

 

 余りに余った部分が勿体無いと思っていたら、今回は参加を見送ったエンシェンが宿側と掛け合って、その分の料金を部屋や料理に宛がい、全体的に旅行を豪華にという事で妥協が図られたらしい。

 

 アルヴァスがゴタゴタしている今、これからそんな風に旅行へ行ける日が来るかは分からない。

 

 だから、思い出を作っておけと赤鬼宗家の長女はウルと少年に前日連絡していた。

 

 そうしてプランの変更は最速で行なわれ、少年少女の楽しい夏の戦勝会。

 

 学校への建前的には夏合宿という体の小旅行と相成ったのである。

 

「イクス。行こう。ゴハン、楽しみ♪」

 

 最後に大きな旅行鞄を持って馬車から降りてきたのは今や一躍学食の妖精として名が売れたユニコーン?少女シルルゥ・ゼオとエンシェンが連れて来た猫耳新人部員ユアル・ラオだった。

 

「良い場所だな。ゼオ」

 

「うん」

 

「「「「………」」」」

 

 ユアルとさっそく仲良さげに話す様子をシルルゥ以外の四人の女性陣が再びジットリとした視線で見ていた。

 

 その内心は乙女心というものに一番程遠い位置にいるジルムスからも明白だ。

 

 ハイダル・エス・トリア。

 

『いつの間に仲良くなったんですか。どうしてすぐに女の人と仲良くなれるんですか。それとも女性を惹き付ける変な波動でも出てるんですか!! まったく……イクスさんは(ぶつぶつ)』

 

 奏璃紗。

 

『どうしていつもイクスは知らない間に女の人と仲良くなってるの? 普通、もっと時間が掛かるものなんじゃないの? 本当に不思議だわ。どうして、イクスの良さが分かる女の人って可愛い人ばっかりなの(ぶつぶつ)』

 

 奏美紗。

 

『イ、イクス・ゼオ!? また! また女性を毒牙に!?! こ、こんなに沢山の女性が貴方の周りにはいるのですから、少しは自重してはどうですか!! そんなだから、またカレッジでハーレム王とか不名誉な綽名を(ぶつぶつ)』

 

 ウル・エイフォン・バーゲル。

 

『何なんですの!? いつの間に仲良くなったんですか!? わ、わたくしが知らない間に仲良く為り過ぎではなくて!? こ、こんなにもわたくしが内心の恥しさを我慢してアッピールしているというのに貴方と来たら(ぶつぶつ)』

 

 背筋に悪寒を走らせつつ、少年は視線に気付かないフリでさっそく宿屋へ行こうと全員へ告げた。

 

 そんな時、不意に『ファ~~~』と大きな欠伸がイクス・ゼオの頭上で上がる。

 

「あ、ネコさん。起きた!」

 

 シルルゥが今も少年の猫の額程の部分を占領する黒い物体。

 

 学校周辺では黒い傍若無人(主に自分のマスターに対して)なる精霊と評判な黒猫クヲンの背中を背伸びして撫でた。

 

「ま~を~」

 

 いつもよりも気の抜けた返事で返したクヲンが涎をダラダラと額へ垂れ流し始める。

 

「あの、本当に出来れば止めて欲しいというか。せめて、鞄の上に乗って欲しいというか……」

 

「まぅをぅぅぅぅ~~~~~」

 

 完全にだらけた様子。

 

 もう露骨に少年の言葉を聞いていない真っ黒な化身(アバター)少女は小さな身体を更に縮こまらせ。

 

 あ~~気持ちいい~~眠い~~~寝よう………zzzz、というような状態で再び快眠へと落ちていった。

 

 その姿がユーモラス極まる為か。

 

 周囲の家族連れ。

 

 特に小さな女の子達からは大人気だ。

 

 『パパーあれ欲しい』とか。

 

 『可愛いネコさんだ~』とか。

 

 ウルの胸部に釘付けとなって伴侶から睨まれている男性陣が多少場の空気を引き締めてこそいたが、それにしても長閑だった。

 

「とにかく行きますわよ」

 

 部長の号令に合計9名の旅行者がイソイソと大通りから程近い宿屋まで歩き始める。

 

 道中、人間基準では見目麗しい少女達の団体にちょっかいを出そうという男達。

 

 主にチャラそうな人間亜人問わず若年層が声を掛けようとしたが、その度にジルムスの偉容と視線を受けて挫折していた。

 

 結局、最後まで完遂した者は誰一人としていないという結果が彼を積極的に旅行へ参加させようとしたエストリアの兄、アーギストの思惑を顕している。

 

 蟲避け代わりにされた事は内心知っていたが、別に大した手間ではないとジルムスは観光地を愉しむ気満々で道中左右にある商店や土産物屋を視線だけで物色していた。

 

「確か、此処を曲がれば、すぐですわ」

 

 ウルが先導し坂を上がって数分。

 

 古風(アンティーク)で瀟洒な旅館の連なる一角に彼らの宿はあった。

 

 鄙びた風情。

 

 色彩鮮やかな樹木と野花に抱かれた景色に埋もれた館の名は【祭楼館(さいろうかん)】。

 

 隠れ家のよう風情が漂った一角は亜人や人間よりも小鳥や蝶のいる方がしっくりくるような場所だった。

 

 三棟立ての部屋は全て坂の下に広がる街並みを見られる好立地。

 

 玄関口には客を絞っているのか。

 

 全館完全予約制との文字が書かれてある。

 

 中に入った九人はさっそくフロントでチェックインするとすぐ部屋の方へ通された。

 

 蒼い肌をした俗に【立鳥(ペンギン)】等と呼ばれている短足、短腕の水生系鳥型亜人に付いていく事三分。

 

 案内された最上階のロイヤルスイートルームは九人でも十分な広さだった。

 

 璃紗、シルルゥはさっそく街を一望出来る景色の良さに目を奪われ、窓際ではしゃいでいる。

 

 エストリアと美紗とユアルはようやく一息付いた様子で全員の旅行鞄を寝室に運んでいき。

 

 ジルムスは既に寛いだ様子で幾つかあるソファーの一つに腰掛け、【崩燼機関】製の小型冷蔵庫から取り出した瓶の蓋を指で弾いてグビリとやっていた。

 

 そのラベルは未成年お断りのシールが張られている。

 

 氏族や亜人の種族ごとに合法可能年齢は違う為、誰も気にしてはいないが、完全にバカンスモードだ。

 

「イクス。良さそうなところね」

 

「うん。凄い景色も良いし……誘ってくれてありがとう。ウル」

 

「そ、そんなお礼を言われる事は……そもそも、わたくしは何もしてないし、あの大会で勝ったのは貴方とエンシェンで……」

 

「でも、きっとウルに誘われなかったら行こうとは思わなかっただろうし」

 

「……分かりましたわ。その感謝、複雑ですけれど受け取っておきます……」

 

「うん」

 

 少年が穏やかで艶やかな笑みに僅か頬を掻き、武芸術部部長はほんのりと染まった頬で微笑んだ。

 

 旅行という事でウルはいつもの制服姿ではない。

 

 白いレース地で袖の絞られたワンピースを着込んでいる。

 

 ゆったりとソファーに座った彼女の胸がフルンと揺れて、少年は少しだけ視線を俯ける。

 

 いつもならば、自分の大きくなった胸部を恥しそうに隠して控えめなのだ。

 

 それが今日は微妙に色気が漂っている。

 

 そのせいで道中、前屈みの男性を量産してしまった。

 

 雰囲気が変わったと言って差し支えないだろう。

 

 全体的に柔らかくなった。

 

 だが、それだけではなく。

 

 何処か落ち着きを見せたウルが自分に何かを告げようとしている事が何となく少年にも分かっていた。

 

 そも、最初は少年だけをその小旅行に誘っていたのだ。

 

 武芸術部の夏場の活動を話し合う場でエンシェンが持ってきた話題がソレだった。

 

 夏の日差しを遮る巨大な日傘の下。

 

 カフェでお茶をしつつの日程詰め。

 

 話を聞いたユアルも最初あまり興味は無さそうだった。

 

 行きたい奴だけ行けばいい、とのエンシェンの話に食い付いたのは空気を読んだ璃紗ではなく。

 

 少年が街に出ていると聞いて、探しに来たエストリアだった。

 

 それからあっと言う間に何故か少年の周りにはいつもの顔が集まってきて、ガヤガヤワイワイと話している内に武芸術部御一行様(部外者半分)の旅行日程が組み上がった。

 

 エンシェンは仕事があると辞意を示し、アーギストは屍蝋の仮面とアイウィスの動向を見守る為にハガスを開けられないと【境界踏征】の仲間内に告げて、妹へ愉しんでくるよう言って残った。

 

 ついでにマヲーといつもの黒猫が少年の頭にスタンバイすれば、もう何処からどう見ても頭に変な泣き声のする黒い物体を乗せた少年と愉快な仲間達の出来上がりだ。

 

 ウルが途中で全員の帯同を断らなかったのは部長としての考えもあったのだろうが、自分に伝えたい何かを言い出すまでの時間が欲しいという事なのかもしれないと少年は理解していた。

 

 そんなわけでウルと実質2人切りの時は自分から話しかけてみよう。

 

 そう決めていた唇が言葉を紡ごうとして。

 

「イクスさ~ん!! 凄いですよ!! 寝台がフカフカです!?」

 

 子供のようなはしゃぎようのエストリアの声が室内に響いた。

 

「「?!」」

 

 どちらも共に機を逸したか。

 

 ウルはいつの間にか取り出した日程表で顔を隠しているし、少年にしても苦笑気味にエストリアへ応対し始める。

 

「……オレには分からねぇ世界だな」

 

 グビリとその全てを見ていたジルムスはもう二本目になる瓶を空にしながら、冷蔵庫から出した甘味。

 

 主に地域原産の熟れた果実を齧りつつ、ボソリと呟いた。

 

 *

 

 山岳部の高地というのも相まってエゼ・デシェは単なる避暑地以上の売りがある。

 

 少し遠い場所に休火山があるのだ。

 

 今は殆ど活動していないという事で現地民からも忘れ去られそうな場所だが、その地形のおかげで市街地には温水が豊富に湧き出るのである。

 

 夏場の気温が如何に低い土地だろうと、夜になれば多少冷えるものだろう。

 

 が、各家庭、各建造物の下を通る用水路が湧水池から温水を供給し続けている為、街は年中適度な湿度と温度を保ち続ける事が可能となっていた。

 

 飲料水及び生活用水は井戸を掘って確保している為、それらの温水は街の下層域にまで汚染される事なく流れ、現地民と旅行者が無料で入れる娯楽施設の目玉となっている。

 

 そこで消費された水もまた濾過の後に下流域へ流され。

 

 穀物の脱穀や粉砕の動力として無駄なく使われていく。

 

 そんな街の在り方は【崩燼機関】が普及してからも然程変わっていない。

 

 極力生態系に配慮した、というよりは古からの先人の知恵。

 

 実りの少ない国が自らの持続可能性を追求した答えの一つがその街造りと言って差し支えない。

 

 そういう素朴ながらも技術に染まり切る事の無い場所に一時の安らぎを求めてやってくるのは正しく亜人も人間もまったく変らない話だろう。

 

 部屋に荷物を置いた一向は休憩を挟んだ後、街の上部にある施設の一つへ赴く予定となっていた。

 

 本日は貸切。

 

 夜になるまで遊んで欲しい。

 

 にこやかなフロントでの説明から十分後。

 

 少年を中心にした彼女達の姿は施設の温水遊興施設の中に―――無かった。

 

 彼らの姿があったのは水着を売っている街の中部の大型商店。

 

 その一角。

 

 本来、施設に来る際は水着持参との事。

 

 水着は貸し出されるものだとばかり思っていた一行は思わぬところで躓いていた。

 

「イクスさん! どっちが可愛いですか!?」

 

 清楚な蒼いスカートにブラウスを合わせたエストリアが左に際どい薄紅色のビキニ、右にセパレートタイプの中央諸国でも標準的な水着を掲げた。

 

 ビキニの方は当然の如く紐で結ぶ仕様。

 

 “地方では”ビキニより控えめだとしても露出度が高いと言われるに違いないセパレートタイプには小さな花柄が控えめに印刷されている。

 

「イクス!! どっちがいい!!」

 

「イクスはどっちがいいの?」

 

 シルルゥと璃紗が左と右に同じ水着を持っていた。

 

 右は幼年者用の身体全体を覆う子供っぽい水玉模様のもの。

 

 左は両胸を白く薄い正方形の布地で隠し、首と左右の紐で止めるもので股間の方は同じ色のビキニタイプだ。

 

「ゼオ。どっちがいいと思うか教えて欲しい」

 

 それなりに豊満な胸部を持っていた(着痩せは敵という瞳で身体に“余裕の無い”少女達がジットリとした視線を送っている)ユアル・ラオは左に亜麻色のビキニ(遠目には肌色にしか見えない……)と右にレースで縁取りされた紺色のアダルトな雰囲気漂うビキニ、という二重に困りそうな品を突き出す。

 

「ママヲマヲーッ!!」

 

 続いてババーンと登場したのは何故か南部の蟲翅を張り合わせた中身が見えてしまうんじゃないかという見えそうでやはり見えてしまうに違いない虹色に耀く水着を纏うクヲンだった。

 

 もう選んだ見ろと言わんばかりである。

 

 後ろでジルムスが店員に現金を支払っているので、買わされたのだろう。

 

 何でオレが……とブツブツ呟いているのが少年の耳にも聞こえた。

 

 途中でサクッと本人が出てきた辺り、実はとても楽しみにしていたのかもしれない。

 

 普通に全裸の露出狂な黒い亜人少女をササッと水着売り場の横に設置されている着替え用カーテンの内部に隠したのは少年であり、後でジルムスに支払わなければならないのは確実である。

 

「イクス……その、どちらがいいのかしら?」

 

 満を持して登場したのはウルだ。

 

「お、教えなさい……///」

 

 薄らと頬を染めて。

 

 しかし、何処か嬉しそうに堂々と。

 

 その手には手には二つの水着が下げられている。

 

 左は……何故か薄紫色の太腿にガーターベルトが装着されたビキニ……というよりは下着のようなレース地の一品だった。

 

 問題なのは生地の薄さである。

 

 見える。

 

 絶対に見える。

 

 いや、見せますから、後でゴニョゴニョ……そんな言外の意が表されている。

 

 よくよく水着のちょっと大きな値札を見てみると『下着としても使えます。布地は簡易の魔術での脱着が可能です。外した場合、レース地の部分のみでご利用下さい』とある。

 

 敢えて少年は値札にツッコミを入れなかったが、要はそういう事だ。

 

 水場で男女の営み用に開発されたらしい中央諸国風の水着は殆ど性の道具と変わらなかった。

 

 恐ろしく豊満な我侭ボディーを持て余しているウルがそんな水着を着ているところを想像してみれば分かるだろう。

 

 明らかに娼婦の類か。

 

 または単なる痴女である。

 

 布地部分が外されたら、そのまま少年は水辺で“突入”せざるを得ないだろう。

 

「………」

 

 右に持たれているのは、明らかに糸だった。

 

 身体を隠すものを常識の範囲で布や布に近い働きをする物体で代用するのはまだ分かる。

 

 仮にそれが紐であったとしても、少年はまぁ……理解のある方だ。

 

 しかし、ウルが持っているソレは明らかに隠す意図が見受けられなかった。

 

 何故か?

 

 ビキニの布地部分が全て糸を何本も一方向だけに通した代物だからだ。

 

 あまり起伏が激しい体付きで無ければ、時折チラチラと水に濡れて張り付いた糸に浮き出る性器の形や僅かな肌が男心を擽るだけで済むだろう。

 

 それですら、まったく持って娼婦用と言って差し支えないが、それを着るのがウルである時点で何一つとして水着という概念とソレは掛け離れてしまう。

 

 きっと、水辺でしっとり張り付いた糸の隙間から薄桃色のふっくらとした乳首や乳輪が見えてしまうのは確実だし、股間は糸が肉感的に食い込んで隠しているのか強調しているのか分からなくなるのは間違いない。

 

 さすがにこれ程積極的なのはおかしいと思った少年が、ウルの顔を覗き込むと何処か瞳がぼぉっとしていた。

 

「……ウルさん?」

 

 美紗が最後の出番とばかりにスタンバイしていたが、異変を察してすぐ水着を元の位置に戻し、少年とウルの方へ戻ってくる。

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、ウルの様子がちょっと」

 

訊ねた美紗に少年が答える。

 

「何……イクス?」

 

 やはり、危険な水着を持ったウルはぼ~っとしていた。

 

「……少し触るから」

 

 少年の手が額に当てられて、まるで糸が切れたようにパタリとウル・エイフォン・バーゲルの身体が崩れ落ちる。

 

「ウルさん!?」

 

 エストリアが駆け寄り、他の面々も集まった。

 

 首筋や脇の熱を測った後、顔色こそあまり変わっていないが確実に体温が高いウルを少年は風邪と判断した。

 

「我慢してた?」

 

「い、いえ、そんな事は……」

 

 自分が病気だなんて信じられない様子で今一実感の湧いていないウルに休むよう念押しし、店内の椅子に座らせた少年が全員を前にして振り向く。

 

 さすがにこの症状を放っておく事は出来ないと、少年は宿に取って返す為に一時離れる旨を言い置き、後で合流すると約束して、ウルに付き添い店舗を後にした。

 

「イ、イクス……わ、わたくしなら一人でも……」

 

「いいから。病気かどうか判断するにしても、宿に帰って落ち着いてからの方がいいだろうし」

 

「……ごめんなさい」

 

 トボトボと顔を俯けてウルが旅行を台無しにしてしまったと言わんばかりに落ち込んだ様子になる。

 

「あんまり、暗くならない方がいいと思う。皆、迷惑だなんて思ってないだろうし」

 

 坂をゆっくりと上がって行けば、十分程で宿に再び到着した。

 

 まずは横にしようと部屋に帰った少年はすぐにウルを寝台に寝かし付け、その横の部屋で通信用魔術を起動して相手を呼び出す。

 

『どうかしたのか?』

 

 すぐに出たのはアーギストだった。

 

 映像の先は彼の私室。

 

 其処で何やら薬品を調合していたのか。

 

 辺りには煙が漂っている。

 

「それが……」

 

 話して症状を説明し、数分。

 

 フムと頷いた青年が近くにあったビーカーの中から小さな水晶の欠片のような耀く鉱石を取り出すと、足元の床に叩き付けた。

 

 パキャァァン。

 

 硬質な破砕音と共に床で魔力の燐光が奔り、フッと消滅する。

 

「まったく人の仕事を増やしてくれる。だが、そうだな……彼女の契約は未だ続いているし、肉体の変化に付いて詳しく、様々な症状を診断出来るのは今のところ僕だけだろう。しばらく、其処で待っていてくれ」

 

 青年が部屋の中にいた。

 

 映像の中の部屋には既に何も無い。

 

 長距離転移。

 

 それもピンポイントでの精密跳躍。

 

 魔力の流れすらも感じない。

 

 動力を完全消費する事であらゆる魔力感知からも逃れてみせる隠密性にも優れた空間魔術の片鱗、そんな尋常ならざる力に少年が思わず目を見張った。

 

 今までアーギストの凄さは仲間達の誰より知っているつもりだったが、明らかに前までの腕とは違う。

 

「強くなりましたか?」

 

「この間の一件で色々あって、たぶんそのせいだろう。調子が良過ぎて逆に気持ち悪いが、今だけはありがたいな。観測はリアルタイムで行っているが、ハガス内部にいないと危機を見逃す危険性もある。早めに帰るから、そのつもりでいてくれ」

 

「ええ」

 

 スタスタと絨毯を歩いて隣室のドアを潜っていく背中は少年に今までよりも逞しく見えた。

 

 それから数分後、診断が終わって本人に症状を告げ終えたアーギストは再び転移で即行ハガスへと舞い戻った。

 

 妹には自分が来たのは秘密にしてくれ、というのは開放感をワザワザ邪魔する事もないという配慮か。

 

 寝台横の椅子に座った少年へウルは身を起こして何処か言い辛そうに診断結果を話し始める。

 

「それでどうだった?」

 

「その……」

 

 言い淀んで二十秒程、沈黙が続いた。

 

「魔力が足りないせいだろうと……」

 

「魔力が?」

 

「はい。この場合は精気と言った方が良いと彼は言っていましたわ」

 

「何か此処に来る直前に大きな魔術でも使った?」

 

「いえ、その……」

 

 言い辛そうに何処かソワソワしていたウルが俯けていた顔を上げる。

 

「……お腹の子が……欲していると……」

 

 ついに言ってしまった。

 

 そんな顔で頬が赤く染まった。

 

「……そっか」

 

 キュッと少年がウルの手に手を重ねる。

 

「ありがとう。ウル」

 

「っ……お、驚かないの? わ、わたくし……妊娠して……あ、貴方の子を……」

 

「驚いてるけど、それより嬉しかったから」

 

「ぁ……」

 

 少年の腕がそっと身体を抱き締める。

 

「ごめんなさい……すぐに言えなくて……」

 

「謝る事じゃないよ。気付いてあげられなくて、僕の方こそ悪かったと思ってる」

 

「あ、あのね。イクス……その……アルゥ様から、色々と言われているの……」

 

「アルゥさんから?」

 

「ええ、あの方には全部見通されていたから、その……もう少し先になるだろうって……教えて貰っていて」

 

「もう少し先って、今の状況の事?」

 

「そう。近頃、相談していたのだけれど、私の身体の事を一目見て、これから先そういう事があるかもしれないと仰っていたわ。力有る子を宿した女には儘ある事だからと、そういう時の対処法も一緒に教授してくださって……」

 

「そうなんだ。じゃあ、口付けとかで治るかな?」

 

「///」

 

「ウル?」

 

「……アルゥ様がそういう時の為にと施してくれた術があるの……」

 

 モヂモヂとした様子に少年が何か言いたい事があるのかと静かに待つ。

 

 すると、彼女の口からポロリと体調を直す為の方法が暴露された。

 

「……あ、貴方の精を魔力に還られるようにと……その……」

 

 少年が腕を離して、ウルを見つめると、微かに唇へ口付けした。

 

「イ、イクス!? そ、そういうのはその?! こ、此処は宿で他の子達も帰って、だ、だから!!」

 

 どういう方法で行なうのか。

 

 そんなのは決まっている。

 

 性魔術にとって最も効率が良いのは交合(まぐわい)なのだ。

 

 子供が魔力を求める為に風邪のようになっているとするなら、それを満たす術は言うまでも無い。

 

「そういう意見は良くなってから聞こうと思うんだけど」

 

「あ、貴方は……いいの? あの子達のところに戻らなくても……」

 

「旅行日程はまだあるし、ウルをそのままにしておくわけにも行かないし……エストリア達には連絡しておくから、気にしないで。後、掃除はこう見えても得意だから、大丈夫だよ」

 

「うぅ……恥しがっているわたくしの方がおかしいみたいじゃない」

 

「また元気になったら、一緒に泳ぎに行こう? ね」

 

「……分かりましたわ……じゃあ、その……まだ日も高いけれど、し……して? イクス……」

 

「うん」

 

 少年が文章だけを魔術でエストリア達に送り、再びウルを優しく抱き締めた。

 

 *

 

―――???

 

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………痛かった苦しかった哀しかった寂しかった怖かった寒かったもうどうでもいいから何もかもから遠ざかりたかった。

 

 恋したモノからは馬鹿にされた。

 

 習ったモノからは虚仮にされた。

 

 進んだ場所では一人ぼっち。

 

 夢を語ったら鼻で笑われた。

 

 理解してくれたと思ったら嘘だった。

 

 別に憎かったわけじゃない殺してやりたかったわけでもない夢ならば醒めて欲しいと願っただけだ。

 

 口に舌を要らなかった。

 

 誰も聞いてくれないのだから必要はない。

 

 四肢に指は要らなかった。

 

 汚らわしいから触れるなと言うのだから必要はない。

 

 股間に性器は要らなかった。

 

 相手にされていないのだから踏み潰されたのだから必要はない。

 

 身体は要らなかった。

 

 誰からも目障りだと言われたのだから必要ない。

 

 そう要らないから必要ないから無くても構いはしない。

 

 失われていく。

 

 消え去っていく。

 

 それでも得ているのはどうしてか。

 

 肺は焼け爛れ、顔は変形し、血反吐を吐いて詰まった喉は割け、燃やされた髪も肌も焦げ朽ちて、それでも世界は明瞭だった。

 

 恋したモノは顔を引き攣らせていた。

 

 壊したモノは半笑いになって震えていた。

 

 私刑に参加したモノ達は悲鳴を上げた。

 

 夢を語ったトモは小便をちびって倒れ込んだ。

 

 柄の悪そうな男は油を掛けた手に刃を握って来るなと叫んだ。

 

 怖かったから腕を出して刃から遠ざかろうとした。

 

『あがぁあががががががぁああ嗚呼アアギャァアアアアアアアアアアアアア?!!?!』

 

 何故か男は泡を吹いて全身に開いた穴から血を噴出して倒れた。

 

 腕の先から何かが出たようだ。

 

 そんな気は無かったのに悪い事をした。

 

 でも、刃を振り被られたら、誰だって怖いに決まっている。

 

 壊したモノが逃げ出そうと後ろを向いた。

 

 まだ、話は終わっていないのだからと肩を掴もうと2したら、まるでゼリーのように肩から腰まで手が通り抜けてしまう。

 

『ひ"ぎぃ"ァあぁああ"あ"あ"ああぁぁああああ"ぁぁッッッ!!!!?』

 

 驚きのあまりに手を引っ込めたら、頭が横から串刺しになってしまった。

 

 これでは話どころではないと少し慎重になって、そっと手を引いた。

 

 それを見ていたトモが後ろに下がる。

 

 怖がらせるつもりは無かったのに悪い事をしてしまった。

 

 手は出さないよう慎重になりながら、そっと謝った。

 

『あ、馬yが画rgじゃ折りjがぃえgjないljgなぅいgねあうrgER>GAG$ >RF

 トモが何故か泡を吹いて脳髄を直接腐らせながら、全身を膨れ上がらせ、風船のように破裂した。

 

 どうやら声を掛けてしまうのはダメらしい。

 

 周りに屯していたモノ達が動けなくなった様子で床にへたり込んでいた。

 

 その床にはもう小便が池のように広がっている。

 

 思わず臭さに顔を顰めた。

 

『がッッッ――――――――――』

 

 心筋梗塞。

 

 どうやら心臓が止まってしまったらしい。

 

 バタバタと顔を見せていない相手までもが倒れてしまう。

 

 可哀想な事をしてしまったと思いつつ、キョロキョロ見回すと恋したモノがいた。

 

 誰とも同じように震えて小便を垂れ流しにしてしまっている。

 

 でも、男はともかく。

 

 女性に顔を顰めるなんてとんでもない。

 

 恐る恐る細心の注意を払って近付くと涙と鼻水と涎と糞も垂れ流しにして歯を何度も何度もガチガチと鳴らせていた。

 

 怖がられてしまうのは仕方ないし、たぶん人間でもなくなってしまった事は後悔しても、やはり好きなモノは好きだからしょうがない。

 

 尻尾が思わず跳ねるとドスッと彼女の腰骨に突き刺さった。

 

『~~~~~ッッッッッッッ?!?!????』

 

 ドクドクと流れ込んでいくのはきっと生かす為のモノ。

 

 彼女は涙を零したまま声にならない叫びを上げてから、痛みが無い事に気付いたようだ。

 

『い―――』

 

 何を言おうとしているのか。

 

 観察していると。

 

『い、く、らでも、は、はらうッ、からぁ……つ、付き合ってもいい、か、らぁ、お、おねが、た、たすけ』

 

 付き合ってもいい。

 

 そんな風に思ってくれているとは思わなかった。

 

 壊さないよう優しく優しく近付いて、そっと抱き締める。

 

『あぎゃぁあああぁあぁああぁあああああッッ?!!!?』

 

 もう身体らしい身体が無いせいか。

 

 肋骨と全身から突き出した突起が突き刺さってしまう。

 

 でも、繋がっている限り、死なせる事も無いだろう。

 

 恋したモノを身体に押し込めて、ようやく満足した心地になる。

 

『いだいいいだいだいぢあぢさいいあいあいいがふぃえgjがlふぁじふぁjぃjdふぁいhf―――』

 

 死ねないから痛い。

 

 でも、死んでしまっては可哀想だ。

 

 これから一緒に川遊びしたり、夏祭りを愉しんだり、やりたい事は幾らでもあった。

 

 だから。

 

 丁寧に丁寧に脳髄を傷付けぬよう声を出す。

 

 笑うなんて一体何時ぶりか分かりはしない。

 

 ただ、新しい日々が愉しみで楽しみで思わず踊ってみたりして。

 

『やめががばrがえがヴぁちゃやめべしんじゃうあああららがあrがjrghがなが―――』

 

 明日が少しだけ待ち遠しくなった。

 

 ――――――そうして、小旅行と人知れずに起きた事件は折り重なっていく。

 

 何処かで蠢く声が『ひひひ』と響き始めた。

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