※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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第三章七十五節

第三章七十五節「奇妙な凶旅Ⅴ」

 

―――七教会研究開発部門中央評議会第七百八十五次先進理論審議日程最終日。

 

 ライオネア。

 

 大陸中央諸国の中枢国家。

 

 アルヴィッツ。

 

 彼の国の要衝の一つ。

 

 大規模工業地帯を抱える都市の主要行政機関は主に中央庁舎の入る830mの巨大高層建築(メガ・ビルディング)の最下層、地下三十五階中央大講堂内で行なわれる評議会の議決を実行する部署という側面が強い。

 

 この議会は一般人が多数決で政治を決定する七教会の十八番(おはこ)。

 

 議会制民主主義の権力が及ばない聖域。

 

 つまり、源泉技術や先鋭技術の研究開発、その取り扱い方に付いて政治家が手を触れられない問題の一つである。

 

 七教会は確かにその殆どの部門において議会制民主主義の下、多くの政治的な影響を受けて活動しているが、彼ら“研究開発部門中央評議会”の議決にだけは政治家が口出し出来ない事態となっている。

 

 これは七教会の一部署において七聖女フルー・バレッサが控えめな独裁を敷いているという事に他ならない。

 

 大陸中央諸国では一部、これらの技術の研究開発と智識の独占を行なう評議会を良く思わない輩もいるが、彼らの殆どにとって黙らざるを得ない理由が示されている為、声高に技術開放が叫ばれる事は今のところない。

 

 特に大戦、黄昏の悠久戦争以後の時期はそのような声がかなり大きかった。

 

 戦争で扱った技術を民間に下ろして文化や社会の効率化、大戦で使用した大量の戦費を賄うだけの商業活動をしたいと七教会は中央諸国から迫られた事がある。

 

 そんな時、殆ど表側に出てこないフルーが一度だけやってきた代表団達に対し演説を行なった。

 

 その時、話題に上がった技術に付いての詳細は非公開とされているが、主に彼女が眼鏡越しに金と技術を引き出そうとやってきた者達へ投げ掛けた命題は人類の行き先を左右する大きなものだったとされる。

 

 大戦で使用され、培われた技術の大半は正に人類の進歩を万年進めるようなものばかり。

 

 彼女が代表団へ公開した技術の数々は本当の意味で世界を破滅させる程に高度なものしかなかった。

 

 そうして、感嘆と想像を絶する驚きを抱いた外交のスペシャリスト達へ彼女は最後に一つ、自分の発明にして回答そのものを提示した。

 

 それは……未来を予測する機械であったという。

 

 神々や超常の力を持つ者達にしか許されなかった能力。

 

 七聖女はそれを使って彼らに自分が開発した技術が世界に公開された場合の未来を限り無く真に迫る精度で認識させ―――その恐ろしき結末の全てを“可能世界の終焉”と呼び、紹介した。

 

 魔王に世界は滅ぼされなかった。

 

 けれど、それ以外にも人は人を滅ぼすだけの現実を可能性として持っている。

 

 示された未来予測。

 

 複数の可能性は想像を絶する“地獄”そのものだった。

 

 とある世界では機械に魂と肉体の情報を全て統合した末、人々は一個の意思を持った何かに変貌した。

 

 ソレはもう文明文化を必要とせず。

 

 完結した存在として宇宙の終わりまで在った。

 

 彼ら人類にはもう他者が必要なかったのである。

 

 とある世界では行き過ぎた建築技術の発展がやがては星や恒星すら抱く【星蓋単位構造体(テラ・カバー・ストラクチャー)】を生み出し、最後には人類同士の最終戦争が始まった。

 

 全てが極小(ミニマム)過ぎる人間は構造体の最小構成単位として消費され、過大戦争(グレート・ウォー)は人類を単なる部品に貶めて、完全なる管理社会(ディストピア)が永劫に続く。

 

 とある世界では人は人以上として昇華され、至高の存在と化した。

 

 彼らはあらゆる面で善良で、あらゆる面で有能で、あらゆる面で素晴らしい成果を残したが、その傲慢は別の時代、別の世界、別の次元にまでも及び、壮大な押し付けがましい善意によって数多くの異世界と彼らは無限に争い合う羽目になった。

 

 異質なものが出会った時、其処に彼らの善良さは害悪にしか過ぎなかったのだ。

 

 価値観の相違が衝突した時、其処に齎されるのは争い。

 

 無限の世界と無限に争い自らの価値を押し付ける怪物と人類は成り果てた。

 

 とある世界では技術発展の末に人々は高度な知能を有するに到った。

 

 如何なる行為にも回答が既に存在する事を知った人類は宇宙の終焉まで存在を可能としたが、高度過ぎる叡智は既知という絶望で世界を埋め尽くし、人々から驚きや創造性を奪った。

 

 何もかもを知っているなら、行動する必要が無い。

 

 それどころか。

 

 現実に倦んだ人類はやがて全てを悟った末。

 

 何もしない、する必要もないと子供を産まず、未知を求めず、退屈な永遠を貪るだけの物体と化した。

 

 全ての未来に共通するのは際限の無い発展や技術の進歩の果てに人類の存在が変質してしまうという事実だ。

 

 代表団が知ったのは過ぎたものを人間は求めるべきではないし、何でも出来てしまうという事の怖ろしさだった。

 

 言葉を失った彼らにフルー・バレッサは周囲にそんな未来を可能にする技術の塊を浮かべながら言ったという。

 

『君達の孫、子孫、これから生まれてくる誰かにこんな未来を所望するなら、持ち帰ってもらって構わないよぅ』

 

 その器物の一つ一つが未来を産み出す叡智と技術の塊。

 

 持ち帰り、解析し、再現し、民間に普及したならば、どんな精度だろうと千年万年の国を産み出す事が可能な代物。

 

 本来、自分達が求めたものを前にして、未来を掴むはずの手は……指の一本すら前に向けられる事は無かった。

 

 急ぎ過ぎる事は無い。

 

 まだ人類は発展し始めたばかりなのだから……。

 

 それが彼ら代表団が得た結論だったのだ。

 

 以来、評議会に意見する者は急速に消えていった。

 

 彼らが蔵する叡智と技術は必要な時、必ず世界へ齎されて来たし、それが今後も七教会が続く限りは永続されるのならば、急かすのは止めよう。

 

 中央諸国の政府高官の間でそのように志向する者が増えたからである。

 

 故に今日も彼ら作業部会の代表者達は安穏として理論の審議を行なえているのだ。

 

 薄暗い地下に鎮座するのは白銅の石版が七つ。

 

 現在、七聖女が有する最高の技術と叡智を使って製造された防諜対策の要。

 

 通信、意思疎通用の集合プラットフォーム。

 

 つまり、機械的に言えば、集線装置(ハブ)である。

 

 それによって保障される七聖女当人ですら容易には覗けない評議会の内実は老人だけで構成された古臭い議論の場ではない。

 

 フルーが選んだ各分野の高弟達。

 

 それも年齢性別人種種族を問わない本当の意味で技術と叡智の申し子達が集う寄り合い所だ。

 

 彼らの使命はフルーから貸し出された高度先鋭技術の智識を元に得意分野で現在の大陸に必要な理論や技術を研究開発する事。

 

 そして、必要ならば現物を製造して供給するし、不必要ならば、必要となる日まで秘匿保存する管理者としての一生だ。

 

 どっちにしても机が好きな奴向けの仕事場であり、彼らの殆どは研究職の現実主義者にして、世界最高の理想主義者でもある。

 

 半ば権力という位置から一番程遠い人種が彼らと言えるだろう。

 

 お菓子や甘味の描かれた都市の地下最終層で日夜関数や数式と睨めっこしている者も居れば、毎日毎日七教会の鎧を弄繰り回す場所で整備や調整に明け暮れる者もいる。

 

 仕事現場、専門分野は其々に違うし、研究開発部門を下野している者もいるので、殆どフルーの派閥に属する身内のお茶会会場と言ってよい。

 

 石版の上には其々デフォルメされたと思しき小さな人形達が座っていた。

 

 フードを被っている為、顔は見えない。

 

 簡易の意思表出機構。

 

 無味無臭な音声通信だけではなく。

 

 ジェスチャーや態度で感情表現を豊かにという発案で近頃取り付けられたものだ。

 

「え~では、最終日程最後の審議に入りたいと思います」

 

 人形達がザワザワと互いに専用回線で予め仕入れていた情報を元にしてヒソヒソ話を始める。

 

 円状に並べられた石版の中央に映像が浮かび上がった。

 

 それは【外神獣(アウタン)】と呼称された五年前から大陸で確認される恐ろしい怪物。

 

 見えない人間の精神を掌握するゴブリンと流動する肉で構成された巨大な口。

 

 そのようなものだった。

 

「フルー様より預かった研究素材を解明する事に成功しました」

 

 おぉ……そう声が石版達から漏れるのも致し方ない。

 

 世界最高の研究者集団である研究開発部門の内外で五年も永続された解析作業がようやく終わったのだ。

 

 何年掛かるか分からないと言われた新たなる敵の本質が見極められたなら、さっそく高格外套にも戦う術が追加される事となる。

 

「外なる神々。その眷属に“とある粒子”が発見されております」

 

「とある粒子……超重元素のような性質を持つ物でしょうか?」

 

 人形の一体が首を傾げる。

 

「いえ、素粒子に分類され、相互干渉を発生させない粒子という代物です」

 

「相互作用を発生させない? そんなものが……」

 

「これらの粒子を含む物質で構成されている為、五年前から今まで高格外套の攻撃がとても効きずらかった。そういう事のようです。相互作用の遮断。相互作用の媒介粒子からの介入を受け難い、または受けない物質、通常の物理法則と異なる法則で存在が確定しているようで、この宇宙内部にとっては異物と言っていいでしょう」

 

 ボソボソと人形達が再び互いにヒソヒソと会話し始める。

 

「異物……それで?」

 

「素粒子の特定とサンプルの採取には成功しています。ハティア様のお力を借りた事で大幅に研究が進みました。ただ、現在研究は停滞しており、この解析結果を化物に対する効果的な攻撃方法へ転用するには聊か問題があります」

 

「問題?」

 

「現在、素粒子のサンプルを複製、人為的に生み出せないか実験を行なっている最中ですが、どうやら通常空間内では不可能らしいとの報告が来ています。それ以外の分野ではサンプルの性質に近しい物質、模倣や模造を通常空間内で行なっています。こちらはフルー様が帰ってくるまでに初期ロットが完成するでしょう」

 

「それでは今回審議される理論はそちらの模倣、模造物質の生成に付いて、という事で良いでしょうか?」

 

「はい。仮に現在サンプルは“外界構造体”と呼称しています。本日最後の審議は化物達の構成物質であるソレ関連に付いてとお考え下さい」

 

 人形の一体が手を上げる。

 

「何でしょうか?」

 

「機動歩兵作業部会です。それらの物質を装甲化した場合の“限界”は何処まで引き上げられるのか。先に解析作業部会の意見を聞いておきたい」

 

「……本来はもう少し先に議論するつもりでしたが、我々の予測値で良ければお教え致します。従来との比較だと思ってください」

 

 人形達が虚空の映像が切り替わり、数字が浮かぶはずの場所を凝視した。

 

 10の25乗倍。

 

 一瞬で辺りが凍り付いた。

 

「これが完全な複製の場合の値。模造品の場合は……」

 

 10の8乗倍。

 

 どちらにしても一千万倍からそれより上との話。

 

「随分と恐ろしい結果ですな」

 

「いや、長生きはするもんだ。こんなに“限界”が上がるなんぞ、何年ぶりだよ」

 

 ガヤガヤと人形達がざわめく。

 

「皆さんはご承知だと思いますが、七教会のあらゆる戦略戦術ドクトリンは“戦力投射限界論”に基いて設計されています。今回の解析結果と研究が進めば、新型高格外套も合せて、我々は主神級及び外なる神々そのものとも対峙出来る程の戦力保有が可能となるでしょう。これは一種、フルー様のお力を持ってしても可能かどうか分からない。そのような明確な力の創造に手を掛けた事に他なりません」

 

 各作業部会の人形達が溜息を吐くやら、天を仰ぐやら、諸々“遂に来てしまった”というジェスチャーで対応する。

 

 戦力投射限界論。

 

 この世界のあらゆる戦闘行動に対して主にフルー・バレッサが出した回答がそれだ。

 

 七教会の戦術・戦略教本にはこれが必修として必ず出てくる。

 

 どのような話かと言えば、一定領域の何処にどれだけの戦力を投入すれば、目標を達成したと言えるのか。

 

 それを様々な現実の状況ごとに数値とグラフ、現実をモデル化した数式を持って表した理論である。

 

 分かり易い例えとして七教会では小さなコップを戦場に例える事がある。

 

 入れ物は領域を示し、その中に例えば林檎を一欠けら、この場合は人間の代替物を入れる。

 

 一定の領域に何をどれだけ集中させるべきか考え、武器や攻撃能力の代わりに内部の状態を変化させるモノを色々と突っ込んだり、状況を制御して代替物を時間経過で変質させるように試行錯誤してみるわけだ。

 

 果実の切れ端に釘を刺したなら穴が出来る。

 

 密封しても、自力で腐る。

 

 水を入れ、放置してもいい。

 

 単に切れ端を増やすのもありだ。

 

 大概はそういう単純な工程で変化が訪れる。

 

 しかし、コップという世界の中には限界がある。

 

 入れられるものには限りがあり、何でも押し込められるわけではない。

 

 水をコップが壊れてしまう程には入れられないし、釘を詰め込める本数はそう多くない。

 

 このような状況を総じて戦力投射限界とフルーは呼んだ。

 

 それは現実の大陸における戦場にしても同じ事だ。

 

 時空間が崩壊する程の攻撃力は基本的にご法度。

 

 それ以上の力を投入すれば、コップ=戦場=時空連続体の破損で色々と世界の危機である。

 

 無論、それ以下の力だとしても、範囲が大陸全土や惑星、星系内に及ぶような大事になれば、それはもう彼らの敗北に等しい。

 

 七教会の目的はあくまで人類の教化、発展の過程で最大公約数から最小公倍数まで幅広い幸福、つまり福祉や人権と言ったものを実現し、繁栄を享受していく事だ。

 

 それは今や亜人や異種、魔族、神格にすらも勧められる人類の新たな流行(トレンド)である。

 

 そんな彼らが自分達の生存基盤である惑星、大陸、世界というものを破壊するのは道理にも人倫にも今まで積み上げてきた結果にも反する。

 

 だから、戦力投射限界論では戦力の増強は自己の攻撃力を受け止められるだけの防御能力を有する事から始められる。

 

 要は硝子のコップを鋼鉄製のコップに変える、もしくは硝子を守る為の方策を考えようという話である。

 

 これを現実に置き換えた場合、強力な兵器や能力を使いたいならば、それを防御出来るだけの力を得る、結界の類や攻撃の影響を最小限に食い止める措置の実行が必要という事だ。

 

 この事実から導き出されるのは七教会が最高の盾を得た時、彼らは本当の力を発揮し得るという事である。

 

 七教会内部の俗語(スラング)では戦場において戦力や攻撃能力の増強出来る状況を限界が上がる、低減しなければならない状況を限界が下がると言う。

 

 そのような文脈で外なる神々の眷属たる化物を解析した結果はコップを強くする智識と技術の向上、限界を飛躍的に上げる効果が期待されるわけである。

 

「では、現在開発されている製造過程と理論、それらを実行する為の障害に付いて―――」

 

 周囲に紅の光が点滅した。

 

「緊急要請? 誰だ……」

 

 人形達がざわめく間にも虚空に文字が吐き出される。

 

「署名はユヒア・ウェスティアリア。ハティア様のお子様のようですね」

 

「ああ、あの子か」

 

「ほ~此処に連絡を取ってくるとは偉く出世したんだな」

 

「それより内容が……ヤバイわね」

 

「国家消滅級の事態が発生。秘匿技術成果SS‐004封印解除と転移輸送要請」

 

「004てアレよね」

 

「ハティア様もお人が悪い。子供に教える事でもあるまいに……」

 

「どうすんの? コレ……マジでヤバげなんですが」

 

「皆さん。ご静粛に。そもそもSSの名称が付く技術成果は基本的に聖女様方の許可無しには開放出来な―――」

 

「あ~進行役進行役!! ちょっと見て。ほら、ハティア様の事前承認の署名が最後に」

 

「―――分かりました。では、各作業部会に対して緊急動議と承認の可否を―――」

 

「賛成」

 

「実はオレ、は、ハティア様ファンなんだ!! という事で賛成!!」

 

「反対。お前、そっちのファンだったのか? あの性格とあの御菓子趣味さえなけりゃ、オレ達にとってアイドルって言ってもいいんだから、フルー様にしとけって」

 

「賛成。面倒事は実務者に押し付けるのが最善だからね。あ、ちなみに昔オレ、フルー様の生上半身見た事あるよ。とっても残念だった事は覚えてる」

 

「反対。さすがにアレを使いこなせるとは思えんのだが。それと一つ前に発言した奴。子供の時のはノーカンにしておけ。というか、後で記憶精査された時、変な癖とか後付されかねんぞ」

 

「賛成。人間、何事も経験ですよ。次世代の聖女としてご活躍なさるのは良い事です。ハティア様は我等の癒し、前に頑張って下さいって握手された事あるんですよね~ふふ」

 

 好き勝手に言い合う現作業部会の代表者達に進行役の声が溜息を一つ。

 

「あんまり私事を持ち出さないように。フルー様が上にいる以上、責任取れる人間が此処にいません。ですので、限界機構(リミッター)を乗せて転送許可という事にして、後はあちらに任せましょう。まぁ……聖女様方が使いこなしたのですから、出来ない事は無いはずです。後で報告書を提出してもらう方向で……賛成としておきましょう」

 

 作業部会と進行役の多数決が終わった瞬間。

 

 石版達の背後の地面が恐ろしい勢いでせり上がり、巨大な円筒形の壁となってそそり立った。

 

 薄緑色の溶液に満たされた透明な箱が無数に詰み上がって出来ているソレの中から一つ箱が迫り出し、人形達のど真ん中へと下りてくる。

 

「なつい」

 

「久しぶりに見たわね」

 

「ああ、そうだな。三十年経たずに再び目にする日が来るとは因果なもんだ。コレは確かに当時。いや、現在においても最高の成果の一つ。疑い無い」

 

「綺麗ね……簡素(シンプル)で尚且つ美しい」

 

「基本的にフルー様がご自分で打たれたものだ。当たり前だろう。我々のサポートがあったとはいえ、な」

 

「あの方が伝説の鍛冶師の娘ってのも納得出来る話か」

 

「コレで倒せない。殺せもしない。消滅すらさせられない。そちらの方が我等には興味深くはあった。今もそれは変わらない……失敗作ではないにしても、製作された目標を達成出来なかった事は遺憾です」

 

 全員が見つめる中。

 

 三次元方式の転移方陣が燐光を放ちながら球状に箱を包み込んでいく。

 

「転移終端誘導準備良し。十秒後に転移実行。空間歪曲、相手の指定してきた座標は……あそこですか。ならば、そういう事なのでしょうか……では、この作品が世を守れる事を願って」

 

「「「「「「承認する」」」」」」

 

「転移実行」

 

 爆発的な光が弾け、方陣が崩壊した刹那、もう其処に箱は存在していなかった。

 

 *

 

―――アルヴァス亜人国東端エゼ・デシェ近辺無人の林野。

 

 事態はたった三分目にして恐ろしく悪化している。

 

 半径1kmにも及ぶ不可視の封鎖結界が敷かれ、内部で瘴気による腐敗が進行する大地の只中。

 

 超越者で構成された旧教会派の主戦力は脱落者こそいないものの、どんな攻撃も効かない、高度な攻撃を乱発してすら、傷一つ負う事が無い“敵”の前に攻めあぐねていた。

 

「瘴気の解析結果だけをお伝えします」

 

「来るぞ。上手く避けないと」

 

「何ともまぁ、あの鎧は厄介だ」

 

 ボソボソと数人のフードを被った男女が連帯しながら、地表に直立する黒い獣のような鎧。

 

 いや、生物化しているようにも見える有機的なソレの尻尾。

 

 無数の顎(あぎと)が連なったような伸縮膨張自在の中距離間接攻撃を恐ろしい勢いで避け続けている。

 

 左、右、左、右右右、左左上上下下上右下左。

 

 高速で人体がブレて残像が数十mも伸び上がった尻尾に追われていく。

 

 その表面の色合いは多種多様なものが混ざり合った暗いもの。

 

 不思議と揺らめく様子は見ているだけで視認者の精神を侵食し削る一種の被観測式の呪術にも似ていた。

 

「微粒子内部に未知の物質を検知。また、辺りに拡散したものが他の物質に接触して増えているようです。このままですと、二十分弱で結界内から漏出、七教会の観測部門に捕捉されます」

 

「ね~ね~あの新人さん達、動かないで捌いてるけど、大丈夫~」

 

「あちらはあちらで上手くやっているようで。さすがハティア・ウェスティアリアの娘……防御方陣の枚数と質と性能は大魔術師クラスを超えてますよ」

 

「さっすが良いとこのお嬢様ってか」

 

「そう言えば、見た事のある顔だな。あの男……連隊長だったか?」

 

「マロウ・ブレステンドの弟子だろ。まぁ、あの男程ではないとしても、護衛にはうってつけの人材だな」

 

「それで準備は出来たか? 各々方」

 

「魔術精査は四万種まで揃えました。現在、詠唱(キャスト)中」

 

「殆ど魔術が効かないようだな。アレは」

 

「ついでに時間の遅延を受けても効果範囲内で加速してます」

 

「それとそれと!! めちゃくちゃ硬いわ!! ちょっと揺らしてみたけど、ビクともしない」

 

「時空間歪曲や遅延で効果無しとなると。残るは物理攻撃か。あるいは因果律破断系くらいしか」

 

「侵食と同化系は?」

 

「さっき食らわせてみたら、逆侵食されて喰われたっぽいの」

 

「さすが邪神。いや、大半は鎧の性能か」

 

「転移の終端誘導を確認。何かが此処に送られてくるっぽいよ?」

 

「誰だ?」

 

「この座標は……ふむ。大陸中央諸国の方からみたい」

 

「あの新人か?」

 

「たぶん」

 

「任せてみる?」

 

「新人虐め良くないと思う!!」

 

「お手並み拝見と行こう。あの不機嫌の塊な総館長殿が推薦したくらいなのだから」

 

「次世代の聖女ねぇ」

 

「我々の手札を晒すのは最後でいい。あまり派手になると【聖杯委員会】の連中も五月蝿いからな」

 

「宮仕えの悲哀かのう」

 

 フードの男女達が好き勝手に言い合いながら、攻撃を避け続けている合間も地上では魔力の光が瘴気の中で発されていた。

 

 腐敗し切った地表に描かれる多重方陣の中心には少女が一人。

 

 ユヒア・ウェスティアリア。

 

 そして、その護衛である二枚目の三十代。

 

 フェルラス・ディオスがいた。

 

 瞳を閉じて方陣を維持しながら何かを待っている護衛対象を守る為、色男は自らの腰に刷いていた帯剣を絶えず高速で振り続けている。

 

 彼らにも襲い掛かろうと瞬間的に方陣内部へ食い込んでくる尻尾を弾き飛ばしているのだ。

 

 しかし、フェルラスの顔は冴えない。

 

「ユヒアちゃん!! もう剣が持ちそうにないんだが!?」

 

 彼の剣は既に刃毀れがあちこちで起きている。

 

「もう少しです。占術強度限界……許可が下りました!! 事象確定まで残り23秒!!!」

 

「何が来るって!? オレにも分かるよう説明してくれ!!」

 

「さっき、かあ様から持たされた保険の一つを使いました。アレを倒せる武器が来ますッ!! 私が制御しますから、フェルラスおじさんは最速であの鎧を叩き斬って下さいッ!!」

 

「武器!? 仮にも邪神を斬るって事は伝説級か!?」

 

「いえ、大戦でかあ様が使っていたものです!!」

 

「ブッ?!!? ちょ、まさか!!?」

 

 思わず噴出して、フェルラスが振り返りたい衝動に駆られた。

 

「はいッ!! 魔王を貫いた剣の一つ。回収された後、かあ様が研究開発部門の中央審議会に預けていた代物です!!」

 

「マジかよ」

 

「来ますッ!!」

 

「やるしかねぇッッ!! 何処だ!!」

 

「直上距離3m!!」

 

「――――――ッッ」

 

 ゴポン。

 

 まるで波打つように空間が歪んだ瞬間、フェルラスが剣で尻尾をいなして跳ぶ。

 

 伸ばされた指が異相から落ちてくる柄を掴み取った。

 

 途端、刃毀れした方の剣が尻尾の再度の攻撃に弾き飛ばされる。

 

「クッソ。能力も知らずに実戦か!!」

 

 剣が両手で握られるも、虚空で無防備になった彼へ続けて超高速の残像を残しながら、薄暗い死が迫る。

 

「邪神は昔遠征で一度斬った!!」

 

 滑らかな刀身が何もない虚空から引き抜かれ様に縦一線を奔らせる。

 

 プシッと黒い粒子が尻尾全体から吐き出され、剣とガッチリ噛み合って膠着した。

 

「飛ばすぞ!!! 避けろよ!!」

 

 周囲に彼が注意を発して、虚空を思い切り踏み締める。

 

 脚部に集中した魔力が一瞬で両足から複数の光線(ライン)を描き出し、ユヒアの方陣に接続された。

 

「オラァアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 筋肉の隆起は無かった。

 

 しかし、彼の着ていた外套が服の下で強化された肉体の高速運動に付いていけず弾け飛ぶ。

 

【!?】

 

 剣を尻尾で噛んでいた邪神憑きの鎧が真下で展開され続けている封印用の方陣接地面半径4m地下10m程を巻き込んで―――投げられた。

 

 地面が揺れる。

 

 岩盤が剥がれて、剥き出しとなった地下が腐食していくが、その間にも剣を離した尻尾が複数に分裂して、まるで蜘蛛の脚のように展開、大地を削りながら本体と結界と岩盤の勢いを何とか殺す。

 

「もう三十代のおっさんにはきついぜ!!」

 

 フェルラスが自分の前で傷一つ曇り一つ無い両手持ちの鉄剣を相手へ構えた。

 

 それは何処かで見たような形。

 

 飾り気の一つも無い諸刃。

 

 高格外套が標準装備するものと外見は同じものだった。

 

「―――一度だけ説明します。ソレが使えるのは残り二分。全力で振ってもらって構いません。ただ、絶対に対象物以外の地面だとかには当てないで下さい。ユヒアの限界だと効果対象は厳密に選別出来ません」

 

 ジリジリと額に汗が浮かび、ユヒアが視線を俯ける。

 

「分かった。何が何やら分からんが、コレで決めればいいんだろ?」

 

 ニッとフェルラスが唇の端を歪めた。

 

 それにユヒアも少しだけ汗の滴る頬を緩める。

 

 両足の魔力導線が解除され、再び方陣の中へ降り立ったフェルラスが剣を正眼に構えた。

 

「ふぅ………シッッッ!!!」

 

 真正面からの踏込み。

 

 加速した肉体が瞬間的に邪魔な重りを支えている鎧の懐まで神速と言えるだけの速度で到達。

 

 剣が鎧の表面へ迫り、肘や膝、肩などから僅かに迫り出した円筒形の防御機構の生み出した空間に接触し、勢いを殺され―――無かった。

 

 空間が綺麗に断ち割れ、その下に連続して生成されていく防御用空間の全てが何事も無かったように剣の通過を許して装甲に刃先が接触する。

 

 チィィィィィィィィィ。

 

 そんな蟲が鳴いたような音。

 

 フェルラスの喉元に1mm程の隙間を残し、貫こうとしていた尻尾の一部がギィギィと苦しむように揺らいで、パキャァァンと破砕した。

 

 一瞬で鎧の全てが粉々になったのである。

 

「!?」

 

 しかし、その中から伸びた黒い骨が彼の眼球に迫り、即座に背後へと跳んだ彼の前へ上空から細い光の雨が降り注いで僅かな間隙を遮断する。

 

『よくやった。新人』

 

『鎧は剥げたが、中身は無事だな。ありゃ』

 

 フード姿の男女数人がフェルラスの前に降りてくると何やら複数の禍々しい紫紺に色付いた魔術方陣を周辺の地面に幾つも展開していく。

 

 その先で黒い化物。

 

 鎧に喰われたと思しき内側に繭のようなものを抱えた骨のオブジェが揺ら揺らと揺れて、自分を捕らえる結界が張り付いた岩盤ごと地面へ肉体を沈み込ませた。

 

 まるで水に入るような勢いで姿が消え失せる。

 

『逃げたぞ!?』

 

『うぇ~しかも異相空間側に何か反応の無い領域が広がってるっぽい。たぶん、地面に尻尾を突き刺した時に逃走ルートを確保してたんだよ。あれ』

 

『追撃する。行くぞ』

 

『お前に命令される事じゃないがな』

 

『いいから、行かないとアレまた悪さするよ。絶対』

 

『残業か……今日は娘の誕生日なんだが』

 

『帰ったら、呪い殺す。仕事は最後までやれよ。ジジイ』

 

 十数人の男女達が何故かやる気なさげに転移方陣を展開すると瘴気で汚染された大地も放っておいて、そのまま消えていった。

 

 残った二人。

 

 ユヒアは全身汗びっしょりの様子で膝を付き、フェルラスにしても剣を振った反動なのかどうか。

 

 急激な肉体の消耗に晒されて、ユヒアの展開する方陣の内部に戻ると倒れ付した。

 

 その様子を上空から見ていたのか。

 

 転移方陣が再び彼らの方陣横に展開されて、複数の法衣姿の僧侶達がやってきた。

 

『ユヒア様。フェルラス様。お疲れ様でした。お二人の消耗具合からレア様が今回の任務の終了を言い渡されました。化物は他の独立外部機構の方々が追っていますので、ご安心を。まずは我等が本拠地で身体をお安め下さい。こちらの瘴気の除去は我々が行ないますので』

 

 イソイソと彼らが二人を取り囲んでいく。

 

 すると、フェルラスの手にあった剣の柄に幾何学模様の方陣が展開されて、転移で消え失せる。

 

「ユヒアちゃん。剣は?」

 

「は、はい。今丁度、二分が経過したので送り返しました。ありがとうございます。フェルラスおじさん……ユヒア一人じゃアレは使いこなせませんでした」

 

「いや、いいさ。とりあえずハティア様の剣を使って無事ってだけで儲けもんだろ」

 

「そう、ですね」

 

「ところでアレ、どんな能力だったんだ?」

 

「奇蹟で制御する【質量武装(イングネス・アームズ)】に超簡易版の【破壊者(ワンダリカ)】を載せたようなもの、だそうです……」

 

「は―――?」

 

 一瞬、フェルラスの顔が凍り付いた。

 

「かあ様が言うには奇蹟を残留させる技術で作ったとか何とか。ただ、同等の奇蹟で対象を厳密に指定するのが凄く難しくて。マクロ的な視野で対象を一個破壊するだけでも相当な集中力が必要なんだそうです。ユヒアは未熟者なので空気や微粒子、他の物体に影響を及ぼさないようにするだけで精一杯で……上手くいって本当に良かった……能力の開放限度が最初から少し下がってたのは幸いだったかもしれません」

 

「ちなみに暴発するとどうなってた?」

 

「それは……たぶん、大戦の時に出来た砂漠みたいなものが……」

 

「聞かなかった事にしておく」

 

「は……い……」

 

 バタリと意識を失って倒れ込む身体を自分も辛いまま何とか受け止めて。

 

 フェルラスが少女の頭を撫でた。

 

「頑張ったな。偉いぞ……」

 

『準備出来ました。では、お送りします』

 

 僧侶達の声に彼が頷く。

 

「ああ、やってくれ。お姫様を起こさないように頼む」

 

『了解致しました』

 

 ユヒアを抱いたままフェルラスは転移の光に包まれていく最中。

 

 本当に強くなった少女の様子に沁み沁みとしたものを感じていた。

 

 五年前。

 

 南部帝国の男との戦闘で奇蹟に目覚め、意識を失った彼女を何とか休める場所まで運んだのは彼だ。

 

 そして、そこに彼女の母親ハティアがやってきてから、沢山の事があった。

 

 今は外部雇用者という立場に落ち着いて、新しい場所で奇蹟の使い手として、自らの後進達と学び舎へ通っているが、その当時は本当に大変だったのだ。

 

 まだまだ少女には後見人が必要なのは間違いない。

 

 それは本当なら彼の上司にして師、少女の父である男性や彼女の母親である女性の仕事なのだろうが、生憎とどちらもそうしている余裕はないだろう。

 

 五年前から七教会の治世には揺らぎが生じて母親は仕事に忙殺されているし、父親は今も行方不明で消息は定かになっていない。

 

 仕事が暇になった事を言い訳にして彼女へ今も付き添っているのはフェルラスにとって当然の事だ。

 

 彼女の傍に居られないが、絶対に彼女の事を心配している両親達が安心出来るよう、彼女の寂しい思いを幾分かでも和らぐよう、この五年心を砕いてきた。

 

 それは今も変わらない。

 

 彼の仕事が忙しくなる前兆ともう出会ってしまったが、それで今すぐ少女の下を離れるという事も無いだろう。

 

(この子が本当に心を許せる友を……そして、オレの代わり……いや、本当の意味で支えられる人間を……時間は待ってくれないだろうが、必ず……)

 

 転移の燐光に包まれながら、姫を抱える騎士は世界の激動に思いを馳せる。

 

『転移実行』

 

 二人が消えてから十数分後。

 

 現場には何もない抉り取られたような地面だけが広がる事となった。

 

 *

 

―――???

 

【超常の力における智識の体系化と実践的なエッセンス】

 

【能力開発史大全】

 

【散逸化した能力の北部蒐集記】

 

【能力階梯全録】

 

 これらは大陸において近頃出版される運びとなった“超常の力”に関する書籍だ。

 

 大昔の異種から受け継がれてきた能力。

 

 その隔世遺伝した力は魔術の法則とも違い、無から有を産み出す事もザラだ。

 

 しかし、能力者達の大半は教会が現われるまでの有史以前、組織化される事も稀な時折人類の中に現われる泡(あぶく)、異質な例外として処理されるのが大半だった。

 

 と、言うのも大陸において村落や集落の枠を超えて大規模な都市国家規模の人類社会が出来たのはこの数万年の事であるからだ。

 

 それにしても少しずつ規模が大きくなってきたのであり、殆どは今の大陸水準で見ても、未開な小規模共同体というのが相応しいところばかりだった。

 

 これはつまり、能力者の絶対数が圧倒的に少なく、また能力自体が認知される事すら稀だった、という話である。

 

 認知されなければ、研究や観察のされようもなかったわけだ。

 

 人々が智識の共有を行なう為に大規模な情報の蓄積を行なうようになってから五千年。

 

 この間に超常の力は魔術師の台頭と共に割りと大陸では見掛ける存在となった。

 

 嘗て人類社会の未成熟さや迷信によって、身体的な障害と同じく。

 

 魂魄的な異常と見なされていた様々な能力が魔術師によって分類、体系化、法則を解析される事で“有用な能力として運用出来る”水準にまで到ったのである。

 

 七教会独立外部機構。

 

 外様の一部署として存続する旧教会派所属の四機関はその先駆けだ。

 

【叙事詩機関(エピコス)】

 

【降臨機関(アドヴェンテ)】

 

【天領査察機関(ドミネーツ)】

 

【異郷観測機関(マーナ)】

 

 超常の力を持つ者を集めた組織達。

 

 彼らは教会発足以来、超越者に至るような者達を蒐集し、自らの戦力として取り込んできた。

 

 本来、教会中枢にすら意見した実働部隊。

 

 その力を知るものは今や大陸の歴史学者か、当時の権勢を目撃した者達のみ。

 

 其々が司る四つの使命は単体で世界の全てを引っくり返すかもしれない懸案事項ばかりだ。

 

 【叙事詩機関】が司るのは書架。

 

 この世のあらゆる事象に干渉する大宇の記録の一部。

 

 写本とはいえ、それはそれだけで神すら“無かった事”に出来る力だ。

 

 【降臨機関】が司るのは新たなる神魔。

 

 大陸に生まれ出る神格と魔族を正しく導く任は多くの面で人類の生死と繁栄に直結する一大事だろう。

 

 【天領査察機関】が司るのは教会が天領と定めた古代遺跡やそれに類する力ある場所。

 

 これらがもしも無秩序に発掘されれば、それだけで世界が引っくり返ると言われる失われた叡智と技術の宝庫である。

 

 七教会が独立外部機構へ不用意に干渉しないのは彼らを無闇に刺激しない為とさえ言われている。

 

 【異郷観測機関】が司るのは別の世界や次元、時間、惑星、つまり大陸以外の全ての領域だ。

 

 彼らは五千年前より天文学や観測技術の発達というものを制御する立場にあった。

 

 その任の大半が酷界と天界、異相先の次元という半ば人類の偵察部隊と言える者達だ。

 

 彼らが居なければ、大規模な酷界からの侵攻や魔王の侵入に対して国家はまったく気付かなかっただろう。

 

 教会の目であり、同時に情報を共有する腕である姿は七教会にとっての広報部門や観測部門に当る。

 

 以上、四機関が今も現存するのは七教会が御取り潰しに出来ない程の存在であるからに他ならない。

 

 不確定要素は極大、更に大規模な騒乱を引起す可能性を考慮しても、武力で潰すのはとてもではないが、リスクが高過ぎたのだ。

 

 彼ら機関の仕事があまりにも重要で万能のように言われる七教会すら引き継げるだけの実力が足りていないからとも囁かれているが事実は明らかになっていない。

 

 【聖征者(クルセイダー)】が総主教の頭だとするなら、其々が四肢という事になるだろうか。

 

 何処が欠けても教会の正常な運営に支障をきたすと言われた姿は今も変わらず。

 

 総主教の下に彼らの姿はある。

 

 超人のみで構成された実働部隊は旧教会派の今も大きな存続理由。

 

 もしも、四者と旧教会派本体が七教会とぶつかれば、最終的に聖女達が勝つとしても、多大な被害が出るのは確実視されている。

 

 故に彼らは現在において七教会が抱える不可触(アンタッチャブル)の一つとして各国から理解されていた。

 

 そんな組織が集中運用されれば、その人的資源だけで大国と戦闘状態陥っても勝てると歴史学者達は囁くが全ては闇の中である。

 

「ようやく集まったか。ご同輩」

 

 コポコポと水音が騒ぐ小さな庭園。

 

 箱庭と言っていいくらいには狭い其処に水浸しの苔生した噴水が一つ。

 

 平たい切り株を卓として囲んで少年が一人頬杖を付いていた。

 

 全身黒尽くめな少年。

 

 【叙事詩機関】総館長N。

 

 その視線が向かう先からは三人の男女が歩いてきている。

 

 一人目は白尽くめな少女。

 

 【降臨機関(アドヴェンテ)】機関長、名をE。

 

 二人目は蒼尽くめな青年。

 

 【天領査察機関(ドミネーツ)】総代、名をG。

 

 三人目は紅尽くめな淑女。

 

 【異郷観測機関(マーナ)】所長、名をS。

 

 彼ら全員に言える事はまるで色以外に主張するものが無い。

 

 性別以外が妙に曖昧でNと同じく何処か中性的という事だろう。

 

 衣装は七教会の制服である【軽殻装(コート)】。

 

 其々の色合いで染めていて、金糸で方陣が幾つも縫い込まれている。

 

 一つの卓を囲んだ彼らへNがさっそく不満をぶち上げた。

 

「人間にはそろそろ愛想が尽きそうだけど、今回の事案はあのジジイが直々に【聖杯委員会】に保険を掛けた一件だ。今までも幾つかの転換点を越えて来たのは知ってるだろうが、今回の“復活”に付いては意見を聞いてこいってお達しが来てる」

 

 つまらなそうな、どうでもよさそうな、あくまで嫌々やっている感全開の少年に紅に包まれた淑女Sが尋ねる。

 

「アイウィスの開放、新参者の台頭、天使の崩壊、地平の開錠、どれもこれも面倒事だったのは分かるけれど、貴方が不機嫌なのは別件じゃなくて?」

 

 ムスッとしたNは答えず。

 

 しかし、その姿に苦笑した蒼尽くめの青年Gがからかうようにニヤついた。

 

「そりゃ、書架の管理者は大変だからな。無駄に修整修整の日々。ああ、あの退屈な日々が愛おしい!! そんな気分の日もあるさ♪」

 

 ギロリとNに睨まれて、Gが明後日の方向に視線を逸らす。

 

「あんたねぇ。人間にこき使われっぱなしは情けないわよ。少しは悪戯くらいしたら?」

 

 白尽くめな少女Eの言葉にNが更に不機嫌となった。

 

「こき使われてるのはお互い様だろ。ん? 可愛い可愛いお嬢さん」

 

 小馬鹿にしたようなNの笑みに一瞬、本気で喧嘩でも始めてやろうかと思ったEだったが、相手が近頃ボコボコにされたのを思って止めた。

 

 聖女に五年前ケチを付けられて以降、諸々やる気が失せる事この上ない仕事ばかりを押し付けられた少年は実際、彼らの仲間内でも憐憫の対象だ。

 

 そんな内心を見透かしてか。

 

 Nがはぁ……と滅入るような溜息の後に本題を告げようと口を開く。

 

「……今日集まってもらった理由を言ってやる。あの筋肉達磨が今回の一件に直接介入して来てる」

 

「は?」

 

「な!」

 

「え?!」

 

 三人の顔色が変わった。

 

「ちょっと、ちょっと!! 何ソレ!!? 意味分かんないんですけど!! あのお方が自分で言い出した事じゃない。手出し無用とか、無駄な干渉はするなとか」

 

 Eの言葉に顔色を変えたGが頭に手を当てて天を仰ぐ。

 

「まさか、あのお方が直々にとは、ね。会議のお歴々は知ってるのかい?」

 

 それに答えたのはSだ。

 

「知らないでしょうねぇ。これ教えたら会議の方達はこちらへの本格侵攻なんて考えないはずですもの。噂じゃ盟約を持ち出して一人大物が犠牲になったとか。まぁ、あのお方の事だから、色々と遊びたいという事なんでしょう」

 

 あのお方、あのお方と名前が出る度にNはイラッとした様子で懐から取り出した小麦菓子(クッキー)を口に放り込み始める。

 

「……例え【聖杯委員会】を抑えてても、所詮ジジイは人類種、全体が見えてるわけじゃない。更に言えば、今回は大戦の焼き直しに成りつつある。これ以上仕事は増やされたくないし、面倒事を持ち込まれたくもない。意味は分かるな? 残念なご同輩諸君」

 

 三人が同時に溜息を一つ。

 

「焼き直しなの? 総主教の悲願て、大戦で完全に頓挫させられたんじゃないの? 今の契約を持った子に付いては知ってるけど、そんなの興味なさそうだったけどなぁ……それにしても、うぁ~~やる気削がれるんですけど……あの時どれだけ疲れたと思ってるのよ。儀式は頓挫しちゃうし、後遺症で全員最盛期の二割にも満たないのよ? 次の千年紀が来るまで殆ど力が空っぽなのに力貸せとか言われるわけ?」

 

 Eが愚痴る。

 

「どうするかな。いやいや、あんまり事を荒立てたくないんだ。こっち的にはさ。だって、今が一番平和で心地いいし。それに大戦で消滅したはずの因果律導線を今更に復帰させられないだろう? どうやって総主教が儀式を完遂するって言うんだい? 彼らには複製するはずだった奇蹟も無いし、五年前の一件で素体も全滅したはずだが?」

 

「素体は残っていた。奇跡も聖女がご丁寧に複製したものが幾つか確認されてる。ちなみに事態は総主教が進めてるわけじゃない」

 

「どういう事だい?」

 

 NがGに説明を始めた。

 

「……私見になるが、“あの女”が自分の見た未来に保険を掛けていたと見るべき事態だ。どういう類のペテンを使ったのか知らないが、今現在、あの国の地下に巣食ってる外神は儀式の完遂を目的に動いてる」

 

「何だって!? 五千年ぶりの外からの介入じゃなかったのか?!」

 

「そっちの方が楽で良かったが、生憎と神は絶賛絶滅寸前、ついでに頚城である大陸に埋めた神器が二つ消えてる。このままなら、奇蹟が全て揃えられる可能性すらある」

 

 Gが日和見主義者を決め込めなくなったらしく、ウムムと唸った。

 

「面白いわねぇ。第八の奇蹟が開眼し、本来存在しないはずの第九の奇蹟までもが顕れた。その上、あの外神が儀式の遂行者だなんて……ちょっと誰の筋書きよ?」

 

 面白そうにSが含み笑いを零す。

 

「誰でもいい。ジジイは被害が出ない限りは今回の一件を見守るつもりだ。やばくなったら、全部吹き飛ばすように指示は出てる。問題は外神共が天使の神器を強奪して好き勝手できる状態で、連中を“あいつ”が吹き飛ばす事だ」

 

「話には聞いていたけれど、残ってる素体の方に何割か移ってるって事でいいのかしら?」

 

「ああ、五千年前に生意気な事を言った小娘が匿ってる」

 

「まぁ、本当? あの子がねぇ。百数十年前は荒んでたけど、今はどうなの?」

 

「僕に聞くな。少なくとも、丸くはなったんだろう。“あいつ”の娘まで儲けたんだからな」

 

「へぇ……じゃあ、彼女も本来の軸における“花嫁”だったのね」

 

「どうでもいい。全部、もう過ぎた話だ。この軸に到っては誰と結ばれようが、何を起こそうが、全てはあいつ次第。今更、筋肉達磨が出てこようが、基本的な流れは変わらない」

 

「そうは言っても、揺らぎくらいはあるんでしょう?」

 

「誤差の範囲だ。閾値を越えられない以上、未来は常に一つでしかない。最大の揺らぎは五年前、当に過ぎた。“あの男”の残した力がもう一度発動する事があれば、引っくり返る可能性はあるがな」

 

「そう言えば、あの男の魂、一体どの神格が保有してるの? E」

 

「確か残った主神連中の一柱が持ってるわよ。仮にも大いなる母の力へ辿り着いたから、神格化される可能性も十二分にあるって事でウチの人員が何人か張り付いてたはず」

 

「へぇ」

 

 白い少女の言葉にSが興味深そうな顔をした。

 

「事態は分かったな? 外神が儀式を再構築し、事態が動き出したなら。こちらの指示で動け」

 

「まぁ、良いでしょう。貴方がワザワザ全員集めるなんて、この数千年無かったもの。可愛い可愛い甥っ子にちょっとくらい力を貸すのは吝かでなくてよ?」

 

 Nにウィンク一つ。

 

 Sが笑顔で承諾した。

 

「ちなみに今、契約を持ってる総主教の小娘から書架の使用を禁じられた。そっちには期待するな」

 

「何だかヤな感じ」

 

 Eが渋々と承諾したように頷く。

 

「主にあの筋肉達磨と僕をこき使ってくれた聖女共、それから毎回毎回馬車馬のように人の仕事を増やしてくれた“あいつ”に対する嫌がらせだ。せいぜいこの世の悪と謳われた力を発揮してもらおうか」

 

「うわ、暗ッ!? だから、モテナイのよ!」

 

 Eの茶化した声にグッと内心の罵声を飲み込んでNがフッと嗤う。

 

「……さっそく仕事を終わらせよう。どうせ、同じだろうが」

 

「何だっけ? 復活した奴についてだっけ? あ~はいはい。バカスカ送ってて嫌気が差した間抜け面が今更外からの侵蝕で甦ったからって、何出来るってのよ。どうせ、国が崩壊するくらいでしょ? 面倒だったら、国ごと封印するなり、何なりすれば」

 

 Eが身も蓋もない事を言う。

 

「そうねぇ。ウチの人員が言うには面倒臭いって言ってたから、放置してもいいんじゃないかしら?」

 

 Sがサラッと笑顔で犠牲者なんて知った事かと断言した。

 

「う~~ん。彼は一応、旧神に含んでも構わないくらいには古い奴なんだけどな。封滅された経緯から言っても、同情の余地はあるんだ。何せ異種の時代には翼の天と比して大地の天なんて人間(いしゅ)に言われてたくらいだからなぁ。まぁ、力を削がれてるとはいえ“彼”がいるんだから、大事にはならないだろう。事態が収束しなければ、七教会が出向くだけだろうし、人類が滅びる程の相手ではないわけだが」

 

 三者三様の問題無しとの遠回しな発言にNは予想通りかと席を立った。

 

「四機関総意として復活した神格に付いて第二級の邪神として判定し、通常戦力による戦闘行為を推奨する。と伝えておく」

 

 ヒラヒラと全員がご自由にと手を振った。

 

「後、もう二つ言っておく事がある」

 

「「「?」」」

 

 三人が疑問符を浮かべた。

 

 これ以上話す事なんてあっただろうかと。

 

「【聖杯委員会】が天蓋に戦力を送るらしい。何を企んでるか知らないが、ジジイはやる気だ。あの聖女共を押し退けて、やりたい事があるそうだ」

 

 三人が意外そうな顔をする。

 

 ほぼ、人類代表と言っていい聖女達を出し抜こうとする個人が未だに存在していた事への驚きと、それを今更伝えるNの真意を計りかねたからだ。

 

「後、あの“新人”の事だが、筋肉達磨が裏で何かしてると考えて間違いない。五年前の小規模な“門”の発生に付いて閲覧が不可能だった。今回の一件も所々虫食いがある。何を隠しているか知らないが、“門”を複製出来るだけの実力者となれば、主神級。それも若い神格には不可能だ。新人の後ろに最低でも【大母子】クラスがいる……気を付けるんだな」

 

 そう言い置いて去っていく背中に誰も何も発さなかった。

 

 ただ、彼らは言葉を噛み砕きながら、其々の道へと再び去っていく。

 

 その先にはただただ白い大地だけが広がっていた。

 

 もしも、彼らの歩みを見る者がいたなら、目を疑っていただろう。

 

 その白き大地が何処にあるのか知って。

 

 公転軌道を人類が版図を広げる惑星の真逆の位置に持つ。

 

 つまり、太陽の裏側のソレは半径2000kmにも及ぶ塩の塊。

 

 巨大な白き八角。

 

 “門”の上だった。

 

 それこそは彼ら四機関が持つ最大の共同所有物件。

 

【創極門(ザ・ゲート)】

 

 大陸のある惑星最大の門。

 

 聖女が見つけた基幹異種の遺産と対を成す場所。

 

 人類が未だ知らない酷界と天界を繋ぐ凱旋門。

 

 つまり、たった一人の“天”が天使と戯れる為だけに構築した扉だ。

 

―――んもぅ♪ 相変わらず可愛いわねぇ……あの子達。んふ♡

 

 イソイソと自分達の組織に戻る四者を見つめながら、七教会の制服姿で真空に浮かぶ筋肉の化身がグネグネと全身を隆起させ、唇の端を歪め嗤った。

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