第三章七十八節「奇妙な凶旅Ω」
紫雲が緩やかに紅へ染まり始めた明け方の事。
前日のオーロラと流星群にエゼ・デシェの客達が大いに盛り上がった後。
眠りに付いていた少女が一人、誰よりも早く起き上がっていた。
ユアル・ラオ。
フォイル家に住み込む記憶喪失の学生。
赤鬼宗家の長女から旅行というものを満喫して来いと言われていた彼女は赤い大耳(メインイヤー)をひょこひょこさせながら、イソイソ着替えると宿の外に広がる庭園へと向かった。
清掃している従業員達の一部が頭を下げるロビーを渡り、清々しい気配の漂う明け方の世界へ繰り出せば、風がそよそよと肌を擽り、何とも心地良い。
「………」
ある程度、宿から離れた人気の無い静かな場所で彼女は紐で男物の厚手のズボンに括り付けていた木刀を抜いて素振りを始めた。
何も無い虚空で振る事にあまり意味は無い。
既に基礎があるなら、最適化された反射を維持するくらいの鍛錬。
高速で二百回も振る頃には素振りは見えない何かに向かって向けられる攻撃と化していた。
左、右、上、下。
変幻自在に迫る想像上のソレの一撃を肉体を限界まで使って回避しながら、刀身を相手へ当てにいく作業。
一太刀も受けずに期を計る姿は想像した相手とはいえ、厳しい敵である事が垣間見れる。
左に半身を引いて、下からの突きを後ろに跳躍して回避。
肉体を捉えそうになる乱撃を上半身を逸らして避け、只管に相手の攻撃から逃げ続けた。
終いには刃が捨てられて、完全に防戦一方となる。
剣術の鍛錬?
常識的に見れば、そう疑問符が付く。
そも、剣を捨てて何が鍛錬になるものか。
そう思う者もいるだろう。
だが、最もな話。
相手が剣で倒せない輩だったら、剣なんて死重量(デッドウェイト)だ。
近頃は火砲と携行火器である銃が数は少ないとはいえ民間にすら出回りつつあるし、戦争中にモノを言うのは魔術師と近距離での銃術という話もある。
魔術との混合で中距離から超至近戦までのミドル、クロスレンジ銃術が国家規模プロジェクトで先進国や中進国において開発が進められつつあり、完全な近距離戦闘は戦場からも遠ざかり始めている。
剣なんてのは重い割りに威力も今一。
ついでに鍛錬の必要が高く。
兵隊に持たせるには重過ぎると言う戦術家もいる始末だ。
間合いを征する武器。
兵隊に求められるのはいつでも相手を一方的に打倒す兵器なわけだが、それを今までは魔術や弓・弩の類が担ってきた。
これが銃に取って変わっただけのみならず。
剣という至近での格闘をも否定し出している。
ならば、何故七教会の総合万能兵装である高格外套に未だ剣が装備されているのかと言う疑問を持つ者もいるわけだが、教会の戦闘教本には以下の事が記述されている。
1.長距離武装における人以外への攻撃において、攻撃力・火力が足りない事例が複数存在する事。
2.近距離での銃術が無数の点を使って攻撃するものであるのに対して剣は線の攻撃である事。
3.剣そのものを遠近において万能性を有した兵器として扱う事が可能である事。
4.3の条件が将来的には優秀な銃剣武装の更新によって、その後のスタンダードとなる可能性が極めて高い事。
つまり、超越者や神格、魔族並みの相手に対して遠距離攻撃である銃は未だに攻撃力が不足しており、近距離戦闘では点より線の方が避け難く、剣そのものを杖として扱う事は魔導によって可能であって、遠近両方に対応しており、最終的には銃と剣の複合兵装が時期主力として持て囃されるのが決定しているのだから、剣を排除する必要はないという事だ。
剣の重量と銃の重量は技術的には幾らでも軽くする事が出来る。
ならば、どちらの利点も備える武装が兵器の主役を飾るまでの間は剣をメインに使え。
そういう事なのだ。
七教会の回答は最適解に近い。
最終的には“剣でも銃でもあるもの”が使われるのだから、剣を蔑ろにするのは極端な考えだと言うのである。
この話はよく軍事評論の論壇を賑わせる既存のものだが、この話には誰もあまり口にしない続きがある。
剣術や格闘術“だけ”しか出来ない輩は早晩、消え去るだろう。
そんな事実だ。
大陸に存在する幾つかの国はその未来を予見してか。
一歩踏み込んだ新戦術の開発に乗り出しているので、この流れは少しずつ大陸でも既定路線だろう。
「フッ」
剣を捨てるという行為は剣術家にとっては致命とも思える事であるが、同時に次なるモノを求める行為となるかもしれない。
筋肉を躍動させ、敵の攻撃を剣無しで避け続けるユアルにはそんな……新たなるステージへ向かう姿勢が垣間見えた。
「っ、く……ダメか」
ようやく見えない相手からの致命傷を受けて、ユアルが止まる。
日がもう朝食の時間だと告げていた。
「帰ろう……」
爽やかな汗を手で拭って。
彼女は一時の鍛錬を終え、木刀を回収すると宿へと戻っていこうと―――。
ガサガサ。
叢の中からヨロヨロと小さな黒猫が這い出てくる。
「ま、まぅをぅ~~~」
「? 貴方は確か……」
一応、水性系亜人の姿になって全員から黒猫さん呼ばわりされていたクヲンの事はユアルも承知している。
何やら疲れた様子でベッタリ地面に顎を付けて大きな溜息を吐いた姿に消耗しているようだと背中が掴まれた。
「マゥ?」
「どうやら何も食べていないようだ。そう言えば、まだ部屋に夜食が残っていたはず……一緒に行きませんか?」
「マーゥ」
前日の夜から諸々追い掛け回された彼女的にはもう寝たいという気分だったのだが、何分久しぶりに全力の鬼ごっこをしていた為、何か意見する力も残っていなかった。
されるがままにユアルの肩へ乗せられて。
クヲんはだら~~っとへばり付くとグッタリ休み始める。
(……行こう。ゼオ達を待たせるわけにもいかない)
黒猫の顎をチョイチョイ指先で撫でた後。
イソイソ猫耳武道少女は宿へと戻っていく。
その後、部屋に戻ったクヲンが夜食を一口食べ、全ての疲れが吹き飛んだ様子で夢中になってガッツク姿が朝から仲間達に目撃されたが、黒猫は食べ終ったと同時にダウン。
ついに素晴らしい朝食を食べ逃したのだった。
旅程最終日。
朝食を食べ終えた足で一行はエゼ・デシェの放牧場へと向かう。
山岳の景色を愉しみながらの徒歩で二十分程。
辿り着いた場所には見渡す限りの山岳の全景。
薄ら掛かる雲は陽光と青空に眩く。
鮮やかに色付いていた。
そんな中で様々な動物達が放し飼いにされている。
その全てが家畜だ。
畜産の王様と言えば、よくよく牛豚と言われる大陸であるが、鳥もその対象である。
美しい自然の中、採卵用の鳥達が駆け回っている姿はきっと仄々した物となるに違いない。
そう思っていた彼らは甘く。
ゴゲェエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッッ!!!!!!
全長12mのソレは随分と立派な家畜鳥(モンスター)であった。
『え~~~大変危険なので、絶対に魔術方陣の外には出ないで下さいね。おねーさんとの約束ですよ~』
『『『『『『『『『『は~~い』』』』』』』』』』
どうやら幼等舎の子供達が遠足に来ているらしく。
案内人の女性が呆然とする彼らの横で懇切丁寧に説明し始める。
『このエゼ・デシェ国営放牧場は家畜の中でも特に稀少動物資源の採集を目的に開発された経緯を持っています。皆さんお肉大好きかな~~?』
好き~~との言葉が返った。
『結構結構。でも、此処はお肉ではなくて卵や羽、粘液、抜け変わる角なんかの生きたまま家畜達が落すものを採る為に作られたの。だから、極めて大きい種類の動物が放牧されているんです。絶対に動物達を挑発したらだめよ~~。今、其処で啼いてるのはコカトリスの亜種で気性が凄く荒くて、数十年前の戦争ではよく敵兵をその嘴の餌食にした事で有名なの♪ お肉もそれなりに美味しかったから、戦中はよく前線で丸焼きで食べられていたそうだけれど、殺すのに兵士十五人掛かりだったらしいから、飛び掛ったりしたらいけませんよ。返り討ちにあいますからね~~』
は~~いとの元気な言葉によろしいと頷いて、女性がゾロゾロ子供達を引き連れ、放牧場のメインストリート。
十軒程の店が連なった一角へ歩いていく。
「きょ、今日の旅程は何でしたっけ……ウルさん」
エストリアが額に汗を浮かべて、今も放牧場の殆どを囲う魔術方陣に嘴による突きを喰らわせている獰猛な鶏(にわとり)?を見上げつつ訊ねる。
「え、ええと、武芸術部による放牧場での奉仕活動……内容は家畜を傷付けずに気絶させる事、だそうですわ。それが終ったら、昼食を取って三時くらいまでのんびりして良いとか……」
ジルムスが魔術方陣を張っている石英製の杭の上で頬杖を付いた。
「昔、これと同じようなので修行してたんだが……こいつらみたいな猛獣は異種並みに肉体構造が複雑で第二第三の臓器やら分厚い表皮やら、とにかく面倒なくらいに頑丈だ。致命傷を与えるのも一苦労なのに気絶させろとか魔術師のスキルが無ぇオレらには無理難題だな」
「に―――」
「昨日の夜に連絡があった。観測機器の修理やら空の異変のせいで今日一杯は連絡してくるなだと」
ジルムスの言葉にエストリアが兄に任せようという言葉を飲み込んだ。
「傷付けないでというのが厄介ですわね」
「む……ゼオはどうだ? やれそうか?」
ユアルに少年が苦笑した。
「今、観察してたけど、たぶん気絶させる加減が微妙に難しいと思う。一応、頭部を揺らして脳震盪でいけそうかな……」
「ふむ。頭部への打撃か。如何程の力で殴ればいい?」
「あそこに生えてる樹を根元から薙ぎ倒すくらいだと思う」
「そうか。では、各自連携して一匹ずつ気絶させて行こう」
「そうですね。これくらいはお手伝いします」
美紗がユアルに頷いて腕まくりした。
「とっとと終らせて昼寝させてもらうぜ」
ジルムスが肩をゴキゴキ鳴らして、伸びをする。
「では、シルルゥさんと璃紗さんは外で待っていて? わたくし達の荷物を頼みますわ」
「はい」
璃紗が頷き。
美紗がその頭を撫でた。
「がんばって!! イクス」
「うん」
シルルゥの応援に少年は応え、前を向く。
そうして、約一時間にも及ぶ家畜群との格闘が始まった。
観光客達の歓声が上がる中。
巨大な家畜達がポンポンと空を舞い。
ドウドウと音を立てて地面に気を失い臥していく。
武芸術部に最初頑張れよ~~と声を掛けて手こずるのを眺めようとした放牧場の職員達は唖然。
これが西部最大の大会で優勝した者達の実力かと目を見張っていた。
それを遠目にしながら、放牧場から貸し出された麻布の上に座って。
全員の活躍を見ていた少女達はお茶を嗜んでいる。
今朝、宿に頼んでおいた代物だ。
大きな水筒の中からまだ温かな琥珀色のお茶をカップに注いで砂糖を三つとミルクを少し。
二人並んで小麦菓子を摘む。
長閑な空気。
吹いた風に運ばれる匂いが此処を自分の住む場所とは別のところなのだと実感させる。
ハガスから出た事の無かった二人は同じ思いを共有していた。
小さな時から館と学校と周辺の街しか知らなかったシルルゥ。
生まれた時から月兎亭と街の僅かな部分だけしか知らなかった璃紗。
初めて旅行というものを経験した彼女達は新しい物を発見する喜びをようやく理解したのだ。
「リーシャ」
「シルルゥ?」
呼ばれて。
璃紗が小首を傾げる。
出会った日から互いに名前で呼ぶ間柄になったのは間違いないが、そんな風に中々呼び合う事は少なかった。
いつも二人の間には少年がいたから、いつも口にするのはイクスという名前ばかり。
こうして互いのみを傍においてのんびりした事は数える程しかない。
だからなのだろう。
少しだけ、璃紗は戸惑っていた。
静かで、穏やかで、けれども、内に何かを込めた声。
互いに知らない空気が周囲には立ち込めている。
「イクスの事。好き?」
「……うん」
「シルルゥもスキ」
声はハッキリとしていた。
しかし、璃紗は驚く。
何かがいつもとは違う事を感じたからだ。
シルルゥ・ゼオの瞳には常の無垢な耀きとは違う何かがあった。
「………リーシャ」
「?」
「イクスと……赤ちゃん作るの気持ちイイ?」
「~~~!?」
思わず璃紗が赤くなってうろたえた。
自分の方が年下とはいえ。
そういう事はまだシルルゥには早いと思っていたからだ。
「えっと、あぅ……ぅん……///」
嘘は吐けなかった。
誤魔化す事は出来ただろう。
けれども、自分を見つめる瞳がいつもと違ったから、少女は正直に答える。
「……シルルゥにもしてくれる……カナ」
「ッ、そ、それは……イクスに聞いてみないと……」
「シテ……欲しい……シルルゥが今のままのウチに……イクスに赤ちゃん……作ってあげたい……」
「シ、シルルゥ?」
その言葉におずおずと璃紗が横にある顔を覗き込む。
「リーシャ」
「な、何?」
「シルルゥが変わったら……代わりに赤ちゃん作ってあげて……幸せにして……ずっと一緒に家族として……」
「変わったらって……」
「時間、無いみたい、ダカラ……ハハサマに……連絡………」
「シルルゥ? どうしたの? シルルゥ?」
ゆっくりと笑みを浮かべたまま、まるで糸が切れた人形のように、その身体が、麻布の上に崩れ落ちた。
「シルルゥ!?」
その叫びは歓声の内に沈んだが、確かに気付いた少年は誰よりも先に少女達のいる場所へと駆け付ける。
「シルルゥ!! シルルゥ!!? どうしたの!? シルルゥ!!?」
シルルゥ・ゼオは薄らと笑いながら、反応もない昏睡状態となっていた。
*
―――同日同刻。
巨大な部屋。
一面紅の壁紙に染まる室内。
黒の椅子に座って。
フォイル家当主。
ドゥーズが礼服に身を包み、一人の女を迎えていた。
フォイル家本邸にある客間。
それも最重要の貴賓を迎える為の場所だ。
円卓の上には巨大な乳房がゆったりと喪服に遮られて、置かれている。
未亡人のような女。
ゼオ家当主。
アルゥ・ゼオ。
彼女をついに呼び出す日が来てしまった事を彼ドゥーズは苦々しく思いながらも、僅か嬉しくも思っていた。
それはこのアルヴァスに顕れたフォイル家に続くゼオ家の誕生が、彼ら一族の選択を正しいものだったと裏付けるものだからだ。
「アルゥ・ゼオ。本日呼び出しを行なったのは他でも無い。貴女の力を本格的に借りる事態が迫っている事を告げる為だ」
「外神ね」
「ああ、先日の異相大変動によって、神々の拠点とされていたアイウィスの環境が大幅に改善した。これを機に我が方の部隊が内部を捜索し、観測機器を置いたのだが、それで必要な情報はほぼ全て出揃った」
「結果は?」
「最悪だ。何も変わってはいない。報告していた通り、このままでは来年の春を待たずして、我が国どころか。この世の全てが呑み込まれるだろう。これは確定事項だ」
「それで、私の力が必要になったと?」
「そうだ。七教会の支援は受けられない。また、周辺諸国にこの事態を連絡する事も出来ない。元老院上層部はもはや貴女を出し渋る事態ではないと判断した」
「一体、どうしろと?」
「まだ時間はある。だが、予定は全て組まれた。今年の終わりに国家非常事態宣言と戒厳令を発令する。その後、国軍は大改編、【崩燼武装】を主兵装とした大部隊を異相異変の中核へ艦隊に乗せて派遣する」
「……異相に艦を?」
「先日、パイプが出来た大陸南部の帝国から技術支援の打診があった。彼らは全てを知っていたよ。それで反七教会派の中核戦力となる代わりに技術者と資源物資の提供を申し出てくれた」
「……体の良い弾除けね」
「分かっている。我々の技術力を結集したとて、七教会には敵わないだろう。だが、もう決まった話だ。どちらにしろ。勝たねば、我等の国もこの世界も消えるのだからな。これよりアルヴァスは次元異相突破艦の建造に入る。主力戦艦十三隻、重巡洋艦二十一席、駆逐艦六十二隻、計九十六隻の大艦隊だ。君にはこれらを守る機動歩兵軍団の大元帥として任務に付いてもらう」
「約束。分かってるわよね?」
「ああ、力を借りる以上は必ず履行する。来年の春にもしも世界が残っていたなら、我輩とアルヴァスの名の下に【崩燼機関】と【源理粒子】の生産を停止しよう。また、全ての製造ラインの破壊、基本智識の消却、我が国がこの五年で得た富とインフラ、重工業地帯以外は手放そう」
「いいでしょう。契約は此処に次の局面を迎えたわ。鬼の子よ……」
薄らとアルゥが笑みを浮かべる。
「……我が国にとっては痛い話だが、これでも五年の間、対策をしてこなかったわけではない。【崩燼機関】以外の重工業政策も円滑に成長させてきた。例え、この契約が完了しても、我が国の工業力や生産力はこれからも成長し続ける。【崩燼機関】関係の工業が壊滅したとしても、南部帝国との技術提携があれば、影響は数年で吸収出来る範囲に留まるだろう」
「良い男ね。貴方……手放す勇気は“人”に無いと思っていたけれど」
「褒めたところで何も出んよ」
「……亜人と共に暮して何かが変わったのかしら?」
「さぁ、な。我が始祖が何を考えて、この大地に根を下ろしたのか。容易に分かるものではあるまい。我輩はもう亜人だ。故郷を出て、己の主を裏切り、過酷となるのを承知で国を興した。その反骨の思いだけは受け取ったつもりだが、全ては過去に過ぎない」
「過去じゃないわ。今に続く昨日よ。五千年の月日は人を亜人を大きく変えた。千年前も、千年後も、貴方達がその昨日を忘れても……私は……覚えているわ……」
「……我等との差を思い知るな。一体、貴女はどれだけの……」
「女性に年齢を尋ねるものではないわよ。坊や」
苦笑する女にドゥーズもまた苦笑した。
「そうだな。例え、貴女がどれだけの月日を越えて来た者だろうと、今は関係ない」
「そう。私はこうする事を望んだ」
「我輩はそうなる事を望んだ」
「なら、問題なのは」
「その契約一つ、か」
ドゥーズが立ち上がり、アルゥの下まで歩いてくると手を差し出した。
「我が国の将兵をどうか頼みます。始祖の仕えし方……魔王ゼオストスの妹君よ」
「今なら、分かる。きっと、兄は……人の血に……亜人の血に……“悪い魔族”として身を捧げたのでしょう」
アルゥが手を取る。
「鬼の子よ……いえ、人でもなく、異種でもなく、亜する者の子よ。私は守りましょう。五千年前、あの子が守りたいと願ったモノを……千年前、兄が守り続けたいと願ったモノを……数十年前、彼が私に教えてくれた想いを絶やさぬように……このアルメイア・ゼオストスが……」
「“我が始祖なる高貴に栄光を”(ハイル・マジェスティ)」
男が片膝を付き、女の手の甲に口付けした。
「随分と久方振りね。こんな事をされるなんて……あの鬼の倅もきっと幸せでしょう……素晴らしい子孫に恵まれたのだから」
「ッ、その言葉だけで我が始祖も我が生も報われましょう」
二人が部屋を後にしたのはそれからすぐの事。
外で待っていたフォイル家の従者達は何が在ったのかと興味津々の様子であったが、常のドゥーズの顔に敬礼したのみに留めた。
(必ず、守ってみせる……我が国の民を、我輩の家族を……)
雄々しい横顔。
それに敬服する者が多数。
しかし、ただ一人。
アルゥが帰っていったのを見計らって出てきた奥方だけが、夫の視線に涙目であった。
昼も日中から未亡人と密会?である。
その腕で彼女は娘すらドン引きな威力を発揮し、夫が気を失うまで関節を決める事となったが、それはまた別の話。
赤鬼宗家はその日から片時も休む暇無き準備と調整に追われる事となる……。
*
―――???
お腹が空いていた。
彼女もまた同じ。
食べ損ねたご馳走から逃げ出してしまったのだから、しょうがない。
しかし、まだ二人には指輪(リング)がある。
鎧は壊れてしまったけれど、その中枢たるソレは無事。
これからどうしようと世を見上げれば、暗闇の奥底から水底(みなぞこ)へ降り注ぐ光景がちらほら。
そう言えば、そろそろ夏祭り。
安っぽい串焼きの思い出が甦る。
妹と父と共に歩いた露天は愉しかった。
そうだと思い付けば、嬉しさは膨れ上がり、彼女が啼く。
二人の中でグルグルとソレが回り出す。
力の源は【具現】。
新しいパレードに向けた準備を見つめながら、一つずつ趣向を凝らそう。
亜人の最も屈辱的な姿。
それは鎖に繋がれ、首輪を嵌められ、轡を噛まされ、躾けられる事。
だから、人数分用意しよう。
亜人の最も嫌う形。
それは皮膚を弾く鞭と獣を殺す罠と命を刈り取る屠殺用のナイフ。
だから、人数分用意しよう。
ふふふ。
彼女は嗤う。
啼きながら嗤う。
悦び高きオモテナシ。
首輪を嵌めて、轡を噛ませ、鞭を入れて、罠に嵌めて、躾けよう。
ふふふ。
彼女は嗤う。
とてもとても、幸せそうに。
とてもとても、悲しい様子で。
【ひひひ】
何も無い虚空に声が響いて。
少しずつ、少しずつ、人数分用意しよう。
ゆっくり、ゆっくり、創っていこう。
トンカントンカントンカンガシャン。
骨を折って、指で弄り、血で染めて、涙で覆う。
夏祭り。
毎年、学校で嫌だった夏祭り。
誰も一緒になってくれない、班に入れてくれない。
そんな、壊したい思い出。
けれど、今は違う。
一緒にしてあげるのだ。
自分と一緒の仲間に入れてあげるのだ。
ああ、とてもとても、それは、とても、それは、とても、それは……何と素晴らしい事なのだろう。
してあげる。
入れてあげる。
やってあげる。
いつもいつもいつもいつもいつも、もったいぶった“仲間達(いじめっこ)”は最後に梯子を外してくれたのだ。
せんせ~い。
●○●●君が他の人の班に入りたくないって言ってまーす。
クスクス。
クスクスクスクス。
愉しい事は何もさせず。
美味しいものは独り占め。
最後に残った残飯をグチャグチャにして、よく目の前に置かれた。
あ~~●●○○君が壊した~~。
クスクスクス。
クスクスクスクスクスクス。
そうして、最後には罪と罰と贖いを全て押し付けてくれた。
誰が何を壊したって。
誰が何を汚したって。
誰が何を出来ずとも。
全ては○○○○君のせいだった。
【ひひひ、ひひひひひひ♪】
脳髄をグチャグチャにする前に泣き顔で仲間に入れて欲しいと言ってくれるまで、パレードをしよう。
誰もが畏れて、誰もが憎んで、誰もが逃げ出し、避けられない。
そんな嫌なものを全て詰め込んだ世界に一つのお祭りをしよう。
楽しみだ。
愉しみだ。
とてもとてもとても……嗤いが止まらないのだ。
『ヤバ手ばば得たえっ場bら絵エアリンがレナ4位芸が4うぇgんぇ4んが4gb44あ4なえrgぁえら』
彼女が啼く。
ギザギザの骨に臓器をグチャグチャに掻き回されながら、鳴く。
【ひひひ、ひひひひひひ、ひひひひひひひひひひ♪】
大事に大事にしていこう。
今日という日がいつまでも続きますように。
どうか、この世の全てが泣いて赦しを請うて、生きながらに融かされて、何も出来ずに絶望しながら消えていきますように……神様。
【なんじ、はらからなるものして、ひとのこのやみ。おまつりにする? おまつりにする? ひひひひひひひひひひ♪】
骨を折って、指で弄り、血で染めて、涙で覆って、最後に憎悪と悪夢を込めて、しっかりとした出し物を創ろう。
昔から、毎年やらされてきた。
だから、こういうのだけは得意なのである。
一度くらいは虐殺(たのしむ)側になったっていいだろう。