第三章八十節「祭忌禁交Ⅱ」
「親父殿。今日はどういう風の吹き回し様だ? この忙しい時に一緒に出掛けよう等と」
赤鬼宗家。
フォイルの家は現在、一年以内に完遂しなければならない国家の一大事業の旗振り役として、複数の工業地帯を監督する立場にあり、殆どの人員が忙しく立ち働いている。
祭り当日という事は無礼講という事だが、そんな事をしている暇が無いのは火を見るより明らかであり、彼ら一族の中で最高の権力を持つ当主が娘と一緒に出掛けるなど、下々の者からしてみれば、不満に思う者もいるだろう。
が、そんな事は百も承知でドゥーズは厳つい顔にいつも通りの笑みを浮かべながら、愛娘に行き先の地図を差し出した。
「ああ、そういう事か」
自動馬車も使わず。
転移も使わず。
何処に行くのかと思えば、ハガス中央の【崩燼機関】の研究所。
それも主要研究者がいる極秘開発部門ともなれば、あまり人に言えない場所だ。
更に言えば、何を見せられるのかは何となく彼女にも分かった。
お祭り気分で準備を進める市民達が人間も異種も亜人も無く。
和気藹々と接している様子を眺めながら、徒歩で三十分程。
制服とスーツ姿の親子は中央官庁の庁舎群の一角にある研究所の守衛に予定通り出迎えられ、白亜の建屋内部へと進んだ。
承認用のゲートを潜る事五回。
ようやく彼らは研究所の中枢へと辿り着く。
其処で待っていたのはエンシェンの予測通り。
リヒス・エス・トリア博士だった。
もう目元に皺も目立ち始めた彼女は一見して只の人間。
無論、亜人という事にしてあるが、実際には正真証明混じりっけ無しの人類。
その彼女が出迎えるだけで、もう何が起こるのは大体想像が付く。
「お待ちしておりました。ドゥーズ様」
「貴女に様付けされるような立場ではありません。我々はあくまで共生関係。そもそも、本当に様付けしなければならなかったのは我々の方でしょう。五年前から我らの契約は変わりません」
「そうですか。では、こちらへ」
リヒスが僅かに頭を下げた後。
イソイソと研究所の更に奥へと向かう。
それに付いていくとセキュリティー用の扉が四つ。
全てを潜り抜けた時。
彼女はほぼ地下まで掘り下げられた巨大な建屋の埋没式の工廠に目を見張った。
「これは……これ程の大きさの【崩燼機関】があるとは……もしかして、先日言っていた異相突破を目的とする艦船に搭載するものですか?」
エンシェンの前には巨大な黒い箱が鎮座していた。
15m四方の正方形。
それも造り掛けなのか。
複数の部分が欠落して、内部の連結部分と思われるフレームを剥き出しにしている。
「いいや、これは我が国が最後に製造する事となる保険だ」
「保険?」
ドゥーズがエンシェンを振り返る。
「もうすぐ、【崩燼機関】と【源理粒子】の製造開発は終了させる。智識も廃棄となるだろう。だが、現在ある物に関しては全て保全される。無論、機関は粒子が無ければ動かない。しかし、此処に一度起動さえしてしまえば、無限の出力を可能とする機構がある」
「―――親父殿。これの銘は?」
突然、アルヴァスにとっての一大事を告げられた彼女は僅かに動揺したが、すぐさま父親に尋ねた。
五年で国を飛躍的に発展させた機関の製造開発中止。
それは正しく自殺するとの宣言にも等しい。
だが、その決定事項に対して、出来るところまで処置しようという姿勢は彼女の尊敬する政治家としての父親の図太さをよく表している。
何故、機関と粒子の製造開発を終らせる事としたのか。
訊ねる必要もない。
どうせ、教えてはくれないのだから。
ならば、建設的に自分も在ろうと言うエンシェンの姿にドゥーズは僅か笑んだ。
「【崩燼共鳴機関(ソルヴァス・レゾネーター)】」
「ソルヴァス・レゾネーター……共鳴器?」
「博士。娘に説明してやってくれないか?」
リヒスが頷く。
「分かりました。では、【崩燼機関】の基本的原理に付いてお尋ねしますが、知っておられますか?」
「はい。それは国の主要産業ですから。機関内部に入力した粒子を“何処にでもある状態”に置換して、入力したものを増やして出力させる。そういうものだと存じています」
「ええ、既存の【崩燼機関】は内部で存在を確保出来る唯一のエネルギー源である【源理粒子(イデアル)】という物質を増やして、純粋なエネルギーなどに返還して出力します。ですが、この【崩燼共鳴機関(ソルヴァス・レゾネーター)】は複数の機関が連結されており、粒子を増やす領域を再指定し直して内部で無限に粒子を増やし続ける事が出来るのです」
「無限に?」
「粒子複製プール内と現在増殖中の粒子を一気に喪失しなければ、理論上は無限に出力し続ける事が出来る。つまり、上限を超える出力さえしなければ、常に一定値のエネルギーを確保出来る」
「それは実質、【無限機関(インフィニテ・マグナ)】という事ですか?」
「ええ、それで間違いありません」
エンシェンが驚いた様子でドゥーズを見る。
「我が国にも神の石が出来るという事だ」
「どうして、これを見せようと?」
「これはもうすぐ完成する。これから粒子を補給する事により、新規作成出来ない【崩燼機関】を延命する事が可能となるだろう。無論、それも壊れれば、それまでだがな。だが、今回我が国が新規に建造している異相突破の為の艦と、この【崩燼共鳴機関】に付いてだけは例外となる」
「例外?」
「経年劣化しないよう博士に無理を言って特注させて貰った。外部からの攻撃等で破壊されない限り、コレと艦隊の中枢は無限に稼動するという事だ」
「……ただ、見せる為に呼んだわけではないのだろう?」
「無論だ。お前にはこの機関を動かし得る最高純度【源理粒子】の確保を任せたい」
「確保? 粒子の製造は我が国の研究所の一つでだけで行なわれていたかと思っていたが」
「そうだな。建前上はそういう事になっている。お前にはまだ話していなかったが、高純度のものに付いては現在在庫が一つしかない状態だ。あの地下水道で確保したモノ以外は……もう殆ど残っていない」
「残っていない? どういう事だ。それに地下水道だと? 親父殿」
「………我が国は犠牲の上に成り立っている。だが、それも五年で尽きた。手の引き時という事だ……真実くらいは教えよう」
「何だと?」
「契約に基き、我らは手が出せない。また、提供を申し出てくれるよう交渉するのも無駄だろう。彼は彼女にとっての特別……我々がどうこう言った時点で契約破棄とも成りかねん。それでは国が守れない」
「一体、何を言っている……何が言いたいんだ!!」
ドゥーズが娘の言葉に答えず。
静かに続ける。
「コレはお前にしか出来ず、お前にしか任せられず、お前だけがやろうと思う仕事だろう。本来なら、こういった仕事はお前がもっと政治と軍事に練達し、国を動かす立場となってから頼むべきものだ。その点で……一人の政治家として前途ある若者に頼む事を遺憾に思う。そして、このような仕事をお前に押し付ける事……親として済まなく思う……だが、地獄に落ちるとしても、我輩は赤鬼宗家の当主として、この任をお前へ託す」
リヒスは……ドゥーズを少しだけ悲しそうな瞳で見ていたが、自分もまた罪からは逃れられない立場であると自覚する故に瞳を凍らせ、研究者として、たった一人の親として、我が子達の未来の為に決断を下す。
「では、最高純度の【源理粒子】の抽出器内の映像を出します」
パチリと魔術の光が虚空に奔り、エンシェン・イル・フォイルの前に映像が映し出される。
薄暗い何か狭い箱の中。
僅かに見えるのは肌色。
「?」
「博士。光を……」
「いいのですね?」
「構わない。全てを見せてようやく我輩は憎まれるのだから」
「分かりました」
リヒスが魔術を操作した次の瞬間。
映像に光が差した。
そして―――――――――。
ポタリと一滴。
床に雫が落ちた。
「これが」
片腕が振り上げられ、その拳が振り下ろされるより先にドゥーズがリヒスを後ろに庇った。
「これがッッッ、亜人のする事かぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――」
一瞬で振り上げた腕を蓋う制服が破裂して、その内部から自己打撃によって増産される魔力が紅の力を床に出力した。
ゴォオオオオオンッッッッ!!!!!!!
巨大な研究所内部で突如として炸裂した威力が地面の基礎を粉々に打ち砕き、更には周辺の岩盤を沈ませ、研究所全体を2mに渡って沈下させる。
アラームこそ鳴らないものの。
紅の非常灯が付いた爆心地でエンシェンはボロボロになった制服のまま。
顔を俯け、息を荒くしていた。
その唇からは今も噛み締めた分だけ血が滴っている。
「当時、この国は帰路に立っていた。周辺諸国の人間国家は銃器と新たな戦術の開発で力を付け、我が国は戦力の機甲化が遅れていたからだ。魔術的な優位は無く。今まで地位を保ってきた源である亜人特有の基礎的能力の高さは高度化された戦闘には絶対の優位を確保しない。従来武装の高度化で手一杯であった我が国は七教会の銃器特許の壁に阻まれ、自己開発は周辺国の非難を浴びる可能性も高かった。亜人が銃器を使い出す事を最も警戒したのは中央諸国ではなく、各地の人間国家だったからだ。更に魔族や廃国域の出現、不安定化する七教会の治世に一部、西部でも不穏な動きがあった。当時、我が国が周辺国との関税条約に関して不利な立場を取っていたのはお前も知っているだろう。あの裏で戦力を数カ国が極秘裏に集めていた。我が国は早急にこの事態を打開しなければ、七教会の介入前に電撃戦を仕掛けられて、かなりの被害が出る事も予想されていた。そうして、そんな時にエス・トリア家はやってきた」
リヒスが淡々と当時の事を話し始める。
「当時、私達の研究はこの地域にも関連する人員を置いていた。ディミトリアからの脱出後、旧教会派は夫の研究を欲したけれど、私にはもう耐えられなかった。あの子達の為にもひっそりと暮らして生きていきたい。けれど、それも後ろ盾が無ければ無理な相談。そんな時、この国の現状を私は現地の協力者から聞いた」
「我輩は彼女がこの国に持ち込んだ【崩燼機関】計画を買い取り、我が国は彼女達の安全と身分の保証を行なう事で契約を結んだ。我が国にしてみれば、人類にとっても、亜人にとっても脅威であるモノを“有効活用”して尚且つ、自らの工業力を高められる機会」
「私にとっては子供達の安全を買う事が出来る唯一の機会」
もう五十代になる女の瞳は真っ直ぐに今も正当に正義と良心によって心を痛めるエンシェンを見つめ、揺るがなかった。
「利害は一致した。我輩は国を守り」
「私は家族を守った」
「………その挙句が、コレか……」
まるで自分が血を吐くような声でエンシェンが呟く。
「そうだ」
ドゥーズが頷いた。
今まで激高したのが嘘のように、エンシェンが底冷えするような瞳でドゥーズとリヒスを見つめる。
「“ソレ”には……意識があるのか?」
映像の先で今も映し出されるモノ。
その状態に付いて最も詳しいだろうリヒスが緩々と首を横へ振った。
「在りません。意識、精神、魂、そういったものは何一つ。無論、低純度の“粒子原材料”に限ってはその限りではありませんが」
エンシェンが歯を割れそうな程に軋ませる。
「一つ問いたい」
「ああ、何でも言え」
ドゥーズが真摯な瞳で娘を見つめる。
「“過去の同胞”を使う事に躊躇いを覚えなかったのか?」
「お前がソレを一番よく分かっているはずだ。エンシェン……我々はもう“亜人”だ……」
「そうか……それがフォイル家の選択か」
「そうだ。これが我輩の辿ってきた道だ」
薄らと目元から流れ落ちたものの跡を付けて。
鬼女は尋ねる。
「このエンシェンに仲間を、友人を、唯一無二の恩人を―――」
それを敢えて親としてドゥーズは遮る。
「殺せとは言わない。それは彼女が、アルゥ・ゼオがいる限り、不可能だろう。無論、傷付けろとも言えない。我が国とゼオ家は対等な関係において、その利害が一致する限り、契約を履行する間柄だ。故にお前には」
「もう、いい……何も言うな。ドゥーズ・スィール・フォイル」
ただただ、悲しげな響き。
それをやはり、親として最後まで憎まれ役を買って出る気でいたドゥーズが無視する。
「いや、言わせて貰おう。エンシェン・イル・フォイル……我が娘よ。お前にはあの少年に心臓を此処まで持って来る事を承諾させて欲しい。交渉の全てはお前に任せる。期限はこの祭りが終るまでだ。【崩燼共鳴機関】を予定する定常出力が可能な臨界域まで到達させるには長い時間が必要となる。艦隊の異相派遣プランから逆算しても、三日後には試運転を行なわなければならん」
ようやく研究所内の衛兵が近付いてくる足音。
「………」
研究所を破壊したエンシェンは本来ならば重罪人なわけだが、国家として国民を守ろうとするなら、結局は少年の心臓が無ければ、高純度源理粒子の大本が無ければ、話にならない。
ドゥーズは研究所の外へ去っていく娘の背中に何も言わず。
やってきた衛兵達に事態の収拾を指示して、その場から離れさせた。
「……これで良かったのですか? 私に全てを押し付ける事も出来たのに」
リヒスがポツリと呟く。
「親として子供に示してやれるのは背中だけです。我輩は少なくともあの子に見せて恥ずかしい背中はしていない。それだけはハッキリと言える」
親として政治家として軽蔑され、憎まれる事を厭わず。
いや、厭う事を己に許さず。
そんな男親の顔にリヒスはその男を相手に契約した事を一生後悔しないだろうと心に思った。
「……そうですか。私のところはダメでしょうね。きっと、怨まれます。心底……あの子達に罪を背負わせていますから……」
自嘲の笑み。
自分の子供達が真実を全て知りつつある事は彼女も理解している。
それを妨げなかったのはこの五年で随分と心が離れてしまったと実感し、それならば、憎まれるべき最後の人間としてそう在ろうと決めたからだ。
時折、アーギストが送ってくる写真は今、彼女の机の上に置かれている。
仲間達と共に沢山の経験をして、沢山の思い出を作った。
そう報告される度、娘の横にいる少年を意識しなかったわけがない。
「娘の事なんですが、あの子……恋をしたそうです。送られてくる篆刻写真が凄く幸せそうで……私が帰った日には見せないような笑顔で……それを壊してしまう私はきっと……あの子に永劫許されないでしょう」
予備電源に切り替わった室内で傾いた【崩燼共鳴機関】を見つめながら、リヒスは虚空に映し出した光景をもう一度思い出して、自分のやってきた所業の罪深さ、業を噛み締める。
「……どうして、彼は……いえ、魔王は人間の形をしていたんでしょうね。もしも、化物ならこんなに苦しい思いはしなかったのに……」
弱音を吐いて、それが最低な言葉だと自覚して、それでも彼女はそう思わずにはいられない。
自分の最愛の人が手掛けた数体の複製実験の成果。
化物ならば、生きてすらいないソレに感情を持って接する事なんて、きっと無かった。
そうであれば、全ての感情を麻痺させて、ただ物体として【源裡粒子】を扱う事も出来たのだから。
魔族、悪者、化物、人類の敵、ならば。
「この世の誰もが病に掛かっているから、我輩はそう思います」
「病?」
「この世の全てを支配するなら、きっとそれはこの世の誰からも愛される形でなければならない……我輩の勝手な妄想ですが……」
「案外、的を射ているのかもしれませんね。随分昔の教典に確か同じような一節があります。夫はよく言っていました。全てを支配する者は全てから支配したいと願われる者でなければならないと」
「旧教会派の“計画”は未だに動いている。この場所の居心地が悪いなら、そちらに移る事も考えては? 来年には無職になっている関係上、逃げる準備だけなら彼らへ頼めるでしょう」
それにリヒスは首を横に振った。
「もう逃げる事にも、誤魔化す事にも疲れました。私も歳を取り過ぎた……あの子達に残せる限りのものを残せたなら、何処で死のうとも悔いはないんです」
「……ふ、お互い随分と悪い親になったようだ」
「いつか、精算する日は来ます。それが永遠の苦しみなのだろうと私はこの道でいい。もう、十分に救われてきた。夫に、家族に……」
「ならば、進む事としましょう。アルヴァスという船はまだ沈んでいない。貴女は帆を張り、我輩は進路を示して立つ。この船が沈まぬよう、船が沈んでも、我が子だけは逃がせるよう、人智を尽さねば」
「ええ、そうしましょう。短い間になるかもしれませんが、これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ」
二人の親は子供達の往くべき道が閉ざされぬよう願い。
瞼の裏に焼き付いた己の罪を幾度も心へ刻んだ。
骨も無く。
皮すら残り僅か。
骨格は半ば失せ。
眼窩は脳ごと落ち窪み。
舌は無く。
肺はスカスカで。
腕も足も消えた。
その人体として圧倒的に足りない“残り粕”は、それでも何故か薄らと唇の端を曲げていて。
もう人の形などしていないのに、それは確かに人だった。
標本にすら足りない身体。
その胸があっただろう場所は刳り貫かれており、残ったペラペラの皮膚には文字と象形が刻まれている。
【ΙΧΘΥΣ(イクトゥス)】
それは遥か古の救世主の御名に使われた魚の名だった。
*
明け方前の緋色と紫雲が入り混じる境界。
地平の彼方までただ虚空がある最中。
瞳を開けた彼女は目の前に鏡があるのかと首を傾げた。
シルルゥ・ゼオ。
あまり目立たない黒髪の少女。
少しだけ額に角がある。
それだけの自分。
しかし、そんな己にもっと何かあったらと、そう悩まない事も無い。
特に近頃は……そんな思いに駆られる事が多くて。
胸の辺りがもやもやするのだ。
一年前やってきた少年の優しさを自分だけが知っている。
それが何よりも嬉しい秘密だったのに。
今では傍に沢山の少女がいる。
目立たない自分と比べても華やかな姿。
それを羨ましいとは思わない。
でも、己にもっと何かがあったら、少年に振り向いて貰えるだろうかと。
沢山、傍にいて……可愛がってくれるだろうかと。
思うのだ。
『イクスがスキ?』
「うん。大好き」
『イクスと気持ち良い事したい?』
「シタイ、よ?」
『傍にいて、ホシイ?』
「ずっと、イッショ……」
目の前の自分に問い掛けられて。
答える内。
ああ、と。
分かって。
自分の姿を見つめて。
そっと、手を伸ばした。
「もっと、白くがイイ」
『うん。そうしよう』
もっと白い肌がいい。
いつもイクスの傍にいる少女達みたいに綺麗なのがいい。
「もっと、お顔は可愛いのがいい」
『うん。うん』
二重の瞳。
長い睫。
切れ長の瞳。
整った鼻梁。
いつもイクスの傍にいる少女達みたいな個性のある顔がいい。
「もっと、髪がキラキラで長くがイイ……ウルさんみたいな」
『そうしよう。ね?』
黒いだけじゃ、少し寂しい。
飾を付けたら映えるような、長くて耀く髪がいい。
「もっと、ちっちゃくがイイ……璃紗より撫でてくれるように」
『ふふ、ちっちゃくても赤ちゃん一杯作れるように、ね?』
「うん。イクスが沢山赤ちゃん作りたくなるように。一杯、一つになってくれるように」
身体は細くて、小さくて、抱き締められて、優しくしてくれるように。
もっと、触れたくなるような、犯してしまいたくなるような、そんな身体がいい。
「もっと、強くがイイ……エストリアさんや美紗さんみたいにイクスを守れるように」
『そうだよ。シルルゥ。強くなろう? 一杯、一杯強くなって、イクスをずっと守って暮すの』
「守ってくれるのも嬉しい、ヨ?」
『うん。うん』
大きな角と大きな尻尾と大きな翼と何でも見える瞳。
傷付かないもの。
包んでしまえるものがイイ。
「もっと、気持ちよくがいい……皆がしてるより、イクスを気持ちよくして、気持ちよくなるの」
『出来るよ。舌も喉も唇も耳も首もおっぱいもおしりもおまんこも赤ちゃんを作るお部屋も全部イクスが気持ちよくなるように、イッショに気持ちよくなれるように……ね?』
何よりも心地良くさせられるように。
誰よりも心地良くなれるように。
身体は特別がイイ。
『出来たよ。シルルゥ』
「うん。出来た……」
今までとは違う自分が其処にいた。
ちっちゃくて可愛くて男なら幾らでも撫でたくなるような、犯して穢して孕ませて、自分のものにしてしまいたくなるような、そんな……女の子。
とても幼い外見。
抜けるように白い肌と自分の身長よりも長い真珠色の髪。
愛らしい顔に艶やかな笑みを浮かべて、紅の小さく少し長い舌をチロチロさせている。
小さな桜色の乳首と乳輪。
なだらかな腹。
最初から包む物の無い淫核(クリトリス)。
その下にあるくっきりとした細いすじ。
小指すら入りそうにない入り口とスプーンの柄だって呑み込め無さそうな狭い膣。
そして、まだ無垢なままの血すら流した事の無い胎。
でも、それは全て見せ掛け。
きっと、少年のものならば、どんなに狭くとも入り。
きっと、少年のものならば、どんなに長くとも入り。
きっと、少年のものならば、どんなに大きくても入り。
誰よりも何よりも少年とピッタリと吸い付いて離れない性器(おまんこ)。
もう排泄行為の為に使わない尻穴も少年の子種を心地良く何度でも絞る為のものとして生まれ変わるのだ。
そう、身体の全ては少年の為のものとなる。
ずっと前からそう決めた通り。
慰めたいと。
優しくしたいと。
穏やかな顔で笑ってほしいと。
一つとなって眠りたいと。
自分を宿す母がとても羨ましかった頃からの願い。
「貴女は誰?」
ようやく。
自分の前にいる自分に尋ねて。
『「シルメイア・ゼオストス。シルメイア、だよ?」』
それが自分の口から出た言葉だとようやく―――シルメイアは理解した。
自分じゃないと思っていた何かは自分だった。
それは知らないだけの自分だった。
二つでも無い。
別のものでも無い。
ただ、知らなかっただけの自分。
だから、傍に浮かぶ“屍蝋の仮面”はたちまちの内に砕け散った。
「シルメイアは……シルメイア、だよ?」
乗っ取る?
出来るわけがない。
闇も光も無い。
気付くか。
気付かないか。
その差を埋めた今、自分は一つだ。
何処かで見ていた誰かが【ひひひ……】と残念そうな声で遠ざかっていく。
知らなかった自分すら、目の前にはいない。
此処にいるのはただ知っているだけの自分。
取り戻しただけの自分。
それだけだった。
「イクス。ティア……シルメイアのトトサマ」
そろそろ夜が拓く。
これからはどうやって誘惑しようか。
唇を触れ合わせて。
舌と甘い声で何度もオネダリして。
乳首と肌に擦り合わせて。
太腿に淫核を擦り付けて。
考えただけで潤むすじが待ち切れないくらいに疼いて。
身体が熱く滾っていく。
「ふふ……」
そうして。
ようやく。
始まる。
人類も異種も亜人も人外も魔族も神格も全て等しく滅ぼして、最初の二人になる為の今が。
「一杯、一杯、シルメイアの体にいけない事して、ね? パーパ♡」
それはきっと自分が自分である事を知った日に思った初めての感情。
狂おしいもの。
人が愛と呼ぶソレに違いなかった。