※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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第三章八十三節★

第三章八十三節「祭忌禁交Ⅴ」

 

 咽るような牝と牡の匂いが窓辺からの風にドアの外へと溢れ返り。

 

 二人の少女はゴクリと唾を飲み込んで、自分達の前で繰り広げられる痴態から目を離せなくなっていた。

 

 小さな少女達が寝台の上で白濁に塗れ、ドロドロのその幼い身体を上下逆に重ね合わせて、少年を誘っているのだから。

 

 陽射しの下で薄ら赤く染まった肌。

 

 産毛まで耀いていそうな少女達は黒と真珠の色を宿した長髪を精に穢されながら全身に張り付かせ、今か今かと少年に犯されるのを待っている。

 

 シルメイア。

 

 シルルゥ・ゼオと名乗っていた時とは別人のようになってしまった彼女の瞳が薄らとその七重の瞳孔を輝かせれば、少年の背中を見ている二人、ウルとエストリアの脳裏にも部屋で起った事が幾つも情報として流れ込む。

 

 過去に彼女達の想い人が魔王と呼ばれていた事。

 

 その時に出来た実の娘であるシルメイアの事。

 

 愛し合おうと告白した彼女に少年が応えた事。

 

 面倒なくらいに状況はややこしかったが、その手間の全てを彼女は己の能力によって省いた。

 

 今や魔王の娘の領域(テリトリー)と化した部屋は異界のように様変わりしている。

 

 一種の結界。

 

 それも超高位魔族が生態として持つ、生命活動を行うだけで築かれる周辺環境。

 

 それは踏込んだ牝を逃がさない秘めた力を発揮し始めている。

 

 酷界で俗に淫魔と呼ばれる性魔術と生殖活動による儀式において無類の真価を発揮する人型魔族。

 

 そんな存在が自らの魔力や儀式で織り上げる領域は一種の魔術方陣。

 

 天然の後宮だ。

 

 頂きに自らの伴侶を据えて運営されるそういった“巣”と同じく。

 

 今、その場の少年は全ての牝の上位者としてシルメイアに君臨させられている。

 

 幼い姿態から漏れる魔力と一際強大な魔眼の干渉、全身から香り立つ分泌物が渾然一体となった世界は元々少年と結ばれ、交わった少女達を一際強く蟲惑する。

 

 理性、背徳への忌避感、そのような人間が後天的に育む常識等など、もはや彼女達の中で跡形も無く蕩けて消えてしまっていた。

 

 実の娘と交わるなんて何て事を!!?

 

 とか。

 

 二人と昼間から淫猥な行為に耽るなんて!!?

 

 とか。

 

 そういった感情や常識、理性の箍は尽く外れ。

 

 それよりも単純な獣欲がウルとエストリアを支配していた。

 

 その証拠に何処かでこんなのいけないと思いつつも、交尾する三人の様子に二人は股間の奥。

 

 膣と子宮が耐え難く疼いて。

 

 今すぐ少年の傍によって腕を取り、自分達の胸や股間に押し当てたい。

 

 唇を奪って、舌と舌を絡め合い、唾を飲み干したい。

 

 肌を触れ合わせて、吐息を感じて、少年に自分を刻み付けたい。

 

 そんな欲求が一秒毎に高ぶっている。

 

「シルメイア……」

 

 グッと小さな身体の腰が少年の両手で引き寄せられ、熱り勃つ幹の先端、少年を受け入れようと緩んだ尻穴……いや、今や排泄する事もなく、子作りですらない交わりを愉しむ為だけに作り変えられた尻膣が僅か桜色の内部を晒し、開いていた。

 

 グプ、チュ。

 

 蜜と精に塗れた亀頭がゆっくりと穴にめり込み、その先端を咥えた瞬間。

 

「ッ」

 

 少年は襲い掛かってくる快楽に吐息を零す。

 

 内部は既に粒々とした肉壁と擦り上げる為の襞と強烈な伸縮性を持つ魔窟と化していた。

 

 並みの男なら一番奥まで到達する前に精を絞り尽くされてしまうだろう快楽。

 

 先端だけで達しそうになった少年は腰に力を入れた。

 

 キュンキュンと甘く締め付ける尻膣はまだ動いてもいないのに内部を蠕動させ、まるで普通に抽挿しているような状態で先端を愛撫していた。

 

 ようやく迎えた相手を逃がさないよう。

 

 奥へ奥へと引き込んでいく動きに逆らえば、普通よりも大きく引き抜くような快楽が得られ、押し込めば、通常よりも深く深く沈み込ませる満足感を得られる。

 

 そんな内部の構造は人間とは完全に異なり、淫魔でも滅多にいないだろう名器だ。

 

「パーパ。しよう? シルメイアのお尻をおもちゃにして遊ぼう? もっと、いけないこと教えてぇ……」

 

 少年は言われるがまま。

 

 腰を押し込む。

 

「―――ッ」

 

「あ、ぁ、ぁぁ、ぁあ♡ 来た♡ 来たよぉ♡ パーパのおちんちん♡ 今ぁ、一番奥で良い子良い子してあげるからぁ♡♡」

 

 肉粒、肉壁、肉襞、蕩けるような蜜が渾然一体と少年を呑み込む。

 

 入り口が少年の根元を絞り、亀頭を受け止める最奥の壁はまるで花の蕾のような形で、突き込まれた瞬間にその蕾内部へと先端を受け入れると花弁のように開いた肉襞が傘の部分を包む柔らかい鉤のように引っ掛かり、緩く固定した。

 

 その肉の蕾はどちらかと言えば、強化された神経そのものと言えるだろう。

 

 肉に神経が張り巡らされているのではなく。

 

 神経の束が肉のように蠢いているのだ。

 

「ぁぁぁぁ♡ ぱーぱぁ♡ とどいたよぉ♡ ぱーぱのたいせつなばしょとぉ♡ しるめいあのきもちいいところぉ♡ おまんこしてるのぉ……♡」

 

 蕩け切って恍惚とした表情で少女が甘く告げる。

 

 ピッタリと腰と腰が吸い付いた少年と少女の下で璃紗が羨ましそうに切なげな顔となった後。

 

 慈しむように二人から零れる蜜を顔に受けながら、大きくなった睾丸を唇と舌で食むように舐めしゃぶり始めた。

 

「いくすぅ♡ いくすぅ♡ あ、んく、んく、ちゅ、ちゅるる、ちゅるるる、んちゅ♡」

 

 これで我慢出来る男などいない。

 

 一気に込み上げてくる熱量にまだ一突きすらしていないのに少年は射精へと上り詰めた。

 

 ビュブブブブブブブブブブブブウウウウウウウウウウウウウウウッッッ!!!

 

「んやぁあああぁあああ♡ ぱーぱぁ♡ ぱーぱぁ♡ まだはじめたばっかりだよぉ♪」

 

 ブルブルと全身を震わせながら、舌舐めずりしたシルメイアが神経の束を直接子種の熱さで焼かれる甘美な衝撃に脳裏を明滅させながら、ビクビクと子種で尻膣が満たしていく幹を一層激しく襞で扱いた。

 

「くぁ……っ」

 

 思わず呻く少年の顔を振り向きもせずに魔眼で確認し、自分がそんな顔をさせているのだと。

 

 少年を気持ちよくさせているのだと。

 

 誇らしく、欠けた心が満ちていくのを感じて。

 

 シルメイアが無垢に淫らに微笑む。

 

 ドボドボと二人の間に落ちる白濁が睾丸を舐めしゃぶっていた璃紗の口内に消えていく。

 

 突き出された舌に掛かる熱い牡の子種。

 

 喉が鳴る度に子宮と胸が熱く熱く疼いていく。

 

「んぐ、んぐ、いくひゅぅ♡ りひゃにもぉ♡ りひゃにもひへぇ♡」

 

 クスクスとシルメイアが我慢出来なさそうな璃紗の蕩けたすじに舌を捻じ込んで唇で蜜を啜り始める。

 

「ん、ずぢゅ、じゅるるる♪」

 

「んぁぁぁぁあぁぁ?!! しるるぅぅ♡ らめぇぇ♡♡ いくひゅにぃ♡ いくひゅにひてもらうのぉ♡ あ゛、ぁ゛~~~♡♡♡」

 

 あくまで少年を求める仲の良い少女の懇願しながらの絶頂にしょうがないなぁと舌をチロチロと躍らせて。

 

 ようやく射精が収まってきた少年の幹を自分からゆっくりと彼女が引き抜く。

 

 ズヂュ、ヂュボルルルルル、ドボッ。

 

 大きく腹を膨らませたシルメイアの尻膣から零れる程の白濁が湯水のように溢れ出し、璃紗の顔を穢した。

 

 少年が荒い息を吐く間に二人が起き上がると膝立ちの少年に身体を擦り付ける。

 

「パーパぁ♡ もっとしよう? みんなでしよう? ぱーぱのめすあなにして?」

 

「いくひゅぅ♡ たねちゅけぇ♡ たねちゅけこうびぃ♡ してぇ……♡」

 

 少年が唾を飲み込んで二人に言葉を掛けようとした時。

 

 終に我慢の限界を迎えた扉の外の二人が服を脱ぎ散らかしながら少年の背後へと迫った。

 

「イクスさん! わ、私にも、私にもして下さい」

 

「ずるい……イクス……わ、わたくしにもまた赤ちゃん作って!!」

 

「エストリア……ウル……?」

 

 むにゅぅぅぅううっと超大な乳房が背中に押し付けられ、ふにっと少年の腕を細い身体が抱き締める。

 

「こんなっ、こんなの見せられて我慢出来るわけじゃないじゃないですか!!? イクスさんはっ、イクスさんはっ、わ、私の恋人なんですからっ!!!?」

 

 思わず恋人の独占権を主張したエストリアに対し、今度は各々が反論し始める。

 

「いくすはりしゃのごしゅじんさま」

 

「イクスはシルメイアのパーパだよ」

 

「あ、赤ちゃんを孕んだわたくしはイクスのお嫁さんですわ!!」

 

 あわや女の大戦争かと思われた告白大会の様相を呈してきた現場に少年の言葉が響く。

 

「みんな……僕の大切な人だよ。だから……一緒にしよう? ね……ウル、エストリア……」

 

「イクス……っ」

 

「イクスさんっ」

 

 肉欲に犯された脳裏にあるのはもう少年の姿のみ。

 

 背後から二人の喜びの声が上がって。

 

 シルメイアが瞳を優しげに細めた。

 

「パーパ。じゃあ、広いところでしよう?」

 

 瞬間、前にいた二人の瞳が僅か同じ色を宿して、全身に塗れていた精がすぅっと肌の内部に沁み込んで行く。

 

 性魔術。

 

 少年の子種を活力として力を発揮した四つの魔眼が同期する。

 

 フッと景色が色を滲ませると五人は次の刹那、別の場所に転移していた。

 

「此処って……」

 

 エストリアがすぐそれが少年が時々寝込む時に使われるキングサイズの寝台が置かれた部屋だと悟る。

 

 しかし、それだけではない。

 

 部屋の内部に明らかな違いがあった。

 

 室内の壁にズラリと。

 

 彼女だけは見た事のあるような無数の性具。

 

 男ものも女ものも関係なくオトナの玩具が並んでいた。

 

「ハハサマのだよ……これでみんな気持ちよくなろう? パーパ♪」

 

 悪戯っ子の笑みで、僅かに膨れるだけとなった腹を撫でながら、シルメイアが囁く。

 

 五人が乗ってもまだ余りある巨大な寝台の上。

 

 軋みも上げない敷布(マット)とクッションの山に少年が押し倒され、少女達がゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 まだ、宴は終らない。

 

 いや、此処からが本番だとシルメイアの瞳が耀き、肉欲を獣欲を色欲を愛欲を淫欲を交わりに必要な全ての力を、果ても無く、何処までも高めていった。

 

 *

 

―――???

 

 人が幸せを信じられるようになる為には四つの段階があると言う。

 

 今に満たされ、過去を知らず、未来と交わり、結末に抗す。

 

 古の哲学者は大昔“彼”にそう説いた。

 

 学問というものが人類の間に共有されるようになって十数万年。

 

 何処にでもいるような小さな村の小さな家の小さな男の子は森の賢者と湛えられた異種の男に人という文字を村で初めて習った。

 

 その頃の人類の文明と言える国家は大陸にまだポツポツとある位。

 

 都市レベルを出て、複数の地域を統括する共同体がせいぜい数十個。

 

 連綿と続く国の寿命にしても長くて二百年が限界とされていた。

 

 未だ深き森が荒れた野が嵐の海が火の山が神秘という神秘に守られ、人が多くの種によって庇護され、恐れられ、対等というよりは腫れ物を扱うように接されていた時代。

 

 彼は名も無き農村の卑しい農民の子として生を受けた。

 

 アレとかソレとかオマエとかソコノとか。

 

 そういうモノだった。

 

 それが村によって祀られていた異種に気に入られたのは彼が人一倍、興味というものに取り憑かれる性質(たち)であったから、らしい。

 

 賢者は後にそう語っていた。

 

 思えば、毎日のように雲の流れの仕組みを空想し、水の透明さを不思議に思う子供だった。

 

 そんな、人間という種の特性を色濃く持った者だったからこそ、異種の男は自分が知る限りの人間の知恵と智識を与えたに違いない。

 

 発展を齎す者になれば、次の世代に人が進んでいけるに違いないと信じて。

 

 後々になって考えてみれば、賢者は異種や神格、魔族達が【基幹異種(バルバロス)】による人類掃滅を何とか防いだ頃の事を知る一族であったのだろう。

 

 人の素晴らしさと怖ろしさ。

 

 その二つを知って尚、人の傍で暮らしていたのだから、人間側に付いた勢力だったはずだ。

 

 当時、未だ人間は異種から流れ込んだ血脈の力。

 

 魔力形質や超常の力に疎く。

 

 それらの強大な力を意識せぬように他の種族達から間接的にも直接的にも実質的な管理を受けていた。

 

 公にはその方法が祀られる事であったり、人に協力する事であったり、人の進歩というものを遅らせる事に焦点が当てられた“共生”という形であった。

 

 これは人に付いた種族達の優しさだったのだろう。

 

 危険性を感じながらも、その進歩を緩やかにする事で自滅や自分達の種族の保全を図った賢い選択であったと言える。

 

 そういう最中に彼を高みへと導こうとしたのだから、自立の道を示した賢者は急進派だったに違いない。

 

 十四の時。

 

 師となった異種から魔力の使い方、超常の力の手解きを受けたのに始まり。

 

 歳を重ねる毎に階梯を駆け足で上がった。

 

 才能とは恐ろしいもので。

 

 齢18の時節。

 

 彼は既に神格達が規制していた魔術。

 

 否、法術を我が身一つで超えてしまう類稀なる術者となっていた。

 

 その魔力形質は概念を操るものであり、力は山を創り、川の流れを変え、人の大国を滅ぼす域に達したのである。

 

 後十年もすれば、普通の人類種や異種、亜人、魔族、神格達を追い越す者。

 

 超越者達として名を連ねるに十分な力量を備えるだろうと師から太鼓判を押された。

 

 しかし、彼は師の下での更なる修行を良しとせず。

 

 我が身の技を伝え、まだ見ぬモノを見る伝導の道を志した。

 

 徹頭徹尾、興味の蟲。

 

 その前途は未知数だったが、知らぬ事を知り、出来ぬ事を出来るようにする旅は始まりから百年にも及ぶ長い長いものとなった。

 

 大陸の隅々を回って収拾した術は十万を超え。

 

 あらゆる種族、神格、魔族から取り入れた力と技は不老長寿も転生も意のままとした。

 

 過程で人々に魔術を説いて回る事、数万回。

 

 十年で彼は伝説となり、半世紀で生ける至宝と言われ、一世紀の後……異種、神格、魔族、人外、それらに与する全ての存在から狙われる逃走者となった。

 

 理由は言わずとも自明。

 

 人間の進歩の速度を飛躍的に高め、魔術の伝道によって人の世の隆盛を巨大化させた罪である。

 

 増長する人類種に各種族は抗うも、衰退よりも繁栄の速度を増した人を止められる者は無く。

 

 大陸に暮す者達は少しずつ生活圏を奪われ、時に破滅していった。

 

 恐るべきは人の進歩速度か。

 

 一度滅ぼした国を十年で再興し、消えた国の技を他の国が倣い超えるまで五年。

 

 押し込めようとする圧力をバネにして爆発的に伸びる力は絶滅以外に葬り去る事は叶わず。

 

 多くの種族達から怨みを買った彼は正しく他種族を衰退に追いやった主犯として追跡を受け続けたのだ。

 

 その頃には既に教会が発足しており、唯一神や下級神格による人への加護は信仰の肥大化を伴って拡大の一途となった。

 

 集落や国家の規模自体は遅々とした速度でしか大きくならなかったが、その中身、人と人が産み出す社会の質は飛躍的に高まり、隆盛の中で共有される技術や智識が人を減らし難くした。

 

 人が増える度に新たなる概念と叡智が創造され、それを糧にして人の数と文明は更なる拡大へ動けるようになるという好循環が生まれたのである。

 

 このような諸事情も重なった人の躍進の中で彼はやがて御伽噺となり、人類魔術発展の祖として記されるようになっていく。

 

 彼にして見れば、苦笑する以外無い。

 

 単に個人的な興味を延々と追っていたに過ぎないのだ。

 

 途中、様々な魔術の創造や理論の開発に携わったが、それも人々の為、等というものではなく。

 

 知的好奇心を満たす行為に他ならなかった。

 

 やがて、人にすら崇められるようになって、半神格の階梯にまで上り詰める事となったが、本人にしてみれば、そういう力というのはオマケの部分であって人生の到達点や目標ではない。

 

 永劫の探求。

 

 未知を既知に塗り替え続ける道程。

 

 創造の先に創造を続ける果て無き研究。

 

 これこそが彼、魔術師の祖神と崇められる事もあったドクトル・ファウストゥスの行動原理にして目標なのだ。

 

 だから、それに邪魔となれば、邪神すら滅ぼしたし、国だろうと容赦なく焼いた。

 

 近頃ようやく大陸で浸透し始めた人権というやつに対しても、研究の邪魔が入らぬようにと気を使って、数十年前よりは“人道的”な実験を行なっている。

 

 それでも未だ彼を許さない者が一人。

 

 ハティア・ウェスティアリア。

 

 嘗て受けた七聖女からの呪いは今も魂に焼き付いており、昔の全知全能にすら軽く手が届く位置にいた能力は万分の一以下と成り果てた。

 

 故に今は大規模な研究は後回しにしてひっそり教師役に精を出しているわけだ。

 

 そういう“教育”は昔から研究項目の一つに連なっていたが、それをいざ実践始めるとよく師が自分に言っていた事を彼は思い出すようになった。

 

 もう存在していない故郷と懐かしき恩人のいる情景。

 

 森のざわめきの中で軽やかな笛の音色のように響く詩吟(しぎん)。

 

『今に満たされ、過去を知らず、未来と交わり、結末に抗す……』

 

 幸せを信じられる為に必要な四つの段階。

 

 意味が分からなかった時は訊ねた事もあったが、今は何となく分かる。

 

 自身がもはや歴史そのものと化したからか。

 

 人類の歩き続ける姿を見続けてきたからか。

 

 確かに師の言う通り。

 

 幸福とは常にそういうものであった。

 

 物質的な飽和による感情の充足。

 

 旧き理や歴史に縛られぬ頚城無き自由。

 

 想像する限りの先へ進める道行。

 

 その先にある理不尽や終焉に立ち向かえる気概。

 

 己で越えて来た日々をまた人々にも与えるのは彼にとって日常……否、“愉しみ”の一つとなっている。

 

 可能性を見るのは何時の世も面白いものだ。

 

 だから、本来なら手を出さずに見守ろうと思っていた事柄にも参加してみようと。

 

 そう、彼は微笑む。

 

「ぼかぁ、案外変わったのかもしれないなぁ……」

 

 まだまだ未熟な弟子がようやく無限の階梯に辿り着こうとする今。

 

 余計な心労を削ってやろうという師匠心(おやごころ)。

 

 祭りの日くらいはそういうのもいいだろう。

 

 そう、眼鏡を掛け、【宇宙樹(ユグドラシル)】の意匠が縫い込まれた外套を着込んだ男は誰もいない幼児用の公園に赤黒く繊細な金細工が埋め込まれた杖を付く。

 

 地面に浮かぶのは現在大陸の如何なるモノとも似つかない魔術方陣。

 

 その幾何学模様は緻密であるが、其処に織り込まれた象形文字のような“意匠のみで綴られた羅列”は既存の術の大系とはまるで違う。

 

 杖の下で広がる耀きにしても色合いは混沌としており、黒、蒼、白、金、黄土、其々の耀きが重なり、溶け合い、列を成し、使われている魔力形質が一つではない事を窺わせた。

 

 敢えて似ている方陣を探すなら、それは多人数で織り成す大規模儀式術に似ているだろうか。

 

 大きく広がるわけでもなく。

 

 三次元式に展開するでもない。

 

 しかし、明らかに異質なたった一枚の円環はズブズブと地面に沈み込んでいくと一度だけ波動を打った。

 

 空気や魔力を媒質とせず。

 

 空間そのものを渡る揺らぎは薄く薄くハガスの隅々にまで広がって、たった1mm程だが、空間をキュッと方陣に向けて縮ませる。

 

 都市内部の殆どの知的生物は気付いていないが、空間制御魔術に長けた者ならば、顔色を変えるだろう異変は極僅かなものだ。

 

 時間と空間に対して干渉する魔術は多数ある。

 

 歪める事も引き伸ばす事も可能だし、次元を超える程度もまぁまぁよくあるものだ。

 

 だが、蒸気に煙る都市は現在極度に不安定な状況にある。

 

 異相と虚無。

 

 極大の力が薄壁一枚先の隣り合った場所で連続して使われ続けたのだ。

 

 緑炎騒動で一応の収束を見せ、見掛け上の空間は安定であるが、それは薄氷に他ならない。

 

 一歩間違えば、再びの緑炎騒動。

 

 更にはアルヴァス亜人国を飲み込んだ大陸規模、惑星規模の災厄が予想よりも早く始まる可能性すらある。

 

 そういう場所で僅かとはいえ、空間の収縮を行なった彼の魔術は精緻であるとも言えるし、無茶な話だとも言える。

 

 時間と空間は不可分である以上、異相にも影響が出るのは確実。

 

 それが一体、どういう結果を齎すのか。

 

 魔術の極致に到達した人類最古の超越者に数えられる彼は鼻歌混じりに想像して、杖も地面の下へ消した。

 

 トプンと水に落ちるような滑らかさで地中に潜った杖は彼が昔から愛用していた一品。

 

 【宇宙樹(ユグドラシル)】の芯を【劫竜(エンシェント・ドラグラ)】の血で蓋い、錬成済みの【銀金(ミスリル)】で意匠を細工したものなのだが、可愛い弟子の為だと彼は躊躇わなかった。

 

 惜しくはあるが、現在の魔導の技術ならば複製も容易なのでそう執着も無い。

 

 彼にとっての実用品は骨董品のように眺めるものではなく。

 

 使い潰しても結果を求める為のものだ。

 

 外なる神々の事も、屍蝋の化物の事も、魔王たる少年の事も、本質的には現在の彼には然程関係ない。

 

 唯一、現在の肉体を父に持つ弟子、兄妹に託された品【OEDS】には未練があるものの、それも実際にはとある問題を解決する為の手段として使用したかっただけであり、品そのものには興味が無い。

 

 いつだってその視線が向かうのは未踏の叡智と創造の先にある景色。

 

 それだけだ。

 

 そういう瞬間を自らの後に付いて歩く者達にも見て欲しいと願うのは数千年前から変わらない彼の一貫した流儀(スタンス)である。

 

 魔術に目をキラキラさせていた子供が大昔に感じたのは感動を共有出来る相手がいない事への寂しさであり、それを埋める行為が当時は人類の進歩を促す慈善活動だった、というだけなのだ。

 

 今も子供みたいな笑みで研究を続ける彼は仲間を増やして楽しく生きたいと願う学生と大差ない。

 

「動作は正常、か……後は結果を待つばかり……」

 

 今日も今日とて、その道行きは変わらず。

 

 世界へと挑戦する。

 

 未だ神も人も到達し得ぬ真理の果て。

 

 その先へと向かい、隅から隅まで自分の目で見て、耳で聞いて、手で触って、結果に笑み、歩き続ける。

 

 それこそが万能となる事すら出来た男が、人の世に関わり続ける最大の理由なのだった。

 

 フゥオン。

 

「さ、今日は無礼講だ。何が土産にはいいかな」

 

 軽やかな金管楽器のような音がして、背を向けて公園を去っていく彼の背後でキラキラと透明な燐光が地面から湧き出した。

 

「どくとる」

 

「アインか。首尾は?」

 

「ななじゅっこ」

 

「もう三十個買ったら戻ろうか。屋台の熱々を探しに行こう。彼らもお腹を空かせているだろうから」

 

「りょうかい」

 

 中肉中背、黒髪の少年がアルヴァス・カレッジの制服姿で彼の横までやってくると頷いた。

 

 二人が去った後。

 

 公園は誰も近付く事無く。

 

 儚い燐光は杖の埋まった場所から延々と湧き出し続ける。

 

 新たなる宴へと向けて宵闇が迫り。

 

 その時の為に焼(く)べられた力は誰に悟られる事なく。

 

 何処までも広がっていった。

 

 *

 

―――???

 

 父と兄と妹。

 

 その三人の親子が理想郷と呼ばれた大地に辿り着いたのは艱難辛苦の末。

 

 一家の太陽であった母が長らくの旅路で病に急逝してからの事だった。

 

 未だ一部の国では苛烈を極める亜人狩りから逃げ出して北部から数千kmにも及ぶ逃避行。

 

 貧しい国で夜盗に追われ、追剥に狙われ、それでも何とか辿り着く寸前。

 

 落命した母の遺体すら満足に弔えず。

 

 遥か目的地が見渡せる山岳の峰に岩を積んだのみ。

 

 それでも希望を失わず。

 

 何とか辿り着いた国は確かに亜人にとっては安心して暮せる場所だった。

 

 しかし、それは社会的な面では、というだけに過ぎなかった。

 

 亜人の中でもいざこざはある。

 

 問題は存在する。

 

 そんな事は始めから分かっていたはずだった。

 

 いや、こんなにも苦しい旅の果てに辿り着いた場所がこの世の何処とも同じだと思いたくなかったのかもしれない。

 

 父は働き口を見つけ、兄と妹は学校に通ったが、その中で兄は不幸というヤツに捕まった。

 

 そう、何処にでもある虐めだったのだろう。

 

 他者を虐げるのは亜人だって同じだ。

 

 酷烈な行いに笑顔をなくしていった兄。

 

 妹は心配して声を掛ける事しか出来なかった。

 

 父は仕事に忙しく。

 

 最後まで、気付かなかった。

 

 愚鈍と笑うなかれ。

 

 生きるのに必死な人間の視野が狭いなんて当たり前のことだ。

 

 そして、失って初めて全ては明らかとなった。

 

 しかし、相手は貴族の子弟。

 

 兄の事を調べる為に仕事を休み続けた男はクビとなり。

 

 妹の学費すら満足に払えなくなった挙句。

 

 迫った貴族の親達に金貨の袋を受け取って、最後には酒浸りとなってしまった。

 

 これは何処にでもある不幸。

 

 社会というシステムの中でなら、必ず転がっているような類の話。

 

 弱者はいつまでも弱者にしか過ぎないという事実。

 

 けれど、妹は思うのだ。

 

 何も兄でなくたって良かっただろうと。

 

 誰でも良いなら、不幸なんて別の人間が被ったって良かっただろうと。

 

 唇から血が滴る程に悔しくて。

 

 貴族の子弟達が消えた“馬鹿な連中”と話した中にいた名前を取り消したくて。

 

 晴れの日の精一杯のお洒落なワンピースが千切れてしまいそうなくらいに手を握り締めて。

 

 何もかも幸せそうな人々が羨ましくて、恨めしくて。

 

 兄は辛かったのにどうして誰もが笑っているのかと口惜しくて。

 

 吐き気が、込み上げてくる怒気が、抑えられなくて。

 

 ズキズキと脳裏が明滅するに任せて。

 

 路地の裏に彼女は消える。

 

 妹は消える。

 

 白壁の世界は色褪せて。

 

 薄暗い宵の紫雲が建物の合間から覗く。

 

 何もない。

 

 風音だけが通り過ぎていく幸せな世界にゴポゴポと何かがせり上がってくる。

 

 ポタポタと落ちる唾液。

 

 ポタポタと落ちる雫。

 

 ポタポタと落ちる血。

 

 ポタポタと落ちる屍蝋。

 

「憎い……憎いよ……やっぱり、無かった事になんか出来ないよ……お兄ちゃん」

 

 叫びが、心の底から響き渡る凶声が、糾弾せし心が、今―――形を取る。

 

【ひひひ♪ ひひひひひ♪ なんじ、なにをもとむる?】

 

 声がして。

 

 胸に浮かんだのは言葉一つ。

 

「復讐……へらへらしながら、お兄ちゃんの悪口を言ってる奴……金をやるから全部忘れろって言う貴族……私達の事を知りもせず、幸せそうに笑ってる……あいつもッ、あいつもッ!! 全部ッッ!?? 全部ッッッッ!!!!!!!」

 

【ひひひひひ♪ ひひひひひひひひひ♪ 汝、世を憎む灯火……魔禍魔禍しき鐘声】

 

 パキパキと顔を覆っていく。

 

 何かが全てを閉ざしていく。

 

 それは自分。

 

 無かった事にしたはずの自分。

 

 諦め。

 

 消してしまわなければと。

 

 生活の為に。

 

 これからの為に。

 

 偽ってしまった己。

 

「ごめんね……お兄ちゃん……ごめんね……お父さん……今、楽にしてあげるから……」

 

 宵に響く声が全てを終りへと誘う。

 

 今までよりもハッキリと。

 

 今までよりも明確に。

 

【夜を満たし、業なる世を告げる使者よ……人は己より逃れる事能わず……叫べよ叫べ……新たなる代を築かんが為に……天が七つを超えし時、大母の願いは果たされん】

 

 声が消えていく。

 

 鐘が響いていく。

 

 静かに静かに鳴り始める。

 

「憎い……憎いよ……届いて……この世の果てまで……そうじゃなきゃ……不公平じゃない♪」

 

 血涙に誓う。

 

 全てを願う。

 

 こんなにも無力なる芥子粒が大宇の法すら超えるのかと、彼女は嗤う。

 

【ひひひ♪ ひひひひひ♪】

 

 路地裏に緑炎が溢れ出す。

 

 霧も無く。

 

【捧げられしは強欲、怠惰。次なるは嫉妬。唱えよ。クルウルウ。唱えよ。クルウルウ】

 

 蛇が渦巻く。

 

 狗が駆ける。

 

 仮面に描き出されし運命の図は無限を模る蛇を喰らう嫉妬の獣。

 

 少女の形が変わっていく。

 

 皮は傘の如き青銅。

 

 肉と骨は鳴らす鉄槌。

 

 無貌に刻まれる名は。

 

【千願(ニミス・スペェス)】

 

 巨大な鐘楼が天に吹き伸びる。

 

 その神殿の如きものの頂点。

 

 朗々と響かせる鐘が一度、鳴った。

 

 悲鳴、絶叫、慟哭、否……この世全ての末路に立つ者達の声。

 

 しかし、誰も気付かない。

 

 世に在る全ての異種が、亜人が、人が、神が、気付かない。

 

 それこそが悲哀か。

 

 最初から満たされているものに気付くはずもないのか。

 

 未だ来ぬ終わりへと向かって鐘は鳴り続ける。

 

 全ての鍵たる奇蹟の中枢。

 

 兄だったものを妹だったものが待ち受ける。

 

 時はまだ満ちず。

 

 されど、刻まれていく。

 

 祭りは続き―――終りへと向かう。

 

 それが如何なる果てに辿り着くのか。

 

 誰に分からずとも………。

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