第三章八十六節「祭忌禁交Ⅷ」
―――ゼオ家二階第三寝室。
上気した頬。
荒い吐息。
淫らに媚びた視線。
精と汗に塗れた裸体。
ふっくらと膨れた乳首。
蜜を垂らして待ち侘びるすじ。
三匹の牝は少年を前にしてもう我慢の限界に達していた。
その胎の上には皆同じ紅の紋様が描き出され、愛欲に塗れた子宮が熱く震えている。
「パーパ……ウルさんと、ね?」
七重の魔眼を煌めかせ、少年の娘にして今はこの場の支配者となっているシルメイアが淫らに笑むと。
寝台の中央で待ち続けていたウルの身体がフワリと浮いて少年の真上から降りてくる。
「イクス……わたくしに……」
懇願するように呟いたウルの超乳が震え、寝台に膝立ちとなった彼女のすじの中央に少年の幹の先端がぴったりと吸い付いた。
「うん」
「パーパ。シルメイアと璃紗も、だよ?」
「イクスぅ……」
左右から幼い少女達が擦り寄ってくる。
そして、互いに頷くと少年の手を取って自分達の腹部に触れさせた。
まだ触れ合っただけ。
それでもウルの下、少年の幹を蜜が濡らしていく。
グヂュ、ヌプリュルルルルルル。
「ぁ、はぁぁぁぁん♡」
先端を一度呑み込んでしまえば、後は全てが一息だった。
閉じられていた襞は最初からもう少年の形を覚えている。
割り開かれながらすぐ幹に密着し、ウルの意のまま常識的には考えられないだろう自由な蠕動で自分の蜜を表面に甘く甘く刷り込んでいく。
甘く喘いだ彼女の顔は根元まで繋がった瞬間、淫らに緩み切っていた。
「んぁぅ♡ イクスぅ♡ 璃紗のぉ♡ 璃紗のおまんこにも入ってるよぉ♡♡」
「パーパぁ♡ 見てぇ♡ シルメイアと璃紗にも入ってるんだよ?」
二人の少女が自らの割り開かれたすじを両手の人差し指で更に少年の前で開いた。
不思議な事に二人の膣は見えない男根に貫かれているような状態で穴の中が少年にもよく見えた。
「ぅ、く―――」
三人を同時に犯している。
それは誰よりもウルに跨られている少年にこそ感じられていた。
何故なら、ウルの内部で愛撫されているはずなのに更に二人の少女達の膣内の感触が幹から感じられていたからだ。
一瞬で三人の中を抉る悦びを強制されては如何に我慢強いものだろうと堪え切るのは至難。
まだ一度もウルが腰を振っていないというのに射精しそうになるのも道理だろう。
「どぅ? パーパぁ♡ これで誰としてもみんな一緒におまんこ出来るんだよ? 種付けしても全員のお胎(なか)にびゅーびゅーって出来るの♡ その代わり、量は三分の一になっちゃうけど。パーパなら問題ないよね?」
淫らな笑みでビクビクと背筋を震わせながら、ゾクゾクと這い上がってくる快楽と全員で少年に犯されるという行為に恍惚として、シルメイアがクスクスと笑う。
生々しい膣肉の感触。
自分の幹が同時に三本其処に納まっているという快楽は明らかに普通ではない。
一人一人違う襞の蠢き方。
蜜の濃さに体温の差。
密着して吸い付いてくる強さから、締め付けてくる力具合。
何もかもが一辺に少年の幹を襲うのだ。
「イクス……わ、わたくしの膣内(なか)であやしてさしあげますわ♡」
今にも達してしまいそうな少年の顔に淫欲を抑え切れなくなったウルが自らの襞で暴力的なくらいに力強く。
しかし、優しく優しく幹をなぞり始めた。
襞の一枚一枚に通った快楽神経の束が牝としての悦びを得ながら、牡の弱点も探る。
根元から吸い上げるように締め付けるのが良いのか。
それとも傘の部分を丹念に裏側から擦り、子宮口で先端を食み締めるのが良いのか。
やろうと思えば、ウルにはどんな攻め方も出来た。
「ん、んぅ♡ んぅぅ♡ イクスぅ♡ わたくしのぉ♡ わたくしのイクスぅ♡」
愛しい少年の切なそうな顔を見る度に背筋を駆け昇る衝撃。
射精を我慢する度に震える幹を愛しくて愛しくて膣で舐めしゃぶりドロドロに蕩けた媚肉で食む。
完全に牝として牡を向かえ、支配され仕える悦びは何にも代え難いものだった。
「パーパぁ♡ シルメイアのも感じてぇ♡」
「璃紗もぉ♡ イクスぅ♡ おまんこするからぁ♡」
「三人ともっ」
まだ幼いとはいえ。
シルメイアは生来の淫魔としての素質からウルと同様の事が出来た。
その膣の狭さと拙い動きが逆に少年の射精を煽り。
璃紗は二人程自在に内部を動かせずとも、緩々と少年の幹に打ち付けるよう腰を揺する。
それは本来ならば在り得ない饗宴(ハーモニー)。
一人の膣内(なか)では絶対に生み出せない快楽だった。
ウルの少年の為に特化され、熟れた媚肉。
シルメイアの血の繋がった幼くも淫らな秘肉。
璃紗の娼婦として懸命に奉仕する幼肉。
牝として少年を慕い。
想い合うからこそ得られる淫らな交尾の快楽は一人分ならまだしも。
三人分では明らかに少年とはいえ過剰摂取だ。
「もうッ―――」
ブルブルと震えた幹の先端からグツグツと煮え立つような精が止め処なく迸った。
ビュグルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルッッッッ!!!!
「んぁぁああぁあぁぁあああぁああぁ♡♡♡」
「イクスぅうううううううううううう♡♡♡」
「パーパぁあああああああああぁぁぁ♡♡♡」
まだ絶頂には程遠いはずだった少女達の誰もが一瞬で自らの膣奥で弾ける子種に絶頂していた。
拉げた牝穴の淵から白濁が溢れる事は無く。
ただ蜜と潮が噴出して、少年の下半身と腕を濡らした。
カクカクと腰を思わず揺すったシルメイアと璃紗はうっとりとした表情で自分の子宮を満たしていく子種の感触に太腿を震わせ、深く繋がったウルはしっかりと繋がり切ったまま、胎内で子種を受け止める。
まだしっかりと中が見えている幼い二人の穴は子宮口が開き、内部に白濁を注がれる場面までも丸見えにして、少年の息を呑みながらも釘付けの視線に両手の指の力を強めた。
(あぁ、パーパにぃ♡ シルメイアの赤ちゃん作るところ見られてるよぉ♡)
(イクスにおまんこの奥見られて……っ♡ また、気持ちよくなってっっ♡♡)
種付けと同時に絶頂を向かえ、熱が収まっていくのかと思えば、結果は逆で。
二人の下半身は種付けされ膨れた胎の奥からジンジンと燃えるような熱さを帯びていく。
大きく膨れた腹から薄らと汗を幾筋も垂らして。
ウルは身体を傾けると自らの乳房を少年の眼前に持っていく。
「イクスぅ♡ わたくしのお乳も見てぇぇ……♡」
種付けされるだけでは足らず。
二人の少女に奪われた視線を取り戻そうとツヤツヤと汗に照る乳房が震わせられる。
もう少年の精は性魔術によって吸収され、残っているのは濃密な牝の発情した匂いと乳房の先端から香る甘い芳しさ。
思わず舐めた少年の舌にじんわりと柔らかな味が広がった。
「これって、ウル……」
「ん……これ……っぁ♡」
ピチュッとはち切れそうな乳首の先端から白い液体が滴る。
「わたくしの、母乳……ですの……?」
その呆然とした言葉に大いに反応して少年に身を寄せたシルメイアと璃紗がその僅かながらも滴るものに目を丸くした。
「……ウルさん。ずるい」
「もう出ちゃうなんて……」
璃紗は少しだけ嫉妬した様子で、シルメイアは少し感心して。
二人からマジマジと見つめられたウルがカァッと頬を染めた。
その様子に少年は微笑んで左右で滴る母乳に釘付けな二人に囁く。
「今は二人が飲んであげたら? 昔からお乳を呑むと出が良くなるって言うし」
「イ、イクス!? わ、わたくしは!!」
「「ウルさん」」
「ひゃ、あ、んっ、だめ、そんな、わたくしのお乳チュウチュウしないでぇ……」
まるで赤子のようにシルメイアと璃紗が両手で自分達の頭より遥かに大きい乳房の先端を口に含み、チュウチュウと吸い始めた。
「可愛いよ。ウル……」
「―――?!」
三人分の膣の感触にもようやく慣れてきた少年が今度は跨っている腰から尻に掛けてを両手で鷲掴みにして腰を揺すり始める。
「んぁ♡ ぁ♡ ぁ♡ イクスぅ♡ こ、んなぁ?! はん、そくですわよぉ……」
種付けと絶頂、子種で満たされた胎内もそのままに亀頭で子宮口をグヂュグヂュと掻き回され、蕩け顔でウルが抗議する。
「ひぅっ♡ んっ♡ んぅうっ♡ おかひくぅ♡ おかひくなっひゃいまひゅぅ♡♡」
ウルの目の前にあるのは愛しい人の顔。
乳房はまるで赤子にお乳をやっているような錯覚を覚え。
下半身は子種に満たされて、今も愛され牝として犯されている。
お腹の子を無事に出産したら、同じような事をする日が来るだろうかと。
淫靡で背徳的な日々を想像して。
背筋がまた高まった熱に焼き付いていく。
「二人にもしてあげるよ……」
「「っ」」
腰の動きをゆっくりと速めながら、腰を掴んでいた両手が今は少年に背を向けてウルの乳首を吸う二人の尻を優しく掴む。
蜜がシーツまで糸を引き、少年の手で愛撫される度にトロトロとその本数を増やしていく。
「いい子だね。シルメイア、璃紗……」
「「♡」」
少年の優しい声を耳にしただけで二人の脳裏が多幸感で満たされた。
愛しい人に触れられて、何度も何度も同時に牝穴を抉られる。
襞をこそげ取られ、割り開かれた膣内を雄々しい形で躾けられる。
一番大事な場所に繋がる子宮口を激しい口付けをするように抉られながら、その様子を全て見られる。
どれもこれも普通ではない。
きっと、少年とでなければ、感じられなかった悦び。
今、三人の牝として誰もが同じものに浸っていた。
自分だけを愛して欲しい。
自分だけが愛していたい。
そう占領したい気持ちは今もある。
しかし、少年の傍でそうして愛されている事がどんなに稀有で奇蹟のようなことなのか。
身体で心で理解するからこそ、少女達は一つになっているような気がした。
「ウル、璃紗、シルメイア……また……っ」
「い、いいですわよ? また、して? あなたの、おちんちんで種付け交尾して? 赤ちゃんもっと孕ませて?」
「イクスぅ♡ 璃紗にも♡ 赤ちゃん受精したい♡ おまんこに種付けして? 孕ませて?」
「シルメイアにもぉ♡ パーパの赤ちゃん産むぅ♡ 一杯、一杯産むからぁ♡♡ びゅーびゅーっておまんこ使ってぇ……♡」
三人のおねだりに少年の幹が再び太くなる。
そして、三人を腕で抱き締めるように少年が力を込めた。
「ぉ゛ん♡ んっ♡ んぁぁぁああぁぁぁああぁ♡♡♡」
「ん゛♡ んゃぁああぁああぁああああぁあぁ♡♡♡」
「あ゛っ♡ ぁ゛♡ んぉおぉぉおおおおおおぉ♡♡♡」
三つの膣内が収縮し、其々に少年の幹を力一杯に抱き締めた。
ビュグ、ビュボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!!!
最初の時より更に大量の放精に少年の脳裏が真っ白に染まる。
背中がシーツから離れ、腰が浮いた少年の上でウルが唇を噛み締めて絶頂を受け止め、プチャァアアアッと母乳を大量に噴出させた。
璃紗とシルメイアはその勢いに思わず口を離し、下から子宮口を焼いて胎内に注がれていく新しい精の本流に顔をグズグズに蕩かせ、ブルブルと太腿を震わせて。
ついに今までのように自らの内側に精を留めておく事が出来ず大量に膣から熱く湯気を上げる白濁を噴出させた。
ビチャビチャとシーツに蜜と潮と子種の泉が出来ていく。
それは二人でしていた時よりも大量で誰もが少年に倒れ込むようにして身を浸していく。
「ぁ……皆さん。ずるい、です……」
目も眩むような快楽に蕩け切った少年少女達に声が掛かる。
今まで気を失っていたエストリアが目を覚まし、股間を濡らして少年の枕元に近付いてくる。
「……イクスさんのヘンタイ……」
「ぅ……ごめん」
思わず謝った少年の頭に口付けが振った。
「いいです。皆さんより凄い事してもらいますから、だから……その、覚悟……してくださいね?」
しょうがないなぁ、と。
強かな少し嫉妬の混じった女の顔でエストリアが嫋やかに笑む。
それは今までの少女ならば、出来なかった表情。
男とは違って、女は強し。
それは世の真理か。
そんな声を皮切りにして、まだ蕩けた三人の少女達も身を起こし、淫欲と愛欲と強かな笑みで少年に迫った。
まだまだ、夜はこれからなんだから、と。
そうして、四つの唇が其々に舌を絡ませて、少年を貪った夜は穏やかに熱く淫らに過ぎていった。
*
夕方(あさ)。
前夜祭が嘘のように静かな喧騒の中で彼女は準備を終えた体を起き上がらせた。
仕度は既に済ませてある。
後は出向いていくのみ。
しかし、それにしても土産くらいは必要だろう。
そう思い至って、彼女は、白鬼と化した赤鬼宗家の長女は様々な儀式前によく使う何も無い禊の間から出て、居間へと向かった。
其処には親戚一同が眠りこけており、一晩飲み明かした様子が伺える。
鐘の音にも目を覚ます気配が無い。
そろそろ鶏が無く頃合だが、少なからず今日は鳴かないと分かっている分には夕食(ちょうしょく)を食べている余裕もある。
誰かが起き出して来る前に崩燼機関製の冷凍庫を―――開けるのを止めて、床に山と積まれている酒の肴、乾物を無造作に掴み上げて口に入れた。
水道から水をコップに一杯。
噛み砕きながら流し込めば、それで食事も十分。
さて、そろそろ出ようと玄関先の戸棚から靴箱。
まだ一度も履いた事の無い東部の下駄を引っ張り出す。
足を通せば、丁度良い。
造りこそ普通だが、鬼の足に十分耐える材質は合金製。
それでも今の自分には不釣合いには違いなかったが、それは市販される如何なる履物でも同じだと。
彼女はイソイソと出掛けた。
街には変わらず。
人々が、異種が、幽鬼のようにざわめいていた。
眠そうに目を擦る子供達。
疲れて公園で寝ていた大人達。
夕焼けの中で少しずつ活気が戻り始めている。
薄ら暗い小道には何か見知らぬ影絵の如き何かが小走りに駆け、大道芸人達は眠気もそこそこに失敗し続ける技で笑いを取ってお捻りを貰っていた。
そろそろ呑み始めたのか。
顔の赤い獣人(ベスティア)や多数の亜人達が変わらぬ調子で調子の外れた鼻歌を歌う。
肩を組んだ酔っ払いがお土産の木箱を横において公園で夕食と洒落込んでいる。
誰もが調子を狂わせていたが、そろそろしっかりと目が醒めてきたのか。
歯車が合い始めた祭りへと繰り出していく。
ガヤガヤと喧しくなりつつある世界。
しかし、それも最初から夜の街である南部赤線街では関係無かったのか。
不夜城と化した一帯ではどうやら一旦静かになった他の場所も盛り上がり始めたらしいと夕刊(ちょうかん)を配達する男達が客引きの女達へ笑って話していた。
影絵のような何かがチラリ夕闇の娼館の合間を駆け抜けていく。
世界の歯車が軋んでいる。
塗り替えられたものは殆どの者には認識出来ない。
だが、生憎と成りたい自分になったばかりの彼女には些細な話だ。
侵蝕された現実は違和感の塊。
夕方(あさ)から肉々しい食事にありついて大丈夫なのは獣人くらいなものだ。
誰の目にも美味そうな煮込みですら、今は半分程の祭りの参加者達が苦行のように食べている。
そこに水を求めた相手に今日は無礼講だと泡酒(スパークリング)を出す店の善意はその内にトイレの詰まりを頻発させるに違いない。
馬鹿げた終らぬ祭りに誰もが未だ浮かれている。
彼女すら気を抜けば、違和感すらも拭いさられるだろう。
それ程に完璧な夕暮れであった。
鐘の音が響く。
都市に鐘楼は数在れど、都市全域に響くものなど存在しない。
探さなければ、止めなければ、そうして何もかも瑣事を終えたなら、ようやく彼女は彼の下へ出向ける。
それは同時に丁度良い試験にもなるだろう。
今のエンシェン・イル・フォイルはどれ程のものなのか。
自らを知らずして、戦うのは愚行。
理想の己の使い心地とやら一つで彼女は大きなものを左右されるのだ。
一度調べておくのも準備の内だろう。
「フォイル嬢。奇遇だな」
後ろから近付いて来ていたのは知っていた。
問題はどれ程、彼が取り込まれているのか。
この最大級の異常事態に立ち向かう同志足り得るのか。
それだけだったが、彼女の期待は失望へと取って代わる。
それはそれで仕方の無い事なのかもしれない。
そもそも神格にすら影響を及ぼし、彼女すらも異常を常に認識していなければ、忘れてしまいそうなのだ。
如何に高位の魔術師とはいえ、認識そのものを弄られてしまえば、正常な判断は下せなくなる。
「アーギスト・エス・トリア」
クルリと振り返った彼女を見ても、化石な魔術師ルックの青年は眉一つ動かさなかった。
その横には【蟲人(ベルミ)】の青年が赤い顔で酒樽を担がされている。
一体、どういう状況なのか。
まるで分からなかったが、彼らが酒盛りの最中である事は彼女にも分かった。
「愉しんでいるか?」
「ああ、久しぶりに呑もうという事になって、樽を買い込んだはいいが、少し疲れて途中で休んでたんだ」
「そうか」
今、別人と見紛うような彼女を認識していながら、異常を検知出来ない。
一体、今自分の姿は青年にどう見えているのだろうかと思いつつも、エンシェンはこんな状態の人間は巻き込めないと軽く挨拶してから、背を向けた。
「そう言えば、渡すものがあったんだ」
「?」
歩き去ろうとして。
ピタリと止まった彼女が振り向くとアーギストが掌に小さな水晶球を持って差し出していた。
「これは?」
「さぁ、分からないな。だが、もしもの時の保険だった事は覚えている。それがどうして今必要なのかはやっぱり分からないんだが、まぁ……君ならば、問題ないんだろう」
奇妙な程にアーギストは自分の言っている事のおかしさを自覚していない様子だった。
しかし、水晶玉を受け取った彼女に背を向けた姿は再び親友と共に祭りへと繰り出していく。
「……まさか、これは」
水晶球の上に今去っていった本人の姿が浮かび上がる。
『やぁ、今これを見ているのは誰か分からないが、緊急事態である事は理解している。これは僕本人が使い物にならなくなった時の保険だ。特定の条件を満たした人間に僕が直接手渡すか。または僕の残した魔術中核が起動した場合に強制的な転移で送られる事になってる』
「やはり、彼の……」
抜かりない青年だとは思っていたが、エンシェンの確信は大当たりだった。
『僕が死亡、または精神干渉や汚染によって変質した場合、速やかに僕の研究室へ向かってくれ。僕を元に戻す時間も惜しい場合はそのまま構わず目的を達成して欲しい。僕の研究室に保存してある魔術の触媒、中核、複数の魔術具などは好きに使って構わない』
「貴方には随分と世話になってしまうようだ。アーギスト・エス・トリア……」
『今からセキュリティー解除の正しい手順を教える。後は君次第だ。もしも、僕が生きていたなら、また会おう』
手順を喋り出す水晶球から映し出される彼に感謝を捧げて。
彼女はエス・トリア邸に向かい歩き出した。
*
酒に酔った獣人の男が一人。
路上で壁に寄り掛かっていた。
「ぅ……呑み過ぎちまった、のか。もう夕方……あぁ、早く帰らねぇと。また叱られちまう」
それなりに歳を食った男の顔は無精髭に覆われ、道に寝転んでいた労働者にありがちな服は薄汚れている。
寂れた道には人の往来こそ無いが、大通りの喧騒は聞こえてきている。
どんな不幸が個人に降り注ごうと他の人間には関係なく。
都市は動き続ける。
そんな当たり前の事を見せ付けられているような気がして、男は不愉快な胸のむかつきに吐き気を催した。
しかし、前日から酒しか呑んでいない為、道端に吐かれるのは胃液のみ。
口元を袖で拭った男はフラフラしながら、自分の家のある方学へと覚束ない足取りで向かった。
フラフラと他人の肩にぶつかりながらの道程。
祭りには酔っ払いも多い事から殆どの者は見逃したが、それで納まらない血気盛んな相手もいるにはいる。
『クッソが……何で!! オレ達がこんな目に!!?』
喚いて憂さを晴らしているのは男の子供より少し大きい程度だろう青年達。
大通りから少し離れた道端で豪奢なテーブルを置いて豪華な食事を食い散らかす貴族の子弟だった。
『これでもう芽は無い……チクショウ!! これからも旧い貴族にデカイ顔させとけってのかよ』
『ヤメダ!! ヤメダ!!! とにかく酒持って来い!! 革命なんぞ所詮絵空事だったんだよ!!』
『テメェ!!? やるのか!? あああ!!?』
『上等だ!! テロリスト扱いされなくて良かったでちゅね~~リーダー?』
『やれやれ!! どうせ、もう何したって、終りなんだ!! 愉しませろよ!!』
『あはははは。どっちが間抜けな様になるか賭けようぜ?』
喧嘩が始まり、獣人と蜥蜴の顔をした青年が殴り合いを始める。
しかし、その何たる無様さか。
腰は入ってない。
拳は酔いに振り回されて当らず。
よろけた両者が道端に倒れ込んでゲホゲホと咳き込み始める。
それに白けた様子で他の数人が無気力な視線を向け、やはり酒だけにしようとジョッキを煽る。
(貴族なんぞ、ロクな餓鬼もいやしない!! ああ、そうだ!! 貴族なんぞ皆滅べばいいんだよ。ははは)
ニヤニヤと男は無精髭を撫でながら、その道端に倒れ込む男達の横を通り抜けようとした。
『おい!! そこの奴!! 何笑ってんだ!!? ぶっ殺されたいのか!! ああ!!?』
ようやく起き上がった獣人の方が彼の顔を見咎めて、叫んだ。
「貴族の坊ちゃんはそうしてゴガクユウと遊んでりゃいいんじゃないですかねぇ」
嫌味ったらしく言って。
愉快痛快だと男は鼻を鳴らし、そのまま通り過ぎようとして。
出来なかった。
「退いて下さいよ。坊ちゃん」
「うるせぇ!!? 労働者風情が気取ってんじゃねぇええええ!!!」
殴り掛かる獣人の青年の拳はヒョロヒョロだ。
不摂生でもしていたのか。
筋肉がまともについていない。
そして、生憎と男はこのアルヴァスに辿りつくまで無数の危険を何とか跳ね除けた旅行者でもあった。
戦い方は身体が覚えている。
「おらぁあああああああ!!!!」
「ふざけんじゃねぇぞ……餓鬼」
ドス黒い魂の底から響く声だった。
ズドンと男の拳が青年の胃の真上を捉えた。
千切れそうな程の衝撃に弾け飛び。
「がぁああああああああ、こぽごぼ!?!!」
喉をまだロクに消化もされてない吐瀉物(ゲロ)で詰まらせて、ノタウチ回る姿に仲間達が思わず激した。
「この労働者が!!?」
「おい!! 背中叩け!! 呼吸出来なくなるぞ!! さっさと吐かせろ!! テメェ!!! ただで済むと思うなよ!!?」
急に連帯を取り戻しつつある若者達が彼を恫喝した時にはもう、其処に男の姿は無かった。
テーブルの上にあったジョッキが二つ掴まれ、それが喉を詰まらせていたリーダーを介抱しようとする男とまだ自分に気付いていない男の顎を打って、ガッシャーンと罅割れて棄てられる。
「ぎがぁあああああああああ?!!!?」
顎の骨が曲がったか。
歪んで血だらけの顔を抑えてジタバタともがく青年二人。
その仲間の様子に一瞬で酔いが醒めた彼らが青褪めた時には再びジョッキが握られ、猛烈な勢いで怯んだ男達の顔面を砕き、壊れて粉々になり地面に落ちていた。
「ああ゛ああぁあ゛ああぁあ゛ぁああ?!!!? おでのがぉおおおおおおお!!!?」
「あいつはもっと辛かったんだよ。きっと、もっと哀しかったんだよ。お前らみたいな屑がいるから、あいつがどっかに行っちまった……なぁ、死んで詫びろよ? 貴族なんだろ? 潔く死んで詫びろよ?」
幽鬼のように嗤った男の顔にゾッと背筋を凍らせた青年達がその場にあった肉を切り分ける為のナイフを握って威嚇した。
しかし、それに構わず。
男は全身の筋肉を使って、テーブルを真下から持ち上げて引っくり返す。
皿とジョッキの破砕音。
そして、思わず倒れた青年の何人かが料理に足を取られて、スッ転んだ。
その上から男が足を蹴り砕くようにテーブルを蹴り抜き。
骨を砕かれた青年の悲鳴が更に上がる。
「こ、こいつまともじゃねぇ!!?」
「ひ、ぎ!? に、逃げ!!?」
「死ねよ。それくらい出来るだろ? 謝れよ!! あの子に謝れ!! うちの子に謝れ!! なぁ? なぁ?」
「ぎぃひぃいぃいいぃ!?! ゆ、ゆる゛じでぐだッ、くだしゃ、いいい!!?」
恐怖に負けた青年の一人が鼻水と涙を零して潰された足を引きずりながら逃げようとする。
「許すわけねぇじゃねぇか」
グシャリと男が拳一発を顔面に入れて、黙らせた。
まだ無傷なのが三人程。
しかし、誰の目にももう怯えしかない。
その顔には保身が浮いており、そのまま逃走に掛かった。
背中を向けて店舗の反対側へと抜ける道を必死に走っていく姿を男は追わなかった。
苦悶と呻きが木霊する店先でもう相手に興味を無くしたのか。
吐瀉物(ゲロ)と料理の臭いに塗れながら、男はフラフラとまた歩き出した。
家に帰らなければ、そう今あるたった一つの思いのままに。
街並みは再び暮れていく。
宵は闇となり、明日に向かわず。
都市の明かりは最高潮。
再び花火が上がり始めるまでそう時間も掛からないだろう。
だが、西部にある無数の小さいワンルームの集合住宅に帰り着いた男の玄関を開けた先にあったのは……何も無い部屋。
いや、本来は何かあったはずだが、男一人が生活するのに必要なもの以外は何も無い部屋。
それは寒々しい伽藍堂。
「あ……れ……あの子って誰だよ。オレに子供なんているのか? あははは、ついに頭までおかしくなって……お゛ぅぇえええええ゛えええ゛え゛え゛ええええ―――」
吐きながら、何も出ない胃から吐きながら、男は何かを忘れたくないと、酔いのせいなんかじゃないと、自分が守るはずの、自分が守らなければならなかったはずの誰かを探して、ヨタヨタと再び街へと繰り出していく。
閉じられた都市の中。
求め彷徨う者達が動き出す。
破滅の足音に急かされながら。
そうして、一日目の宴が始まる。