第一章十八節「初恋」
機関が動いている。
果てまで続く配管の群れが曙光も届かない岩肌を埋め尽くしている。
その先に唯一の座があった。
乂羅千二百年の歴史上。
坐った者は六人のみ。
嘗て在った天然の魔力を枯渇させる井戸。
いや、井戸と呼ばれていた異土。
あちら側から影響が滲み出る場所は大陸にも数有れど。
あちら側へ全てが流出していく場はそう無い。
高きが低きに流れるのが世の理であるように。
そこもまた無き故に全てが流れ込む。
今や魔導技術による巨大な【排魔機構(ライン)】が形勢され、終わりなく世界が注ぐ場が其処だった。
四千五百の血筋を束ね。
八千九百の乳飲み子を使い。
五万四千の人員を用い。
その場に相応しき者を選び出す為に育てられた十四人。
適応確率は一般の者を宛がい続けて約二十七億三千五百万分の一。
それが高々数十分の一の確率になるならば。
決して……そう決して無駄ではない犠牲。
最も高き確率の子。
干支は虎。
生まれの刻は子。
血統は魔力の飽和限界を引き上げる稀有なる血筋。
これで繋がらないはずは無い。
これで成功しないはずが無い。
他の十三人はその予備である事は疑いようもない。
据えられて。
否、坐らせられて。
その子は何も身に付けず、幼い身体を震わせ、最後の孔を塞ぐ要石を外されて、輝きの中で消失した。
「新たな【神門(みかど)】は未だ成らぬ、か」
十年を掛けた儀式が無為と帰した。
その嘆きを込めて。
一人の男は溜息を吐き。
予備では何も成らぬと使う事も諦めて。
再びの【奉選(ほうせん)】を行うべく土御門と天御門の頭領に顔を向ける。
「予備は好きにして構わん。我が子らよ。汝らの働きに期待する」
「「御意に」」
最上位を現す紫紺の衣。
烏帽子を被りし、二人の男。
その調和する声もすぐに解けて。
背を向けもせず彼らはその場から下がっていく。
やがて、岩山の中腹に出た御門の子達は互いの皺枯れた瞳を見つめて。
何一つ語る事なく左右に別れ離れていく。
土御門家本家の長。
【土御門邑土(つちみかど・おうど)】は山の裾野に差し掛かった時点で異変を感じていた。
本来、長以外出入りを制限された禁山(きんざん)に招かれざる者あらば、問答無用で死罪。
しかし、それが身内。
しかも、今の片腕であるならば、それも已む無し。
寄り代である人型の白紙が邑土の前へ何処からともなく現われ。
フワリと浮いた。
「方春か。何用ぞ?」
「父上。予備を使わせて貰えまいか?」
「良いが、一体何に使う?」
「天御門の分家に大皇の血筋が拾われたようで」
「何だと?」
「このままならば問題ないが、新たな御子が生まれる可能性は無きにしも非ず」
「……どうすると言うのだ」
「予備には丁度良い者もいる。天御門に手柄をくれてやるくらいならば、例え、貴重な血統だろうと断つが常道。さて、父上…返答は如何に?」
「……良いだろう。好きにせい」
「紛う事無き御門(みかど)はこの世にただ一家。天御門に知らしめてやりましょうぞ。ほほほほほ」
そう声を響かせて、人型が燃え尽きた。
それを確認して再び降りていく老人は一人。
空を見上げた。
「嵐が来るな……」
確かに。
それは正しき勘だった。
唯一、老人に計れなかったのは嵐が如何な大きさであるか。
正に一国を覆す嵐がそこまで来ている事に未だ気付く者はいない。
それが二百余年の長きを支配する真の神門に連なる者だろうとも。
天御門分家に“予備”が遣わされたのはそれから一日後。
その個体の名は、
【土御門烙南(つちみかど・らくな)】
外国の血を引きし少女であった。
*
――――――天御門分家離れより。
少年が三人の伴と再び合流したのが前日の事。
遺宋を見て回ろうと全員で外出して帰ってきた時には顔面蒼白の紅亜からこってり絞られた。
そんな事件から一夜明けた明星の昇る頃。
トントントン。
そんな家庭的な包丁の音色で少年は目を覚ました。
「……」
意識を浮上させるに足る行為を起こしたのは誰か。
結局、夜も紅亜にだだを捏ねて傍で眠る許可を得た少女達を置いて、少年はそっと起き出した。
離れの奥。
端の方にドアも無い出入り口が一つ。
そっと顔を覗かせた少年が見たのは後ろ姿だった。
黒い学徒用の制服に身を包み。
制帽だけは外して。
割烹着を無理やり付けた恰好。
ちぐはぐなまま。
一心に包丁を動かし、隣の魔術具で火を起こした竈の上の鍋を回している姿は一種滑稽にすら映る。
「……今までも自分で作ってたの?」
「!!?」
けれども、少年はそれを笑いもせず。
淡々と後ろから声を掛けた。
「な、なな、お、驚いて指を切ってしまうところだったではないか!!?」
包丁を置いて鍋を掻き回しつつも振り返った紅亜が怒鳴った。
「朝から心地いい音がするから来てみたんだけど」
「ふん。さっさと戻れ。お前が見て面白いような事は何もない。それと!! イフィミスラ様達の部屋で寝る事を許可はしたが、着替えなどを見る事まで許可した覚えはない!! さっさと部屋を出て朝の散歩にでも行って来い!!」
「家庭的な姿を見せたらイフィミスラだって心が揺れるんじゃない?」
「何を言っている。こんな…こういうのは下人の仕事であって、人の上に立つ者がやる事ではない」
「じゃあ、どうして作ってるのか聞くべき?」
「……貴様は知らぬのかもしれないがな。大皇の血を引く者には幾つか食べてはならないものがある。魔術的な触媒となり得るものや、食べ合わせによっては危険なものが幾つか」
「知らなかった……」
「言っておくが、それだけではない。イフィミスラ様の故郷であるエルデナンドの料理の味付けは繊細で難しいものばかりだ。何を食べさせてきたのか知らないが、雑な旅人の料理に付き合わせてお体を壊されては敵わない」
「今度から気を付けるよ」
「―――いいからとっとと消えろ。気が散る!! お前のような輩に邪魔されてはお三方に出す料理に邪念が入りかねないッ!!」
「頑張って。それと昨日の夜の料理美味しかったよ。此処にいる間は出来る限り作ってあげて。そっちの方がイフィミスラも喜ぶだろうから」
そのまま少年が厨房から遠ざかっていくのを確認して、紅亜は疲れたように溜息を吐いた。
(あの男にはいつも叫んでいる気が……どうしてなの? こんなにも胸がざわ付いて……)
脳裏に蘇るのはいつでもあの光景。
二人の少女に跨られて。
雄々しいソレを引き抜いて。
丁寧に二人の身体を布で拭っていく。
その間の一部始終は全て今も鮮烈に思い出せた。
自分の身体が見られているのも構わずに。
羞恥の一欠けらすらなく。
少女達を優先した。
(イフィミスラ様はまだ乙女……それとも……)
被りを振って、沸騰しそうになっている鍋の火を弱めて。
再び紅亜は包丁で食材を切り始めた。
「イフィミスラ様に対して誠実であろうと決めたのだ。私は家の事情なんて関係ない……そうだ。関係ない……」
紅亜の料理がその日は妙に形が不揃いな野菜ばかりだった事に気付いたのは少年一人だけだった。
*
追い出された少年は紅亜に言われた通り、朝の散歩にでもしゃれ込もうかと庭をウロウロとしていた。
少女達が傍にいない。
それだけで妙に静かな気がして。
でも、それが本当はいつもの事だったはずで。
自分は寂しいのだろうかと少年は苦笑してしまった。
今更の事であるからだった。
誰かと旅をするより、一人で旅をする方が長かった。
従者を騎士を引き連れ旅をしたのは少年の人生においてそう長い期間ではない。
人の一生分の時間くらいは旅ばかりしてきた。
その代償の名は孤独であり、最も長い付き合いの感情のはずで。
(今更過ぎる……)
自嘲の笑みは誰にも見られなかった。
しかし、その背中を見つめる者はいて。
「天御門分家の長様でしょうか?」
「?」
少年が振り返ると何やら仰々しいくらいに飾り立てられた髪が見えた。
幾つかの簪(かんざし)。
髪飾りの華は軽く薄いと見えるものの、その全てが魔力触媒として優れた玉石。
長大な白い髪は幾重にも背中で折り返されていて。
それでも足らぬとばかりに足元近くまで伸ばされている。
少女自体も飾りに負けず劣らずに美しい。
可愛いでも綺麗でもなく美しい。
まだイフィミスラ程の歳だろう身で。
「あ、あの……もし……」
全てが妖精の如き細さでありながらも、しゃなりしゃなりと歩く姿は完璧に作法をものとしている。
【白変化(アルビノ)】の症状か。
病的なまでに白い肌も赤い瞳も日光に当てられる事を前提とはしていない。
その顔の造詣は彫刻家が生涯を賭して削り出したもののような。
そんな儚さを漂わせていた。
夭逝する事を宿命付けられたような薄い気配。
これでは少年も悪意なく近付かれれば分からぬはずだった。
「僕は此処の客人で長……紅亜なら離れにいると思いますよ」
「そ、そうでしたか。失礼致しました」
髪だけでもかなり重いだろうに深々を頭を下げた少女に少年は首を横に振った。
「あ、名前を……わ、わたくしは【土御門烙南(つちみかど・らくな)】と申します」
自分がまだ名乗ってもいなかった事に気付いて顔を赤らめた少女烙南が再び頭を下げる。
「ティア」
「え?」
「名前です」
「あ、は、はい。ティア様」
再び顔を赤くして頷く様子に男と話した事が殆ど無いのだろうと少年には何となく分かった。
長年旅をしてきた恩恵か。
一目見れば、大体その人間の事が解る。
それは数少ない少年の特技の一つでもある。
「案内しましょうか?」
「ぁ…いえ、お付の者がそろそろ来る頃なので……」
「?」
【姫様ぁあああああああ。烙南様ぁああああああ。何処でございますかぁあああああああ】
慌てた様子で遠方から見え始める影を認めて、少女が少し残念そうな顔をした。
「初めて一人で出たなら、初めて一人で逃げてみますか?」
「え…あ、あの…な、何故?」
見抜かれて。
混乱した様子になる少女へ少年がそっと手を差し出す。
「景色の良いところを探して歩くのも一興ですよ」
「ぁ……」
少年の手と瞳を交互に見て。
「本当に見たいものがあったから来た。違いますか?」
初めての事ばかりに混乱しつつあった少女が躊躇う。
「あ…わたくしはただ……」
「ただ?」
「御屋敷の外に……出てみたくて……」
「それで?」
「……もし、許されるなら……世界を……」
少女は、土御門烙南は今まで誰にも言えなかった事を、初めて出会った“男”に、家の女達が何度も何度も貴人以外はただの獣(ケダモノ)だと言い捨て注意していた者に、そっと秘した思いを告げていた。
「見てみたかった?」
「はぃ……」
自分が今正にとんでもない事をしているという自覚の下。
烙南は手を取る勇気も無く身体を震わせて。
「じゃあ、見てみますか? 世界を」
「え?」
クイッと呆気ないくらい簡単に手が引かれた。
「ぁ」
緊張していた足が縺(もつ)れて。
少年の身体に飛び込むように少女が倒れ込む。
「目を瞑って。風が静かになるまで。少しだけ我慢を……」
何をされるのかと本能的な脅えが烙南を支配する前に。
目がギュッと閉じられて。
風音。
轟々と。
世界が壊れていく音だろうかとまだ何も知らない少女は恐怖を感じ、それが終わるのをジッと待った。
「いいですよ」
ようやく終わった地獄に向かうような音の終焉。
それを感じて睫を震わせながら、少女は目を、開き、何もない世界を見た。
「――――――綺麗」
蒼。
紫。
白。
融けている色はそれだけ。
他は何もない。
色以外に何もない。
人も物も全てが無い。
「ゆっくり下を」
言われて。
呆然とする儘に自分が男の腕の中にいるという事すら忘れて。
少女は視線を俯けた。
「こ…れが…世界……?」
都だった。
正方形の囲いに覆われた人々の住まう場所。
教えられていた地図の通り。
けれども、その中から上がる煙だとか。
大通りをゆく豆の如く小さい人々の流れる様子だとか。
土御門烙南には想像も出来なかった光景があった。
そうしてようやく少女は自分が空の上にいるのだと知った。
「これは世界の一部。誰もが知っている。大きな大きなものの一部。貴女が知りたいと願ったものの、ほんの少し……」
「ほんの、少し?」
鸚鵡(おうむ)返しになって多少声が拙くなった少女に少年が頷く。
「この世界に本当の果てはない。人がそう思うだけで」
「果てが、無い?」
「だから、貴女が望むなら世界はどこまでも広がっていく。もしも、それを貴女が真に願うなら……」
「……」
「これから十数えたら戻ります。目を瞑って」
「は、はい」
キュッと。
少年の言葉に従って。
目は閉じられた。
そうして言われた通りに十を数え終わった時、少女は声を掛けられる。
「姫様!!!? ご無事でしたか!!!」
「え?」
目を開けた少女の前には女の従者達が数人映っていた。
不意の事に辺りを何度も見回したものの、女達以外の姿はなく。
女達の心配する声も漫ろに聞いて。
少女は女達に問う。
「此処に誰か。いませんでしたか?」
しかし、女達は怖かったでしょう恐ろしかったでしょうと慰めながら少女の手を引いて牛車の中へと連れていこうと必死で聞いてもいなかった。
(あれはまぼろし? それとも……もののけ? いえ、いえ、わたくしは……確かに……)
今も腕に抱かれた感触が、引かれた手の熱さが、未だ少女の中に燻っていた。
だから、少女はこう思う。
自分が最も知るべきソレに准(なぞら)えて。
(きっと神門が生むもの。人の世をやさしげにみまもる……それは……)
再び薄暗い御簾の奥へと押し込められて。
それでも少女は己の見たものを瞼の裏に映して。
『貴女が望むなら世界はどこまでも広がっていく。もしも、それを貴女が真に願うなら……』
少年の言葉を反芻した。
何度も何度も、何度も何度も家の長である紅亜と謁見する時まで……。
*
カタコトと大陸中央様式の馬車に揺られながら、四人は学徒憲兵隊の隊舎に向かっていた。
「一体朝から何処に行っていたのだ。探したのだぞ?」
少し早い朝食時になるまで現れなかった少年にムッとした様子でイフィミスラが訊いた。
「少し散歩してたら、道に迷ってた子がいたから、案内してて」
「案内? いつからお前はあの家に詳しくなったのだ」
「比喩表現的な感じに、かな」
「そうして煙に巻く癖は治した方がよいぞ」
「そう?」
「ああ、そうすれば紅亜も少しはお前の事を理解してくれるのではないか?」
「真面目な人とは昔から相性が悪いっていうのが相場で。どうかな」
「見えてきた。ティア!」
燥いだ様子でナーリャが外を指差した。
「てぃあにいさま。そのだいじょうぶ、ですか? えふぃのすがた」
「うん。普通の子に見えるよ。エフィリム」
「は、はい……」
少し緊張した面持ちでエフィリムが頷く。
その姿は常の魔族の血を引く者のものではない。
白い肌。
黒い瞳。
角も無く。
胎も膨れていない。
普通の少女のもの。
「紅亜には感謝しないと。こんな風に短期間とはいえ学校に入れてくれたんだから……」
「そうだな。我も博学は修めたが庶子の学校には学んだ事は無かった。少し楽しみではあるな」
イフィミスラが頷く。
四人全員が学徒憲兵隊の制服姿だった。
紅亜の発案で家にただいるというのもつまらないだろうと。
一時的に学び舎へ入る事を全員が許可されたのだ。
最初はイフィミスラのみにそれを告げた紅亜だったものの、他の者も一緒でなければ嫌だとの拒否に押される格好で他のナーリャ、エフィリム、ティアの三人も同じく入る事になっていた。
「そう言えば紅亜が来てないけど」
「早めに来た客に応対してから来るとの事だ」
イフィミスラの答えに少年はその客の姿を思い浮かべる。
少なくともただの客ではないのは確かだった。
馬車が校門前で止まる。
四人はイソイソと降りて、待っていた青嵐に迎えられた。
「ティアさん。またこうして会えるなんて嬉しいです。今後は短いとはいえ女性の敵にならぬようお願いしますね」
さっそく笑顔で吐かれた一撃に少年が汗を浮かべる。
「青嵐だったか?」
イフィミスラに青嵐が頷いて頭を下げた。
「これから皆さんの監督をする事になりました。天御門青嵐上級曹長です。短い間ではありますがどうぞよろしくお願いします」
一度、少年の事を聴取された覚えのある三人が頭を下げ返す。
「さぁ、堅苦しいのはこれくらいにしておきましょう。皆さんには特別クラスとして私の下で学んでもらいます。他の子に紹介を終えた後、明日の遠征の準備を一緒にしてもらう事になりますので」
「遠征?」
「遺宋南部の牧草地帯で【湧魔(ふつま)】が出ていまして。一日掛かりで掃討する準備を……」
「学徒がそれをするというのか? エルデ、ごほん。他の国では騎士団や傭兵団を組織して行われるような大規模な軍事作戦ではないか」
イフィミスラの最もな意見に「ふふふ」と青嵐が笑った。
「この乂羅において、学徒憲兵隊がそれだけの武力を備えた存在という事です。この間の魔王戦でしたか。あの大きな燃える樹が見えた時も我々学徒憲兵隊が主体となって治安維持に尽力しました。そこらの腑抜けた常備軍とは違います。練度も武装も志も高くなければ勤まらない。それこそが学徒憲兵隊、応募倍率四万五千分の一という難関なのです」
誇らしげに語った後、少年少女四人を引き連れて青嵐は校庭へと向かった。
既に整列していた学徒達が青嵐に連れられてきた四人に視線を向ける事もなく直立不動のまま、朝礼の挨拶を待つ。
自分よりも年下である者に対する侮りや緊張の緩みなど、その光景には欠片も存在していない。
朝礼の挨拶は静かに始まり、簡潔に四人を紹介し、最後の敬礼と共に終わった。
私語なんて一言もない。
多くの者が統制された様子はイフィミスラに「確かにこれならば」と思わせるに足りた。
その後、各自の持ち場へと戻っていく学徒達を横目に青嵐が四人を隊舎裏へと誘導する。
「では、これより遠征に用いる小道具等を運んでもらいます」
巨大な倉庫が幾つか並ぶ一角。
その一つを前に片手で巨大な扉を横に開いた青嵐が僅かに驚く四人に微笑む。
「この中にある遠征用具一式を全て倉庫前に運び終えた時点で今日は終わりとします。終わったら呼んでください。休憩は一時間毎に十分取るように。では」
そのまま隊舎へと帰っていく後ろ姿にポカンとしていたイフィミスラが慌てて質問する。
「ど、どれを運び出すのか分からぬのだが!!」
「全部です」
青嵐は笑顔のまま言った。
「倉庫内に無駄は一切ありません。全て遠征に使うので全て出しておいてください。では」
四人が倉庫の内部を見やる。
「「「「……」」」」
倉庫の薄暗い空間の中には百を超える棚の群れが聳えていた。
*
「青嵐。イフィミスラ様達にアレをやらせているのか? さすがに最初からアレは…」
昼を過ぎた頃。
ようやく木造の隊舎にやってきた紅亜が妹しかいない個室で冷や汗を流す。
前日の夜に世話は一任していたものの、それでも下級生に最初に訪れる地獄のような難関を初日に体験させるのはさすがにやり過ぎではないかと気が引けていた。
「お姉様。大丈夫ですよ」
「いや、だが」
「お姉様が選んだ方です。それにティアさんもよくやっています。夕方には終わるだろうと他の学徒がわざわざ報告しに来るくらいですから」
「そ、そうか。青嵐がそう言うなら、此処は分隊長らしく待っている事にしよう」
「はい。その方がいいです。それであちらの方はどうなりましたか? 一応は部屋も用意しておきましたが、何か不満は?」
「いや、その、思っていたよりも大人しい方だと思う。しばらくお話させて頂いたが……ああいうのを本当の姫君と呼ぶのだろうな」
「そうですか。あの蛙の事だから、何かしらの密命を帯びているのだとばかり思っていましたが……」
「そういう気配はない。お綺麗な方だったから話を聞いてみたんだが外国の血が入っているそうだ。たぶん、私の動きを察知して、最初に子を成すならこちらからにしろと牽制の為に寄越したのだと思う」
「新たな力を血筋を求めておいて。使えぬとなれば純血ではないと使い棄てる。蛙らしい遣り方ですね」
「青嵐」
咎める声に青嵐が頭を下げた。
「口が過ぎました。すみません」
「私はイフィミスラ様を純粋に保護したいと思っただけで。遠縁に当たるとはいえ、自分と同じ血を引く人が不幸になっていくのは見ていられなかっただけなんだ。本当にただ、それだけで……あの男やお前が考えているような事は……」
「……でも、わたしにはお姉様が本当に望むなら、あの方は応えてくださ―――」
「青嵐」
静かな声。
その声に妹は震えた。
「私はイフィミスラ様に幸せになって欲しいと。心からそう思ってる。確かに天御門としての性に今私は呑まれつつあるのかもしれない。けれど、それにあの方を巻き込むなんて……考えただけで気がどうにかなってしまいそうになる。あの笑顔を汚したら……私は一生後悔する。きっと、それは土御門の姫君も同様だ。巻き込むつもりはない」
「ですが、もう時間はあまり残って!?」
そっと唇に人差し指が付けられる。
「もしも、夜のお勤めで私が変わってしまう前に子が出来なければ、その時は……覚悟くらい出来ているつもりだ」
「お姉様……」
「これは土御門と天御門の約束事でもある。お前にまで辛い思いをさせる事が無いという、ただそれだけでも私は十分に報われた。だから……」
目の端を拭って青嵐は描き掛けていた書類に視線を移した。
「今日もお帰りになって食事を作るのでしたら、明日の事も考えて夜のお勤めは中止してもらう事も出来ます。如何しますか?」
「いや、全て滞りなく行う」
「……はい」
もう言葉は要らなかった。
部屋を出て行こうとする背中に掛けられる言葉も無く。
青嵐は紅亜が出ていく最中も書類を睨み付けるようにして俯いていた。
(お姉様。わたしは……青嵐は……)
文面が滲んで。
その日、青嵐が片付ける書類が一枚増えた事に誰も気付かなかった。
*
遺宋南部の牧草地帯を離れたサヤトネとマロウは人外となりつつある少女を連れて、街道沿いの宿屋へと止まる事になっていた。
外套のフードを被せて姿が見えないようにされた少女はマロウの横でジッとその顔を見上げている。
「懐かれたようですね」
サヤトネが少女の様子に率直な意見を述べた。
「そのようですが、私にはどうしたらいいか。まるで…」
横の少女に戸惑いながら、マロウがその頭を撫でる。
「~~~♪」
ゴロゴロと猫のように喉を鳴らして少女がふにゃりと顔を崩した。
「名前を聞いても声が帰ってこないという事は言語に関する記憶に異常があるという事ですが、思考する部分がちゃんと残っていると言う事も事実…本人の意思を尊重すると決めたなら、望むように接しながら言葉も教えていけばいい」
「それは、そう、なのですが!?」
マロウの頬がペチョリと濡れた。
「ん?!」
獣が子にそうするように毛繕いでもしているのか。
耳と尻尾と小さな角の成り損ないを持つ少女がマロウを舐め始める。
「き、君はこういう事をしちゃいけない。これから私が教える事をよく」
舐め終わったら今度は腕がガバッとマロウに抱き着き、少女はグリグリと頭を擦りつけ始める。
「聞いていない、ような、気が?!」
冷ややかな視線でそれを見ていたサヤトネが立ち上がって刀を抜き二つある寝台の横に突き立てた。
「な、何を!?」
驚いたマロウだったが、蒼い瞳の少女は動じず。
「これから遮断の結界を張ります。その子を宥めるなり、可愛がるなり、どうぞお好きに。朝までは消えません。それまでに躾けるなり、言葉を覚えさせるなりしてください」
「いや、此処はやはり女性同士で!?」
「では、良い夜を。マロウ」
魔術によくある結界でも張ったように刀と部屋の半分が暗黒に包まれた。
それに驚いた様子でマロウにベタベタしていた人外の少女が背後に隠れる。
「怖がらなくてもこれは悪いものじゃない。だから、後ろに下がらなくてもいい」
マロウのニュアンスが少しでも伝わったのか。
おずおずとマロウの横に出てきた少女は再びマロウに抱き着いた。
(どうするべきか……)
頭部にまで達した変異。
そのせいで脳まで達していると思われる魔の影響は少女を獣のように変えてしまった。
それでも人に害を成すような素振もなく。
只管、目覚めてからマロウに擦り寄ってくる少女には恥じらいや理性のようなものはあまり感じられなかった。
「……自分の事も分からない男が君のような子をどうにか出来るのか。私にはよく分からない。ただ、君を助けると決めたのは私だ。だから、その決意分くらいは責任を取ろうと思います」
言ってもきっと分からないのだろうとは思いつつも、マロウは本音を少女にぶつけた。
「?」
今までマロウに抱き着いていた少女が身体を離してマロウをジッと見上げる。
「どうか、したかな? 私の顔に何か」
素早い動作だった。
チュッと少女の唇がマロウの唇を奪った。
「な、なな、何を!?」
慌てるマロウを押し倒すように寝台へと転げた少女が再び顔面に接吻の雨を降らせる。
「わ、私は君にそういう事は」
思わず引き剥がそうとして腕を掴んだ時。
マロウは肌が震えている事に気付いた。
フルフルと、まるで凍えるように。
初めてまともに少女の顔に視線を向けたマロウは其処で笑みを見た。
そして、涙を見た。
少女の目の端からポロポロと零れ落ちるソレ。
しかし、少女の顔には笑みが浮いている。
ちぐはぐな取り合わせ。
それでも震えている身体が何に震えいているのかマロウは理解する。
少女は怖がっていた。
何に?
マロウにではない。
暗闇にではない。
その内から湧き出そうになる何かを、だ。
人との触れ合いを求めるのは恐怖故か。
「……そうか。私は何も君の事を……まだ一つも背負えていないようだ」
マロウは接吻を止めさせる変わりに優しく抱擁した。
それに喜んだ少女は再びマロウにスリスリと身体を擦り付け始める。
「怖くない。ああ、怖がる必要は何一つない」
優しく、優しく。
少しずつ治まっていく震えはやがて止まった。
(以前にもこんな……いや、こんな事が、私は……っ……何を……)
バツンとマロウの脳裏に記憶のようなもの、全体的にはイメージに近いソレがフラッシュバックした。
「――――――」
その激痛にマロウは身動きも出来なくなる。
(ぅ…こ…れ…は……)
何かがプツプツと音を立てて斬れていく。
マロウは何がどうなっているのかを理解せず。
さりとて動く事も出来ず。
硬直したまま、少女に成すがままにされていく。
自分を抱き締めたマロウへ少女は嬉しそうに微笑み。
今日買い与えられたばかりの服を器用に脱いで。
またマロウの服すらも上をはだけさせていく。
「♡」
クチャッとマロウ腰の上に淫猥な音がした。
それが少女の腰。
もう濡れてしまっている股間が肌に吸い付く音だと今のマロウには認識する事も出来なかった。
本来なら止めていただろう行為。
しかし、身動き出来ないマロウでは少女を抑えられない。
ピチュピチュと胸元を喉を口元を舐めて。
自らの瑞々しい乳房を何度も胸板に躍らせながら、少女は笑みを零して。
そっとマロウの手を退かし、腰の上に乗る形になる。
既に男の生理現象として張っていた股間を脱がした少女は「♪」と嬉しそうにすると、汗に濡れた指で幹を掴んだ。
グッと掛かる心地良い圧力にマロウはようやく何をされているのか悟って。
それでも成されるが儘逆らえず。
「♡」
大きく腰を浮かした少女の行為を止めようと激痛の中で僅かに腕を持ち上げるも、少女の太ももを触って悦ばせるだけに留まった。
グチュヌ。
そんな音がして先端が呆気なく呑まれた。
初めてのはずである少女はそれで顔を歪めもせず。
「♡」
女の悦びに身体を仄かに赤く染めて。
一気に長い幹を自分の襞で誘い込んだ。
ズチュルンと内側を掻き分けた雄のえらの感触に少女が唇から舌を出して唾液を垂れ流す。
気持ちいい。
声無き声は確かにそう言った。
やがて、マロウの雄の象徴は少女自身で呑み込まれて、肌がペタンと密着する。
少女は心地良さにもう何度か軽く達していた。
初めての痛みなんて欠片もありはしなかった。
魔に浸食された脳裏はそんな情報を一つも身体から受け取らなかった。
少し長過ぎる幹の先端が自分の胎に一番近い場所、子宮口を抉っている事に深い満足感を覚えながら、蜜で密着する肌を少女がゆっくりと引き離す。
ミチュミチュと襞は少女の意思の通りに動き、愛しい雄の槍を引き離さず。
滑りながら蜜に濡れながら奥へと引き戻そうとする。
(ぁ……ぐ、これ以上、は!?)
声すら出ない有り様でマロウは既に行為で幾度も達してしまった少女の顔を見つめた。
はぁはぁと息漏らして。
舌をだらしなく狗のように出して。
口の端から唾液をはしたなく垂らして。
それでも愛しい愛しいと視線だけでマロウへ服従するように伝えて。
腰が落とされた。
グチュンと再び幹が全て埋まる。
(ッッ!!? だ、めだ……)
たった一回腰を振られただけで限界に達したマロウは魔に侵されながらも牝としての優秀性を見せつける少女の奥へ子種を全て吐き出した。
ビチュルルルルルルルルルルルルルル。
長い幹を通り、少女の一番感じる場所に先端が抉り込まれたと同時。
吐き出された精が少女の僅かに残った理性らしきものを全て焼き払い、ただ快楽を覚えたての牝狗として完全に征服した。
「――――――ッッ♡♡♡」
雄の精の味を子を孕む胎の奥で存分に甘受しながら、淫らに蕩けた顔となった少女はマロウの唇へと吸い付く。
(ん、く、ぁ……)
口を閉ざそうと抵抗したマロウの優しさも無駄にして。
少女は常人より長くなった舌で、まだ痺れて満足に動かない舌を蹂躙する。
男に奉仕する為だけの行為。
奪うというより奪われる為の行為。
子種を胎でしっかりと受け止めながら、再び腰を小刻みに降り始めた少女は快楽を求める魔そのものだった。
腰の奥から流れてくる快楽にマロウの全身が震える。
「~~~~♡」
早く早くと舌をねだる少女だったものの、動けないマロウは反応せず。
それをまだ自分の行為が足りないからだと誤解した少女は何とか喉の奥を震わせようと口を開いた。
「……ぁ♡ ぁ♡ ぃ♡」
言葉にならない。
それでも健気に喉元を震わせた少女は今自分が一番して欲しい事を声のようなものとして絞り出す。
「ぁ…に…ゃ…じ…ゅ…ぽへ……ぇ♡」
それを自分でも認識したのか。
ジュンと蜜が少女の穴の奥から溢れ出した。
「♡」
蜜穴はもういつでもマロウの腰の動きに対応出来るよう備えられている。
今正に激しく動かれたなら、少女は苦も無く達して。
永遠の忠誠を、男の支配を、悦びを、受け入れるだろう。
チャクチャクと子宮口の奥で小刻みにマロウを挑発しながら、早く早くと覚えたての行為に夢中となった少女の様子が変わる。
獣耳が少しずつ小さくなり、その変わりに角が少し膨れて大きくなっていく。
少女が一段と魔に近付いている事を察したマロウの身体が一度大きく動いた。
発条仕掛けのように上半身を起こして少女を押し倒す。
(何を、だが、この……ままでは……まずい。何がかは……まだ、分からないとしても……)
ゆっくりと肉体の自由が戻り始めたマロウはいきなり押し倒されても行為を激しく求めてくる少女の膣(なか)の感触に苦鳴を漏らし、それでも腰を打ち込んだ。
「♡♡♡」
たった一度。
幹で激しく擦り立てられた少女が絶頂した。
自分からではなく相手から。
ようやく自らを支配してくれる人に出会った悦びに潮を噴き上げて。
マロウの腹が濡れる。
「この、まま……」
ゆっくりと引き抜いて、突き込むという動作が始まる。
「♡」
少女から湧き上がる歓喜の悲鳴。
グチュングチュンゴチュンブチュンズチュン。
被征服欲の権化と化して、男に悦びを与えるだけの存在と化して、淫らな牝狗となった少女は伸びてきたマロウの指にコリコリと両乳首を潰されて、更に声無き絶叫を上げる。
もっと、もっと。
して、して。
(もう、もたない!?)
一度目とは違い、自分から腰を振っているからこそ吹き上がってくる射精感に直前引き抜こうとして。
腰に絡められた足がマロウの動きを止めた。
それどころか足が腰を引いて、ドチュリと男根の先端が子宮奥へ完璧に埋まる。
ドポポポポポポポポポポポポポポポポポ。
「ッッ!!?」
最初とは比べものにならない量の精が放出される。
ボコンと少女の胎が一瞬、膨れ上がった。
魔に魅入られた影響か。
普通では在り得ない量の精で少女の胎を満たしながら、マロウは少女の角が常のように小さく短くなっていく事を確認して、安堵を覚え、意識を手放した。
「♡」
意識を手放して自分の上にくったりとする“ごしゅじんさま”を愛しくチュッチュッと唇で愛撫しながら、少女は“受精する悦び”で一心に震えた。
少女の胎の中。
卵管まで容赦なく満たした精は卵巣にまで至り。
少女の細胞を蹂躙し尽くしている。
何度も引く事の無い波のような快楽に溺れながら、少女はやがてまた起きるだろう主人の頭を今度は自分がそっと撫で始めた。
そうして。
その一部始終を密かに見ていたサヤトネは少女にした細工をまた掛け直す。
騎士たる身が朽ちるまで男がただ“幸せ”に消えていくなら。
それ以上に理想的な展開は蒼い瞳の少女には無かった。
騎士を没落させるのはいつでも名誉か女と相場は決まっている。
それを誰よりも何よりも知る者は自分を破った男が再び騎士として目の前に現れる事を望まず。
薄暗い部屋の中。
たった一人の少年の顔を夢見て、意識を落としていった。