※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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終章「降臨!! 触手は希望の光と為りて」

終章「降臨!! 触手は希望の光と為りて」

 

―――????年前大陸中央教会天門聖堂内。

 

 聖硝子《イコン》。

 

 後にそう呼ばれる事となる新式芸術。

 

 学が無い者にも御父の偉大さを示す事となる宣伝《マーケティング》用の巨大な硝子絵《ステンドグラス》の前に凡そ百人の者達が集っていた。

 

 老若男女。

 

 年齢も性別もまったく違う者達は燐光を上げて回る円環の中央。

 

 辛うじて命を繋いでいる者に哀しげな視線を注いでいる。

 

「お労しや……まさか、このような事になろうとは……」

 

 ローブ姿の者達の中から老婆が方陣の中央に手を伸ばしたが、そっと周囲の者達に止められた。

 

「辛抱を。まだ、内部におります」

 

 回復の見込みはほぼ零。

 

 だが、だからと言って放ってはおけない。

 

 しかし、それにしても彼らは決断を急かされている。

 

 何故ならば、この世を飲み込む災厄が今も倒れ臥す者の中に潜んでいたからだ。

 

「警備に当っていた者達の容態は?」

 

 女の声が訊ね。

 

「命を繋ぎ止めましたのはジャンビット様のみでございます」

 

 老人の声が答える。

 

「あの方でもダメとなると。“奴等”に頼むしかないという事か……」

 

 憂鬱そうな壮年男の声が沈みながら呟く。

 

「あの外神大乱の世より100年。もはや御父以外の神々は我らと距離を置いておる。魔族に至っては魔王等と称して嫌がらせに来る始末。異種も亜人も当てには出来ない。助けを求めようにも……」

 

 少年の声が大人びて現状の悪さを再認識するように諦観的な意見を述べた。

 

「御用命は~こちらですか~♪」

 

『?!』

 

 ほぼ全員がその若い声に振り返った。

 

 其処には三色の光球。

 

 黒、蒼、紅を背にやってくるローブ姿の白い少女がいた。

 

「あれ~~此処は馬鹿みたいにこのお方を助けて下さいE様~~って言うところじゃなかったかしら?」

 

 大いに増長した様子でその顔には嬉々とした感情が浮かんでいる。

 

「このッ!? 言わせておけば!!?」

 

「止めなされ。あの方は昔からあのような方なのだ。そもそも我ら人間に付いて下さるのは盟約故。決して人を好いておるわけではない」

 

「ッ」

 

 何人かが一触即発とばかりに腰に下げていた剣に手を掛けたが、制止の声に推し留まった。

 

「そうそう。無力な人間はそうやって悔しそ~にしてるのが一番よ。ああ、美味しい♪」

 

 ケラケラ笑いながらズカズカと陣の付近までやってきた彼女の背後から光球達が離れると倒れている者を囲むようにして覗き込む。

 

「よく持ってたわねコイツ……半分ゴッソリ無くなってるのに人間の意志だけで此処まで押さえ込んでるっての? 無様なんだか、無謀なんだか、コイツらしいわ」

 

 その物言いに周囲の者達から険悪な感情を引き出しつつ。

 

 Eと名乗った真白き少女は周囲に訊ねる。

 

 助けたいか、と。

 

「当たり前だろう!!」

 

「この悪魔め……」

 

「こんな奴等に頼まなきゃいけないなんて!!?」

 

 周囲からは怨嗟と涙声が複数。

 

 それに心地良さそうな顔でEが大仰にローブの男女達に向かい合う。

 

「生贄を一人。それからコイツを人型に留める為の聖衣を用意なさい。ちなみに要求される能力はざっと軽く見積もって……ん、こんな感じかしら?」

 

 Eの前に白い魔力で文字と数字が浮かび上がっていく。

 

 それを見た途端。

 

 彼女以外の全員の顔から血の気が失せた。

 

「こ、こんなものを用意しろと言うのか?! 本当にこれだけのものが必要だと!!?」

 

 若い男の声にEがニヤニヤと続ける。

 

「言っておくけど、最低限これだけの力が無きゃ話にならないってだけで、実際にはこれ以上じゃなきゃ不可能よ。出来るでしょ? 此処は何処? 教会大天領よ? 宝物庫には何が入ってるの? この百年で信者から貢がせた触媒だの伝説の秘薬だの未来的な衣服だの無かったかしら? 最高の触媒たる【宇宙樹《ユグドラシル》】の若芽、此の世で最も固いとされた古木の芯、無限の再生を司る種、討伐した【基幹異種《バルバロス》】の鱗やら異種の魔眼、錬金秘奥で純化済みの【銀金《ミスリル》】だってあるじゃない♪ それともたかが人間一人救うのにそんな宝物は使えない?」

 

『―――』

 

 Eの言葉に誰もが口を噤む。

 

 そして、最初に言葉を発したのは陣に倒れ臥す相手に触れようとした老婆だった。

 

「宝物庫を開放せい。確かに今後五百年の活動に必要だろうが、この方の命に比べれば露程も躊躇う必要がない。所詮は物よ……」

 

「そう、ですな。我らが人生の終わりまで日に麺麭を半分に分けても、この方がなさってくれた事に報いられるわけではない」

 

「そうだ!! 今から、仕立て屋と錬金術師に連絡を!!」

 

「こちらは大魔術師と神々に何とか助力を頼みましょう」

 

「では、各々方。すぐに動いてくれ」

 

「ですが、人柱には誰が?」

 

 その時、カツカツと巨大な聖堂内部に歩いてくる者があった。

 

「この死に掛けの老いぼれでよければ、お使い下さい。皆様方」

 

「こ、これはジャンビット様!? もうお体はよろしいのですか!!? だ、誰か椅子を!!」

 

 鍛え上げられた肉体に所々血の滲む包帯を巻いただけの姿で壮年の男がやってきて、グラリと傾いだ。

 

 それを慌てて数人の男達が支え、何処からか持って来られた木製の椅子が方陣横に置かれる。

 

 何とか其処まで辿り着いて座った彼を前にして、Eが顔を顰めた。

 

「何で死んでないのよ。馬鹿じゃない?」

 

「ふ、意思は全てを覆す。そうこの方に教わりませんでしたかな? E嬢」

 

「どうやったら普通の人間の魂魄で死んでなきゃおかしい体を動かせるのか説明して欲しいもんね」

 

「全ては大いなる御心と我が主の教えの賜物です」

 

「あ~はいはい。それじゃあ、アンタでいいわよ。その代わり、死ぬより酷い目に合うけど、構わないわね?」

 

「無論。露程も構いませんな」

 

「これだから、人間て奴は……」

 

 Eをまったく見もせず。

 

 陣の中央を見つめる瞳には聊かの躊躇も無かった。

 

 次々に聖堂から人々が捌けていく。

 

 残った者達も各部署との調整へと向かった為、残るのは本当に護衛する者達のみとなった。

 

「で、こいつの中にいるのはあの時の残渣なわけ? 外側から見ても大物には見えなかったわよ」

 

「いえ、たぶん違うでしょう。コレはそもそもが眠りに付いていたところを熾されたに過ぎない……」

 

「何ですって?」

 

「襲われたというよりは興味を持たれたのでしょうな。目覚めて初めて見た人類《いきもの》はさて、最も旧き世から眠りに付いていた神にはどう見えたのか……」

 

「例外と考えるべき事態なんて何万年ぶりかしら……まぁ、そういう偶然もあるんでしょうね」

 

「偶然? これはこれは……何年生きて来られたか知りませんが、それは浅薄というものでしょう」

 

「どういう事よ?」

 

「今も、この方は対話しておられます。必死に。全霊を掛けて。きっと、この方でなければ、今頃人類は滅びていますよ。だから、これは偶然等ではなく。単なる凹凸が重なるような必然。違いますか?」

 

 ジャンビットの言葉にEが沈黙した。

 

「それに……誰もが誤解しておられましたが、この傷は外神にやられたわけではありません」

 

「―――それってコイツが“抜け殻”になってる事と関係あるの?」

 

 その事実にEが嫌そうな顔をする。

 

「ええ……どういう事なのか。未だ分かりませんが、我らを襲ったのは―――」

 

 それから三日後。

 

 一人の男は此の世に再び生を受け。

 

 そして、旅立つ事を決めた。

 

 真白きモノを身に宿し。

 

 高貴なる紫に鎧われて。

 

 老給仕を従えつつ。

 

 何かを決意した表情で。

 

 あらゆる者にそのあまりにも奇抜過ぎる衣装を見つめられながら。

 

 時の中で彼の名は優しき者、穏やかなる者、高貴なる者の代名詞として使われ、やがては大陸標準言語で【高紳《ジェントル》】貴族の古式の呼び名として浸透していく。

 

 旧き聖典にも載らぬ神代《かみよ》の終りより百年。

 

 人の時代の始まりにいたその聖人の名も今は闇の中。

 

 しかし、彼を知る者は現世《うつしよ》にこう呟く。

 

 大いなる禍を追いし白の狩人。

 

 汝の名は―――。

 

 *

 

 巨大な爆裂の連鎖に気を失い。

 

 彼女が目を覚ました時。

 

 其処には崩壊し瓦礫と化した都市の一部が広がっていた。

 

「ぅ……」

 

 何とか体を起こせば、まだ五体満足である事が解る。

 

 そう、杉野世藍《すぎのせ・らん》は未だに生きていた。

 

(今の……は……何? ジャンビットさんにあの白いの……)

 

 朧げに脳裏を駆けた夢を振り払い。

 

 とにかく状況を把握しなければと立ち上がった彼女はまだ自分の周囲に結界がある事にようやく気付いた。

 

(新火君……琉風……影近……みんな、あの黒い人型に……ッ)

 

 満足に戦えもせず。

 

 親友は不意打ちで死に掛けた彼女を守る為に囚われた。

 

 それさえ無ければ、新火の的確な指示で少しずつ移動しながら何とか火力の集中を避け、敵と長時間戦えていたはずだ。

 

 それが足を止める事によって包囲され、壊滅の憂き目にあった。

 

 どう釈明しようと足を引っ張ったのは彼女自身。

 

(もう、あの塔がどうなってるのかも分からない……あたしが自分でちゃんと戦えていればッ)

 

 込み上げてくる後悔と絶望に押し潰されそうなまま。

 

 それでも彼女の脚は塔があるはずの方向へと向いた。

 

 新火は捕らえられた仲間を助けろと言っていたが、彼女には探す術がない。

 

 無論、其処まで行って、何が出来るわけでもないだろう。

 

 だが、そのまま何もせずに人型達に殺されるより、少しでも時間を稼ぎ、仲間達に報いる事は出来る。

 

 敵に見付からず。

 

 都市の端で震えて身を隠していたら、きっともう彼女はずっと生きている事を後悔しながらただ在るだけの者になってしまう。

 

 仲間達と過ごした今までが無為となる事だけは例え死を臨む事になろうとも許容できぬ事だった。

 

「行かな、きゃ……」

 

 紅の鎧が先導するように彼女の前を浮遊し、結界に守られたまま一歩一歩。

 

 その間にも遠方からは巨大なものがぶつかるような激音が幾度と無く響き。

 

 空を光が染めていく。

 

 崩れた街並み。

 

 毀れた煉瓦。

 

 巻き上がる石畳。

 

 罅割れた地面。

 

 未だに燃えている住居。

 

 硝子に映る歪んだ自分。

 

 何時の間にか振り出した小雨に煙る行き先は本当に塔へ向かっているのかも怪しい。

 

 今にも人型が出てきて。

 

 何度も襲い掛かっては結界を破壊しないとも限らない。

 

「ふっ、ふっ、っく……」

 

 鍛えたはずの身体も今は汚泥に埋まっているように重く。

 

 息は上がり、極度のストレスに汗は止まない。

 

(悪夢、みたい……)

 

 彼女にとっての未来都市は今や面影も無く。

 

 不気味な程に人の気配がしない伽藍堂の絵画を思わせた。

 

 いつまでも穏やかに流れていくはずだった時間。

 

 有限ではあったかもしれないが、親友とお気に入りの店でお茶をして過ごす青春。

 

 それだけでどんなに彼女が未来へ希望を持てていたか。

 

 よく教会の本を読む藍に琉風は言っていた。

 

『一体、それの何処が面白いの?』

 

 女性、権利、人権。

 

 そして、英雄譚と逸話。

 

 七教会頂点に立つ聖女達が時に出す書籍の大半は主にそれらで占められる。

 

 しかし、祖国ではまだ何が重要なのかすら理解されていない人の諸権利や倫理的な規範を綴った本なんて、大抵の人間にはどうでもいい代物だ。

 

 面白みの欠片もないものを読んでいる彼女に対する言葉は最もなものだっただろう。

 

 だが、その面白みも無いものの中にこそ、彼女は聖女という者の人柄を感じていた。

 

 想像する事しか出来ずとも、確かにそれが聖女達の一生を掛けて積み上げてきた価値観であると理解していた。

 

(あの人なら、どうするのかな……こんな時、誰もを救おうとして、立派に戦えてるのかな……)

 

 愚問だと答えはもう内心で出ている。

 

 聖女と呼ばれる者達は一人残らず超越者。

 

 人間を超え、聖人すら超え、神々すらも退け、如何なる邪神すらも及ばない。

 

 その武勇の多寡こそあるが、全員人類史に名を残すだけの語り継がれるべき逸話を持っている。

 

 こんな場所で一歩一歩歩くのも苦しんでいる彼女なんて比べるだけおこがましい。

 

 それでも、思わずには要られないのだ。

 

 自分の無力さを噛み締めるからこそ。

 

 恐怖に朽ちつつある心で先に進むからこそ。

 

 きっと、自分の成りたい人もそういう道を辿ってきたはずだと。

 

 そうでなければ、七教会の掲げる理想。

 

 人々を導く為に生み出された共感に足る思想は生まれなかったはずだからと。

 

(ただのあたしの妄想かもしれない。でも……)

 

 諦められないならば。

 

 守りたいのならば。

 

 本の先にいるはずの彼女達のように、戦うしかない。

 

 大そうな力は何もない。

 

 奇蹟だって起こせない。

 

 魔術だって効かない。

 

 武器の一つも持ってない。

 

 それでも何が出来ずともまだ身体がある。

 

 親友が庇い、仲間達が守ってくれた自分が在る。

 

 一秒すら持たない程度の壁だとしても。

 

 クストスが敵の総大将を討ち取るまで塔を破壊させなければ、可能性は有る。

 

 そう信じられなければ、一歩も前へ進めはしない。

 

「諦めない。諦めない。諦めないッ……っ……諦めたりなんか、してやらない……っ!!」

 

 希望なんて持ってない。

 

 現実は残酷だろう。

 

 全て何も知らない小娘の戯言なのかもしれない。

 

 けれど、そうだとしても、今足掻くのを止められる程、杉野世藍は潔くないのだ。

 

「あっ」

 

 ベシャリと何かに躓き転んで、立ち上がる。

 

 泥が顔に跳ねたって構わない。

 

 服が汚れようと気にしない。

 

 此処で不安に屈し、守れなかった仲間達の事を後悔しながら泣き暮れるなんて、したくない。

 

 何故ならば。

 

 彼女は予備憲兵隊で。

 

 神酒谷琉風の親友で。

 

 特別捜査隊の隊員で。

 

 左楼影近と蔡導新火の仲間で。

 

 クストス・ハリ・マーシー・アッハの生徒だから。

 

 今まで出会ってきた誰にも自分を誇れない……そんな生き方を彼女は選択しない。

 

「見え、たッ!!」

 

 小雨の中でようやく塔が建物の屋根越しに見えた。

 

 まだ、有る。

 

 立っている。

 

 腕を振って。

 

 速度を上げて。

 

 走り出せば。

 

 もうすぐ。

 

 何度も躓き転びそうになりながら。

 

 ようやく彼女が元いたはずの場所に戻ってきた時。

 

 其処には思いもしなかった光景があった。

 

「ぁあ……あんたってあたしよりずっと立派なんだ……」

 

 涙が溢れた。

 

 嬉しくて。

 

 嗚咽している暇は無い。

 

 何もかもを振り切るように彼女はその光景の中へと飛び込む。

 

 まだ、戦っていた。

 

 仲間が残っていた。

 

 自分なんかよりずっとずっと立派に。

 

 あまつさえ。

 

 囚われたはずの仲間達を抱えるようにして。

 

 守るようにして。

 

 千切れ、弾け跳んだ触手。

 

 抉れ、紅の血を流す表皮。

 

 もう一本しかない手《ソレ》で賢明に迫り来る敵から、黒き人型から、仲間達を守る彼女。

 

「どけぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッッ!!!!!!!!」

 

 考えなど無い。

 

 胸の熱さが、悔しさが、感謝が、全てを超えて出した答えは突撃。

 

 仲間達の傍に往く事。

 

 例え、一秒でも、二秒でも構わない。

 

 結界が壊れても肉が抉られても、この仲間のように誰かを守れなくて、何が人間だと。

 

 藍は、彼女は、アーシェリアの前に飛び込む。

 

 人型達が思わず不意を打たれ、僅かに下がった事も、自分が無事に辿り着けた事も、どうでも良かった。

 

 今にも失血で死んでしまいそうなくらいに傷付いた仲間を彼女は優しく抱き締める。

 

「ごめんねっ!! 一人で戦わせて!! ごめんねっ!! あたしが不甲斐無いせいでっっ!!」

 

 後、十秒生きられるかも分からない。

 

 結界がどれだけ持つか分からない。

 

 けれども、例え背中の全てを切り裂かれ、打ち砕かれたとしても、その腕を放したくない。

 

「ぁ……」

 

 頭に何か乗る。

 

 それはまだ一本だけ残った触手の先端。

 

 フニフニとしたソレが少しだけ動いて。

 

「あはは……ありがとう。アーシェリア……」

 

 何かが背後に迫る音。

 

 そして、何かが割れる音。

 

 衝撃の中で。

 

 ようやく受け入れられた気がした。

 

 姿形が違っていても。

 

 例え、言葉が交わせなくても。

 

 それでも確かに通じ合う事がある。

 

 それがきっとクストスが伝えたかった事なんだろうと。

 

(あたしより一秒でも長く……どうか、この子が生きて―――)

 

 そうして。

 

 杉野世藍《すぎのせ・らん》は知る。

 

 世界とは出会いと繋がりによって紡がれる奇蹟なのだと。

 

 汝の敵が本当は善き隣人かも知れず。

 

 刃を持った手は寂しげであるのかもしれない。

 

 そう、理解したのだ。

 

――――――。

 

 背骨が断たれ、内臓を寸断し、全てが黒く埋め尽くされる。

 

 殺到した二千にも及ぶ触手の一撃に彼女は痛みを感じる間も無く。

 

 絶命した。

 

 *

 

 都市というものがもしも悲鳴を上げる能力を有していたならば、今現在の状況に京州は断末魔を上げているに違いなかった。

 

 都市の最も端。

 

 川縁の道の中央に佇む黒き球体。

 

 その内部から地下と地表へと向けて侵蝕していく触手は木の根の如く枝分かれしつつ、周辺を侵蝕しつつあった。

 

 敷かれた陣。

 

 黒き人型の変容体。

 

 罅の間から紅の光を漏らす円筒がギイギイと音を立てて壊れながらも魔術の中核として機能し、未だ都市を守らんと抗う二つの対象を残った兵隊を強化しながら相手している。

 

 振り出している小雨。

 

 本来ならば自然現象だろうソレは円筒の一つが読み上げた聖典の一説。

 

【彼の声に天は応え、世を恵みの雨が包んだ】による力だ。

 

 戦い傷付き、霧に還りそうな人型達の傷がその雨の中では瞬時に癒える。

 

 そして、戦いが膠着の様相を呈し始めた頃から、都市侵蝕の活動は活発化し、今や二人の抵抗者の周囲は完全なる敵陣の領域《テリトリー》。

 

 黒き球体が支配する触手によって侵蝕し切られた異界と化していた。

 

 脈動する黒い地面の上には陣を構成する円筒の内部から漏れる光と同じ色が血管のように浮き上がっている。

 

 無数の白い刃。

 

 クストスの使い潰した自らの触手を硬質化させた武器が周囲にまるで融合でもするかのように突き刺さり、侵蝕と拮抗しつつ彼を守る方陣の一部として形成されていた。

 

「【汝の同胞を守りしは、刃ではなく抱擁也】」

 

 地面が沸き立ち。

 

 黒き触手が半径2kmにも及ぶ地面から無数に伸び上がる。

 

 前後左右上下。

 

 如何なる角度からも迫る千差万別の形態を獲得した凶器。

 

 その最たる力は圧倒的な攻撃回数。

 

 要は手数の多さだ。

 

 何万本になるかも分からない高密度の全方位波状攻撃。

 

 対処するのは常識的に考えて不可能。

 

 今自陣の中央に立つクストスは幾度目になるかも分からない大攻勢を前にして音速近い速度で伸びてくる相手の触手を自らの背中や腕から伸びた細い直径1cmもあるかどうか怪しい触手百本程で迎撃していた。

 

 吹き伸び、枝分かれし、高速で交錯する白と黒。

 

 圧倒的本流たる黒に何故に白が抗い切っているのか。

 

 その理由は単純だ。

 

 黒の触手の全てがやんわりとその方向を曲げられ、弾かれ、自身の力を上手く誘導されて他の触手と同士討ちへと持ち込まれているのである。

 

 どんな鋭い刃物や凶悪な乱杭歯、鋭く細い刺突もクストスの触手が分泌する摩擦抵抗を極限まで減らす粘液と触手道による捌き動作の前には単なる蠢く肉塊でしかなかった。

 

「【おお、畏れよ。彼の前に佇む悪魔は見られただけで岩となり、崩れた】」

 

 聖なる魔眼の記述。

 

 これを前にしては高位の魔族も身動き出来ずあらゆる生態活動を鈍らせるだろう。

 

 だが、超高速で球体から放たれ、激突した黒い魔力の波動すらクストスの触手の先端に触れた途端に弾け、二つに分かれて背後へと抜けていく。

 

「遊びが過ぎるな。時間稼ぎのつもりならば、止めておけ。分かっているはずだ……もう我輩の力が高まり切った事は……大人しく討たれるならば良し。そうでないならば、全力で来い!! それとも、もうそんな気持ちすら忘れたか!!」

 

 クストスの非難に黒い球体が僅か蠢くのを止めた。

 

 一歩、一歩。

 

 黒き陣の中へと踏込み。

 

 黒き円筒をその自身が纏う白き触手の鎧が放つ見えざる結界で灰燼にしながら、彼は少しずつ激しさを増していく触手による攻撃の圧力に目を細める。

 

「この数千年。人は進歩し続けてきた。それはいつだとて、全力で生き抜いてきたからだ。多くの者が自分の為に、他者の為に力を尽くし、進み続けた。時にそれは多くの犠牲や争いを引起しもしただろう。だが、当事者達以外に誰にもそれを否定する事など出来ない!! 歴史が常に学ばれたわけではないとしても、愚かさを学ばぬ愚かに人は気付きつつある……」

 

「【………】」

 

 円筒が終に読み上げる事を止めた。

 

 黒き触手の壁。

 

 攻撃の嵐が一瞬の静けさの後に引いていく。

 

 歩みは止まらず。

 

 陣がまるで道を開けるかの如くクストスの前から割れ、一本の道を描き出す。

 

「【着包野郎《サンドイッチマン》】……貴様がそう呼ばれるようになってから、どれだけ経ったか。お前の遣り方を否定した時から、もう世の変転は無限回も見た気がする。我らの時代が単なる神話へと押しやられたならば、それはもう当事者とは言えないという事だ。だが、未だ我輩も貴様もこうして此処にある」

 

 ようやく。

 

 クストスが黒き球体から数mの場所まで到達した。

 

 未だ触手の侵蝕は都市を侵している。

 

 しかし、それも陣中核である敵を消滅させれば、霧と化して消えるはずだと。

 

 彼が袖から這い出させた触手で一本の剣を創る。

 

 色以外は何処にでもありそうな長剣。

 

 旧い旧い時代。

 

 人が人として存在するようになり、無数の種族達と共に歩むようになる前から存在する形は簡素にして真理。

 

 敵を切り裂き貫くだろう鋭利なる力。

 

「もういいだろう。今や害悪にすら成り下がった歴史の残渣が退場したとて。輪廻の輪に戻る事すら出来ぬ身。潔く終りを受け入れるべきだ」

 

 黒き球体の手前でクストスが剣を振り上げる。

 

「それが我らの宿命ではないのか……」

 

 振り下ろされた白き一線。

 

 それが球体を切り裂き。

 

 半分以上の刃を埋れさせ、全てを断ち切るかと思われた。

 

 しかし。

 

 ガギャンッッッ!!!!

 

 半ばで硬質な音を立てて止まる。

 

「?!」

 

 剣を放棄し、即座に後ろへと跳んだクストスが渋い顔で半身に構えた。

 

「未だ我輩の言葉も未熟か」

 

『いいや、響いたよ。貴様の言葉はこの身体には、な……』

 

「まさか、顕現したのか?!!」

 

 周囲へ響いた静かな声に驚き。

 

 クストスが瞠目した。

 

「ぬぅ?!!」

 

 瞬間。

 

 黒き球体に罅割れが入り、周囲の地面が直下型の地震の如く震え、隆起していく。

 

 咄嗟の判断で上空へと跳躍した彼が見たのはkm単位の侵蝕された都市の一部が外縁から山の如く中心に向かうごとに高く聳えていく光景。

 

 家々が崩れ。

 

 全てが瓦礫と化して坂道を転がり落ちていく。

 

 しかし、不思議な事にその振動は都市全体へ波及する事なく。

 

 異常な状況にも関わらず大気の振動すら殆ど無かった。

 

『畏れるな。此処にあるは救い。世と人を導く救世の御代《みしろ》なり』

 

 厳かに呟かれた声。

 

 それを聞いた途端。

 

 クストスはグラリと虚空で傾いだ。

 

「ぐぅぅぅぅ?!! 力が―――」

 

 急激な肉体の弛緩に襲われて。

 

 高度を維持出来なくなった身体が落下。

 

 途中、隆起した地面にバウンドしながら、侵蝕されていない瓦礫の山に突っ込んだ。

 

「我が主!!」

 

 今まで都市外縁部で高位侵蝕体を狩り続けていたジャンビットが駆け付け、クストスを抱き起こす。

 

「ぅぐ……済まないな」

 

「いえ、それよりも今の声は!?」

 

「……ああ、そうだ。一部とはいえ、意識レベルでの顕現……どうやらようやく本気で我輩達に相対する気らしい」

 

「此処は一旦お引きを。三分までなら、この老体にも何とか持ち堪えられるでしょう」

 

「いや、此処はもういい。それよりも生徒達の方を頼む」

 

「―――ですが」

 

 躊躇したジャンビットにクストスは苦笑した。

 

「何を迷う必要があるというのだ。我輩と可能性持つ子羊。どちらを優先するのか問うまでもない」

 

「ッ、分かりました。ですが、意識顕現まで到った以上、あちらも本気……もしもの時は彼らと共に離脱する事になります。どうかお気を付けて……」

 

「ああ、此処でやられるような我輩ではないさ。さぁ、早く行け!!」

 

「了解!!」

 

 ジャンビットがすぐさまに塔の方へと向かって走り出した。

 

 その方角には黒き人型が既に展開し、武器を構えて待ち構えている。

 

「退けッッ!!! 貴様等と遊んでいる暇はないッ!!!」

 

 蒼き触手で編み上げられた拳による見えざる打撃が壁の如く密集する人型達を吹き飛ばすが、それも最初から防御を示し合わせていた群を前にしては威力が薄いのか。

 

 即座に立て直した人型達が硬質化させた剣と槍による突撃を掛け、弩による一斉射が老給仕を追い立てた。

 

『変わらないな。あの忠義……貴様はよく奴を使ってくれた。その礼は言おう』

 

 波動。

 

 大気を震わせず。

 

 ただ意思にのみ働き掛ける超常の力がクストスに声を運ぶ。

 

「そんなものは受け取れないな。我輩はジャンビットを使ってなどいない。彼は自らの意志でこの不甲斐無い男に仕えてくれただけだ」

 

 遥か先。

 

 再び距離が離れても、クストスの視線は半分剣が埋まった隆起の頂点。

 

 黒き球体に向いていた。

 

『そうか。ならば、貴様にもはや掛ける情けはない』

 

 球体に罅が入る。

 

 侵蝕された地面を通じて黒き燐光が溢れ出し、膨大な魔力を上空へと立ち上らせていく。

 

 パキパキと卵の殻が割れるように柔らかいはずの球体表面が乾燥しながら風化し剥がれ、内部を剥き出しにしていった。

 

 その内部から顕れるのは―――人の半身。

 

 下半身を黒き触手の隆起に埋れさせた裸の男。

 

 その青年とも呼べる若き顔にクストスは表情を引き締めた。

 

『顔が固いぞ。そんな体たらくで人の世を守れるつもりか。インマヌエル……いや、今はクストス・ハリ・マーシー・アッハだったか……名を変え、人を騙し、世を破滅へと導く愚かなる“我が半身”よ』

 

「饒舌だと弱く見えるぞ。それと今のは取り消してもらおう。我輩は今も昔もただ己として在る。断じて貴様の如き悲観論者《ペシミスト》を気取るつもりはないッ!!」

 

 立ち上がった白は吼え。

 

 聳える黒が笑う。

 

 確かに男達は老いの差さえ無ければ、まるで瓜二つ。

 

 双子とも見間違えられてよい程、似ていた。

 

『……あくまで立ち塞がるか。だが、世を導くのは業《ごう》ではなく御技《みわざ》。そして、人類による人類の為の生存戦略だ。善人の皮を被った悪魔ではない……』

 

「今更、指導者気取りか? それを言う前に貴様は消えるべきだった」

 

『外神独立遊撃戦隊【廃神教会機構《ディスクトゥル・クルセイダーズ》】……その使命は人類の生存と自立の為の進歩への助力。それは今も変わらないこの身の行動原理……死は人類史の終焉にて得られる結果でしかない……貴様とて、初めはそうだったはずだ』

 

 遥か頭上から男は告げる。

 

「そうだな。だが、全ては移ろいゆくものだ。今の我輩にそんな思い上がりは微塵も無い」

 

『思い上がり? それが貴様とこの身の違いか。人を守る使命すら否定するとは……真の化物に成り下がったか』

 

「ふ、化物だと? それは自分の姿を見てから言いたまえよ。我輩は貴様のように自らの“人”を捨てた事は一時たりともないぞ!! 黒き羊飼い!!!」

 

 遥か地上から男は走り出し。

 

「ならば、貴様御自慢の力とやらを見せてもらおうか。人類の未来を喰らいし、白き破滅の徒よ!!」

 

 両者の触手と拳が音速以上で激突し、交錯した瞬間。

 

「『オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッ!!!!!!!!!』」

 

 京州はその純粋な衝撃で地表に数本の巨大な亀裂を発生させ、一部市街地は奈落へと呑まれていった。

 

 *

 

―――???

 

 戦っている。

 

 ずっと笑顔で自分達に触手の何たるか、人生の何たるかを説いた男が、戦っている。

 

 それを胡乱に見つめながら、彼女は一人都市の上空に漂っていた。

 

 疑問。

 

 それは殴り合う男達の顔が似ている事へのものだったかもしれないし。

 

 または信じる男と倒すべき敵の言葉がまるで悪と正義……それも自分達の信じてきた者こそが悪いと言わんばかりの話方だった事へのものだったかもしれない。

 

 しかし、それよりも彼女が強く思ったのは、自分が死んでいないという事。

 

 いや、正確には死んでいるのかどうかもよく分からない、という奇妙さへの違和感だった。

 

『へぇ。あんたは此処に来られるのね。ただの馬鹿で哀れな小娘だと思ってたけど、そう……あいつが選んだだけの事はあるわけ、か……』

 

(………極悪な、白いの……)

 

 白き女。

 

 クストスの触手と同じ色合いの少女。

 

 それが彼女の、杉野世藍の視界を埋める。

 

『此処は可能性の混線地帯。言わば、もう存在しない運命ってやつを俯瞰する場所よ。此処にいるのは此処にいたかもしれないという可能性が表出してるだけで本人じゃないわ。けど、そうね……この無駄な泡沫に顕れた以上は……理由があるんでしょう。知る権利ってやつを行使するなら、あいつの事を教えてあげない事も無いわよ?』

 

(……どうして、あいつは……)

 

 似ているのか。

 

 敵であるはずの存在に。

 

『元々、同じ人間だったのよ』

 

(え?)

 

 Eが苦笑する。

 

『大昔、馬鹿みたいに命を好いた男がいたの。そいつは迫る破滅に立ち向かおうとする組織の長の息子だった。沢山の仲間を集め、犠牲を出しながらも何とか破滅を退けて、男は組織を継ぐ立場となったわ。人類を守った功績がそのまま彼の力となり、男は永遠に君臨する最初の聖人となったはずだった……』

 

(聖人? あいつが本当に?)

 

 彼女の前にいつか見たジャンビットの描いた腕から血を流す男の画が聳える。

 

『けれど、組織が結成され、人類の導き手として活動を開始した百年の後。彼は教会から消えた。破滅……外なる神々の動向を探り、危険を封印して回っていた先で、その破滅を見つけ、侵蝕を受けた事を発端としてね』

 

 いつだったか。

 

 触手の原型であると用紙で紹介された蚯蚓の如き外なる神々の画が周囲に無数浮かび上がる。

 

『その侵蝕時、偶然なのか。彼は二つに別れたの。一つは神の子である聖人としての彼。もう一つは人の子である人間としての彼。そして、その二つには同じ神が宿った』

 

(まさか、それが―――)

 

『そう……別れた神の子こそ【着包野郎《サンドイッチマン》】と後に呼ばれる事となる災厄。貴方達が追っていた存在そのものよ』

 

(………)

 

『本来ならば、どちらも人類にとっては祀るべき存在だった。けれど、神の子は人類の一部を侵蝕し、その力で持って多くの人間を消していった。最初、誰にもその真意は分からなかったわ。けど、それを人の子が止めるようになってから、気付く者達が出始めた』

 

(気付く?)

 

 ファルティオーナ。

 

 巨大な大陸の地図が彼女の前に浮かび上がる。

 

『外なる神々の力。それは巨大な視野、俯瞰する神の視点を彼らに与えていた。此処よりも更に高き場所からの風景が見えたのよ。そして、彼らには人類の行く末、運命ってやつが見えるようになっていた』

 

(運命が、見える?)

 

『侵蝕され、殺された人間の多くは様々な因果の歪みを持つ結節点。単純に言えば、人類を破滅へと向かわせる運命を持った者達だった』

 

 大陸の地図に小さな耀く点とそれを結ぶ線が無数に描き込まれる。

 

『神の子はそれを知っていた。故に人類を守る為、人を殺す事で人類の永続を図った。分かるかしら? 最初から神の子は人類の為に動いていたのよ』

 

 線の幾つかが歪み、その起点となる耀きが次々に消されていく。

 

『この動きを人の子が阻害し始めてから、数多くの戦乱が起こったわ。人類を守る為の運命の自浄作用として働く神の子に対して、人命を守り、人の世を乱す人の子。人類の守護という役目を持った教会にとって、どちらがより重要だったのか。分かるわよね?』

 

(―――)

 

 彼女の脳裏に甦る言葉はクストスのものだ。

 

 教会はこの二千年程、たった一体の化物を追い続ける専従人材を抱えている。

 

 そう言ったのは他ならぬ彼自身だ。

 

『まぁ、教会にしてみれば、人々の手前……人類の為に死ねとは言えなかった。だから、それが例え人類全体で見れば、害にしかならないとしても……少なからず人命を守る人の子に対し、何千年かは干渉せずにいた。けれど、社会の高度化に伴って増えた人類は戦争や疫病、災害などで死ぬ人数も多くなっていく。この流れが続けば、やがて人類は自らを滅ぼせるようになる。そう考えた時の教会は人の子を討つと決めた』

 

(教会に追われていたのは【着包野郎《サンドイッチマン》】じゃなくて……)

 

『そう、クストス・ハリ・マーシー・アッハ。今はそう名乗る男の方よ』

 

 激突する二つの色。

 

 黒と白。

 

 その魔力と物理的な衝撃の鬩ぎ合いに都市外縁部は崩落し、都市は崩れつつあった。

 

 しかし、戦い勝つ力があると言っていたはずの老紳士は今や満身創痍。

 

 全身から流れ出る血潮に白き触手と甲冑、紫の衣装を染めていた。

 

 空の上からでも声だけは聞こえてくる。

 

 荒い息遣い。

 

 今にも倒れてしまいそうになりながら、それでもクストスは黒き己へと突撃を掛けていた。

 

「ぐ……」

 

 途中で速度が僅かに鈍る。

 

 その間隙を見逃さず。

 

 黒き触手が完全な濁流となって、男を隆起する侵蝕域の端まで押し流した。

 

 痛みに顔を僅かに歪める白き半身に黒き半身が告げる。

 

『人類を守る我が身に対して、人を破滅へ追いやる者達を守る貴様。その人命への献身は確かに認めよう。だが、この段に至って後ろを気にする余裕があるとは思えんな』

 

(?!!)

 

 藍が気付く。

 

 クストスが押されているのは相手の馬鹿みたいな物量を真正面から受け切っているからだ。

 

 如何に攻撃を受け流そうとも、圧倒的な濁流となって押し寄せる触手そのものが無限にも思える連撃を加え続けるならば、疲弊は免れない。

 

 何故、避けないのか。

 

 いや、避けられないのか。

 

 それは言わずもがな。

 

 彼の遥か後ろ。

 

 未だ形を留める都市の先。

 

 小雨に煙《けぶ》る塔があるからだ。

 

 ただでさえ相手の力の強大さに都市は崩壊しつつある。

 

 それが莫大な攻撃の余波で一気に進んでしまえば、塔そのものを飲み込みかねないのは明白だった。

 

「馬鹿を言うな」

 

『何?』

 

「人を破滅に追いやるだと……やはり、貴様は何も分かってはいない。彼らは誰も皆、そんな輩ではない。これからの時代を担い……誰かに必要とされ、誰かを愛し、誰かを幸せにする……そんな普通の子供達だ!!」

 

『それが一面の真実だとしても、この可能性の場から流れ込んでくる情報は如何ともし難い。放置は出来ぬものだ。この京州という都市を基点として起こりつつある人類史最大の大戦。引き金を引くのはお前の守る者達に他ならない』

 

(―――え?)

 

 思わず。

 

 藍の思考が全て真っ白になる。

 

『見えるぞ……貴様とて、同じものを見たはずだ。この身よりも先に結果を見ていて、どうして守ろうとする。善良な子供達とて、その未来に犯すだろう大罪は……如何なる罰も免れ得ない』

 

 黒き魔力が侵蝕域全体から迸り、クストスをまるで木の葉のように爆裂の渦に巻き込みながら、遥か天空に映像を浮かび上がらせる。

 

『蔡導新火。全てに絶望したこの子が生きた方陣を化して暴れ回る事で京州の防衛力は瓦解。他国からの侵略の引き金となる』

 

 映像の中。

 

 憎しみに染まった顔で吼える少女のような少年が人間を止めて京州を破壊し始める。

 

『左楼影近。自らの全てを込めた画を否定され、その命を使い潰して描いた魔画の呼ぶ邪神が運命の歪曲を持って、極東の戦乱を極限まで助長する』

 

 血の涙を零し、己の腕を筆代わりにした少年が、嗤いながら燃え上がって喚《よ》んではならないモノを虚空に描き出した。

 

『神酒谷琉風。他国の間諜として暗躍し、自らの生き方に絶望した挙句、全てがバレて親友を殺し自殺。その最後の報告が北東部の侵略の決め手となる』

 

 涙を流して狂った嗤みを浮かべる少女は傍らの親友だったはずの遺体を前にして、己の首へ剃刀を突き立てる。

 

『杉野世藍』

 

 黒き男の声に全てを聞いていた少女の心臓が、名前を呼ばれただけで凍り付く。

 

『親友によって殺された魂を邪神により人類の敵として復活させられ、運命に絶望し、北東部三億六千万の民を虐殺。後に七聖女の一人を道連れに消滅して、人類が最も憎悪する存在として語り継がれる』

 

―――――――――。

 

 何もかもが胡乱な世界に少女は思考する事すら忘れて立ち尽くした。

 

 映像の中。

 

 少女が一人。

 

 嗤っていた。

 

 幸せそうに骸骨の山の上で鼻歌を歌っていた。

 

 それはとても残酷で哀しく。

 

 “親友だったもの”を腕の中に抱いている。

 

「だから、どうした?」

 

『何?』

 

 鼻で笑って。

 

 クストスがもう限界に近いだろう身体を建て直し、立ち上がる。

 

「そんな可能性に我輩は何の価値も見出さない」

 

『それが人類を守りし、教会の長だった者の言う事か』

 

 その言葉に頬の血を拭って。

 

 白き男が高らかに告げる。

 

「何か勘違いしているようだから、一度だけ言ってやる。我輩は彼らを信じている。如何なる苦難にも苦境にも負けないだけの力を秘め、多くの交わりの中で自らを磨き、繋がりと絆を持って進み続け、その人生を全うする。そう、彼らこそは我輩が信奉する人の未来にして可能性……幸せの形そのものだ!!!!」

 

―――――――――。

 

 どうして。

 

 そこまで。

 

 信じられるのか。

 

 そんな理由があるというのか。

 

 今はそう訊ねられぬ少女の胸に優しげな笑みが焼き付く。

 

「何が運命だッ。何が絶望だッ。それで賢しらなフリをして人々の大切な今を、家族を、親友を、恋人を、親愛なる誰かを奪うと言うのかッ。我輩がッッ、我らが信じた人類はッッッ!!!! そんな高が悪い夢の一つも超えられぬ程ッッ、軟弱でも惰弱でも無いぞッッ!!!!!!!」

 

 クストスの背後に服を破り出た四つの巨大な触手が展開される。

 

「教えてやろう救世主!!! この大地に住まう人々がどれだけ強く、温かく、優しいか!! 彼らが我輩にどれだけの希望と心底の感動を与えてくれたか!!! 人々に認められもしない貴様の口にする救いなど、彼らの過ごす日常の前には単なる世迷言なのだと知れッッッッ!!!!!!」

 

 沸き上がる白き魔力は黒き世界を押し退けて。

 

 巨大な映像を虚空に浮かび上がらせる。

 

 それは何て事無い日常の風景。

 

 新火、影近、琉風、藍。

 

 四人の少年少女が寝食を共にし、学び、遊び、笑い会う景色。

 

 このたった一ヶ月の間の出来事だった。

 

(………馬鹿、なんだから)

 

 溢れるものが一滴《ひとしずく》落ちる。

 

『さぁ、そろそろ目覚めなさいよ。あの人類愛窮った阿呆の戯言を人類愛極まった馬鹿が粉砕する瞬間くらい、自分の目で見なきゃ』

 

 遠ざかっていく世界。

 

 落ち込んでいく意識。

 

 その中で藍は白き少女の瞳に確かな輝きを見た。

 

『この世で最も全てを得た種族。人類種の精粋たる貴方……見せてみなさい……貴方が見守り、選び続けた世界の行方を………』

 

 それはとても温かく。

 

 また、優しかった。

 

 *

 

―――ん。

 

「ぅ……っ」

 

 薄らと目を開けて。

 

 ぼんやりと滲む視界の中。

 

 雨粒にポタポタと頬を塗らされ。

 

 まだ小雨が降っているのだと思った藍は耳にようやく飛び込んで来た複数の声を精確に理解した。

 

「藍!! 藍!! 藍!! 目を開けてッ!! お願いだから!! お願いよッ!!? 藍ッッ!!!!」

 

 涙を零す親友の声。

 

「おい!! まだ死ぬには早いぞ!!? お前は俺達の中で一番神経が太い奴だ!! こんなところでくたばるなよ!!?」

 

 余計なお世話に近い声。

 

「藍さん!! 皆さん助かったんですよ!!? ですから!! 死んじゃダメですッ!!! 死んだらッッ、僕が無理矢理生き返らせますよ!!?」

 

 まったくお節介に過ぎる声。

 

「み……んな?」

 

「「「!!?!」」」

 

 歓声が上がる。

 

 優しい腕に抱き締められ。

 

 涙を零した誰もが笑顔を見せていた。

 

「どうか、したの?」

 

「馬鹿!!? 心配させて!!? 何処か痛いところはない!!」

 

「べ、つに……何処も……え……?」

 

 記憶が途切れる最後の瞬間。

 

 確かに背中を触手の攻撃に断たれたような、そんな気がしていたのだ。

 

 しかし、彼女は僅かに動く腕からの感触でまだ胴体がくっ付いているのを知る。

 

「あた、し……どうして、生きて……それに……」

 

 彼女の前にはいつも通りの新火の姿があった。

 

 塔のおかげなのか。

 

 あれ程に皺皺だったはずの腕も今は元に戻っている。

 

「藍さん!! どうなったのか僕にも分かりませんが、どうやら僕達は全員生きてます。僕の身体も魔力が無いのに本来の姿とは違うみたいで……」

 

「ぁ……アーシェリア、は?」

 

「あいつか? あいつの姿はまだ……たぶん、塔の方にいるんじゃないか? それよりも制服が真っ二つに裂けてるんだぞ? 内部に何か異常は無いのか?!」

 

 影近の言葉にようやく藍は自分の制服が背中から脇腹、腕、腹の部分を完全に失っている事に気付いた。

 

(これ……やっぱり、あたし死んだんじゃ、なのに……)

 

「皆様!! ご無事でしたか!?」

 

 建造物の上から声が落ちてくる。

 

 スタッと水溜りの横に老給仕ジャンビットが上半身裸、傷だらけの様子で降り立った。

 

「ジャンビットさん!!」

 

 新火と影近がすぐに傍へ駆け寄った。

 

「済みません……っく」

 

 激戦だったのか。

 

 膝を屈しそうになったジャンビットは両横から支えられて、藍の傍までやってくる。

 

「主からの言伝です。もしもの時はこの場から脱出を」

 

「でも、あちらの方から物凄い魔力の波が……まだクストス様は戦ってるんですよね!?」

 

 新火の言葉に肯定が返る。

 

「はい。ですが、皆様方が此処にいるとなれば、主も全力は出せません。敵主力との激突となれば、この都市は崩壊します。現実への影響を考えても、一度戻る事は視野に入れるべきです」

 

「老子は今、優勢なんですか!?」

 

 影近にジャンビットが首を横に振る。

 

「現在の状況は芳しくありません。ただでさえ、全力を出せないところに相手はかなりの戦力を割いてきた。このままでは何れ魔力は有っても、器が持たなくなる」

 

「そんなッ!? くッ、俺達に助太刀出来るだけの力が有れば……ッッ」

 

 藍から見ても影近や新火はボロボロだった。

 

 魔力の欠片も見えないし、また影近に至っては両腕と両手が複雑骨折でもしているのか。

 

 肌が内側からパンパンに膨れ上がっている。

 

「ジャンビットさん……アーシェリアを知りませんか」

 

 藍の声にようやく改めて彼女を見た老給仕が何かを理解したのか。

 

 瞳を細めた。

 

「そうですか。彼女は自分の仕事を全うしたようだ……」

 

「それって、どういう……」

 

「触手の中でも融合タイプは人に寄生する事で宿主の肉体を補完する事が出来る……その命はもう貴女だけのものではない……そういう事です」

 

 藍以外の全員が思わず顔を固まらせた。

 

「……じゃあ、あの子は……」

 

「残念ですが、人間の構成の一部を全て肩代わりするような場合……意識を司る部位が残せる事は―――」

 

 藍がその言葉にゆっくりと拳を握り、振るわせる。

 

「あいつが?」

 

「そんな……アーシェリアさんが……」

 

 影近も新火も琉風すら呆然としていた。

 

 一人減ってしまった。

 

 命を繋いだと喜んだのも束の間。

 

 もう二度と会えないと知って、誰の目にも涙が滲む。

 

 だが、そうしているわけにはいかないと。

 

 彼女は身体を起した。

 

「藍?!」

 

 慌てて止めようとする琉風を手が制する。

 

「ごめん。でも、あの子が……あたしを生かしてくれたなら……あたしは戦わなきゃいけないの……だって、本当はあたしがしなきゃいけない事を……あの子が肩代わりしてくれた……皆を助けたのだって、あたしじゃない……みんなあの子がしてくれた……だから、あたしがッ!!」

 

 決意は涙と共に。

 

 そして、全員の雫が、地面へと落ちる。

 

―――コォォォォォン。

 

 硬質な何かが弾けるような音。

 

 藍は立ち上がろうとした己の周囲に燐光が立ち上るのを、地面に何かが描き出されていくのを、驚きと共に見た。

 

「これ……陰陽方陣、なの?」

 

「こんなの見た事無い。意匠、なんですか……?」

 

 方陣設計の専門家である新火が驚くのも無理は無い。

 

 地面を伝い、藍を中心として何処までも広がっていく光の線は有機的で何を描き出しているのかも定かでは無く。

 

 神々に助力を得る為の紋章だとしても、そこまで巨大なものは未だ歴史上公には出てきていなかった。

 

「温かい……」

 

 藍が指先を地面の線に触れさせた。

 

 すると、燐光が純粋な色から黄金へと塗り替えられていく。

 

「金色《こんじき》?! これは神々の色のはず!? 概念魔力が牽かれていく?!!」

 

 驚く新火が周囲を見渡した。

 

 あらゆる魔力の中で人に和する最高位の神々の力は黄金とされる。

 

 それは本来ならば、軽々しく煌めくようなものではないはずなのだ。

 

 方陣の全てが急激に縮小。

 

 藍の地面に付いた足から侵蝕するように乗り移り、地肌へと定着していく。

 

 思わず手を出そうとした三人を藍が待ってと手で押し留めた。

 

「分かる……これって……」

 

「まさか、この光景をもう一度見る事になろうとは……我が主よ。貴方の選択はやはり正しかった……」

 

 ジャンビットは両目から涙を零して、その場に膝を折って藍に畏まった。

 

「初めまして。新しきモノよ……貴女と彼女は本当の意味で分かり合い、成り立った……我が主に代わり、祝福しましょう。これより、貴女は愛を得て生まれ変わる。さぁ、目覚めの時です。ア(・)ー(・)シ(・)ェ(・)リ(・)ア(・)様(・)」

 

 スッと目を閉じた藍の全身に方陣。

 

 紋様が刻まれ、その線から燐光が周囲に溢れ出す。

 

 両手両足。

 

 胸も胴体も這う耀きは正しく―――触手《かのじょ》。

 

 背中の中央。

 

 背骨より溢れた四つの耀きは紅。

 

 そして、四肢へと紋様を張って絡み付いた。

 

「アーシェリア、なのよね?」

 

 藍が訊ねると。

 

 背中から更に一本細い触手が出てきて、頭を撫でた。

 

「……心配、させて……でも……っ……ありがとう」

 

 何度も何度も腕で顔を拭う彼女を見て、琉風も新火も影近も泣いていた。

 

「まさか、【神化《しんか》】に辿り着くなんて……そう、なんですね……貴女は……クストス様もだから、愛せと言った……」

 

 新火が袖で涙を拭い。

 

 藍の前に進み出る。

 

「藍さん」

 

「な、なに?」

 

 藍もまた顔を袖で拭う。

 

「やっぱり、藍さんは凄い人ですね。今、藍さんが成し遂げた事がどれだけの奇蹟であるか分かりますか?」

 

「えっと、何となく……」

 

 身体から溢れそうな温かさ。

 

 それは今までに無い程の安心感と他者への想いで満ち満ちていた。

 

「新たなる神。存在の階梯を上がる者。それは大いなる技を修めた魔術師すら到達し得ない力。自らを高めるだけでは辿り着けない境地。人に想われ、人に信仰される事で生まれる魔力を糧にしなければ、開かない扉なんです。貴女はアーシェリアさんを想った。そして、僕達やクストス様と学び成長する事で、本当の愛に辿り着いた」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!? あ、あたしは別に触手愛とか極まったりしてないし!!?」

 

「本当に?」

 

 その真っ直ぐな新火の視線に藍がたじろぐ。

 

「ぅ……ちょっとだけは、認めてもいいけど……」

 

 よろしいと頷いて。

 

「それは一重に想いの力です。だから、その心が強くある限り、魔力は無限に湧き続ける。信じてください。貴女を彼女を、僕達を、今までの自分の行いを、それこそがきっと勝利の鍵となります!!」

 

 新火は既に心を決めているに違いない少女の背中を押した。

 

「うん……分かった。ありがとう。教えてくれて……」

 

「藍?」

 

 僅か不安そうに尋ねた親友に少女は笑みを浮かべる。

 

「そろそろ行かなきゃ。今なら何だって出来るような気がする……この力なら、この子と一緒なら、きっとあいつを助けられると思うから!!」

 

 安心させるように。

 

 不安にさせないように。

 

 それは今までと同じ。

 

 そして、いつもより少し力強い少女の決意。

 

「ふ……そうか。行くんだな。なら、コイツを着ていけ」 

 

 影近がまだ周囲に浮遊していた紅の龍の鎧をボロボロの両腕で藍の方へ押しやった。

 

 すると、藍の身体に残っていた制服が全て燐光となって解け、鎧によって包まれる。

 

「な?! ちょ、ちょっと!?」

 

 瞬時の事だったが、思わず顔を両手で覆った新火の反応からしてバッチリ見られたのは確実。

 

 そもそも不安そうだった琉風ですら、その様子に苦笑いだった。

 

「ば、馬鹿ぁああああああああ!!!?」

 

 藍の背中から伸びた触手がベチンと影近の頬を張る。

 

「はぶぅ?!」

 

 昇天しそうな勢いで倒れ込んだ影近をジャンビットが抱き止めた。

 

「ふ、婦人の肌を何だと思ってるのよ!? あんたは!! 今度、やったら訴えるからね!! 影近!!!」

 

「ぅ……ぐぅ」

 

 カクンと意識を失った少年は老給仕にさっそく介抱され始める。

 

「ら、藍さん。僕はもう魔力が無いので陰陽術は掛けられませんけど、これを……」

 

 気を取り直し、少し頬を染めたまま。

 

 新火が鎧の上に指を触れさせる。

 

 刹那、鎧の上に更に複数の方陣が描き出された。

 

「使ってください。今の藍さんなら、自力で発動させられるはずです。内容は使う時になれば、自動で分かるようになってるので」

 

「ありがとう。新火君」

 

「藍……」

 

 少年が後ろに下がると琉風が前に進み出る。

 

「………」

 

「?」

 

「生きて、帰ってきて……それだけしか望まないわ」

 

「うん。あったりまえじゃない!!」

 

 笑って、頷いて。

 

 藍は跳んだ。

 

「行くわよ!! アーシェリア!!」

 

 高く高く舞い上がる紅の乙女は叫ぶ。

 

「触手ウィイングッッ!!!」

 

 鎧の内部から這い出した触手が一度見た事のあるクストスの翼を真似て広がった。

 

『絶対、帰ってくるから!!!』

 

 響く声は一瞬で遠ざかっていく。

 

 残された誰もが思わずにはいられなかった。

 

 勝利ではなく。

 

 生還を。

 

 少女が、共にある仲間と師である男と共に帰る事を。

 

 そうして、新たなる命を得て階梯を昇りし最新にして稀なる神は都市に黄金の燐光を降らせ、黒き隆起の中心へ自らの半身である少女と共に加速していく。

 

「大いなる父よ。我らが未来たる彼女達を、どうか守りたまえ」

 

 老給仕の祈りの声は小さく。

 

 しかし、誰の想いも乗せて響いた。

 

 *

 

「触手ブレェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエドッッッッ!!!!!」

 

 全長45m。

 

 長大なる刃が都市上空200mから渾身の一刀として振り下ろされた。

 

「ヌゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 対するのは下で蠢く数万の触手による盾の高速連続生成。

 

 激突した瞬間。

 

 魔力の激突に結界が揺らぎ。

 

 完全に崩落した都市外縁部で侵蝕領域の全景が顕となる。

 

 それは巨大な、只管に巨大な脳髄の如き黒き触手の塊。

 

 今も魔力を吐き出しながら、薄暗い奈落に墜ちる事なく。

 

 拡大を続ける魔窟は正に地獄の大地そのものだ。

 

(小揺るぎもしないか?!)

 

 罅割れた何処とも知れぬ空間の先にある闇へ触手が食い込んで、その馬鹿でかい図体は固定されている。

 

(くッッ!? 侵蝕域の拡大と共に奴の魔力出力が乗算されていくッ?!! これ以上、器を肥大化させられては?!!)

 

 今も黒と白の魔力が鬩ぎ合う激突の中心で全身をバラバラにされそうな圧力に身を晒されながら、クストスはこれ以上押し込む事が不可能となった刀を手放した。

 

「触手フィンガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!」

 

 両手の指先に膨大な魔力が転化され、斥力と引力を発する白い力場が互い違いに宿っていく。

 

 瞬時に盾の群れへと激突した彼の両腕が突き込まれた部分を圧倒的な膂力で引き裂き、力場を肥大化させて、掴み取るものを塵の如く消し飛ばした。

 

「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」

 

 引き裂く両手の連撃が100m近い侵蝕域を削り散らして体積を減らした最中。

 

 ガギャァアアアアンッッ。

 

 クストスと同じ力場を持った触手が複数周囲から這い出し、彼の両手を受け止める。

 

 咄嗟に技を解除して上空に離脱した彼の腕が半ばから拉げているのを見れば、相手の力場の方がより強力であった事が分かるだろう。

 

 チリッ。

 

「クッ?!! 緊急回避!!!」

 

 あくまで近距離戦で決着を付けようとしていたのはソレに追い立てられる事がクストスにも分かっていたからだ。

 

 転移爆撃砲。

 

 京州の城砦から持ち出された最新鋭兵器は今や黒き脳髄の中枢に存在し、離れたモノを瞬時に飽和魔力の激発時に発生する爆圧で崩壊させる厄介極まりない攻撃手段となっていた。

 

 キュゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!

 

 連続するのは虚空に咲いた真球状の爆裂。

 

 それが高速で空中をランダムに飛び回るクストスを追い掛けていく。

 

 当れば、一撃でもかなりのダメージが予想される。

 

 それが連続すれば、命も危ういだろう。

 

 想定していなかった攻撃手段への対応策は乏しい。

 

「ならば!! 触手―――」

 

『させぬよ』

 

 ドズッ。

 

「?!!」

 

 虚空でクストスは自分の腹部に刺さる極短い矢を視認し。

 

『【その神の矢は将軍の下へ届いた。見よ。軍勢は未だ動いていない。時は来たのである】』

 

(マズイ?!! 照準《マーキング》された!!?)

 

 何とか矢を引き抜きながら、追い立てる爆裂に近付かれつつも、防御姿勢を取った。

 

『【何人《なんびと》も逃れる事態(あた)わず。神意《じんい》である……突撃せよ。勝利は御神の軍勢と共に在り】』

 

 言葉が終った時点で既に無数の黒き触手がクストスを捉えていた。

 

「ぐあぁあああああああああああああああッッッ?!!!?」

 

 刹那すら目を閉じていなかった彼が攻撃を見逃すはずはない。

 

 ならば、それは最初から当っていたのだ。

 

 そして、現実がそれに追い付いた。

 

 いや、捻じ曲がった。

 

 時空間制御魔術の一種。

 

【時空兵装《テンプステルム》】

 

 未来から過去を一部操作するインチキ。

 

 それが打ち込まれた瞬間、現実の時間軸が“最初から攻撃が当っていた過去”に切り替わったのだ。

 

 過去が変わってしまったのだから、攻撃が当っているのも当然という時空間への無茶ぶりは周辺空間の崩落という形で歪みを顕現する。

 

 本来とは違う時間と接合した一瞬の時空間の断絶が更にクストスの両腕を割り砕いた。

 

 当った触手の刃は既に肉体へ相当のダメージを与えており、更なる両腕の崩壊は致命傷にも近い。

 

 そんな状態で辛うじてまだ崩落していなかった都市外縁部の一角へと彼が落ちていく。

 

 幸いなのは空間の歪みが極度に進行したせいで空間転移爆撃が不可能となった点か。

 

 かなりの高度から地面に打ち付けられた身体が何度も跳ねながら瓦礫の海の中央に転がった。

 

「かふッッ?!!?」

 

 吐血したクストスが脳髄の頂点。

 

 未だ無傷の黒き男を睨み付ける。

 

『優し過ぎるな。貴様は人というものを信頼し続けて、自己の本質すら見失っている』

 

「な、に?」

 

 今ならば攻撃も加え放題だと新たな一撃を覚悟していたクストスは追撃も無く静かに睥睨する男を前に身を起こした。

 

『―――“彼女”を見つけた』

 

「ッッッッ?!!!!」

 

 本当の驚愕に瞳が零れ落ちそうな程に目が見開かれる。

 

『初めて、我らがこの神に侵蝕された時。どうして二つに分かれたと思う? 知らないと今まで己を騙してきたのだろうが、それもやせ我慢にしか過ぎん』

 

「我輩は過去を求めるのは止めた……止めたのだ!!」

 

 それはハッキリとした狼狽。

 

 今まで断固とした決意のみで戦ってきた男の弱い部分そのもの。

 

『そうだ。お前は彼女を求めなかった。その諦めた心そのものだ。そして、この身は彼女を追い続けると決めた不屈の魂を持つ心。何故、お前が伽藍堂のように力を失ったのか。それは貴様が一番よく分かっているはずだろう?』

 

「くッ」

 

 襤褸屑のような身体を立て直して。

 

 白き男は今にも崩れ落ちそうな自分を何とか維持する。

 

『外神大乱の世に消えた彼女。里に行って会おうとして、その度に止めたのは己のしなければならない事をする為だった。だが、どうだ……後々になって調べてみれば、彼女は……あの日以来、己の里にも戻っていなかった。そう……彼女は消えた……一番幸せにしたかった彼女は……人の世を守る使命を我らに託し、消えた。危険を封印して回っていたなんて嘘だな。我らは単に彼女を探す理由が欲しかっただけだ。百年の長きに磨耗し、人に仕える事が苦痛になった我らの相反する心。それを神は強調しただけ……聖人が聞いて呆れる。我らは人並みな幸せが欲しかっただけの単なる若造だったと言う事だ』

 

「………だから、我らに詳しいジャンビットを消そうとしたのか?」

 

『奴は使徒の中で最も我らに付いて知っていた。もし、軸が違えば、我らを殺す役は奴が担っていただろう。あの瞬間に全てを理解し、悟ったからこそ、ああするしかなかった。でなければ、我らはどちらも奴に討伐されていただろう。人の世の礎という名目でな』

 

 彼の周囲へ今までの多種多様な形をしたものとは違う。

 

 九本の同じ形をした禍々しい触手が取り囲む。

 

 その表層に描き込まれる金糸の刺繍。

 

 槍。

 盾。

 剣。

 盃。

 弓。

 甕。

 書。

 筆。

 喇叭。

 

 黒き表皮と内側から鼓動する赤い脈。

 

 彩る金は精緻にして大胆。

 

 その雄々しき造型は通常の触手とは明らかに違う。

 

 質量と構造からして特別であり、物体としての密度も桁違い。

 

 一本一本がもう巨大な塔の如き重さを秘め、闇の如く濃い魔力を放っている。

 

 彼らの根元に刻まれた方陣には古代文字が書き込まれ、本来の名を晒していた。

 

『あの裏切り者とジャンビット、彼女以外の全員がこの身に助力する全てだ。勝てる等とは思わない方がいい』

 

「まさか、彼らの魂を取り込んだのか?!!」

 

『馬鹿を言うな。彼らがこの身に助力したのだ。己の師を助けようと、このどうしようもない破滅へと向かう人類を救わんと立ち上がった……弟子達の誰もがこの身の正当性を支持する』

 

「そんな事が?!! お前達は子羊を屠り、人々をそんな血塗られた道で生かそうと言うのか?!!」

 

 周囲の九本の触手に叫ぶも、その動きに何一つ動じる様子は無かった。

 

「無駄だ。何もかもを知って、絶望の内に沈め』

 

 九本の触手の全てが黒き燐光を吹き上げ始める。

 

 充填されていく魔力は今まで彼が受け流してきた触手に込められたものの比ではない。

 

 高まり続ける力は一撃で都市を崩落させ、塔を余波で粉々にするだろう。

 

 今までの戦力評価が全て引っくり返る事態。

 

 彼は己の半分にならば、絶対に勝てる自信があった。

 

 それだけのものを揃えてきた。

 

 しかし、明らかに彼の前にいる九本の触手はその範疇に無い。

 

 一人一人が彼と同等と言える程の聖人達。

 

 人類の未来を信じた嘗ての弟子の成れの果てが、全て敵に助力するとすれば、其処には絶望しか無かった。

 

(此処で全力を出しても、彼らの数人を倒すのみ。いや、それにしたとて、奴が残っていれば、魂魄からの再生すら可能か……ふ、まったく我輩も付いていないようだ)

 

 悔しい程に我が身の無力を悟り。

 

 それでもクストスは決して絶望には呑まれなかった。

 

 此処で折れてしまえるようなら、彼は己の半身を倒そうと数千年の長きを超えて生き抜きはしなかっただろう。

 

「因果律を見て、何もかもを知った気になる我らの滑稽を彼女は笑うだろうな」

 

『それを諦めた者が言う滑稽をこそ、この身は笑おう。クストス・ハリ・マーシー・アッハ。貴様はよく頑張った。頑張ったが、その道の先には無尽の荒野があるばかりだ。苦行の果ては救いである事を知らずして、誰も其処には往かない。そろそろ休め……人類の未来と彼女をこの身に任せて、な』

 

 クストスは最後の激突になるだろう全力での行動を準備する。

 

 己の背後。

 

 聖堂を支える十二本の円柱がゆっくりと迫り出し、ただ全てを白く染める光を放ち始める。

 

(彼らを何としても止めなければ……全ては我輩の責任だ。この宿命に巻き込み、自らの業《エゴ》を御し切れなかった……あの子達には顔向け出来ないな……我輩は負けてはならないと言うのに……だが、せめて守り切る。ジャンビット……後は―――)

 

―――コォォォォォン。

 

「『?!』」

 

 白と黒。

 

 両者の視線が思わず遥か都市の東に向いた。

 

 其処には温かな燐光が煌めき、黄金に染まっていく。

 

『何だ?! これは!!? 貴様、何をした!!? こんな事は在り得ない!! この境地に達する者がいるわけがない!!』

 

「そう、か―――ついに到達したか。藍君……」

 

『何をしたぁあああああああああ!!!?』

 

 明らかな狼狽を顕にした黒き男がまだ力を高め切っていない触手でクストスを絡め取った。

 

 全身を砕き散らされそうな激痛に苛まれながら。

 

 それでも白き男は笑う。

 

 今までの諦観が嘘のように晴れやかな、大胆不敵な顔で。

 

「おいおい。何を畏れている。貴様は人類最古の聖人にして彼らの師だろう? その焦り様と動揺は頂けないな。どうして、我輩の新たなる弟子程度に驚いている?」

 

『在り得ない!! この境地は我らがあの時代に長き年月を掛けて到達したものだ!! 今の世にどうして、人がこの境地に達すると言うのだ!! 例え、到達したとて如何なる力も高めず【神化】に到れるわけがない!!』

 

「あはははははは」

 

『何がおかしい!!?』

 

「貴様は彼女と人類の未来とやらしか見えていなかったようだな!!! 愚か者め!!! その狭い視野でよく見ろ!! 人は進歩し続ける!!! この時代だからこそ、彼女は生まれたのだ!!! 我らが境地を極めて数千年だぞ!!! 人がどうして我らのようにならないと言い切れる!!! その根拠は何だ!!! 業《エゴ》に塗れ!! 我が身の特別に胡坐を掻いていた貴様と苦しみながら、悲しみながら、それでも他者を愛するという事を諦めなかった藍君!!! 一体、どちらが本当の聖《ひじり》なのか明白ではないか!!!!」

 

『くッ』

 

 自覚はあるのか。

 

 黒き男の顔が歪む。

 

「その焦りと畏れが何を意味するのか我輩に分からないと思うか? 貴様はもう聖人等と呼ばれる程の清廉さも我が身を犠牲にしても誰かを救おうとする気高さも持ち合わせていない!!! 彼女と出会うはずの我が身可愛さに誰かを犠牲にする悪魔と成り果てているのだよ!!!」

 

 クストスを砕き散らそうとする触手達にすら、その動揺が伝わったのか。

 

 ギシギシと震えていた。

 

「彼女は我輩と同じだ。異なるものを受け入れ、共に歩む。その志と想いこそが、力を生んだ。足りないものは誰かが補えばいい。その求めに応じてくれる人が彼女の回りには大勢いた。その一人が我輩であるならば、彼女があの子と共に階梯を昇るのも道理ではないか!!」

 

『まさか?!』

 

「そうだ。この世界最古の聖人が彼女の在り方を、彼女達の行く末を、信頼し、信奉し、信仰すると言うのだ!!! 概念魔力など幾らでも湧くだろうさ!!」

 

『そこまでして!? 貴様は自分のしている事が分かっているのか?! そんな事すれば、我ら信奉され力を得た者は―――』

 

 クストスは初めて、たぶん憐れな“己”を嗤った。

 

「なぁに心配ない。人は我らがいなくとも、変わってゆくよ。我らがいなくとも進歩し、自らを高め、時にぶつかり合い、それでも共に進んでいくのだ。それだけの事さ」

 

『貴様の器はこの身より遥かに小さいのだぞ?! 己の寿命を縮めてまで彼女との邂逅を阻止する意味があるのか!? 貴様とて、彼女にまた会いたいだろう!!!?』

 

「……いい加減にしろ。もう決着は付いた……貴様の力も想いなら、我が身の力も想いなのだ。我らの差は想いのみ。ならば、その想いを砕いて戦うのは道理。認めろ!! もはや貴様の“言葉”に理も力も宿らない!!!」

 

『うぐぁあああああああああああああああああああああッッッ?!!?』

 

 男の絶叫と共に。

 

 侵蝕域。

 

 黒き脳髄の大地が鳴動し、瓦解していく。

 

 触手達の拘束が緩んだ一瞬を見逃さず。

 

 クストスが上空へと跳躍した。

 

 すると、黄金の燐光を伴った紅の戦乙女。

 

 甲冑と触手に鎧われた少女が背後から飛んでくる。

 

「大丈夫!!?」

 

「おお、藍君。まったく素晴らしい姿になったようだな。アーシェリア……君も、もう一人前か」

 

 藍の背後から伸びた紅の触手が二重丸を描く。

 

「その両腕!? どうにかしないと!!」

 

 己のボロボロな姿に顔を歪めた少女にクストスは首を横に振った。

 

「いや、その必要は無い。この身体でも奴を倒すには十分だ。我輩の触手と握手してくれないかね?」

 

「え、う、うん」

 

 アーシェリアがクストスの背後の四本の触手と己を絡める。

 

「これで経路《チャンネル》も完全に繋がったな。では、トドメを刺そうか。あの自らの策略に嵌った愚かな化物に」

 

「さ、策略? 何の話?」

 

 思わず目を瞬かせて困惑する少女に教師は一つ教える事とする。

 

「想いを砕けば、言葉と共に力も砕ける。旧い連中というのは口喧嘩に負けると途端に襤褸が出るものなのだよ」

 

「全然分からない……」

 

「分からずともいい。結果は変わらない……さぁ、クライマックスといこう!! トウッッ!!」

 

「トゥッ!! って?! ええぇえええ!!? 身体が勝手に?!!」

 

 遥か上空へと飛び上がるクストス。

 

 その姿と同じく。

 

 藍もまた身体を跳躍させていた。

 

「合わせたまえ!! 心をアーシェリアと共に我輩と調和させるのだ!! 四十八の触手技。その最大奥義を今此処で授ける。叫べ!!! 我が身の内から溢れ出る言葉こそが、至高にして最高の決め台詞だ!!!」

 

「何が何だか分からないけど、とにかくやってやるわよ!?」

 

「はははは、それでいい!! それでこそ、我輩の生徒だ!!!」

 

 都市を構築していた結界。

 

 それを超えれば、可能性の顕現であるはずの幻想である誰もが実態を保てないはずだった。

 

 しかし、その枠を超えて無限の闇。

 

 通常空間に隣接する異なる領域に飛び出た二つの耀き、白と黄金の燐光が都市を見渡す程の高度まで到達する。

 

 クストスの身体を今までで最大の白き魔力が包んだ。

 

 極大の発光の刹那。

 

 黒き大地に未だ顕現していた十二の光の柱が彼らの前に転移し、高速で回転しながら、まるで巨大な砲身の如く形成される。

 

「触手ぅううううううううううううううううううううううううううううううううううッッッッッ!!!!!!」

 

 クストスが両腕の無い身体を独楽のように回転させ、魔力の全てを運動エネルギーに転化し自らの肉体へと蓄積《プール》していく。

 

「ダブルゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッッッッ!!!!!!」

 

 本能のまま師と同じ体勢を取った藍とアーシェリアが自らの魔力を熱量に転化し、その足先に集中させた。

 

『貴様は彼女を救わないと言うのかぁああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!』

 

 遥か地上で叫んだ黒き男は白と黄金が螺旋を描き出した瞬間。

 

 激怒していた。

 

 本当は、本当は誰よりも救いたかった。

 

 傍にいたかった。

 

 共に在りたかった。

 

 そんな相手との再会を擲《なげう》ってまでも、救いたいものがあるのかと。

 

 それを確かに聞いた白き男は未だ繋がる半身に伝える。

 

(ああ、そうだ。我輩の愛した彼女がそんな女々しい戯言を口にする馬鹿な男を許さないのは自明だからな)

 

―――――――――!!!!!?

 

 人類史が刻まれるようになってから、たぶん一度とて感じた事の無い動揺が黒き触手達を揺らがせ。

 

「「キィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイックッッッッッッッッッ!!!!!!!!!」」

 

 円柱に打ち出された二つの耀きが白金の矢となって、黒き脳髄の大地を貫く。

 

 刹那。

 

 その道に同じ色の巨大な触手がまるで翼のように二つ顕現し、回転する十二の円柱の中央に百合の如く咲き乱れた。

 

 威力の全てを受け切った黒き男は二人の耀きに罅割れ、消滅する最中。

 

 確かに反論する。

 

(『そうだとしても、“私”は彼女に―――』)

 

 結界が崩壊した。

 

 塔が罅割れた大地の内に光を伴って消え失せていく。

 

 耀きだけが白く鮮やかに都市を焼き付かせて。

 

 初めての全力に意識を失い、駆けるクストスに背負われた少女の耳に僅かな声が響いた。

 

 いつか、また作ってやるって……と。

 

 そうして、特別捜査隊の一日は12時の鐘を以て終結を迎えたのだった。

 

 彼らの勝利と共に………。

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