※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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テンタクル☆ジェントル/ED

エピローグ「触れられぬ手に祝福を」

 

 京州市街地の三分の一が瓦礫と化した局所的大地震から一週間。

 

 都市には僅かながらも平穏が戻りつつあった。

 

 怖ろしい程の激震だったにも関わらず。

 

 倒壊した建造物に押し潰された者は絶無。

 

 更に人命にも被害が出なかった事は多くの点で奇蹟的な事であると連日、国の新聞では一面を飾っている。

 

 既に展開されていた周辺から抽出された軍と警察機構、学徒憲兵隊が毎日のように瓦礫の撤去と家財を失った人々に最低限のサービスを提供し始めて数日が経っている。

 

 落ち着きが幾分か出てきた都市民達は国から家屋の建て直しを全額補助される事が決まり、ホッと胸を撫で下ろしている最中だ。

 

 この一週間は雨も降らず。

 

 晴れ上がっていた為、復興に遅延は認められない。

 

 これを機に攻めてくるかと思われていた北東部にしても不気味な程の沈黙を保っている為、気こそ抜けないものの、あまり張り詰める必要もないと予備憲兵隊の学徒達には通達が出ている。

 

 しばらくは徴兵される事もなく。

 

 平穏な日々が続くだろう事実は多くの人々が共有する事柄だろう。

 

「ふぅ……こんなもんかしら」

 

 藍が一人看板を磨き終えて、空を見上げた。

 

 入り組んだ道の先に有る何の店かも分からない店舗。

 

 その周囲ではトンカン釘を打つ音が聞こえていて、復興が順調である事を教えている。

 

『ら~ん!! 何処行ったの~』

 

「あ、は~い」

 

 内部から呼ぶ声に店舗内に入った彼女が見たのは店内の床の掃除を終えた琉風が額の鉢巻を説いて、カウンターの傍で椅子に座って珈琲を口にしている姿だった。

 

「あ、入れてくれたの?」

 

「私じゃないわよ? クストスさんが」

 

「へぇ~あいつ珈琲も入れられるんだ」

 

「藍。一応、私達の先生なんだから」

 

「えっと、じゃあ……“師匠”が入れてくれたんだ」

 

「ふふ」

 

 少し恥しそうに言う藍に琉風が微笑む。

 

「な、何よ?」

 

「それが藍の呼び方なんだなぁって思って」

 

「わ、悪いわけ?」

 

「いいえ、素敵だと思う」

 

「そ、そう。なら、いいけど……」

 

「藍さぁ~~~ん」

 

 店舗の奥から駆けてきた少女みたいな少年。

 新火が両手に持った皿の上の大陸中央式の菓子。

 

 “けーき”なるものを二人に見せようとして、ツルリと足を滑らせた。

 

「はひゃ?!」

 

 空飛ぶ皿が引っくり返る寸前。

 

 ハシッと藍の制服の袖から這い出た紅の触手が皿をキャッチして彼女の前にそっと置いた。

 

「ちょっと気を付けなさいよ。今、掃除し終わったばっかりなんだから」

 

「うぅ、済みません。で、でも!! あんまりツルツル過ぎると思います!!」

 

 自分のいる床の顔が映るような磨かれ方に新火は力説する。

 

「建物全体の埃が凄かったんだから、しょうがないでしょ。あの地震で床汚れまくってたんだし」

 

「それはそうですけど。あ、ちなみにそれはクストス様の最新作だそうです。本当にクストス様の“れぱーとりー”は多彩でいらっしゃいますね。僕もこれから時間が空いたら習う事にしたんですよ!!」

 

 笑顔で『どうです? 羨ましいでしょう!!』と得意顔となった新火に二人は苦笑した。

 

 ニュッ。

 

「?」

 

 藍がケーキの載った皿を見やると何やら口らしきものを大きく開けた触手が固まっていて。

 

「アーシェリア……あんたはまた……」

 

 呆れた様子になる藍の手前少しオロオロする新しき神だったが、ふと自分の宿主の笑みに気付き。

 

 ?マークを形作る。

 

「いいわよ。食べても……でも、飲み物はあたしが飲むからね。この間みたいに果汁をガバガバ飲んでお腹壊したりしたくないから。分かった?」

 

 ○。

 

 そう、宿主に了解を伝えたアーシェリアの触手がパクリとケーキの一部を齧り。

 

 ◎を背中から伸びた細い幾本かで連発する。

 

 カラン。

 

 店の扉開き、小鐘《ベル》が鳴る。

 

「連れて来たぞ」

 

 入ってきたのは影近だった。

 

 その背後にはクストスの触手と同じ色で全身を固めた真白き少女が一人。

 

 Eと呼ばれていた彼女の更に後ろから七教会の制服である軽殻装《コート》を身に纏った眼鏡姿の二十代男性がやってくる。

 

「ふ~ん。此処が新しい仕事場所ってわけ。其処の小娘」

 

「え?」

 

 Eが藍を指差す。

 

「此方側は貴女が新しき御柱として新生した以上、無視出来ない。また、あの男と師弟関係を結んだ以上はドップリこっち側なのも間違いない。よって、大陸全土の神魔降臨を司る【降臨機関《アドヴェンテ》】機関長として杉野世藍……貴女を第三級特異神格として認定し、これより監視させてもらうわ」

 

「ちょ、ちょっと待って!? し、師匠からは昔馴染みが特別捜査隊の新しい拠点が開くお祝いにお土産持って来るとか何とか言われてたんだけど?!!」

 

 藍が思わず混乱しつつ喚いた。

 

「は? 何言ってるの? 馬鹿じゃない。こっちは忙しい中、あんたらの後始末をしてやって、ついでにこの国の上層部に便宜を図るよう脅してきたばっかりよ。それもこれもあんたのせいよ。あの男がこっちに幾つかの申し入れを行なって来たから、仕方なく始末するのを待ってやってるんだから」

 

「し、始末って?!」

 

 思わず藍が身構える。

 

「はぁ……自覚無しとか。一体、どういう教育施してんのよ?」

 

 Eが顔をカウンターに向けると何時の間にかクストスがいつもの姿にエプロンを付けてやってきていた。

 

「君も口が悪いな。E」

 

「まったくでございます」

 

 影近の横で知らぬ間に立っていたジャンビットが頷く。

 

「あまり不安にさせないでやってくれ。この子達は君の毒舌を毎日聞いている機関員達とは違うのだから」

 

「で? この間の打診は全て事実なのね?」

 

「勿論だ」

 

「なら、いいわよ。こっちはようやく人員に余裕が出たかと思ったら、さっそく別件を入れてくれたあんたを血祭りに上げてやりたいところをグッと我慢して大人な対応をしてやろうじゃない」

 

「歓迎するぞ。若人よ」

 

 クストスの言葉に今までずっと黙っていた二十代の禿た眼鏡。

 

 かなりの美丈夫が溜息を吐いた。

 

「機関長。私は―――」

 

「それ以上言ったらクビよ」

 

「……分かりました」

 

 光在れ(フィアト・ルクス)。

 

 機関の中でも上級機関員として仕事をこなす男はEからの無慈悲な言葉に不本意そうにしながらも頷く。

 

 そして、特別捜査隊の面々を見渡し、前へと進み出た。

 

「【降臨機関】所属。第一級【異端神絶官】フィアト・ルクス……これより杉野世藍及び特異神格アーシェリアの監視任務に就く」

 

「へ? ちょ、師匠!! どういう事よ!?」

 

 何が何やら分からない様子で藍がクストスを睨み付ける。

 

「ああ、君達が【神化】してしまった事で色々と面倒事になってな。彼女に諸々の後始末をお願いしたのだ。その代わり、君達の監視役が常時傍に付く事となった。まぁ、悪い事をしなければ、何も心配する必要は無い。そうだな? 若人よ」

 

 確認するクストスに渋い顔で、本当に心底納得出来なさそうなルクスが頷く。

 

「新しき神格の性質が人類に害為さないものである事が判明すれば、我ら機関の出番は無い。だが、人類に仇為すモノであると判断すれば、処断に躊躇も無い」

 

「だそうだ」

 

 藍はルクスとEを見つめていたが、すぐに頷いた。

 

「きっと、師匠が言うなら、それが最善なんでしょ。なら、これから監視されまくってやるわよ。あ、でも、もしも、着替えとかお風呂とか覗くなら、命と婦人の名誉に掛けて、ぶっ倒すから」

 

 半眼となった少女の言葉に思わずEがけらけらと噴出した。

 

「なッ?!? わ、私はこう見えても旧き教会の叡智を極めし、修練者だぞ!!? ご、ご婦人のら、裸体を覘くような不埒な真似をするはずがないだろう!!?」

 

 思わず必死に抗弁したルクスを見て、特捜の全員があまり怖い人じゃなさそうだとの感想を抱く。

 

「ああ、では全員で彼を持て成しておいてくれたまえ。我輩は彼女と少し詳細を詰めてくる」

 

 そう言ってルクスを置き去りにしたクストスとEが店の外に出る。

 

 すると、内部からは騒がしい声が聞こえ始めた。

 

「何処か懐かしい気分だ」

 

 青空の下。

 

 老紳士はそう呟く。

 

「今更、昔を懐かしむ余裕が今のあんたにあるとは思えないわね」

 

 Eの辛辣な言葉にクストスは苦笑するしかなかった。

 

 彼女の言う通りだったからだ。

 

「どうして我輩の要請に応えてくれたのか。聞いてもいいかね?」

 

「今の盟約を持ってる奴に報告したら、あんたの討伐は先送りになったからよ」

 

「どういう事だ? 我輩が人命を優先し、人類を窮地に追い込んでいるのは未だ事実のはずだが」

 

「人類の行く末は今を生きる人々の手で決めるべき。それが例え、未曾有の危機であろうとも。要約すると旧い役者は今の舞台に必要ないって事よ」

 

「ふ……そうか……我輩もそろそろお払い箱になると……喜ばしい事だな」

 

 本当に嬉しそうに。

 

 まるで子供の自立を見守った親のような笑みで。

 

 男は僅か寂しげな視線を空に向ける。

 

「【着包野郎《サンドイッチマン》】討伐の後。その身を触媒に因果律の歪みを修復する。契約は確かに四機関全ての長が承認したわ。それでまた人類の滅亡に対して幾許かの時間は稼げるでしょう。それが五年か十年か。百年か千年か。分かりもしないけど」

 

「我輩は信じている。それで十分だ。後は若者達がどうにかしてくれる」

 

「言っておくけど。今、西部で外なる神々によって“来るべき日”の前兆が起こってるわ。確実に世界はあの女が預言した未来に向かって選択されてる。猶予はあまり無いわよ」

 

「構わんよ。全ては今生きる者達のものだ。我輩も奴もただ過去の清算をしているに過ぎない。我らが知らぬ場所で我らが知らぬ滅びが生まれ、そして……我らの知らぬ誰かがそれを止める。それでいい。もしも、我輩に出来る事があるとすれば、それは今も昔もその誰かが自らを全うするのを祈る事だけだ」

 

「随分と賢しらな事を言うようになったわね。それが時間の効用ってやつかしら?」

 

「違うな。時間は関係ない。ただ、我輩もようやく子供から大人になれたのだろう。誰かに大切なものを譲り、預け、受け継がせていく事は生命としての本分なのだと。近頃は特に思う」

 

「自分でやらないからって。随分と投げっ放しじゃない」

 

「未来はもはや我が前に在らず。されど、それを継ぐ子等を信ずる……恰好良いだろう?」

 

 ニヤリと老紳士が笑った。

 

「反吐が出る無責任爺ね。いっぺん死んで、人生やり直したら?」

 

「ははははは」

 

 そろそろ戻ろうと二人が扉を開いた時。

 

 ブシューッと鼻から血を吹き上げて、バッタリとルクスが床に倒れ付すという場面《シーン》を目撃した。

 

「ば、馬鹿ぁああああああああああ!!?」

 

「ほぐぉぁああ?!」

 

 顔を真っ赤にした藍が近くの影近を思い切り触手で叩き壁際に激突させ、一枚の画がヒラリと彼らの前に落ちてくる。

 

 それを拾い上げたEの横からクストスがそれを覗く。

 

「ふむ。よく描けているではないか。影近」

 

「これ……ん? 神格召喚クラスの出来じゃない。面白い奴飼ってるわね。それに東部《こっち》のデフォルメされた人物画と違って凄く写実的だし、今度このE様を描かせてやってもいいわよ。其処のボンクラ」

 

「は、ぐぅ……(カクン)」

 

 意識を失った影近を憤怒と羞恥に染まった藍は涙目で睨み付けていた。

 

 琉風は困り顔で新火は頬を赤くし、両手で顔を隠している。

 

 Eに握られた一枚の紙。

 

 其処には一人と一匹が描かれていた。

 

 全身を飾る紅の触手と刻まれた方陣。

 

 愛おしそうに背後から出たソレを優しく抱く女神《しょうじょ》。

 

 微笑する新たなる一柱は僅か鎧を身に付けてはいたが、ほぼ全裸だった。

 

「な、な、何で春画なのよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ?!!!!?」

 

 ぶっちゃけ丸見えな自分の絵姿に絶叫が響く。

 

 その背後、一匹だけが冷静な様子でクストスの出した菓子《ケーキ》を1ホール丸ごとパク付いていた。

 

 ○。

 ○。

 ◎。

 

 後に京州ではまた変な噂が囁かれる事となる。

 

 都市の何処かに奇妙な人々が集まる喫茶店が在り、其処にはあの奇奇怪怪なる存在がいると。

 

 その者、高貴なる色を身に纏い。

 

 闇夜の化物を討ち果たす。

 

 白き怪異を操りし、彼《か》の優しき男。

 

 その名は―――。

 

                 触手紳士《テンタクル☆ジェントル》完。

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