第三章九十五節「武芸術部校外活動Ⅳ」
夜。
ゼオ家には常の喧騒も無く。
ただ、静かな時間だけが広がっていた。
コンコンと扉がノックされるのをジッと待っていた赤鬼。
否、白鬼と化したエンシェンが常の大陸中央式の礼服(スーツ)とは違う東部風の寝間着。
白い襦袢を纏って「どうぞ……」と呟く。
ドアノブが回され、言われた通りにやってきた少年が後ろ手に閉め、寝台の上で何処か頼りなさげに視線をオロオロさせる彼女を見て、苦笑した。
「そんなに緊張しなくても……」
「緊張もするだろう。こんな事、このエンシェンの人生の中では初めての事だ……」
ふわりとエンシェンの横に腰掛けた少年がいつもの笑みを浮かべる。
すると、彼女の中には沸々と怒りとも嫉妬とも付かない感情が芽生えた。
自分はこんなにも気を張り詰めているのに相手は余裕綽々。
その経験の差をズルいと。
自分は初めてなのに相手は初めてでないのには不公平だと。
そんな心持となったのである。
「……こういう時、お前のその動揺しない顔が羨ましくなる。私もそういう表情を浮かべられたら、少しはこういう面で進歩するのかもな……」
愚痴に近い呟き。
拗ねたような口ぶり。
それに少年が首を横に振った。
「お勧めしないよ。色々とややこしくなっちゃうし」
「ややこしい?」
寝台に後ろ手を付いて、瞳が閉じられる。
「哀しい事や辛い事があったら、泣けるのが一番だから……」
「……実体験か?」
暗に記憶は戻ったのかと訊ねた彼女に少年が囁く。
「詳しい事は覚えてないのにそういう事だけは思い出せるんだ……何だか都合の良い話だけど、ね」
魔王。
そんな言葉で片付けてしまえる程、エンシェンにとって少年との付き合いは浅くない。
だが、こうして静かに語り合う事なんて無かったのは事実で。
どう答えていいのか分からない彼女は己の未熟さを思った。
慰めればいいのか。
ただ傍に身を寄せればいいのか。
それすらも分からない。
自分とは明らかに違う年月を生き、重みを背負って来た少年に掛ける言葉は彼女の中には多くなく。
「……イクス」
「うん」
自分を見つめる真っ直ぐな瞳に鬼女が呟いた。
「私と……一晩共に寝ろ……」
「何か……」
「?」
「その、告白されるより恥ずかしいかも……」
少年の言葉で白鬼が赤鬼へ戻りそうになる。
「な、ぅ、わ、私は、恥しくなんて無い!!」
「いや、僕の方が恥ずかしいって事で……こう直接的なのは初めてだったから……うん……」
少しだけ頬を掻いて、僅かに赤い頬でニコリと微笑まれて。
「~~~ッ!!」
彼女はその胸の高鳴りを無視出来ずに顔を伏せた。
「こ、こういう言葉は初めて、なのか?」
「少なくとも今の僕にとっては……そう、かな」
「……お前に何を言えばいいのか。ずっと考えていたのに……今はどうすればいいのか分かる気がする……」
「エンシェン?」
小さな呟き。
怪訝そうな顔をする少年の身体を、自分よりも小さな身体を、彼女は密着して抱き締める。
「ん……」
少年の頭を胸に抱いて。
腕を絡み付かせて。
何処かホッとする優しい感触に顔を髪に埋めて。
彼女はようやく身体の強張りが解けたのを感じた。
「……あの黒猫はきっとこんな安らいだ気持ちなのだろうな……」
「そんなに抱き締められると少し恥ずかしいんだけど」
「私はその何倍も恥しかった……だから、お前はもっと恥しくなれ……」
密着した衣服の間から伝わる熱が互いを温める。
「………エンシェン?」
彼女が唾を飲み込んだ。
その顔には意を決した表情。
悩ましいくらいに苦悩して。
でも、それを隠さず。
鬼女は少年を離して顔を見つめ、告げる。
「イクス、今私は……このエンシェンはどうしようもなくお前が欲しい。お前を滅茶苦茶にして、お前が私を求める姿が見たい……お前が例え一時でも私のものになるのを感じたい……この劣情でお前を私だけの牡にしたい……」
その直球過ぎる要求に思わず頬の温度を上げて。
少年は……コクリと頷いた。
その口が次の言葉を紡ぎ出すよりも速く。
紅の唇が半開きになり、番となるべき相手の呼気を奪う。
「んく」
情熱的に貪り、啄ばみ、舌で絡め取り、唾液を混ぜ合わせながら、エンシェン・イル・フォイルは恍惚に蕩けていく脳裏で理性を手放した。
「っ、イク、ス……!!」
名前を呼んで。
唾液の橋を互いに掛けて。
彼女は初めて自分の中の女が満たされていくのを感じ、薄らと笑んだ。
もう其処には常の愛国者や戦闘狂は居らず。
ただ、獣のように相手を求める初々しくも艶やかな牝だけが居た。
*
―――同日、亡郷都市アイウィス前線基地。
「物資搬入急げ!! 空間の不安定な此処じゃ人力だけが頼りだ!! 作業工程は9%遅れてる!! 寝てる暇は無いぞ!!」
今も膨張と拡大を続ける白き球体。
もはや人類が住まう惑星よりも巨大な物体。
その全景を収める位置に陣取る本来は真空中に建造されるはずの中継基地。
その鈍色の独楽のような先進技術の固まりが急ピッチで建造されていた。
外殻を構築しているのは全て現場の戦力。
要は【高格外套(ソーマ・パクシルム・ベルーター)】であり、それを監督するのは七教会の建築部門から派遣されてきた黄色いヘルメットを被った土木作業の管理官。
七教会の大陸水準の数百年先を行く建築水準を満たす基幹インフラや産業インフラ、生活インフラの建造者兼守護者達は次々輸送艦から下されてくる建築資材を逐一兵に溶接させつつ。
人類を守る最前線。
新たなる砦の設営に勤しんでいた。
生存すら困難な異相空間。
その中でも更に活動困難な“无の海”内部は今も作業している全ての人員が使う新式防護用魔導方陣をジワジワと侵蝕していた。
魔力や陣の力が弱まった者から先に基地内部での補給を受けていたが、作業効率は極めて悪い。
せいぜい一人の人間が作業出来る時間は長くて十五分。
綿密なシフトを組んで対応しているとはいえ。
本来ならば半月で小国の領土を全て舗装出来るなんて世迷言を事実に変えられる建築部門の関係者達は外部で働く同僚の姿に今までで最も困難な現場に直面している事を噛み締めていた。
「不味いな」
「効能優先って話よ」
「まずぃ……カミサンの料理が恋しい」
外を様子を見渡せる透明な硝子張りの天蓋を持つ基地内の食堂。
その壁際で建築部門の人員達に混じった老人と女と男がモシャモシャ味気なさそうに葉野菜の千切りを頬張っていた。
「昔から良薬は口に苦しと言って―――」
「その話、これで423回目よ」
「少しは愚痴らせい」
女がげんなりしつつ、老人の言葉を遮る。
老人は愚痴り過ぎたかと諦めた様子で再びモシャモシャと千切りを頬張った。
「それにしても七教会(ウチ)の食料供給部門は世界最高の味と品質を届けますって歌い文句じゃなかったか?」
男が皿に盛られた山盛りの千切りをもはや流し込むように胃の中へ消して溜息を吐いた。
「難民の食卓から宇宙での食糧まで何でもござれ。美味い早い安い質が高いをモットーにしてるわね」
「元々、ハティア様の【魔導技術(ハイクラフト)】で大規模な食糧供給が安定して可能となった時に知識と技能を普及させる目的で設立された経緯があるからのう。そこらは後から付いてきたお題目じゃ。最初は味や質なんぞは二の次だった」
「それにしても不味過ぎるだろ。コレ、ウチの隊員が食ったら泡吹いて医療班行きになったんだが」
男が皿の上に残った千切りを親の仇の如く睨み付けた。
「こちらの方が本当の姿と言える。戦場で糞不味い糧食を食べたのが昨日の事のように甦るわい。ま、当時から仙食だの不老不死薬だの、生命活動の高度化を促す食料やその調理法を研究していたからな……今までは味を気にしても戦える程度の敵しかいなかった。それだけの事なのだろう」
三人が皿の上に乗っている葉野菜の千切りに渋い顔をした。
「味を気にしなくていいなら、人間だって神様にしてみせる……だったかしら?」
「そういや、こいつを運んできた部門の奴がんな事言ってたな」
女と男が自分達に食料を届けた食料供給部門のインテリそうな眼鏡の四十代男を思い浮かべた。
「効果は折り紙付き。まぁ、この空間に生身で滞在して屍蝋化せずに済むというなら安い」
老人が肩を竦めて、また渋い顔をしながらも葉野菜の千切りを頬張る。
「それにしても、オレ達だけ特別メニュー……殆ど拷問だ……」
「仕方ないわよ。最大戦力は特に念入りの防疫義務が課される。今までもよくあった事じゃない。あの異種も倉庫でこれと同じのを食べてるって話だし、私達だけ免れるわけにもいかないでしょ」
「常人なら一口で味覚が壊れる代物を毎日毎日三食続けて食わされるのが拷問じゃないと言い張るなら、オレとお前の間にはとても深い溝があると認識するべき事態だな」
「いいから黙って食べなさい。残さないようにって言われてるんだから」
「こういうところの改革こそ組織が全面的に取り組むべきじゃないのかとオレは切に思う」
最後の一筋を指で摘み、口に運んで、げっそりしつつ、男はそれを飲み込んだ。
『三騎将の方々に申し上げます。現在、ブリッジにマディクト様より通信が入っており、極秘事項伝達の為、各自の個室へ向かうようにとの事です』
基地内への呼び出し音声。
秘密の話をするのに呼び出されるとはまったく秘密も何もあったものではないが、現在中継基地内にいるのは全て七教会の中でも秘匿事項を各々持つような人員ばかり。
そのツッコミどころ満載な呼び出しに彼らの感想は「やっぱ、責任者大変だな」くらいのものでしかなかった。
「これ、わざわざ自分達の部屋で聞く意味あるのか? どうせ三人一緒だろうに」
「愚痴らないの」
「さっさと往こう。こちらが愚痴られる前にな」
葉野菜が残らず三人の口に消えて、各々が自らの部屋に向かい数分後。
暗がりの中で自分のコードを呟いた三人と禿げ上がった頭の壮年。
マディクトの間で通信が繋がった。
別に三人一緒でもやっぱり良かったと男が面倒そうな顔をするのを確認して、通信先の現在七聖女に代わり、実務諸々を統括する男は肩を竦めた。
『では、これより決定事項を伝えます』
その言葉に三人が真顔になる。
何の躊躇いもなく決定事項と来たら、もう明らかに無茶ぶりを強要されるのはいつもの事。
それが異相内部の中でも更に危険な領域での事であれば、もう今から死んでこいと言われてもまったく彼らには違和感が無かった。
優秀な人間程に酷使、使い倒される強者にとってのブラックな一面は七教会特有のものだろう。
特権階級なんて言い方は誤解を招くレベルで世間と真逆。
180°以上違う。
特権とは危険と厄介事と面倒事を処理する権利なのだ。
これを義務と呼ばないところが通常の組織とは異なる特有の価値観と言える。
『本日付でそちらの中継基地に外宙碩学師団を逗留。七聖女メルフ・グラネッタの名において七教会は総戦力1割の指揮権を貴方達に移譲します』
「おいおい。戦争でも始める気か?」
『……後数ヶ月でこの地球が異相側からのアイウィス侵蝕で滅ぶと試算されれば、そうもなります」
男が物騒この上ない聖女と騎師の共同戦線。
それも七教会の戦力の何処からでも人員と物資を持って来ていいとの壮年の言葉に渋い顔をした。
まだ魔王との大戦から三十年も経っていないのだ。
それなのに現在の事態は明らかに以前の戦いに準じるだけの規模となっている。
「メルフ様と一緒……あの方、働いて下さるかしら……」
基本的に七聖女一仕事をしない事で定評のある宇宙から帰ってきた少女の事を思い出して、女が地球が滅ぶという“毎度の話”にげんなりしつつもスルーして、頬を掻く。
「まぁ、さすがにやる人間がいないとなれば、立ち上がって下さるだろう」
老人がとりあえず顔見知りの聖女のフォローをした。
本当ならハティアやユアン、フルー、ソィラ、聖女の中でも戦闘に秀でた彼女達の誰かが戦力に欲しいところだったが、生憎と現在は誰も彼も忙しいか行方知れず。
世の中、適材適所とはいかない。
『異相側の霧の濃度が先月から殆ど下がっていない為、通常の人員は行かせられませんが、物や人が居なくて困るという事はこれで無いでしょう。とりあえず、新型艤装を済ませた艦隊の二割程をそちらへ向かわせる予定です。外宙碩学師団の艦艇とも連携し、アイウィスの探索を進めて下さい』
「「「了解」」」
『連絡事項は以上です。明日にはメルフ様も到着するかと思いますので、中継基地の完成を急がせるように。では、武運長久を……』
呆気なく通信が途切れる。
「「「………」」」
三人が互いの顔を通信越しに見て、大きく息を吐いた。
「やれやれ。生で孫と対面するのはいつの日になる事か」
「人員の管理業務で忙殺される未来しか見えないわ」
「力を持ってる奴らでオレ達程に働いてる連中なんていないんじゃないか?」
七教会のブラックな業務体制に愚痴りつつ、彼らは自らの仕事へと戻っていった。
翌日、急ピッチで進められた基地造営は完了。
七教会が誇る外宇宙探索を可能とした数十隻の艦船が顕れる様子は一種のセレモニーと化し、殆どの人員が出迎える中、この世で最も暇な七聖女メルフ・グラネッタは三騎将を見て一言。
―――何かやつれてない?
それに対し、超人的な働きで書類仕事を遣り遂げ、現場指揮を執り、ついでに自分達もついさっきまで建築現場で作業していた彼らは上司へこう呟いた。
これが終ったらでいいので長期休暇下さい、と。
*
本日の夜は暇。
主人たる少年は鬼女と共に夜の帳に消えてしまっている。
が、だからと言って、そのまま休む事も無く。
璃紗はリビングのソファーで座っていた。
女給としての仕事も終っている以上。
後は自由時間なのだが、自分の部屋に帰る様子も無い。
その瞳には近頃ゼオ家で見掛けるようになった白い靄。
いや、彼女の最上級の魔眼にすら靄としか映らないソレがハッキリと現在見えていた。
横にシルメイアが座っている。
一体、これは何なんだろうと睨めっこしていた璃紗の疑問を彼女も同じように持っていたらしい。
そうして靄に目を擦っていた璃紗に瞳を共鳴させてみようかとゼオ家の娘は持ち掛け。
二人でジッと靄を見つめ続けた結果。
ようやく正体不明の白い靄は何だか宝石で出来た猫みたいな生物であると判明。
彼女達はスヤスヤ寝ているソレをこれからどうするか話し合っていた。
「……撫でても大丈夫?」
「……撫でてみよう」
璃紗が訊ね、シルメイアが行動を開始する。
そろりそろり。
絨毯に足音を消して二人が近付き、そっと片手を出し、指先でツンツンと表皮?に触れた。
「冷たいような、温かいような、何だか変……」
璃紗はその名状し難い温度に首を傾げ。
「ツルツル……」
シルメイアは宝石のように指先を滑らせながら、猫みたいなソレの身体の手触りを確かめる。
二人が危険は無さそうだと今度は掌全体で触って撫でる。
すると、さすがにソレがパッと目を覚ました。
「―――見られてるし!? 知らない間に撫でてくる人間怖い?!」
思わず叫んでシュタタタッと逃げ出した白猫は見知った顔がリビング前の扉に顔を出したので、その胸へとダイブして潜り込んだ。
「あ、ハハサマ」
「アルゥさん」
二人がその巨大な胸の合間の持ち主。
家主の方に駆け寄ると。
潜り込んでしまった白猫を片手で引き抜いてブランと下げた眼前に持ってきたアルゥが囁く。
「見付かった以上は仲良くしてあげてね」
「~~~ぅう。人間て理不尽!!」
「人間じゃないけれどね」
そっとリビングのテーブルに下された白猫が二人を見上げる。
「………猫?」
「猫じゃないけど、猫っぽい」
璃紗が非常に悩んだ様子でその物体に呟き。
シルメイアが猫みたいなだけど猫じゃないと悩む。
二人の魔眼に見つめられ続けた白猫がダラダラとその表面に汗のようなものを浮かべて、もう無理と言わんばかりに二階の友人。
最初から自分が見えていたネハシムの部屋に一目散に逃げ出していった。
「あまり苛めちゃダメよ」
そう軽く言い残して、苦笑したアルゥが自室へと戻っていく。
二人は今から追い掛けてもバタバタ五月蝿いだろうなと想像が付いたので追跡を諦めた。
そうしてソファーに二つ分の重量が掛かる。
本日、少年は貸切。
いつもならば遊んでくれる相手がいないと暇を持て余す彼女達は互いにそう喋る事も無いのでどうしたものかと時計を見やる。
それを見計らっていたのようなタイミングでマヲーと声がリビングに響いた。
「あ、黒猫さん!!」
「黒猫さん♪」
近頃、顔を見せなかった愛想だけは良い黒猫が一度見えなくなってから再び顕れるというのは珍しい。
二人の間に駆けて来て「さぁ、撫でろ」と言わんばかりに胸を張って座り込む猫にしか見えないが猫じゃない獣はその毛皮を二人分の手で撫でられ始めるとご満悦だった。
「マゥヲゥ~~」
基本的に人懐っこいので知り合いの誰もから親しまれる彼女であるが、本日はメインデッシュ。
少年の頭がリビングに無いのを訝しく思い。
二人の少女に対してキョロキョロと視線を彷徨わせた。
「マーヲ?」
「あ、イクスなら今日は二階のお部屋でエンシェンさんと一緒だから、邪魔しちゃダメだよ」
璃紗がもうそろそろ始まっているだろう二人の夜の情事を思って、僅かに顔を赤くする。
「マゥヲ~~?」
しばし、撫でられながら考え込んだ黒猫が何かを閃いた様子となった。
「どうかしたの?」
シルメイアが訊ねると黒猫がテーブルの上にヒョイと乗って、変な鳴き声を上げ始める。
「マ・マ・マ・マヲ・マヲヲ・ママヲ」
すると、黒猫の目の前。
テーブルの上に大きな映像の窓が開く。
「え?!」
「イクス♪」
「マヲ~~♪」
その中にはたぶん二階の一室が映し出されていた。
少年と白鬼。
二人が互いに見つめ合っている。
しかも、もうエンシェンは襦袢を脱ぎ捨てており、半裸だった。
思わず璃紗は覗き見するのは止めようと赤い顔を俯けるものの。
その魔眼はハッキリと二人の部屋を見て照準してしまっていた為、幾ら目を瞑っても光景は消えない。
シルメイアはいいな~という顔をして二人の様子に身体をウズウズとさせており、映像を食い入るように見ている。
この覗き見用な窓を展開した黒猫は再び二人の間にヒョイと飛び移ると。
これは良い暇潰しだと言わんばかりにダラダラとした様子で座り込んで、尻尾をパタパタさせつつ、いつの間にか自分の横に呼び出していたコップから出た長いストローでチューチューと冷えた果汁を啜った。
もう完全に観戦する気の黒猫は更に自分の傍に大きな|小麦菓子(クッキー)の入ったブリキ缶を紫色の煙と共に召喚し、内部から念動力っぽい見えざる力でソレを抜き出し、大きく開けた口の中に放り込んで咀嚼し始める。
「貰っていい?」
「マーヲ」
シルメイアが訊ねると黒猫が大きく頷いた。
テーブルの上にシルメイア用と璃紗用なのだろう少し大きめのコップが召喚される。
いいのかなぁと良心が咎めつつも、どうせもう見えてしまうのだから、大きな画面で見ようと璃紗が開き直りつつ、そろそろ始まってしまった二人の密事の様子に股間をモヂモヂとさせた。
そうして、二人と一匹に見られているとも知らず。
少年と鬼女の夜の戦いが始まる。
*
二人の少女達が覗き見に夢中となっていた頃。
二人の姉妹が自らの仮の住居で客。
いや、仲間を迎えていた。
ハガス西部の中でも一戸建てに住むかなり裕福な者達のいる地域。
その端にあるこじんまりとした白煉瓦積みの平屋。
現在、貸し出し中の物件内部には然して物は置かれておらず。
ほぼ借りた時からそのままとなっている。
使われている寝台や浴室は綺麗に清められているが、台所などは使われた形跡も無く埃を被っている。
リビングのテーブルには現在三人が腰掛けていた。
一人はこの家の借主。
エーネ・ファサルトス。
一人で二人の転校生は自分の下にやってきた仲間にして姉妹達にお茶を注いでいた。
黒い長髪を纏め今も学帽の中に仕舞い込んでいる学徒用制服に身を包む男装の麗人。
亜麻色の髪に同じ色の厚手の生地を用いた民族衣装。
地味だが装飾も美しい色合いの瑠織と呼ばれる衣服を身に纏う女性。
どちらもまだ二十代には見えなかったが、何処か大人びた雰囲気があるのは確かだった。
「それで今現在の状況は?」
麗人に聞かれた彼女達が答える。
「あまり良くありません。ととさまは新たに得た力も磨り減らして一ヶ月前の事件を治めました。でも」
「このままでは……たぶん、どこかでちからつきます」
「そうか。でも、止める事なんて露程も考えていないんだろう? あの男は」
「ええ」
「はい」
二人が一度に同じ口から答えた。
「相変わらず。変わっていませんね。彼は……」
「にぃさまですから」
「ととさまですから」
姉妹達が日等の顔を綻ばせる。
「言われた通り、こちらの上空3000mに係留してありますが、七教会の情報網には掛かっていないはずです」
「無理を言って移動させてしまい。申し訳ありません。セイリ姉様」
「くろうさせてしまったこと、おわびします。こうあねぇさま」
学生服の麗人。
天御門紅亜が問題ないと苦笑して首を横に振った。
セイリ・ティウアズライト・エルメトロ・ニェハエル。
戦乱が終った藩落において現在共同統治を推し進め、内政を主導するエーデリアの主がひっそりと二人に現在の状況を伝え始める。
「現在、七教会が藩落の周囲に戦力を集結させつつあります。今後の予定を考えるとそろそろあそこから移動するべきだとは思っていました。行き先の候補として此処は上がっていましたから、時間が早いか遅いかの違いだけですよ……エフィリム。エーネ」
二人の姉妹が頷いた。
「今後動向が落ち着いた藩落はクラウゼン公爵家に任せてもいいでしょう。こちらの国も部下達が良くやってくれています。クラウゼン、エーデリア、双來。この三国を中心にイグニシアの助力を得れば、しばらく私や陛下が不在でもどうにかなる。いざとなれば、舞い戻るかもしれませんが、七教会の攻勢が無い限りはこちらに留まれます」
「では、会ってみますか?」
「「………」」
そのエーネからの言葉に二人が顔を見合わせて、何処かソワソワしていた。
「だが、記憶は無いのだろう?」
「はい。にぃさまはかこのきおくのたいはんをうしなっています」
「ですが、ととさまはととさまです」
紅亜の言葉に二人が事実を告げる。
「その、彼は今どうして?」
「現在は」
「いま、やっかいになっているおうちにいます」
「そう、ですか……出来れば、姿を見たいのですが、出来ますか?」
「じゃあ、今から映像をお出ししますね」
エーネが肉体を動かし。
掌で水を掬うような動作をすると。
その上に大きな映像の窓が開かれた。
本来は自分達の感覚を限界まで研ぎ澄まして都市の動向を毎日探っているのだが、彼女達にも急速は必要な為、一部はリアルタイムで異常が無いかどうかを知る為、魔術による監視網を構築している。
その中でも現在、アルゥを訊ねていった時に少年のいる館に仕掛けたものはすぐ居場所を割り出し、その部屋内部の情報を音声付で四人の前に提示した。
『イクス……このエンシェンの乳はどうだ?』
『大っきくて……柔らかくて……少しこうしていたい、かな』
『ん……いい、ぞ? ウルには劣るかもしれないが、これでも100はある……お前がしたいだけ、私を……』
「「「「………///」」」」
四人の乙女が真っ赤となった。
そうして、こんなところだけ前と変わっていないのかと。
何だか悔しいような、文句を言ってやりたいような、そんな気分となったのは言うまでも無い。
彼女達が必死でこの五年間をやってきたのに少年は少年のまま。
見知らぬ白い角を持つ美人としっぽり決め込んでいる。
まったく、まったく、まったく、と思わない方がどうかしているだろう。
しかし、その不満よりも、やはり彼は彼なのだと。
少年は変わっていないのだと。
その変わらなさと優しげな笑みが心に焼き付いて。
ポロポロと紅亜とセイリの瞳から涙が零れていた。
「馬鹿め。こんな事をして、帰ってきたら毎日文句を言ってやる……っ」
「はい。彼には毎日だって私達の相手をして貰いましょう……っ」
しばらく鼻を啜って、涙を袖で拭いていた彼女達はすぐに進展し始める少年と鬼女の情事に様子に赤くなりながらも、目が話せなくなっていた。
『ん♡ く……指があ、当ってぇ……』
『エンシェンの乳首って小さくて可愛いんだ……』
『ば、馬鹿……そんな、恥ずかしい事をっ…ん、くぅん♡』
「「(ゴクリ)」」
本来ならば、こんな覗き見はいけないと理性が働くところだったが、久方振りに思い人の様子を見た二人はもう既に身体の芯が疼き出していた。
それを無かった事には出来ない。
いや、したくないと思うのは五年も待たされた彼女達にとっては言うまでも無い話。
相手の鬼女には悪いと思いつつも、彼女達は何も言わず。
食い入るように画面の映像に集中していた。
「(にぃさまがほとんどまいにちしているとしったら、ねぇさまたちはうらやましがるかもしれません)」
「(ととさまは皆から好かれてるから……いつか、あの子達も私達の仲間になるかもしれないし、此処はととさまがどういうのが良いと思ってるのか知る機会(チャンス)かも……)」
いつも大体音声だけを聞いている姉妹達にしても映像付きというのは初めての事だ。
大好きな人と他人の情事。
本来ならば忌避するのが普通の女性的な感性なのだろうが、最初から彼女達【聖王委員会(サクラム・フェデレイションズ)】は少年と結ばれて救われた者ばかり。
今更、人が増えたからと言って大きく動じたりはしない。
少年がそういう性質なのは出会って過ごした日々の中で分かっていた事だ。
嫉妬や独占欲はあるが、怒りや哀しさというのは彼女達の中には無かった。
『イクス……っ……ぁ、ぁくっ♡』
『エンシェン……ちゅ……』
『ひ、ぁ♡』
多くの瞳に晒されているとも知らず。
エンシェン・イル・フォイルは自らの肉欲、獣欲、劣情の赴くまま。
少年に乳房を貪られ、恍惚と体を上気させていったのだった。