※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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第三章九十七節

第三章九十七節「武芸術部校外活動Ⅵ」

 

―――首都ハガス近郊山岳部。

 

 巨大な幕屋が立ち並ぶ山への入り口。

 

 本来なら人気の無い登山道の出発点に今現在亜人達がごった返していた。

 

 出入りするのは軍人に官憲に武術各流派の門弟達。

 

 ついでに荒事を専門とする手合いや狩人。

 

 他にも犯罪者崩れのゴロツキやら傭兵。

 

 全く人種も種族も違う多種多様な人々。

 

 彼らがハガスを統括する市長からの説明を魔術で耳にしつつ、ルールを確認して装備を整え、出発用ゲートに軍人達と共に並び始める姿はこれから化物の狩りをするというよりは何かの競技に参加するような気安さだった。

 

 幕屋の一角からそれを覗いていた武芸術部と仲間達。

 

 ほぼ学校では少年のハーレム要員として認識される彼女達は人々が我先にと競うようにして化物の駆除に赴こうとするピクニック気分な様子とはまるで違い平静。

 

 まだ日の光が薄らと稜線を超えつつある穏やかな朝に欠伸をする事無く。

 

 しかし、眠さを抑え切れない様子で各自の味付けで珈琲(コーヒー)を嗜んでいる。

 

 無論、その中心には少年がいた。

 

 璃紗とシルメイアが胡坐を掻いた太腿の左右に。

 

 左側からはウルが腕に胸を押し付けるようにして、右側からは美紗が恥しそうにしながらもそっと、背後にはエンシェンが背中合わせで珈琲を啜っており、乗り遅れたエストリアが寝坊した自分が悪いのだと良い場所を取れ無かった事にプクッと頬を膨らませていた。

 

 少年は朝からギュウギュウに自分の周囲を詰める少女達の中心であまり醒めていない頭のまま。

 

 璃紗とシルメイアを撫でつつ、頭の重さに首を僅かに傾けている。

 

「マゥヲゥヲ~~♪」

 

 朝からやってきた黒猫は三回目にしてようやく最初から占拠出来た頭部でダラダラと延びており、今日一日は離れないと言わんばかりに寛いでいた。

 

「イクスさん。体調はどうですか?」

 

「え? うん。普通に問題無いけど」

 

「そうですか……なら、いいんですけど。ウルさんとエンシェンさんも大事な身体なんですから、あんまり無茶しちゃダメですよ?」

 

 二人が少年の子を身篭っているという事実は既に少女達の間では知れ渡った話だ。

 

 ウルの腹部はよくよく見れば、少しふっくらしているし、エンシェンにしてもお腹を大事そうにしているどころか。

 

 傷付かないようにと防御用の方陣が幾重にも書き込まれているのをその場の誰もが知っている。

 

「ありがとうございます。エストリアさん」

 

「ああ、ありがとう」

 

 二人が少女達と出会った時とは打って変わって優しげな笑みで答える。

 

「今日は重装備で来ました。殿は任せて下さい。お二人はイクスの後ろで控えめに戦うのが良いでしょう」

 

 美紗が全身を覆うコート姿で自らのカタールを左右から張り合わせたような【崩燼武装】の刃を軽く砥石で欠けさせながら仕上がりを確認していた。

 

『ゼオ。部長。エンシェン。そろそろらしい』

 

 幕屋の外からユアルの声がして、少年が一声掛けると少女達が各々の装備に身を固めて立ち上がる。

 

 と言っても全員が基本的には制服姿だった。

 

 ただ、太腿や腰、腕に色々と魔術の刻印が入った腕章だの剣だのが下がっている。

 

 学生という身分という事もあって、彼らに任されたのは広いが化物が弱い地区。

 

 本格的に危なそうなのは全て軍の管轄である為、今回の【魔匝窟(ルドゥム・ラクム)】討伐は彼らにとって軽い運動程度で済むようにと調整されている。

 

 それにしたって少年を筆頭に今まで様々な事件を潜り抜けてきた猛者ばかりだ。

 

 アイウィスに潜っている【境界踏征(オーバー・フラタニティー)】の面々は戦闘技能という面で完全に普通の学生から逸脱している。

 

 よっぽどの例外(イレギュラー)が無い限りは問題ないだろうというのが彼女達全員の意見であり、今回の一件は正しくピクニックとは言わないものの。

 

 安全にハガスの治安に貢献するボランティアに近いものに違いないだろう。

 

「璃紗。シルメイア。よろしくね?」

 

「うん。頑張る」

 

「シルメイアはいつでもいいよ?」

 

 少年が二人の少女の頭を撫ぜ、自分の頭に乗っかる猫に一言。

 

「出来れば、手伝って」

 

 

「マヲ……ムニャムニャ」

 

 聞いているのかいないのか。

 

 曖昧に短く返した黒猫は完全にお休みモードと化していた。

 

「怪我をしないように。みんなで帰ろう。ね?」

 

 全員を前にして言う最も本日仕事をするだろう少年に誰もが頷きを返した。

 

 珈琲のカップが幕屋の出入り口付近の台へと置かれ、次々に彼女達が外へ出て行く。

 

 そうして全員がゲート付近に向かっていき。

 

 既に待っていた軍人や民間人達の最後尾に並んだ。

 

 明け方の爽やかな風が吹いて。

 

 参加者各自の下に魔術で小窓が開き。

 

 虚空に文字列が複数送られてくる。

 

 決められた区画。

 

 決められた時間。

 

 全ての用件を確認し終えた彼らに合図を出す軍関係者がゲートを遮る棒を取り除いた。

 

「では、これより注意事項を伝達します。参加者各員は自己判断と自己責任でこの作戦に参加する事を確認し、行動を開始して下さい。化物の質と討伐数で軍と国から報奨金が出ます。無理だと判断したら早めに幕屋へ戻る事。動けない怪我、もしくは戦闘が困難と判断した場合はただちに帰還を。当作戦で負傷した場合、保険は出ますが、それ以外は何も出ないので悪しからず。ゲート開放。05:30時。此処に作戦の開始を宣言します」

 

 軍以外の参加者達がスタートダッシュで走り出していく。

 

 

 軍人達も装備を整え終った野戦装備姿で次々に隊列を組んで出発。

 

 最後尾にいた少年と少女達は人が掃けるのを数分待ち。

 

 ゲート横で歩哨に立っている男達に頭を下げてからのんびりと歩き出した。

 

 その後姿に珍しいモノを見る視線を向けながら残っていた後方支援の軍人達が囁く。

 

「あの可愛いお嬢ちゃん達の集団は何処のやつだ?」

 

「ああ、アレか。アレはアルヴァス・カレッジの武芸術部だって話だ。ほら、バーゲルの家の子が部長の」

 

「ああ、アレが一人娘の……あの鬼の方はフォイル家か? どうしてあの二家の娘さんが一緒に?」

 

「何でも親友らしいぞ。まぁ、そもそもバーゲルもフォイルも今の当主同士が顔馴染みではあったし」

 

「それにしても男子部員が一人。羨ましいやら、妬ましいやら……あんな青春をオレも送りたかったな」

 

「それには……同感ではある。というか。弟がカレッジに通ってるんだが、どうやらあの男子生徒ハーレムの主らしい」

 

「ハーレム?」

 

「本人が人間にしか見えない上、侍るのがみんな【九十対十(ナインティー・テン)】ばかりの人間ハーレムの主なんだと」

 

「そうなのか。羨ましくはあるが微妙だな。確かにアレはそそられないなぁ……良い子達そうではあったんだが」

 

「ただ、バーゲルの家の子はさすがというか。フォイル家と比べてもあの胸はかなり……アレで鼻面がチャーミングだったなら……財産を叩き売って結納金を作ってでも嫁に欲しいレベルだぞ」

 

「この乳好きめ。人生の谷間は尻だといつも言ってるだろ。目を覚ませ」

 

「ふん。貴様こそフォイル家の子の尻ばかりに目がいっていたな? 幸福の谷間とは胸だといつも言ってるだろ。正気に戻れ」

 

「何を?」

 

「何だ?」

 

 二人の軍人が人生の譲れない価値観に付いて角突き合わせている合間にも魔術による通信が耳元に入った。

 

『A‐032区画にて負傷者発生。ただちに下山。救出隊第三班出動。怪我人は足を負傷している模様』

 

「議論は後だ。仕事をしよう」

 

「ああ、今夜は寝かさんぞ(飲み会的な意味で)」

 

「ああ、とことんお前とは話し合う必要があるようだ(尻と胸どちらが素晴らしいかを決める的な意味で)」

 

 軍人達すらもお気楽に始めた化物退治。

 

 しかし、彼らは知らない。

 

 その催しが如何なる地獄と化すのかを。

 

 彼らが悲鳴のような救援要請に応えなければならなくなるのはそれから数時間後の事。

 

 首都ハガスを防衛する直衛部隊六万人の動員が決定されるのはそれから十一時間後の話。

 

 まだ、危機感も無く。

 

 朝はゆっくりと誰にも等しく空けていくのだった。

 

 *

 

―――酷界西部【裁可ノ丘】

 

 高き山に聳える黒き巨塔。

 

 闇に煌く業火。

 

 いや、全てを見下ろす者達に掲げられた篝火に埋め尽くされた丘の上で一人の影が立つ。

 

 あらゆる生命が自らの生存領域に喘ぎ。

 

 鎬を削り続ける世界の中心。

 

 時に親を子を子孫を滅ぼしてでも生き残ろうとする魔族達すら近付かない聖地。

 

 その大国二つ分にもなろう巨大な空白地帯の最奥で耳に響くのは雑音ばかり。

 

 大地の焼け爆ぜ続ける音も大気が逆巻き遥か天を超え、空の果てより先まで吹き上げて響く鳴動も、何一つとして影の感情を揺らすには至らない。

 

『四十五個師団。出撃準備整いましてございます』

 

『第七千八百八十番台までの小道に七教会の防衛網を確認』

 

『やはり、三騎将の姿は確認出来ず』

 

『北部第七大門へ出した斥候小隊からの連絡途絶えました』

 

『神兵の展開を確認。戦力は大隊規模と推定』

 

『大陸南部に派遣していた潜入部隊から報告』

 

『読み上げます……我、目標を発見せり。繰り返します。我、目標を発見せり』

 

『神器の活動を観測していた部隊からの情報です』

 

『読み上げます……我、目標の活動を認むる。繰り返します。我、目標の活動を認むる』

 

『航空観測小隊より通信です。守護者達の消失を確認した。しかし、存在の崩壊は確認せず』

 

『異相側に先行していた観測小隊からの魔力波動途絶えました。最後の視認情報を送ります』

 

『【ひひ、ひひひひひひ♪ ゴハン一杯!! ひひひひひひひ♪】』

 

 バツンと一部の音声が途絶した。

 

『情報部員に侵蝕活動を確認!!? ただちに粛清!! マニュアルに従って情報を消去!!? 掛かれ!! 此度の外神による侵蝕は仮面の形として現れる!! 活動を開始する前に侵蝕者は処分だ!!』

 

『将軍閣下からの直接通信です。異相側の威力偵察結果をご報告したいと』

 

 初めて。

 

 丘に立っている影が炎の中で一言を告げる。

 

 繋げ、と。

 

『ご機嫌は如何ですかな?』

 

 何も応えない影に声の主が通信先で肩を竦めた。

 

『では、ご報告申し上げます。七教会の外宙碩学師団の艦艇は全て目標地点には存在しておりませんでした。結果から推測するに異相側のあの領域内に移動したと考えられます。ご丁寧に“我々用”の罠が用意されており、危うく封印され掛けました。あちらはこちらに構う戦力すら惜しんで聖女総出。外神の排除に動いているようですな』

 

 影がヒラヒラと手を手首だけで上下に軽く振る。

 

『放っておけと? 良いですが、会議の方々は今回の一件が上手く行けば、通路の確立と共に外神とあの都市の排除に乗り出すとの事。異相側が霧で閉ざされているとはいえ、能力が一定以上の者を送り込めば、侵蝕を受けずに情報を得られるかと存じますが?』

 

 僅かに靴が踏み鳴らされる。

 

『いえ、命令に背く等と……畏れ多い。当初予定していた七百師団の半数が先日落下してきた謎の主神級魔力の直撃で消し飛んだのが痛いとはいえ、こちらの戦力はまだ十分。多少削れる程度ならば出しても問題ありません』

 

 僅かに影が持ち歩いていた杖が地面に付かれた。

 

『………分かりました。では、現在進行している先遣中隊1京2000億騎による強行偵察を続行致します。ですが、守護者が全員いない状態で大陸に封印されていた神器の幾つかが消滅。残った最大の代物が稼動状態に近いという事は何者かが継承したとも考えられる。少なからず、あの連中が自然消滅するタマではない事は何よりもご存知のはず。ですので、そちらの調査にも幾らか上級仕官を投じさせて頂きます』

 

 影が頷いた。

 

『翼の天が亡き今。主神もあの男も消え去った。残るは天使と聖女。しかし、それも今は考えずともいい。このような好機はそうそうあるものではない。此処は多少強引でも押すべき場面かと』

 

 僅かな沈黙。

 

 その間にも声の主は現在の上司に畳み掛ける。

 

『神兵共の封鎖する北部の大門に攻めかかれば、まず間違いなく殆どの兵と引き換えに倒す事は出来るでしょう。ですが、大陸を無傷で手に入れる事は出来ない。今回の西部での隠密作戦が成功裏に終れば、我々は最小限以下の犠牲で全ての戦力をあちら側へ移動させる事が出来る。七聖女も聖杯委員会(ペルスヴァル)も所詮は傍観者であり、運営者。我々酷界総力の前には沈むしかない。例え、あの女達が犠牲覚悟で奇蹟を展開したとしても、大陸を先に掌握してしまえば、折れるのは時間の問題。敵は時間なのです。あの月を隠す天蓋の星が会議の方々が言うように我々に約束された勝利、その最後の時間を刻む針ならば、欠けていくのをただ黙って見ているのは愚策。どうかご決断を。外神の方は会議の方々が相手をして下さる。それにしても、それはあの男が復活してしまえば、出来ない事です。高々五千年前の友の為に故国を危険に晒すおつもりですか? それともあの女の娘との婚約解消がそれ程気になりますか? もしも、そうであるならば、“灰火の皇女”との交渉をこちらで受け持っ―――』

 

 ベキリと通信の先で鈍く骨肉の折れる音がした。

 

『―――失礼しました。出過ぎた真似を……ですが、どうかお考えを……あのお方を動かすのに会議の重鎮が一人お亡くなりになっています。現在の速度で拡張しようと酷界の人口過密は破綻寸前。あちらの宇宙(そら)には果てなど無い……それはこの世界の民にとってどれだけの福音となるでしょうか。幾多の大乱が已まぬのは全て増える同胞の生存領域の確保が難しい為、我々人類種に端を発する血統種(ブラッディー)が本当の平和と繁栄を手に入れる為には“外”へ出るしかない。この酷界では狭過ぎるのです……』

 

 その声は切実だった。

 

 その男の声は真に全てを見てきた者にしか分からぬ響きが込められていた。

 

 故に影は……告げる。

 

 任せた、と。

 

『アルヴァス攻略。門の奪取。どちらもお任せ下さい……畏(かしこ)み、恐(かしこ)み、全霊を掛けて……』

 

 声が途切れ。

 

 業火に包まれた丘で黒き塔を見上げる影が不意に背後へ降り立つ翼に気付いた。

 

「あ~ら? んまぁ♪ 大きくなって~~ん~~今は確か侵攻部隊の元帥さんだったかしら? あ~はん♪ なら、面白い事になるかもしれないわねぇ!! んふふ、今から楽しみだわ 」

 

 筋肉の化身。

 

 否、酷界において世界そのものとされる存在。

 

 正しく魔族と称される者達の神とすら言われる力の化身。

 

 それを前にして、何故か七教会の制服を着るソレに影が伝える。

 

 勝ちます、と。

 

「出来るかしら? あの国には今、この世で最も尊いものが蠢いている。そう、世界の全てと同価値のモノが幾つも幾つも転がっている。その中にはあの子だっているわ♪ 貴女にそれが覆せるかしら? 貴女の親友が選んだ。いえ、選ばれた。世界で一番命の安い男の物語……それは憂いた年月も、思い患った決断も、全てを覆していく真正の理不尽よ?」

 

 影がその闇色の外套を翻し、告げる。

 

 世界にして個人。

 

 酷界の全ての者達から“あの方”と呼ばれるソレに告げる。

 

 きっと、親友なら、あの子なら、諦めたりしないから、と。

 

「報告待ってるわ♪ 行ってらっしゃい……愛されるはずだった者……いえ、愛してしまった者、かしらね? あーはん♪」

 

 全てが業火に呑まれる丘を歩きながら、影は思う。

 

 魔王。

 

 今や大陸でたった一人の名を顕す事になった名。

 

 それを名乗る者の事を。

 

 自分の友を墜とし、その娘、婚約者すら掌から掠め取っていった男の姿を。

 

 まだ、影は知らない。

 

 出会いの不思議を何一つ。

 

 それはまったくもって皮肉過ぎる結果を既に齎しているのだとも………。

 

 *

 

 新たなる魔族達の胎動に酷界が揺れていた頃。

 

 黒猫が屯するようになった藩落のクラウゼン公爵家の敷地でも異変が起こっていた。

 

 本日も当主代行は仕事を片付けまくって何処かに意識だけ飛ばしている。

 

 それはまぁ別に構わないのだが、クラウゼンの地下研究棟の住人達。

 

 現在は諸々の業務を回す仕事人衆。

 

 彼らは近頃クヲンの招きで住み付いたらしき四つの水晶玉。

 

 庭に未だ爪痕を残す巨大なクレーターを作った稀少金属と岩の塊から精練された“何か”に困り顔となっていた。

 

 現在、四つのソレがまるで道端に椅子とテーブルを出して博打に興じる老人のように正面玄関前の敷地でカードに勤しんでいる。

 

 声も無く。

 

 姿も無く。

 

 魔術か超常の力かも分からない見えざる手で四つの球体の中央でカードが四方向に浮遊しており、一枚ずつ山札から引かれ、棄てられ、役造りしている、という絵面である。

 

 その不気味さにクラウゼンへ陳情に来た街のお偉方が何事かとビクビクしながらそっと横を通り抜けていく。

 

 何だか最近はクラウゼン公爵家に来ると薄ら寒いとか。

 

 何もしてないのに妙な疲れを感じるとか。

 

 黒猫に纏わり付かれて鬱陶しいとか。

 

 そういう評判である。

 

 亜人や異種やそのハイブリット生物がウロウロしているのはクラウゼンを訪れ続ける街の有力者達からすれば、いつもの事なのだが、それにしても最近は妙なのが増えた。

 

 まさしく人外魔境。

 

 そんなわけで本日持ち込まれた重要案件は0。

 

 屋敷にようやく戻り始めている優秀な人材達が裁可を下すまでも無く。

 

 彼らは都市復興の業務ノルマをザックリ終らせてお茶を嗜んでいた。

 

 中庭のテーブルから見える未だカードに興じる水晶球達の様子は変わりない。

 

 翼が生えたり、眼が黒かったり、スライム状の肉体だったり、獣人だったりと多種多様な人材達がヒソヒソと当主代行の客人達の噂を語り合う。

 

 曰く。

 

 何処かの滅んだ王家の死霊。

 

 曰く。

 

 何処かの落ちぶれた神格。

 

 曰く。

 

 前当主の残した研究成果。

 

 諸々、全部外れているのだが、クラウゼンに集められた血統の数や研究内容からしてあらゆる存在を蒐集していたものだから、現実味が在り過ぎて逆にどれなのか分からないという有様なのだ。

 

 その自分達の評価に耳を貸しつつ。

 

 四つの水晶玉。

 

 アルヴァスの静止衛星軌道上で眠っていた魔族達がカードの表面に浮かび上がる文字列や別の場所の光景を次々目にしながら現在進行しつつある大陸規模の異変に付いて、世間話程度の感覚で話し始めた。

 

『会議のお歴々は西部か北部に狙いを絞ったようだな』

 

『かかか、南部で下っ端が見つけおったぞ』

 

『面倒な事だ。継承者がもう少し身体を貸せば、もっと捗ろうに』

 

『仕方あるまい。始祖の力を使った反動で我らの内在する余地が消えたからな』

 

『神器に火入れはしたが、手駒が足らんなぁ……』

 

『西部の大門が次の山場。ならば、それまでは雑音の排除のみでいいのではないか?』

 

『くくく、あの小娘に肩入れする立場になるとは面白い巡り合せだ』

 

『蒼き天蓋が閉じるまでが勝負といったところか』

 

『おおう。早く身体が欲しい……』

 

『まぁ、こればっかりは継承者に頼むしかない。というか、ほったらかしにされている気も……』

 

『聞いたら、言っておったぞ。魔力は必要分込めておいたから、成長したら使えと』

 

『もどかしい。聖杯委員会(ペルスヴァル)の連中に察知されない為とはいえ』

 

『今は七教会だったか? 外神を打ち払う為に作られた組織が五千年の時を越えて、自らの役目を忘れて尚その任に当たるとは……因果だな』

 

『あの小僧に小門を開かせたのは正解だった。まぁ、最悪西部が沈んだ時点で神器を起動するという選択肢もある。しばらくは様子見でいいだろう』

 

『魔王、か……我々のような存在が王等と言われる日が来ようとは……』

 

『人と魔が交わり、その先へと行く。これもまた会議のお歴々が思ってもいなかった例外。結局、あの男が言っていたように調和こそが鍵となり、新たな時代の扉へ続くのだろう』

 

『今はどうやら外神と共に自ら別れて相打とうとしているようだな……ん? 書架の閲覧が閉じられたか。まったく、少しくらい使わせてもいいだろうに。ケチ臭い』

 

『今は旧教会派だったか? あの連中もあのお方の掌で転がされて大変だな。かかか』

 

『海洋の大門と対になる宙の大門は現在連中の支配下。だが、こちらの神器さえあれば、連中と教会に別れて管理されたどちらも使用可能だ。大局的に見れば、地の利も、時の利も、こちらにある』

 

『我らに無いのは人の利だ』

 

『手駒を補充しようにも酷界ではもう我々の配下も残っていないようだ。さて、どうしたものか』

 

『ん? ほうほう。今、書架の端を齧っていたが、西部のあの国には逸れ者がいるようだな』

 

『逸れ者?』

 

『ああ、どの国にもどの個体の下にも付かない。あの小僧と同じような連中だ。どうやらあの馬鹿娘の配下が門欲しさに攻めてくるな。数はそれ程でも無いが、このままでは全滅……いや、どちらも滅ぶ、か……ふむ』

 

『どうする? 西部の門の性質は少し厄介だ。外神や灰火の皇女が邪魔をするとしても、大勢は覆らんだろう。だが、会議のお歴々に渡すのも面白くない』

 

『継承者もあちらにいる。まぁ、介入するなら一方的な戦いになるだろうが、あの馬鹿娘が送ってくるのは中隊規模の戦力か……くくく、此処は一計を案じよう』

 

『かかか、悪い笑みだ』

 

『ああ、国を滅ぼす笑みだ』

 

『人聞き。いや、魔族聞きの悪い事を言うな……さて、号令を掛けようか。この地で安穏と過ごすのも悪くないが、何分身体が鈍って仕方ない』

 

『ふ、その身体も無いがな』

 

『おい。お前達、主の下へ向かうぞ』

 

 四つの水晶玉が微妙に邪悪な気配を漂わせて、カードを消して上昇すると。

 

 屋敷中で自堕落に寝転んだりして暇を持て余していた黒猫。

 

 いや、黒猫に偽装された究極の被捕食侵蝕生物。

 

 “黒の逆者”と呼ばれし、魔族達からすら忌避された彼らがダミ声を響かせながら正面玄関前に集まってくる。

 

「ご主人様の部下の人。何ですか~?」

 

「ご主人様のとこに行くの?」

 

「は?! ご主人様に危機が!!?」

 

「え、ご主人様死んじゃったの?!」

 

「そ、そんな、新しいご主人様見つけたばっかりだってのに!!?」

 

「でも、ご主人様不吉だし!!」

 

「ああ!! ご主人様は基本的に自堕落で怠惰で頼りないのに力だけは持ってるダメ猫だからな!!」

 

「全く持ってその通り」

 

「く、ダメなご主人様カワイソス(´・ω・)」

 

 ざわつき始める黒猫達の頭の悪さにげんなりした様子となりながらも、子供を引率する教師のように四つの水晶玉が地表に集めた猫を統制し、その直下に転移方陣を描き出し始める。

 

『これより、お前達の主人の下へ遠征に向かう』

 

『敵は中隊規模。貴様等の侵蝕能力があれば、四日も掛からん』

 

『くくく、仲間を増やす機会だぞ? さっさと喰われに行け!!』

 

『かかか、増えたらお前達の主人が大喜びだ』

 

 水晶玉達に唆され。

 

 ざわついた黒猫達がヒソヒソ話し始める。

 

「増える!? やったね!! ご主人様」

 

「ご、ご主人様の為に誠心誠意食べられに参ります。かしこ」

 

「女の子に食べられたいです♪」

 

「お、男の子にも食べられたいわよ♪」

 

「え? 何言ってるの? 時代はマッチョよ!! マッチョ!!」

 

「誰か美人魔族に僕を食べさせてくらはい」

 

「おおお、みwなwぎwってwきwたw」

 

「二枚目!! 二枚目!!」

 

「此処はキリッとしたケモ美人で」

 

「巨人に食われると戦力アップ!!」

 

「不細工なのは皆殺しでいい? 皆殺しでいいの?」

 

「ご飯にされる方も色々と大変だと言う事を切に主張したい」

 

「ルルル~~ゴハンはオカズじゃないよ~~ゴハンダヨ~~」

 

 とりあえずガヤガヤしていた黒猫達が満場一致で戦争(あそび)に行く事を了解し、ウキウキ気分で大きく鬨(よろこび)の声を上げた。

 

 そうして、一瞬にしてクラウゼン公爵家を占拠していた黒猫達と水晶玉が消え。

 

 それをずっと見ていた研究棟の住人達はポツリと呟いた。

 

―――ピクニックにでも行ったのかな?

 

 彼らの目にはカードに興じていた水晶玉が黒猫を集めて何やら話していた後、何処かに転移した。

 

 というくらいの事しか分からなかったのである。

 

 誰もが西部に向かう中。

 

 事態の中心にいる少女達の前を歩く少年は自分の頭に乗っている黒猫に涎を垂らされながら。

 

「とりあえず、降りてくれない?」

 

 そう言って。

 

 まったく完全に聞く耳持たないと拒否され。

 

「マゥヲゥヲ~~~♪」

 

 ご機嫌に頭を寝台代わりとされた。

 

「はぁ……」

 

 酷界からの魔力で変質した食虫植物っぽい花が巨大な牙と触手を伴って全方位から迫るものの。

 

 少年は意に介さず。

 

 頭上の黒猫を出来るだけ落とさないよう留意しながら、戦闘を開始する。

 

 頭皮の心配はまず間違いなく少年にとってその時、最大の懸案事項に違いなかった。

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