※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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次回、第三章百節!! 長い!! 長過ぎるよ!! という方もいるかと思いますが、この秋編が終了した時点からエロ回、日常回を挟んでようやく第三章最終局面冬編が始まります。此処まで見てくれている方に感謝を。では、次回。


第三章九十九節

第三章九十九節「武芸術部校外活動Ⅷ」

 

―――事態発生より14時間32分、首都ハガス絶対防衛線本陣。

 

 その第一報が入った時点で首都全域に緊急避難勧告が出され、複数のルートから周辺の国境域。

 

 税関を抱える城砦や街に分散して民間人が送り出された事は……真にアルヴァス上層部、元老院の上部組織が自分達の罪を自覚し、その上で念入りに仕事と危機管理を行なっていた証左だった。

 

【崩燼機関(ソルヴァス・エンジン)】による利益と繁栄。

 

 それと引き換えに魔族からの侵攻に怯えていた。

 

 要はそういう事である。

 

 今までは変な病の噂や行方不明事件が多発する。

 

 いきなり首都が緑炎に呑まれ化物が襲ってくる。

 

 知らぬ間に影となって侵蝕されてしまう。

 

 等々の通常では考慮されないような事態の為に殆ど機能しなかったマニュアルはその日初めて健全に機能したのである。

 

 今まではそれ以前の話であって、そんな力量差や前提すら無かった。

 

 今回は実にシンプルな事態。

 

 敵軍が攻めて来た。

 

 このたった一行で事足りる。

 

 元老院上層部の僅かな安堵はそういうものの上に成り立っていた。

 

 無論、その顔が勝てる見込みも存在しない戦である、と知って歪むまで然したる時間も掛からなかった。

 

 相手は何一つ隠さず。

 

 首都北部の森林地帯に本陣を張った。

 

 雲霞の如く無限に沸き出し、空を覆う翼持つ魔族達。

 

 地表に下り、樹木を薙ぎ倒し、戦列を“陣中央に向けて”組み続ける巨魔(タイタニアス)の群れ。

 

―――確認した敵本陣総数凡そ400万尚も増加中。

 

 この通信によって彼らは絶望的な戦力差を知ったのだ。

 

 その第一報が確認されてからの八時間弱は只管に軍と官憲の展開。

 

 都市民達の避難が優先された。

 

 彼ら元老院上層部が自分達の大まかな仕事を終えて召集され、事態を精確に把握したのは八時間前。

 

 軍の観測小隊が持ち帰った敵本陣が動かない理由。

 

 否、動けない理由を映像で示されての事だった。

 

 派手に飽和魔力の爆発が乱舞する敵陣のど真ん中。

 

 極めて鮮明に捕らえられた敵と“その敵”の映像。

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図な戦闘の様子。

 

 跡形も無く吹き飛んだ森林地帯の一角が巨大な山岳。

 

 いや、山岳にすら思える大きさの“敵兵らしき物体”によって数区画が占拠されているだけでも彼らの気は遠くなったと言うのに、それ以上の事態がその上空では展開されていた。

 

―――陣中心部に巨大な魔力反応多数。

 

―――遠距離望遠光学観測による視認の結果……敵本陣中央にて“霧”の発生と戦闘を確認。

 

―――現在、陣前方が瓦解しており、内部から霧に侵蝕された|屍蝋の仮面(ザヴォイド)の軍勢が溢れ出す可能性大。

 

 馬鹿馬鹿しい程にアルヴァス亜人国はその状況において蚊帳の外だった。

 

 敵陣が未だ本格的な侵攻を開始していない理由は皮肉にも祖国を襲う霧の化物達のおかげであり、同時にその化物達が優勢になれば魔族の肉体を持つ強大な敵が押し寄せてくる。

 

 逆に魔族達が化物達を駆逐すれば、そのまま侵攻が開始される。

 

 その天秤は既に崩れており、今にも化物達が陣を中央から食い破って首都方面に向かって雪崩込むか否か。

 

 其処に一辺たりとも亜人の力が関われないともなれば、誰もが無力感に苛まれるのも当然の事だろう。

 

 首都ハガスから6km地点に置かれたアルヴァスの本陣に3万、左右に1万5千を置く逆V字型。

 

 鶴翼陣を敷き。

 

 最近ようやく配備され始めた【崩燼武装】による遠距離砲撃部隊が後方に数千控えていたが、だから何だと事態を知れば、多くの者は考えるはずだ。

 

 魔族か化物か。

 

 どちらにしても強敵。

 

 それが自分達の軽く百倍以上の戦力で攻めて来るのだ。

 

 これならば、国土を一時的に放棄して相手が潰し合うのを待った方が得策かもしれないなんて意見が出るのも最もな話だ。

 

 戦力比だけならば、埋めようもある。

 

 しかし、国民の安全を担保するならば、現実的に元老院上層部がその首都防衛線に投入出来る戦力は十万を超えない。

 

 国土中から転移で掻き集めてきたのが兵器ばかりで兵士が数万しか投入されていないのは国土中の官憲と兵士が戦闘待機で国民の避難に当っているからだ。

 

 そればかりではない。

 

 首都が落ちた場合の選択肢の一つ。

 

 他国への退避。

 

 実質的には『お前の国をある程度守ってやるから国境域の国土を一部貸せ』という周辺諸国への脅しの為でもある。

 

 最新鋭の兵器は首都に集めるものの。

 

 強力な【崩燼武装】を持った軍団を民の為に残しておく。

 

 これは周辺国にとっては悪夢だろう。

 

 自分達より優れた武装を持つ精強な師団が無数押し寄せてくるとなれば、アルヴァスの要請を安易に無視出来るようなものではない。

 

 そもそも現在のアルヴァス正規軍は150万人程いるが、そのどれもが武装と錬度の質において周辺諸国全てを上回る。

 

 人的資源だけで言えば、周辺国は全軍でその数倍はいるだろうが、それだけで勝てるはずもない。

 

 たった五年。

 

 されど五年。

 

 その五年で築き上げられた力の精粋は正しく人間達が治める国々にとって最悪の脅迫なのだ。。

 

 諸外国が予想するシナリオはこうである。

 

 アルヴァス首都落城。

 

 魔族の侵略によって国土が蹂躙され、避難民が国境から周辺国に拡散。

 

 しかし、これを統制しようとしたものの。

 

 アルヴァスの避難民は武装した兵士達に守れられており、臨時元老院議会が避難民への補給と一時的な国境周辺領土の租借を要求。

 

 これを拒否すれば、ただちに武装した完全武装で無傷の師団が多数攻め寄せてくる。

 

 これで魔族が追撃を掛けてくれば、言うまでも無く周辺国の現状はアルヴァスの仲間入りとなる。

 

 国が無くなるかどうかの瀬戸際の演出としては在り得る話だ。

 

 間違いなくあの男ならそうすると周辺国は外交上でも辣腕を振るう赤鬼宗家の当主を理解していた。

 

 そも五年以上前はアルヴァスを恫喝、侵略して分割しようという立場であったのだ。

 

 彼らにしても、自分達が正論を語れるような聖人君子ではないと知っている。

 

 いきなり侵略してきた野蛮な亜人共を打倒する、なんて大義名分を持ち出しても、自国民すら白々しいと思うに違いない。

 

 これでは士気も上がろうはずがない。

 

 結局は今まで自分達がしてきた事を強大になった敵国にやり返されているだけなのだから。

 

 実際、分散してすらアルヴァスの軍団は周辺国には太刀打ち出来る戦力が無い化物。

 

 これをどうにかしようというのは明日にでも全国民を徴兵して肉壁とせよ、なんて命令を出してすら不可能。

 

 それが分かっている故にアルヴァスの異常を感知した諸国の対応は迅速だった。

 

 とにかく元老院への接触と情報をくれ。

 

 という催促が数分ごとに多くの亜人貴族達に魔術の通信で掛かって来ていた。

 

「全軍に映像を回せ。砲兵大隊は敵陣中央の瓦解に合せて一斉射。その後、ゆっくりと後退しながら敵の数を減らし続けるように。歩兵師団にも敵への攻撃は反撃に留め、無理な攻勢や突撃で部隊数を磨り減らすような行為はくれぐれも慎むよう再度通達しろ」

 

 自分に掛かってくる通信を無視した実質的な国の指導者。

 

 異相突破艦隊の整備に毎日追われていたドゥーズ・スィール・フォイルはもう何ら魔族の大軍勢の襲撃程度では動揺しなくなっていた己の危機への慣れを誡めつつ。

 

 国境に集めた国民の避難計画を片手間に行ないながら、そろそろ魔族本陣より溢れ出しそうになっている屍蝋の軍勢を斥候から送られてくる映像で確認して。

 

 長い長い溜息を噛み殺しながら本陣の野戦司令部で通信先の師団長達に命令を下していた。

 

「我が国の歴史以来、敵が此処まで侵入してきた事は無かったが……我らも覚悟を決める時か」

 

 簡易の大円卓の周囲。

 

 元老院上層部の者達の中からポツリと呟きが漏れる。

 

「ゼオ家には?」

 

「ああ、もう退路の確保に動いて貰っている。もしもの時の殿は心配せずともいい。“彼ら”を引き連れて今頃は都市部全域に展開しているだろう」

 

「……後ろから撃たれないだけマシと考えるべきか。それとも直接の指揮が出来ればと悔やむべきか」

 

「契約は守られる。それ以上を望むべきではないし、それ以下の仕事をさせる気も無い。これは彼らにしても同じだろう。我々は我々の仕事をするだけだ。いや、仕事ではないか……これはもはや生存競争なのだから」

 

「然り」

 

 夜も深まってきた頃合。

 

 周辺国も既に国境に部隊を集め始めているとの報告が司令部には入ってきている。

 

 七教会からの連絡や緊急会談要請は引っ切り無し。

 

 ついでに善意満載の敵対組織は周辺国への部隊展開も済んでいるらしく。

 

 もしもの時は国民の安全をお任せ下さいなんて話までされる始末。

 

 反七教会派の中核国になりつつあるアルヴァスにとっては四面楚歌もいいところだったが、ドゥーズは形式的な謝意を表明するに留めて、未だ何ら諸外国に対してアプローチを行なっていない。

 

 本来なら諸国にいる部下達を使って根回しするべき状況だが、その根回しは彼らがもしも祖国を守り切れた場合の未来を束縛するかもしれない。

 

 となれば、慎重にもなる。

 

 彼らはこの半年以上の日々の中。

 

 いつ亡国となってもおかしくなかった。

 

 それを乗り越えてきたのは軍でも警察でもない“特殊な一般人”の力があってこそだったが、運はかなり味方に付けている。

 

 この難局も何とか乗り切れるはずだ。

 

 いや、乗り切る為に自らの手札の全てを全力で使えるはずだ。

 

 と、ドゥーズはまた頼る事になるだろう少年の顔を思い浮かべながら、いつ火蓋が切られてもおかしくない戦場の空気に高ぶる血を感じていた。

 

「我らがこの五年で培ってきた全てが今試される……勝負の時だ」

 

「出来るなら、こんな日が来なければと思って来たのに……いざとなれば、腹も決まる。亜人の血のこういうところは野蛮と謗るべきか。生存に貪欲だと賞するべきか。実に迷うな」

 

「だが、この高ぶりを嫌いになれないのもまた亜人の本性だと認めるべきでは?」

 

「まるで明日流派を習い始める幼子のような心地とは……これでは人を愚かを学ばざる等と言えないか」

 

 ドゥーズを筆頭に次々交わされていく言葉が彼と彼ら元老院上層部が行なってきた事の全てだろう。

 

 亜人は争いに高ぶる。

 

 忌避感は薄い。

 

 平和の中にあっても、それは血に刻まれた本能だ。

 

 だからこそ、この数ヶ月で起った様々な事件の後も民間では政策で吸収出来る程度の影響しか出ていない。

 

 敵と争い。

 

 それに勝つ。

 

 不気味な事象も大きな事件もそれが倒すべき“敵”ならば、亜人達に沸き起こるのはまず不安よりも反骨心。

 

 多くを乗り越えようという、自らの不安や現状を覆していこうという、克己心なのである。

 

「我らは敵を得た。たぶん、興国の日よりも尚高き壁。怖ろしき敵だろう。しかし、我ら亜人貴族が心血を注ぎ育んだ国家が、軍が、民が、そう簡単に負けてたまるか。そう今ならば言える……我らはただ今までしてきた事を信じて己に出来る事をするだけだ」

 

 ドゥーズの声に誰もが頷きを返す。

 

 ディミトリア崩壊という事件を契機に対魔族戦闘を想定した訓練や兵装の見直しが行なわれ数年。

 

 首都防衛の六万人は如何なる魔族相手にも戦う為の訓練を終了し、必要な武装を全て装備した虎の子だ。

 

 アルヴァス亜人国最精鋭にして最高の武装を持つ彼らは正に国家の映し鏡。

 

 五年前に確認された魔族達の侵攻に対してすら、予想が正しければ、キルレシオで約1:89の比で敵を撃滅する最後の希望である。

 

「ドゥーズ様」

 

 元老院上層部の誰もが覚悟を決めた顔で互いに頷き合った時。

 

 赤鬼が一人司令部内に入ってくると当主の耳に何事かを呟く。

 

「そうか……博士が……では、可能な限り時間を稼ぐとだけ伝えろ」

 

「分かりました」

 

 すぐにカーキ色の野戦服姿の赤鬼がその場を後にして走り出していく。

 

「エス・トリア博士の方から何か?」

 

 巨大な円卓を囲んでいる者の中からすぐに察した声が上がる。

 

「今現在、建造中の異相突破艦。その主砲と副砲群を自走式の野戦砲に改良したとの事です。ただ最終調整が間に合っておらず。出撃までまだしばしの猶予が欲しいと」

 

『………』

 

 期待出来るのかどうか。

 

 円卓を囲む者達にもまるで見当が付かなかった。

 

 敵は未だ屍蝋の化物と戦い続けながらもその数を増やしているのだ。

 

 山脈の如き巨体の内側から吐き出され続けている戦力には底が見えない。

 

 此処で戦力に艦砲が幾つか加わったからと言って何処まで抵抗出来るものか。

 

 屍蝋の化物相手では役にすら立たないかもしれない。

 

 実際のところは試してみなければ、誰にも何とも言えるものではなかった。

 

 しかし。

 

「祈りましょう」

 

「ええ、それがいい。軍の指揮と統制以外に我らがもう出来る事はそれだけだ」

 

 だが、それでも、彼らはドゥーズが言ったように信じるしかない。

 

 何が間違っていようともはや時は戻らず。

 

 今に続く全てを肯定せずして、国家と民を守れはしない。

 

 自分達を妄信しろという話ではない。

 

 自分達がやってきた事に責任を取り、結果を出し、正確に見つめろという事だ。

 

 それが彼らにとっては“後は信じるしかない”という事なのである。

 

 人事を尽して天命を待つ。

 

 その一切慢心無き心境で彼らが円卓の中央。

 

 虚空に浮かぶリアルタイムの映像に見入る。

 

「動き出した。戦端を切るのは……化物の方か」

 

 声の通り。

 

 分厚い数百万の壁を乗り越えて溢れ出したのは屍蝋の仮面を被った巨大な鳥類の群れ。

 

 その翼は苛烈にして鮮烈な紅。

 

 一筋の毛も満遍なく血で染まった元々は漆黒だったのだろう身体は半ば、なます切りにされていた。

 

 嘴の先。

 

 浮かぶ仮面の名は曰く。

 

【航大夫(アルバトロス)】

 

「初撃で流れを掴む。攻撃を開始しろ!!」

 

 此処からならば届く。

 

 そう確信する砲兵大隊数千の砲手達が自らの命を掛ける相棒。

 

 身体より尚太い14mの砲塔の下。

 

 巨大な車輪と中央の黒き正方形が産み出す莫大な物理量。

 

 電荷、熱量、粒子、波、その全てを高速で飛来する化物の群れに向けて撃ち放つ準備へと入る。

 

 彼らが持つのは白銀の鍵のような【崩燼武装】。

 

 それが遥かに巨大な火砲の中枢部分のジャックに突き刺さり、大きく捻られた。

 

 本陣からも見える程の莫大な昇華光。

 

 蒸気と共に吹き上がる【源理粒子】の輝きが夜空を真下から照らし出し。

 

 砲塔に幾筋も幾何学模様が走った瞬間。

 

『全軍遮光!!』

 

 眩い世界を染め上げる太陽の如き本流が数千本他国からすら分かる程の光量で夜空を凪いだ。

 

 あまりの眩さに魔族達の陣から無数の脱落者達が墜落していく。

 

 それが契機となったか。

 

 陣の前面を覆うように溢れ出した化物達が輝きに染まり尽くした夜空の中を焼かれ落ちながら本陣へと向かって特攻を掛けてくる。

 

 その数は明らかに砲撃の本数よりも多い。

 

 凡そ12万匹。

 

 莫大なエネルギーを受け止める前衛が焼き尽くされ、その背後、更に背後、その更に後ろ、二十列以上の損害を出しながら、それでもその突撃は止まる事が無かった。

 

 さすがの崩燼武装も十五秒の照射が終った時点で打ち止め。

 

 次撃までの45秒のクールダウンに入った。

 

 焼き尽くされた戦列を突き崩し、焼かれた灰に塗れながら夜を劈く鳴き声が響く。

 

 だが、その敵を前にして一歩も、本当にたった一歩すら、亜人達の本陣は誰一人として下がらなかった。

 

『抜剣!! 浮遊開始!! 高速展開!! 八局大球の陣!!』

 

 凡そ3600人が一単位となった戦闘陣形が虚空で展開されていく。

 

 その形は八つの球体とも見える。

 

 全ての人員が魔術の慣性制御によって一繋がりの“球体の面”として機能する居様な光景。

 

 それが大陸においては車掛りの陣と呼ばれる列循環による戦陣の新たな形だった。

 

 八つの亜人達の塊が虚空で高速で変幻自在に回り始める。

 

 無論、それは亜人達事態が高速で回るボールの表面にいるような状態。

 

 しかし、その馬鹿馬鹿しいとも思える陣に最初の敵一列が接触した瞬間。

 

 大きく本陣の最奥の幕屋。

 

 円卓の上ではどよめきが起った。

 

『削っている……あの化物の群れを削れているぞ!!』

 

『我らが陸軍の戦術家達が出した接触を最小にして最大効率で敵を駆逐する三次元戦闘のプロトコルだ!! そう簡単に破れてなるものかよ!!』

 

 紅の敵戦列がまるで食い散らかされた小麦菓子のようにボロボロに崩れて落下していく。

 

 ズタボロの化物達を地表で待ち受けるのは中距離用攻撃魔術を持つ兵達だ。

 

 雷撃が、火球が、石礫が、氷塊が、敵を打ち抜き、霧に還していく。

 

 その陣と敵千列の接触面で起っている事は複雑そうに見えて、実際には超高速の戦列の入れ替え。

 

 つまりは車掛りの陣と同様の出来事だった。

 

 球形に配置された人体が虚空で敵戦列に接触する時の負荷を極力減らし、攻撃後の隙を直接の移動によって入れ替え、防御は回りの者が行い、傷付けば回転する事で接触面の背後で安全に回復する。

 

 そのような攻撃、防御、回復の全てを高速で入れ替えながら行なう為の形。

 

 それが虚空に球形で浮かぶという陣の本質だった。

 

 攻撃する者は全力で攻撃し、防御する者は全力で防御し、回復する者は全力で回復する。

 

 全ての行動を統括する陣中央の人員がまるでパズルのように変動する隊員達の状態と位置を精確に把握しながら攻撃手段の組み直し、役割の変更を行なっていく。

 

 敵は一撃毎に疲弊する戦列を入れ替えられないが、自軍は全ての隊員が全力を出した後も休息が可能で敵からの圧迫の時間も少ない為、被害は最小限。

 

 これが機能しなくなるのは陣を構成する隊員の殆どが疲労し、完全な役目を果たせなくなるか。

 

 相手の攻撃が強力過ぎて、陣を組む隊員が減少し、最小限度の機能性を保てなくなるか。

 

 この2つの状況以外に在り得ない。

 

 十秒、十五秒、二十秒、三十秒、四十五秒。

 

 その長い長い一分が終った時。

 

 紅の鳥類の群れは八つの球体によって削り尽くされ、化物達の攻勢が途切れた。

 

『火砲のチャージ終了しました!! 次撃は先程の1.5倍の出力が可能です!!』

 

 兵達が最初の突撃を受け切った事に安堵した瞬間だった。

 

 猛烈な勢いで魔族達の陣から無数の光弾が弧を描いて落ちてくる。

 

『全陣降下ぁあああああああああああ!!!! 砲兵大隊!! 相殺開始ぃいいいいいいいいいいい!!!!』

 

 号令と共に未だ激戦を繰り広げている魔族達の陣から落ちてくる飽和魔力爆撃を相殺するべく。

 

 巨大な鳴動が大地を揺らし、閃光が上空に吹き伸びた。

 

 それは正しく敵の一撃を遮るよう企図された一斉射。

 

 射角を低く設定された砲撃は魔族達の敵陣前列へ突き刺さり、同時に上空から爆撃を遮断、受け止めた。

 

 しかし、その巨大過ぎる爆発の余波までは消せなかったか。

 

 地表を風速120m近い暴風が吹き抜けていく。

 

 あらゆる樹木を草木を吹き飛ばす猛烈な熱波。

 

 だが、其々の得物を大地の奥深くまで突き刺して耐えた八つの陣と本隊は健在。

 

 更に砲兵大隊もまた魔術方陣の形成によって数十mの轍を残して後退するに留まった。

 

 その風の中でも狂い無く敵陣を打ち抜き続けた砲手を褒めるべきか。

 

 それともあらゆる極限環境下でも動作し、故障しない耐久性と精密性を火砲に持たせた【崩燼武装】の開発者達を褒めるべきか。

 

 どちらにしても敵との緒戦に耐え切った。

 

 三つ巴の戦いに息切れを起こす輩はまだ出ていない。

 

 源理粒子の貯蔵は全軍が首都で十分に行なってきたので余裕がある。

 

 一週間の全力戦闘にすら耐え切る兵器を与えられ、それに応えられる亜人兵士がその場にいる。

 

 アルヴァスの命運は未だ彼らによって途切れてはいない。

 

―――全部隊に告げる……我らの目的は敵の殲滅に非ず。

 

―――如何なる状況下でも首都を、この国を防衛する事にある!!

 

―――敵攻勢に対する防御と消耗を誘って膠着へと持っていく事が第一であり、敵主力同士の損耗を均等にし、出来る限り食い合わせるのだ!!

 

 兵達が僅かな勝利に浮かれて統率を離れぬよう師団長達からの激が飛ぶ。

 

 その合間にも一度は中央から食い破られた魔族達の戦列が元に戻っていた。

 

 それと同時に彼ら首都防衛隊の隊員達にも敵陣中央下に溜まっていく屍の山が見え始める。

 

 それは先程の砲兵大隊の二度に渡る攻撃で直接、間接的に落とされ、化物の餌食となった魔族達のものに違いなかった。

 

 兵器の威力。

 

 戦術の高度さ。

 

 兵隊の質。

 

 どれもこれもバラバラでありながら、三竦みのような状態で戦場には早くも小休止が訪れている。

 

 それが例え一時の仮初めのものであるとしても、アルヴァス側にとってはありがたい時間には違いない。

 

 兵達の多くが緊張感を保ちながらも失われた体力の回復と温存に切り替えていく。

 

「まずは一段落か……」

 

 ドゥーズが先程の暴風で引っくり返った円卓に腰を下して自らの眼前に複数の観測班からの映像を小窓を使って開いていた。

 

 固唾を飲んで見守る元老院上層部の誰もがこれは長丁場になると確信する。

 

「さぁ、ここからだ」

 

 アルヴァスが試される最前線でドゥーズは静かに娘の事を思い出した。

 

 魔族達の侵攻の最初期。

 

 その只中に置かれて、それでも数多くの情報を伝え、突如として通信が切れた。

 

 今どうしているのか、分からずとも……生きていると、その傍らにいた大勢の仲間達がいる限り、きっと帰ってくると信じて。

 

 その帰るべき場所を守る為、彼は脳裏の通信速度を上げ、官吏達への複雑な命令を次々に行なっていく。

 

「………」

 

 そんな自分の手足達の様子を遥か上空から覗き見て。

 

 赤い猫耳の青年。

 

 現国王アルデルト・エスラ・ウィム・アルヴァスはイソイソと対外交渉の為に南部の国境付近へと向かっていく。

 

 前回、素気なく追い返した大陸中央諸国議会全てを掌握した老人。

 

 その耳に取引を持ちかける為に。

 

 約15分後。

 

 黄金の獅子と会談したアルデルトは前回の話し合いの議題に上がっていた問題の解決案を示し。

 

 そうして、七教会ではなく。

 

 大陸中央諸国からの援助を引き出す事に成功する事となる。

 

 取引内容は至ってシンプルだ。

 

―――そう言えば、まだあの聖女候補達の能力が余ってたみたいなので返却ついでにウチの国に加勢していきませんか?

 

 まったく喰えない若者だと。

 

 百戦錬磨の元国王は若き鬼才の交渉術(きょうはく)に肩を竦めた。

 

 人類の未来を切り開く新たなる世代に必要不可欠な力と小さな亜人の国の興亡。

 

 天秤に掛けるまでもなく。

 

 話に乗らなければ、彼の進める計画は潰えるしか無かったのだから。

 

 次世代聖女と目される女学生達が首都の絶対防衛線に現れるのはそれから一時間後。

 

 戦闘はゆっくりと激化していく。

 

 その戦域全てを更地にしながら。

 

 敵も味方も無く。

 

 混沌と沈んでいく状況の中心で【ひひひ】とダークエルフの少女の半顔を覆う黄金の仮面が嗤みに歪んだ。

 

 “遊び”はまだまだ楽しくなるだろうと。

 

 *

 

「マゥヲ~~ゥヲ~~ゥヲ~~」

 

 ピチョンピチョンと水滴に身体を水滴に濡らされながら、黒猫が一匹洞窟の中を歩いていた。

 

 魔族達の侵攻時、少年の頭の上に乗っていたはずの彼女がどうしてそんな場所にいるのか。

 

 視た者がいたとしても、まるで意味が分からないだろう。

 

 しかし、現在テクテク彼女が歩いている岩の通路は実際の通路ではない。

 

 吸っている空気も空気ではない。

 

 見ているものは幻想で、感じているものは全てがそう感じられるだけの贋物だ。

 

 洞窟の先。

 

 開けた場所に出ると其処には大きな壁に囲まれた王城の中庭があった。

 

 その上には黒い太陽が昇っており、明るく周囲を照らし出している。

 

 庭の中央にはテーブルが一つと椅子が二脚。

 

 彼女がその場まで走っていって椅子の上にヒョイと飛び乗り。

 

 前足をテーブルに付けて立ち上がると其処にはいつの間にか小さな人形達が小さな円卓を囲んで何やらペチャクチャお喋りをしていた。

 

 黒猫に気付いた人形達。

 

 とても柄が悪そうな、デフォルメされているのに凶悪そうな面構えのソレらがジロリと彼女を睨む。

 

「マゥヲ~~!!」

 

 態度が悪い!!

 

 と言いたげに彼女の肉球で人形達の一体が押し潰され。

 

 彼らが抗議の声を上げるも、次々に潰し黙らせられた。

 

 静かになった人形達。

 

 その中から一体を口で咥え、彼女が元来た道を戻っていく。

 

 人形は何やら喚いていたが、何回か振り回されてグッタリした後は大人しくなった。

 

 そうして洞窟を逆に向かった先。

 

 パッと彼女の視界が切り替わる。

 

 其処は……アルヴァス・カレッジ旧校舎の裏山。

 

 鳥居のある原っぱだった。

 

 いつも基本的には封鎖されている重要地。

 

 其処には現在少女達が数人、力なく横たわっている。

 

 それを看病しているのは璃紗とエストリアとシルメイアだ。

 

 何が在ったのか。

 

 言うのは容易い。

 

 要は予想外の奇襲を受けて逃げ延びていたのだ。

 

 屍蝋の仮面が魔族達の本陣を強襲した時。

 

 その真下に位置していた彼ら武芸術部一行は魔族側からの攻撃と思われる怖ろしく強い一撃に見舞われた。

 

 攻撃方法は世界を揺るがす程の波動収束による空間崩壊。

 

 咄嗟に少女達を守ろうとした少年はいきなりのアルヴァスが消し飛ぶ状況に遭遇して、全力で相殺しようとした。

 

 しかし、反応した少年に対して見えない何か。

 

 屍蝋の仮面を産み出す霧を伴って落下してきたソレが攻撃を開始し―――相殺した刹那に撃墜。

 

 左足と右腕を根元から切断。

 

 相殺の余波をモロに食らった三人以外の少女達は全員が意識を失った。

 

 三人と一匹が無事だったのは彼女達が極めて強い力を持っていたからだ。

 

 エストリアは【OEDS(エデス)】の自動防衛機能による防御が働き。

 

 璃紗とシルメイアは魔眼が本能的な防衛反応を引起して余波を全て弾き返した。

 

 クヲンはそもそもが全身これ全て化身(アバター)の為、余波を食らってもせいぜいがクラウゼン公爵家の地下にある本体の毛がチリチリする程度。

 

 こうして意識を失わずに済んだ三人と一匹は傷付いた少年とグッタリした武芸術部をとにかくこの場から退避させなければと全力でその場から離脱した。

 

 本来ならば、そのままアルヴァスのアーギストやエンシェンの父親に助けを求めるはずだったのだが、魔族達が溢れ出した山脈の如き敵個体の中から排出されたのは何も本陣を形成する兵隊ばかりではない。

 

 光学的に視認不能の敵や小さな蟲や小動物にも近い魔族側の戦力が現在アルヴァス中に拡散しつつある。

 

 そういった見えない戦力からの追撃が何故か彼女達に集中しており、通信妨害まで強化される始末では満足に助けも求められなかったのだ。

 

 一応、璃紗とシルメイアの魔眼の監視によって敵から安全に遠ざかる事は出来たが、それでも一定距離は常に詰められており、特定の助けを求めようとする通信はピンポイントで妨害されている。

 

 敵を排除して合流しようという案もあったが、敵の数が多過ぎて一匹残らず駆逐するというのは無理があった。

 

 彼らをグルリ取り囲むように集まってきている小型の敵はその極めて小さい図体がメリットなのか。

 

 数百億から数千億近い群れでもって都市部に展開している。

 

 人間がその中を歩いていても今日は羽虫が多いとか。

 

 息苦しいとか。

 

 その程度の認識しか得られないだろうが、璃紗やシルメイアは見えてしまっている為、その無限とも思える都市を覆う敵の蠢く様子にゾッとしていた。

 

 エストリアにしても二人の視界を共有して吐き気のあまり気が遠くなった程だ。

 

 駆除するならば、都市全域を巻き込んで瓦礫にするような範囲攻撃くらいしか彼女達には用意が無く。

 

 それでは避難民すら巻き込むと攻め手は封じられていたのである。

 

 結局、逃げ込んだ先はハガスの中でも唯一彼女達が自由に出来る大掛かりな結界の張ってある裏山の原っぱ。

 

 異相に続く門。

 

 鳥居の周辺だったのだ。

 

「イクス……」

 

「パーパ……」

 

「イクスさん……」

 

 少年は現在昏睡中。

 

 拾った手足はくっ付いたものの。

 

 まだ目覚める気配も無い。

 

 他のウルや美紗、ユアル、エンシェンも本来なら目覚めても良さそうな時間が経っていたが、まだ気を失っている。

 

 敵の攻撃が特殊なものだったのか。

 

 あるいは何か彼女達には分からない類の効果が付与されていたのか。

 

 まるで調べても分からなかった三人だが、それを何とかするのが自分の仕事と言わんばかりに黒猫が何やらやり始めたのが数時間前。

 

 ようやく門近くに寝かされていた少年の頭から降りてきた黒猫が看病し続けている三人の前にやってくる。

 

「あ、黒猫さん」

 

「何か分かった?」

 

「どうだったんですか!! イクスさんは大丈夫なんですか!!」

 

 三人の瞳を前にして黒猫がコックリと頷く。

 

 そうしてクルリと振り返ると足音。

 

「イクスさん!! 眼が覚めたんですね!!」

 

 少年が起き上がって自分達の方へやってくるを見て、思わず駆け出そうとしたエストリアを横から璃紗とシルメイアが止めた。

 

「え? 璃紗さん? シルメイアさん?」

 

 どうして留められたのか分からず二人を見やったエストリアが原っぱにある岩の一つに座り込んだ少年を見てようやく理解する。

 

 その瞳が……眼球の全てが黒く黒く染まっていた。

 

 ついでに顔には視た事もない皮肉げな表情が張り付いている。

 

『無理矢理引っ張り出されて不機嫌にならない奴がいたら、教えて欲しいものであるな』

 

 まるで少年とは似ても似付かない声。

 

 その何処か知的でありながらも他者を蔑む声音は明らかに別人のものだった。

 

『我が名は……いや、よそう。死人に名乗られるのも気が滅入るか』

 

「あ、貴方は一体、誰なんですか!?」

 

 思わずエストリアが叫ぶ。

 

『お前の想い人の欠片だ。ついでに言えば、今この状況を打破する為に其処の究極生物に踏み付けられて、振り回されて、咥えられて、不機嫌極まりない協力者だ』

 

「黒猫さん?」

 

「マ、マゥ……ぴゅーぴゅぴゅー」

 

 不機嫌なのが自分のせいだと暴露された黒猫がエストリアの視線にヘタクソな口笛で誤魔化して、そっぽを向いた。

 

『まったく。他人の契約を勝手に破る。勝手に結ぶ。ついでに名前を分け与えたわけでもないのに呼び出す。これはアレであるな。今風に言うと人権侵害。否、魔権侵害と言うべきか』

 

「あ、あの不機嫌なのは分かりましたけど、イクスさんは大丈夫なんですか!!」

 

『……大丈夫、とは言えないか。久方振りにあの男の攻撃を視たが、あちらが離れていたのが幸いだった。通常なら死ぬまで昏睡状態だが、せいぜいが三百年程度だろう』

 

「さ、三百年?!」

 

 思わずエストリアの血の気が引いた。

 

『我々の時間感覚では短いが、こちらの世界ではそう悠長な事も言っていられないであろうから、今からこの昏睡を説く方法をご教授しよう。マドモアゼル』

 

「な、何だか、物凄く胡散臭い気が……」

 

 エスとリアの言葉に同感な横の二人が彼女達だけに見える姿。

 

 少年にダブって見える外套姿を着込んだ黒い靄の塊に微妙な表情をする。

 

 嘗ての魔王達の一人、なのだろうが、そういうのに詳しいわけでもない二人にはそれがどんな相手なのかもまるで分からなかった。

 

『まぁ、単純に言えば、そこの彼女達も我らが末も同じ症状だ。この状態になった理由は酷界においても会議のお歴々に名を連ねるに値するだろう男の攻撃。確か今から四十万年程前に生み出され―――』

 

「その!! ご託はいいので?! 助ける方法だけ教えて下さい!!」

 

 サクッと導入をお断りされた少年にダブる外套姿の靄が溜息を一つ。

 

『……攻撃の原理上、波動によって空間そのものに刻まれた術式方陣は微小過ぎて観測に酷く手間取る。これを直接取り除くには空間毎削るしかないが、物質はその崩壊に耐え切れない。そもそも空間が無い世界で存在を保つような階梯でなければ、受け切る事も出来ない。一番簡単な解除方法は肉体と精神を適応させて、干渉下でも活動出来るようにする事だ』

 

「つ、つまり?」

 

『今から薬を作って流し込めば、すぐに目を覚ます』

 

「お薬が在れば、助かるんですね!!」

 

『ああ、【基幹異種(バルバロス)】の体毛が一匹分もあれば、な』

 

「バル、ええと……何かの生き物の毛が必要なんですか?」

 

『ああ、とても貴重で今は絶滅した種族だ。無論、入手は困難を極めるだろう』

 

「「………」」

 

 ジットリとした半眼で璃紗とシルメイアが黒猫を見つめる。

 

「……………マ、マヲ?」

 

 タラタラと汗を掻いたクヲンの身体が二人の少女にむんずと掴まれた。

 

「璃紗さん? シルメイアさん?」

 

 二人の様子に気付いたエストリアが黒猫を掴んで何をしているのかと首を傾げる。

 

「黒猫さん。手伝って(にっこり)」

 

「手伝う、よね?」

 

「マ、マ、マゥヲ?!」

 

 ちょっと待てと言おうとしたのも虚しく。

 

 二人が原っぱの傍の茂みに黒猫を両側から持って連行していく。

 

 そして、茂みの先から悲鳴のような声やら光やら爆発音やらが轟いて数分後。

 

 グデーッと意識を失った様子の人型。

 

 黒い亜人が全裸ツルツル状態。

 

 産毛一本無い肉体をポイッと原っぱに棄てられた。

 

 その後ろから璃紗とシルメイアが両手で何か包むようにして歩いてくる。

 

「全部、抜いてきたけど、これで足りる?」

 

「全部、抜いてきた、よ?」

 

 エストリアが意識も無くピクピクしている黒猫本体の方を見て、本当に毛という毛を全て抜かれたのだろうと少しだけ不憫に思った。

 

 眉毛に鼻の穴、耳の中、股間、尻の毛までも毟られていそうなツルツル具合である。

 

 だが、絶滅種族だか、究極生物だか知らないが、黒猫が自分の身を犠牲にしても助けてくれた事に彼女は大きく感謝の声を上げる。

 

「黒猫さん!! ありがとうございまいた!!」

 

「……ま、マ、ゥ、ヲ……カフッ?!」

 

 クヲンがどういたしましてとエストリアに呟いたかどうかは定かでは無いが、パタリと力尽きた。

 

「ま、これなら“十人分”は出来るだろう。薬を作ったら、こちらは消える。後は勝手にするといい」

 

 力尽きた黒猫にいい気味だと少年の顔がニヤリとした。

 

 そうして、彼らのピクニックは続く。

 

 ハガス首都防衛戦はようやく次の段階へと移行しようとしていた。

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