※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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戦闘だ。終盤だ。とりあえず、死人はマシマシで。


第三章百一節

第三章百一節「武芸術部校外活動Ⅹ」

 

「本当に君らはよくやってくれている。ぼかぁ幸せ者だよ。世界はこんなにも混沌としているのに晴れやかな気分というのは君らに掛かるところが大きい。だが、然るべき話をすれば、浸っていられるのも終り……そろそろ時間だ。君達には十分な時間を与えた。教育も施した。後は好きにするといい。立派な魔術師という奴は得てして業(エゴ)に染まり切ってしまうものだが、これだけは忘れないで欲しい。探求の面白さを、世界が未知である事の幸福を、解き明かし続けていく我らが万能になってさえ、叶わない事がある慶びを」

 

 男は、魔術師の祖は、ハガス地下大空洞において、そう告げる。

 

 魔術結社の子弟達。

 

 今や彼の下で多くを収めた若者達。

 

 巣立つ雛はもはや荒鷲すらも一蹴する強さを得た。

 

 それはつまり世界最高の術者に師事し、大魔術師の中でも逸材になったという事だ。

 

「では、これより君達の成果を統合した魔術具を製作しよう。何、前々から用意してあったんだ。すぐに済む。我が魔術を君達へ本格的に披露するのは初めてかな。下がっていたまえ。呑み込まれぬようしっかりと己を保つんだ」

 

 今や太古の化石で埋め尽くされた巨大なドーム状の岩肌には魔術方陣が奔っていた。

 

 その中央に位置する祭壇。

 

 数日前から彼等若者達が準備させられた黒き台形の上に魔術師の原型にして始祖

 

 ドクトル・ファウストゥスが昇る。

 

 魔術方陣の色は15色の虹となり、四方から中央の祭壇へと降り注いでいる。

 

 飽和魔力に弾ける燐光は本人のものではなく。

 

 ハガスに存在する地脈から引かれたものを変換して使っているに過ぎない。

 

 しかし、魔力すら従わせたのか。

 

 祭壇に昇り続ける背中から立ち上る地脈の力はたった一人の個人の影響によって変質し、それを擬似的にではあるが、嘗て本人が使っていた魔力にも近しいものとして辺りを満たしていく。

 

『………ッ』

 

 今にも溺れてしまいそうな、酸欠の中で恍惚に陥るような、意識を遠くに連れ去る深遠を覗き込んだような、不可思議な魔力の波に晒されて。

 

 彼等は嘗ての自分達なら呑み込まれて死に至るだろう飽和魔力の内部で僅かに呼吸を果たす。

 

 それは生まれ立ての稚魚がようやく海水の中で鰓呼吸をし始めたような、そんな状況にも似ていた。

 

 魔術師として半神にまで到った極地の先を歩く者。

 

 その最たる生態は近くに存在しているだけで魔術の学問的素養を上げ、魔力の基礎的資質を上げ、何処までも高みへと導いていく事にある。

 

 全盛期には遠く及ばないものの。

 

 それでも今、仮にも僅かな力を取り戻した男が金糸で刺繍が施された宇宙樹(ユグドラシル)の外套をはためかせ、自らの腕に刻まれた銀の意匠の封印を輝かせ、彼等の造った祭壇を登る姿は確かに畏敬を持つに足りた。

 

 カツン。

 

 そう軽く頂点に足が付けられた時。

 

 若者達の間を言い知れぬ波動。

 

 まだ彼等にも分からない何かが通り抜けて行く。

 

「諸君。外神獣(アウタン)の力は今後、七教会に対して大きな意味を持つ事になる。この秘儀を持つ者は一時的とはいえ、七聖女とも数分程度はまともに遣り合えるだけの能力を手にする。無論、君達の相性や聖女達のご機嫌や状況にもよるがね。それでも、主神すら一時的に散逸させられる成果はこの世界においては比類無き槍であり、矛である。君達其々に合った得物は選定済みだ。さぁ、腕を上げろ。意思を示せ。我らは此処に有りと叫ぶなら、我が秘儀と秘奥を授けよう」

 

 ゾブン。

 

 そんな大きな何かが水に押し入るような音と共にファウストゥスの腕が何も無い虚空へと差し入れられた。

 

 子弟達が片腕を突き上げ、己を示すように雄叫びを上げれば、応えるように空間が撓み。

 

 その腕が何処かの空間へと消え失せる。

 

「掴め。引き抜け。其処から先は君達の人生だ」

 

 彼等が何かを掴み。

 

 そして、一気に引き抜く。

 

 そうして魔術師の卵。

 

 否、若き鬼才達は自らの分身にして師からの贈物を得た。

 

 ある者は杖。

 

 ある者は剣。

 

 ある者は槍。

 

 ある者は盾。

 

 ある者は杯。

 

 人が想像してきた器物。

 

 しかし、その質感は明らかに外神獣達が吐き出す虹色の光弾そのものだった。

 

 だが、その虚無に触れていようと、彼等が傷付く事は無い。

 

「立派になったな。では、これでこの卵の学校は終了だ。後は好きにしたまえ。この国を救うも良し。この国を去るも良し。何者も今君達を束縛する事は無い。では、失礼する」

 

 簡潔に別れを告げて。

 

 男が遥か天上にある扉。

 

 異相へと続く門へと向かって虚空を上がっていく。

 

 それに少年が1人付いていったが、それを気にする者は無かった。

 

 誰もがこれで終わってしまったのだと僅かな寂寥に周囲を見渡していたが、すぐ転移によって次々姿が消えていく。

 

 何処に行くのか。

 

 家に戻るのか。

 

 何をするのか。

 

 全ては己次第。

 

 だが、そうだとしても、多くの者達は自らがいて良い場所。

 

 魔術結社の生存を未だ保障する稀有な国の現状を見過ごさなかった。

 

 アルヴァス亜人国。

 

 七教会からの干渉を撥ね退け、彼等魔術結社の子弟達が活動出来る貴重なお国柄はそれが亜人と人間という種に隔てられた世界の中の事だとしても、失うには惜しい貴重なものだったからだ。

 

 彼等の内の十数人程が廃国の危機に瀕する国家の最前線へと転移した時。

 

 其処に広がった後景は壮絶の一言。

 

 首都の北部は既に真下から崩壊し、空には天女のように舞う少女達の姿があり、山岳の如き巨大な灰色の何かが大地を波打たせながら、その砕けた空間の下から半径20kmを超える何処かの部位を迫り出させ、亜人の兵士達は襤褸屑のように成りがらも首都に押し寄せる魔族達の波を受け止め。

 

―――屍蝋の仮面に侵食された者達と炎に包まれた者達が争いながら無限の濁流として沸く魔族達を巻き込んで、盛大に血潮の瀑布を生み出していた。

 

 天は月。

 

 霞は霧。

 

 幻惑する者は無くとも、世は魑魅魍魎が跋扈する地獄。

 

 砕けた屍よりも、動く屍の方が確実に多いだろう戦場は……もはや人外魔境(じんがいまきょう)を飛び越えて、人智埒外(じんちらちがい)と成り果てた。

 

 しかし、だが、彼等もまたその狂気の世を駆ける魔術師の1人だ。

 

 そこへ溶け込むのに躊躇も遠慮もありはしない。

 

 故に彼等は叫んだ。

 

 我ら亜人に与する者なりと。

 

 その参戦に誰もが気付いたのは数秒後。

 

 何一つとして遺さない虹色の大翼が灰色の大地を抉り、何処までも深く潜行していくのを目撃してからの事だった。

 

―――?

 

 大陸よりも尚巨大なソレは異相の内部で自らの鼻先が“消えている”事に気付き。

 

 苦悶の声を上げるより先に数百kmにも及ぶ深い深い針を差し込まれたような激痛に気を狂わせられ。

 

 その図体を大きく暴れさせた。

 

 !!!?!??!?!?!?!!

 

 それは波の如く大陸を満たしてすら余りあるだろう魔族の海を打ち砕き、赤い潮と変えて。

 

 突き出た灰色の大地の周囲から間欠泉のように湧き出させ、巨大な津波を形成、首都を呑み込んで尚遠くにまで溢れ出ていく。

 

 濡れる事もなく虚空にいる若者達はローブ姿のまま。

 

 魔族を打ち砕く為、行動を開始した。

 

 虹色の光弾が彼等の周囲から天空に打上げられ、降り注いだ時。

 

 地表に侵出していた魔族達の尽くが撃ち貫かれ。

 

 そして、屍となった。

 

 それでも何一つ代わらず灰色の、今は紅の山岳から吐き出される魔族達が上空で繰り広げられる屍蝋と炎に包まれた者達の攻撃の余波で灰燼に帰していく。

 

 積み上げられた死にも動じず。

 

 兵も少女も魔族も屍蝋も炎に包まれた兵すらも一緒くたの戦場は続いていく。

 

 国土と民を紅く染めながら。

 

 未だ救世主は現れず。

 

 しかし、確かにそれを信じる者達は戦場に奇蹟を信じた。

 

 終止符はいつか必ず来るのだと。

 

 己の敵を打ち砕きながら………。

 

 *

 

 紅い津波が国土の大半を飲み込み。

 

 咽るような熱い湯気を上げる液体が押し寄せた国境域では国民を守れと各方面の師団が自らを盾として、その圧倒的な濁流を凌いでいた。

 

 魔術方陣を連結した防壁は土砂や樹木等の激突に悲鳴を上げながらも、何とか津波の直撃にも耐え。

 

 後方の民間人を守っている。

 

 が、しかし、その悪夢ような後景をが空すらも赤黒い雲で染める最中。

 

 民間人も兵隊も無く。

 

 気付いてしまった。

 

 そう、流れているのだ。

 

 濁流の最中に生々しい質感を持った一部が。

 

「ひ―――?!」

 

「う、うああああぁあああああああああああああ!?!!?」

 

「見ちゃッッ、見ちゃダメよ?!!」

 

「こ、これは!! これは!?」

 

 咽喉を干上がらせる彼等には魔術方陣の防壁の先の後景が見えている。

 

 まるで水族館で硝子越しに何かを観察するように。

 

 手が、足が、首が、臓物が、この世のものとは思えない魔族達の亡骸が恨めしそうな顔と共に無数、濁流に浮き沈み、ゴンゴンと魔術方陣を叩いては遠方へと流れ去っていく。

 

 恐慌を来たす寸前の民間人達が何とか押し留まっていられたのは兵隊達の張る防壁が未だ保たれているからだ。

 

 それにしても、いつまで持つかは分からない。

 

 泣き出す子供。

 

 震えて蹲る女。

 

 泣き叫びそうな口元を無理矢理に手で押さえる男。

 

 空気は伝播し、誰もが狂気へと呑み込まれていく。

 

 それを示すかのように一部の者達の口元から『ひひひ』と笑い声が漏れ始めていた。

 

 彼等は薄らと自らに忍び寄る何処からか噴出す薄靄。

 

 霧を自分達が狭い場所で大量に汗を掻いているからだと錯覚していたが、それは違う。

 

 地面の下から湧き出ているのだ。

 

 正気を砕く屍蝋の霧は確実に各地の避難民達を飲み込みつつあった。

 

 戦場はもはや国土全域へと拡大している。

 

 それに気付く者は殆ど無く。

 

 連絡しようにも大規模な通信妨害魔術や魔族側からの攻撃で命令系統、指揮系統を寸断され、敵の侵出を首都にまで許していたアルヴァス首都防衛隊の司令部は半壊している超高層建築の最上階から、その祖国最後の日になるかもしれない後景を目に焼き付けていた。

 

 既に元々の陣があった幕屋は灰色の大地。

 

 敵の超弩級生物の地下からの表出で消え失せている。

 

 紅の濁流に飲み込まれた都市はもはや見る影もなく。

 

 北部工業地帯は壊滅。

 

 金融機能は消滅。

 

 瓦解した家々の破片が屍の山と共に何処かへと消え去っていく。

 

『ダメです!! やはり、経路に異常があるらしく!! 魔術経由の通信は不可能!! また、魔族側の大規模通信妨害と合せて国土全域に複数の大結界が張られており、国境域の師団と連絡が付きません。たぶん、信号弾は光を遮断されて届かないものと思われます』

 

 司令部付きの通信担当官の声にドゥーズは唇を噛んだ。

 

 時系列順に起こった事を話せば、単純だ。

 

 まず最初に援軍が来た。

 

 大陸中央諸国連合。

 

 要は七教会じゃないから介入させろと言って来たアルヴィッツの元国王からの申し出だ。

 

 アルヴァスの現国王からの要請だと言われ、それが確認出来てしまえば、受け入れないという選択肢は無い。

 

 続いて、魔族側の大攻勢が掛かった。

 

 諸々の通信手段の途絶。

 

 各国境域と司令部の連絡を遮断されて、ついでのように灰色の大地が更なる露出を開始。

 

 これを留められなかった防衛隊は後退を余儀無くされ、敵陣が拡大。

 

 それに乗じて屍蝋の仮面達の勢力も拡大し、今までは死ぬだけだった魔族達が死んだ後に新たなる屍蝋の仮面として甦った。

 

 その刻まれた緑炎の金文字曰く。

 

【劫死(アウテーノ・モーテム)】

 

 その膨れ上がった圧倒的な主力対主力の激突から溢れた敵の多さは予想を遥かに超え。

 

 本陣を移動させながら迎え撃ったアルヴァス側は火砲を下げながら連射。

 

 後方を守ろうと踏ん張る兵達は陣を組み替えながら何とか4km弱の後退に成功した。

 

 しかし、この時点で合計200万近い敵軍の津波を凌ぎ切った師団は半壊。

 

 死者こそ少なかったが、重軽傷者ばかりで満足に機動出来なくなった。

 

 このままでは死なせるだけだと防衛隊の負傷者を長距離転移で国境域の師団へと向かわせ。

 

 半数となった師団を小休止となった一時の間に首都間際まで編成しながら移動させ、同時に退路確保を要請していたアルヴァス正規軍最後の切札。

 

 五年前のディミトリア廃国騒動の主犯である魔族の襲撃者達。

 

 ゼオストス豊饒国第4師団第十二外籍分隊12000人に速やか徹底の支援を指示した。

 

 ゼオ家を筆頭にした事件後に逃げ延びてきた彼等を匿ったという事実は周辺国からすれば、戦争を仕掛ける理由に足る。

 

 それ故に最後の最後まで温存していたわけだが、これで祖国も見納めかと生き残る道を選択した元老院上層部に対し、彼等分隊は前線での戦闘を申し出た。

 

 いつ裏切られてもおかしくない間柄。

 

 そのはずだった当事者からの話は急なもので、同時に理解し難いものに違いなかった。

 

 だが、ドゥーズの疑問に答えたアルメイア・ゼオストスと分隊長の声は軽く。

 

 これからも住まう祖国を潰しては往く場所が無いとの返答だけが返って。

 

 アルヴァス側の最前列には侵攻側と同じ魔族であるはずの彼等が立つ事となった。

 

 上空から中央諸国連合の戦力が断続的に魔族側の侵攻に魔術による苛烈な打撃を加え続けていたが、それでも間に合わない敵の圧倒的な物量。

 

 それを何とか押し留める戦力があるとアルヴァスは高空を支配し、制空権を取っている少女達に連絡し、此処に三勢力による共闘が成立した。

 

 アルヴァス。

 

 魔族分隊。

 

 中央諸国連合。

 

 これが酷界と屍蝋の化物達から人々を守る盾となったのである。

 

 そうして、最後に参戦する者達の一人がドゥーズの目の前に今いる。

 

「初めまして。ドゥーズ閣下」

 

 埃に塗れ、血飛沫に顔を濡らしていた元老院上層部のお歴々達がまだ自分の3分の1も生きていなさそうな十代の青年。

 

 ローブ姿の魔術師に対して、半ば固まっていた。

 

 先程の一撃において灰色の大地が震え、魔族達の大半が地上戦力を壊滅させられた。

 

 リセットされた戦場は未だ血の大海に沈んでおり、魔族達も出てくる端から満足に動けない内に攻撃を加えられている。

 

 この状況を作り出したのはまだ歳若い結社の徒弟達であるとは俄かに信じられないというのが、元老院上層部の感想に違いなかった。

 

「君は……君達は魔術結社の徒弟か?」

 

「はい。この地に身を寄せた結社の徒弟総計13人。我ら各々の結社が子々孫々においても繁栄する事が出来るだろう地アルヴァスの支援を此処にお約束します」

 

「確かに我々は魔術結社の庇護を進めていたが、それだけで命を掛けるに足るのかね?」

 

「ご冗談を。魔導に追い落とされ、自らの業も全う出来ず。静かに刻の砂に埋れていくだけとなった我ら魔術師が我らのままで続いていける……これは十分な恩でありましょう。此処に居を構えた結社が今更、他の国に言っても、肩身の狭い思いをするだけなのは明白。我らの望みは唯一つ。今後もこの国において魔導師ではなく。魔術師による結社が存続され、国家に重用され続ける事。そう出来るだけの力と技と叡智を我々は習得してきました。この条件が満たされ続ける限り、我らは祖国となりし国の御世に貢献し続ける事でしょう」

 

 ドゥーズの瞳を見返した青年は人間だ。

 

 しかし、そんなのはまったく関係なく。

 

 男は自分の娘のような歳の相手を信頼するに足ると感じた。

 

「分かった。では、我々に協力。いや、我々と共闘して欲しい。今現在の状況を教える」

 

 すぐに吹き曝しの瓦礫の中から机が掘り起こされ、その上に地図が置かれて、ペンで大まかな現状が走り書きされ始める。

 

「我々は今、指揮系統を寸断され、国境域との連絡が取れなくなっている。君達の力は先程の事で分かった。だが、国民を守る為には連絡と指揮の回復が最優先だ。此処に3人程残して、魔族側の張った大結界の破壊と通信の回復。国境域の師団の守りに付いて欲しい」

 

 複数の地域が大きな楕円で囲まれ、その結界の中にいる師団と避難民の位置を示された青年が頷く。

 

「分かりました。指揮統制が回復し、魔族側の勢力を国内から駆逐した後、再びこちらへと戻ってきましょう」

 

「何? 此処で我らが食い止めている以外にも魔族が侵入していると?」

 

「ええ、例えば」

 

 青年の手刀がドゥーズの右目の前に突き出され。

 

 咄嗟に反応した周囲の兵が止めるより先にドゥーズが沈まれと片手で制止した。

 

「このようなモノが今、あらゆる場所に蔓延っています」

 

『?!!?』

 

 彼等の目の前で僅か1cm程の普通の蟲には見えない悍しい相貌(かお)をした二十本足の何かが叫びを上げながらガシャガシャと身体を動かしていた。

 

 ブチュン。

 

 青年がそれを指先で押し潰して、青い炎で燃やし尽す。

 

「今、周囲の蟲を自走式の駆除方陣を大量に投入して駆除していますが、全てを駆除するには数分掛かるでしょう。ですが、このハガスのみならず。国土全域にこれと同じように情報収集と同時に小細工をする為の敵が入り込んでいるものと思われます。今燃やしたのもそうですが、この蟲や同じような種類の敵は半ば異相と通常領域の境界域内部へ潜んでおり、通常戦力では発見も容易ではありません」

 

『まさか、こちらの情報の大半が筒抜けだったか?!』

 

 元老院側から大きな嘆きの声が上がる。

 

「感謝しよう。では、この蟲の駆除を頼む。敵にこちらの動きが伝わらなくなれば、戦況もまた二転三転するだろう。君達の協力に感謝する!!」

 

 ドゥーズが敬礼し、元老院の者達もそれに倣った。

 

 青年が僅かに頭を下げて、早くも復帰した魔術の通信で支持を出す。

 

 周辺の蟲の駆除と敵噴出口のある灰色の大地周辺に其々の得物で光弾を打ち込んでいたローブ姿の仲間達が即座に転移で消えていき。

 

 残りはドゥーズに話を持って言った青年と二人の少女のみが残る。

 

「話は付けた。先程の津波を起こすのは得策じゃない。国内の敵駆除が終るまではこのデカブツの表層だけに攻撃を集中させる。射程を絞って、範囲を拡大。魔族側の通路を押し潰すぞ」

 

「「了解」」

 

 戦場の中心域には未だ上空に陣取る大陸中央諸国連合側からの雷撃や飽和魔力爆撃、光線や熱線、粒子線の類が降り注ぎ、拡散しようとする魔族側を減らし続けている。

 

 その合間を縫うように青年は剣、少女達は槍によって虹色の光弾を無数に分裂させながら撃ち放った。

 

 それは光速や雷撃の速度よりずっと遅いものではあったが、上空からの攻撃を遮断する事なく。

 

 まるで魚が障害物を擦り抜けるように複雑な軌道を描きながら魔族達の噴出する出入り口を直撃した。

 

 派手な爆発は無い。

 

 しかし、直撃した瞬間に光弾が皮膜のように広がって大地と魔族達を消し去りながら奥へ奥へと潜航していく。

 

 そして、フッと消える刹那。

 

 周辺の肉を細切れにするよう引き裂いて膨大な質量が出入り口を詰まらせた。

 

 数秒後。

 

 留められたか確認しようとした青年達が見たのはまず最初に血飛沫。

 

 そして、それを打ち砕くように噴出した灰色の肉とその下から吹き上がる半ば死体と成り果てた魔族の群れ。

 

 人型がまったく居らず。

 

 血の津波の時とは打って変わって獣型や異種のようなもの、スライム状の者や名状し難い肉の塊。

 

 下級の魔族ばかりが屍となりながら行軍を再度始めた。

 

 潰しても潰しても潰しても、それでもまだまだいるぞと。

 

 そう言いたげな純粋物量。

 

 終らないモグラ叩きをさせられているに等しい状況だったが、止めるわけにもいかないと彼等三人は魔族側の戦力をこれ以上地表に上がらせない事を目的に攻撃を続けた。

 

 そんな地表付近での動きを察知しながら、屍蝋の仮面達と対峙するアルメイア・ゼオストスを筆頭にした分隊達は彼女から貰い受けた炎。

 

 全身を鎧う力で身を守りながら、敵戦力を削り押し込みつつあった。

 

 乱れ飛ぶ光弾や雷撃や魔力弾は序の口。

 

 中には広範囲の毒霧やら溶解液の雨を降らせる者達もいる。

 

 襲い来る疲れを知らない死体の兵隊。

 

 【劫死】は特殊能力こそ持っていなかったが、純粋に空が飛べて、魔力弾を撃てる。

 

 それだけの性能で彼等分隊と互角以上の戦いを繰り広げているのは物量のせいだ。

 

 1人が行動不能になれば2人。

 

 2人が行動不能になれば3人。

 

 このように次々襲い掛かってくる敵を前にしてはどんな力量差があっても、消耗せずにはいられなかった。

 

 最大の戦力である分隊長とアルメイアは部下達に無限の消耗戦を任せながら、黄金の仮面を被るダークエルフの少女とそれに付き従う三つの見えざる敵を前にして一歩も引かない戦闘を繰り広げている。

 

 相手の攻撃に対しては未来予知にも等しい予測を前提に回避のみで対応し、相手の隙や存在が確定していると思しき位置には最小限の疲労で敵を切り裂く魔力刃の導線や弾丸状に形成した圧縮空気の砲弾をお見舞いするのだ。

 

 一見して地味な戦い方であったが、消耗戦においては無類のパフォーマンスを発揮する。

 

 魔力で一度形成したものは維持するのは容易。

 

 それが小さいものであれば、尚更だろう。

 

 分隊長の方は自らの周囲に浮かべた5m程の魔力砲身で空気を圧縮、あらゆる方向に向けて打撃力をばら撒いているし、アルメイアは自らの翼に灯る灰色の炎で生み出した糸をばら撒いて、敵を索敵しつつダークエルフの少女を絡め取ろうとしていた。

 

「さすがに外神相手ではッ、攻撃を避けるのもッ、苦労する!!」

 

 分隊長。

 

 ハガスで麺麭屋を営む剃刀のような顎の男はいつも冷静な顔に汗を浮かべながら、見えざる切断攻撃を避けるべく。

 

 常に身体を移動させ、くねらせ、機動しながら愚痴っていた。

 

 部下達ならば、避けられないだろう攻撃を二人のみで受け止めているのだ。

 

 当れば即死であろう事は分かっている。

 

 緊張の糸がギリギリと引き絞られているのも無理無い話だろう。

 

 反撃は返しているが、手応えは無い。

 

 そもそも、超高位の技量がいる魔術などでようやくダメージを与えられるような相手だ。

 

 主神級の存在に太刀打ち出来ない程度の彼では時間を稼ぐ事しか出来ない。

 

 そも、彼にしても五年前の傷が完全に癒えたわけではないのだ。

 

 アルメイアとシルメイア。

 

 召喚された多数の同胞達を救い出す為に王家から遣わされた彼が出会った元凶を生み出した研究者。

 

 その男の放った捨て身の一撃は魔族の中でも貴族階級にある存在を脅かす程のものだった。

 

 たった一回の攻防が廃国域の首都を半ば崩落させる原因。

 

 あの時、立ち上った粒子の怖ろしさは今も肉体に刻まれている。

 

 それを産み出す国を守る為に戦う事になるとは皮肉も良いところだったが、彼は後悔していない。

 

(戦わなければ生き残れない。それはこの地でも同じ。しかし、此処には愚かしさと同時に温かさもあった。あの灼熱の大地で争いに高ぶるものとは違う。そんな温かさが……)

 

 結局、二人の王族を酷界に返す事が出来なかった。

 

 だが、その魔族にしたら僅かな時間滞在したに過ぎない亜人の国には……彼が、彼等が思っていたよりも、沢山の思い出が出来た。

 

 ある者は家族が出来た。

 

 ある者は恋人が出来た。

 

 ある者は生涯を掛けるに値する仕事を見つけた。

 

 今まで争いくらいしか娯楽の無い世界において生きてきた彼等が知ったのは己等の世界の根本的な貧しさとそれを忘れさせるように蔓延る争いが、実は然して当然ではないという事。

 

 平和という意味を初めて知ったのだ。

 

 だから、それを与えてくれた地に僅かな貢献を返そうというのは何ら不思議な事ではなかった。

 

 元々、そういう地に生まれ、そうやって生活し、そうやって生き延び、そうやって歩んできたのだ。

 

 今更、命を争いで落とすのが惜しいと思う輩はいない。

 

 それが惜しくならないというのが、自分達とこの大陸に住まう者達の大きな違いの一つなのだろうと分かってはいても、やはり惜しくは無い。

 

 いや、それどころか。

 

 今は守るべきものがある分。

 

 更に昂揚してすらいるかもしれない。

 

(我らは我らの道を……それでいいのでしょう。イーギルフィスト……我が主よ……)

 

 嘗て、魔王軍として大陸を蹂躙した男達にとって、それは立場の逆転しただけの、酷界ならばよくある争いの一幕に過ぎなかった。

 

 それが今度は魔族の国々ではなく。

 

 人間の国々の為に戦うというだけの事。

 

 裏切りなど日常茶飯事の戦国時代である酷界よりは背中に気を付けなくても良い分だけ、優しいとすら言えるかもしれない。

 

「!?」

 

 一瞬の疲れからか。

 

 判断が僅かに遅れた彼の背中に薄い切り傷が出来る。

 

 見えざる外神。

 

 その力はまるで切断という事象そのものを相手に押し付けるように空間の中、突如として現れる。

 

 それを避け続けるというのは並大抵の事ではない。

 

 自分が落ちれば、アルメイアの負担が倍になる。

 

 ダークエルフの少女と至近距離で剣戟を交えて交差しながら周囲に溢れている屍蝋の化物を駆逐しているのだから、回避で動きを大幅に制限されては如何な上位魔族と言えど、戦いが不利になるのは避けられない。

 

 本来ならば、娘を守る為に戦闘に参加しないという選択肢だってあったのだ。

 

 それなのに律儀に契約を守ってアルヴァスを守っている姿は魔族達にとって清廉潔白を絵に書いたようなものだろう。

 

『もしもの時はあの場所にお連れして逃がせ』

 

 隊の全員に指示を出しながら、彼は炎に包まれた背中の傷が一瞬で癒えるのを感じ、そのアルメイアの能力のありがたさを噛み締めた。

 

【ひひひ♪ 楽しい? 愉しい?】

 

―――?!!?

 

 油断したつもりは毛頭無い。

 

 だが、刹那の判断が終るより先に何の変哲も無さそうな剣が背後からバッサリと彼の左肩から右脇腹までを両断していた。

 

 本来、その程度の傷ならば、魔術と体質によっては即座に治癒するのが貴族階級の魔族だ。

 

 しかし。

 

(傷が再生しない、か……ならば)

 

 魔力で結合を断たれた細胞を擬似的に構築して肉体を穴埋めし、彼がその頭で背後の仮面に頭突きを喰らわせる。

 

【ゴッツンコ? ゴッツンコ♪ いひひひひひ】

 

 距離を取った彼が再びの一撃を食らわせられる前に機動を開始し、自分の元いた場所が見えない何かに切り刻まれて、空気が攪拌されるのを視認する。

 

『まだ、いけるかしら?』

 

「当たり前です」

 

 耳元に聞こえたアルメイアの声に僅か呟いて。

 

 彼はジクジクと痛みで肉体の動きが鈍らせながらも、感覚を研ぎ澄ます事へ専念する。

 

 動きが鈍いなら、後は攻撃を避ける事に注力するしかないと。

 

 部下達にもそろそろ一割近い損耗が出ている。

 

 此処からの戦闘が正念場だと彼が気を引き締めた時だった。

 

 ハガス全域で戦闘を行っていた全てのアルヴァス側の兵に通信が入る。

 

『こちらエス・トリア家。前線で戦う全ての兵達に告げる。ただちにハガス中部へ退避せよ。これより大規模攻勢を開始する。二分後、中部まで戻れていない者が巻き込まれた場合、当方は一切の責任を負わない。繰り返す―――』

 

 戦場の流れが一気に変わった。

 

 何かが来る。

 

 そう感じ、振り向ける余裕があった者達はハガスの中央区画。

 

 白亜の城砦の上空に浮かび上がってくるモノを確認して、アレは何だと顔を引き攣らせた。

 

『アーギスト!! 本当にこの接続でいいの!!?』

 

「元々、対聖女用に開発してた制御方式だから、構わないよ。母さん」

 

 王城の頭上。

 

 遥か天空に向けてそそり立つ45mの砲身の群れがまるで一本の剣身のように集合し、その柄(つか)と思われる部分には複数の巨大な正方形の物体が複数連結されていた。

 

 その中央から真下に伸びる15mの細い細い棒を握り締めて。

 

 浮かび上がった魔術師ルックな青年。

 

 アーギスト・エス・トリアは地中で動力の制御を行なう母に通信で返しながら、その本来は異相突破艦に使うはずだった主砲と副砲群の寄せ集めの制御に集中し、逆巻く重力によって撫で付けられた髪の毛の下。

 

 鋭い眼光を灰色の大地へと向ける。

 

「母さん。動力供給開始。出力は9000%オーバーで頼む。こちらの空間制御で爆発しないから安心して」

 

『か、母さん知らないわよ!! そんな出力どうにかなるものなの!?』

 

「いいから。偶には子供に孝行してもいいだろ?」

 

『分かったわ……どうか無理だけはしないで……』

 

「分かってるよ。こちらに入力する粒子量の安全装置(リミッター)は外しておいてよ」

 

『【崩燼共鳴機関(ソルヴァス・レゾネーター)】フルドライブ。粒子供給弁開放!! 出力開始!!』

 

 世界が染まった。

 

 城砦の中央。

 

 浮かぶ砲身の群れは聖剣も斯くやという勢いで昇華光。

 

 【源理粒子(イデアル)】の柱を吹き上げ、城砦の下から膨大な蒸気が漏れ始める。

 

「まったく……あの男と聖女を倒すなら、どんな魔術が必要か、なんて話をしてたのが、此処で役立つとは……昔の僕は随分とあの男に毒されてたらしい」

 

 零したアーギストが握り締めた掌から伝わってくる膨大なエネルギーの本流を感じ取り、過去ファウストゥスに師事していた時の思い出をまざまざと胸に甦らせた。

 

 聖女を倒す方法。

 

 世界で一番の不老不死たる彼女達。

 

 それを優越する力の創造。

 

 昔、一度だけ褒められた彼と師のみが知る新たな魔術。

 

 空間とは時空間。

 

 時空間とは世界。

 

 世界とは物質。

 

 物質とは原理。

 

 原理とは法則。

 

 法則とは規定。

 

 規定とは値。

 

 何もかもを制する万能に届かずとも。

 

 値を操作し、規定を改変し、法則を螺旋曲げ、原理に到達し、物質を従わせ、世界を手にし、時空間を優越し、空間を治める。

 

 それは可能だ。

 

 神童が開発した空間制御の方式は唯一無二の現象を生み出せる。

 

 あらゆる物質、波動、その全てを無限に空間へ詰め込む術。

 

 源理粒子とて、物質である以上は詰め込める限界があるはずだが、それを無視する力が彼にはある。

 

 攻撃は事象。

 

 事象の限界。

 

 事象の限定性。

 

 空間の頚城による定量。

 

 覆される真理が彼の手によって導かれる時。

 

 其処には普通ならば在り得ないものが存在し得るのだ。

 

 この地球上に未だ嘗て存在しなかった濃度。

 

 空間に占める力の割合。

 

 時空間が崩落し兼ねない量(それ)がたった僅かな世界に詰め込まれ、砲身の群れの間を固めて、ビシビシと亀裂が奔る空間の有様で剣の形状を露わにしていく。

 

 全高450m。

 

 その鋭い罅割れた光の剣は空間が上げる悲鳴を無理矢理に拘束して生み出されていた。

 

 莫大なエネルギーの凝集が、本来ならば散逸するか、爆発するか。

 

 とにかく実存出来ない力が、無理矢理に保たれて、存在を“可能にさせられている”のである。

 

 それを本能的にヤバイと感じられたアルヴァス側の兵達が潮が引くように戦場から退避して来るのを遥か頭上から見下ろし、彼は切札の一つが失われる事を惜しく思った。

 

 一度遣われた手に敗北するような相手はいない。

 

 それが自分よりも高位の存在ならば、尚更だ。

 

 大陸を一撃で割る事すら可能だろう質量と物量とエネルギーが辛うじて小さな容器に凝集したままの状態。

 

 これを爆弾だとすれば、爆発はきっと月までだって届くだろう。

 

 もしかしたら、一番近い惑星にまでも辿り着くかもしれない。

 

 剣身の黄金と砲身の鈍色と柄の黒と彼の魔力である蒼と蒸気の白と血海の紅。

 

 渾然一体と化した絵の如き世界の美しさに一部の者は其処が戦場であると忘れてしまうそうな感動。

 

 いや、情動の動きを感じた。

 

「―――空間制御式無限界領域維持体系……そうだな。こいつに名前を付けるなら……」

 

 彼の腕が血管が浮き出る程に白く握り締めた柄を灰色の大地に向けて振り下ろす。

 

【ひひ?】

 

 寸前までアルメイアと戦っており、アルメイアが引いていった後は王城の上の剣を興味深そうに眺めていたダークエルフの少女は小首を傾げ。

 

「【無終焉世界(エクス・ムンドゥム)】ってところかッッ!!」

 

 壊れない世界。

 

 終らない世界。

 

 願われた力はしかし……その名とは真逆の後景を生み出した。

 

 それは光だった。

 

 温かな粒子の転化される本流だった。

 

 それが、灰色の大地の全てを呑み込んで。

 

 今も撤退する部隊を追撃する魔族を、屍蝋の化物達を呑み込んで、周辺の大地を幾分か削りながら、封じ込められたエネルギーの本流を解き放つわけでもなく。

 

 その領域を極度に肥大化させて押し込んだ。

 

 図としては剣の罅割れた領域が膨張し、圧倒的な範囲を占有したという形になるだろうか。

 

 圧倒的な物量が、圧倒的な光と罅割れた世界に押し込まれ、呑み込まれ、没していく。

 

 それは別の領域からも確認出来た。

 

 異相において遠距離砲撃で波状砲撃を敢行し、大陸規模の敵本陣を攻撃していた七教会の大艦隊は灰色の生物の鼻先から溢れ出した光が生物の半身に亀裂を入れ、周辺の魔族の群れを数千億単位で焼き尽くし、血海を蒸発させながら飲み込んでいくのを目撃した。

 

【お終い? ひひ?】

 

 周囲を見て。

 

 魔族も屍蝋の仮面も消えてしまったのを確認しながら、光の中で黄金の仮面を纏ったダークエルフの少女がキョロキョロして、今日はそろそろ帰ろうかと言いたげに地面の底へと消えていく。

 

 全ての光と罅割れが消え去った時。

 

 其処には異相に続く巨大な時空間の崩落だけが残った。

 

 一気に蒸発した赤黒い大地を逆流するようにして地表の海がその崩落へと注ぎ込み、アルヴァスの国土全域から文字通りの“血潮”が引いていく。

 

 宣言されていた通り。

 

 責任は取れないだろうと剣の根元にいる術者へ多くの者達は視線を注いだ。

 

 だが、その時。

 

 彼等が見る異相に続く虚空の先から何か。

 

 僅かな赤黒い光を纏った何かが、浮上してくる。

 

 ザアザアと滝のように流れ込む水音を聞きながら、多くの者達は理解する。

 

 まだ、終っていない。

 

 いや、此処からがたぶん本当の戦いになるのだと。

 

『我が名はオーズタイド・アンザール。我が大隊の半数を仕留めた事。大いに賞賛しよう。だが、此処から貴様等人間に身を持って知ってもらう事になる』

 

 巨大な図体を貴族風の意匠とそれ以上の大きさの外套で被った髭面の男だった。

 

 その背後には翼。

 

 その両手には剣。

 

 その額には角。

 

 その両目には四つの瞳孔。

 

 閣下と酷界の殆どの魔族から呼ばれるに値するだろう本当の高位魔族。

 

 血統種(ブラッディー)。

 

 人間の血によって繁栄し続ける者達の一角に立つ男は今までの礼だと笑って、剣を一振りする。

 

―――その日、アルヴァスの国土を縦断する亀裂が奔り、アーギスト・エス・トリアは片腕を失った。

 

 そして、多くの者達が足と手と首を老若男女無く失い、絶叫した。

 

「さぁ、始めようか。人間諸君。魔族諸君」

 

 崩落する砲身の群れが地面で拉げながら折り重なり、鐘のように音を立て、遠く遠く間延びして、戦いのゴングは確かに鳴り響いたのである。

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