※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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戦闘、戦闘、戦闘、とりあえず次回秋編完結です。


第三章百二節

第三章百二節「武芸術部校外活動ⅩⅠ」

 

 人類種とその他の生物の違いを逐一上げていくとすれば、それこそ無限に話せそうではあるが、実際のところ違うところよりも似ているところを探した方が理解には役立つ。

 

 何が言いたいのか?

 

 つまりは知的生命体というやつは自分の理解出来るところからでしか物事の本質に迫れない。

 

 それが技術だろうと魔術だろうと叡智だろうと真理だろうと原理だろうと同じ。

 

 主観から己を抜いたものを事実だとすれば、その事実こそを人は受け入れられない事もある。

 

 客観に基こうとする行動は現実の法則を精確に理解するには役立つが、他者やその間で発生する社会的な事象の理解には役立たない事もある。

 

 そういう意味でなら、男は、魔族は、大陸よりも尚広大な図体を持つ愛玩動物《ペット》を焼き払われて驚きながらも争いへの高ぶりに猛っていた。

 

 彼を見て、そう感じないものはいないだろう。

 

 オーズタイド・アンザールと名乗った五十代の男は明らかに人が言うところの好敵手に成り得る者達に出会って喜びを感じていたのである。

 

 それはとても主観的な推測だろう。

 

 だが、誰にも間違いなくそうだと分かる。

 

 分かってしまう。

 

 それ程に男は人間臭く。

 

 それ程に男は分かり易かった。

 

 だが、それが悲劇の始まりで、それが何よりも男に対する初動を見誤らせた。

 

 静観。

 

 いや、その一線の剣技に動けなかったとしても、大地を何処までも遠くまで深々と抉る奈落に動けなかったとしても、誰一人としてその場に留まっているべきではなかったのだ。

 

 そのたぶんものの10秒が生死を分け、明暗を分け、力無き者と運無き者は……永久(とこしえ)の眠りに堕ちた。

 

―――ウ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!

 

 それは絶叫だった。

 

 だが、痛み故ではない。

 

 威嚇だ。

 

 根源的な音という事象に乗っ取った生命の力だ。

 

 それが空間すらも撓ませて、男の声に含まれる力を顕現させる。

 

 最も先に影響を受けたのは魔術方陣等で身体を守る事すら出来なかった傷付いた兵士。

 

 彼等はその波動の伝播と同時に昏睡し、力無く倒れ付し、高空にいた者は墜落、泳いでいた者は溺れ、残った建造物にしがみ付いていた者は蟲が落ちるように落下して地表の血海へ沈んだ。

 

 咄嗟に魔術を展開した者。

 

 そもそも恒常的な防御方陣で身を守っていた者はその強弱が明暗を分け、時間差で眠気に襲われて脳の活動を低下させられた者から次々に昏睡中の者の後を追った。

 

 力を撥ね退けたのはその絶叫の波動を完璧に防げた者のみ。

 

 だが、その人数はあまりにも少なく。

 

 その一千万近い兵が消耗戦を繰り広げた戦場に100人といない。

 

 アルヴァス亜人国の防衛隊は全滅。

 

 中央諸国連合の少女達は顕在。

 

 魔術結社の徒弟達は無傷。

 

 ゼオ家を筆頭にした分隊は半数が落ちた。

 

 そして、取っておきの一撃を打ち放った直後にオーズタイドの国の領土を真っ二つに割った斬撃を受け、砲身の群れを崩壊させたアーギスト・エス・トリアは……母が辛うじて無事だった事にホッとしながら、片腕の止血をして……即座にアルヴァス側の戦力がいる地域とハガス全域を覆う大結界を張って見せた。

 

 相似形(フラクタル)な形をした半球状の二重結界。

 

 用意に用意を重ねて来た彼が使える防御ともしもの時の保護機能を兼ね備えた半透明のソレは内部で今にも死にそうになっている兵達を一瞬で空間圧縮で凍結し、転移で彼が用意した秘密の保管庫へと消していく。

 

 その迅速さは褒められるべきもので。

 

 その対応の早さは多くの命を救った。

 

 が、その手から零れ落ちた者が三割程砕け散った。

 

 それは何かしらの魔術か。

 

 あるいは単なる衝撃か。

 

 血海へと混ざっていく。

 

「魔術師。高々砲台が無粋だぞ」

 

「?!」

 

 アーギストが自らの腹を貫く剣に気付いた時には背後にオーズタイドが立っていた。

 

 いつの間に。

 

 そんなのは彼にようやく知覚された異常。

 

 結界の破砕から知れる。

 

 半球状の透明な結界が、その一部を割れ爆ぜさせていれば、理由は単純だ。

 

 最も重要な事を、アーギストは客観的に悟る。

 

 結界は物理的に殴り壊された。

 

 そして、それが戦場にいる誰にも気付かれない程に速く行なわれた。

 

 この状況から考えられる敵の能力は……恐らく純粋に強力だ。

 

 付入る隙はない。

 

 オーズタイドは速くて硬い。

 

 たぶんはそれだけだった。

 

 人類が知る知的生物が生身で出せる速度を遥かに超越し、その上で肉体の物理強度や武装や服装の硬度も桁外れ、その癖……細胞は柔軟で通常の攻撃魔術程度では傷一つ付かない。

 

「ん? 引き裂けない程度には練達しているな。あの外神の力を手にした連中には骨が折れそうだが、まぁ……問題ない」

 

 ガリガリとアーギストの背骨を断ち割って、空間歪曲による剣の固定化を試みているはずの脇腹が両断されていく。

 

 それに目の焦点をブレさせながら、彼は背後の男が片手間で周囲に攻撃しようとするのを防ぐべく。

 

 母親を遥か国境の何処かへと飛ばし。

 

 地下で奇跡的に傾いだだけで無傷だった【崩燼共鳴機関(ソルヴァス・レゾネーター)】から出力を牽いて、両手に集めていく。

 

「ほう? 中々やる気があるではないか。この地下にも秘儀の箱があるのか」

 

「知って、いるのか?」

 

 戦場は動かずにいる。

 

 アーギストに気を取られているオーズタイドを撃滅するべく。

 

 残った戦力が上空で集結しつつある。

 

 だが、歯牙にも掛けず。

 

 魔族の将は久方振りの人間との会話を愉しむ余裕すらあった。

 

「これだけ箱から力を引き出すのだ。関係者なのだろう? ならば、少し聞かせてやろう。これでも対等に話せる相手がいなくて会話には餓えている。お前達人類種が作った秘儀の箱。それに込める命の粒子。それを産み出す為に酷界から無造作に同胞を召喚していた件だが」

 

 ゴクリとアーギストの咽喉が鳴ったのは彼が人間だったからだろう。

 

 少なからず。

 

 彼には【崩燼機関】を生み出した両親と同様に罪を知りながら、それを許容してきたという負い目がある。

 

 例え、敵が悪辣なる兵士を塵とも思わない魔族だとしても、その口から自らの悪行に付いて罵倒が出れば、それは然るべきものなのだ。

 

「お前達の一件を口実にして約32の国家が酷界から消えた。我が祖国の領土は大いに広がったよ。ありがとう」

 

 ビキリとアーギストがたぶん妹には一生見せる事の無い激情で歯を食い縛る。

 

 それに愉悦したか。

 

 オーズタイドがその激怒の本流を心地良さそうに受けながら、それすらも自らの魔力へと転化して、ニヤリと笑う。

 

「人類種も偶には面白い事をする。もし今後もあの箱を造り続ける者がいるなら、此処に立てる国から下等な有象無象を粒子用に輸出してもいいかもしれんな。そうすれば、あちらも少しは広く使える。くくく」

 

 まったく名案だとオーズタイドが下半身を割られつつある青年を見下した。

 

「会話に餓えていると言ったな。魔族の男」

 

「ああ、暇潰し用の連中は大抵二言も話したら、自害させるか。余興に殺しているからな」

 

「なら、その口が一生利けないようにしてやる」

 

「吼えよるわ。小僧」

 

 両手の上に今や昇華光の塊が形成されている。

 

 剣が横に抜け切った時。

 

 振り返り様。

 

 アーギストの両手から放たれた光が―――数瞬にして消えた。

 

 同時に攻撃を防ごうと両手の剣を眼前で交差させていたオーズタイドが意外そうな顔をする。

 

「空間制御するまでも無かったか」

 

「いいや、その片目貰っていくぞ」

 

 オーズタイドの剣がアーギストの上半身をX字にして断ち割るのとそれは同時だった。

 

「ぬ?!」

 

 2つの瞳孔を持っていた片目がチリチリと音を立てて融け崩れる。

 

 そして、アーギストの姿が上空からの落下中に消えた。

 

 空間転移を追っていこうと一瞬の激情に駆られたオーズタイドだったが、今はこの国を制圧する事が先決だと気を取り直し、隻眼で上空の戦力を見上げる。

 

 その大出力をピンポイントに空間制御で流し込まれ、融かされた瞳はしかし僅かに蠢いて再生を始めている。

 

 酷界でも珍しい多重の魔眼。

 

 同時に四つ使えた力の二つが使用不能となっていたが、それでも彼の優位は覆らない。

 

「弱いかと思えば、強く。強いかと思えば、弱く。まったく、愉しませてくれる」

 

 彼が動いたと同時。

 

 上空で特大の魔術を用意していた少女達が連携して生み出した方陣の上で……顔を強張らせた。

 

 ゴン。

 

 そんな立ててはいけない音が彼女達の敷いた陣の下から響いたからだ。

 

 割れている。

 

 精確には腕が一部突き抜けている。

 

 弱っているとはいえ。

 

 それでも聖女級の防御方陣を重ねて敷いた儀式の中核は彼女達の能力によって並大抵の事では触れる事すら儘成らない力と化している。

 

 それを真下から、真正面から、打ち砕き、粉々にしようと腕が振るわれ、命中し、罅割れて突き抜ける。

 

 物理法則下で割れないはずのものだった。

 

 魔術法則下ですら主神の攻撃に耐えるはずのものだった。

 

 ビキビキと罅割れを起こした方陣に向けて、仮面の少女達はその制服姿のまま。

 

 力を注ぐ。

 

 能力を注ぐ。

 

 そうして、腕を切断せんと方陣の修復に掛かり―――指先から放たれた微細な糸の如き細さの魔力弾に無数打ち付けられ、個人を覆う防御方陣を罅割れさせながら、内部で自己の方陣に打撃された衝撃で吐血した。

 

 嘗て、魔王たる少年が武芸術の大会で見せたのと同じ技だ。

 

 個人を包む方陣を掴んで相手を移動させる。

 

 それを細い細い魔力弾の先端で行なったのだ。

 

 割れないならば、外側の方陣を内部の敵に衝突させればいいというわけである。

 

 一瞬にして少女達が隙だらけとなる。

 

 それに追撃を掛けるのを防ぐ為に撃滅の準備を中断してまでも助けが入る。

 

 そう計算するオーズタイドの予測通り。

 

「閣下。お初にお目に掛かります」

 

 方陣の下に彼が最も注意するべき相手。

 

 アルメイア・ゼオストスが出てきていた。

 

 その背後には分隊長が付き従っている。

 

「“灰火の皇女”が人間の小娘達の為に時間稼ぎか。随分と毒されたようだな。人類種の寝床がそんなに心地良かったのか?」

 

「ええ、貴方が知らない慶びに溢れておりました」

 

 腕を引き抜いた男が悠々とアルメイアを前にして距離を取る。

 

「所詮は負け犬の妹か……」

 

「そんな挑発に乗れる程、若くありません」

 

「ふ、国を棄てた女には今更か」

 

「我が祖国はまだ存在していますか?」

 

「ああ、忌々しい事にな。だが、安心しろ。この一件が片付けば、貴公の酷界への裏切りは明るみになる。そして、あの屍の国も消え失せる。その時は直々にやろう。今度は二度と再興など出来ぬよう皆殺しでな」

 

「どうぞお好きに」

 

 まるで意に介さないアルメイアの姿。

 

 魔族の姿を露わにし、その巨大な錨の如き尻尾で身体の周囲を取り巻く姿。

 

 灰色の炎が灯る翼は聊かも揺らがない。

 

 その様にオーズタイドが僅か視線を険しくする。

 

「まだ貴公の娘は健在か?」

 

「………」

 

「ふ、父親が誰かは知らないが、アレならば、我が主の連れ添いに相応しい。もし、引き渡すのならば、貴公と其処の小僧共の命を我が主に嘆願してやってもよいぞ?」

 

 黙ったのを好機とばかりにアルメイアの最も敏感な部分。

 

 娘であるシルメイアに付いて言及した男は僅かに瞳を閉じた自分と同じだけの身分を持っていた相手の返答を待つ。

 

「丁重にお断りさせて頂きます」

 

「……あの方の連れ添いとして豊饒国は貴様の娘を差し出したのだ。あの契約に何の枷も置かず。国の存続に助力してやっていたのは何処の誰か言ってみろ!! 裏切り者め……差し出さぬのなら、この地一帯の娘を1人残らず調べるだけだ。無論、違った者は全て魔獣共の餌にしてくれるわ」

 

 オーズタイドの隻眼には確かな怒りが篭っていた。

 

 冷静でありながら、冷たく滲む魔力の波動が周辺で体勢を立て直す者達に怖気を奔らせる。

 

「あの子はもう連れ添いを見付けました。あの子が貴方の主と添い遂げる事はもはや無いでしょう」

 

「―――痴れ者め。五千年前に魔族としての貴公はどうやら死んでいたようだな」

 

「そうかもしれない。でも、後悔も懺悔も無いですわ。あの方には悪い事をしてしまったと思いますが、娘には指一本触れさせません。特に貴方のような輩には……」

 

「報いを受けろ。アルメイア・ゼオストス!!!」

 

 高まりを見せた荒ぶる心のままにオーズタイドが腕を引き、拳が空を奔った。

 

 それは確かに敵を殺す為の攻撃。

 

 単なる魔力を込めた渾身の右ストレート。

 

 だが、その単なる拳と魔力のみで達成される一撃にハガス全域の辛うじて形を保っていた高層建築が跡形も無く余波のみで薙ぎ倒され、消し飛ばされ、蒸発していく。

 

 閃光、閃光、閃光。

 

 乱舞する輝きの本質は魔力によって融合した原子核からのエネルギー開放だ。

 

 辺りは重粒子線によって貫き尽くされ、本来ならば熱量に全てが蒸発しているはずだったが、ハガスに張られたアーギストの結界は未だ有効である事が功を奏した。

 

 上空に開けられた結界の孔から飛び出した中性子線以外は全てが途中で塞き止められ。

 

 熱量も光も殆どがハガスを何も無い焦土に変えるのみで周辺地域には暴風程度しか被害を出さなかったのである。

 

 普通ならば、生物ならば、即死。

 

 そうであるべきで、そうであるはずだ。

 

 だが、彼等は超越者で、戦いは高度に過ぎた。

 

 虹色の繭がアルメイア以外の全ての戦力を包み込んでオーズタイドの一撃の余波を完璧に防いでいた。

 

 結社の徒弟達が其々の得物を重ね、瞳を閉じて周囲の結界を保っている間に少女達が方陣を再構築し、分隊の兵達が彼女達と徒弟達を守る為に展開していく。

 

「温いぞ!! 所詮は女か!!」

 

 閃光と雲と熱量と暴風と魔力の本流が荒れ狂う事象の中心で叫びが飛ぶ。

 

 オーズタイドの片腕が服毎破れて出血していた。

 

 その血が付いた錨の尻尾が振り払われ、蒸発する血潮の臭いにアルメイアが顔を顰める。

 

「……どうして」

 

「我が血肉がこうも毒されているのか、か?」

 

「この毒はお歴々が自らを終らせたいと願った時にのみ使用出来ると定められたもののはずです」

 

「そうだ。これで我が寿命は人間共と然して変わらなくなった。だが、だからこそだろう? だからこそ、我が闘争は次に向かえる!! 人類種共を家畜化してやろうというのだ!! 抗うべき者を越えられずして、何が支配者か!! 寿命などくれてやろう!! 全力で抗ってみせろ!! 戦いに勝利してみせろ!! それが出来ぬのならば死ね!! 我が前に、我が主の前に立ち塞がる壁は全て取り払う!! 我が身命と我が矜持に掛けて!!」

 

 獰猛に悪辣に対等でなければ、面白くないと。

 

 自らの闘争に必要なスパイスだと。

 

 寿命を投棄てた男の声は―――悔しい程にアルヴァス側の戦力には人間臭く聞こえた。

 

 これが高位魔族の中でも一角と言われた者の業。

 

 これでは何処かの国と戦争をしているようだと。

 

 いや、人間の国同士が戦っていた過去……今や大陸には無い古臭くて錆び付いた戦場で起こる名乗りのようだと……その場の誰もが同じ思いを抱いた。

 

「貴方が魔王なら、きっと邪悪にして偉大なる者と称されていたでしょう」

 

「我が身がぁああああああああああッッッ!!! 知ぃぃぃるかぁあああああああああッッッッ!!!!!!!」

 

「くッ」

 

 あらゆる力が乱れ飛ぶ最中で起こった二撃目の激突は錨VS拳。

 

 結果は肉が潰れ、拉げ、指が折れ飛び、されど、退かぬ拳が錨を打ち砕いて決まった。

 

 込められた魔力の激発が周囲の雷雲も熱量も飽和した魔力の転化する衝撃で吹き飛ばし、再び二度目の消滅が都市を飲み込む。

 

「あぐぅッッッ?!」

 

 自らの一部が崩壊した痛みに抗い。

 

 アルメイアが自らの手刀で途中から尻尾を切り落とした。

 

 オーズタイドの血潮に含まれる毒物は魔族にとって劇薬の類だ。

 

 低位の者なら即死どころか。

 

 骨まで残らない。

 

 高位の者でも致死量なら一発で死ねる。

 

「ぬぅぅうん!!!」

 

 一発目の拳が放たれた時に両手から離されていた剣が何処かから現れ、爆裂の中を直進し、背後からアルメイアの背中を狙う。

 

 本来ならば、尻尾一本で弾ける程度の品。

 

 だが、今はそんな余裕も力も彼女には無い。

 

 心臓と首筋。

 

 急所を狙うソレが後ろから回り込んで来ると知りながらも、目の前で再び構えを取るオーズタイドに対する備えを放棄するわけにもいかず。

 

 アルメイアは次の一撃を待った。

 

 そうして、剣が彼女の体を穿つより先に剣先が別の肉体に埋まって止まる。

 

「―――お早く」

 

「ありがとう」

 

 分隊長の男が自らの両腕で纏めて剣を掴み取り、その臓腑に剣を受け止めて、ギチギチと暴れるのを何とか留めていた。

 

 仮にも格上が操る武具。

 

 両手も臓腑も恐ろしく傷付いている。

 

 しかし、燃え上がった全身が熱量と粒子線に焼け融かされているとしても、彼は決して剣を放さないだろう。

 

 それが彼の忠義で、それが彼の死に様だからだ。

 

「終りにする!!」

 

 形勢不利のアルメイアの後方。

 

 今にも準備を終らせようとしている少女達と徒弟達の動きを見逃さず。

 

 オーズタイドが全身に力を漲らせた。

 

 ギチギチと服の内部から筋肉が盛り上がり、一部の筋繊維が弾けて服を破る。

 

 その飛び出た糸のようなソレが蠢き。

 

 硬化するとガリガリと何かを掻き毟るような音がして。

 

 筋肉の合間から剣先が飛び出す。

 

 胸の中央。

 

 両肩の下。

 

 脹脛と肘。

 

 そして、剣身が内部から迫り出したかと思うと地表へと落下していく。

 

 そうして、次の時点で勝負は終っていた。

 

 右腕から右肋骨の付け根に掛けて。

 

 アルメイアの身体が光ったかと思った刹那。

 

 千切り取られた腕が虹色の防壁に当たって消え失せていく。

 

 右側の背後に抜けたオーズタイドの両腕が半ばから折れ曲がっていた。

 

「!!?」

 

 分隊長が剣に貫かれながらも、気を失って落ちていくアルメイアを追い掛けていく。

 

「しばらく死んでいろ」

 

 肘を真下の虚空に打ち付け、その先から大規模な魔力波動を撃ち放った男はついでとばかりに足の踵を打ち鳴らして魔力弾で追い討ちした。

 

 波動は彼が叫びを上げた時と同じ能力が込められている。

 

 その上、魔力弾には都市なんて一発で崩壊する威力が秘められており、意識を失ったところに喰らえば、さすがの高位魔族も粉々だろう。

 

 回復するにしても数日は掛かる確実な死。

 

 結果も見ずにオーズタイドは次の敵に狙いを定めた。

 

『!!?』

 

 さすがの少女達も結社の徒弟達も顔を強張らせる。

 

 人生経験の乏しい彼等にも分かる程の力量差。

 

 場慣れ。

 

 確かな観察眼。

 

 その上、命を掛けて敵を穿つという気迫は過去の戦場にはありがちかもしれないが、戦場から程遠い若者達にとって向けられるのも初めての代物だった。

 

 仮にも高位魔族の気配は物理的な圧力すら伴う生態。

 

 普通の人間ならその肉体から放たれる魔力の余波や心臓の拍動の僅かな高鳴りが打つ空気の波に触れただけで即死という事も有り得る。

 

 それを完全に防ぐ虹色の防壁があったとしても、彼等の誰もがその額に汗を滲ませずして……眼光を受け切る事は出来なかった。

 

―――着弾。

 

 三度更地となった地殻が剥き出しの都市の上に猛烈な地表からの閃光と熱波が押し寄せてくる。

 

 周辺の地域から逆流してきた血海の波すらハガスの周囲に入れば、あまりの高熱に固まり、パラパラと鉄臭い風となって大気に混ざってしまう。

 

 今や溶鉱炉と化した大地とそれを取り巻く真黒のリング。

 

 たったそれだけがハガスに遺された情景だった。

 

 亜人達が積み上げてきた歴史も文化も何もかもを全て消し去った男は今の自分にはその虹色の防壁を突破するだけの手札が無いと観察によって理解し、相手が刹那以下でも解除する事を持つ事とした。

 

 もうアルメイアの気配も分隊長の存在も彼は感じ取っていない。

 

 あの程度では自分よりも弱いとはいえ、高位魔族を完全に消滅させる事など出来ない。

 

 しかし、時間は出来た。

 

「『大隊各位に通達。掃除は終った。死にたくなければ、進軍を再開せよ。これは命令である。今から一歩でも背後に下がった者、振り返った者は我が力で直々に消す。往け!!!』」

 

『!!!?』

 

 彼等がオーズタイドの声に今、自分達が何も出来ないと理解する。

 

 攻撃されていないのは虹色の防壁が突破出来ないからだ。

 

 だが、それを解除した瞬間に殺される。

 

 少なからず全身を覆っていなければ、何処かの隙間に何かを打ち込まれて死ぬ。

 

 それがハッキリと彼等には分かった。

 

 分隊の兵達にしても力量差は天地程もある相手では自分達が壁にすらならないと分かっている。

 

 最悪なのはオーズタイドに人質を取られたり、防壁を解除しろと強制される事だ。

 

 繭を開く理由が彼等の命の保障と合せて齎される事が無い限り、もう誰もが準備が整ってすら戦力外と言って良かった。

 

 嘗てハガス北部と呼ばれた大地の虚(あな)から物凄い勢いで再び多くの魔族達が舞い上がり、這い上がり、溶鉱炉と化した大地を、摂氏数百度を超える高温の乱気流の中を進んでいく。

 

 再侵攻。

 

 最前列の魔族達は自棄になっている様子で焼け崩れる者、すぐに燃え上がる者が大半だった。

 

 だが、その屍を道と敷いて、行軍は濁流と化し、自らの主の戦場を避けて移動を始める。

 

 それから一分もせず。

 

 オーズタイドの傷は全て塞がってしまった。

 

 解けた片目は再生し、両腕も全快。

 

 弾け硬質化した筋肉はギチギチと再び元の位置に戻り、服すらも魔術によるものか。

 

 初めて現れた時の様子を取り戻していた。

 

 唯一違うのはその膨れ上がった筋肉のみだ。

 

「(あの人間……こちらの魔眼を持っていったか……)」

 

 再生した片目の中にもう能力を感じられず。

 

 オーズタイドが僅かに瞳を細めた。

 

「さぁ、これで貴様等には2つの選択肢しか無くなった。服従か。死か」

 

 誰も答えない。

 

 いや、答えられない。

 

 此処でオーズタイドを留めているというだけでも、十分に役割は果たしている。

 

 自分達が折れない事が次に繋がると信じる事しか彼等には出来なかった。

 

「今の貴様等を殺せないのは甚だ遺憾だが、貴様等を守る壁を消し去る方法なら幾らでもある。例えば、貴様等が壁を作っている間、目の前でこの国の女子供を1秒毎に1人ずつ下の火に焼べるというのはどうだ? 命令すれば、転移を用いて5分を待たず可能な方法だ」

 

 ギリッと次世代の聖女を担うだろう少女達が唇を噛む。

 

 方陣による儀式はもう終りに近付いている。

 

 それが終れば、彼女達は聖女にも匹敵する能力を一時的に得られる。

 

 だが、それでは間に合わない。

 

 間に合わないと彼女達は判断出来てしまった。

 

「では、始めよう。部下達にもう命令を下した。此処に転移させられてくる女子供が砕け散り、焼けていく姿を拝むといい」

 

 そうして、20秒後。

 

「ほら、逃げ遅れた一人目だ!!」

 

 オーズタイドの声と共に彼の横に一瞬で転移してきた若い女がそのまま何が起こったのかも分からずに落下していく。

 

 此処で見逃せない。

 

 いや、見逃せるはずもない。

 

 そう、聖女の卵達は脳裏で会話していた徒弟達への申し出の答えを聞く事無く。

 

 防壁が一部、自分達の場所のみ解除される事を是とした。

 

 グヂャァアアアアアアアアアア。

 

 音にすれば、そんなものだろう。

 

 少女達の数人が自らの片手が圧倒的な速度と膂力で防御方陣を押され、潰された事を知覚する。

 

『~~~~ッッッ!!!!』

 

 吹き飛ぶ暇も無いの早業。

 

 オーズタイドの姿は少女達の張る方陣の真直に有り、その片手は常人なんて一瞬で弾け飛び消し炭になるだろう接触面に触れていた。

 

 だというのに、傷一つ無い。

 

 ダメージらしいダメージはまるで無かった。

 

『っ……』

 

 自分達の腕が単なる血肉の入った皮袋にされたにも関わらず。

 

 少女達は自らの防御用方陣に磨り潰される恐怖に抗いながら、真下に向かって落ちていく泣き叫ぶ女を動魔術によって捕らえ、その虚空に自分達を囲むのと同じ方陣を展開する。

 

「涙ぐましいな。だが、1秒に1人というのも面倒な話だ。此処は300人を追加しよう」

 

『!!?!』

 

 オーズタイドの冷徹な瞳が少女達を見つめ、その片手の指が弾かれた途端。

 

 確かに300―――いや、二秒目にして600人の女子供がハガスの広大な空の下、現れた。

 

 転移してくる誰もが泣き叫びながら落下していく。

 

 彼女達が慌てて最初に保護した女と同じ措置を施そうとした時。

 

 再び多くの方陣が超高速で押され、両手や両足が捻じ曲げ砕かれる凄惨な音が連続した。

 

 それでも涙を浮かべながらも唇を噛み締めた少女達がその落下中の600人を動魔術で捕らえ、制止させ、方陣で被っていく。

 

『行かせてくれ!!!?』

 

 下で追い詰められていく聖女の卵達の惨状に分隊の兵達が歯を軋ませ、声を上げた。

 

 しかし、結社の徒弟達は何も言わず防壁を維持する。

 

 最初から誘われているのだ。

 

 そうでなければ、少女達の方陣なんて砕かれて、既に皆殺しとされているだろう。

 

 儀式が終るまで残り2分も無いのだろうが、それよりも先に方陣を維持するだけの余力を削り倒す為、オーズタイドが新たな人質を投入するのは分かり切っていた。

 

 国境域に散った徒弟達が大結界を破壊し、通信を回復させていたが、現地では何処も強襲してくる魔族達への防戦で手一杯になっている。

 

 それが辛うじて支えられているのは各地で虹色の防壁が展開され続けているからだ。

 

 それにしても防壁内に入り切らなかった避難民達が兵と共に攻撃へ晒されている。

 

 浚われ、転移で送られてくる数は次に軽く1万人を超えるかもしれず。

 

 そうなれば、さすがの聖女の卵達も後少しで完成する儀式術を放棄せざるを得なくなるだろう。

 

 魔術師である徒弟達とは違い。

 

 人を見捨てられない彼女達にもうオーズタイドに対し、反攻する力は残っていなかった。

 

 人間心理をよく観察し、利用する戦術は正しく歴戦の将。

 

 人でなしと罵る事は容易いが、事実と自分の中の真実を混同する程、彼等は人間らしくない。

 

 徒弟のリーダーである青年がこのままでは自分達以外の全滅も有り得ると瞳を細める。

 

「次は1000人程送らせよう。では」

 

 パチンと指が弾かれた刹那。

 

 大嘘もいいところだろう。

 

 一瞬の推定で明らかに違うと分かるほど……無数の人々が転移、落下し始める。

 

 ついに儀式術の中心である彼女達の真下に敷かれていた方陣が解除された。

 

 それと同時に生々しい打撃音と骨と肉が潰される音が響く。

 

 仮面が打ち砕かれ。

 

 顎の半分を砕かれた者。

 

 顔の半分が拉げた者。

 

 両手両足から骨が突き出た者。

 

 少女達の大半が行動不能にされていく。

 

 だが、まだ命に別状がある者は無く。

 

 血が出ている者も無かった。

 

 しかし、少女達の無残な有様は分隊の兵達を激怒させるに足りて。

 

『――――!!!!?』

 

 分隊の者達の歯が血の滲む程に軋む。

 

 そして、虚空で防御方陣によって守られている女子供の誰もが分隊の姿を見て、金切り声を上げ始めた。

 

「……ふ、救おうという者に悲鳴を上げられるか。人の性が魔族より醜いとは……まったく沽券に関わるな。貴様等は其処で貝のように閉じ篭っているがいい」

 

 結局、徒弟達を防壁の中から引きずり出せないと見るや、オーズタイドが少女達を始末しに掛かった。

 

 遣り方は極々簡単だ。

 

 守られている一般人の防御方陣に何の変哲も無い魔力弾を無数撃ち放つ。

 

 そう、高位魔族が放つ魔力が如何なものであるかを知っていれば、少女達そのものを攻撃するより容易く全ては完了する。

 

 虚空の方陣の群れが一際輝きを増した途端。

 

 爆光と衝撃波がハガス上空を飛んでいく魔族の群れを山の如く下から押し上げた。

 

 まるで鳥でも落ちるように少女達が自分達を守る方陣も消え失せた様子で墜落していく。

 

 見る間でもなく。

 

 一般人達は強化された方陣で無傷。

 

 しかし、身体のあちこちを焼け爛れさせた少女達は自らを守る力すら失った有様だった。

 

 追撃の魔力弾が無慈悲にオーズタイドの周囲から放たれ―――漆黒の翼の群れが、分隊の兵達が次々とそれを庇うようにして間へと割り込む。

 

 同時に彼等を守るよう広範囲に虹色の膜が張られた。

 

 が、それを待っていた男は然して感慨も無く。

 

 隙の出来た防壁が再び張られる刹那に地表内部から自らの身体から吐き出していた刃を射出する。

 

 元々は彼の肉体が強化され過ぎて自己崩壊を起こすのを防ぐ目的で埋め込まれていた封印用の品。

 

 高位魔族の肉体に飲み込まれて幾星霜というソレはもはや魔剣の類。

 

 徒弟達が虹の膜を張り終えた刹那。

 

 幾本かが僅かに切っ先を膜の内部へと侵入させていた。

 

 破断されつつも、欠片のみでソレは青年と二人の少女のローブを貫き、キチキチと音を立てながら増殖して目的である外神獣の能力を産み出す発動媒体を持つ腕を瞬間的に針山と変えた。

 

 魔術師にとって自らの媒体を離れた状態からも発動させる事など朝飯前。

 

 だが、自分の肉体が危機に陥っている最中も集中していられる者などそうはいない。

 

 相手の若さも込みでそこまでの器量は無いと踏んだオーズタイドの考えは正しく。

 

 咄嗟に腕をもう片方の手で切り離そうとした彼等が膜を維持出来なくなった。

 

 一瞬のタイムラグ。

 

 媒体から意識が離れた瞬間を見逃さず。

 

 彼が手を翳した先にある三つの得物を転移で移動させる。

 

 燐光を伴った魔術方陣込みの武装投棄術式は対象が存在する指定された領域そのものを切り取って異相の何処かへと消し去ったのである。

 

 何も無い虚空が時空の修復力で元に戻った後、其処に虹色の器物は一欠けらも存在してはいなかった。

 

「!??」

 

 もはや、オーズタイドを止める者は無い。

 

 一般人達の周囲にある方陣も力を弱めつつある。

 

 これならば、一撃で片が付くと。

 

 両手が掲げられ、その中央に巨大な魔力が抽出された。

 

「中々愉しかったぞ。安心して消えるがいい。もう半端な攻撃はせん」

 

 真黒の輝き。

 

 魔力というよりはただ只管に黒い墨を空間に塗り付けたような事象が数mの真球状となって現れ。

 

 それを下に見た多くの魔族の大半が血の気を退かせて転移出来る者から逃げ出し、それ以外の者達も蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。

 

 容赦なく呵責無く遠慮なく男が単なる魔力の球を地面に向けて投げ放った。

 

 地表に直撃した時。

 

 それが自分達の寿命なのだと知りながら、たぶん半径100kmでも足りないだろう攻撃範囲を想像しつつ、徒弟達が周囲の全員を転移させようとして。

 

「!!?」

 

 出来ない事に気付く。

 

 ほんの些細な妨害だ。

 

 せいぜいが10秒も持たない程度の経路を掻き乱して魔術の発動を困難にする嫌がらせ。

 

 今の徒弟達ならば、高位魔族が相手でも5秒も待たずに経路を復旧させられるだろう。

 

 だが、その5秒が永遠に来る事は無い。

 

 何故なら、もう2秒で魔力球は地表に到達するからだ。

 

 本当の高位魔族が如何なる相手であるか。

 

 その中でも武官がどのような敵であるか。

 

 大陸に来ていた魔王達が如何に人類に対して優しい相手であったか。

 

 そんな事は誰の頭にも無かっただろう。

 

 1人の脳裏を除いて……。

 

 今、灼熱の地表の最中に殆ど炭となった全身を横たえながら、上空の状況を見ていたアルメイアは焼ける耳で聞き、乾いた瞳で見つめ、僅かに動く崩れた指を着弾地点へ差し伸ばした。

 

 直撃。

 

 それは地殻を砕き、大地を捲りあがらせ、マントルまでも押し入って、大陸の西部を天変地異で満たし、魔族が如何なる者達であるかを人類に対して示す―――はずだった

 

 閃光。

 

 魔力の弾ける輝き。

 

 しかし、破壊は無く。

 

 穏やかと錯覚してしまうような、そんな空気が流れ、オーズタイドはその着弾地点で剣を構える相手を凝視する。

 

「貴様は……そうか……あの娘の相手とはお前か!!!! 魔王の名を奪いし者よ!!!」

 

「閃剣が奥義の一つ」

 

 先端を欠けさせた刃が四方から殺到し。

 

「飛ばせ―――【圏斬】」

 

 純粋な魔術、ではない。

 

 魔力を使い。

 

 単なる剣技として魔力球を消滅させた少年は自らの開いた光と熱と衝撃が存在出来ない領域をそのまま振るう剣先に纏わせ、全ての刃を手品の如く何処へともなく消し去った。

 

 本当に風景画の中から剣だけを塗り潰したようにも見える。

 

 オーズタイドが少年に目を奪われた次の一瞬で周辺へ散らばっていた全ての一般人と少女達、アルメイア、三人の徒弟、分隊の兵達が燐光を纏って転移で跳ぶ。

 

『イクスさん!! こっちは終わりました!! これから兄さんと一緒に周辺の魔族を押し返します』

 

「うん』

 

『分かりました。あ、そんな身体で動いたらダメですよ!?』

 

 脳裏に響く通信に男の声が、アルメイアの代わりに直撃弾を貰い、もはや頭部と肺から上しか無い分隊長の声が響く。

 

『お頼み、します……』

 

「任せておいて」

 

『はい……』

 

 キロリと少年の瞳がオーズタイドに向く。

 

 その時にはもう背後へ魔力を拳に込めた状態で男が迫っている。

 

 が、最初から読まれていたように剣が逆手持ちにされて突き出され、背後の拳を受け止めた。

 

 本来ならば、魔力の爆発で都市が何度目かの消滅に合っているはずだったが、そんな様子も無い。

 

「その剣……間違いなく永劫不刃の大業物。封印された身で敵う気か? その状態で我が力と技に対抗出来る気か? 舐められたものだな」

 

 一瞬にして相手の状態を見抜いたオーズタイドが不意に意識が一瞬でも途絶するような状況の少年へ歯を剥き出しにした。

 

『イクスさん!!? 大丈夫ですか!!?? 今、異相が凄い撓んで?!! あ、兄さん!? そんな屍人(ゾンビ)みたいな身体なのに何頑張ろうとしてるんですか!?! 後は指示と作戦だけ出してくれればいいんです!! 空間制御で細胞レベルの連結を転移で常時維持するとか化物っぽい感じなんですから、こういう時は大人しく病人のフリくらいしてください!!?』

 

 思わず。

 

 少年の顔が綻ぶ。

 

「ふふ」

 

「何を笑う……」

 

 オーズタイドに少年は顔も水に告げる。

 

「負ける気がしなくて」

 

「………」

 

「悪いけど、君を此処で終りにする……」

 

「ああ、間違いなく貴様は変わっていない……あの時のままか」

 

「会った事あったかな?」

 

 オーズタイドは静かに拳を引いて数mの距離を取る。

 

 振り返った少年を凝視して、男は皮肉げに嗤った。

 

「……勝たせてもらおう。我が主こそが真に新たなる魔王だ」

 

「別に今は名乗ってないんだけど、少しだけ分かってる事もある」

 

 少年が片手を握り締める。

 

「例え、誰が名乗ろうと構わない。けど、全てを終えるまで……僕が、僕だけが魔王だ」

 

「抜かせッッッ!!!!」

 

「閃剣が奥義の一つ」

 

 言うより先にもうオーズタイドの連続した打撃は少年を捕らえている。

 

 だが、その全てが剣先に当たった瞬間、その威力の尽くを反射されて、男の拳と全身を襲った。

 

 猛烈な爆発と閃光が上空へと打ち返され、空を逃げていく魔族達の大半を呑み込んで崩壊させていく。

 

「辿れ【遡斬】」

 

 最遅の反射斬撃は相手の威力と速度を呑み込んで刃そのものを加速する。

 

 自らの拳の威力を込められた刃に胸元を切り裂かれ、衝撃と熱と光に晒されながらも、高ぶる心のまま。

 

 オーズタイドはそのまま肉薄し、次々に徒手空拳で攻撃を加えていく。

 

 その度に反射される攻撃が乱舞する閃光となって上空と地表の魔族達を薙ぎ払った。

 

「お前さえいなければ、幸せになれた者もあった。お前さえいなければ、生きていられた者がいた」

 

 破壊の本流に晒されながらも傷付く事無く。

 

 肉体が今までの数倍までも膨れ上がり、はち切れる事も無く服がそれを許容する。

 

 巨人。

 

 一言で形容するなら、そうとしか言えないだろう。

 

 全長で12m。

 

 その筋肉と筋肉の合間に見える瞳には怨みよりも尚深き色が濃く。

 

「魔王と呼ばれる事無く死ぬ者もあった。戦う事すら許されず消された命が!!!」

 

 オーズタイドの拳が乱打の中で白く白く握り締められる。

 

「悪いけど、僕は神様じゃない。懺悔を聞いてあげられるくらい優しくも無い。だって」

 

 少年が初めて自分から距離を取った。

 

 互いに虚空を踏み締めて。

 

 しかし、オーズタイドが仕掛けるよりも先に少年が動く。

 

「僕だって怒る事がある。自分を許せない時、誰かに構って上げられない事くらいは……あるよ」

 

「その傲慢がぁああああああああああああああああああッッッッ?!!!!!!」

 

 戦う者達の戦場に嵐が吹き荒れる。

 

 一歩も退かず、なんて言葉よりも激しく。

 

 前に前に進みながら、相手を倒すまで、その歩みはお互い止まらないに違いなかった。

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