※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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次回から二百話、百節記念の特別回でOHUZAKEするかもしれません。


第三章百三節

第三章百三節「武芸術部校外活動Ω」

 

「魔王だと人類種は呼んでいるようだが、その何処に真実が在る!!?」

 

 巨人と化したオーズタイドはその自らの拳に魔力を纏わせ、ただそれのみで少年へと仕掛ける。

 

 決して折れぬ剣。

 

 宇宙が終わってすら終らぬと囁かれる現魔王が使う唯一の武器。

 

 アイオンと呼ばれたソレは寸分の狂い無く少年の掌に馴染み。

 

 その繰り出す剣技の全てに耐えてみせる。

 

「悪いけど、真実は今、家出中らしくて」

 

 奥義【遡斬】。

 

 最遅の反射斬撃による攻防は本来が自分よりも絶対的な加速や機動、攻撃の早さを持つ敵に対してこそ威力を発揮する閃剣における高位存在相手の基本戦闘用技能。

 

 これに幾つかの技の効果を重ねながら戦うのが聖女ユアン・クオの得意とするところだった。

 

 何故、当たれば最高のカウンター技であるのに基本的な技能でしかないのか。

 

 答えは今正にイクス・ゼオの目の前にある。

 

「―――戦って、戦って、戦い抜いて!! 貴様は魔族達の頂点たるあのお方にすら証明してみせた!! 己が全てを超える者だと!! だが、その様は何だ!! その程度で我が力を超えられるつもりかッ!!!」

 

 的確なカウンターが敵魔力の飽和した転化を相手に打ち返し、その光と衝撃と熱はオーズタイドの全身を炙っていた。

 

 だが、それだけだ。

 

 傷一つ付かない。

 

 加速を取り込み。

 

 敵の肉体を切り裂いてさえ、致命傷とは為り得ない。

 

 その回復力は人間ならば致命傷だろう動体を断ち割る程の一撃すら剣が通り抜ける時には消し去っている。

 

「強さは手段であって、目的じゃない。少なくとも、僕の力はそういうものだった……何となく分かる」

 

 灼熱の大地の上。

 

 ハガスと呼ばれたはずのリングの虚空を縦横無尽に駆け抜け、2つの影が折り重なり、軌道は時に混沌、時に整然と描かれていく。

 

 真黒の魔力が空に煌けば、加速による摩擦熱と断熱圧縮に晒された肉体の表皮と外套を赤く燃やして、少年もまたそれに続く。

 

 しかし、一歩。

 

 一歩の差で少年はオーズタイドの後を追う展開となっている。

 

 その最たる理由。

 

 純粋な能力差が少年を追い詰めていた。

 

 的確な反撃。

 

 一度とて致命傷は貰っていない。

 

 が、少年は戦闘の中で初めて攻めあぐねている。

 

 主な理由は隙が無く。

 

 また、現在の高速接近戦では技を使う暇を見出せないというところにある。

 

 そもそも意識の僅かな途絶を抱えながら戦っているのだ。

 

 それでも技量と剣と閃剣の技法が相手に喰らいつく余地を残している。

 

 だが、それにも限界はある。

 

 今まで少年が戦ってきた屍蝋の敵の大半は特殊能力や質量、物量、その他の面で何かしらの特化した所謂何処かしらに弱点を抱えたモノばかりだった。

 

 それに合せて剣技を選び、それに合せて対策を立て、その剣が届く限りに振るう事で打倒してきたのである。

 

 しかし、オーズタイドはまるで違う。

 

 何よりもまず少年と同じように隙が無い。

 

 その上、同等以上に観察眼を持っている。

 

 技を練る隙を見せれば、一瞬で逆襲されるかもしれず。

 

 安易な技による攻めは危険でしかなかった。

 

 同系統の敵に対しても閃剣は有効な技を持ち合わせるが、それはあくまで敵が隙を見せる事が前提だ。

 

 それが無いなら作るというのが本来は少年の戦い方であったが、不自由な身体ではそれも儘成らない。

 

 剣の技量はほぼ同等。

 

 身体の回復力は互角以上。

 

 技こそ無いが力技と柔軟で隙の無い攻撃方法。

 

 高位魔族にしては貧弱と言っても過言では無い。

 

 特殊能力なんてほぼ無い戦い方は無骨でありながら、これしかないという極めて高度な洗練を見せている。

 

 全ての魔術的技術や技能が広範囲に渡って欠落無く。

 

 これでもかと搦め手も使ってくる。

 

 そんな相手だ。

 

 少年がジリジリと対処能力の限界へと向かっているのも無理からぬ事だった。

 

「お前は知っているか!! お前が殺した魔族が何の為に戦っていたか!!」

 

「一族の為、誰かの為、自分の為、何も人間と変わらなかった……」

 

 打撃、打撃、打撃。

 

 その拳など見えない。

 

 その知覚など出来ない。

 

 連撃から来る消耗すら見て取れない。

 

 物理法則なんてものは既に超えているとしか思えない。

 

 そもそも都市一つ消滅させるだろう拳の威力を完璧に跳ね返してすら、男の顔は光の中で怒髪天を突く形相を崩しもせずにいるのだ。

 

 自分の攻撃では傷一つ付かないとしたら、防御斬撃による致命的なダメージは見込めない。

 

「生きて帰った者は多くが砕かれた!! 死んで返った者は罵り、嘲りの対象とされた!!」

 

 中空を高速で擦れ違いながら遡斬のカウンターが産み出す光が乱舞し、周辺の魔族達を呑み込み続けている。

 

 その中で散っていく命の断末魔が少年にもまた聞こえていた。

 

 いつもならば、感慨の一つも抱くだろう命の途絶。

 

 しかし、それを噛み締めている余裕すら男は少年から奪っている。

 

「そして、魔王と成れなかった者は何も出来ずに殺された!!」

 

 右の拳が少年の剣に左の攻撃を返される途中も突き進み。

 

 剣へ接触し、それを押し退けるように捻じ込まれていく。

 

「戦えた者は本望だ!! 破れた者は本望だ!! だが、貴様が存在するだけで消されていく者達の無念は何処にも晴らしようが無いッッ!!!」

 

 拳がその膂力と魔力と威力の大半を剣の刃先の接触部分によって削られながらも、少年の胸元を打ち抜いて、地表へと吹き飛ばす。

 

 溶鉱炉となった大地が高速でぶち当たった肉体から伝播する衝撃で巨大な紅の津波を起こした。

 

 大地の中央でバウンドし、灼熱の飛沫を浴びながら、少年が剣を上空へと向ける。

 

「魔王の派遣が途絶えた時!! 酷界に如何なる嵐が吹き荒れたか!! 貴様は知らないだろう!! 棄民先を断たれたせいで戦乱は更に増した!! 裏切りと憎悪に染まって暦を積み重ねてきた魔族が、今度は互いの民を、種を、国を、滅ぼし合うだけでは済まなくなった!!」

 

「………」

 

 至極、平静な瞳でオーズタイドを見つめる少年の顔面に剣で真っ二つにされながらも強引に捻じ込まれた拳がぶち当たり、真横に振られた腕の力で炎獄の中を身体が跳ね飛んでいく。

 

「他者を滅ぼすならば、まだ良かろう!! 弱肉強食……それは世の理だ!! しかし、貴様が魔王となった時から何もかもが裏返った!!」

 

「……」

 

 少年が拉げた顔でオーズタイドを見つめる。

 

「母は己こそ全ての悪と自らを殺す!! 父は己こそが罪だと自らを穿つ。そして、赤子すらも己を得る暇無く消える!!  【三極会議(トレス・コンペントゥス)】は人類種の業として増え続ける血統種(ブラッディー)に対し、契約を迫った!! その呪いを祝福と言わなければならない者達は笑いながら死んでいくのだ!! 他者を滅ぼす悪意、強要ですらない!! 生まれてきたから、意味も無く死んでいけと運命に強制されるのだッッッ!!!? 」

 

「―――」

 

 肉薄したオーズタイドの拳が真下から剣越しに少年を上空へと打上げる。

 

 剣と拳を密着状態から加速させ、反射される威力よりも相手を吹き飛ばす威力を僅かに上回らせたのだ。

 

 反射斬撃の限界。

 

 つまりは超高速での反射の処理限界を超えた速度での威力流入。

 

 技量という面で少年は既に男の拳を受け切れなくなり始めていた。

 

「我々は、血統種は増え続けた!! それ故に魔王として赴く者は莫大な死者を出しながら、この大陸に続く異相を超えて赴き、口減らしをさせられた!! だが、意味の在る死だ!! 意味に価値を見出せた死だ!! 人と喰らい合い!! それでも生きる為に戦った!! 自らの欲を満たし!! 新たな国や多くの民を生かせる領土を夢見た魔王も多かっただろう!! 他者を虐げる歓び!! 相手を支配する快楽!! それは魔族の性だ!! 強者に従い命を落とすのは我らの嗜みに過ぎん!! だが、貴様が魔王という称号を奪い!! あの方との盟約によって大陸への道を閉ざしてから、何一つ成さずに魔族は死なねばならなくなった!! 戦う事無く!! 抗わず!! 恐怖に怯えすらしないで……強要されてですらない自発的な死を享受するしかなくなった!! 幸せそうに死んでいくのだ!! 契約の名の下、呪われた運命に導かれながら!!!」

 

 100m。

 

 1000m。

 

 100000m。

 

 上昇し続ける少年は熱く熱く空気の層に己の軌跡を焼け付きながら、その星の蒼さが分かる頂でようやく速度を落とした。

 

 しかし、限界を超えた高度の先に回り込んだ男の渾身の一撃がもう用意されている。

 

 大陸の形を変えてしまうはずだった真黒の魔力の塊を纏って、拳が、腕が、服が、ミシミシと軋みながら膨れ上がっていく。

 

「盟約が破られ!! この大陸へついに新たな魔族の国が興る!!! そうなれば、もはや呪いは要らない!! そうだ!! 我ら血統種はこの無限の宙へ版図を広げ!! 永劫に続く旅へ出るのだ!! もはや小さな箱に閉じ込められて生きる時代は終りを告げるッッ!!!」

 

 少年の剣が限界まで拡大させた【圏斬】の異相領域によって、攻撃を飛ばす動作へと移った。

 

 しかし、それよりも速く。

 

 その背後へ回り込んだ男が少年の外套を何も纏わぬ手で掴み、地表へと投げ放つ。

 

 剣が産み出す攻撃投棄空間を見切りながら、そのまま肉薄したオーズタイドの本命の一撃が、少年の塚を持つ両手を掴み砕いた。

 

 超絶の飽和魔力密度。

 

 その転化すら許されず、強制的に安定化させられた魔力が【外碩領域構造体(ディスペクトラム・ストラクチャー)】によって数万年の時間経過にすら耐える肉体を分解しつつ破壊したのである。

 

「新たな御世の為!! 無限の命は此処に砕けよッッ!!!」

 

 両腕が破壊されたままではさすがに剣技が維持出来ない。

 

「ッ」

 

 片足で少年がオーズタイドを蹴り付け。

 

 地表に向けて自ら加速し、その開いた距離の合間に歯が刃の塚を噛み掴む。

 

「貴様があの方と同じ“天”だろうとも!! 我が使命!! 阻む事態わずッッッッ!!!」

 

―――オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――。

 

 大地が、大気が、魂を震わせた男の覇気と信念によって揺られ。

 

「【恐怖光(ガッシュ・オブ・テラー)】ッッッッッッッッ!!!!」

 

 それは星を塗り潰す程の漆黒。

 

 星という画布(カンバス)を一色にする男の一撃は少年に防ぎようもない広範囲を高速で降りていく。

 

 まるで夜が振ってくるような、空を押し潰す力の塊はもはや彼が率いる魔族達の事すら考慮に無いものだった。

 

 大陸を越えて大洋を呑み込み。

 

 蒼き星を破壊するに足る力。

 

 それを覆すには如何なる力が必要か。

 

 躊躇する事なく。

 

 少年が咥えた刃で技を繰り出そうと。

 

 自らが持つ全ての力を消耗させようとした時。

 

 カツン、カツン、と。

 

 靴音が響き。

 

 全ての情景が静止した。

 

 自分もまた止まっている事を理解しながら、少年は振り向けない背後に何者かを感じ取る。

 

 世界は蒼と黒に染まった二重層。

 

 だが、その終焉の地平の先から、またカツンカツンと靴音が響く。

 

『ティア……』

 

『にぃさま……』

 

 黒い制服に学帽姿の少女が目の前に1人。

 

 背後から幼い声の主が1人。

 

 異相から破壊され尽したハガスへと舞い戻ろうとする時。

 

 剣を持ってきた二人。

 

 片方は名前も訊かなかった。

 

 片方は自分のクラスにいる。

 

 そんな相手がそっと少年を前にして訊ねる。

 

『それを使えば、助けられる。だが、あの子達は哀しむと分かっているはずだ』

 

 学帽の少女は呟き。

 

『にぃさま。それはだめです。にぃさまはやくそくをたがえないひとなのですから』

 

 幼い少女は諭す。

 

「でも、今はこれしかないから……」

 

『そうだな。お前は出会った時からそういう奴だった。そうやって自分の事など何一つ天秤に掛けない』

 

『だから、えふぃたちは……』

 

 遥か世界の頂から魔族の男がゆっくりと少年目掛けて落ちてくる。

 

 時間を止める程の速さですら、男の前には然して大した壁ではないらしい。

 

『あの子達を守りたいなら、泣かせるな。お前になら出来る』

 

『にぃさまがねがうかぎり、それはいつだってわたしたちみんなのねがいです。だから』

 

 世界を頂く天地の逆(さか)。

 

 頭上に見える蒼と下に見える黒。

 

 その最中、違う色が混ざる。

 

 黄昏が緩やかに運ぶ雲へ映し出した紫光(しこう)。

 

 遥か古より高貴とされた色は輝きを黒に塗り潰されんとする大地に郷愁を呼び起こす宵を齎す。

 

『【地平機構(システム・ホライゾン)】オールスタート……【最従者(ディアコノス)】|相似成型付与(フラクタル・バース・エンチャント)』

 

 その声は前回の都市を影絵と化す敵との交戦で途切れたはずのものだった。

 

 少年の前にまるで曼荼羅の如く。

 

 紫色の髪の毛をした少女達がいつの間にかいた。

 

 同じ顔。

 

 同じメイド姿。

 

 しかし、彼女達の手には盾が握られている。

 

 そして……彼女達は少なくとも数人、数十人、数百人、数千人、数万人、数十万人、いや……それよりも確実に多く。

 

 世界の果てまでも埋め尽くすように増えながら、落ちてくる黒に向け、その腕を掲げ始める。

 

 少年の傍らにフワリとまた少女が一人。

 

 しかし、それが今、盾を黒に対して向けている誰とも違うと少年は理解して。

 

『……お帰り』

 

 そう脳裏で呟いた。

 

『これより、当機は使用者権限により全能力を持って、貴方にお仕えします。イクス・ゼオ』

 

 少女の姿が解けていく。

 

 人の形から器物へと還っていく。

 

 それは少年の肩を被い。

 

 腕を被い。

 

 一枚の外套となった。

 

 微笑みながら二人の少女達はその姿を消し。

 

 少年は此処からは自分の仕事だと剣を自らに向かって突き進む男へ再度向ける。

 

 脳裏に流れ込んだ情報が最初から知っていたもののように。

 

 魔王として戦っていた時と寸分違わず。

 

 声は呟かれた。

 

「ディアコノス。前方空間に粒子装填」

 

『了解しました。超対象性粒子装填完了。粒子中の光速変動確認』

 

「行くよ」

 

『はい。イクス・ゼオ』

 

 少年がその極度に加速された世界の中。

 

 外套たる少女の力を借りて、その剣を逆手に持ち替え、弓なりに背後へと腕を引き絞る。

 

 断裂していく筋肉の音にも構わず。

 

 今、自らの出来る最高の力で少年は今も自分を睨み付ける男へ告げる。

 

「もし生きてたら、また愚痴くらいは聞くよ」

 

『?!!』

 

 オーズタイドがその声を知覚したのか否か。

 

 それは分からない。

 

 だが、その形相が変化するよりも先に剣が投げ放たれる。

 

 加速。

 

 与えられた力はそれだけだ。

 

 しかし、彼の前方の空間に充満する粒子はその加速が光の速さ以上になる事を許容する。

 

 光速は不変。

 

 しかし、物体の中を進む光速は速度が変化する。

 

 最も速い真空中の光速よりも速く。

 

 その粒子内では物質が運動する。

 

 だから、その剣に付与されたものは純粋に加速、運動エネルギーだけだ。

 

 それをオーズタイドが機動で回避するよりも早く。

 

 両腕が何処からか現れた紫髪の少女達に押さえ付けられる。

 

 剣先が胸にめり込み。

 

 男は筋肉と魔力と肉体内部に仕込んでいる魔術方陣で抗おうとするも。

 

 ビキビキとその全ての守りを打ち破りながら剣が肉体へと埋まっていく。

 

 光速以上に加速し続けても形を保ったままの剣。

 

 貫かれたならば、自分も何処まで加速させられるか分かったものではない。

 

 高位魔族の細胞全てを原子レベルでバラバラにされてもおかしくはないのだ。

 

 だが、まだ倒れる時ではないと。

 

 オーズタイドは自らの胸に埋まる剣が通れる程度の孔を意識して肉体から分割した。

 

 心臓、肋骨、肺、背骨、もう避ける事が出来ないならば、部分的に肉体を切り離して攻撃を免れようという話だ。

 

 が。

 

『!!!!?』

 

 少女達がそのポッカリと開いた孔を通りぬけようとする剣の柄に細い糸のようなものを結び付け、その先を男の胸の孔を通して全身に括り付けていく。

 

 光よりも速い剣。

 

 そんなものよりも尚早く動く原理は何を持って行なわれているのか。

 

 魔術か。

 

 魔導か。

 

 それ以外か。

 

 分からずとも。

 

 男は自分の全身を絡め取る糸を振り解けず。

 

 剣が胸を通過した途端に逆方向へ肉体を引っ張られていく。

 

 そのまま引き千切られながら細切れの状態で再生すればとの策もあったが、そんなのはお見通しとばかりに糸は肉体を引き千切らない。

 

 細く、鋭く、締め付け、食い込むのに肉体を傷つけない。

 

 全ての出来事が終った一秒後。

 

 男は背後で加速し続ける剣に導かれるまま、既に数万kmを超えて大地を離れていた。

 

 まるで網に掛かった魚。

 

 何処までも虚空を突き抜け続ける。

 

 2秒後。

 

 宙へと出て、男は見る。

 

 今まで自分が求めていたものが如何なる世界であるかを。

 

 少しずつ遠ざかっていく蒼き星。

 

 何処までも暗い真空。

 

 陽光すらも届かない場所。

 

 流れ去っていく恒星の光の筋が鮮やかに目へ焼き付いて。

 

『………これが我が生を掛けて求めたものか』

 

 もはや自分のいるべき時間が永劫の彼方へと去っていくのを感じながら。

 

 己が遥か未来へ足早に遠ざかっていくのを感じながら。

 

 男は呟いた。

 

『例え、永劫の先に在ろうとも、我が志は折れず』

 

 それは剣がいつの間にか消えて、それでも加速が止まらないまま放たれた……約12億6千万年後からの再戦を誓う声だった。

 

 *

 

 空に開いた孔は大きく真黒の闇を吹き払い。

 

 地平の果てまで展開された少女達の持つ盾が巨大な亀甲の如く。

 

 上空に紫色の魔術方陣を展開し、魔力を受け止め、弾き散らしていく。

 

 飽和した魔力による転化現象が大陸を覆う規模の雷撃や暴風、爆発、閃光となって弾けるも、程なく世界は雲も無い平穏な空を取り戻していた。

 

 【最従者】の殆どが消えて何処かへと去り。

 

 少年は未だ灼熱する大地の上空で異相側での準備を行なう仲間達に連絡を取ろうとしたが、先程の猛烈な魔力が乱舞した余波か。

 

 通信は一行に繋がらない。

 

 しかし、空と地表を埋め尽くす勢いだった魔族達は自分達を殺し尽くすかもしれなかった黒い魔力の霧散と強大な重圧が消えた事に戸惑いを隠せない様子でその動きは鈍っていた。

 

 ハガスから国境に向けての侵攻状況は既に最終段階を迎えており、後一押しか、二押しか。

 

 少なくとも虹色の壁から外に出ている兵と民は限界に達している。

 

「……後は頼んだ……よ……みんな……」

 

 激闘に全ての気力を使い果たした少年は意識を落とし。

 

 しかし、落下せず。

 

 その外套化した少女によってフヨフヨと魔族達に見付からぬよう空の何処かへと運ばれていく。

 

 そうして、最大の障害が取り除かれた地表に新たな異変が起こり始める。

 

 それは霧。

 

 否、蒸気。

 

 ハガスの地中から、アルヴァスの国土の大半から、同様の水蒸気が吹き上がり、【源理粒子(イデアル)】の昇華光と共に屍蝋の霧を掻き消すように雲海を形成していく。

 

 その後景は正しく神秘と言えるだろう。

 

 今、自分達が死の瀬戸際にあると知っていても、多くの亜人達が、人間奴隷達が、その後景に魅入られた。

 

「兄さん」

 

「分かってる」

 

 何も無い黒き異相。

 

 振り上げられた巨大なハンマー。

 

 【OEDS】を中心にして0と1の文字列が無数に入り乱れる魔術方陣が展開され、その光の大地には少女達が其々の役割を果たす為、手を握り合いながら陣を組んでいた。

 

「こちらは大丈夫ですわ」

 

「任せておけ」

 

「エストリアさん。こちらは準備が出来ました」

 

 ウル、エンシェン、美紗の三人が形作る三角形の中央。

 

 陣の中心には【貴族連盟登録者(パリス・ホルダー)】のバッチが置かれ、国土全域に敷かれた概念魔力の結界と連結され、巨大な出力を方陣全体へと供給している。

 

「いい、よ?」

 

「エストリアさん。みんな捕捉したよ」

 

 シルメイアと璃紗が背中合わせになり手を繋いで陣の端から、その全てを見通す魔眼で状況を確認し、自らの役目を果たす。

 

「分かりました。兄さん!!」

 

「ああ、最終調整は終った。これで……何処までやれるかはお前次第だ。ハイダル」

 

 陣を俯瞰する位置。

 

 ハンマーの上で上半身をバラバラにされたまま浮遊するアーギストがようやく調整を終え、妹の横に戻ってくる。

 

「いいか? 機会は一度切りだ。奇蹟というのは安売りするものじゃない。出来なかったら諦めろ。いいな?」

 

「はい……」

 

 既に死人にも見える兄の姿に顔を険しくしながら、エストリアが頷く。

 

「では、行きます。【|超越解釈領土機構(オーバー・エグゼゲシス・ドミニオン・システム)】モードR3。フルドライブ!!!」

 

 エストリアの叫びと共にハンマーが唸りを上げた。

 

 バチバチとその上に天使の輪の如き光の円環が生じ、それが拡大、一気に異相の果てまでも飲み込む勢いで巨大化し、上昇。

 

 同時に今までアルヴァスを被っていた全ての雲海が弾け飛び。

 

 爆風の下から異相を突き抜けて円環が迫り出し、国を囲い、その内部に複雑に過ぎる幾何学模様の方陣を生み出していく。

 

 亜人も人間も魔族も無く。

 

 その異変に翻弄された人々は見た。

 

 世界が何もかもが、取り戻されていく。

 

 真昼の如く明るく照らし出された大地は血の海に沈んでいたはずだ。

 

 しかし、それは悪い夢であった。

 

 そうとしか考えられない。

 

 魔族達の血が消えていく。

 

 その痕跡すら残さず。

 

 そして、魔族達のハガス周辺にいた者もまた悪い夢だと目を見開いた。

 

 自分達が蹂躙し尽くしたはずのハガスという都市が、ただの血が乾いて出来た巨大な輪と灼熱する溶鉱炉の如き大地だけの場所が……薄らと陽炎のように元の形を取り戻していく。

 

 【源理粒子(イデアル)】の光の中で何もかもが嘘だったとでも言うのか。

 

 幻だったとでも言うのか。

 

 現実が塗り変っていく。

 

 そうして、全ての者達が何よりも驚いたのは……粒子の光が強まるに連れて、何も無いはずの場所に多くの影が形作られていく事だった。

 

 亜人がいた。

 

 魔族がいた。

 

 人間がいた。

 

 兵がいた。

 

 彼等は一様に驚いた様子で呆然と自分達の様子に狼狽しているようであった。

 

 魔族達があまりの事に何が起こったのかと顔を見合わせる間にも奇蹟は続く。

 

 侵略者の多くがハガス北部の異相の大穴へと引き寄せられ、吸い込まれていくのだ。

 

 抗う事の出来ない引力が雲霞の如くやってくる魔族の大半を押し潰す事もなく巨大な竜巻のように回しながら奈落へと連れ去っていく。

 

「全体復元率97%。固定化まで残り工程1243322!! 璃紗さん!! シルルゥさん!!」

 

「もう、少し……」

 

「頑張ろう」

 

 二人の幼い少女がその両目を見開き、ハガスを中心にしてアルヴァスの全ての領域を直視し、その中に彷徨う者達を見つけていく。

 

 魂魄。

 

 要は死んだ者の魂だ。

 

 肉体を失い途切れ掛けた存在の一欠けら。

 

 それを四つの魔眼が取り零す事なく見つけ、同調する魔術方陣によって捕捉し、肉体に定着、意識や記憶の再構成をさせているのだ。

 

 死者の復活は魔術を極めた者ならば、出来る事だ。

 

 聖女だとてやろうと思えば、やれるだろう。

 

 しかし、あらゆる制約とその難しさから生命の甦りなんてものは1人だけでも相当な資源(リソース)がいる。

 

 だが、亜人、人間、魔族の区別無く。

 

 それを【OEDS】は可能にしていた。

 

 命を元に産み出された【源理粒子】を増やし、運用するからこそ、あらゆるエネルギーが出力可能だからこそ、粒子を再び命として巻き戻す事すらも可能なソレは……秘儀の箱と呼ばれる。

 

「粒子残量が……」

 

 片目の【視宝泉(ジェミス)】を輝かせながら、膨大な粒子と演算力を消費するモードの維持に脳裏で微修正を繰り返していたエストリアが唇を噛む。

 

 初めて使う機能は恐ろしく高度で緻密な出力の制御を使用者に要求する。

 

 そして、何よりも恐ろしい勢いで【崩燼機関(ソルヴァス・エンジン)】の燃料を喰らう。

 

 影絵の屍蝋と化した少女を救った時は生きている相手の構成物質を原子レベルから別の物質で再構成して救う事となったが、今回は完全に物体として崩壊した存在の因子。

 

 つまりは熱量で焼けたり、解けたり、拡散したり、変質したり、変換されたりした物質やエネルギーを最小単位レベルから掻き集めて、再変換、最変質、再構築する事で“本人と同じ物質”で復元している。

 

 どうしても足りない部分は以前の少女と同じようにするが、殆ど個人の構成物質に対する極小レベルでの時間逆行と然して変わらない異常な程に複雑な工程は消費粒子量も前回の少女の比ではない。

 

 それを魔族まで含めてやろうというのだ。

 

 一体、どれだけのエネルギーがあれば可能なのか。

 

 エストリア以外には見当も付かないだろう。

 

「(このままだと途中で再構成が止まって……でも、工程で削れるところなんて)」

 

「ハイダル。今から【崩燼共鳴機関(ソルヴァス・レゾネーター)】を直結する。これで粒子残量は問題無くなる筈だ」

 

「まさか、退避させてたんですか?!」

 

「ああ、こんな身体にされる前にな。遠隔にあるが接続は問題ない。リンクの制御はこちらで受け持つ。お前は今の状態を維持しろ。元々、【崩燼源動機関(ソルヴァス・オリジナル)】の予備粒子貯蔵の為に設計されていたものだ。問題なく動く」

 

「は、はい!!」

 

 首、両肩、両腕が繋がっていない状態。

 

 バラバラ死体が横で動いているようなものに違いなかったが、そんな状態になってまでも自分を助けてくれる兄にエストリアは僅かに涙する。

 

 これ程に誇らしい兄は他にいないと。

 

「リンク確認!! 接続開始!! 供給弁開放!! この量なら!! 全てのオペレーションが終るまで大丈夫そうです!!」

 

 少女達の乗る方陣の下。

 

 複数の黒い巨大な正方形が朧げに浮かび上がると奔る線(ライン)の輝きが増していく。

 

「ああ、慌てず丁寧にやれ。ハイダル」

 

 妹が誰も死なせたくないと。

 

 自分の国を守りたいのだと。

 

 そう戦場の光景に泣きじゃくっていたところに合流した時。

 

 彼は、アーギスト・エス・トリアは……本来ならば、封印し続けておこうと決めていた能力の一部を開放した。

 

 死人の|再誕(Rebirth)。

 

 物体の|再構築(Reconstruct)。

 

 世界の|再生(Regeneration)。

 

 これら三つを束ねる教会の聖典に約束された復活の日を再現する機能。

 

【再述世界(World of Re:code)】

 

 “来るべき日”を迎える為の中核プログラムの一部は主神ですら単体では不可能であろう事をやってのける。

 

 その能力は正しく救世主の力として相応しいものだろう。

 

「皆さん!! 後、もう少しです!! 頑張って下さい!!」

 

 エストリアの言葉に誰もが頷いた。

 

―――世界は色を取り戻していく。

 

 一夜が明ける頃、何事も無かったかのようなアルヴァスの一日がやってくる。

 

 その朝焼けの中にあって、魔族の雲霞が消えたのはそれから20分後。

 

 アルヴァスの国土が異相より隔絶され、霧が止まった頃の事であった。

 

 *

 

 テクテクと歩いていた黒猫は異相の中。

 

 遥か下に魔族達と七教会が睨み合う様子を見つめていた。

 

 将を失ったものの。

 

 生き返った者も含めて再び戦力を増やした魔族達は再生した大陸規模の鯨の如き何かの周囲で隊列を組み直し、再編を図っている。

 

 七教会側にしても大艦隊が猛烈な打撃を加えた戦果が全て水の泡と消えたのを機に攻めあぐねていた。

 

 未だハガス北部の異相の境界は亀裂が大きく。

 

 復元されている様子は無い為、魔族達が再び侵攻を開始してもおかしくはない。

 

 次なる激突となるかどうか。

 

 それは一重に彼等魔族の主の心持次第だろう。

 

「マヲ?」

 

 黒猫が自分の前方からやってくる人影を見た。

 

「……【基幹異種(バルバロス)】か」

 

「マゥヲゥ」

 

 その声にフルフルと首を横に振って違う違うアピールする黒猫が再び気配を感じて後ろを振り返る。

 

 すると其処には亜麻色の髪に同じ色の厚手の生地を用いた民族衣装を着込んだ女が歩いて来ていた。

 

 まだ十代だろう。

 

 しかし、大人びた視線は黒猫の前にいる影に向けられている。

 

「お帰り願えますか?」

 

「名は?」

 

「セイリ・ティウアズライト・エルトメトロ・ニェハエル」

 

「神器封印者の家か」

 

「神器?」

 

「知らぬならいい。オーズタイドが破れた以上、偵察隊は引揚させる。だが、あの鯨は置いて行く。オーズタイドの個人的な私物だ。置いておく場所など此方には無い」

 

「……お名前を伺ってもよろしいですか?」

 

「【三極会議(トレス・コンペンテトゥス)】直轄部隊の長。ベルナティカ・アーディガンだ」

 

 影は答えたものの。

 

 その瞳は地表へ続く異相の穴から見える空に向いていた。

 

『相変わらずのようですな』

 

『かかか。まったく、変わらず空がお好きなようで』

 

『お久しゅうございます。ベルナティカ様』

 

『随分とお綺麗になれたようで』

 

 突如、声がしたかと思うと黒猫の頭上に四つの水晶の球が転移してきていた。

 

「貴様ら……そうか。その猫が継承者か」

 

 影が静かに水晶球達を睨み付ける。

 

『ええ、ええ、その通りで』

 

『実に聡明であらせられる』

 

『それでなのですが、神器を復活させるに当たり、兵が足りんのです』

 

『其処に落ちている中隊。拾って良いですかな? ああ、あっちの大きいのも入れると大隊ですかな』

 

 悪びれない様子の声の主達に厳しい視線を向けていたが、フッと彼等に背を向けた。

 

「どうせ、貴様等の事だ。最初から何か仕組んでいるのだろう」

 

『まったく持って、その通りで』

 

『実は黒の逆者が手に入りましてな』

 

『かかか。いやはや、悪いですなぁ』

 

『では、貰い受けていきます』

 

「聞かせろ。貴様等は今何の為に行動している」

 

 ベルナティカと名乗った相手の尋ねに対し。

 

『無論』

 

『勿論』

 

『言うまでも無く』

 

『ただ、我ら自身の為に』

 

 そう答えが返り、ベキンと全ての水晶球の表面が罅割れた。

 

 それは影の主が一際強く睨んだせいだ。

 

 たった、それだけの事で魔族の中でもそれなりに旧い存在である彼等が乗り移った特別製の器は亀裂を入れられていた。

 

『おお、その五千年前から変わっていない癖はどうにかした方が良い』

 

『貴方様の視線はそれだけで死人が出ますからな』

 

『彼女に会っていかれないので?』

 

『探せば、そこ等にいるかと思いますが』

 

「殺す気も失せた………せいぜい、悪足掻きでもしていろ」

 

 影の主がそう言ってフッと異相の闇の奥に姿を消した。

 

「マヲ?」

 

 水晶球達に知り合いなのか尋ねた黒猫だったが、魔族達は何やら左右に身体?を振って亀裂から粉を払い落とすとフヨフヨ大艦隊と睨み合いをしている魔族達の方へと飛んでいく。

 

『では、我らはこれで』

 

『とりあえず神器の方に誘導するか』

 

『まったく兵も増えて、乗り物も付いて来るとは今日の収穫は上々』

 

『もう全員が血に混じって喰われたようだ。ふむ……出来れば師団が良かったが、今日はこれで良しとしよう』

 

「マヲマヲヲ!!?」

 

 ウチにそんなの連れて帰れないから!!と止めようとした黒猫だったが。

 

『異相で飼うなら、問題無い』

 

 そう言われて黙るしかなかった。

 

 何だか何もしない内に話が纏まってしまったらしいと感じて。

 

 セイリが黒猫を見やる。

 

「ええと、クヲン様ですね? マヲン様がいつも出不精な妹がいると言っていましたが、お初にお目に掛かります」

 

「マヲ~」

 

 黒猫が振り返って片足を上げて挨拶する。

 

「その、それで今の方達は……」

 

「マゥ……!!」

 

 何かを思い付いた様子で黒猫が鳴くと周囲に複数の子供の落書きみたいなものが魔力の光で浮かび上がった。

 

 一枚目は惑星の上で何かがモワモワと飛び出てくるシーン。

 

 二枚目はそれを自分の足蹴にした黒猫のシーン。

 

 三枚目はその靄を筆頭に猫達が平伏しているシーン。

 

 これで分かった?と言いたげな黒猫にセイリが苦笑気味に理解して頷いた。

 

 自分の知らないところで自分の知らない大事が色々と起こっている。

 

 そして、彼女達の仲間であるマヲンの妹もまたそういう場所にいて何かをしているのだと。

 

「マヲ~」

 

 黒猫がその前足で異相の中、ずっと同じ位置にいた魔族達と巨大な生物を指した。

 

 動き出したらしい。

 

 遅々とした動きにしか見えなかったが、すぐその前方に巨大な魔法陣が展開されるのを見て、転移で何処かに飛ぶのだとセイリが理解する。

 

 最大望遠の光学観測魔術で相手を捉えた彼女の目には一様に何だか可笑しそうにケタケタ笑いながら、間の抜けた顔でいる魔族達の様子が見えた。

 

 唇を読めば、何やら魔族らしからぬ事を呟いている。

 

 『やったね!! 仲間が増えたよ!! クヲンちゃん!!』だの『ふぉおおおお!!!? これが俺のオッパヒィィイィ。え? 止めろって? あ、はいはい。分かった分かった。でも、基本的に俺はお前でお前は俺で』だの『ピャァアアアアア!!?! アタシ女の子にナッテルゥウウウウウウウウウ?!!』だの悲喜交々(ひきこもごも)の様子である。

 

 何がどうなっているのか分からないが、少なからずこれで魔族側からの襲撃は終ったという事だろう。

 

「私はあちらと合流して次の段階に掛かりますが、クヲン様はどうされますか?」

 

「マヲ?」

 

 次って何?と言いたげな黒猫にセイリが告げる。

 

「本来はもう少し後になるはずでしたが、事前準備は終っていたので、何とかなるはず……そう言えば、まだ来た事が無いですよね? 我々【聖王同盟(サクラム・フェデレイションズ)】の本拠地には」

 

「マ~ヲ」

 

 頷く黒猫に一角の国の主は薄らと微笑んだ。

 

「では、ご案内します。きっと、今頃紅亜達さんが停泊許可を貰いに行っていると思いますので」

 

「マーゥ?」

 

 黒猫が異相の中にセイリと共に消えた頃。

 

 魔族達もまた消えてしまっていた。

 

 後にはただ虚空だけが残り。

 

 その最中には【ひひひ♪】と声が静かに響いていた。

 

 *

 

―――首都ハガス北部。

 

 未だ甦りと大地の復元が続く都市の中。

 

 何とか国境域に転移で逃げ延びて、各地に指示を出していた元老院上層部は暗い奈落の淵に舞い戻ってきていた。

 

 その中心ではペンを持ったドゥーズが10秒で一枚の書類を両手で書き上げながら、次々に指令書を出して軍と民間の混乱の収束に尽力している。

 

 他の者達も其々の管轄下の人員を総動員して国内の状況把握に努めていた。

 

 そんな兵が数人しかいない簡易の野戦テントにやってくる人影が二人。

 

 学生服に学帽姿のツインテールな麗人と麗しい少女が1人。

 

 兵士達はすぐに取り押さえようとしたが、ドゥーズは即座に手で静止した。

 

「君はあの時の……」

 

 緑炎騒動の際。

 

 少年を救う為に入れないはずの場所に入り口を作った魔族の少女。

 

 角、翼が生えていた時とは違い。

 

 人間姿となったエフィリム・エーネをドゥーズは確かに覚えていた。

 

「我輩も本当なら色々と尋ねたい事がある。しかし、今はそうも行かない。なので、手短に話を伺いたい」

 

「あの黒い魔力の雨から大陸を守る為に消耗した本拠地を此処に停泊させて欲しいんです。ドゥーズ・スィール・フォイル閣下」

 

「アレは彼と貴方達の力でしたか。後でお礼に伺いたい。それはともかく貴方のような存在に我輩は閣下等と呼ばれるような者ではありません。小さな淑女(レディー)……気安く呼んで欲しい」

 

「では、どぅーずおじさまと」

 

 一つの身体に二つの人格。

 

 そんな少女の事を気にも留めず。

 

 ドゥーズが頷いた。

 

「どうぞ。我が国の守った者を受け入れない事という事は在り得ない。それで船は何処に?」

 

「あ、いえ、船ではなくて」

 

「船ではない?」

 

 エーネが姉に代わりニコニコと告げた。

 

「丁度良い大きさなので、出来ればそこの穴を貸して頂ければ」

 

「―――ッ?!!」

 

 思わずドゥーズが一瞬信じられないようなものを見る目となって、自分達の上空に近づいてくるソレを凝視した。

 

 大きい。

 

 大き過ぎる。

 

 今回の一件で灰色の巨大な魔族によって異相側から空けられた大穴はハガス北部から国内の北部の大半を飲み込みそうな勢いで広がっていたが、それに勝るとも劣らない巨大なソレが彼の目には見えていた。

 

 異相の内部から、国の国境域から、それは確認出来る。

 

「浮遊大陸ハルトゥム。我々【聖王同盟(サクラム・フェデレイションズ)】の本拠地です」

 

「ていはくのきょかをいただきありがとうございました。どぅーずおじさま」

 

 その朝、魔王の側近集団の本拠地が北部の失われた大地の代わりに異相の穴へと落着。

 

 ほぼ済し崩しではあったが、アルヴァス亜人国は名実共に反七教会派の一大基盤として、その“地政学的な乗っ取り”を許容した。

 

「……………利用させてもらっても?」

 

 呆然としながらも政治家らしく呟いたドゥーズに帽子を取った紅亜は笑んで答える。

 

「無論です。建前は“乗っ取られた”で結構。出来れば、“我が国”と七教会の交渉に付いて少し助言と助力を頂ければ幸いです」

 

 そうして、実り深き秋は終ってゆく。

 

 来るべき冬の到来へ備える為に。

 

 新たなるアルヴァスの門出は反七教会派が多数である国家からの救援物資と七教会側からの非難声明と救出プランの策定によって彩られ、賑やかに騒がしく進んでいく。

 

「………」

 

 空の上に漂う少年の胸が僅かな懐かしさに染められた事はまだ誰も知らない。

 

 世界は転じる時期を迎え、人々は真実へと近付きつつあった………。

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