第三章百七節「ころころ」
少年の目がさすがに気になる周囲の状況を見て、キョロキョロした。
左側には登校してきたばかりらしい海洋系亜人の女生徒。
【海乳獣《モナト》】と呼ばれるユーモラスな顔の哺乳類にも見える学生が下着姿のまま登校していた。
右側には同じく獣人と思われる少女達がきゃっきゃと慎ましくも姦しい様子でやはり下着姿のまま歩き去っていく。
「どうかしましたの?」
超乳やすじを隠さず。
強調しながら飾り立てる紫を基調とした特注下着姿のまま。
彼の真横でウルが訝しげな表情で少年に訊ねる。
「見えちゃったりしないのかなぁ、と」
「見えちゃうって何がですか?」
少年が後ろを思わず振り向くと“普通”の改造学生服姿の少女。
エストリアが早足によってくるところだった。
「あ、エストリア」
「はい。イクスさんのエストリアです。ふふ」
いつもよりも少しにこやかな普通の学生服を着た彼女に少しホッとしたのも束の間。
「あ、ウルさん。新しい制服にしたんですね」
「ええ」
「せい、ふく?」
思わず少年が訊ねると少年の三歩後ろを着いてきていた璃紗が思わず笑った。
「イクス。忘れちゃったの? 先週からパートナー間にしか見えない下着が制服になったでしょ」
「そう、だったかな?」
初耳な気がしたのだが。
「“いつも通り”、だよ?」
璃紗の横を歩くシルメイアの声にそうだったかもしれないと少年はとりあえずマジマジと自分の横を歩くウルの姿に見入った。
「少子化対策に学校では登録された男女同士の子作りも義務化されたじゃありませんの」
今も少年にだけ丸見えらしい下着姿のウルがサラリと制度変更の事実を告げる。
「……そう、だったかな?」
「そうそう」
「そうですわ」
「そうですよ」
「そう、だよ?」
璃紗、ウル、エストリア、シルメイアの四人が笑みを浮かべる。
その表情に含まれる期待と微量な媚と艶やかさが少年の股間を朝に三回してきたとは思えない程に熱くする。
「イクスさんの従者として……仕えられて……僕も嬉しいです」
少年の前を璃者と同じ女給姿で歩く少女又は少年。
【両性具有(アンドロギュノス)】という珍しい性であるネハシムが頬を染めて笑みを浮かべた。
「あ、イクスさん。これ……」
エストリアが少年の横に付き。
歩きながらそっと何やら小さな指輪を差し出した。
「これは?」
「忘れちゃったんですか? パートナーの付ける性具(おもちゃ)は男性が管理するんですよ? さ、嵌めて下さい」
イソイソと右の利き手の薬指にその銀色の指輪が通された。
すると、それだけでフルフルとエストリアが震え始め、蕩けた表情で少年へ寄り添う。
「イクスさんの魔力や指の動きや意思で動かせるんです。い、今はあ、朝ですから……魔力を抑え気味にしてくれないと……んっ……私、このままイクスさんのせいで達しちゃいますよ?」
耳元で甘い吐息を零されて、少年が意識して指輪に止まれと念じてみる。
すると、少しエストリアの顔色の悩ましげな繭が八の字から平常に戻った。
「休み時間やお昼休みにしましょうね? イクスさん」
「……ぅ、うん……」
その囁きが終ってすぐ。
校門が見えてくる。
すると、其処には過激な下着を身に付けた亜人女子が屯する場所と化していた。
男子生徒達も何やら一部仲の良さそうな女生徒に熱い視線を注ぎつつ。
カップルで校門の持ち物検査を終えて入っていく輩が多い。
何故、少年には他の女生徒の下着姿も見えているのか。
定かではなかったが、とりあえず全員で敷地内へと入る事が出来た。
しかし、それも束の間。
「イクス。おはようございます」
「あ、美紗」
少年の往く手に黄金の鬣のような髪の毛に獣人らしい両手両足を供えた彼女。
元貴族警邏隊所属なライオン☆ガール。
奏美紗がやってきていた。
その姿は純白の下着姿だ。
ウルや朝方に少し寄るところがあると分かれたエンシェンとは違い。
さすがに丸見えな代物ではなかったが、純白は必ずしも清純さを意味しないのか。
やはり、下着の生地は薄く肌を見せる代物で装飾の刺繍の合間からはハッキリと肌が見えていた。
その股間は何故か既に大きく染みが出来ており。
僅かに蜜が糸を滴らせている。
「朝からご盛んなようですね。璃、璃紗に無理をさせてはいけませんよ。繋がるように設定しているのは私自身ですが、起きる前から二回も達してしまいました……」
頬を染めながらもギロッと少年を美紗が睨む。
そう言えば、少年と交わる少女達からの提案で全員に毎日するのは大変だからと回数を減らす目的で膣内を空間的に同期させ、時には子種まで共有出来るようにしていたが、その設定は個々人で違う。
最初は全員繋がりっ放しだったのだが、さすがに日常生活に支障が出そうだったので繋げられるかどうかを自分で選べるようにしているのだ。
実の妹である璃紗が無理をさせられていないか心配だ。
という大義の下に常時妹と繋がっているらしい美紗が濡れているのはそういう事らしい。
子種を共有するのは妹のものを姉が取るわけにはいかないと遠慮しているとかいないとか。
細かい話は少年にあまり話されていなかったが、誰もが交わる為の諸事情に熱心なのは間違いなかった。
「すぐですが、校舎まで一緒に行きましょう」
学校で人間ハーレムと揶揄される少女達の輪へイソイソ入り。
「今日は放課後に会いに行きますからね」
そう、少年の後ろを確保した美紗が控えめな声で耳元に囁く。
「う、うん」
その答えに気を良くしたのか。
僅か笑みを深くした獅子少女は一言。
「今日も沢山しましょうね」
甘く甘く媚びた声で少年を予約した。
朝から少女達に囲まれた少年はそうしてようやく自分のクラスに辿り着いたのだった。
*
“いつも通り”の昼休み、というか。
本日は授業は午前中だけらしく。
既に放課後と化した昼食時。
少年は少女達から少し離れてお手洗いにいた。
さすがに其処までは付いてこないものの。
何かがおかしいような気もするアルヴァス・カレッジの様子は長閑で和やかで嬌声に満ちている。
とりあえず。
講義後の休み時間の度にクラスメイト達が男女で出て行き。
帰ってくると女性側だけがやけに色っぽく息を荒くしているという場面が繰り返された。
講義の合間も妙に男女でイチャイチャする者が多数。
真面目に講義を終えた少年にしても、その度に世話を焼きに来る璃紗とネハシムが甲斐甲斐しく。
妙に桃色な空気を体感していた。
それも終り。
ようやく少女達と昼時だとホッとしたような心地も束の間。
集合場所である敷地内の庭の片隅には少年を待ち構えた飢えた野獣。
もとい完全にトロンとした瞳で待つ牝が数人屯していて。
そのまま食事だけでは済まないだろう空気を察した少年は一人になれる場所であるお手洗いに一時、身を寄せていた。
四六時中見られているというわけでもないのだが、それにしても今日は何かがおかしい。
だが、それを思い出そうとしても、思いつく事一つ無い。
よくよく他の講堂を通り過ぎ様に見てみれば、若い盛りの少年少女がカップル同士で交合(まぐわい)ながら、イチャイチャしていて、妙に居心地が悪い。
落ち着ける場所にやってきたものの。
雰囲気はそう変わらない。
だが、其処にはクラスメイトの一人が先にいた。
「イクス」
「あ、サイカ」
兎型の亜人にして璃紗のいた月兎亭の跡取り。
今も少年と友人という間柄の彼はその眼鏡を何やらキラリとさせて、横で手を洗い始める。
「璃紗から聞いていたけど、あの制服に少し戸惑ってるんだって?」
「え、いや、ええと……」
「いいじゃないか。君の事を他の連中は人間ハーレムの主なんて呼ぶけど、実際羨ましがる奴等は多いんだ。名家の子女五人と女給を二人侍らせてるんだから」
「あはは……」
「バーゲル女史は元々女生徒から人気が高かった上、近頃はあの乳房だからな。一応、顔の事は除いても狙ってる男はいた。エス・トリア女史は不良と言われてるが、改造制服なんか見ても分かるように流行のファッションに敏感で今じゃ密かに女生徒達が真似てる。居候先のゼオ家の娘さんは大食いと評判だけど、亜人の中でも珍しい類型(カテゴリ)だから、実際お近づきになりたい男子は結構多いし。フォイル家や奏家の方に至っては正直羨ましいと上流の貴族連中が指を咥えて羨んでる」
「うん。まぁ……」
「誰にも取られないよう。しっかり、愛して繋ぎ止めておくといいよ」
「それは勿論」
「それがいい。夕方くらいからウチに全員で来るのはどうかな? 久しぶりに璃紗の顔を見たいって子も多いし。伸び伸びやるなら準備しておくよ?」
「じゃあ、後で伺っても?」
「勿論さ。じゃあ、僕はこれで。食事なんかも用意しておくから、部活が終ったらまた会おう」
友人が手を上げて、ドアの先に消えていく。
そうして、少年もまたお手洗いから出て、窓越しに今も制服や下着姿で自分を待つ少女達を見やった。
何かおかしいとは思うのだが、それをどうにかしようという気は湧いて来ず。
まずは食事にしようと少年は少女達と合流する事とした。
*
「イクスさん。あーんです」
「あ、あーん」
「イクス。茹で麦です。ほ、ほら、あーんしなさい」
「あ、あーん。んく」
「イクス。わたくしがお魚を食べさせてあげますわ。あ、あ~んして?」
「あ、あーん。んっく」
「イクス。このエンシェンが肉を口移しにしてやろう。ん」
「んぐっ」
「ゴハン。オイシイね? パーパ」
「う、うん」
エストリア、美紗、ウル、エンシェン、シルメイアの順にそれぞれ口を開くやら頷くやら目まぐるしく食事していた少年は二十分程で食事を平らげていた。
食べた後は魔術式の洗浄を行なう膜で綺麗に口内を璃社に磨かれ。
少女達に引っ付かれるやら胸を押し当てられるやら、その光景は周囲で食事していた男女諸々からの好奇の視線に晒されている。
他の相手からはパートナーの下着姿やらは見えないらしいとはいえ。
それでも少年には女生徒達のほぼ全員が下着姿と見えている。
落ち着かない感じは否めなかった。
食事を終えた少年はこれから武芸術部の部室に向かおうという状態なのだが、それを切り出す前にウルがイソイソと少年の前に出て、艶やかな微笑でその胸をその顔の前に差し出した。
「イクス……いつもみたいにわたくしのデザート、食べないのかしら?」
クスクスと笑みながら突き出された超乳。
そのフルンと震える桜色の蕾(ちくび)は既に大きく膨らんでいて、その先端に薄らと白くてとろみのある液体を滲ませていた。
「えっと……」
「ウルさん。羨ましいです……わ、私もイクスさんの赤ちゃん出来たら、飲ませてあげますからね!!」
「わ、私だって、ウルさん程はありませんが、赤ちゃんさえ出来たら、ちゃんと飲ませてあげます!!」
「このエンシェンももうすぐだから。期待していろ。イクス」
「璃紗だって」
「パーパ。モテモテ」
「皆さんが……羨ましいです。僕もお乳が出る身体だったら……」
ネハシムを含めて、少女達がウルに羨ましそうな表情を向ける。
「さ、イクス……わたくしのお乳……あなたの赤ちゃんにあげるお乳、吸って? 今は、今だけは貴方のものなのだから」
男が乳に弱いというのは古今東西如何なる時代でも共通の真理。
ご多聞に漏れず。
少年もまたそれなりに女性の胸には魅惑される性分だ。
そっと、その舌が左胸の先端に触れた瞬間。
「んっ……」
恍惚とした表情でウルが身を震わせ、その丸見えの股間のすじからクチュリと蜜の糸を地面に落とした。
そのまま舌が膨らみを押し潰し、唇が大きな乳輪ごと乳房を食む。
「ん、ぢゅ、ぢゅう、んっく、ん、ちゅ、ちゅる、ぢゅるる……」
少年が開いた右胸を下から持ち上げるようにして柔や柔わと緩やかに揉みしだき。
溢れる母乳を吸いながら、その濃厚な甘い香りを味わい。
コリュコリュと乳首を舌全体で捏ね。
ガムを転がすように愛撫した。
「イクス♡ イクス♡ わたくしのお乳、美味しい?」
「う、ん……甘くて、ちゅ、芳しくて……」
「そう 今は全部貴方のものなのだから、遠慮しないでいいのよ」
まるで我が子を慈しむような母の目で、牡に媚びる牝の目で、入り混じる色を瞳の奥で揺らめかせながら、ウルは自分の胸に顔を埋める少年の背へ愛しそうに腕を回した。
「んっ♡ んっ♡ ぁっ♡ 本当に赤ちゃん、みたい……ふふ……」
しっとりと全身に汗を浮かべながら、蕩けた表情で妖艶に微笑む姿に周囲の少女達はいいなぁという顔でいる。
それどころか。
姿は普通に見えようと胸に頭を抱き閉められている少年が何をしているのか分かっているだろう男女別無い生徒達がマジマジとその光景に釘付けとなっていた。
庭では普通に交合(まぐわい)続ける生徒達がいるのだが、ただ乳房を吸っているだけのプレイでも、ウルの魅力は男女共に目を引いたのだ。
中には真っ赤になりながら、自分のパートナーのだらしない顔に怒る女生徒だけではなく。
更に激しく燃え上がっているらしき者もいる。
「ちゅ、ちゅ、んく」
少年がようやくチュポンと音をさせて乳房から口を離すと。
見上げたウルはもう完全に出来上がった様子で少年の手を取ると股間に触れさせた。
ニュヂュッ。
粘着いた音。
すじから零れた蜜は既に地面を小雨を降らせた如く濡れ光らせていて。
細い指に触れられた瞬間に胎内(なか)が火の灯ったように熱く火照ったウルはこのままして欲しいと潤む視線で訴えた。
しかし、少年はクスリと笑って、全員に武芸述部に行こうと促して、その場の撤収に掛かった。
悩ましげに股間を震わせたウルはそれでも部室までの我慢だと何とか自制を働かせて。
少年へ寄り添い気味に付き従う。
こうして人間ハーレムの少女達がイソイソ食事を終えて武芸術部へと向かうと。
庭の男女の大半はこう呟く。
羨ましい、と。
それは少年だけではなく。
少女達にも向けられた言葉に違いなかった。
*
少年達が部室に入ると。
途端に少女達は理性を失ったかの如く。
少年を椅子に座らせると唇や頬に口付けの雨を降らせ。
その両手を取っては自分の蕩け切って蜜の溜まったすじをクチャクチャと指でなぞらせた。
左手を取ったは美紗。
右手を取ったのはエストリアだ。
「イクス。私のここ……もう……貴方の指でして下さい」
「イクスさぁん♡ 分かりますか? 小っちゃい玩具が入ってるんですよ? イクスさんの魔力で今も動いて……んっ♡」
「可愛いよ。二人とも」
「んっ♡」
「あっ♡」
優しく指先がすじにめり込んで膣内(なか)に潜り込み。
余った指が淫核(クリトリス)を優しく捏ね始めた。
それだけで完全にはしたない牝の顔となった二人が快楽と恍惚に身を震わせる。
「イクス♡ わ、わたくしのお乳、まだ片方残ってますわよ?」
「ウル……ちゅ」
「ふぁぁ♡ ふ、んっ♡」
誘ったウルが乳房を差し出し、先程とは逆に右胸を吸われて甘い声を上げた。
「今、このエンシェンが楽にしてやる」
「パーパ♡」
「イクス♡」
「イクスさん♡」
少年のベルト下。
エンシェンを筆頭にして少女達が大きく膨れ上がった幹を開放し、左右の玉をシルメイアと璃紗が、長い裏すじをネハシムが、亀頭をエンシェンが、其々唇と舌で舐めしゃぶり始める。
もう部室内は完全に淫猥な匂いに満ち。
立て掛けられた刀剣の威厳も何もありはしない。
薄桃色の空気の中。
響くのは肌を愛撫する粘着いた音だけ。
そうして、次々に少女達は達していく。
「イクス。わたくし、もうっ♡ んっっ♡♡♡」
最初にウルが。
「イクスさぁん♡ あ、あ、ぁっっ♡」
次にエストリアが。
「イクス。もぅ♡ 貴方の指で……っ♡♡」
三人目は美紗が。
「舐めてるだけなのに♡ イクスぅ♡」
「パーパの、凄い♡ オイシイよ?」
「イクスさんッ、僕、もう♡」
少年の大きな睾丸と幹を愛おしそうにしゃぶっていた三人が同時に。
「イクス。こんな♡ ただ咥えてるだけなのに♡ ん♡ くっ♡」
最後にエンシェンが。
誰も彼も股間を濡らし、甘い声を漏らしながら、汗に濡れ、全身を振るわせた。
「みんな、綺麗だよ」
少年の声に悩ましげな視線で疼く身体を更に少女達が摺り寄せようとした時。
ガラッと部室の扉が開けられる。
「あ、ゼオ?! な、ななな、あぅ?! くッ、に、逃げるぞ!! ゼオ!!?」
「え?」
今の今まで気だるく心地良い脱力に晒されていた少女達は半ば夢現だ。
その桃色な部室の中に走り込んできたのはユアル・ラオ。
猫耳なる武道少女だった。
いつもエンシェンの家に世話となっている彼女は何やら快楽に染まっている少女達とは違い。
かなり理性的な瞳をしていて、咄嗟に反応出来ない少女達の中心にいる少年を魔術らしき見えない念動力で引き寄せると羽織っていた外套で包み、逃げ出した。
少女達が思わず目を丸くする。
その合間にも連れ去られる寸前。
少年は『放課後に月兎亭で―――』と伝えようとしたが、最後まで喋らせて貰えず。
ポカンとした少女達は取り残されて数秒後。
ハッとした様子で追い掛けようとしたが、自分達の姿に今気付いたと言わんばかりに驚き、羞恥の表情になるとイソイソ着替え始めた。
「ど、どど、どうなってるんですの?!」
「このエンシェン。こんな恰好で出歩く趣味は無いのだが」
「はぅ?! イクスさんとする日以外にコレ付けて来ないのに?!」
「あ、うぅ?! こ、この下着!? 勝負下着で買った奴で?! こ、こんな姿で私は出歩いていたのですか?!」
「イクス……さん?」
少女達がてんやわんやしている最中。
璃紗がシルメイアを見る。
「シルメイア……」
それに気付いて少年の娘はニコリ。
「パーパ。愉しんでくれたよ?」
そう呟いた。
*
「はぁはぁはぁはぁ……うぅ、どうなっているのか分かりませんが、こ、此処まで来れば」
アルヴァス・カレッジの至るところでカップルがイタシテイルのが見て取れ。
恥ずかしさはフルスロットル。
だが、それでも少年をお姫様抱っこしたまま走ったユアル・ラオは落ち着ける場所をようやく探し当てていた。
其処は誰も使わない校舎最上階から屋上に出る踊り場に併設された時計を動かす為の機械室。
要は文字盤裏の小部屋だ。
「ユアル?」
「ゼ、ゼオ!! 貴方は正気ですね?!」
「正気?」
「はい!! こ、こんな、は、破廉恥な学園では無かったのにいきなり、だ、男女がく、くんずほぐれつしていて、今朝登校中に驚きました!!」
「えっと、うん。何かおかしいなぁとは思ってたんだけど」
「善かった!! 他のクラスメイト達に聞いても、まるで当然のように受け答えされるばかりで……これが何かしら、魔族側が攻めて来た時のような異変の片鱗なのではないかと。ずっと調査していて!!」
「そうなんだ?」
「ですが、まともな相手が見付からず。ゼ、ゼオが部長や他の子達とああいう関係なのは知っていましたが、やはり貴方はまだ完全に毒され切っていなかった……本当に良かった」
「う、うん。それでなんだけど、出来れば、服を」
「あぁ?! す、スイマセン?!」
ようやくまだ自分が少年を抱えあげたままだったと気付いて。
ユアルが少年を下した。
背を向けて埃臭い機械室のカタコトという歯車の音を聞きながら、身支度を整えた少年が振り返ると。
いつも言葉少なな様子とは違うユアルが少し頬を染めて座っていた。
「少し此処で休憩しましょう」
「うん」
少年が横に座ると安堵の息を零して、ユアルが身体から力を抜く。
「それにしても今朝から破廉恥な事ばかりでした」
「想像は付くけど」
「うぅ、よりにもよって……私をパートナーにと申し込んでくる男子が多くて」
「それは……慶んでいいのか悩むかも」
「悩むどころではありません!! だ、男子達は例外なく……こ、股間を膨らませていましたから」
「……ごめん」
「ゼ、ゼオが謝るような事では……」
二人の間に早くも沈黙が下りた。
しかし、そうもしていられない。
というのが、ユアルの心情だろうと少年が視線を向けて訊ねる。
「これから、どうするの?」
「分かりませんが、何か問題があるなら、どうにかせねば」
「それなら、少し心当たりがあるんだけど」
「ッ。では、その心当たりを当たりましょう!!」
「あ、いや、たぶん、明日になれば戻ってると思う」
「戻ってる?」
「悪戯の類なんじゃないかと。そもそも魔族が来た時みたいな異変なら、すぐに軍隊とか賭け付けて来るだろうし」
「それは……そうかもしれませんが」
「それに一応、パートナー同士だけでしてるみたいだから、然して問題無いんじゃないかな」
「本当に?」
「絶対問題無いとは言い切れないけど」
「納得出来ませんが、ゼオが言うなら、その通りなのでしょう」
「信じてくれるの?」
「……魔族達が攻めて来た日、足手まといになってしまいましたから……」
魔族侵攻の最中。
少年達は一般人であるところのユアルを特に安全な場所に結界と共に残して事へ当たった。
それからというもの。
ユアルが何も出来なかった事を後悔しない日は無い。
「……ゼオはこれからどうするのですか?」
「夕方くらいになったら、みんなと合流、かな」
「分かりました。では、それまで護衛しましょう。問題ないとしても、何があるか分かりません」
「ありがとう」
「いえ、部員として当然。感謝されるような事では」
「じゃあ、もう学校も終ってるし、街にでも行く?」
「わ、分かりました」
幾分、顔が赤いものの。
頷いたユアルが立ち上がり、その手を差し出す。
手を取って立ち上がった少年を見て、僅かにコクリと咽喉を鳴らした彼女が思わず顔を横に振って、そっと機械室の外を窓から覗き込み。
誰も居ない事を確認して、自然に少年の手を引いた。
校舎を駆け抜け。
二人がアルヴァス・カレッジを出る。
そのままチラホラ下着姿で歩く女性徒達を横目に少年は連れられるまま、街の市場方面へと向かった。
小走りで20分弱。
ユアルは生徒が殆ど見えなくなった事に安堵した様子でベンチの一つに腰掛ける。
少年はそんな様子の相手を気遣い。
既に営業している屋台から適当にお勧めのドリンクを木製のジョッキで買い。
横で一息付いているユアルに勧めた。
「あ、ありがとう」
「助けて貰ったし」
「はい。頂きます」
そのたっぷりと注がれた冷たくも甘い液体を豪快に咽喉へ流し込んで。
ユアルが横で自分を見ている少年に気付き、チビチビという感じに飲み方を変更する。
「……ゼオ。一ついいですか?」
「何?」
「部長も含めて全員良い子だと思いますが、あんな大勢を一緒に愛せるものかと……少し気になって」
「それは……うん……みんなに寂しい思いをさせたりしないようには気を付けてるけど」
「……戦う事に不安は? 貴方が死ねば、誰もが哀しむ事になる」
「でも、僕にしか出来ない事もあるから。それに……」
「それに?」
「自分の大切なものくらい。自分で守らないと。誰かに任せたままじゃ、きっとダメなんだと思う。いや、今は僕が嫌なんだ。我侭かもしれないけど」
ユアルがその少年の瞳をマジマジと見据え、頷く。
「迷いも無いと?」
「迷いはあるかも……けど、それで進めなくならないようにはしてる」
「……敵いませんね。貴方みたいに強く進める人が羨ましい限りだ」
「褒められるよな事じゃ。全部、僕じゃなくて、僕に色々な事を教えてくれた人達の言葉だから。そうなれるよう、出来るよう頑張っては来たつもりだけど」
「それでも、貴方だから出来た事があるのでしょう。それは貴方を見れば、分かる事だ」
「そう?」
「ええ」
互いに見つめ合い。
思わず同時に苦笑が零された。
「はは……何だか、うん……ありがとう」
「いえ、こちらこそ……」
ジョッキの中身が空になったところで少年が屋台に返しに行き。
戻ってくると座るユアルに手を差し伸べた。
「夕方くらいまで買い物に付き合ってくれない? 助けて貰ったみたいだし、何か欲しいものがあれば、奢るよ?」
いつもの彼女ならば、それを固辞していたかもしれない。
だが、今日は、今だけはそんな気にもなれず。
手がそっと取られる。
「構わないのか?」
「うん」
「そ、そうか。では、奢られる事にしたい」
そうして、とても極自然に少年に手を引かれながら、ユアルは買い物へと繰り出した。
ほったらかしにしてきてしまった少女達のご機嫌を取る名目で買われるのは年頃の女子が好きそうなものばかりだ。
ぬいぐるみ。
花飾り。
お菓子。
それなりの人数に配る為、量はかなり多く。
あちこちでユアルはアドバイスにもならない程度の意見を挟み、間食しながら、少年の荷物を半分持った。
そうして、ようやく夕暮れ時に差し掛かった頃。
すっかり手荷物を増やした少年は馬車を捉まえ。
荷物を全部中に載せるとユアルに頭を下げる。
「ありがとう。ユアル」
「あまり役立てなかった。そう、感謝する必要は……」
「今日のお礼って事で。はい」
「これは……っ」
差し出されたものを思わず手にとって、ユアルの目が見開かれる。
その手にあったのは白い花の髪飾り。
何処か懐かしさを覚えるような。
素朴でありながら精緻な代物。
一瞬でそれが自分達が今日買ったものの総額と然して変わらない事をユアルは感じ取ったが、受け取れないとの言葉を口にするより先に少年の人差し指がその唇を塞いだ。
「受け取って。その方が僕も嬉しいし」
「……分かった。ありがとう。イクス……」
「うん。じゃあ、また明日」
馬車の中に入って扉を閉める少年が中から硝子越しに手を振る。
それに僅か手を振り返して、見えなくなるまで後ろを見つめていた彼女は道端に一人ポツリと残され。
薄らと唇を歪めて、そっと両手で花飾りを胸元に押し付けた。
そのモチーフとなった花は薬草にもなる種類のものだ。
君の願いを想う。
そんな花言葉が、嘗て少年に誰かが教えた言葉が、花弁には刻まれていた。
「ああ……また明日……私もお前の願いを想おう……イクス……」
それは既に数十年前には人間の間で途絶えた知識。
しかし、ハッキリとユアル・ラオはそう呟いていた。