第三章百十四節「天の隣人たるもの」
―――数週間前、月兎亭。
「これから、沢山してあげますね♡ イクスさん♡」
ハイダル・エス・トリア。
いつも少年に恋した乙女全開の少女は己の下着を剥いで、少年へ見せ付けるように震える胸から一般的に先進国ではローターと呼ばれるソレを取り、全てを自分のすじに押し込み始めた。
「ぁ、くぅん♡ イクスさん♡ 見えますか? 私のおまんこにまたオモチャが入っていくの?」
クスクスと笑みながら妖艶に少年へ見せ付けて。
粘着いた蜜で糸を引かせながら、少女がそっと少年の身体に寄り添い。
小さく何かを呟いて、掌に三つトパーズ色の魔力の結晶で出来たソレを生み出す。
それは丸みを帯びた輪(アクセサリ)。
しかし、細い針状の仕掛けがあるピアスでもあった。
「イクスさん……これで私の乳首と淫核(クリトリス)に悪戯して下さい」
今まで幼い少女達のすじの中で遊ばせていた蜜に塗れた手がそれを受け取る。
「うん。エストリア……」
少年の頷きに背筋へ何とも言えない高揚感を得て。
少女は付け易いよう薄い胸を差し出す。
他の少女達と比べても大きいわけでもなく小さいわけでもない。
もう140cm程にもなるかもしれないウルの真白い超乳。
鍛え上げられた肉体と均整の取れたエンシェンの爆乳。
野性味を帯びた獣人特有のしなやかさを併せ持つ美紗の美乳。
幼くも蕾が僅かに膨らむような可憐さを漂わせる璃紗とシルメイアの微乳。
誰も彼も自分とは違って普通の範疇には無い。
だからこそと少女はその胸を飾る。
慎ましやかな貧乳でも少年の目を愉しませたいと。
「イクスさん♡」
膨らんだ桜色の乳首に少年の手が伸ばされ、僅かに汗を掻いて濡れ光る先端を横から貫くように魔力の針が左胸へ押し込まれた。
「ひぅぅ……っっ♡ イクスさんにおもちゃ付けられてぇ……おまんこ気持ちよくなっちゃいましたぁ♡♡」
「可愛いよ。エストリア」
少年がピアスに貫かれて震える先端に軽く口付けする。
そして、舌で片方を舐りながら、もう片方の先端にもまた針を差し込んだ。
「んぁぁ♡ こんなぁ♡ 胸だけでもこんなに気持ちいいのにぃ♡ 大事な場所に付けられたらぁ♡ 私ぃ♡」
淫らに喘ぎながらも少年に媚びた視線が自分の股間へと向かう。
少女の身体の中央。
臍には未だ薄い陶器製のボタンのようなものが埋まっている。
少年と交わり続けて、少年の性器を喜ばせる為に性器や子宮、下半身へ快楽神経を張り巡らせる魔術具は今も少しずつ、身体に根を張っている。
見つめられるだけで発情出来るようになった。
少年に触れられるだけで本当は甘い衝動に駆られて交尾をオネダリしたくなる。
それなのにまだその先があるのだと震えながら、エストリアが甘い吐息を吐いた。
「じゃあ、付けるから……」
「はぃ……♡」
最後の輪の一つがそっと剥き出しの淫核(クリトリス)を刺し貫いた。
「?!!?」
瞬間、少女の全身が戦慄き。
僅かに股間を塗らすよう潮が零れる。
「たっひちゃいまひたぁ♡♡ いくすひゃぁん♡」
すじの内部に入っているオモチャの振動も相まって、もう膣内(なか)はグズグズに蕩け切っていた。
「じゃあ、もうしよっか……一つずつ出してあげるから来て……」
「♡」
コクコクと頷いて、少女が少年の手元に自分の股間を差し出す。
幾本も肌に敷かれた線が一本ずつ少年の指によって引き抜かれ、その度にすじを押し広げるようにヌポッと粘着いた音を立てて震えるローターが落とされていく。
そうして、最後の一つを引き抜いた後、少年がエストリアの腰を引き寄せて、胸の先端に口付けした。
「ゆっくり、ね?」
「はい♡ いくすさんのおちんちんでたねつけしてください……おまんこにいっぱい……」
少年に跨ったエストリアのすじは、グヂッと亀頭を中心が飲み込み、チュウチュウと陰唇が内部でしゃぶりながら幹を奥へと誘っていく。
ズブズブと沈み込む度に零れる蜜は温かく。
少年の幹を優しく食んだ。
「ひぁぅ♡ あ、ぁ、んっ、ふっ、ん♡」
少年と何度もしている。
でも、その瞬間だけは何度しても恍惚とエストリアの全身は震える。
他の少女達に敵わないから、何よりも快楽に浸るだけではなくて。
少年に愉しんでもらう事を考えた。
なのに、そんなお利口な自分は一つになる時だけはただの牝になってしまう。
嬉しくて、襞をきゅんきゅんと高まらせなgら、エストリアはそんな自分のまま少年の唇を貪るようにして口付けした。
「いくひゅひゃぁん♡ ちゅ、ぢゅる、えぅ、ん♡ んっ♡ しゅきれす♡ いくひゅひゃぁん♡」
舌を何度も絡めて、唾液を啜って、優しい舌を何度も激しく求めて、無事に自分の恥丘が少年の根元までピッタリと吸い付いたのを確認し。
「ん、ぁぅ!! んぅ?! ひっぱってくだひゃい♡ いくひゅひゃんのオモチャなんれすからぁ♡」
エストリアが淫核(クリトリス)が拉げて魔力の針でジンジンと熱くなっていくのに耐えられずに甘えた。
「うん。こう?」
「んぁぁぁぁぁぁあぁぁああぁ♡♡♡ すごいれひゅ♡ いくひゅひゃぁぁん♡ ちくびもぉ♡ らいじなところもぉ♡ じんじんひへぇぇ……♡」
少年の指先からは伸びた見えない魔力の糸が輪を少し捻るようにして引けば、それだけでエストリアの全身がびっしょりと汗に塗れ、蕩けそうな身体は何度も快楽で焼き付きそうになる。
「動くよ。ちゅ」
「ひゃぅ!? はぃ……いっぱいぐちゅぐちゅしへくらはぃ……♡」
「ちゅ……」
「んぐぅ♡ ん"ぅぅ♡ んっ♡ んっ♡、あ、んんぅ~~♡♡」
唇を貪られながら、舌を吸われながら、嬌声は全部くぐもった淫猥な響きとなって。
舌から突き上げてくる少年の幹の雄雄しさに、自分の子宮口を満たすズッシリとした安心感に、エストリアは涙を零しながら、その律動を受け入れ、襞を蠢かせながら、自分からも腰を揺すった。
背中を抱いた腕。
その指先から輪が引かれる。
捻じられ、拉げ、甘く甘く胸板と恥丘で押し潰されながら、全ての快楽を同時に受け入れた少女の身体は妖しく淫らに室内で汗と密に粘着いた音を立てる楽器と化した。
甘やかされている。
本当はもっと自分から気持ちよくしてあげたいと願いながらも、その少年の過剰なくらいに優しくて強引で自分を求めてくる姿が愛しく。
既に忘我の果てで少女は快楽の先に届いていた。
この人に愛されるという事がどういう事なのか。
自分を全て捧げれば、捧げた以上に求められ、全てでも足りないと熱く抱き締めてくる。
その深過ぎる胸に開いた穴は一人では埋め切れないくらいの闇を抱えていると。
彼女には分かる。
求められ、繋がり、共に惹かれたからこそ、それは彼女のすぐ横にあった。
(ずっと、ずっとずっと……こんなものを抱えながら……戦い続けてくれたんですよね……記憶が無くて、それでも不安そうな顔なんて見せずに……助け続けてくれたんですよね……》
涙が零れる。
それは感謝の涙だ。
愛情の涙だ。
誓いの涙だ。
初めて一つになった日から数えて何日目だろう。
ようやく気付いたのは……少年がいつだって、喪失に耐えてきたという事実。
埋められなくてもいい。
それでも傍にいて、共に身を寄せ合おう。
それがハイダル・エス・トリアの今思う全てだった。
涙に蕩け崩れた快楽で溺れながら、少女は既に限界に達している少年の幹を大切に大切に自分の子宮へと導く。
抉られる度、深く繋がる度、全てが白く染まっていく。
声にならない声で少年を求めて。
彼女は絶叫した。
「ぁぁぁああああああああああああああ―――」
ビュグルルルルルルルルルルルルルルルルル!!!!!!
幹を駆け上った泥よりも粘性を帯びた熱い熱い白濁が子宮口を焼き、開かれたその先へと大量に注がれていく。
顔は涙と唾液でグチャグチャ。
それでもエストリアはただ少年の唇を貪り、自分を満たしていく少年の熱さに心地よく意識を遠のかせていった。
子供が出来ればいい。
そう、何度も願いながら。
「気持ちよかったよ。エストリア……ちゅ」
少年が他の少女達が羨ましがる程に女で牝で全身で自分を愛してくれた少女をゆっくりと引き離して、そっと抱き締めた。
「ちょっと場所変えようか」
色々と汚れてしまったエストリアをそのままにもしておけないと少年が呟けば、すぐに璃紗がお風呂に行こうと言い出し、次の瞬間にはシルメイアの瞳が耀いて、全員の姿が浴場へと転移の燐光を残して消え失せる。
もう既に用意されていた全員用の大きな水禍(スライム)のような感触の透明なマットレスは広く。
少年は手ずからエストリアを璃紗が持ってきた桶のお湯で洗いながら、優しく頬に口付けした。
それに羨ましそうな表情を向けるのはまだ愛してもらっていない誰もが同じ。
そうして、今度はオズオズと赤鬼が少年の前にその豪勢な姿態もそのままに進み出た。
「こ、今度はこのエンシェンの番だ……な?」
少年に真正面からしな垂れ掛かり、上目遣いで懇願する彼女の事を誰が一体想像出来ただろうか。
愛する人の前でなければ、そんな姿見せられるものではないと。
彼女は思っていたし、彼女を知る者だって理解していた。
朝から一番少年と接触が少なかった分。
その潤んだ瞳は情欲に駆り立てられ、吐息と姿態はこれから少年がしてくれるだろう行為に汗ばんでいた。
「エンシェン……こっちに来て?」
「ぁ、ぁぁ……頼む……このエンシェンを女に……いや、お前だけの牝にしてくれ……イクス」
ウルを覗けば、最も大きな乳房はユサリと振るえ、少年の腕を圧迫するようにその柔らかで弾力に富んだ感触を少年に伝えてきていた。
*
―――現在、ゼオ家屋内。
思い出す度に顔が赤くなるような心地となり、少しだけ彼女は頭を振った。
今、本当はこんな風に思い出して浸る事など自分には許されていないと思いつつも、その脳裏には幾つも楽しかった短い日々が湧き上がっていた。
元々、そういった賑やかさとは無縁の時間ばかりだった幼少時代のせいかもしれない。
ネハシム・セラーフィームの出自を解き明かせば、それは誰でもない孤児というところに行き着く。
母が何をしていたのか知らないし、父が何者かも知らない。
一つだけ彼女が覚えているのは自分の存在を認識するようになった頃から傍には幼馴染が居たという事だけだ。
もう随分と昔の事。
戦乱が未だ世界の常識であった頃。
まだ、前代総主教がいた頃。
彼女はレア・アルトス・エールと野を駆け、山で遊び、幸せな時間を過ごしていた。
養父でもあったレアの祖父が教会の頂点に君臨している事なんて、当時は子供心に然して重要な事にも思えず。
でも、優しく規律や戒律、叡智や常識を教えてくれる教えに長けた老人は本物の父親以上の父であり、祖父であった。
いつもニコニコとして、自分よりも老齢な相手に傅かれ。
若い人々に優しげな笑みで挑戦を促していた姿。
総主教の服を着ているところを見られて、少しばつが悪そうな笑みを、祖父ではない顔を見せるのが申し訳ないと思っていたのだろう顔が、彼女には忘れられない。
そんな風に自分達を大事にしてくれる老人が彼女は大好きだった。
物心付いて数年した頃からだろうか。
世間が騒がしく。
老人が山間の彼女達が住まう館に戻らなくなっていったのは……。
下界では七人の聖女達による救済が各地で行われている。
と館の使用人の人々はよく言っていた。
やがて、山を降りなければならないと告げられて、子供時代が終わった事を何となく胸に思ったのは教会が……七教会という名前で呼ばれ始めていると知った頃。
屋敷の人々が一人また一人と暇を出されて消えていき。
時折、手紙をくれるようになった時からだ。
初めて山を降りて見た世界は荒廃していた。
後にして思えば、それはレアと自分に世界の状況を教える為、敢えて過酷な国々の環境を見せていたに違いない。
そうして、別れの時はやってきた。
数年前より少し細くなったようにも見える手で頭を撫でられて、何に成りたいと彼女が聞かれたのは月夜の晩。
レアが眠るのを見て、教会の張る幕屋の外に出た時の事。
守れるようになりたいとまだ何も知らない子供だった孤児は告げ……七教会に当時もう権力の大半を奪われていたのだろう老人はそう出来るようにしようと頷いた。
孫娘には昼時に会ったからと微笑んで。
皺枯れた手で約束が為された。
また会えると思った彼女は手を振って自分に宛がわれた幕屋に戻り。
翌日、目が覚めるともうレアと一緒に馬車に乗せられていて。
一緒に乗っている知らない老人に何処へ行くのかと尋ねると。
涙ながらに語られた。
―――お二人には未来へ向かって頂きます、と。
案内された先にあったのは小さな祠のある洞窟。
その中には二つの石の寝台があって、横たわるように言われた。
未来に行くとはどういう事なのかと訊ねても答えは返らず。
そして、教会の時折見掛ける事もあった大司教達の文言が呟かれて、意識は落ちた。
一瞬で目が覚めたと彼女が身を起こせば、其処にいたのは自分が知るレア・アルトス・エールではなくて……すっかりと大人びた顔をするようになった身長の高くなった彼女で……外に出てみれば、世界は何もかもが変わっていた。
直前にいた洞窟は小高い山の麓にある荒野の見える丘にあったはずだった。
しかし、その先に彼女が見た景色は荒れ野ではなく。
天を突く塔の群れ。
ずっと、眠っていたのだと周囲の大人達は言い。
もう、自分の祖父は天に昇ったのだと。
今は自分が総主教だから、教会を治めなければならないのだと。
彼女の知らないレアは言った。
どうして、あの人の死に目にも立ち会えなかったのかと涙が零れて。
昔と同じように優しく……でも、自分よりも少し大きくなった手が頭を撫でて。
『きっと、お爺様は私達が未来に必要だと思ったからこそ、私達をこの時代に送ってくれた……だから、二人で生きましょう』
そうして新たな生活は始まった。
その日の内に彼女が聞かされたのはあの優しい老人の死に様。
数年前に起こったという魔王との大戦争。
その直後に数日間行方知らずになっていた老人は激戦地の中央付近で発見されたのだという。
身体は既に朽ち果てて、それでも幸せそうに天へ向けて野花を一本持っていたのだと。
死に顔はとても穏やかだったと言われた事だけが救いだった。
自分達といた頃も老人だったのにその後の数十年をずっとずっと生き抜いて。
頑張っていたのだと。
聞かなくても彼女の心の何処かは確信していた。
遺言が魔王との戦争の影響が落ち着いた頃に二人を同時に起こす。
そういうものだったとも聞かされ、涙ばかりが零れた。
眠りを解ける大司教が殆ど居なくなってしまい。
一人ずつしか起こせなかった事。
レアが自分を起こす為に尽力していた事。
聞かされる度に感謝ばかりが彼女の身体に溢れた。
それからの数年。
なろうと思うものに成れる様、鍛錬を積んでようやく聖征者(クルセイダー)となった。
それがようやく幼馴染にしてやれる恩返しだったのだ。
しかし、外なる神々に破れ去り、天使達によって救われて死ぬ事も出来ず。
記憶すら失って、今は此処にいる。
「………僕は……レア……」
彼女は空を見上げる。
多眼の月は既に欠けている。
しかし、未だ成層圏より先で聖女達の戦いは続いていた。
最初に張られた多眼の月を遮断する魔力の幕は突如として世界に修正された為、何処かで聖女ソィラ・ミクラがそうした方が良いだろうと歴史を破壊したのだと分かる。
また、自分の記憶にも何かの“抜け”がある事を明確には確認できずとも彼女は感覚から悟っていた。
たぶんはこの戦いにおける人の動向だ。
(僕にはもう力が無い……あの扉の先に向えるだけの力が……)
何も出来ないのか。
そう唇を噛む彼女は己の無力さを呪った。
「いやいや、ぼくは君くらいの逸材が此処から出直すのはアリだと思うよ?」
「!?」
振り返れば、四十代の男がいた。
その顔は知っている。
そう、幾つかの資料で見たのだ。
「エス・トリア博士。いえ、ドクトル・ファウストゥス、でしたか?」
「そうさ。生徒達がこちらの予想よりも早く巣立ってくれたおかげで色々と融通が利いた。今回の一件はどうせワンダリカで処分される可能性があるから、あまり出てこなかったんだが……彼女に囚われていた君の事は逐一観察させてもらっていた」
「………」
「ぼかぁ、人間の可能性って奴を信じている。魔術師も最初は人だ。人であるからこそ、魔術師になった。天使も同じ。人の根源心理、魂をあの唯一神が纏めて昇華したのは人の可能性を試したかったからだ。唯一神が人を神器で天使に格上げして数千年。人はこれまでで最も偉大な天使となった。嘗て、異種達が天使になった頃と比べても遜色無い。いや、それよりも強く……数においては天と張り合える程になった……」
「あなたは……何が言いたくて此処まで?」
警戒する彼女に嬉しそうにファウストゥスが語り出す。
「“惑なる天”が動き出した今、此処には“来るべき日”の到来が確実に迫っている。外なる神々の儀式が成功するにしろ。失敗するにしろ。新しい世界の始まりは避けられない。それが空間的、時間的な連続性を持つものか。持たないものか。くらいの違いしか、ぼくにとっての興味は無いんだが……こっちも柵が多くてね」
「柵?」
「親友の家族と昔の友達と恋した女の親友と他にも諸々だ。だから、君に戦う術を与えに来た」
「あなたの犬になれと?」
「いいや、これは純然たる善意だ。勿論、ぼかぁ魔術師であるからして、自分の為に君を使う気満々だがね。君はこれを受けないという選択が出来ない性分だろう」
「………」
「あの魚の船、【神群(エクセルシトゥス)】と艦隊はアイウィスに到着した。彼らの行動を外なる神々は留意していないだろうが、それこそが今回の鍵となる。あの船に積まれた全ての【崩燼機関】の亜種はオリジナルの裏コードが有効だ」
「………具体的に何をさせたいのですか?」
「アラキバ、イェクン、マスティマ、メタトロン。他にも一杯」
「?!」
「君が受け入れていた天使達の大半は“彼”の中に溶け込んで、遺跡での再生も無駄だったようだが、気に病む事はない。あんなのは沢山いる。クラル・リテルの管理する天使以外にも天使というのは過去幾らでも放浪していたんだよ」
「まさか?!!」
「【超高位魔導高弟者(ハイグランエクスライン)】にして【師父(グランドマスター)】にして魔術師という存在そのものの【源型(アーキタイプ・モールド)】であるぼくが、このぼくが……この数千年、研究しなかった対象なんてのは限りなく0だ」
その言葉が呟かれた後、彼女の前の床に転移方陣が現れ、内部から見知った顔が出てくる。
「イクスさん。いや、お前は!?」
少年の魂を感じない。
そう、同じ姿をしていても何一つとして同じではない。
その相手に彼女が身構える。
「あの【臥龍(ソムノ・ドラクル)】が来たという事は月の門の使用許可が出たという事だ。異種における最後の時代。数十万年前にもう決まっていた運命。あの女が残した【総主教】の日誌に書かれていない事実が幾つかあったのはたぶん推測として正しい」
「総主教の日誌?! 一体何を知っている!?」
「どくとる。全十二層次元境界域の連結完了しました」
「よろしい。ドライ。さっそく儀式を始めるぞ」
ファウストゥスが初めて魔術師らしい笑みでニヤリとした。
「一体、何をする気だ!?」
「アイン。そちらの状況は?」
『完了』
男の声に虚空へドライと呼ばれた相手と、少年ともまったく同じ声が響く。
「ディミトリア廃国域首都アヴィート。今は【騎師(ミレス)】共に封鎖されているが、あそこには仕掛けをしてあってね。ダイレクトに異相の海を越える次元転移術式を組み込んである」
ゼオ家周辺の地面に煌々と魔術方陣が大規模に浮かび上がり始めた。
「【崩燼源動機関(ソルヴァス・オリジナル)】の本来の形である【理想器(イデアライザー)】は過去、この宇宙を創造した存在に迫る目的で“ぼくが基礎設計した増幅機関”を備えている。これを一度でも裏コードで起動していれば、使用権限を一時的に上書き出来る。そして、アヴィートの式と合わせて、あの異相内部に直接、儀式展開するなんて造作も無い」
ゼオ家を中心とした半径4km圏内の全ての地面がただ白く白く、無限の象形を取り込んだ文字の海に埋没していく。
「現在、月の門は稼動状態。【臥龍(ソムノ・ドラクル)】による記録管理が始まるだろう。連中は太古から寿命を持たず、決められた時間、歴史の転換点に死ぬ事で【宙の契約書】アカシックレコードに時間軸改変を妨げる特異点を生み出してきた言わば、歴史の守り手にして栞だ。その門は栞が置かれた全ての時代、全ての世界、全ての時間軸に繋がっている。唯一、魔王が存在するこの世界の現在時点から未来だけは例外だが、それでも奴らはこの世で最後に残った現役の時間旅行者。あの門が起動している今ならば!!」
彼女の周囲を三次元式の魔術方陣が覆っていく。
その方陣の一つ一つが月の裏側を映し出していた。
映像の中には巨大な門が、月の裏の全てを照らし出す程に広大な光り輝く門が合った。
耀きの最中では龍らしきものがまるで荒れ狂うようにして何千匹も蠢いている。
「結果だけをあそこから繋げる過去から引き出す事は造作も無い!!」
ゼオ家を中心に広がり続けていた魔術方陣が魔術師の卵達が教育されていた地下大空洞内部に溜められ続けてきた彼らの魔力を転換し、上空へ虹色をした螺旋の光芒を放った。
それは多眼の月が欠けた隙間を抜けて、途中にある天蓋蒼星を迂回し、月の裏側。
直接的に門の中枢へと直撃する。
「ようやくだ。ようやく、全力が出せる……君にもプレゼントだよ」
三次元式の魔術方陣。
その最中に無数の耀く光球が映し出された。
それは月の門を通過して、光を超えた速度で地表へと向っている。
「ぼくがこの数千年でマーキングし、“人の天使”の台頭で唯一神に捨てられ滅んでしまった“異種の天使”は六千体程にもなる」
「?!!」
「無論、君が受け入れられるかどうかは未知数だが、生憎と此処にはドライとアインがいるわけだ」
男の両腕が上に掲げられた。
その時、彼女は片腕にある銀の刺繍の如き封印が剥離し、消えていくのを目撃した。
同時にその横にまた少年と同じ姿の少年が現れる。
「最高傑作は押さえられなかったが、彼らもまた魔王の器だ。君に溶け込んだ神々の肉体も大本の設計は僕が試作したものであるからして……融合は容易だよ」
「あぐ?!」
身動きが取れなくなる。
自分の左右に浮遊した二人の少年。
そして、それが自分へ近付いてくる様子が彼女には怖ろしかった。
それは自分が消えるという恐怖の為ではない。
男が語った事は分からない事もあったが、何よりも自分はあの現場に必要とされている。
今も戦っているだろうレアを守れるとしたら、その力を使う以外無い。
だが、今の話を考えるなら、その迫ってきた自分の知る少年と同じ容姿の相手は―――。
「ああ、気にしないでくれ。此処で消えるのは単なるぼくが構築した魂の模造品だ。器は一つになり、魂もまた君に溶け込む。要は一つになったとでも考えてくれ。君の肉体と精神の管理権はこちらが握らせてもらうが、この状況で戦う力を与えるんだ。それくらいは許容してもらいたいね」
「?!!?」
方陣を透過して二人の少年が肉体に沈み込んでいく。
それは呆気ない程、簡単な何の痛痒もない終了だった。
「器は完了。後は中身だ」
男の周囲から立ち上り始める魔力は極彩色だった。
魔力の色は魔力形質が光波に転換される際の波長の長短で決まる。
普通は一種類。
だが、複数の魔力が使えれば、数種類。
しかし、男の魔力は、魔術師の祖と言われた相手のソレは限りなく無限に近しい色の集合として認識される虹であった。
今までの魔術方陣の色が変質していく。
禍々しいとは言えないだろう。
神々しい。
それは無数の色を内包したオーロラにも似ていた。
彼女を包んでいた魔術方陣が分解され、小さなものへと変化、分裂していく。
それが月から飛来した光球を取り込むと彼女の中へ次々に飛び込んだ。
「あぁあぁ!?! くぁあぁああああああああああああああああああああああ!?!?!?!!」
絶叫が館に響く。
しかし、それを楽しげに見ていた男は最後まで儀式を止めなかった。
時間にして二十秒。
彼女にしてみれば、永遠にも思える程の長い時間が過ぎ去った時。
其処には何も姿は変わらないままの彼女がいた。
倒れ込めもせず。
ダランと身体の力が抜けて、今にも死にそうとも見える少女もしくは少年。
ネハシム・セラーフィームはゆっくりと焦点を目の前に結ばせる。
「どくとる?」
「君の名は?」
男が優しく訊ねる。
「ネハシム。ネハシム・セラーフィーム……」
「君の使命は?」
「レアを……守ること」
「そうか。程よく馴染んだようだ。ディミトリアの術式起動は確認済み。まずアイウィス(あそこ)で人々を救ってくるといい。片手間で研究素材の収集もお願いしよう。勿論、“古巣”に挨拶してきてかまわないよ。きっと喜んでくれる。君はもはや人間でも天使でも魔王でも無いが、総主教の剣である事に変わりないのだから」
「はい……どくとる」
「原罪を人に与えたのは異種の天使だったらしいが、君は一体、人々にどんなものを与えるのだろう……ワクワクするなぁ」
彼女は自らの衣服を脱ぎ捨てて、瞳を閉じる。
すると、周囲に魔術方陣。
いや、光の羽にも思える象形が無数舞った。
耀きを放ち始めた肉体が鎧われ、背後に八対十六翼の翅が飛び出し、館を内部から破壊して、その部位も鎧われて鋼の化身と化していく。
「さすがに【真位祖種(アマルティアーズ)】級はいないようだが、十分だ。儀式は成功……蛇は熾きた。記憶を整理しながら跳んでごらん。君が何者かは君が決める事だ」
「はい。どくとる」
転移方陣も無く。
一瞬で彼女が消えた。
燐光の残滓以外は何も残らず。
しかし、その時、廃国域で起きた魔力異常もまた瞬間的に途絶えた。
残された男は自分の仕事は終わったとばかりに空を見上げて、未だに戦い続けている彼女に呪いの解けた手で手を振った。
見えているだろう。
分かっているだろう。
だが、そんなものに構っている暇も無い程に忙しい彼女は歯噛みするだけで彼を捕らえる事も出来ない。
「久しぶりなのに相変わらずだなぁ。もう少し喜んでくれてもいいと思うんだがなぁ」
恋する魔術師はウィンク一つ。
眼鏡を取って、髪を後ろに撫で付け、鋭い微笑で胸の前で片腕を折り曲げ、気取った礼をしてから、その場から消える。
『―――ドクトル・ファウストゥス?!!!』
それは一人の男が解き放たれた瞬間の呟き。
聖女ハティア・ウェスティアリアが唯一漏らした絶望的な心情。
こうして魔術の祖、魔王以外で七教会最大の障害とも言われた相手は復活した。
その日を境にして再び現世は混沌とした時代へと歴史を逆戻りし始める。
過去、魔導を極めし聖女が己の命を賭して掛けた呪いはそうして跡形も無く砕け散ったのだった。