第一章二十四節「後悔」
「では、烙南様の身柄はこちらで預からせて頂きます」
長い髪が揺れる。
「……お元気で」
「はい。紅亜様も」
天御門分家本邸前。
牛車の御簾の中へと白い少女が消えていく。
その俯いた顔に言いようも無い罪悪感を覚えて。
天御門紅亜の胸は軋んでいた。
時刻は夕刻。
既にあれから三日が経っていた。
(私は結局、何も守れなかった)
三人の少女達と少年の行方は杳(よう)として知れない。
イフィミスラが助かったのか。
そうでないのか。
紅亜には調べようも無かった。
まるで最初から泡沫の夢を見ていたかのよう。
離れにある四人分の茶碗と箸だけが痕跡として残っている。
(家も、イフィミスラ様も、学徒憲兵隊としての責務も……)
大皇の血を引く者と対になる血筋による土御門方春の策略。
そう全て妹から聞いた時点で紅亜の今までの努力は全ては無に帰した。
紅亜の肉体には今や前以上の力が漲っている。
それと同時に身体は中世的なものからより女性的にまろみを帯び、多くの点で女性へと変化した。
紅亜にとって最大の禁忌。
女になる時期が来てしまった。
まだお抱え医には数年先だと言われていたのに。
急激な魔力の増加や強化が肉体のバランスを崩した結果だった。
今までまだ薄らとしてしか出来ていなかった“すじ”が嘗て睾丸のあった場所の下、小さくなった男の象徴の下でもう完全に形成されつつある。
男としてはもうお終い。
子種は孕ませる用を成さず。
肉体内部に卵巣が既に形成されている。
更には数日中にも機能し始めると言われていた。
(私が今までしてきた事は無駄だったの? きっと、どうにかなると、そう信じてきた。でも……)
今や天御門分家に押し入られたというだけで醜聞極まりないと本家は分家の解体を決めた。
残った血筋である紅亜は嘗ての約束の通り、女として土御門の子を孕むだけの存在となる。
青嵐だけは守ろうとして、それも本家に撥ね退けられて、学徒憲兵隊としての籍も失った。
女である事。
それは決める権利を有さないという事。
神門となる者を孕む為だけの存在になるという事。
(こんな力が有っても妹一人守れやしない。守るはずだったのに守られて……)
【幽国の士】と呼ばれる革命分子。
その賛同者達に襲われた夜。
不甲斐なく寝ていた紅亜を守ったのは守るべきはずの妹で。
結局、戦う事すら出来なかった。
(せめて青嵐だけは……そんな願いすら、私は……)
群集を退けた朝、何の心配もいりませんとようやく起き上がってこれた紅亜に青嵐は笑顔で伝えた。
きっと、疲れていたはずで。
それなのにそんな顔一つしなかった。
紅亜にとって青嵐は昔から出来過ぎた家族だったが、それにしても己の不甲斐無さに絶望する以外、その朝出来る事は無かった。
「お姉様」
「青嵐……」
応えたのは情けない顔だったかもしれず。
紅亜はもう見えなくなった牛車のいた方角から何とか、本当に何とか、顔向け出来ない、出来るわけがない妹に視線を向ける。
「群集に攻め込まれるような防備のおざなりな家に烙南様を置いてはおけないという土御門の言い分は誤魔化しです。最初から烙南様の力でお姉様を陥れる計画だった事を鑑みれば、あの群集が入ってこれたのはあちら側の謀略である可能性すらあります」
「せ、青嵐。何処で誰が聞いているか良く考えて!!?」
「お姉様。口調が昔のものに戻っていますよ」
「ぁ……」
苦笑する妹に指摘されて紅亜は視線を俯かせた。
「済まない。青嵐……」
「昔のままの方が嬉しいです。わたしにとってお姉様はお姉様ですから。昔も今も……」
「いや、私は―――」
「お姉様。もう、お終いにしましょう」
「な、何を……」
「私の為に自分を犠牲する事。男となって慣れもしない好きでもない剣を振るう事。夜伽で知りたくも無い女共の体に蹂躙され心囚われる事。そのどれもです」
「青嵐!!!」
思わず叫んだ姉に断固として天御門青嵐は揺るがない瞳を向ける。
「お姉様。わたしは……青嵐は嫌なんです。こんなに傷付いて……ずっと自由もなくて……」
「青嵐。私は―――」
「お姉様。知っていますか? お姉様が男になってからどれぐらいの頻度で笑っていたか」
「え……」
「昔は毎日笑っていました。父様と母様の間でわたしだって一緒に……でも、男になってからのお姉様は一ヶ月に一度笑うかどうかでした」
「そ、れは……」
貴女を守る為に。
その言葉をグッと紅亜が喉の奥に飲み込む。
「土御門家からの命令が来ていますよね?」
「!」
懐にある土御門の使者からの手紙。
何を言われるのかは分かっていて、見たくも無いと思い、それでも捨てられなかった手紙。
制服の上からそれを抑えて紅亜は青嵐から視線を逸らす。
「お姉様。お逃げください」
何を馬鹿な。
そう、返そうとして。
見上げた妹の顔に嘘偽り一切ない事を確認して。
紅亜の顔は歪むしかなかった。
「出来る、わけがないッッ!?」
「どうしてですか?」
「こ、この乂羅で天御門と土御門に逆らって生きていけるわけが―――」
盛大に頬が鳴った。
「お姉様」
一瞬後、妹に頬を張られたのだと気付いて、紅亜は呆然とした。
いつだって仲が良かった。
喧嘩なんて一つもしなかった。
その妹が、学徒憲兵隊に入ってすら、荒々しい仕事に入ってすら、逆らった事なんて一度もない妹が、目上の、それも姉に手を上げた。
「せい、らん……?」
呆然とする紅亜を前に姉をぶった妹の目の端から雫が一筋零れた。
「わたしの知る天御門紅亜はいつも誰かの前に立って、そんな風に臆する人ではありませんでした」
怒った顔。
たぶん、一度も見たことの無い顔。
その胸を貫く表情に紅亜は怒る事すら忘れた。
「お姉様。青嵐は今も覚えています。母様と父様が死んだ日。それでもお姉様は私の前で泣きませんでした。わたしに大丈夫だよ、怖くないよ、と。そう仰ってくれました。好きだった頭の花飾りを捨てて、母様と嬉しそうにしていた料理もしなくなって、嫌いだった黒色の制服に身を包んで、それでも貴女は誰にも臆さず、父様以外は怖がっていたはずの男にも臆さず……わたしを守ってくれた。守り続けてくれた。嬉しかったです……悲しかったです……ずっとずっと……」
「青嵐……」
「天御門分家の御再興は叶いませんでした。でも、それならもういいんです。お姉様は我慢する必要なんてないんです。嫌な事は嫌と言ってください。わたしの為にと身体を張らないでください。お姉様が望むように生きればいいんです。本当の自分を押し殺したりしなくても、いいんです」
優しい妹に。
昔から変わらない妹に。
ああ、と。
そうなのか、と。
紅亜は全てを得心した。
「それで。逃げろと?」
「はい」
「……乂羅の何処にも逃げ場所はない」
「なら、乂羅でなければいい」
「青嵐。それは……」
学徒憲兵隊の分隊長。
天御門の分家筋。
そんな肩書きの人間が国外逃亡するとすれば、何もかもを捨てる事になる。
「ダメ、だ……」
「お姉様」
「ダメだ。それだけは……」
「お姉様!」
「私は!!!」
「もう、全て失いました!!!」
「――――――」
紅亜は妹が告げる事実にようやく、その実感を得た気がした。
今までの人生、努力、その精粋は消えた。
残っているのは思い出と家族だけ。
そう、ずっとずっと泣かせてきた、それを気付きもしなかった。
そんな不甲斐無い姉と妹だけ。
「もう天御門分家は続かない。けれど、わたしとお姉様がいます。どうか、逃げてください。私の前に立って手を取ってください。もし、貴女が疲れたらわたしが支えます。もし、悲しくなったら抱き締めて傍にいます。ですから、どうか」
何もかも失ったならば、捨てるものすら残らないはずだと。
手を携えて共に生きようと。
そんな風に言わせてしまった己を、本当にどうしようもない自分を、紅亜は心の底から恥じた。
青嵐の手を紅亜が取ろうと―――。
『ほほほほ。麗しい兄妹愛、いや姉妹愛と言うべきか』
「「!!?」」
声だけだった。
土御門方春(つちみかど・かたはる)。
土御門本家筋の実力者。
紅亜にとって定められた相手。
『天御門青嵐。天御門本家の御意向である。そなたを反逆者として捕縛せよとの令が出た。そして、天御門紅亜。そなたはこれより我が土御門の所有物として我が子を孕む奴隷となってもらうぞ』
「な!? 天御門の分家筋とはいえ貴人にそのような!!? 無礼にも程がある!!?」
青嵐が思わず虚空に向かって怒声を吐き出した。
己の身など最初から眼中にないかの如く。
『天御門側からの意向よ。もはやその男女(おまか)は天御門の名を名乗らせるに値せず。こちら側からの幾つかの案件に付いての譲歩があれば、好きにして構わんと。ほほほほ』
ギリギリと歯を軋ませた青嵐が周辺に気配が無いか探ろうとした時だった。
「青嵐!!?」
ドポッとまるで液状化したような闇としか形容し出来ないものが紅亜の真下から湧き出し、その身体を呑み込んだ。
「お姉様!!?」
『お前の相手はこちらであるぞ?』
「?!!」
虚空に現れた輝く方陣が数十青嵐の真上に現れた。
空間を超越する一部の陰陽の技は広く出回るようなものではない。
その使い手というだけでもかなり高位の人間。
それを惜しげもなく何十と使ってくる時点で。
青嵐にはもうその場が包囲されているのだろう事が解った。
「負けない!!!!」
魔力が立ち昇る。
青き炎嵐が。
転移してくる寸前に反芻の方陣が砕かれ、しかし、それも空しく十数人が上空に現れた。
何とか闇の端に手を掛けて這い上がろうとしていた紅亜だったが、闇に吸い取られているかのように身体へ力が入らず、何とか片手を上に伸ばす。
「お助けします!!」
青嵐の手が紅亜の手を捉えた。
『ほほう。片手で我が土御門の精鋭を十数人相手に出来ると。これはこれはお強いお強い』
嘲弄の声。
それに耳を貸す暇もなく。
青嵐は上からの波状攻撃に曝された。
五行相克二行一律の理を持って、陰陽は語られる体系。
金の刃が、火の槍が、水の砲弾が、木の縄が、土の人形が、わらわらと降り注いでいく。
魔力における防御も相克。
青嵐がどれ程に強くとも複数の手練れ相手に防御一辺倒ではやがて力尽きる。
「ッッ、ぐ?!!」
「青嵐!!!?」
「だ、大丈夫です。お姉様。今、此処から引き上げて」
『させると思うてか?』
ズンと闇の奥から槍衾が青嵐の身体を貫いた。
「青嵐ッッッ!!!!!?」
ゴフッと肺と胃に穴が開く。
少女が大量に吐血した。
『それとなぁ。一つ言っておくが、此処を包囲しておるのは学徒憲兵隊である。天御門本家に頼んだら貸してくれての。捕縛出来ぬ場合は殺せと命じてある』
「き、様ぁああああああああああ!!!!」
その声に怒りの声を上げる紅亜にクスクスと声が嗤った。
『よいのか? そんな風に怒って? お前が素直に我が奴隷となるのならば、青嵐の事は図らってやってもよいのだがなぁ』
「ッッ!!!? お姉様!!! 耳をお貸しになってはいけません!!!」
『妹を殺すとは難儀な姉よ。いやいや、夜のお勤めの後、妹に慰められて正気を保つような輩では致し方あるまいか』
「――――――ッッッ?!!!」
青嵐は歯を食い縛る。
相手の目論見は青嵐の意識に隙を作る事。
怒りに我を忘れれば、一撃で意識が沈められかねなかった。
「土御門方春……様……」
何とかそう声を絞り出した姉の様子に青嵐はいけないと声を遮ろうとして、槍衾の圧力が更に高まる。
「私が行(ゆ)けば……青嵐は助けて頂けるのですか?」
『奴隷となれ、と我は言ったつもりだったのだが、聞き間違いであろうか?』
「…なります」
「お、姉様ッッ?!!!」
「奴隷に、なります、から……ですから、青嵐への攻撃を、お止めください……」
『ふむ。では、卑しい賤しい孕み奴隷にしてやろうかのう。ほれ、いい加減さっさと手を離すがよい』
「おね…ぇさま…いけ…ませ、ぐッ?!!」
再びの吐血。
額に掛かる血に濡れながら、ポロポロと雫を零しながら、紅亜は微笑んだ。
「青嵐。生きて…必ず…私は大丈夫だから……」
「お、姉―――」
手が離された。
血で滑っていた手があっさりと離れ。
「お姉様ぁあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
紅亜は闇の底に沈んだ。
しばし、呆然と。
防御の事も、自分の失血の事も失念して。
青嵐はその手の先の闇を見つめていた。
やがて、その闇も閉じていく。
激しさを増す攻撃にもう余力が無かった青嵐はゆらりと立ち上がった。
ボタボタともう少しで失血多量で死ぬだろう命を零しながら。
「…………」
不意に肉の焼ける臭いが辺りに立ち込める。
その出所は青嵐の刺創。
外に出ていく血が、止まった。
内臓の一部すら熱で焼き固められ、細胞が穴を引き締めて出血を抑えていく。
「退いてください」
滞空しながら陰陽の力で攻撃を続けていた土御門の精鋭達は主に言われていた通り、青嵐を討ち取るべく、火力密度を上げようとして―――自分達の身体の一部がいつの間にか焼切られている事に気付いた。
『『『『『『『『『『『『『『『ッッッ?!!』』』』』』』』』』』』』』』
「退いてください。“むしけら”の皆さん」
ポツリと青嵐が呟いた刹那。
青嵐の肉体周辺から目に見えるようになった青く細い火が寄り集まり、白炎と化して吹き伸び、数百m上空を薙いだ。
辛うじて。
魔力の殆どを消費して一撃に耐えた手練れ達が、それでも負った全身火傷に苦鳴を漏らして、撃たれた鳥のように落下していく。
それには目もくれず。
青嵐は傷に震えながらも、よたよたと歩き出した。
天御門の正門を目指して。
大挙して押し寄せてくる同胞。
学徒憲兵隊の隊員達へと確かな決意を込めた視線で。
(お姉様……)
結局、学徒憲兵隊に死者は一人も出なかった。
凄絶な青嵐の姿を前にして。
その鬼すら恐れるだろう形相を前にして。
立ち塞がる者は一人もいなかったのだ。
やがて来る夜闇に一人消えた少女を追う者は誰もなく。
見る者に恐怖すら覚えさせる程の悲嘆に塗れ。
少女へ掛ける声が見つからなかった彼らはただ立ち尽くした。
*
闇に呑まれて。
意識を失ったのは紅亜にとって幸いだった。
失意の中、妹との幸せな日々を反芻出来たという意味で。
彼女が目を覚ましたのは薄暗い石造りの座敷牢での事だった。
首と両手両足に付けられた金色の輪は紅亜の魔力を全て不活性状態にしていて。
抵抗する気力を削ぐように身体には何一つ、下着すら無かった。
代わりに少女の胎や恥丘には幾つかの針を刺した跡。
「…っ…っ……」
やがて襲ってきた恐ろしい衝動に紅亜は負けまいと身を縮めて部屋の端で震えていた。
それでもズクンズクンと心臓みたいに器官は脈打つ。
衝動は心を支配していく。
縮めて身を震わせる行為すら、紅亜には激烈なまでの衝撃となっていく。
股間の上。
薄紅色の幹と艶やかな亀頭の先からはポトポトと蜜が滴った。
「っ…っ…っ……」
常人ならば、即座にその幹を擦り、達する快楽に負けて、自分を見失っていたかもしれない。
紅亜の忍耐はもう人間業ではなかった。
絶望に打ちひしがれて。
自棄になった人間に残された道なんて存在しない。
気持ちいいならば、快楽を得られるならば、それでいい。
そう屈する者は数多い。
彼女は知らなかったが、その胎や性器に打ち込まれた薬の量は凡そ常人ならば、常に発情した色狂いになっていてもおかしくない程のものだった。
ただでさえ、少女は二つの性を持っている。
胎の奥底の熱さともどかしさ。
まだ出来上がって間もない幼くも美しいすじや膣、子宮、その奥の卵巣までが男を待ち侘びている。
それを誤魔化す為ならば、幹を擦ってもいいのではないか。
そんな誘惑に紅亜は駆られ続けた。
激しくなっていく欲求はやがて限界を超えたせいで、ただ雄の器官が空気に触れているだけで、耐え難い甘さの悦楽となっていく。
もしも自分の手で、女の手でそれを擦ったならば。
どれだけの快楽が得られるだろう。
そう、それだけが紅亜の頭の中を支配していった。
やがて、縮こまらせていた身体に幹が挟まれているだけですら我慢出来なくなり、身体が開かれる。
大開になった少女の股間の上。
何度も脈打った肉の幹は何かの拍子に爆発しそうなくらい高ぶっている。
その自分の雄としての浅ましさに。
今正に妹が死体になっているかもしれないというのに、こんな浅ましい欲求も我慢出来なくなりそうになっている自分が、どうしようもなく穢らわしい生き物に思えて。
紅亜の心は半ば壊れ掛けようとしていた。
「っっ…っっ…ゃ…ぁ…」
ポロポロと我慢出来ずに涙が零れ、それを賤しいと断じる心は己に絶望し、少しずつ少しずつ、手が指が幹へと近づいていく。
(ゃぁ…やだぁ…こんなのしたくない…したくない……)
少女の心に蘇るのは四十代も過ぎただろう天御門本家筋から送られてくる高貴な身分の女達。
まるで女というものの権化。
恐ろしく浅ましい者達。
腰を振る度に嘲笑され、女でも男でもない身体を好色と嫌悪で見つめる者達。
擦り切れた瞳に浮かぶ嘲笑にはいつも少女への優しさなんて欠片も無かった。
それでも男としての幹は行為には反応して、精を吐き出して。
その度に吐きそうなくらい酷い嫌悪が、己の身体を引き裂きたいような嫌悪が、押し寄せて。
いつも、いつも、全てが終わった後。
妹の部屋に行った。
慰めて貰った。
頭を撫でられて。
幼子のようにあやされて。
天御門紅亜はその汚らわしいと自分で思う幹を撫ぜられて、達した。
罪悪感。
己がどうしようもない生き物であると証明する行為に、その時だけは、その妹に触れられている時だけは、ただ温かさを感じて。
(青嵐…青嵐…青嵐……)
そんな自分に押し潰されそうになっていた時だったかもしれない。
少女が四人の旅人と出会ったのは。
大皇の血を引く高貴な少女。
自分よりも年下の、男と触れ合っていた少女。
(守りたいと…そう思ったの…どうして……)
妹の事が頭に浮かんだ事を紅亜は否定出来ない。
代償行為。
そう言われれば否定しようもない。
馬鹿な話かもしれなかった。
純粋に助けたいなんて。
本心だったかと問い掛ければ、紅亜にはもう答えられない。
(でも…もう…いい? 青嵐…私…もう……)
負ければ楽になる。
楽どころか心地良くなれる。
後戻りも出来なくなる。
そう本能的に知っていても、朽ちていく理性が、全てから解放されたいという本能が、何もかもを肯定してくれていた妹の顔で、逃げ出してもいい、頑張らなくてもいい、と・・・紅亜の指を幹に誘う。
もう何時間。
いや、何日。
それとも何週間。
あるいは何年。
どれだけ座敷牢にいるのかすら、感覚は無かった。
本当はもう青嵐は死んでしまっていて、自分は壊れてしまっていて、実は何もかも妄想で、本当は触った事を覚えていないだけなのかもしれない、なんて。
(っ…っ……)
女達との夜伽ではいつも勃ちが悪かった幹、気持ち悪いと嫌悪していた幹、それが今は感じたことのないくらいに熱を持ち、触られる事を欲している。
それを誰よりも誰よりも嫌だと怖いと思っているのに、指は止まらず。
ツン。
そう指が触れた瞬間。
ビュルルルッッ。
「――――――ッッッ?!!!!」
声を堪えたのは紅亜にとって逆に快楽を増幅する事でしかなかった。
幹に奔った衝撃が、射精をする時の解放感が、嫌悪を押し流し、自嘲を喰らい尽くし、少女の意識を己の出した白濁のように染めていく。
「気持ち…いい…気持ちいいのぉ…ゃぁ…ダメ、なのにぃ…気持ちいいぃぃ♡」
出してしまった。
堕してしまった。
もう指は射精したばかりの幹をやわやわと触れていた。
「ひぁぁ♡ くぅんんッッ♡♡ んぁぁぁ♡♡♡」
今まで味わった事もない快楽。
それを感じた瞬間、紅亜のすじからプチュッと蜜が膨れ上がって滴り落ちた。
ゾクンとそれだけで幹の何倍もの快楽の予感を感じて、紅亜は自分の忌避してきた両性の快楽に耽りたいとの欲求に逆らえなくなる。
それでも心の奥。
そこだけはダメだとの辛うじて残った自制の欠片が幹を強く握らせた。
「ひぁぁぁああああ♡♡♡ まらぁぁ♡ まらいいのぉ♡ グチュグチュいいのぉおおお♡♡♡」
グチュグチュと今までそれで自慰すらしてこなかった紅亜ははしたない笑みでビクビク震える自分の幹を両手で包むように擦り上げる。
再びの射精。
一度目よりも少ない精が上に吹き上がり、少女のすじへと落下して濡らした。
「きゅぅん♡ んゃぁぁ♡」
その精の熱さだけで女の方が達した。
自分の精の熱さで達するという変態的な行為すら、もう紅亜の頭の中にはない。
ただ、雄としての行為に耽る悦びを知った身体はそれだけを求めた。
『ほほほほ。存外時間は掛かったものの、ようやく出来上がったようで安心した。それにしてもやはり気持ち悪いものであるな。雄の形を持つ牝とは。まぁ、良い。“すじ”も“ほと”もこれで熟れたであろう。さっさと連れてこい』
座敷牢に数人の女達が入ってくる。
典型的な巫女装束。
もう意識すらあやふやになって自分の幹を擦る事に夢中になっていた紅亜には座敷牢に入ってくる者もその声も全てどうでもよくなっていた。
「さぁ、では参りましょう」
巫女達に両腕を掴まれ、立たされ、引きずられていく間も、紅亜の顔にはただ幹を擦って射精したいとの欲求しか浮かんでいなかった。
何処をどう歩かされたのか定かではない。
いつの間にか歩いていたのは高貴な人間の住まうはずの社の中。
冷える夜気に身体はブルブルと震えたものの、それでも内側からの熱さが紅亜に寒いとは感じさせなかった。
やがて、巫女達に連れられてやってきた部屋の一角。
御簾の中。
布団が敷かれた場所に四つん這いにされて。
巫女達の一人に頭を抑え付けられ。
幹を腹に付けるように握られ。
ただ“すじ”を後ろに見せつけるような恰好とされた。
「ほほほ。久しぶりに会うの」
全裸のまま闇の奥からやってきたのは蝦蟇蛙のような男だった。
でっぷりと太った腹は膨れていて、顔は本当に蛙ように潰れていて。
それでいて傲岸不遜。
「まぁ、意識が欠片でも残っていれば、話してやろうかと思ったが、我慢出来ぬ。すじの具合はどうなっておるのか?」
巫女達は努めて男を見ぬように目を閉じながら。
少女に慈悲や憐みを掛ける様子もなく。
そっと答えた。
「多少裂けても構わぬのでしたらどうぞ」
「ふむ。穢れた血に用はない。これ、秘薬を」
「はい」
巫女達の一人がそっと小さな壺を土御門方春。
少女を手に入れようと企んできた男に渡した。
「腰をもっと上げさせろ」
「はい」
グッと腰を持ち上げられた紅亜はもう胡乱な瞳でこれから気持ち良い事をしてくれるのだろうかと、それだけを考えていた。
「ほれ。これでお前の膜はすぐに消える。すじは幼くとも全て入るであろうぞ。更に一度受け入れた男へ絶対的に服従(したがう)よう素直になれる薬も入れておいた。心配するな」
ドロッと。
秘薬が紅亜のまだ本当に一桁の少女のようなすじに過剰な程ぶちまけられる。
「ぁ゛♡ ひぁ゛♡ あ゛つ゛い゛のぉ゛♡♡」
「ほほほほ。この薬は時間が経てば経つだけお前の快楽を跳ね上がる。この薬で一時間も我慢出来た者はおらんかったなぁ。最後には入れてくれと哀願して懇願して夫にするよう従順になるのだが、我は如何せん待たされるのが嫌いじゃ。そもそもお前のような薄汚い小娘を奪うと考えただけでも怖気が奔る。だが、一度で孕めば問題も無かろうて。開け」
巫女の女達が紅亜の尻肉を掴んで指で両端からその秘裂を広げた。
「ふん。膜も失せたか。この我のまらを打ち込まれれば、それだけで達して感謝するようになる。お前のような下賤な身体を抱いてやる慈悲深い我にせいぜい感謝するのだなぁ」
まるで槌のような大きさの男根がブルンと紅亜の背後でそそり立った。
「では、始めるかの」
男の合図に女達が紅亜をしっかりと挿入される形で抑え付けた。
胡乱な意識の中。
散々に変えられた身体から齎される快楽と悦楽に身を委ねながら、紅亜は最後に残った意識の欠片で視線の端、御簾に遮られて見えない空を見上げた。
凛々と蟲の声がして。
結局、最後まで知れなかった自分が守りたかった少女はどうなったのだろうかと、そう身を案じて。
ドチュン。
そんな音がした。
―――――――――――――――――――――。
「あ、あなや!?!! き、貴様は何者ぞ!!!?」
巫女の一人の胸が貫かれていた。
ボフリと煙が立ち昇る。
その姿が一瞬で崩れ、人の形をした小さな紙へと戻っていく。
続けて。
紙が引き裂かれる音。
女達がたった一度振られた剣の軌跡の上で崩れ、紙となって消えていく。
「この国だと強ければ何でも不問に付してもらえるんじゃなかったっけ?」
まるで場を読まない疑問の声。
「な、馬鹿な!? この屋敷の警備は土御門の最精鋭であるぞ!? 四神の加護あるこの地にいきなり現れる等、あの聖女ですら?!!!」
方春が後ろへと下がった。
既に臨戦態勢を取ったのか。
その姿はもう乂羅貴人の正装である衣冠(いかん)を纏い烏帽子(えぼし)を被っていた。
屋敷全体が半ば自動化された陰陽器。
地脈の力を分け与え、土御門の貴人に絶大な力を与える屋敷の加護でいの一番に防御の術法を築いた方春は距離を取りつつ、その得体の知れない少年を観測を開始する。
「ちょっと、帰るのに手間取ったけど。ただいま……」
「て…ぃあ……?」
優しく起こされて、漆黒の外套に包まれて、少年にあの夜のように背中と膝を抱かれるようにして、紅亜は近い顔を見つめた。
「女の子がこういう時間に出歩くと危険だって教わらなかった?」
「ぁ…わ…たし…は……」
「可愛い女の子だよ。確かに身体は他の子と少し違うかもしれないけど。それを言ったらナーリャはダークエルフだし、エフィリムは半分魔族だし、イフィミスラだって、君と同じ血を引いてる」
何故か。
胡乱な意識に波紋が広がって。
今まで薬の影響で薄れていた感情が。
羞恥が、恥辱が、絶望が、後悔が、溢れて。
(……ゃ)
見られてしまったと。
自分の汚らわしい姿。
気付かれてしまったと。
自分の穢された姿。
(死に…たい…こんなの…見られたくないの…ゃぁ……)
言う事を聞かない身体は動かず。
ただ、ポロポロと雫が頬を濡らす。
「とりあえず、青嵐さんのところに帰ろう? 話はそれから―――」
「我を無視するでないッッッッ?!!!」
今まで相手の出方を伺っていた方春がさすがに耐え切れなくなって叫んだ。
既に観測は終えている。
そして、その観測結果の異常さに方春は内心震えていた。
魔力皆無。
肉体機能常人。
それが方春の観測した結果。
いきなりその場に現れたはずの、まったく普通であるはずがない少年の、事実。
「……ふぅ」
仕方なさそうに少年が上を見上げる。
虚空でもう攻撃の準備、陰陽五行相克それぞれ数千の術を待機させ、屋敷の空を耀きで埋め尽くしている男を、少年は本当に何だか邪魔そうな視線で見た。
「なッ?!!! わ、我を誰だと!!!?」
「誰でもいいですよ」
「貴様?!!」
「僕から言える事は一つだけです」
「な、何ぃ!!?」
「そんな篝火を焚いてると早死にしますよ」
「な、何の事だ!!?」
「それじゃあ。良い旅を」
少年の視線が一瞬、方春を捉えた。
「?!!!!」
背筋に氷を捻じ込まれたような錯覚に方春が固まる。
次の瞬間、少年はもう紅亜を連れて消えていた。
突然の消失に何処かへ隠れたかと方春が陰陽を駆使して周辺を探索する。
「――――――は?」
その呟きはあまりにも場違いに空へ響く。
「な、どういう!!? こ、此処は、何処なのだ!!!?」
広大な屋敷。
乂羅中央本国領【乂廊殿(がいろうでん)】。
その本拠地に程近い貴人達の住まう一角。
土御門の本家傍にある方春の屋敷。
であるはずの場所。
(な、何が起こっているのだ!!!?)
方春の術法はその世界に一切の命の気配を捉えていなかった。
屋敷はある。
道具もある。
道端の小石から本国の要である議帝宮まで。
その全ては在る。
だが、命は無い。
人がいない。
蟲の声もない。
風音もない。
静かな、あまりにも静かな、そんな世界が何処までも何処までも広がっている。
「く、連絡を」
ザリッと方春の術法の群れにノイズのようなものが混じった。
「な、何ぞ!!? 何が起こって!?」
けけけけけけ。
そんな声を聞いて、方春がその方角を振り向いた。
くすくすくす。
そんな声を聞いて、方春がその方角を振り向いた。
ひひひひひひ。
そんな声を聞いて、方春がその方角を振り向いた。
「お、お前は何ものぞ!!!?」
黒い靄のようなものが、方春の術法に乗っていた。
その中には人型のような何かが見える。
「ああ、お前さん。知らないのかい? というか、これはまた随分と大きな御馳走を……」
「な、何を言っている!!? も、もののけの類か!!? 調伏されたいか化け物め!!!?」
「酷いなぁ。旅するあんたがこれからどれだけ寂しい思いをするかと思って、ちょっと様子を見に来てやったってのに」
「な、一体何を!!!? それより此処は何処であるか!!!」
「あんたまだ気付いてないのかい? 此処はもう“こちら側”だよ?」
「なん、だと!?」
方春が再び辺りを見回そうとして、気付いた。
屋敷が、無い。
「な、何が!? 何が起こって!!?」
「あ~~あ。食べられちゃって……ここら辺の連中は手が早いね」
「た、食べられ?!!」
「ふふふ。見たところ乂羅? じゃあ、仕方ないね。あっちの神門のおかげでこっちは迷惑してるからねぇ」
「わ、分かるように説明せよ!!!?」
「此処はあっち側からこっち側への流れによって生まれた支流さ。お前さん。随分と大そうな方に放り込まれたみたいだけれど、ご愁傷様。この支流は本流の余波で曲がっちまってる。しばらくは境界の辺りを行ったり来たりだ。食われないように用心しなよ? 屋敷みたいにさ」
カタカタと方春はその言葉に少しずつ自分がどうなっているのかを理解しつつあった。
「おっと。そう言ってる間にも“ズレ切った”かな?」
方春は今まで確認出来ていた屋敷の群れが薄れて消失するのを術法によって確認した。
まるで、命だけを除いたような永遠の園。
人のいない世界が何処までも続いていく。
「それにしてもあんた鈍いねぇ。こんな桁違いの“大写し”が出来る方を敵に回したとはいえ、何に夢中だったんだい?」
「……此処は、何処だ」
「七教会の連中がよく言うほら、あれだ! あれだよ! ああ、ここらは乂羅に近いから出てこないや。うん。それじゃ、乂羅風に教えてやるよ」
ケタケタと嗤いながら、人型の何かがそっとその場所の名を注げた。
「魔族住まう地。ようは地獄ってやつさ♪」
永遠に朝の訪れない世界に閉じ込められた事を悟り、一人の男が絶叫した。
その日。
乂羅において一つの屋敷が忽然と姿を消したが、土御門家はこの事実を隠匿。
式神以外を共としなかった家の実力者が突如消えた事も含めて闇に葬られた。
それでも、乂羅に起きた怪異を知りつつも、神門は儀式を続ける。
次代の神門となるべく集められた予備の子供達。
その中に髪が長く白い少女の姿もあった。