第七節「イギルの森」
「イルトさんの負けです。娼婦で騎士に対して上がったので三倍上がりです!」
「ぬぁ!? まさか、一発逆転とか在り得ねぇ……」
「えへへ。これで今日の晩御飯は茹で麦です」
カードに興じているのは馬車の中の三人。
イルトとピアリ。
それからイフィーだった。
「そろそろ昼飯にしよう」
無役(ブタ)の手札を見せた後。
カードを取り纏めて。
灰金の少女は御者台の方へと顔を出した。
「済まないな。任せてばかりで」
「いえ、慣れてますから」
「食事にしよう。昼食は何かリクエストがあるか? 昨日“創った”肉ならまだあるが?」
「旅の最中に汁が滴る肉が食べられる。長生きはするものですね」
「まぁ、普通では在り得ないな。余程に度慣れていて、路銀稼ぎが上手いか。あるいは狩りの腕が確かか……どちらにしろ玄人の特権だ。その国が中央諸国式な常識でなければ、な」
『お~い。ピアリが腹減ったって』
『も、もぉ!? イルトさん!! ピ、ピアリそんなに食いしん坊さんじゃありません!!』
馬車の中から笑い声とポカポカと身体を叩く音。
「仲良き哉。まるで兄妹に見えるぞ」
最初こそぎこちなかったが今では仲良しこよしと言っていいだろうピアリとイルトのじゃれ合う様子に苦笑したイフィーに頷いて、リュオが馬車を止めた。
「見えてきたな。アレが……」
少女は目的地を前にして僅か身を堅くする。
「はい。目当ての森でしょう」
二人が御者台の上で遠方の緑に瞳を細めた。
「此処からが本番か……」
「今までのように【剣獣(ソーディアス)】を蹴散らしているだけでは済まないでしょうね」
眼鏡の蔓がそっと片手で押し上げられる。
「第一関門。試される時が来たという事だ。食事を済ませたら出発しよう」
「僕も装備の再点検を済ませておきます。魔力残量の方は?」
「近頃は戦闘でイルトとリュオ先生に甘えていたからな。戦略級なら2発か3発の余裕がある」
「怖い人ですね。イフィー」
いつもイルト達の前では微笑んでいる教師の顔ではなく。
過去、遺跡を探索していた者の顔でリュオがフッと唇の端を歪めた。
「そういうリュオ先生こそ。錬金の秘奥を極めたとイルトが言うだけの事はある」
「手の内はこれでも豊富ですから」
『師匠~~』
呼ぶ声に二人がやれやれと肩を竦めて馬車の中に入って行った。
ようやく騒がしい食事時が始まる。
暗い森がザワリと揺れて、静かに寒風が吹き抜けていった。
*
四人が馬車を調達し逃げ遂せてから数日が経っている。
目的地までの数日間。
主に苦労したのはイフィーとリュオではなく。
イルトだったと言える。
それと言うのも道中。
わらわら群がってくる剣獣(ソーディアス)と命掛けの戦闘をこなしていたからだ。
リュオが仕込んだという近接格闘術は大したもので、並みの武芸術者にも引けを取らない。
錬金術師としての腕が低いイルトには肉体を酷使する方が合っていたというのもあるだろう。
主に懐から取り出した二本の金属棒。
練成準備が為された合金の塊で戦闘を行うイルトは時に剣士、時に槍士、時に防御用の盾持つ衛兵として大きな役割を果たした。
二刀流という長所を生かし、手が開かない時は無い。
剣を受け止める櫛剣(ソード・ブレイカー)が剣獣(ソーディアス)を受け止めれば、次の瞬間には片方が槌(ハンマー)となって刃を叩き折る、なんて事も度々あった。
変幻自在の得物による攻撃は相手に次の一手を読ませず。
不意打ちに近い形で戦闘を優位に進める詐欺師(トリックスター)さながらだ。
だが、それは長所でありながら短所でもある。
様々な武器を使いこなすイルトだが、同時に一つの武器に対する愛着は低い。
工事現場で働いていた事から“七つ道具”と己の武器を評する彼は一定の武術を修めた相手にしてみれば、節操の無い闘い方をするだけの存在と言える。
つまり、何かしらの武術や魔術を極めた相手には太刀打ち出来ない可能性が高かった。
意外性と粘り強さはある。
が、戦闘においての引き出しの多さは武器の多様さに比例しない。
武術や魔術も同じ。
単一の技術体系、技能体系において積み上げてきた鍛錬と準備の差にこそ、勝敗の天秤は傾く。
とは言うものの……天蓋蒼星にて戦うのは剣の獣である。
層を降れば剣獣(ソーディアス)の種類と攻撃方法は飛躍的に増加していくとイフィーは聞いていたが、それまでは順当に戦力として当てにしていていいと合理的に判断していた。
「イルト」
「ん、どうかしたのか?」
ようやく食事も終わろうという頃合。
【密碑(キャラクト)】で出した食事を平らげて一息付いたイルトにイフィーが切り出す。
「此処までの戦闘を見せてもらったが、お前の腕は中々のものだ」
「え!? イ、イフィー? んぐ?!」
何で唐突に自分が褒められているのか分からず。
混乱したイルトの喉にパンが詰まった。
グビリと鉄製のカップから水が呷られる。
「はぁはぁ、し、死ぬかと思った……な、何だよ。唐突に……」
「いや、素直な感想だ。正直に言って此処に来るまで怪我の一つもしていないというのは賞賛に値する」
「そ、そうか? ぶっちゃけ、オレはイフィーや師匠の凄さに数日間呆然としてたんだが」
最もな意見だろう。
リュオはイルトに前衛を任せ遊撃のポジションに着いた。
錬金術師としての能力を存分に発揮し、旅の途中で手に入れた密碑(キャラクト)や自然採取した鉱石や植物から触媒を生み出して、多くの品を練成。
時に体力回復用の栄養剤や相手の硬度を落す腐食剤を軸にサポートへと回った。
的確な瞬間(タイミング)に的確な量の薬剤を投射する技術。
背後にも前にも気を配り、実質的な戦闘の指令を飛ばす頭脳としてリュオは適役だった。
イフィーにしても大規模な戦闘でも無ければ魔力が枯渇する事はなく。
神々の力を借りる【意匠】や詠唱を術式の中核として必要とせず。
ほぼ、どんな魔術も一工程(ワン・アクション)で発動させるのだから並大抵ではない。
雷、炎、氷、土、風、その他etc。
自然に在る元素を用いた【元素魔術(エレメンタル・クラフト)】の類は言うに及ばず。
引力や斥力、重力、光、波動、通常では高度とされる魔術や概念魔術までも使いこなす。
それは時に相手の動きを封じ、味方の戦闘速度の上昇や攻撃の防御に十分な威力を発揮した。
「それは自力の違いだ。致し方ない」
「そうハッキリ言われるのも何か傷付くんだけど」
「今まで学生だった者と七教会の実働部隊相手に殴り合いをしていた者。どちらが戦闘に長けているのか言う必要もあるまい?」
「う、反論出来ないぜ……」
「リュオ先生も嘗ては名うての探索者だった。経験値でお前が勝てるはずもない」
「お、仰る通りだけど、もうちょっとオブラートに包んで欲しいと言うか。歯に絹着せて欲しいと言うか。言い方というものを……」
「お前の基本能力は悪くない。要は経験と勘所だ。それに武装の強化も必要だな」
「つまり、イフィーはさ。オレに強くなれって言ってるのか?」
「違う。自分を使えるようになれ、と言っているのだ」
「?」
「分からないか?」
「何となく言いたい事は分かるような分からないような……」
「普通の人間が極められる力には限界がある。そして、その限界の中で工夫する事で戦闘技能の幅は広くなり、無限の可能性を得るのだ。お前に魔族のような魔力を得ろとか、リュオ先生のように成れとか、そういう事を言っても今すぐには無理だろうし、物理的に限界もある。だが、短期間でも経験や工夫次第で強さは天地の差を生むだろう。我が言っているのはイルト。お前がお前自身の全てを“使い切れるようになれ”という事なのだ」
「オレが、オレを、使い切る……」
「己の限界を知ってこそ、己の限界を超えられる。そういう事だ」
「……頑張るよ。オレ」
「解ってくれれば、それでいい」
麺麭(パン)の最後の一欠けらを口にして。
パンパンとイフィーが服の埃を払った。
「さぁ、出発だ」
ずっと黙って聞いていたリュオとピアリが頷く。
馬車を降り、馬を開放した四人は徒歩で黒々とした森へと向った。
*
樹木の大きさはその森の重ねた年月(ねんげつ)だと言う。
ならば、大樹が乱立し、木の根が道として入り組んだイギルの森は如何なる年月(としつき)を重ねてきたのか。
中天の日差しは容易に地面まで届かず。
そのせいか。
自生する植物は多くなかった。
「不気味、という程ではないですが。さて、第二層への入り口は……」
森に入ってから五分。
周囲を歩いて内部構造を把握しながら、リュオが呟いた。
「え、師匠。入り口が解らないまま進んでたのか?」
「イルト君。どんな遺跡でも同じですが、まずは下調べが大事なんです」
「でも、下調べったって。オレには左も右も前も後ろも同じに見えるんだけど」
「いえ、此処は特徴的な構造をしています。七教会の階層突破部隊の跡も見つけた。入り口がある方向は絞れましたよ」
「本気(マジ)で!?」
「ええ、本気(マジ)です」
「何だか解りませんけど、先生が凄いのはピアリにも分かりました!」
尊敬の眼差しで何が凄いのか分からぬまま桃色髪の少女が目をキラキラさせた。
「部隊の跡とはアレの事か?」
「ええ」
イフィーが深い森の中、大木の中程を見上げる。
「ん? あぁ、何か見えるな。アレって……」
瞳を細めて上を見上げたイルトの顔に理解の色が広がる。
「鎧傷、か?」
「正解です」
リュオが頷く。
「よろいきず?」
首を傾げるピアリにイルトが説明する。
「森なんかで戦闘するとな。樹木に傷が出来る事があるんだよ。その傷の深さや形で鎧の幅とか型とか解るから、昔は山岳や森林地帯の戦闘じゃ鎧傷の類型(タイプ)の智識は必須だったらしい」
「知っていたか。意外と博識なのだな」
イフィーが感心した様子になる。
「へへ、これでも錬金術師の卵だぜ?」
「少し補うとすれば、鎧傷というのは強者の証でもあったという事か」
「強者?」
イルトにイフィーが頷く。
「わざわざ狭い森で鎧を着るメリットは何か? 鎧そのものが恐ろしく優れているか。あるいは鎧を着ていても十分に相手と渡り合ったか。どちらにしろ進行してくる強敵だけが、その傷を残した。狭い場所では弓兵や遠距離投射魔術の恰好の的だからな。故に森林地帯で鎧傷を見たら、まず強者がいると見て間違いない。故にこれを見た者は逃げる算段か、鎧そのものを破壊する方法を考えねばならなかった。大陸北部では伝統的に兵達の縄張りを証明する傷としても使われてな。新参者は訓練で鎧傷を森に増やす事から未熟者とされ、古参兵は鎧傷を殆ど残さない事から慕われていたのだ」
「……イフィーって歴史に詳しいんだな。ちょっと意外だぜ」
「北部出身だからな」
「と、言っている間にも敵さんが来たようですね。上ですッ!!」
動揺する事なく。
後衛にピアリ。
前衛にイルト。
その中間にイフィーとリュオが陣取る。
ザザザッと巨木の上層から降ってくるのは剣獣(ソーディアス)の群れだった。
「うへぇ。団体さんかよ!?」
嫌そうな顔でイルトが数十本にも及ぶ剣先にうんざりした声を上げ、懐から二本の棒を取り出した。
片方は櫛剣でもう片方は盾に変化。
隙を減らして一本ずつ叩き折り、リュオのサポートとイフィーの魔術発動までの時間を稼ぐ基本的なスタイルを取る。
「投擲します。効果発現まで二秒半!!」
リュオが外套の懐から取り出した金属製の試験管を両手で十本。
同時に投げ放った。
高速で降り注ぐ剣の雨をすり抜けた触媒は剣獣(ソーディアス)達の真後ろでカッと閃光を放って、爆風を巻き起こした。
瞬間的に気化した内部の薬剤が散布。
背後から剣獣(ソーディアス)達を襲う。
ドザザザザザザ。
その硬質な体躯を無数に地面へ突き立てた瞬間。
ボキリと剣達が半ばから折れた。
更にそれを免(まぬが)れた個体もイルトの振う櫛剣(ソード・ブレイカー)や盾にブチ当たった刹那、砕けては耀きを発してバラバラに崩れていく。
密碑(キャラクト)が散らばる森林地帯に更なる音色を響かせたのはイフィーだ。
「交霊洋洋。我が眼前の敵をその体に納めよ。【風縮破(テンペスタス)】!!!」
【精霊魔術(フェアリス・ロー)】の一種か。
森に風が吹いた。
轟々と唸る風ではない。
ザアザアと水のように流れ込む風が生まれていた。
風精の力を借りた一種の結界が空気を一定空間に取り込み続けているのだ。
一つ所に集まり、急激に圧縮された空気は莫大な熱を発生させる。
それが残存していた剣獣(ソーディアス)達を包み込み。
光で融かし削っていく。
イフィーがパンと手を合わせた。
結果。
連動した結界がギュルリと渦を巻いて真球状に変化し、全ての敵を耀きの内に封じ込め。
「弾けろ」
遥か上空へと打ち上げた。
後からドンと大きな花火のような輝きを発して剣獣達が消え失せる。
「状況確認……どうやら後続はいないようですね」
リュオが力を抜いて戦闘態勢を解いた。
「密碑(キャラクト)を回収後、速やかに移動するぞ」
「了解だぜ」
「わ~今回も大量大量、ですね!!」
ピアリがまるで地面に落ちた木の実でも拾うように文字の石を集めていく。
「なぁ、イフィー」
「何だ?」
イルトが形状を元の棒に戻して武器を外套に仕舞い込んでイフィーに尋ねる。
「鎧傷がさ。あんな樹木の上にあるって事は高格外套(ソーマ・パクシルム・ベルーター)が飛びながら戦ったって事だよな?」
「そうなるな。空飛ぶ剣を迎撃しているのだから当然ではないか」
「でもさ。下に傷が見えないって言うのも何かおかしくないか?」
「どういう事だ?」
「いや、全部上で迎撃出来たのかなって」
「……ふむ」
イルトの疑問が語られた時、ザワリと森の気配が変わった。
「ぬ? ピアリ! リュオ先生!!」
「?」
「これは……」
二人が周囲を見回した時、地鳴りのような音が森林地帯全体へと響いた。
「地震!? まさか?!!」
イフィーが地面を見る。
ボフゥッ。
地面のあちこちがまるで底を抜いたように風を噴出させて、崩落していく。
「抜かった!? イルト、此処は危険だ!! ピアリを!!」
「お、おう!!」
グラグラと揺れる中、何とかイフィーの指示を実行したイルトがピアリの手を取った時。
ズォォォ。
そんな樹木が擦れる音と共に地面と思っていた一帯が全て崩落した。
(あの鎧傷は飛びながら戦ったから付いたのではない。急速に成長する樹木があの高さだったのだ!! ならば、我々が今まで木の根だと思っていた此処は―――)
イフィーが気付いたと同時にリュオも気付いたようで。
「此処は根ではなく樹木の枝の上です!! 地面は腐り積もった葉の層!! 何かに捕まってください!!! イルト君!!!」
「う、おわぁああああああああああああああああ?!!!」
「きゃぁああああああああああああああああああ!!!?」
崩落していく大地。
いや、脆く崩れ去る腐葉土の下へとイルトとピアリが呑み込まれていった。
「イフィー!!! 僕はイルト君達を追います!!! 貴女は上の方から地下に降りる道をッ!!!」
「了解だ!! 幸運を祈る!!」
リュオが捕まっていた樹木から離れ、イルト達が消えた方角へとダイブした。
急激な成長で下に下に遠ざかる仲間達を見ながら、灰金の少女は唇を引き結ぶ。
(必ず突破し、救出してみせる。待っていろ)
樹木の成長が止まったのはそれから数分後。
イフィー・ファサルトスはさっそく三人の救助に動き出した。
落下する舞台。
その只中で彼らは試される。
この道を往くに相応しいか否か。
森は静かに全てを覆い隠していった。
*
―――天蓋蒼星イギルの森。
男女4人。
星潜者にとって最小単位であるパーティー人数で十代から二十代までの若者達が難所と呼ばれる場所へとアタックを掛けていた。
森の地面が膨大な枯葉や枯れ枝の層である事。
また、一定期間急激に成長して、枯れるという事を繰り返している森の詳細。
出てくる剣獣の種類から安全な倒し方、やり過ごし方まで。
彼らの腰の後ろには片手で持てる小さな手帳(ハンドブック)が据え付けられている。
旅の旅装は皮製と普通であるが、彼らの得物はナイフ以外、全てが銃器だ。
弾丸は大地から現地調達。
錬金術を治めた彼らは簡単に言うなら、新しいタイプの星潜者と言うべきだろうか。
魔術や近接戦闘技能が重宝される天蓋蒼星にあって、この数ヶ月で流行り出した最小の労力と最大の密費回収効率を叩き出す錬金術師型。
その聖典とも呼べる本が彼らの腰に据え付けられている代物だ。
「30m先まで先行してくれ。バックアップは任せろ」
「りょーかい」
「行きましょうか」
「ああ」
三人の男女が周囲を警戒しつつ、長い通路を駆け抜ける。
すると、森の上層から剣獣がワラワラと落ちてきた。
それを背後で見ていた一人が的確に先行している三人に位置を教え、その方角に向けて小銃から銃弾を乱射する。
数が減った敵に対して更に地表からの追い討ちの連射が掛かると数秒後にはただ密碑だけがバラバラと落ちてくるだけとなった。
「やりぃ~~」
「周囲警戒だ。馬鹿」
「ごめんごめん」
「拾う奴と周辺警戒する奴に別れる。どっちも油断するな。教本通り行くんだ」
思わず気が緩んだ仲間が窘められ、本を僅かに触った誰もがすぐに気を取り直して事前の打ち合わせ通りの行動を取る。
そうして、数分後。
彼らはイギルの森へのアタックを終え。
イソイソと危険地帯から外に出て、幕屋へと戻った。
「ふぃ~~いや~~教本様々だな。マジで」
地面に敷かれた革製のシートの上にデンと大の字になった男が言う。
「此処まで順調……もう予定額溜まったし。そろそろ国に帰ろう。さすがに四ヶ月もいたら、疲れちゃった……」
荒野でもメイクを欠かさないベリーショートの蒼い髪の女が溜息を吐く。
「オイオイ。オレ達まだまだ行けんじゃね? このまま第二層や三層行ってさ。それで大金持ちになってから戻るってのもいいと思うんだけどなぁ~~」
「馬鹿。ハンドブックにも書いてあったろ。銃器でも剣でもとにかく戦闘スキルが一定以上無い不十分な奴は強力な武器を持ってても不意打ちで死ぬ可能性があるって」
生真面目そうな男が肩を竦めながら、周囲の仲間達に珈琲の入ったカップを配る。
「でもよ~~こんな簡単に稼げるんだぜ? 故郷でこれだけ稼ごうって思ったら、十年は掛かんだろ」
「でもでも!! 今までだって危ないところはあったよ!! 私達、魔術も使えないし、銃の扱いだって見様見真似だし、ここらが潮時なんじゃないかな。もし、また稼ぎたくなったら、その時また集まればいいんだよ!!」
「ま、一理あるけどよ」
「素人でも此処まで来れる。ハンドブックにだって書いてあったじゃない。此処から先は本職になる奴だけが行ける領域……本には従った方がいいよ。絶対……これのおかげで私達何とかやって来れたんだから……」
キツメの美人。
赤髪の女が髪を掻き上げながら、本をパラパラと片手で捲った。
「ま、そだな……しばらくは遊んで暮らせるだろうし」
「あ~~そんな無駄遣いして~~私達は商売始める開店資金とか。家の都合とか。学費とか。そういうのなのに~~」
「はは、いいじゃねぇか。それに遊ぶつったって、そんなに金が掛かるかよ。ブランドもん欲しがる女じゃあるまいし」
「え~~女遊びに使う気じゃないの?」
「んな金掛かる事すっかよ。女が恋しくなったら、風俗行きゃあいいだろ。身を持ち崩すような遊び方しなけりゃ、健全だぜ? 毎日良いもん食って、旅して、観光して、ソコソコ値が張るもん買って、自宅でダラダラしてたら、五年はゆっくり出来る」
「ぅ……ダメだこいつ早くなんとかしないと!! 本当にそうするつもりだ?!」
「一応、次に来る時の装備整える分は残しておくつもりだしな。お前らが来なくても、他の奴を探すだろうし……」
「まぁ、人其々さ。とりあえず、今日は一番安い密碑で肉でも出してパーティーと行こう。明日は全員で転移の呪符を使って帰還だ」
「さよか。リーダーが決めたなら、しょうがねぇな。おっしゃ、食うぜ食うぜ~~肉を出しな!!」
「密碑で出すお肉って妙に硬いんだよねぇ~~」
「それ分かる。でも、ハンドブックには下層だと凄く美味い肉が出せる密碑があるって書いてあるよ」
「そこまで潜れない素人には縁の無い話だよね~」
「野菜に肉に道具まで何でもござれな密碑にそれ以上文句を言うのはどうかと思うけど」
「それもそうか。普通なら、こんなお肉だって食べられるだけ幸せな状況なんだもんね。此処にはお店だって無いし……」
「そうそう。大人しく硬い肉でパーティーと行きましょう」
「エールも出せよ。氷もな」
「いっそ、氷をジョッキにするか?」
「それアリ!!」
若い星潜者達はガヤガヤと喧しく夕暮れ時を過ごす。
彼らが帰るのは翌日。
しかし、その一年後……再び誰一人として欠ける事なく同じメンバーでパーティーを組む事になるとはまだ誰も知らない。
星に潜った日々が忘れられず。
技能に磨きを掛けて再度集った彼らが一体、どの層まで降りられたのか。
それはまだ誰も知らない未来の書籍にだけ載る事となるだろう。
その新版のハンドブックにはこう書かれていた。
―――これは仲間と命を掛けて旅したいと願った大馬鹿野郎達の軌跡です、と。