※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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インタールード「天蓋総図」

インタールード「天蓋総図」

 

「マルデス氏。マルデス氏」

 

 クイクイと白衣の男の一人がいつものミーティング後の時間。

 

 眼鏡を掛けた冴えない研究者の袖を引いていた。

 

 その仕草は大の男がするには幼稚と見えるだろうが、大陸屈指の研究部門に身を置く男達の中でも彼が一部門を預かる長だと知れば、大抵の相手は失笑は苦笑や微妙な視線になるを止めるだろう。

 

 地質構造解析の第一人者にしてプレート・テクニクスや遥かな時代の遺構の実地調査研究まで幅広い大地に関する叡智を宿した頭脳は七教会でも貴重だ。

 

 その成果が無ければ、七教会はあの本部テロにおいて全てを消し飛ばされていたかもしれない。

 

 現在、彼が関わってようやく完成した本部地下施設はフル稼働状態。

 

 地表で重軽傷を負った一般市民や旅行者、教会関係者の数十万床を確保する医療現場として、各支部間の調整を行う司令塔として、機能していた。

 

「何ですかな? プルガト氏」

 

 そう呼ばれた小柄な人好きのする顔の40代が手に収まるくらいの白いボードを冴えない男に見せた。

 

 珈琲でも一緒にどうですかな?

 

「ああ、それはいい。さっそく行きましょう」

 

 世界最高の工学都市。

 

 オカシなものが此処はきっと子供達のパラダイスだよ♪と主張する甘い匂いに満ちた場所までは転移方陣を使えば、一瞬。

 

 外に続くポータルに二人で足を踏み入れ。

 

 彼らがそのまま都市の行き付けの喫茶店に入るまで4分も掛からなかった。

 

 店内には彼らの師にしていつかは越えたいと夢見る七聖女フルー・バレッサ御用達のお菓子達がショーケース内でズラリと並んでいる。

 

 まだ込み合うには早い時間帯。

 

 午前3時23分。

 

 深夜とまだ呼んでいいだろう空も白まぬ世界で暖色の洋光(ランプ)に照らされ。

 

 彼らは1分もせずに出てきたケーキセットを前に話を始める。

 

 注文はしていない。

 

 何故なら、研究者の誰もが来る時は同じものを頼むからだ。

 

 ベリーにナッツにクリームにパイに。

 

 セットに集う傑作菓子達は甘さも形も触感も味も千差万別。

 

 一人で食べるには量が多いと傍目には見えるかもしれないが、一度食べ始めればペロリと平らげてしまった、なんて話もよく聞く。

 

 彼らは一緒に出てきたエスプレッソを一口した後。

 

 ゆっくりと会話しながら少し早い朝食を始めた。

 

「それで何ですかな? 改まって」

 

「……構造解析結果が出たのです。マルデス氏」

 

「?」

 

「天蓋蒼星の惑星内部の大規模構造ですが……アレは予想外でした」

 

「ほう? 貴方がそう言うのならば、そうなのでしょう。プルガト氏」

 

 小柄な四十代が白衣のポケットからクシャクシャになった手書きのメモのようなものをテーブル横で伸ばして、マルデスへと渡す。

 

「概念図としては往年の地下世界、空洞説に近いのですが、どちらかと言えば、迷宮型の遺跡というより、人の精神構造の視覚化と見るべきでした」

 

「ほうほう?」

 

 マルデスが見たのは余人には分からないだろう何度も真円が小さく小さく内部へと描き込まれた緻密な的のような図だった。

 

 その層と層の隙間には歪んだ文字が大量に描き込まれ、少しも食み出ていない所に几帳面さ以上のものを常人なら感じる事だろう。

 

「外部から内部への侵入は精神への没入を暗喩しており、幾何学的なアプローチでは歯が立たなかった。近頃、友達に意見を求めたら心理学的な見地からのアドバイスをくれまして」

 

「それがこの図なのですね。プルガト氏」

 

 小男が大きく頷く。

 

「第1層から核である9層まで、人格の表出し難い部分が並んでいるのだと思われます。図の中心を」

 

 ポケットから今度は小さな数万倍まで拡大出来るルーペ。

 

 魔術具であるレンズが嵌ったソレが取り出され、手渡された。

 

 内部を覗き込むマルデスが関心したように頷く。

 

「つまり、魂の牢獄とは精神へのダイブを可能にする一種の超大規模魔術構成みたいなものであると」

 

「そう、そうなのです。マルデス氏……天蓋蒼星の作りは封印された魔王の精神的な構造を模して象られた。ですが、その造り自体は一種の式だったのです。それもたぶんは……人類がまだ到達していない精神干渉技術。あらゆる物体に内在する人の魂とは違う構造の……魂と呼ぶべきか悩む“何か”への極微小の改竄を行える方程式が……用いられている」

 

「……これは……如何にもフルー様が秘密にしたそうな……」

 

「現在、病床にあり、目も覚めていないそうなので、この件は未だ保留ですが……これを用いれば、ガイア理論の完成と七教会が有する居住可能惑星のテラフォーミングとは違った改造……いえ、進化を進められるかもしれません」

 

「貴方の言いたい事が分かってきましたよ。プルガト氏……ですが、居住可能惑星は全て外宙碩学師団が握っているし、七聖女様方の直接干渉案件で手出し出来なかったはず……」

 

 小男が頬を掻いた。

 

「ミュルト様に先日連絡が取れまして。メルフ様が消えた後、師団はどうなったのかと……惑星運用計画に付いて尋ねたのですが……一つ実験していいと。居住可能惑星ではありませんが、ほぼ本星と同質量。生命は居らず。既存のテラフォーミング技術では開発に数万年掛かるものを……」

 

「おお、凄いじゃないですか。プルガト氏」

 

「ハティア様が行方不明直前の時期に複製した代物だそうです。それを弄る機会を与えてくれた理由を尋ねたら、火星が必要になっているからとの話でした」

 

「あ~~~あの一件で壊れたんでしたね。それにしても、今は【隕星決壊器(メテオ・ブレーカー)】で少しずつ処理していると聞いてますが、天蓋蒼星や月との重力均衡を保つ為にまだ時間が掛かるんでしたか?」

 

「はい。再び火星を再生させようというプロジェクトもあるそうなのですが、それと並行して進めて欲しいと言われまして」

 

「……もしそうなれば、惑星創造や惑星再生の第一人者。人類史に名が残るんじゃありませんか? プルガト氏」

 

「まぁ、そんなのはどうでもいいのですが……どうやら今回の一件はペルスヴァルが絡んでいるらしく」

 

「フルー様が構想していた例の計画ですか?」

 

「ええ、たぶんはフルー様が病床に臥せっている間にそちらが干渉してきている。ミュルト様としては今の内に手札を固めておきたいのではないかと」

 

「結構、危ない橋を渡っているようで」

 

「一応は気を付けていますが、今の七教会は超越者に対して無防備な部分が多過ぎるのも確かな事です。部門の一つが因果律導線を薄れさせていたという事件がこの間発覚したじゃないですか。あれもそういった超越者達の仕業ではないかと治安維持部門は睨んでいる。それで……マルデス氏に頼みがあるのです」

 

「一体何でしょうか?」

 

「これを……」

 

 小男が胸に掛けていた小さなペンダント。

 

 球状の蒼い宝石の回りに環がランダムに絡んだような魔術具らしいものをマルデスの手に置いた。

 

「これは? 中々、凝った作りの……」

 

 繁々とマルデスが洋光で透かすようにしてソレを片目で見て、固まる。

 

「………本部の地下工作施設を借りて作りました。時空間干渉系の超越者の方に頼んで20日前に創造したものです。生命の発生に必要な全ての物質と環境を用意し……神々の行為(レシピ)を参考にしました。七教会の管理部門に保存されていた水神の甕や他の諸元素を永続的に概念魔力から生成する神石の類も幾つか。その環の内部に干渉を行う為の式は入っています……」

 

 プルガトがいつの間にか。

 

 全てのケーキを食べ終わった様子で最後のエスプレッソを飲み干した。

 

「しばらく、頼めますか?」

 

 その問いにマルデスが僅かに瞳を伏せる。

 

「これからどうするつもりで? プルガト氏」

 

「……実は……実家の父が昔からある土着宗教の教祖をやっていまして。幸いにして妻子もない身ですから、これからは実家でしがない宗教家見習いでもと」

 

「本当にそれでいいのですか?」

 

「良いのです。此処にいたら、きっと巻き込んでしまうでしょう。もしもの時の身の処し方は心得ているつもりですから、情報の漏洩に関してはご心配なく」

 

「この事を上は?」

 

「ミュルト様に全て報告済みです。申し訳無さそうな顔をされてしまった……させてしまった……七教会の人間としては失格でしょう」

 

「分かりました。コレはお預かりしておきます」

 

「お願いします。それと……もし私に何かあったら、ソレを東部の知人に送って欲しい。これはミュルト様に確認して頂いても構いません」

 

「一体、これを誰に?」

 

「教会が真に帰依すべきお方……真白き高紳……現在、七教会、旧教会派や超越者達とも一線を画して活動しておられる聖者が一人います。現在、ガイラに活動拠点を持っており、その方ならば、例え相手がこの世の頂点存在達だろうとも決して退かない事を確信出来る……送り先はこちらを」

 

 白衣のポケットから再びクシャクシャなメモ用紙をマルデスの手の中に握り込ませて、小男は頭を下げると笑みを浮かべ、二人分を払うと店先へと消えていった。

 

「プルガト氏………」

 

 翌日、一人の男が七教会を去った。

 

 そして、30日後。

 

 馬車の事故で……という訃報が同僚達へ届く事となる。

 

 本来、七教会を揺るがしかねない秘密を携えた天才の喪失は人類の損失か。

 

 しかし、故人の遺言により、密葬となった葬式には誰一人出られず。

 

 一つの遺物が東部の大国へと送られた。

 

 こうして、北部との国境を接する都市の片隅にある喫茶店にソレは届く事となる。

 

 紫尽くめなイデタチの紳士。

 

 遥か旧き時代より生きる最古の聖人。

 

 その顔に哀しげな表情が浮かび。

 

 彼の生徒達が何故か黙祷を捧げさせられた午後。

 

 一つの運命が回り出す。

 

 何かを変える為に。

 

 人の手によって生み出された叡智は確かに新しい結末へと向けて動き出した。

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