第十六節「始まり」
静謐な教会の奥。
古びれた扉を潜ると薄暗い通路が現われる。
その先。
扉を開けると匂いも無い石くれの部屋が一つ。
その中央には白い無機質な柱が立っていて。
少女を待ち受けていた。
「来たぞ。クラル・リテル。いや、第一階層の守護者殿」
「あら、物分りが良い子は好きよ」
ふわりと無骨な柱の影から老婆が姿を現す。
「仲間達にはある程度の事情を話してきたのかしら?」
「ああ」
「そう、何人残ったの?」
「一人は確定したが、もう二人は分からない」
「あらあら、そんな調子で大丈夫なの?」
老婆の呆れた視線にイフィーが瞳を細める。
「先程から考えていたのだが、何故聖女の姿を模る必要があったのだ?」
「そうね。なら、逆に聞くけれど、私を何の守護者だと思っているのかしら」
「それは……」
「この【天蓋蒼星】の守護者? 貴女なら分かっているはずよ」
「……心の守護者だと。そう言いたいのか?」
「理解しているならいいわ。此処にいるものは彼の一部。彼が為し得なかった事を行う為の機構なの」
「為し得なかった?」
老女が柱に背中を預ける。
「私達はオリジナルの情報を元にして彼の内在する仮面(ペルソナ)を部分的に受け持つ断片。だから、本物との違いは彼の知り得る情報と現実の誤差だと言える。為し得なかった、というのはね。つまり、私達に彼がしなければならなかった、彼しか知らない事を意味する」
「あいつがオリジナルのお前達に出来なかった事をするのがお前達だと? それでは逆ではないか」
「そうよ。自己を相手に投影した末の虚像だもの。魔王が世界を映す鏡だとするなら、私達は彼を映す鏡。けれど、それは万華鏡に映る自分を見ているようなもの。歪んだ像は一面の真実でありながら、全てではない」
「……何となく分かり掛けてきた。要は聖女の像を模るのはあいつが聖女達にして欲しかった事。聖女達にしなければならなかった事。その未練の結果なのか?」
「ご明察ね。理解の早い子は好きよ」
「我は守護者を打倒する事が階層の真の下降に必要だと聞いていた。ならば、お前達を倒すというのは……」
「階層の開放。それは守護者の存在理由の消失を意味する。単なる力押しなら最強であるはずの私達が未だ五年も掛けて【天蓋蒼星(メイズ)】を攻略出来ていない理由は正しくソレよ」
「そういう事か……」
納得の言ったイフィーに老女が品定めでもするように強かな笑みを浮かべた。
「それにしても……ふ~ん」
「な、何だ……?」
その値踏みする視線を警戒したイフィーが僅かに下がる。
「こういうのが好みだったのかしら?」
「な?!」
あからさま過ぎる言葉に少女の顔が赤くなった。
「お、お前はあいつの一部なのだろう!? ならば、そういう事も知っているのではないのか!?」
「言ったでしょ。歪んだ断片だと。全ての情報を持っているわけじゃないのよ」
「くッ……」
言い返せず。
イフィーが口を噤む。
「ま、いいわ。じゃあ、さっそくで悪いけどお使いに行って来て頂戴な」
「お使い、だと?」
「貴女とそのパーティーは他の無粋な土足連中と違って、正規のお客様よ。だから、それ相応のルールに従って階層を下りてもらう事となる」
「ふん。望むところだ!!」
「威勢が良いわね。なら、第一層の試練と宮を開放しましょう」
老女クラル・リテルが寄りかかっていた背後に片手を付ける。
すると、小さな光の導線が手を形取り、その柱の表層全体を透き通った蒼へと変化させた。
(柱に力が満ちていく……何らかの魔術が起動している?)
少女が内心で考察する間にも老女が横に退いた。
「この先にある街で買い物をして、宮の奥からあるものを見つけてきて。この柱は転移の力を秘めてる。貴女達が試練を受け、条件を満たせば勝手にまた起動して此処へ戻ってこられるわ」
「条件を満たせなければ?」
「本当の意味で下の階層には辿り着けない。ちなみにもう一回数万km歩いて此処へ戻ってくるより、お使いを済ませた方が楽だとは言っておくわね」
「承知した」
「もし、何か知りたくなったら心の中で話し掛けなさい。答えてもいいと思ったなら、答えてあげるわ」
もう聞く事は無いと部屋から出ようとして。
その肩が掴まれる。
「?」
何だと訊ねようとした少女の口にピタリと人差し指が当てられ、老女が声を扉の先に掛けた。
「女の話を盗み聞きするなんて、近頃の青少年にしては嘆かわしい趣味ね」
ガタガタガタッと閉まった扉の先で七転八倒する音。
それからすぐ足音が遠ざかって言った。
「……何処から聞かれたか聞いてもいいか?」
「こういうのが好みだったのかしら、辺りからね」
少女は絶対外にいる事を知っていたに違いないと老女を半眼で見つめた。
「追わなくていいのかしら?」
「言われずともゆく」
少女が手を振り解いて扉を開けた。
「一つだけ言っておきたいのだが、いいか?」
「何かしら」
背後の聖女モドキに言うべきか言わざるべきか迷ったものの。
可憐な唇から思ってもいなかったくらい簡単に罵倒は出た。
「例え、お前が本物で無いとしても、我はお前達が大嫌いだ……」
「“ありがとう”」
「ふん」
あっさり皮肉で……いや、本心なのかもしれない言葉で返された少女が部屋から去っていく。
老女は背中が見えなくなるまでずっと深い笑みを湛えていた。
まるで我が子や孫娘でも見ているような慈愛に満ちて……。
*
『こういうのが好みだったのかしら?』
声は聞こえていた。
『お、お前はあいつの一部なのだろう!? ならば、そういう事も知っているのではないのか!?』
どうしてか。
耳を塞ぎたい気持ちになった。
それでも立ち尽くしたのはどうしてだっただろう。
あいつ。
そう呼ばれている者に感じた言いようの無い気持ち。
否定なんて出来ない。
親しげで。
信頼を勝ち得た者だけに与えられる響き。
「オレ、何逃げてんだよ……クソ」
丘の上まで来て。
ようやく立ち止まって。
握り締めた拳が痛くて。
「盗み聞きなんてしちまうし、最低だな……」
どっかりと腰を下ろして。
やり場の無い拳をイルトは地面に叩き付けた。
『それはそれは立派な“被害者面”でしたよ。まるで裏切られたとでも言わんばかりに』
思い出すだけでどうしようもなく内心苛立った。
正しさだけで生きていけたら、苦しみなんて無かったかもしれない。
けれども、例え間違っているとしても誇り高く進む者もいる。
大勢の人々に迷惑を掛け、罪を犯しながらも守りたいと願う者もある。
そう知って、間違っているから止めろと言えなくなって、どうすればいいのかも分からず、傷付けた。
「オレがもっと…もっと……」
もっと、何だったら、どうにかなったか?
自問してもその答えは己の中に無いとイルト・イナーシタは知っている。
大人だったら、正しい事を正しいと言えたかもしれない。
力があったら、力付くでも止められたかもしれない。
しかし、相手は自分よりも強かった。
正しくなくても信念を持っていた。
その進むべき道を真っ直ぐに見据えていた。
法も倫理も超えた場所で常識も価値観も違う相手に微笑みすらして。
それこそが優しさだったのだと知ればこそ。
少年は決して自分が少女の心に近づけてもいないのだと理解する。
「イルト……」
「?!!」
背中から掛かった声に答えられなかった。
今にも立ち上がって逃げ出したい気持ちを必死に抑えた。
なのに、身体は震えて。
「お前は優しいな」
「優しくなんてッッ!!?」
思わず振り返って。
「―――ッ」
何も言えなくなった。
何故なら、少女は笑っていたから。
本当に嬉しそうに笑ってくれていたから。
「我にもな。昔、そうやって本当に優しくしてくれた者がいた」
何も聞けない。
いや、聞きたくなんて無い。
「そいつはお前とは正反対に大人しくて。でも、いつもいつも誰かの為に笑っていた」
どうして、そう思うのか。
「誰かの為に笑い、誰かの為に傷付き、誰かの為に命を賭けていた」
知っていながら、知らないフリしか出来ない。
「我は今よりもずっと幼く。その上、役立たずだった。それでもそいつは我に常々言っていた」
耳を塞げば間に合うだろうか。
「自分は幸せだと」
目を瞑れば、それで済むだろうか。
「こんな自分の傍にいてくれるだけで十分だと」
そんなわけも無い。
「そいつと共に旅をして、我は世界を知った。こんなにも素晴らしき人生を得た」
言葉よりも明確に。
「だから、我は全てを賭けて……今、此処にいる」
表情は伝えて。
「また、一緒に笑い合いたいから、共に歩んでいきたいから。だから……」
ようやく。
たった僅か。
「大切……だったのか?」
渇いた唇が動いて。
彼の前で太陽が笑った。
「ああ、この世界の全てよりも、な」
―――その日、生まれて初めて少年は泣いた。
心の中で……。
そうして、何も伝えられないまま。
何も始まらないまま。
まだ幼い子供は、人を好きになる痛みを知る。
気付いたところで最初から芽も無いものが花を咲かせる事は無い。
たぶん、少年にとっての初恋で……失恋ですらなかった。
*
―――浮遊大陸ハルトゥム魔王の館裏庭。
うら若い乙女の柔肌が蹂躙されている。
砕けた白い氷が万華鏡のように彼女達を幾多映し出す。
甘く貌(かんばせ)は歪み。
熱い吐息は夜気に溶けても香り高く。
酒浸しな聖女が二人。
自分達の横に置かれていた樽の残骸の横で目を胡乱にしつつ。
ふら~~っと揺れながらゴッキュゴッキュと酒樽の中身をタンブラーから飲み干していた。
どうしてこうなったのか。
それは夜の穏やかな酒宴に少年がやってきた時まで遡る。
ほぼ業務連絡に近いような話を二分程。
究極生物の妹が擁する船の仕上がりに付いて報告した後。
また帰っていく背中を見送って。
少しだけ二人は……呼び止められなかった自分達に沈んだ。
完全に和解したとはまだ言えないだろう。
ぎこちなさが残るのも仕方ない。
しかし、こんなにも良い夜ならば、何かを、昔話でもいいから話せるかと思った。
思っていた。
けれども、それは幻想に過ぎなくて。
少年の後姿に声は出なくて。
伸ばし掛けた手は途中で止まって。
二人の聖女は何とも言えない気分で自分の部屋に切り上げようかと思っていたのだ。
けれども、彼女達の為に空けられた樽が未だに残っており。
聖女の中でも酒がまぁまぁ飲める方な二人は互いに樽の下に付いた蛇口から琥珀色の甘い液体を大量に己の酒器へ注いだ。
聖女は酔わない。
いや、正確には酔ってもすぐに回復する。
それが極端に短い時間で行われるものだから、味を愉しむという以外に酒を求める理由は聖女達には無い。
だから、気を紛らわせるという効用はほぼ無く。
形だけ。
そう形だけ彼女達は自棄酒をしたのだ。
が、其処ですぐに治まる酔いの最中。
全てを同化する奇跡。
極端に応用範囲の広い能力を持つメルフ・グラネッタは思い付いてしまった。
ああ、本当にどうしてそんな事を思い付いたのか。
彼女は自分の状態を近場の酔っ払い達(すぐ近くの少年のハーレムの面々)と同期させる事を閃めいてしまった。
これに月下美人。
いつもなら賛成もしなければ、自分にもやってくれなんて馬鹿な事を言うはずも無いユアン・クオは……魔が差したように賛成。
二人は最も酔いが深い人物の状態と同期した。
途端、グルリと世界が変わった。
ああ、酔いとはこんなにも気持ちの良いものだっただろうかと。
彼女達は酔い慣れてもいない自分達が酔っても大丈夫な限度というものを知らないという事実に気付く事無く。
悪酔い上等。
酒樽から注いでは一気飲みという事を繰り返し始めた。
その内にユアンが面倒になって酒樽を持ち上げて飲もうとし。
メルフが自分にも寄越せとフラフラしながら寄り添い。
互いに上から浴びるように口を雛鳥のように開けた瞬間。
常に肉体の力加減に気を付けているユアンの腕力が全力で酒樽を粉砕。
二人は共に酒に塗れて最後の一杯を飲む羽目になったのだ。
まぁ、そこまでは酔い。
しかし、今度はメルフが酒精の足りなさに頬を膨らませ。
自分の能力を使って自分達の持つタンブラーを今も酒宴を開く者達が使う器と同期。
聖女の奇跡は世界を歪める為、実際には存在しないはずの物質すらも素粒子レベルから生成されてしまい……近場に酒が注がれた器がある限り、無限に酒が湧き続けるという極めて道徳的によろしくない聖遺物が誕生した。
状態を同化しているだけなので呑むのは本当に味を得る為だけの行為だが、その二人の酒浸しで酒を呷る姿はどう見ても完全無欠の酔っ払い。
しかも、酒豪に他ならない。
「なぁ……私は何処で間違ったんだと思う?」
ユアン・クオ。
いつも凛々しい美女がウルッと涙目で女々しい事を言いながら、ゴッキュゴッキュとカクテル(本日54杯目)を呑み干す。
「………間違ってるのは世界だ~~聖女に人権を寄越せ~~日日日月金土土くらいにしろ~~」
メルフ・グラネッタ。
いつもだるそうに背徳的とも思える程の怠惰状態である聖女は本日極めて積極的な怠惰を訴え、何処かの労働組合にしても酷過ぎる週間これ休みである宣言をし始める。
「あいつになんて謝ればいい? なぁ……」
「シンア分を寄越せ~~シンア率を上昇させろ~~膝枕~~膝枕~~お休みのちゅ~~ちゅ~~朝のちゅ~~昼のなでなで~~夜の………ユアン」
「何だ?」
妙にメソメソしながら、それでもゴッキュゴッキュしていた萎れ状態の美人が貌を上げる。
その様子は色っぽい。
彼女の常の姿を見ている者ならきっと思わず病気かと疑うくらいだろう。
「シンアと……ちゅ~する?」
「ちゅ、ちゅ~?」
「する?」
メルフの瞳は据わっていた。
いや、もう最初から聞いているのではないのだ。
それが確認の類だと現場に居合わせた者ならば、理解しただろう。
「して、いいのか?」
「一緒にちゅ~する?」
「し、して、いい、のか?」
「しよう」
「あ、あぁ、し、してやろう……シンアにちゅ~……シンアにちゅ~……」
ほわほわと何かを想像したらしきユアンが呆けたように呟く。
「じゃあ、此処にシンアを!! シンアを右に!! 右に!! ペロペロの刑!!」
「ぺ、ペロペロなのか? ちゅ、ちゅ~じゃないのか?」
「ちゅ~ちゅ~の刑を執行!! え~~っと……統合同化から部分同化で引っ張って来て……固定化じゃなくて、状態だけ……状態だけ……」
何やらブツブツ呟いたメルフが肴が空になった皿の山をババッと蒼い敷物の上から退けて、酒精を僅かな呪を紡いで気化させ乾かし、三人が横になれるくらいのスペースを確保した。
「枕を一杯左に!! 左に!! シーツとシンアの身体を真ん中に!! お嫁さん達の玩具は右に!!」
ボボボボボフリ、ゴトゴトゴトゴトッと雨霰のように色々なものが降ってくる。
敷物の上にはキングサイズのシーツが一枚。
その上にクッションが山のように無数。
更に噴出しそうな光景……少年と愛し合いまくりな少女達が使う大人の玩具や装飾品や化粧道具や衣装が沢山。
何でもかんでも物質を同化で持ってこれるメルフがこれでいいと思う程度までソレが積み上がり。
最後にボフンと毛布に包まれた少年の体が全裸で降って来る。
「ふあぁ?!? シンア!! シンアだぞ!? これシンアだ!! ああ、シンアだ……KAWAII……」
酔っ払い特有の思考の纏まらなさと興奮でフラフラしながら、ユアンがガバッと抱き締めようとして。
メルフに服の端を捕まれてつんのめった挙句。
クッションの山に突っ込んだ。
「ちゅ~の前にするの!! お着替えして寝ないとダメ。メルフ着替えるから」
「そ、そうか!? 寝る前には着替えないとダメか!!? そうだな!! 着替えよう!!?」
聖女達が互いに頷くとズババッと自分の普段着を脱ぎ捨てた。
近頃は東部風の着流しやらで過ごしていたユアンは褌までもスパーンと取り去り。
いつもの着包みっぽい寝巻き姿のメルフは……実はその下が全裸である事を晒した。
二人の体付きは対極だ。
均整の取れた女性の体付き。
しっかりと優美な曲線を感じさせるユアンの姿態は正に華と例えられて構わないだけの美しさだった。
高揚した頬や切なそうな八の字の眉。
何一つ隠す事無く少年に注ぐ濡れた視線。
極めて不健全でよろしくない酒浸し状態でシットリした東部美人特有の深雪のような肌も相俟って、並みの男ならソレを見た時点で襲い掛かっている事だろう。
片やメルフは肋こそ浮いていなかったが、その芯は細く。
幼さもまだ抜け切らない小さな体付きと僅かに膨らんだ腹や極薄いながらも主張し始めている胸元を見れば、未だ少女というにも少し足りない事が分かるだろう。
彼女達はこの数十年聖女として過ごして来た事によって培われた審美眼(信者達の善意で送られてくる無数の最高級贈答品漬けとなった事で得られた力)により、己の肉体に見合うものを一瞬で精査……フラッフラな状態でそれを的確に選び出し、身に付けてゆく。
「ふぁ?! これ付けたら身体が……あぁ、ああぁぁ……コレ凄ぃ……こっちも入れたら、んっ、くぅぅん」
「これ……付けたら……シンア……よろこぶ? よろこんで……シンア……メルフと……」
胡乱過ぎる蕩けた瞳が四つ。
下着というより身体付きと性器を強調する衣装を纏いながら。
彼女達は自分の中へと何となくでしか分からない使い方のものを埋め込み、塗り付け、装飾していく。
縊れた形でプラグ部分を押し込めば、内部で微振動し、先に付いた尻尾が感情によって揺れる。
細く細く柔らかな素材の白いソレが尿道へと埋め込まれ、そのまますじを昇るようにして張り付き飾り、淫核(クリトリス)を下から支えて微振動する。
身体を傷付けないよう魔力の針で乳首を貫き飾る金冠の如き輪。
肌に垂らせば、尻から腰、すじから胎、胸から臍、至るところも這い回り、自ら肌に文様を描き出し、定着し、性魔術と同時に媚薬を浸透させていく紅の白粉。
身体を如何なる体勢にも浮遊させ、使えば使う程に神経を高ぶらせる金銀細工の足環と腕輪。
目の前の男の事しか考えられなくなる漆黒の首輪(チョーカー)。
ジクジクとそれら全てが身体を急激に高ぶらせ。
彼女達の思考を更に混沌とさせていく。
「シンア……シンア……ちゅ~してやるからな……ふふ……」
黒い皮製の紐で腰回りを前も後ろも隠さない尻だけを飾る透けたスカートが閃き。
胸を下から掬い上げるようにして強調し、ツンと上向かせて乳首を見せるブラ型の覆いが僅かにキュッと月下美人の胸元を寄せる。
「シンア……ちゅーしよう。なでなでしてあげるから、ちゅー……昔みたいに……しよう?」
膝から腰までを覆い。
シンプルながらも股間は剥き出しにした弦の刺繍も美しいドロワーズが揺らめき。
傍らの相手よりも胎の上に浮き出た子宮と膣と卵巣を意匠化した性魔術の方陣を耀かせ。
舌なめずりしながら、唾液を垂らした少女がハァハァと少年の身体に唇を寄せていく。
―――。
少年は目覚めもしない。
それはそうだろう。
その身体はただの身体にしか過ぎず。
少年と同じ肉体ではあるが、一方的に状態が同化しているだけの魂の空っぽな器なのだから。
まぁ、それでも温かいし、十分に少年の今の状態を露にしてくれる。
汗も掻けば、股間の幹を大きくもするのだ。
二人のクッションにツゥッと蜜を垂らして糸を引かせるすじに小指程の大きさをした桜色の小石のようなものがゆっくりと浮かんで押し込まれていく。
「ぁ、ぁぁ……シンア……シンアぁ……」
それに眉を切なそうに歪めながら、フルフルと身体を震わせて。
ユアンがその胸を少年の左側に摺り寄せた。
「シンア……ティア……イクス……んぅ」
同化の奇跡の副作用。
近くにいる他者から流れ込んだ混濁する感情に流されるまま。
メルフが舌を少年の右の胸に這わせる。
二人の膣内の極浅い場所がジュググググと蜜の中で振動する玩具によって揺すられる。
少年の幹の先端でグチャグチャにされたような錯覚に背筋をゾクゾクと震わせながら、犬が甘えるように啼き声が零される
二つの唇が少年の身体に降った。
舌が唾液を塗り伸ばすように胸元をちゅうちゅうと優しく吸ったかと思えば。
今度はその指が大きく膨れながら上向いた幹を両側から優しく包みグッチュグッチュと汗ばんだ手で掴みながら、しごくようになぞる。
「イクス……また赤ちゃん作ろう? メルフとまた作ろう? 一杯一杯、おちんちんからびゅーびゅーっておまんこに種付交尾して……赤ちゃんのお部屋で卵犯して孕ませてもらうの……イクス……イクスぅ……」
メルフが誰の思考を同化したのか。
淫猥なおねだりをしながら、疼く胎を少年の手に摺り寄せる。
「ん……」
ユアンが胸だけでは飽き足らず。
少年の唇に唇を寄せた。
まるで初心な恋人達がするような触れ合わせるだけの口付け。
しかし、その接触時。
ふわぁ~~っと彼女の頭が真っ白に染まる。
「シンア……っっ」
背筋を駆け抜ける甘い陶酔。
声にならないものに全身を支配されて。
彼女がふにゃりと崩れ落ちて、少年に身を摺り寄せたまま幸せそうに眠りへと落ちた。
此処まで来て唇だけ奪って一人脱落。
それに何ら意見する事も無く。
残されたメルフは大きくそそり立った幹の方に意識を奪われ。
下半身の方へと移動すると。
舌を這わせて幹を裏からゆっくりと舐め上げ始めた。
「イクス。お口で……してあげる……ちゅ、ちゅく、えぅ……んっ、んっ……♪」
ぴちゅぴちゅと子犬のように口淫しながら。
少女は流れ込んでくる少女達と少年のめくるめく夜の情事の情報と感情にズグンズグンと胎が疼くのを認めずにはいられなかった。
それは身体を今支配している少女達のものか。
それともずっと押し込めていた自分のものか。
判別など付かない。
「イクス……ティア……シンア……」
幹を唾液に塗れさせながら、内側から溢れてくる情動に揺れ動きながら、彼女は全身に伸びた性魔術の方陣が力強く雄を求めるのを感じて。
ゆっくりと身体を起こすと。
少年の幹に自分のすじを押し付けた。
グヂュ、プリュ―――。
「ぁ……♡」
粘着いた蜜の音。
自分の筋が少しだけ押し広げられる音。
しかし、中には入ってこない。
素股と彼女は行為の名前も知らないが、それでも少年の身体が反応して震えた様子に悦びを覚えて……ゆっくりと腰を揺する。
グジュ、ニュジュ、ニュジュ、ヂュチュ―――。
すじをなぞる亀頭の先端。
触れ合わせる度に肉が押し広げられ、隙間から蜜が溢れては少年の股間を濡らしていく。
「イクス……イクスぅ……お嫁さん交尾ぃ♡ おちんちんで赤ちゃんの部屋グチュグチュしてぇ……イクスぅ……おかひくなっひゃうよぉ♡」
玩具で淫核も膣内の浅い場所も尿道も全て震わせながらのただ擦り合せるだけの行為。
もどかしさと蕩けるような悦びだけが積み上がり。
「ぁ、ぁっ、ぁ~~~っっ」
ビクビクと背筋を震わせて、メルフは軽く達した。
汗ばんだ肌に浮かぶ方陣が耀きながらもスゥッと実態を失って消えていく。
それは消滅したのではない。
陣そのものが肉体に定着した合図だ。
刻まれたソレが聖女の賦活する肉体に受け入れられ。
己を強化する魔術として融和した結果。
今度は黄色い魔力の色を宿して再度浮かび上がる。
「いくひゅぅ……」
少年の身体に倒れ込み。
自分の胎を胸を身体を摺り寄せて抱き締めるようにして少年の首筋に甘えたメルフがあまりの心地良さに意識が溶けていくのを感じた。
少年に包まれながら、少年の身体に奉仕する悦びを知り、いつかのように触れ合って眠る。
その誘惑に抗う事など出切るはずもなく。
「………」
淫靡な姿のまま。
聖女二人がスゥスゥと寝落ちした。
その様子を目撃した瞳がキロリと空を見上げる。
今日は無礼講。
白猫と化した究極生物。
マヲンが幸せそうな酔っ払い達の姿を小さな結界で隠してから、屋根をヒョイヒョイと昇って空を駆けていく。
大陸は何処でも月見の真っ最中。
大きな会場では騒ぎも起こっていたが、概ね幸せな夜と言えるだろう。
上空へと昇っていく白猫が途中。
母娘で踊るアルメイアとシルメイアを見付けたが、それにも気付かれぬよう更に大気圏より上へと上がっていった。
空気が完全に失われた真空の海にまで到達すると。
殆どハルトゥムの大陸も小さな小島のようにしか見えない。
惑星外延宙域には現在、七教会が心理的な圧迫を軽減するという名目で隠している火星の残骸があちこちに漂っていた。
デブリという奴だが、先日大流星群が降ったせいで数は半減。
今は極度に大きなものだけが七教会の宙域航行艦(スペトゥム・アパラトス)で太陽へと向けて牽引、打ち出されているという。
そんな今なら七教会の目を掻い潜って何処にも行き放題という現場を見逃さず。
白猫が虚空を駆けて秒速10000km程で超越的な軌道を描いた。
まるで重力を無視するランダムな経路。
それを辿れば、今は天蓋蒼星で見えない月の裏まで数分。
七教会の宙域監視網には奇妙な白い影が刹那以下映る程度だろう。
太陽が当たらない裏側は冷えているが、まだ微妙に耀いている。
そうだ。
月面裏の大規模なクレーター内部。
今も異種達が守る門の中でも最大級の代物が発動後の残滓を魔力の転化光として残しているのである。
六角形状の遺跡は不活性状態で沈黙していた。
「……クヲ」
白猫が門の中枢へと降下する。
其処からは360°全ての光景が地平としか見えない。
それ程に何も無い。
遺跡の床は灰色で月面の地面とは異なるが、それだけだ。
魔力の光が残っているとはいえ。
それでも何か門の能力に干渉するのは手順を知らなければ不可能だろう。
そう、それを知ってさえいれば、僅かならば力を使えるかもしれないという事である。
「クゥ~~~」
門の守護者達は今のところ現れていない。
竜の中でも最大級の存在であり、時空の頚城たる門番達は仮面絶神戦争の最中にいきなり介入してきた魔術師の祖の影響で門内部での調整作業を余儀なくされ。
現在は彼らの血筋を引く種族達が番をしているからだ。
相手が急行してくるまで2分弱。
基幹異種(バルバロス)とほぼ同等の能力を持つマヲンがニュルッと門の中に身を滑り込ませた。
トプンと水面に何かが入り込んだ時のような波紋が中央から遺跡全体へと広がっていく。
内部へと潜った彼女が見たのは未だに門内部で蠢く無数の龍。
そして、その龍達が必死に推し留めようとしている何かだった。
「クッククヲ♪」
大当たり。
満面の笑みを浮かべた白猫が時空を超えて現れようとしているモノに向けて突き進む。
龍達が自らを盾にして推し留めようとしたソレが、そのビッシリと覆われた龍の壁越しに煌々と黄金の耀きを洩らして、近付く相手を品定めするかのように胎動した。
何も無い虚空。
門の奥に続く陸続きの過去。
紅に耀く特異点。
未だ門が過去側から開き続けている為、不安定化しているのだ。
来訪者の大きさは少なくとも主神級にも匹敵しようか。
その強大な力が龍達を圧迫し、未来への扉を叩き続けていた。
ニヤリとした白猫がその超感覚を全開にし、門を叩き続ける輩の姿を捉え。
脳裏でエミュレートした結果との合致を確認して。
龍達越しに話し掛ける。
「クヲーククヲク~クゥーヲ?」
相手がその声に反応した。
「クヲークク。クゥックク!! ククヲククーヲ!!」
どうやら興味を示したようで答えが返される。
「クゥ~~~♪」
相手からはこちらが感じられていない。
だが、未来からの招きに応じる事を良しとした相手に白猫は頷き。
ボッと龍達を見えざる力で周囲に弾き飛ばして、過去の門を叩いていた相手を引きずり出す瞬間に黒い魔力の布のようなものでコーティングし、人型の繭として形成した。
遠巻きにしていた龍達が久方に来訪した自分達と同類に近い生物の傍若無人にどうするか図りかねていたが……すぐに三々五々散っていく。
もはや彼らに出切る事は何一つ無くなっていたからだ。
白猫がシタッと黒い眉の上に乗って、サーフィンよろしく虚空を魔力の波によって突き抜け、門の中央から飛び出した。
その頃には急行した龍の眷属達が這った数百枚以上の結界が内部から相手を逃がさぬようにと張られていたのだが、それは理不尽にも黒い繭に触れた瞬間、次々に破壊され魔力残滓の転化光を散らせて消えていく。
波乗り白猫にクラスチェンジしましたと言わんばかりの上機嫌。
本日もナチュラルに重要な裏工作に従事していた白猫は帰り際に悠々と速度を落として真空の海を回遊し、七教会の宙域監視システム……最新鋭の監視衛星群の大半を盛大にパリンパリンと破壊しながら地表へと向けて落下軌道を取った。
七教会の余力を削ぎ落としながらの帰還。
本拠地であるアーズトリテの館に真上から降って戻ってきた時。
彼女は未だ夜の最中。
庭に落着した場所へとやってきた使用人達や侍従達にキリッとした顔でこう言った。
「クゥーヲクゥヲ!!!」
未だ溶鉱炉みたいな庭の有様に頭痛を覚えた侍従達が目を細め。
妹様も大概だが、御当主もこういう人だったと溜息一つ。
―――『凄いものを手に入れた』じゃ、ありません……庭の修繕代、後で出しておいて下さいね?
そう、ジト目で告げるのだった。
「クゥヲ?!」
いつも自分を褒め称えてくれる四大貴族の子女達がいない為、冷たい視線を受けてしまった白猫が衝撃を受けつつ、部下は何処だと訪ねるも返された言葉は素気無く。
「全員、まだ興行中です。今のアーズトリテの収入の三分の二は天蓋蒼星のエンターテインメント部門からのものですので」
「クゥヲック?!」
白猫が何やら下々に任せ切りで遊んでいた間に自分の知らない部署が出来ている事に驚愕しつつ、『ソレ何?!』と訊ねる。
「妹様の当主代理時期に始めた曲芸歌劇団が大当たりしまして。現在、大陸中央の大手劇団と提携しつつ、稼いだ資金を復興資金以外全て次ぎ込んで新会社を設立。大陸中央式の映像娯楽の製作請負と歌劇団、曲芸団、キャラクター商売などを規模拡大中です」
「ちなみに御四方は全員、重役として大陸各地との折衝に出向いており、帰ってくるのは半年後を予定しております」
自分の一番信頼出来る部下がザックリ半年いませんと言われた白猫が劇画チックに固まった。
侍従達が粉々になった庭の片付けを始める最中。
何やら大きな甕を持って危うい感じに歩いてきた少女が一人。
魔術で靴裏を断熱しつつ、マヲンの傍まで寄ってくる。
「おっとと、マヲン様!! 今、お水をッとおおおお?!!」
人材が枯渇していた時期。
クヲンに仕えていたドジっ子属性侍従。
『切に変えて欲しい』と言われていた彼女が甕を白猫目掛けて引っくり返した。
そこで白猫は未だ地面が燃えているおかげで明るかった為に甕のラベルを見てしまう。
―――?!!!!
『それ水じゃない!!!?』と逃げようとする彼女は自分の脚が黒い繭から離れない事に気付いて退避が遅れた。
「ク、クゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!??」
ラベルにはこう書かれてあった。
液化水素、と。
庭で業炎が巻き上がるとほぼ同時。
白猫の悲鳴が世界に響き。
キョウモヘイワダナーとアーズトリテの住人達は少し早い明け方の合図に起き出す。
その日、大損害の出た庭の修繕費は当主のオヤツ代一年分の経費から差し引かれる事となった。
朝になって月見から帰ってきた黒猫がチリチリヘアーになって煙を吐きながら死んだ目の白猫を見掛け、ゲラゲラと笑い出して一悶着という騒動がまた起こる事になるが、それは別の話。
一つだけ言えるのは……聖女二人が朝になって自分達の装いに血の気を引かせ、優しい誰かの気遣いに心底感謝したという事だけだった。