※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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第十七節

第十七節「丸いもの」

 

 第一層【夜の帳】。

 

 本星より見える天蓋蒼星(メイズ)というのは殆どがこの迷宮の上辺の事を指す。

 

 地下に潜る形で階層が存在し、広大な領域が広がっている為、多くの星潜者(アイム)達は下調べをしていても、第一層の表層に存在する場所だけで仕事をするのだと勘違いしている場合も多い。

 

 本格的な階層突破部隊への追随を民間や大陸の全国家に七教会が許可してから早数週間。

 

 先行探索に携わった玄人(スペシャリスト)達にしてみれば、今や第一層は素人(ルーキー)達の巣窟。

 

 剣獣(ソーディアス)を倒して荒稼ぎする連中ばかりの五月蝿い場所となってしまった。

 

 故に地下へ地下へと潜り続ける彼らは静寂を好んで殆ど地上へ姿を現さない。

 

 帰ってくるのはどうしても地上での療養が必要な時か。

 

 あるいは地下階層では手に入らない物資を受け取る時くらいのものだ。

 

 南部の極点も程近い【サウスポール・イライザ】は北部の【ノースポール・アガスタ】と並んで巨大な逗留港(ドック)を要する物資流通の要衝。

 

 違いがあるとすれば、北は主に人を乗せる船が多いのに対して南は本星からの必要物資を載せる船が多い事だろう。

 

 幾つかある第二層【明星の檻】へ続く直通路の一つも設営されているとあって、素人が多い北地域よりも南は玄人と彼ら向けの商売を行う者達の方が多くなっている。

 

 南部商業街【イーファン】。

 

 東部風の樹木を使う家屋が犇(ひし)めく街の雑踏は声を張り上げる者達で埋め尽くされていた。

 

 大通りには武器や医薬品、保存食を売る店が軒を連ね、小道や裏通りには如何にも怪しげな魔術関連の店が複数。

 

 飲み屋や宿屋は綺麗どころを揃えては通りを巡回する七教会の警邏に頭を下げさせている。

 

 通り掛かる者の殆どが外套姿で第二層以降から上がってきた者達ばかりというのも何処か猥雑ながらも落ち着いた雰囲気を醸し出すのに一役買っていた。

 

「イルトさ~ん」

 

「………」

 

「あ、イルトさん!? あんなところに亀の甲羅が売ってますよ!?」

 

「………」

 

「あぁ!? あれはご当地限定のお饅頭ですよ!? 美味しそう♪」

 

「………」

 

「ふぁあ!? 今、大っきい蜥蜴がお空を飛んでいきましたよ!!?」

 

「………」

 

「……あ、イフィーさんがいます」

 

「ッ」

 

 今まで無反応でトボトボ歩いていた少年が急激に顔色を変えてオロオロし始めたのを見て。

 

 やれやれと師であるリュオは肩を竦めた。

 

「ど、何処に?!」

 

「じぃ~~~」

 

 半眼で桃色髪の少女が少年を向いていた。

 

「な、何だよ。ピアリ……」

 

「せっかく街へ来たのにイルトさん何だか元気無いですよ? イフィーさんと何かあったんですか?」

 

 無垢な瞳に「ぅ…」と詰まったイルトが視線を逸らす。

 

「何も無くは、無いというか有るというか。ピ、ピアリには―――」

 

「関係あります。だって、ピアリは【密碑(キャラクト)】集め係りですから!!」

 

「な、何だソレ……」

 

「先生が付いていくんだったら、何かして貰わないといけないって言ったので!! ピアリはイルトさん達が戦闘した後、【密碑】拾いをする事になったんです!!」

 

 どうですか!!

 

 凄いでしょう!?

 

 えっへん。

 

 自慢げに話す少女の言葉は本来途中で聞いていたはずの事柄だったが、心此処に在らずな状態だった少年は今正に聞いたという様子で師を見た。

 

「ええ、本当ですよ」

 

 リュオが頷く。

 

「……そっか。頑張れよ」

 

 いつもと変わらないじゃねぇかとはツッコミも要れず。

 

 少年はポツリと呟いた。

 

「はい!」

 

 ニコリと笑って。

 

 今度は手を引っ張りつつイルトを露天へと連れていく少女の後姿にリュオは内心感謝する。

 

(これでしばらくは気も紛れるでしょう。付いてくるとは思っていましたが、予想よりも落ち込みようが激しい……大陸中央の人間と地方の人間の常識の隔たりは思っていたより深刻なのかもしれませんね。いや、彼女の場合は更に事情が特別ではありますが、結局のところは【近代化】の有無に行き着く……)

 

 青年が数時間前の事を思い出した。

 

 第一層の壮大な仕掛けの先で見つけた村で一泊後。

 

 朝からの話し合いによりパーティー総出で【天蓋蒼星】の攻略を行う事が決まったのだ。

 

 リュオは最初から言うに及ばず。

 

 ピアリはテロリストだと己を名乗る灰金の少女に「テロリストって何ですか?」なんて質問をしながら、記憶を取り戻すまでは一緒にいますと宣言した。

 

 イルトに限って言えば、応答があやふやだったものの、付いていくとの一言で全ては決着した。

 

 前日、少女と何かしらのやり取りがあったのか。

 

 まるで魂でも抜けたような様子は師であるリュオの気を揉ませた。

 

 厳しい事を言った自覚はあるものの。

 

 正しい知識や現実の認識を促した自分の言葉を撤回する気も無く。

 

 さて、これからどうしたものかと悩んでいたのだ。

 

 彼にしてみれば、ピアリの存在はもう単なる拾い人や記憶喪失の荷物というよりは“イルト係り”を請け負う仲間というものとなっていた。

 

 人を和ますというのは迷宮探索において貴重な才能。

 

 ムードメーカーというやつが一人はいないとパーティーというのはギスギスしたものになりがちで、実際に連携の不全や重大な過失を引き起こす確率が上がる。

 

 絶体絶命の時に不和で助かるものも助からないという状況は彼にも覚えがあった。

 

 故に桃色髪の少女がパーティーとして付いてきてくれた事をリュオは心から歓迎していた。

 

(こちらはいいですが、あちらはどうなったでしょうか……」

 

 街の反対側で守護者から伝えられた必要なものを調達している少女を思って、青年は少しだけ振り返る。

 

 朝から老女。

 

 聖女の贋物との取り決めを話して聞かせた顔には半ば呆れが浮いていた。

 

 仮にも迷宮探索をしているのに言い渡された課題は思いも寄らないもので。

 

 青年もまた呆気に取られた感があったのは否めない。

 

(それにしても、どうして要求があんなものに落ち着いたのか)

 

 雇われ探索者な身の上。

 

 雇い主の事情は極力知らないまま迷宮に潜るのが常だった彼も今回の探索に疑問は多い。

 

 七聖女クラル・リテルを模した守護者の出現。

 

 階層突破の条件は明らかに普通の迷宮とは掛け離れていた。

 

(世の中、分からない事ばかり、か……)

 

『あ~イルトさん!! お芋ですよ!? お芋!! こんな高級なものが売ってるなんて凄いですね!!』

 

 青年は声のする方へ苦笑しながら歩いていく。

 

 別行動を取った少女の真意を図りながら………。

 

 *

 

「やれやれ」

 

 毎度あり~との声を背後に受けながら、少女イフィー・ファサルトスは一人玄人向けの医療雑貨店で買い物を済ませていた。

 

 呆れるくらい簡単に守護者からの“お使い”を済ませてしまったのだから、思わず愚痴っぽい呟きも漏れるだろう。

 

 後は開放されたと思われる迷宮に潜って必要なものを持って来るだけ。

 

 大きな皮袋を黒い外套の奥に消して、少女はまた別にこれからの旅程に必要な物資を補給しようと魔術関連の店へと向かう事とした。

 

 比較的新しい建物ばかりが並ぶ街にも相応に薄暗い場所というのがある。

 

 表向き七教会の下で“そういう商売”をしている輩はいないが、魔術にしても武器にしても強いものを欲するのが人の性。

 

 七教会からのお目溢しでひっそり違法スレスレやグレーゾーンでもブラック寄りな品を扱う店は後を絶たない。

 

 無論、やり過ぎれば摘発対象になる為、絶妙な加減で最新式の小銃や火砲、弾薬、魔術具、媒質や薬品、魔術で創造された生物諸々を売るのだ。

 

 それには並み以上の手腕がいるものの、上手くやれば儲けは通常の数倍以上となる。

 

 【イーファン】の外縁部にも程近い行き止まりの路地裏に少女は小さく魔術一般の看板を発見して、薄暗い階段を下りていった。

 

 仕掛けも何も無い無骨な木製の扉を開ければ、むっとするような薬品の匂い。

 

 いらっしゃいとの声も無く。

 

 妙齢の老婦が顔を隠すような短い御簾(みす)が垂れるカウンターの奥、着物姿で静かに座っていた。

 

 壁際にはギッシリと魔術具と魔術に使う消耗品が並んでいる。

 

 元素表に存在する内で取り扱いに危険性が無いものはほぼ全て。

 

 魔力を通す素材なら異種の一部や稀少鉱石も選り取り見取り。

 

 無いのは持ち込み厳禁の素材。

 

 要は“人間を含めた乱獲禁止生物の一部位”くらいだろう。

 

「店主。此処に最高位の灰は置いてあるか?」

 

 いきなり切り出した少女に視線を向けたのか。

 

 老婦の唇が緩く笑む。

 

『どのような品を御所望ですか。お客様』

 

「【神灰(GA)】とまでは言わぬ。龍か聖人クラスのものが在れば、言い値で払おう」

 

『ふふ、随分と剛毅なお買い物です事。どんな儀式にお入用で?』

 

「ただの武器造りだ」

 

『そうですか。では、火竜のものでは如何でしょう?』

 

 そっと袖が差し示した方向。

 

 カウンター内の横にある棚の端に小さな壷が置いてあった。

 

 その表面には墨で龍が描き付けられている。

 

「一応聞いておくが、出自は?」

 

『四十年より前になりますか。大陸南東部。帝国が戦いし、神仕えの火竜でございます』

 

「いいだろう。額面を」

 

『相場はこれくらいで』

 

 指が四つ立てられた。

 

「なら、元素も幾つか頂こう。量は書いてある。これを」

 

 カウンター内部にイフィーが紙を差し出すとふわりと浮き上がって老婦の手に治まった。

 

『まるで巨人の武器ですわね。ふふ』

 

「それと火も貰いたい。出来れば“長い火”がいいのだが、有るか?」

 

『火がお入用のお客様というのは中々いないので、少しお高くなりますよ?』

 

「構わん。年月分は払う」

 

『剛毅なお客様。真にお買い上げありがとうございます』

 

 カウンター内の壷が浮いて少女の前にやってくる。

 

 他の棚に壷で置かれていた元素の粒子も一人手に中から出ると何処からとも無く現われた皮袋に入れられ、少女の前に並んでいった。

 

 最後に店の奥の扉から小さな水晶が浮遊しながら少女の前まで来て止まる。

 

 その中には揺ら揺らと炎が映っていた。

 

『では、御精算をお願い致します』

 

 少女が懐から小切手を出してサラサラと指に燈した小さな魔力光で数字を書き込んでいく。

 

「これで不足なら付け足すが、どうか?」

 

 小切手が老婦の手の内に飛んでいく。

 

 ほぼ時価で買ったつもりの少女が書き込んだ金額を見て、艶やかな唇が歪んだ。

 

『お買い物がお上手でいらっしゃる』

 

「適正価格を書き込んだだけだ。モノが確かならこんなものだろう」

 

『よろしゅうございます……』

 

「交渉成立だ。此処の支店に支払い能力が無い場合は受け取りに時間が掛かるだろうが、そこは大目に見て欲しい」

 

『いえいえ』

 

 黒い外套を開いたイフィーが目の前に浮かぶ壷や袋を順次内部の衣嚢(ポケット)へと収めていった。

 

 最後にはまるで何も入っていないように外套が再び閉められる。

 

「では、邪魔したな」

 

『ああ、そう言えば、当店は本日おまけしておりまして』

 

「おまけ?」

 

『これをどうぞ。大したものではありませんが』

 

 カウンター内部の棚から小さな煌めく小石が浮いて少女の前まで来ると掌に乗った。

 

「……随分と大きなおまけだな」

 

『どうぞ。今後ともご贔屓に』

 

「用があれば、また寄らせて貰おう」

 

 懐の衣嚢に小石を放り込んで少女は店を出た。

 

『……ああいうお客様ばかりなら、良いのにねぇ……ふふ』

 

 また静かになった店内で老婦は微動だにせず、呟いた。

 

 *

 

 夕暮れ時。

 

 四人が合流したのは【イーファン】から程近い原野の一角だった。

 

 諸々の買い物はイフィーが請け負っていた為、周辺の情報を集めたリュオ以外の二人は楽しい一時を過ごしたらしく。

 

 イルトは朝方よりも落ち着いた様子で合流した少女との距離を測っているようだった。

 

 さっそく開放されたらしい迷宮へ赴く為の作戦会議が焚き火を囲んで始まっている。

 

 リュオとイフィー。

 

 二人が顔を付き合わせて地図を睨み、隊列の形や最善の装備、様々な戦闘時のパターンをあれでもないこれでもないと悩んでいる横で話に付いていけないイルトとピアリは生活雑貨の錬成を行っていた。

 

「いつ見ても不思議過ぎです!! イルトさん」

 

「いや、うん。オレも時々、不思議には思うけども」

 

 二人が覗き込んだ地面の上には砂が散らばっている。

 

 木の棒で魔術方陣。

 

 錬金術師の場合は錬術陣等と称される円環が描き込まれていた。

 

 複数の象形の中央。

 

 少しずつ陣が砂鉄を磁力で集めて高温で焼き固めていく。

 

 イルトの指には僅かな緑色の光が宿っていて、陣の端に触れ、魔力を流し続けている。

 

「ぶっちゃけ、【意匠】で神様の力を借りて、熱量に変換する魔力は【大源】の力を借りて、周辺魔力の導引には積層魔力を使ってるだけだから、ピアリも遣り方さえ分かれば出来るぞ?」

 

「ふぇ!? ピアリもイルトさんみたいに!?」

 

 目をキラキラさせて教えて教えてとねだる桃色髪の少女に少年が苦笑する。

 

「ほら、これ」

 

 小指の先程の小さな半透明の結晶。

 

 純粋波動魔力を溜め込む媒体をイルトが細い掌に載せる。

 

「これ先生が時々使ってるの見た事あります」

 

「ああ、そりゃ師匠だって使うさ。一々自分の魔力だけでやってたら、錬成は一苦労だしな。でも、道具を通さないと純粋波動魔力や大源との親和性とか色々面倒だから、戦闘中は自前の魔力でやるけど」

 

「これさえあればピアリもレンキンジュツシなんですね!?」

 

 もう何でも造っちゃいますと言いたげな少女の笑みにイルトは半笑いだ。

 

 魔術師の一形態である錬金術師というのは基本的に物質の変換と置換等、物質の変幻を探求する座学に近かったりする。

 

 だが、【近代化(レボリュション)】以後の魔術師達が【魔導技術(ハイクラフト)】の勃興後、座学では到底叶わないと座学系魔術を廃らせてしまった経緯があり、軍以外では消えていく一方という現状もある。

 

 そういった事情を差し引いても、イルトやリュオは【魔導技術(ハイクラフト)】を信奉する魔導師に近い、かなりの行動派だ。

 

 そんな彼らの錬金術は純粋な学問の応用を簡略化、簡素化し、戦闘へと組み込んだ例外的な技能。

 

 半ば、本来的な意味での術から離れた邪道と言える。

 

 名前の由来たる物質を金へと変える秘儀は二人ともちゃんとした施設と機材が無いと出来ない。

 

 根っからの探索者であったリュオは稀少な実験サンプルを己の足で探してくる技能を持っていた為、研究に掛かる費用を恐ろしく圧縮していたとイルトは知っている。

 

 本来、錬金術というのは金と手間と時間が掛かる机上のものなのだ。

 

「ふふ~イルトさんと一緒にレンキンジュツシ♪」

 

 まるでお湯を入れて三分で出来る簡易食料みたいなものを想像されているに違いないと確信しつつ。

 

 それでもイルトは水も差さずにテキパキとピアリへ指示した。

 

「そうそう。この陣の周辺に指を付けて。それから掌の積層魔力を感じ取ったら、それを集中して流す感じで……ちなみに積層魔力への干渉能力っつーのは道具未使用だと個人差があるから、才能というか資質が合わないとぶっちゃけ何も起こらない可能性が無きにしもあら―――」

 

「出来ました!!」

 

 ババンと方陣の中からピアリが両手で皿を持ち上げる。

 

 ペッカーと光り輝く皿は何故かショッキングなくらいに桜色(ピンク)だった。

 

「でぇぇえ!? ちょ、着色とかしてないんだけど?!! ピアリ!? も、もう一回!! 何がどうなったら、そうなるんだ!?」

 

「イルトさんに言われた通りにしただけですけど?」

 

 何を驚かれているのか分からず。

 

 脳裏にクエスチョンマークを浮かべたピアリが言われるままにもう一度方陣に指を付ける。

 

 すると、砂の中からシュルシュルと砂鉄が集まってきてビギィィンと瞬間的に焼結し、何故か変色した。

 

「ど、どういう組成になってんだよコレ……そ、それにこの色素って鉄の変性で出せるもんなのか?! つーか、それ以前の問題として滅茶苦茶早いんだが!?」

 

「もう一枚出来ました! これはイルトさんの分で、これは先生の分、これはイフィーさんの分です♪」

 

 イルトが驚いている間にも連続でピアリが皿を砂から錬成していく。

 

「ぐ、悔しいくらいに軽くて薄い!? 更に物凄いスベスベしてるし、焼結後の冷却も早い。分子の結合とかどうなってんだ?! オレのより……明らかに……」

 

 ズーンとイルトがガックリ項垂れた。

 

 よく魔術師にも天才肌で何も知らないのに何をやらせても上手い人間というのが存在する。

 

 ピアリもその類らしいと悟って茫然となるのも致し方ないだろう。

 

 錬金術を学んで数年。

 

 未だ鉄皿の錬成に一枚三分掛かる男。

 

 錬金術を学んで三分。

 

 何も知らずにピンクのキラッキラな皿を瞬間錬成する女。

 

 敗北は必至である。

 

「オ、オレの存在理由(アイデンテテー)がクライシス過ぎるぜ……」

 

「何をやっているのだ。二人とも?」

 

 話し合いを終えたイフィーが二人の傍までやってくるとピアリが自作の皿を自慢げに突き出した。

 

「ほほう? 中々の作と見た。どれ」

 

 少女の手の甲に小さな方陣が浮かんで、ピアリの皿を掴んで分析を始める。

 

「ふむふむ。軽い薄い強度も申し分ない。色も綺麗に沈着しているな。というか、どうやったらこの色素を此処で生み出せるのだ? む……」

 

 数秒の沈黙の後。

 

 イフィーが皿をそっと地面に置く。

 

「イルト。お前、ピアリに何か毒性の強い物を与えたか?」

 

「んな事するわけねぇし。というか、毒?」

 

「皿の中央表面から触れたら無機物すら一分で腐食確実な成分が検出されたのだが……」

 

「嘘だろ?! 砂や砂鉄にんな成分混じってなかったぞ?!!」

 

「「………」」

 

 二人が揃ってピアリを見つめる。

 

「?」

 

 何も分かっていなさそうな桃色髪の少女が小首を傾げた。

 

「どうかしたんですか?」

 

 三人のやり取りを聞き付けてやってきたリュオが事情を聞いてピアリに再び皿を錬成させて、難しい顔となる。

 

「これは明らかに元素が変換されている? いや、それにしては核融合の気配も無い。熱量や中性子も……」

 

 ピアリが楽しげに皿を錬成し続けている横で二人にリュオがニコヤカな笑顔のまま告げた。

 

「人体の神秘です」

 

「師匠ぉぉ……」

 

 気の抜けたイルトが溜息を吐く。

 

 師がこう言う時は何も分かっていないのだと弟子は知っていた。

 

「いや、でもそう言うしかないですよね。ええ」

 

「リュオ先生にも分からない事があるのだな。それにしても……」

 

 皿が積み上げられ、タワーが建造されている様子を横目にイフィーが考え込む。

 

「ピアリ。ちょっといいか」

 

「何ですか?」

 

 座っていた人の頭部程の大きさの石を灰金の少女が錬術陣の中へ投げ入れる。

 

「それを錬成して皿を作ってみてくれ」

 

「分かりました!!」

 

 更なる追加注文に目を輝かせた少女が指を陣に付ける。

 

 すると石が砂のように崩れて皿の形に纏まると一瞬で焼結した。

 

 無論、何故かショッキングな桜色をしている。

 

「どうぞ」

 

 嬉しそうにピアリから皿を渡されて、イフィーが再び手の甲の方陣で解析する。

 

「ふむ。材質は違っても色素と毒素は同じ、と……人体の神秘で間違いなさそうだな」

 

「イ、イフィーまで!?」

 

 イルトが思わず喚いた。

 

「いや、イルト。だが、実際に錬成の瞬間も観察したが、何故色素や毒素が発生しているのか原理が解析不能だった。これは錬成というよりは現実が歪んでいるとか、元素が別の元素に置き換わっているとか、とにかくそういう事だと思われる。変化の過程が通常の物理法則下から離れているとすれば、超常の力の類と見るのが妥当だろう。もう数種類、簡易の錬術陣で剣や盾も作らせてみてくれるか?」

 

「あ、ああ」

 

 ピアリの横で次々に陣を描いたイルトがピアリに促すと嬉々として錬成が始められる。

 

 瞬間的に形を取る剣や盾。

 

 そのどれもが同じように桜色をしていた。

 

 そして、毒素を表面に持っていると解析結果が出る。

 

「……ピアリ。お前を遊撃皿投げ部隊長に任命する」

 

 真顔でイフィーが言った。

 

「皿投げ部隊長!? ピアリはいつの間に隊長さんになったんですか!? やりましたよ!! イルトさん!!」

 

 思わず脱力したイルトだったが、本人の至って嬉しそうな笑顔にまぁいいかと苦笑して頷く。

 

「ああ、良かったな。ピアリ」

 

「はい♪」

 

 リュオとゴソゴソ話し合いをしていたイフィーがピアリに自分の役割を伝える。

 

「これからはイルトの後ろから剣獣が突っ込んで来た時に皿を錬成して投げろ。今、さっそく必要なものをリュオ先生に作ってもらった」

 

 ババンと殆どやっつけ仕事な黒い手袋がピアリへ渡される。

 

「これ何でしょう?」

 

 首を傾げる少女の前にリュオがズイッと出た。

 

「これは今使っていた皿の錬術陣を編み込んだ僕の特製手袋です。積層魔力の粒が手袋の入り口部分に積んであります。どうやら積層魔力の運用効率はかなり良いようなのでしばらく使っても大丈夫でしょう。とにかくピアリさんはイルト君が敵と離れている時にこれで地面や壁から皿を作って投げてください。ちなみに人が傍にいる時に投げないよう注意しておきます」

 

「わ、分かりました!! ピアリはイルトさん達があの大っきい剣から離れてる時にお皿を投げればいいんですね!!?」

 

「ええ、もうバンバン投げて構いません!! 期待してますよ!!」

 

「はい!!」

 

 茶番全開な様子にイルトが少しだけ気が引けつつも、イフィーの耳元に尋ねる。

 

 一体、どうするつもりなのだと。

 

「解析した腐食毒の解毒剤はすぐに作れるそうだ。更に衣服に付着した場合でも腐食しないように皮膜を重ねるのは容易らしい。今まで戦闘中守らなければならなかった者が戦闘要員になったのだから、今までよりパーティーの動きは良くなる。二層三層下までは十分通用するだろうからな。それまでは頑張ってもらおうという話だ」

 

 少なからず戦闘で役に立てる事を素直に喜ぶピアリの様子を見て。

 

 イルトは複雑なものを感じつつも、守られるばかりではなくなってきている少女の強さを羨ましく思った。

 

 未だイフィーとリュオの二人が主戦力なパーティーは残りの二人を守るように陣を組んでいる。

 

(オレも強くならなきゃな)

 

 そんな思いを少なからず再確認したイルトの前でピアリがさっそく皿投げの練習を開始した。

 

「なぁ、何で皿、なんだ?」

 

 剣でも槍でも盾でも何でも錬成させて良さそうなのにとイルトが訊ねる。

 

「あのピアリに剣や盾を握らせたいと思うか?」

 

『はぅ!? お皿が戻ってきます!?』

 

 まるでブーメランの如く。

 

 桜色の皿がピアリのしゃがんだ頭の上を通過してイルトの真横へサクリと突き刺さった。

 

「……そうだな。うん」

 

『ピアリは皿投げ王の称号を必ず取って見せます!!』

 

 闘志に燃える少女を三つの生暖かい視線が見つめる。

 

「「「………」」」

 

 その日、遊撃皿投げ部隊長が一人誕生した。

 

 *

 

―――天蓋蒼星第一層中部トゥルー・ベルト地帯。

 

 一年と数ヶ月前。

 

 天蓋蒼星に起きた大規模な地殻変動以後。

 

 実は第一層の表層赤道付近には巨大な断崖が奔っている。

 

 それは本星からでは望遠鏡の類を使わなければ見えない代物なのだが、実際に傍まで行くと横幅約23kmにも及ぶ広大な亀裂だ。

 

 現在、その周囲には惑星縦断規模の長い長い立体交差橋の建設現場。

 

 途中の虚空には複数の浮島。

 

 七教会の高空戦艦群に使われている技術を応用して造られる構造体が数十km毎に星の亀裂全てを網羅する勢いで30000機程建設ラッシュ中となっている。

 

 密碑のレートは七教会がこれの建造の為に買い漁っている為、今も緩やかに上昇中。

 

 高度な武器持ち込みが解禁された各国は軍を要とする特別遠征部隊、数千人規模の師団を逐次投入して剣獣の破壊と密碑の確保に努めていた。

 

 大陸三千余国家の大半の軍隊が一同に掃討作戦を行っているのだ。

 

 先進国ばかりの中央諸国は大深度階層において高額密碑を狙い目にしており、他の実力が低い大陸地方の国々は倒せば倒すだけ得られる蜜費と外貨の交換レートを睨めっこしつつ、大規模な国家予算の獲得に向けて動き出していた。

 

 言わば減らない資源を掘り出しているに等しい天蓋蒼星への投資は天井知らずに活気付いており、一部ではバブルとも称されていたが、それにしてもいつか来る終わりは未だ見えない。

 

 この合間に国内への設備投資と内需の強化に動いた貧困な国家は数多く。

 

 不興に喘いでいた中堅国や後進国の大半はインフラ強化や産業育成を専らの課題として、その無限に湧き出すのではないかと思われる富を投資、蓄積させている。

 

 無論、一部の国では独裁者や皇帝王族の類が全ての富を蓄財して豪遊するという場合もあったが、それでも他国の好況によって天蓋蒼星へと次ぎ込まれる資材物資の買い込みから大陸全土は現在経済的熱気に包まれており、どんなに貧しい国でも働ける者は人一人が三食食べる分には困らないという状況にまで至っていた。

 

 まぁ、七教会が歴史改変してすら仮面絶神戦争における天文学的な損失は“莫大な”という単語で語られるくらい残っていた為、その復興需要に掛かる資金の捻出をさせる事を目的として少し高めに各国の物資を買い取っているという面もある。

 

 こうして、天蓋蒼星に端を発する活況は現在あらゆる国の経済に貢献していた。

 

 これが大陸全体を覆う空前絶後の好景気の正体だ。

 

 それもこれも人類規模の公共事業を間接的に各国へ発注しているに等しい七教会様々なわけである。

 

 そういった状況なのだから、勿論のように初心者(ビギナー)多過ぎと昔から潜る連中がうんざりするくらいには天蓋蒼星の各階層の街や都市は新規星潜者目当てに拡大し、飛躍的な人口増加と定住者、移住者の数を叩き出している。

 

 定住、移住と言っても長期滞在型の星潜者向け階層踏破計画が七教会から新規の星潜者へ発表されただけに過ぎない。

 

 それでも、彼ら星潜者を移民者や定住者と見るのは正しい。

 

 未だ天蓋蒼星は七教会の管理下にある為、其処に死ぬまで住み着くというのは七教会に死ぬまで面倒見てもらうという事と同義だ。

 

 それが実は今まで七教会がしてこなかった禁じ手。

 

 七教会そのものの国家化。

 

 という大陸のあらゆる国にとって悪夢に等しい状況が半ば進んだに等しい事を意味しているのを指摘する声は極々一部。

 

 景気の底に沈んで聞こえてはこない。

 

 しかも、各国の有識者の上澄み層はソレを薄っすら理解していても、小金に浮かれる連中の手前殆ど口を閉ざした。

 

 何故、悪夢なのか。

 

 単純だ。

 

 それは特にあらゆる面での開発が遅れている地方の国々にとって、人口の超大規模流出の前兆に等しい状態だからだ。

 

 天蓋蒼星は今のところ国ではないから、各国の法が介入出来る場所ではない。

 

 また、天蓋蒼星は七教会が統治する特別自治区扱いであるが、国と承認されていないので其処で生まれた人間も法的には各国の人間となる。

 

 人口の流出を止めようにもそういった事を直接七教会と交渉するのは今の不合理な旧い体制を望む国にとっては自殺行為に等しい。

 

 七教会が基本的に遅れている大陸地方の事情を合理性と理性と聖性と現実主義で捻じ伏せ、内政に手を突っ込んでくるのはお決まりのパターンであり、直接的に敵へ回した物言いは各国の大使にしてもご法度。

 

 もし、不興でも買おうものならば、好景気から爪弾き。

 

 それでも今はまだ七教会が直接、天蓋蒼星への星潜者を募集していない事で何とかそこまでの人口移動は始まっていないが……もしも、これが各国の地域で組織的に行われれば、どうか?

 

 遅れた地方から脱出したいと願う若年層。

 

 独裁や王侯貴族の統治から離れて生きたいと望むサイレント・マジョリティ。

 

 幾らでも人は集められるだろう。

 

 これに今まで規制されていた子供や妊婦、家族同伴の許可等々が次々に下れば、後は雪崩れを打つが如くなのは目に見えている。

 

 七教会への依存が加速度的に進んでいる大陸の現状でコレをやられて国が傾かないという地方国家は殆ど無いに違いない。

 

 国家は人なり、とは誰の言葉だったか。

 

 どんな独裁国家も人がいなければ立ち行かないのだ。

 

 現在、比較的簡単に地方から行ける無条件の星潜者(アイム)募集国には秘密裏の移民ルートが複数開設され、各国の軍などは低価格で宙域航行艦へ事実上の移民、難民を載せて運行する日銭稼ぎを常態化。

 

 裏稼業として人口爆発に悩む国や難民問題や移民問題に揺れる国の人々からガメツイと言われながらもある程度は感謝されて、大金をせしめていた。

 

 このような星潜者になる覚悟も無い大量の移民、難民達は現地に行った後。

 

 七教会の手厚い星潜者(アイム)生産用の短期カリキュラムを強制的に受けさせられて、何か『自分の思い描いていた生活とは違うような?』と思いつつも、全うで健全な星潜者ライフを送らされており……怠惰に生きる事すら許されていない。

 

 食事が欲しいなら、寝床が欲しいなら、良い生活がしたいなら、少し頑張って自分で戦って日銭を稼ぎましょうというわけである。

 

 一人頭一日の食事と寝床を確保するのに必要な密碑の数は剣獣7体分。

 

 これを短期で狩れるように教育するカリキュラムの凄さに驚嘆するべきか。

 

 それともあらゆる難民移民に対して犯罪を犯せないように心理的、公共的、空気を醸成し、常に管理を行き渡らせている管理能力に脱帽するべきか。

 

 スラムすらない極めて衛生的で福祉の行き届いた事実上の七教会国家と化しつつある天蓋蒼星は移民惑星と成りつつあった。

 

 大断崖と現地星潜者から呼ばれるトゥルー・ベルトの淵。

 

 今日も本星から送られてきた有象無象の人々がドナドナ七教会のカリキュラム受講生宿舎へと連れられていく。

 

『こちらは~~七教会こ~ほ~で~す!! 新規星潜者の方には~特別カリキュラムの受講が義務付けられており~~逃げ出す方は天蓋蒼星から三日で強制退去処分になるので~気を付けて下さいね~~』

 

 列の傍ら。

 

 大量の皿を売る屋台がポツンと一件。

 

 星潜者達の使う乗り合い馬車の停留所横で商売をしていた。

 

 ドギツイ桜色のキラッキラな光沢を放つ皿が屋台に積み上げられており。

 

 横には二十台分くらいの在庫が吹き曝しの場所に無数裏返され、重ねて積まれていた。

 

 現在、その一台の屋台の前には長い行列が2km半くらいに渡って通っており、誰もがOPENの看板が掛かるのを待っている。

 

 初めてその光景を見る初心者星潜者達は一見して不審な屋台の行列に首を傾げるが、彼らもまた年長者や潜って長い玄人などからの話を聞いては続々と並び始める。

 

「え~~開店~~いらはい~~いらは―――」

 

 看板が掛けられた瞬間。

 

 ドッと星潜者達が屋台を押し倒さんばかりに殺到する。

 

『こっちは百五十!!』

 

『こっちは二百!!』

 

『こっちは五百だ!!』

 

「あ~~お客さん。一人二百までだから」

 

 店の頭からローブを被った店員が突き出された密碑入りの袋を屋台の中央に置かれた底の見えない甕の中に入れて、甕の上の虚空に出てくる魔力で表示される数字を見てから、指を動かす。

 

 すると、屋台横の在庫が次々に浮遊して品を買った星潜者達の持つ空間制御式の袋などにダース単位であれよあれよと入っていく。

 

『取り扱いには注意して下さいね~~塗布薬は自分で~~塗ってない人には原則一緒に買ってもらうので~~』

 

 それを聞いて、慌ててサイフの中身を確認する列の人間が複数。

 

 それでも皿はほぼ限界値MAX近い数が次々に捌けていくせいで十分後には半分以下。

 

 二十分後にはほぼ全て売れてしまっていた。

 

 行列に並んでいた者の5分の1程が買えないと分かると即座に悔しそうな顔で消えていくので最後の一人が買う頃になったら、その場には誰も居なくなっていた。

 

 幸運にも最後の一枚を買う事になったのはまだ十代くらいだろう少女だった。

 

 西部や南部に多い褐色の肌。

 

 たぶんは最貧国辺りからの移民だろう。

 

 近頃、そういった地方から大量に若年層が流入した事は七教会広報が報じていた。

 

「あの……」

 

 皿を貝にも似た器に入った塗り薬と共に彼女は少しだけ首を傾げて、店員に尋ねる。

 

「これって、本当に……?」

 

「ん? ああ、普通に剣獣へ投げ付ければ、倒せるよ」

 

 ローブの店員の言葉は簡潔だった。

 

「あ、あの、これで深層のも倒せるって、他の人が……」

 

「可能だけど。初心者にはもしもの時の緊急時のお守りみたいな感じで売ってるんだ」

 

「お守り?」

 

「もしも、倒せない程に強い剣獣と出会っても、これなら当たれば倒せる」

 

「……最初の人達は凄い重そうな袋や高そうな蜜碑払ってましたけど」

 

「買う数によって金額が倍々になってくからさ。ほら、看板に書いてあるだろ?」

 

「ええと、一番多く買ったら……ッッ?!!!」

 

 少女が思わず目を見張った。

 

 一枚の自分の数万倍以上の額面が其処にあったからだ。

 

「出来れば、初心者に買って欲しくてさ。人を雇って複数買いみたいな連中がいる時はそいつらに売らないように気を付けたり、別の場所で売る事にしてる」

 

「そ、そう、なんですか……」

 

「ああ、此処じゃ命を守ってくれるのは自分の実力か仲間だけだからな。一人でやっていくんだったら、一枚くらい買っといて損は無い」

 

「……もっと高く売ればいいのにどうしてそうしないんですか?」

 

「え? いや、別に商売の為じゃないからな。死ぬ程余ってるから、人助けと有効活用にと思って」

 

「へ?」

 

「ま、最初に買ってった連中にしても、あいつらは深層に潜る為の準備って意味合いで買ってくのが大半だ。自分一人で高難度の深層に行く奴とか。皿が二百枚じゃ到底足りないだろうな。それでも大枚叩いて買ってくんだから、あいつらは星潜者として一流だ。あいつらにとって、あの金は命の値段なのさ」

 

「……命の……」

 

「こいつで金儲けしようとしても、大深度層はぶっちゃけ質も量も大概即死圏内だから、実力が無い連中が行ったら死ぬだけだ。此処で死ぬってのは最高のペナルティーが課されるって事……だから、初心者のお守りくらいの価値でオレはこいつを売ってる」

 

「死ぬと。え? その……此処で死んだら何か外は違う事になったりするんですか?」

 

 オズオズと聞いてくる初心者にローブの店員が苦笑した。

 

「まぁ、な。死ねば分かるが、死んだらお終いだ。でも、まぁ……いいか。此処で死んだら、生き返るんだ。実は……」

 

「え、ええ!?」

 

「だけど、此処でじゃない。本星の自分の国や自分と近しい場所で目が覚める」

 

「そ、それ、本当、ですか?」

 

「七教会が公式にアナウンスしない天蓋蒼星七不思議の一つさ。死んだ人間はこの場所じゃ光になって消える。けど、死んだ後、そいつの友人が故郷でそいつに出会うって話があってな」

 

「そ、そう、なんだ……」

 

「しかもさ。何が酷いかって、最悪のペナルティーを課されるんだコレが」

 

「最悪の?」

 

「……天蓋蒼星内での記憶を全部失う」

 

「―――記憶を?」

 

「残らず全部な。その代わり、天蓋蒼星内で受けた傷、病気、最初から持ってる身体の不具合みたいなのは治る」

 

「そんな事が……」

 

 少女が新天地の隠された常識とやらに目を丸くする。

 

「老衰で死んだら生き返らない。それと蘇っても寿命は戻らない。七教会がコレを公式にアナウンスしないのはさ。結局、命の価値を守る為なんだと思うぜ」

 

「命の価値を守る?」

 

「だって、病気治す為に自殺しに来る連中とかいたら、不道徳過ぎだろ」

 

「い、言われてみれば……」

 

「それに記憶を失うって事はさ。自分を失くすって事だ。生き返っても過ぎ去った時間に得た全て。自分すらも失うって事だ。これってつまり生き返っても、天蓋蒼星にいた自分は死んだままって事なんだよ」

 

「……凄く、怖い話ですね……私、初めて此処が危ない場所だって思いました……」

 

「まぁ、今みたいに此処に住みたいって連中なら事故以外で死ぬ事は殆どないだろうけどさ。それでもこれから此処で生まれた連中とかが出てきたら、その時は……七教会も色々と考えるだろうさ」

 

 そう言って、ローブの店員が指を弾くと。

 

 今まで木で出来ていたと思われていた屋台が質感を変質させて、水のようにグニャグニャ変形するとシュルシュルと縮んで金属の棒となって懐に仕舞われた。

 

「凄い……魔術ですか?」

 

「いいや、錬金術。ま、大そうなもんじゃねぇよ」

 

 苦笑した店員がそのまま軽く手を上げて歩いていこうする。

 

 思わず。

 

 少女はその後ろ姿に声を掛けていた。

 

「あ、あの!!」

 

「ん? 何だ?」

 

「え、えと……あ、ありがとうございまいた!! お、教えてくれて」

 

「良いって事よ。オレの勝手だ。死なないように頑張れよ。あ、それと」

 

 振り返った店員がローブのフードを取る。

 

「―――っ」

 

「初心者は銃とか使うといいぜ。金を溜めたら、七教会の訓練所に行ってみろよ。それで訓練が終わったら、しばらく第一層で実戦での細かいノウハウとか覚えるといい。此処の攻略ガイドを本屋のハンドブックとかで買うのもお勧めだ。じゃあな」

 

 ニカリと笑った相手が一瞬で飛び上がり、まるで羽の如くローブを変形させて、鳥よりも高速で何処かへと消えていく。

 

 その姿を最後まで見送って、少女は少しだけ呆然としたまま。

 

 ポツリと呟いていた。

 

―――格好良い人だったな。

 

 長く伸ばされた緑銀の髪。

 

 額から顎に掛けて刃物傷があって尚明るい笑顔。

 

 もし仲間を募るなら、ああいう人がいいな、と。

 

 少女が銃を使う若手星潜者のホープとして名を上げるのはそれから一年後。

 

 彼女は後にこう仲間へ回想する事となる。

 

 いつか追い付きたい格好良い人がいるんです、と。

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