※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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第二十六節

第二十六節「新たなる仲間:前編」

 

「イルトさん。美味しそうなお魚が売ってますよ!!」

 

 市場の最中をクルクルと。

 

 踊りでも踊るかのように人混みを避けながら。

 

 桃色髪の現在ミニスカ少女は目をお星様にしている。

 

 今まで買い物で賑わった場所に行かなかったわけではない。

 

 しかし、一区画に商業店舗を建てまくったイファラナは人口密度だけで言えば、今までの街とは比べ物にならない込みようなのだ。

 

 それ故に活気も今まで行った事のある場所の数倍はある。

 

 入り組んだ街並みは迷路のようだが、その狭さが良いという面もあるのか。

 

 賑わう道端は祭りのような騒がしさと笑顔が溢れていた。

 

 第三層が人のあまり街を作れない場所という事も手伝って、殆どの人間が街住まい。

 

 密碑を集める以外では空に出て行く理由もないわけだ。

 

「ピアリ。はぐれるって!? そんな先に行くなよ!?」

 

 上陸して数時間。

 

 宿を取って小一時間小休止した後。

 

 其々に街へと繰り出したイフィーとピアリ、イルトは商業区の中央にある広場で合流していた。

 

 一通り見て回るのも一苦労の人の波。

 

 男手を待っていた女性陣は集合した後。

 

 さっそく本格的な買い出しへと出立。

 

 しかし、そこで見た事の無いものばかりという状況に記憶を失ってもかなり田舎暮らしが透けて見えるピアリが興奮しつつ暴走。

 

 大陸中央の常識全開で女性を見捨てておけない普通の青少年イルト・イナーシタはあっちにワタワタ、こっちにオタオタ、振り回されているわけである。

 

 そんな二人がようやく目的地の店の前で止まったのを後から眺めて、灰金の少女は苦笑した。

 

「まるで兄妹だな」

 

 前の二人に追いついてイフィーが目指していた店舗。

 

 魔術具の専門店の前に置かれた棚をざっと見て店頭販売で目ぼしいものが無いか確認した。

 

 天蓋蒼星内において星潜者(アイム)は何でも密碑と己の手で作るというのが鉄則。

 

 そのスキル無しには深くまで潜る事は出来ない。

 

 だが、店で買うのも嗜みだ。

 

 自分では少し手が届かないものは大手の店舗から仕入れるのである。

 

 黒煉瓦に白の方陣を壁に刻印し、今も魔術方陣が店舗の外壁で回転している其処は所謂魔術具の総合商店。

 

 個人経営ではなく。

 

 天蓋蒼星の最大手チェーン店だ。

 

 中にはズラリとあらゆる魔術具が列を成して天井にまで見える。

 

「イルトさん見て下さい!? 子犬さんが売ってます?!」

 

「は? 魔術具、専門店だよな此処……って、縫い包みか。よく出来てんなぁ……」

 

 ピアリが棚の一つに掌大の金色の毛並みの子犬。

 

 縫い包みを見て顔をぱぁっと綻ばせた。

 

「ええと、どれどれ……高ッ?! ホムンクルスとして機能するのか。簡易の反応は生物に激似……動くのに必要なのは積層魔力だけ、か」

 

「(キラキラキラ)」

 

「擬音を自分で言いながら物欲しそうな顔するんじゃありません!?」

 

「イルトさんはケチです!! おーぼーです!! ピアリの知ってるイルトさんはこんな時『ピアリ幾らか言えよ。オレが買ってやる』って言うはずです!!」

 

 イルトが子犬の縫い包みが置かれた棚の前で呆れた溜息を吐く。

 

「それは一体何処のナニト・ナニーシタなんだ?」

 

「だって、ご本に書いてありました!! スカートの丈が短い子には男の人が優しくなるって!!」

 

 其処でババンとピアリが己の衣装のポケットから小さな単行本を出して見せ付ける。

 

「ん、んぅ?!! 『正しい青少年の誑かし方:番外編』……ちょっと待て?! 何処でこんなイカガワシイ本を仕入れたんだピアリ!?」

 

 目を細めて題名を読んだイルトが思わず喚く。

 

「さっき、本屋のおねーさんと話してたら、イルトさんみたいなセーショーネンをイチコロにする必須アイテムだってカクヤスで売ってくれました」

 

 えっへんと限りなく胡散臭い本を手にピアリが胸を張る。

 

「で、幾らくらい?」

 

「ええと、これくらいです!!」

 

 どうです!!

 

 すごいでしょう!!

 

 と、裏に小さく書かれていた値札の二倍の額がイルトの掌に指で書かれた。

 

「おおぅ。イフィー……ちゃんとピアリの事、見ててくれよ……」

 

「そう言うな。それにそう悪い買い物でも無かった」

 

「あん?」

 

 首を傾げるイルトにコソッとイフィーが耳打ちする。

 

「(情報屋だったのだ。他にも一緒に本の値段と言って色々買った)」

 

「ああ、そういう……」

 

 本はおまけ。

 

 納得したイルトだったが、耳元に少女の吐息を感じて、僅かに赤くなる。

 

「さて、と。そろそろ行くぞ」

 

「え? 此処での買い物は?」

 

「お前達が話している間に店員から空間圧縮式の袋で貰い受けた。経路経由で先程注文していたのでな。もう終わった」

 

「な、何かオレ、必要だったか? 買い物に……」

 

「何を言うのだ。これから入れられないモノをしこたま持ってもらう事になるぞ」

 

「そ、そっか。が、頑張ります」

 

「うむ。その意気や良し」

 

 イフィーが店舗の外へと向かう。

 

 イルトが今も子犬に張り付いたピアリに溜息を吐いて、その手を握って歩き出す。

 

「ぁぅ~~子犬さん可愛いのに~~」

 

「とりあえず、別のもん買ってやるから、此処はステイだ。ステイ」

 

「すてい?」

 

 小首を傾げる少女を大人しくさせる為には食いものしかあるまい。

 

 そう考えたイルトは密碑で軽食でも買おうと先を歩くイフィーを見失わぬよう早足に付いていく。

 

「えへへ~~」

 

「どうしたんだ? そんなフニャけた顔して」

 

「イルトさんのプレゼント楽しみです♪」

 

「プレ……いや、その言い方は何か違うだろ」

 

「そうなんですか?」

 

 純粋無垢な瞳で見つめられ、ウッと詰まったイルトがポリポリと頭を掻いた。

 

「あんまり、変な知識仕入れないでくれよ。頼むから……はぁぁ」

 

 溜息一つ。

 

 桃色髪少女のご機嫌取りを真面目に考えなければと青少年は程々なエロの代金代わりだと何か見繕う事とした。

 

 三人がそうして歩く事三十分。

 

 次々にあちこちの店舗で微妙に外套には入り切らなそうな鉱石の固まりだの、人の腕程ありそうな円柱状の包み紙だの、露天までも立ち並ぶ狭い路地で買うものだから……イルトは背中と両腕を全て塞がれてしまった。

 

 大理石製の広場中央にある噴水の縁にドッカリと腰を下ろして一息吐けば、腕が痺れるくらいには重かった事が本人にも自覚出来る。

 

 とにかく大きくてものばかりだったのだ。

 

 先程の言葉に偽り無しだと汗を浮かべたイルトだったが、不意に喧騒が遠退くのを感じて、隣のイフィーを見つめる。

 

「今、何か……」

 

「ん? ああ、ちょっとした魔術だ。しばらく腕を休ませるといい」

 

 己もまた腰を下ろしていた灰金の少女がペロペロと横の桃色髪少女と共に何かを舐めていた。

 

「……何、舐めてるんだ?」

 

「飴だ。冷たさが持続する簡易魔術が込められた棒にくっ付いているから、冷え冷えだ」

 

「美味しいですぅ♪」

 

「さよですか……で、オレの分は?」

 

 その言葉にイフィーがニコリと微笑む。

 

「イルト。世の中には若い時の苦労は買ってでもしろという話があってだな」

 

「……飴なんて欲しくないからな!!」

 

「あ、イルトさん。ピアリの食べますか?」

 

「は? いや、オレは断固自分でソレを買いに行く決意をし―――」

 

「はい。どうぞ♪」

 

 ひょいとピアリが自分の舐め掛けの棒にくっ付いた琥珀色の飴をイルトの口内に突っ込む。

 

「むぐ?! むふぉっふ?!」

 

 思わず驚きに固まり、続いてコレって青春の一頁によくある間接的なアレではという思考が全てを掻っ攫って。

 

 ガッシャンと何やら広場に大きな破砕音が響いた。

 

 薄い陶器を一斉に数枚割ったかのようにも聞こえる。

 

 全員が思わず。

 

 そちらの方角を向くと。

 

 広場の端辺りで男が二人。

 

 互いに手や頭から血を流しつつ、対峙していた。

 

 その周囲には魔術方陣が展開されており、街中でなくても物騒極まりない式が秘儀文字(アルカナ)で流れている。

 

 片方は大陸地方諸国の貴族っぽいイデタチ。

 

 褐色のモーニングに長外套(ロングコート)を羽織った如何にもちょっと高位な貴人ですと主張する微妙にキザッたらしい二十代。

 

 もう片方は如何にもギルドから依頼を受けていますという感じの軽鎧(ハーフ・プレート)に薄汚れた旅装束を纏う髭面の四十代。

 

 どちらも青筋が額には浮かんでおり、周囲の事はまるで見えていないらしい。

 

「さて、巻き込まれない内に往くか」

 

 イフィーがポンポンと膝の埃を払って、棒の飴をガリガリ噛み砕くと樹の棒をポッと魔術の炎で燃やして塵にする。

 

「ただの諍いにしちゃ物騒だな。つーか、片方は当たったら人間一人消し炭。もう片方は当たったら身体抉れるだろ。アレ」

 

 二人が高格外套がやってくるのを待つのも危ないと荷物を纏めた時だった。

 

「トウッッ!!」

 

 そう短い叫びと共にとりあえず頭に血が昇った男達が襤褸屑のように吹き飛ぶ。

 

「は?」

 

 思わずイルトがポカンとした。

 

 一瞬の出来事とはいえ。

 

 一応、二人の男の周囲には魔術方陣が防御用のものも含めてザックリと1枚2枚見えていたのだ。

 

 それが物凄く雑に割れるわけでもなく。

 

 干渉されるでもなく。

 

 素通りして不可視の力が両者を吹き飛ばしたのである。

 

 一拍置いて男達が元いた場所の中間点に上空から人影が降って来る。

 

 ドゴッと地面に片方の拳を付いて減速した何者かの周囲がブワリと土埃で見えなくなり。

 

 周囲の星潜者達が何か巻き込まれたらヤバイと本能的な危険察知能力を発揮して、その相手が出てくる前に広場から逃げ出していく。

 

 それだけではない。

 

 何故か、事の成り行きを今まで見守っていた広場周辺の店が物凄い勢いで店先の商品を壊れるのも構わずに店舗内へと押しやり。

 

 ギュバアアアアアアアアアアアッと火花が散る程の速度で鋼のシャッターを下ろした。

 

 残されたのは噴水で未だに固まったままのイルトと愉快な仲間達ご一行だけである。

 

 ムクッと土埃の中で人影が立ち上がる。

 

「戦士の気配を感じたような気がしたのに……気のせいだったのか? ぬぅ」

 

 キョロキョロと周囲を見回して。

 

 煙が治まる最中。

 

 ソレが何やら残念そうな声を上げた。

 

「―――ッ」

 

 イルトがギョクリと変な音をさせながら唾を飲み込んだのは明らかに彼の目の前に現われたモノが尋常な、全うな、普通な、そういう感じの相手ではなかったからだ。

 

 妙に肌にへ張り付く銀糸で編まれたピッチリ系な所々肌が見える太腿や腰周りが透け透けな全身タイツにノースリーブのスリムな軽鎧(ハーフプレート)に短い蒼と黒のスカート。

 

 ついでに拳は妙にギラギラした宝石が指毎に鏤められた篭手(ナックルガード)によって異彩を放っている。

 

「………」

 

 そろ~っとイルトもまた自分の身の安全を確保する為に逃げようとしたが、遅い。

 

「ぬぬ? 其処の君達!! 今まで戦士が此処にいなかっただろうか」

 

「ひぐ?!」

 

 摺り足というか。

 

 足音一つ立てずに氷の上を滑るような足取りで即座イルトを目に留めたモノがその目の前まで三秒程で移動してくる。

 

「あ、あ、あの、あ……」

 

 イルトがあまりの動揺にダラダラと額に汗を浮かべた。

 

「ああ、緊張させてしまったか。コレは失敬した」

 

 戦闘用なのだろう篭手を剥ぐようにして手の甲に引き上げた相手がニコリとする。

 

 その筋肉は大陸中央ならばボディービルダーとして一流だろう。

 

 割れた腹筋。

 

 背中を山の如く盛り上げる極めて力強い背筋。

 

 臀部から両足までも浮き上がった筋肉の美しさが目を引く。

 

 髭一つ無く。

 

 ツルリとした褐色の珠の肌に彫りが深い顔立ちは色男と言うべきか。

 

「ワタシはこの近辺で大陸中央で言う“すかうと”をしている者なんだ」

 

「そ、そそ、そう、なんです、か」

 

 イルトが目の前で巌の如き柔和な顔に引き攣った笑みを浮かべる。

 

(オレの頭がおかしくなったのかな……)

 

 要は年齢不詳の妙に優美な眉をした全身筋肉ムキムキマッチョな南部にありがちな褐色肌で黄金の髪を後でポニーテールにしたおっさん?のような生き物が物凄くゼンエイテキな衣装に身を包んでいた。

 

 これが可愛い女の子ならば、ちょっと胸にトキメクものがあるかもしれない。

 

 が、それを着込んでいるのが厳つく優美な年齢不詳男ではドン引きにも程があるだろう。

 

「……あなたはもしやベリアステルの?」

 

 固まっているイルトの後でイフィーが僅かに目をパチクリとさせる。

 

「おお、まさか初対面で分かるとは!! そこな美しい乙女よ。君は戦士なのか?」

 

 イルトの脇を抜けて。

 

 何故か妙に嬉しそうな顔で異様な姿の癖に人懐っこい声の主が灰金の少女の前に立つ。

 

 その背の格差は犯罪的だ。

 

 全長190と140の対比は如何ともし難い。

 

「戦士を探しているという事は……移民もしくは傭兵の募集を掛けているのだろうか?」

 

 イフィーの理解の早さに彼?が大きく頷く。

 

「おお、中々見所のありそうな乙女だ。事情も一部知っているとは北部の生まれかな?」

 

「ああ、北東部だ」

 

「ふむ。そうか……あちらは内戦や小国の小競り合いでロクな人材もいない不毛地帯だと思っていたが、中々どうして君のような乙女が育つとは今度一度行ってみよう」

 

 何やらホクホク顔になる自分よりも年上な筋肉達磨を前にして少しだけイフィーの顔色が呆れているように思えたイルトはどうなるのだろうかと、ことの成り行きを見守る。

 

「我はイフィー。イフィー・ファサルトス」

 

「ファサルトス? ああ、失敬。こちらも名乗ろう。ワタシはルーティスハーク・エオ・クラナリア。大陸北部にあるベリアステル聖神使国の“りくるーたー”をしている。今はこの階層で来年に雇う傭兵や移民の目星を付けている最中なんだ」

 

「そうか。それにしてもあなたは有名人なようだ。先程まで開いていた店が一気に閉まったのだが」

 

「ん? ああ、そうか。悪い事をした」

 

「何か心辺りでも?」

 

「いや、先日仕事中に七教会の高格外套が邪魔してきたものだから、四人程病院送りにしてやったら、この有様で」

 

「ほほぅ? それは中々のお手前だ」

 

「いや、この程度しか誇れぬとは恥ずかしいものだ。乙女よ。君も結構なものだと思うが、傭兵……いや、その年齢ならば移民でも十分に通じる。詳しいところを聞いてみる気は無いか?」

 

「生憎と今、この星の最深部に潜るのが目標だ。その後も色々とやる事が控えているのでな。済まないがそれは遠慮させてもらおう」

 

 そこまで話してルーティスハークと名乗ったムキマッチョがふむむと思案した様子となる。

 

「ワタシはこの街の“下の方”に居を構えている。もし気が変わったらいつでも声を掛けて欲しい。ああ、それと実は他にも傭兵に推薦する強い星潜者(アイム)の養成や孤児院も経営している。もし暇があったら訊ねてみるといい。君のような乙女はいつでも歓迎だ」

 

 パシパシとイフィーの背中を叩いたルーティスハークが「では」と片手を上げて去っていく。

 

 背中を向けたその巨躯がグッと縮こまった次の瞬間にはボンッと地面を蹴り付けて遥か上空へと見えなくなっていく。

 

「一体、何だったんだ?」

 

 イルトが微妙な表情で空を見上げる。

 

「さて、な……とりあえず、七教会が来る前に帰るぞ」

 

「そうだな。って、ピアリ?」

 

 周辺を見回して。

 

 誰もいない事に気付いたイルトが「まさか……」と最悪の想定に内心でゲッソリする。

 

「む? いない? というか、反応も無いとはどういう事だ?」

 

 イフィーもまた今気付いたばかりのピアリの位置が把握出来ずにキョロキョロと周囲を見渡す。

 

「ピアリ……?」

 

 忽然と。

 

 確かに桃色髪の少女は消えてしまっていた。

 

 *

 

 風化した足元の強度も怪しい空中庭園の最中。

 

 彼らは走っていた。

 

 崩落する背後を気にする余裕も無く。

 

 一人は紅蓮を模したような赤髪の女。

 

 立派な仕立ての制服らしきものを着込んでいる。

 

 一人は南部の蟲翅を多用した旅装束姿の女。

 

 彼女の手には大量の密碑が山程も抱えられおり、ポロポロと零れている。

 

 一人は獣人の中年過ぎた老年に差し掛かろうという男。

 

 ダルダルな身体にしては俊敏な足取りでゼエゼエ言いながら懸命に背後の危険から遠ざかろうとしている。

 

 一人は白鎧に顔を隠す兜と仮面の男。

 

 騎士の潔白と清廉を現す正装はこの欲に塗れた星潜者達の巣窟において異端に見える。

 

 今正に崩れ落ち往く空中回廊は外の清々しい蒼さと日の光に照らされて。

 

 土埃を上げながら片っ端から消えていた。

 

 巻き込まれれば、第三層の虚空へと真っ逆様。

 

 落ちる最中に回遊する剣獣からの攻撃を受けて死亡。

 

 全うに考えるなら逃げるしか手は無いだろう。

 

 しかし、出るわ出るわ。

 

 先頭を突っ走る騎士姿の男の前には何体もの剣獣が立ちはだかる。

 

 それを長剣で斬っては捨て斬っては捨て。

 

 そろそろ300mは進んだだろうか。

 

 ようやく見えてきた出口に助かったと言わんばかりの獣人の男の速度が上がった。

 

 しかし、途中で小石に躓いたか。

 

 ゴロンッと一回転した挙句にベシャリと床に強か顔を打つ。

 

「せや!!」

 

 それを咄嗟に拾った赤髪の女が抱えて走るのは面倒だとばかりに走り抜け様に僅か止まって遠投した。

 

「どぅええええええええええええええッッッ!!!?!」

 

 悲鳴もそこそこに獣人の壮年は先頭の騎士よりも早く遺跡の入り口から先へと吹き飛び。

 

 転がりながら土埃を上げてグッシャアと良い感じに地面を削って止まった。

 

 三人が遺跡から出た途端。

 

 ガラガラと虚空に浮島の突端から突き出ていた迷宮が崩壊し、虚空へと消えていく。

 

「ひ―――」

 

「?」

 

 赤髪の彼女。

 

 エーレインに向かって獣人の壮年。

 

 マルートが思わず喚く。

 

「ひでぇえええですよおおおおおおおお!!?」

 

「打ち身はコレでも塗っておけば治る。ああ、陛下……お傍にもう数週間もいない不出来な部下をお許しください」

 

 目をキラキラさせながら虚空に己の主の像を妄想で描いて祈りつつ、袖から塗り薬を入れた貝殻が取り出されてポイッと適当にマルートへ渡される。

 

「剣獣が集う遺跡と聞いていましたが、大物を倒すと崩れる仕掛けとは思いませんでした。収穫は?」

 

 白い騎士鎧の男。

 

 マウロが訊ねれば、旅装束の女。

 

 エリザリドが山の如き密碑を全ては零さずに運んだ様子でザラザラと地面にそれを落とした。

 

「これで当分は困らないですよ。マウロさん」

 

「そうですか。それは良かった。では、さっそく街に向かいましょう」

 

「はい」

 

 ケロリとしているまだ歳若い三人に涙目だったマルートが今度こそ死んだと思ったと内心で愚痴りつつも、第三層の高額密碑の山にグビリと唾を飲み込んでそれ以上の不満は飲み込んだ。

 

(うぅ、金蔓が危険とセットってのは何処も一緒なのかよぉ……これで道行きが普通ならなぁ……)

 

 第二層において海底神殿と思しき場所から直接第三層に降りてきた四人は運よくそれなりに大きな街のある浮島に辿り着いていた。

 

 其処からは金さえ行ける第四層へのルートが幾つも存在するという事でこの一週間というもの。

 

 四人分の路銀稼ぎに高額密碑狙いの穴場を幾つか回っていたのである。

 

 マルートには一応、商才というべきものが僅かながらもあった為。

 

 彼は密碑の管理とレートとの睨めっこ。

 

 それから密碑で出せる品の換金等々が任されていた。

 

 現在、第三層に流通している魔術具やその他、彼らの旅に必要だと思われる物資のほぼ全てがマルートが買ってきた品ばかりだ。

 

 物資の中には誰でも食べるし呑めるし換金出来る嗜好品として上等で稀少な酒やら保存の効く高級乾物やら最上級の乾肉《ジャーキー》やら諸々……マルートの欲しいものが含まれている。

 

 普通の星潜者ならば、まず揃えられないだろう唸るような資金力を盾にして良いものを安く大量にという彼の値切りの手腕が発揮された結果。

 

 毎日のように旅中とも思えぬ豪勢な食事を食べながら彼らは旅銀を着実に溜めていた。

 

 というのは昨日までの話。

 

 本日、ここら辺での最後の稼ぎ場として空中庭園へと赴き。

 

 予定額は達成された。

 

 密碑は今まで以上に大量。

 

 後は明日、マルートが手配したギルドの星潜者(アイム)御用達の商船に乗り込めば、第三階層最大の規模を誇る街まで一直線。

 

 そこから更に非合法ルートでの第四層への降下準備が始るだろう。

 

 マルートが溜息を吐きつつ。

 

 空間制御が利いた袋の中へと明らかに体積的に入らないように見える大量の密碑を流し込んでいく。

 

「終わりやしたよ。アタタ、せめて次に投げる時は優しくお願いしやすよ。エーレインの姉(あね)さん」

 

「ああ、陛下!! 合流する時を待ち望んでいます(キラキラ)」

 

(聞いてない……)

 

 マルートが額に汗を浮かべて、ゲッソリした顔となった。

 

 きっと、この女に好かれている主人は生涯この狂信者から逃げられないのだろうな、と。

 

 そうして四人がようやくその場を離れようと一休みを終えて立ち上がった時。

 

 不意にエーレインとマウロが東の方角を向く。

 

「どうかしたの?」

 

「ぬ? エリザ。すぐ水を大量に出せるよう魔術を用意しておけ」

 

「ど、どうしたのよ?」

 

 それにマウロが答える。

 

「東から船が落ちてきます。正面の文様は―――黒い槌に黄色い華」

 

「船って!? 墜落!!? ちょ、ちょっとどうすんのよ!? エーレイン!?」

 

「一応、火を消して死にそうなのには応急手当をすればいいだろう。後は運び出して七教会が来る前にオサラバだ」

 

「そ、それはそうかもしれないけど、水ってそういう事?!」

 

「船内がかなり燃えている。星潜者なら五分程度耐えられるだろうが、それ以上は第三層に来れる連中の中でも生き残れるのはピンキリだろう」

 

 マウロとエーレインが見つめた方角から高速で何かが落ちてくるのがようやくマルートとエリザにも見え始めた。

 

 それは全長で200mはあるだろう木造の船だった。

 

 七教会の使う鋼の船とは違い。

 

 正しく大陸でなら使われていそうな代物で造りは帆船のようにも見える。

 

 その内部からは炎が吹き上がっており、甲板にいる二十名弱の黒い鋼の全身鎧(フルプレート)が船の墜落寸前に飛び降りた。

 

 船が地表に激突する振動が大地を揺らし。

 

 その衝撃でバラバラに船体が分解しながら折れ曲がって拉げ、更に大爆発までも引き起こす。

 

「なぁ!? ちょ、爆発したわよ!!? 砲弾にでも引火したの!!?」

 

 さすがにエリザがビクッと身を竦ませた。

 

 マルートは一番安全なマウロの後で既に耳を塞いで口を開けて目を閉じてという万全の体勢で衝撃に備えていたので無傷、ピンピンしている。

 

「あれじゃ生き残りいないんじゃ」

 

「いや、たぶん全員飛び降りたな。生きていた者はという但し書き付きだが」

 

「どういう事? あんなに大きかったのに全身鎧の連中しか乗ってなかったって言うの?」

 

 エーレインが肩を竦めた。

 

「言っただろう? 生きていた者は、だ」

 

「それって……」

 

 エリザが言外の意をようやく理解した時。

 

 彼らのいる原っぱから見える林からガサガサと音をさせて黒い鎧達が次々現われる。

 

 そのもう抜かれている剣身に赤黒い汚れを見付けて。

 

 エリザが「うぁぁ……」という何とも言えない酸っぱいものを食べたような顔をした。

 

「ん? 終わりやしたか?」

 

 危険がようやく去ったかと安堵して立ち上がるマルートが遠目にヤバそうな黒い鎧を目にして「うへぇ……」という顔になる。

 

「そういや、さっき大将何て言いやしたか?」

 

「黒い槌に黄色い華、と」

 

「ええと、これでも結構博識なんですが、確かソレって西部海岸線にある国家の国旗だったような」

 

「何処だ?」

 

 エーレインが物騒な連中を前に己の剣を抜き出して片手に下げた。

 

「珍しい亜人と異種の国の一つですよ。ドワーフと妖精の一種、名前は忘れやしたが、そいつら二種族が共同で運営してるってところで昔一時、身を隠した事がありやして」

 

「それはたぶん……ドズマボルだな」

 

「如何にも鈍重そうな名前ね。で、どうしてそんな国の連中の船が落ちて、完全武装っぽい連中に襲われそうになってるの? というか、よくそんなの覚えてるわね。あんた」

 

 エーレインが答えを導き出し、エリザが仕方なさそうに短剣を二振り手に持つ。

 

「我が国の主要鉱山の出稼ぎ労働者の4割がその国の連中だからだ」

 

「ああ、そういう……」

 

 赤髪の女は常に皇帝の片腕足るべく。

 

 この数年は政治経済の勉強も欠かす事は無かった。

 

 その知識はそれなりに役立っており、各層では様々な国の関係から導き出した反七教会国家の縄張りを渡り歩いてきたのだ。

 

「その国の周囲にある人間国家の大半はドズマボルから鉄鋼関連の商品を輸入していてな。摩擦らしい摩擦は無かったはず……となれば、何かしらの理由から犯罪組織辺りに狙われたと見るのが妥当だな」

 

 二人が会話している間にもジリジリと半包囲するように鎧達が距離を詰めてきていた。

 

 殺気の篭った剣先が四人に向けられる。

 

「目撃者は消すという事ですか……」

 

 マウロが刃の切っ先を上げようとした時。

 

 ドガドガと鎧が拉げる音と共に今まで四人に気を取られていた鎧達の一部が吹き飛んで倒れ伏していく。

 

『このぉおおおおおお!! ボクの船を落とすなんて!! 絶対、君達許さないからね!!』

 

 ブオオオオオオオオオオと何やら角笛らしき音が周囲に轟いた瞬間。

 

 あちこちに展開していた黒鎧達が次々に拉げては吹き飛び。

 

 ベキベキと罅割れた鎧の下から血を噴出す。

 

『牡牛座よ!! 星神(プラネター)の加護に因りて我が眼前の敵を薙ぎ払え【神笛(シュリンクス)】!!』

 

 吹き飛んだ鎧達が今度は周囲に発生した複数の竜巻らしき渦に飲み込まれて舞い上がり、そのまま浮島の外へと運ばれて墜ちていく。

 

 が、それを見ていた四人の傍にも竜巻が複数発生した。

 

「ちょ!?」

 

「む!? この風、【大源(マナ)】どころか【要素(エレメント)】まで巻き込んで?!」

 

 エーレインが驚きながらもエリザとマルートの首根っこを掴んで回避する。

 

『行っけえええええええええええええええ!!!』

 

 どうやら森の中から攻撃しているらしき主は四人の事がよく見えていないらしい。

 

「マウロ殿!! こちらは任せて、あちらを!!」

 

「了解した!!」

 

 即座に動いた白騎士が高速で森の中の相手へと突き進んでいく。

 

 それを敵と勘違いしたか。

 

 次々に竜巻が彼の四方八方から押し寄せるが、その全てが一太刀の下に斬り伏せられ、その渦を解かれていく。

 

『な?! 僕の術を無効化した?! そんなッ!? 神殺しなんて高尚な武装君達が持ってるはずな―――ッ』

 

 マウロの剣が高速で納刀され、そのまま鞘を付けたまま投擲された。

 

 森の奥へと一直線に矢の如く向かったソレの響かせる音か。

 

 バガンッと何か金属を凹ませる音と共に今まで喋っていた何者かが息を強制的に吐き出させられて、崩れ落ちる。

 

 それと同時に竜巻の全てが微風となって消え去り。

 

 後には遠方でパチパチと爆ぜる船の残骸の音だけが響いた。

 

「や、やったのか? 大将!!」

 

 マルートの声にマウロが首を横に振る。

 

「気絶させただけです。得物を破壊しましたが、その内に目が覚めるでしょう」

 

「で……どうするのよ? 何か巻き込まれてない? アタシ達」

 

 エリザがエーレインの腕から脱して、襟元を直した後、溜息を吐く。

 

「とりあえず、事情を聞いてからだろう。陛下も言っている。全ては知ってからだと」

 

「……ま、それはともかく逃げない? そろそろ七教会が来る頃でしょ」

 

「マウロ殿。その倒した者を運ぶのはそちらに任せても?」

 

「ええ、構いません。今、回収します」

 

 四人が人違いでザックリ自分達を殺そうとした何者かを連れ、その場を離れてから数分後。

 

 急行した七教会の治安維持部隊の精鋭達が見たのは燃える船の残骸と複数の者が争った痕。

 

 ただちに緊急探索が掛けられた地域に重傷者は見付かる事なく。

 

 多くの疑問を残しながらも事件は闇へと沈んでいった。

 

 結局、マウロ御一行様が翌日に街から船で脱出した時。

 

 その傍らには仕方なく簀巻きで荷物に詰められた五人目の姿があるのだった。

 

 *

 

―――キラキラキラキラお星様。

 

―――ギラギラギラギラお月様。

 

―――今日は歩いて行きましょう。

 

―――明日は馬車でも良いでしょう。

 

―――昨日は走って行ったよね。

 

―――あなたと一緒に往くならば。

 

―――怖い道行き何のその。

 

 冷たい床の感触。

 

 今まで聞こえていたはずの声は消え。

 

 彼女は目を覚ます。

 

「あれ……ピアリはどうしたんでしょう?」

 

 パチリの睫も長い瞼が開き。

 

 桃色髪の少女はふと自分の足が太い鋼鉄の輪を嵌められて、鎖に繋がれているのを見付けた。

 

「さっきまでイルトさん達とお買い物してたような?」

 

「あ、目が覚めたみたいだよぅ」

 

 周囲はツルリとした瑪瑙(めのう)を削り出したような石壁。

 

 鎖は床に転がる大きな鉄球に繋がれている。

 

 声がしたのは格子の先からだった。

 

 白衣姿の少女。

 

 ツナギを来て、瓶底眼鏡で野暮ったい。

 

 そんな彼女の口から言葉が発されていた。

 

「どなたですか?」

 

「ぅう~ん。さすがイクスピアリ・アン・レゼ。堪えてないよねぇ。さすがに」

 

「???」

 

「あ、こっちの話だからいいんだよぅ。気にしなくても……帰りたくなったら、その扉から出てねぇ」

 

 白衣の少女が格子の横にある小さな扉を指差す。

 

「初めまして。ピアリはイクスピアリって言います」

 

「僕はフルー。フルー・バレッサって呼んで」

 

「あ、はい。フルーさんですね。分かりました。ピアリ、此処から出られるんですか?」

 

「うん。出るのは自由だよぅ。だけど、出る時はコレで出てねぇ」

 

 格子の間からガランと大きな鋼鉄の塊が、斧が投げ入れられる。

 

「これってオノですか?」

 

「そうだよぅ。鉄球は重くて動かせないから。鎖が邪魔だったらソレで抜けて。あ、僕はこれからちょっと実験があるからコレで。ごはんは一日三回出るから、君がお婆ちゃんになる前に迎えが来ればいいねぇ♪」

 

 そう言って。

 

 白衣の少女は牢屋の先にある通路を去っていく。

 

「ぁ……行っちゃいました」

 

 ポカンとしていたピアリがオノを見て重そうにしながらも傍らまで引き寄せる。

 

「コレで切れるんでしょうか? せーの、えい!!」

 

 振り下ろされたオノが一瞬で弾かれ。

 

 壁まで吹っ飛んでからガランガランと床に落ちて音を立てる。

 

「び、びっくりしました!? イルトさんやイフィーさん今頃どうしてるんでしょうか? ピアリがいなくて寂しくて泣いてたりするかも……早く出ないとイルトさんにプレゼントしてもらえません!! もう一回……」

 

 少女はオノを取る。

 

 そして、同じように何度でも何度でも鎖へと振り下ろし始めた。

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