七教会特別報告「001」
七教会特別報告「001」
圧倒的だった。
たった一撃。
たった一撃で決着がついた。
何の話か?
そんな事は解りきっている。
七聖女ソィラ・ミクラ様についての話だ。
その日、僕と彼は二人で銀行にいた。
小遣いを引き出す為だった。
外は蒸し暑くてやっていられないと彼は僕に付いてきて、涼しい涼しいと言いながら氷菓(アイス)を齧っては外の暑さに辟易して太陽を睨んでいた。
二人で一緒に隣の都市へと冒険に出かけよう。
そんな他愛無い夏休みの計画。
僕と彼はそれを楽しみにしていたのさ。
そうして運命に出会った。
大袈裟な奴だと笑われるかもしれない。
けれど、それはやってきた。
大きな皮製の鞄を持った男。
突然響く激音。
身動き出来なくなる体と未だに何が起こったか理解しない頭。
何だ。
何が起きたんだ?
そんな事を誰が言うわけもなく。
平然と銀行強盗が発生。
信じられなかったよ。
だって、其処は大陸中央諸国の中心地。
アルヴィッツでの出来事だったんだから。
後で分かった事だけどテロ組織が資金難に困って起こしたのだとか。
まぁ、それはいい。
そんな些細な事はどうでもいい。
それよりも大事なのは此処で僕と彼が馬鹿な事を同時に考え付いたって事だ。
彼と僕は幼馴染。
しかも、学校ではどちらも魔導と剣の扱いに掛けては一番。
大人にだって負けないと自負していただけの事はあって、痴漢とか変質者を捕まえた事だってある。
大事なのはそんな、ちょっと大人を舐めた子供が大きな勘違いを犯したって事だ。
彼はいつもお守りに持っている剣を具現化する魔導を封じ込めた符を握っていて、僕は魔導がいつでも展開して撃てるように懐のいつも持ち歩いている積層魔力の水晶を握りしめていた。
彼はカウンターに意識と銃が向いている男を殴り倒そうとゆっくりと背後に回り、僕は人が視界に入らず一直線に魔導がブチ当たるよう位置を変えた。
最初に仕掛けたのは彼だった。
興奮して正気を失っていた。
きっと自分達なら大丈夫なんてありもしない幻想を信じ切っていた。
逃げるのが普通であるにもかかわらず勘違いした子供。
それが僕と彼だった。
彼が頭を思いっきりぶっ叩いた次の瞬間には男に向けて僕は雷撃の魔導を放っていた。男の銃の引き金が引かれないように腕を狙った魔導は狙い違わず腕と体の神経をマヒさせて自由を奪った。
男は頭と腕に受けた攻撃に対してまったくの無防備ですぐに倒れ込んだ。
それを見て僕と彼はアイコンタクトで「やったな相棒」とか、そんな演劇染みた馬鹿な合図をしてしまった。
それを最後に僕と彼の意識は途切れた。
僕が目を覚ませば、そこはもう夜で、男達が金をカウンターに運び出しているところだった。ズキズキと痛む体と真っ赤になったメガネ。
血に濡れたメガネ越しに彼がグッタリしている様子を見て、僕は自分の馬鹿さ加減に思わず唇の端を曲げた。
最初から複数。
最初の一人がやられた場合に即座に潜伏していた仲間が動く。
そして、最初の一人をやったのは僕と彼だった。
まさか子供にやられるとは思っていなかっただろう男達はきっと慌てたに違いない。
男達は大勢の人質を取って籠城するなんて自殺行為と分かっていたはずだ。
それなのにまだ銀行にいる。
つまり、もう逃げられない状況にまで追い詰められている。
最悪だった。
最低だった。
彼はグッタリしていた。
僕はグッタリしていた。
何が学校で一番の人間か。僕と彼は自惚れていた浅はかな子供だった。
僕が目を覚ました事を見つけた男の一人が僕の顔を蹴り飛ばした。
痛くて痛くてどうしようかと、このまま死んでしまうのかと僕は絶望した。
「止めろ!!」
彼が目を覚まして僕に向かって叫んでいた。
彼が泣いているところを初めて見た。
ガキ大将でどうしようもなく時代に逆行しているとしか思えないぐらい馬鹿で愉快で強くて何にもへこたれない彼が泣いていた。
すぐに彼も男の一人に顔を蹴り飛ばされた。
けれども、彼は僕が蹴られる度に止めろ止めろと騒いだ。
男達は顔を見合せて僕と彼の顔に銃を向けた。
彼と僕の顔の横の床に大きな孔が開いて、鼓膜が破れたんじゃないかと心配するような静寂の中で、互いの顔を見つめていた。
ああ、これで終わりなのか。
僕と彼の短い人生は終わりなのか。
僕はお父さんとお母さんとお姉ちゃんに心の中でさよならしていた。
けれど、彼は僕とは対照的で男達を思いきり罵倒していた。
良く見れば涙で顔はグチャグチャだし、顔は腫れ上がっているいるし、股間からは宝の地図が広がっていて情けない事この上ない状況だし、もう見た目上は何一つカッコイイところなんてないのに、彼は正しく英雄のようだった。
きっと、見方を変えれば負け犬の遠吠えとか。
馬鹿な子供の戯言だとか。
自分が英雄に成れる勘違いしちゃったイタイ奴。
けれど、彼は英雄のようだった。
そんな彼に庇われた事を僕は誇りに思ったし、死ぬとしても、本当に死んでしまうとしても、その彼が庇ってくれた事だけは絶対誰にもケチは付けさせないと心に思った。
ついにキレたらしき男達が銃を血走った目で彼と庇われている僕に向けて、瞳を閉じた。
神様には祈った事が無かったけれど、その時ばかりは神様に祈った。
どうか、彼を助けてくださいと。
もしも、助けられないなら僕と彼以外に誰も傷つきませんようにと。
そうして、銃の発砲音が聞こえて、僕は無限とも思える時間、ずっとずっと何も考えられずにいた。
何の音か解らない。
けれども、何かが壊れる音がして。
僕が恐る恐る目を開けると男達が壁の方を見ていた。
コンクリートの内壁の周囲がモヤモヤと粉塵に覆われていた。
彼と僕はそこで運命に出会った。
その粉塵の中から何でもない風にツカツカと歩いてくる人に出会った。
煙の中から出てきたその人はまるで何処かのグータラなおっさんがしているような紺色のダボダボなズボンと万人が万人ハシタナイと思うだろう白いタンクトップ一枚の姿で、しかも女性なのに大きな胸の上に何もつけている様子もなくて、ちょっとこれで外に出るのはどうなんだろうと思ってしまう姿の……とにかく……何というかエロ―――素敵な人だった。
でも、その理想的なプロポーションとか挑発的に釣り上がった目元とか銀の短髪とか微妙にやる気のなさそうな表情とか、色んな要素を加味してみると少し愛嬌があって親しみやすいかもしれなかった。
そんな、ちょっと……いや、かなり変わった女性が銀行強盗の前に堂々と進み出ている異常事態に僕は少しだけ理性の戻った頭で「誰?」と思ったけれどすぐに何処かで見た顔だと気付いた。
「人がせっかくロイヤルスイートで戦いの後の疲れを癒してるっつーのに馬鹿な事したのはアンタ達?」
ザワリと馬鹿という言葉に反応した男達はすぐ彼女に銃を向けた。
「アンタ達のせいでね。副官から『ちょっと出てください』とか通信が来たのよ? 分かってる? ねぇ、解ってる? あたしはね。今物凄く眠いわけよ。そして、不機嫌なわけよ。それでどうしようもなく寝たいわけよ。でも、通信を無視したら後でちょっと怖いわけよ。だって、あたしのやるはずの雑務引き受けてるウチの副官て六人目だから。それであたしが断ったら後で書類とか書かされるわけよ。自分で言ってて鬱だわ」
言いたい放題な女性は左を見て彼の事を一秒、右を見て僕の事を一秒、少しだけ思案してからポツリと言った。
「じゃ、関節とか腕の神経とか声帯とか、諸々壊れると思うけど、後で病院で高額医療受けられるようにしておくから、人生やり直したかったら払っといて」
彼女が何気なく腕を上に上げてパチンと指を弾いた。
バツンと鈍い音が一斉にカウンターの内外から弾けて、男達が崩れ落ちた。
同時に男達が持っていた銃がバラバラに砕け散った。
男達の声にならない声が静寂を少しだけ揺らして、僕と彼は固まったまま彼女を見上げていた。
「ほら、立ちなさい。男の子なんだからアンタ達」
他の人質になっていた行員とか一般人とかには目もくれず彼女は……聖女ソィラ・ミクラ様は僕達に促した。
僕と彼はまるで何かに操られるように痛む体を立ち上がらせて。
いつの間にか縄が滑り落ちて音を立てて。
「まったく可愛い顔が台無しよ」
近づいて行った僕と彼の血で濡れた顔を指で拭ってソィラ様が微笑んだ時。
思ったんだ。
何を、なんて野暮な事を聞くのは無しにしてくれよ。
だって、僕らは子どもだったんだから。
「偉いわよアンタ達。でも、危険な事したら家族が心配するって解ってた?」
何も言えずに俯いてしまいそうな僕と彼の頭をソィラ様は撫でた。
その手は女性のものなのに何処か無骨で、でも……涙がまた零れそうになる程優しくて、僕と彼は涙なんて恥ずかしいと唇を引き結んだ。
「説教しなくても解るわよね? アンタ達がした事の意味。アンタ達が人質の中でもとりわけ危険な場所にいたからあいつらも手を出しあぐねてた。それでこの事件が長引いた。それは事実。だから、しっかり受け止めなさい」
壁の外をちょいちょいと人差し指で差されて外を見る。
完全防備の高格外套の列がそこにいた。
頷くしかない僕と彼にソィラ様は「よしっ」とガシガシ頭を掻き叩いて。
「じゃ、二人の小さな勇者にはアタシからとっておきのご褒美をあげるわよ。来なさい」
片腕に僕と彼はそれぞれ抱えられて開けられた大きな穴を潜って外に出た。
外には報道のカメラと大勢の見物人と無数のライト。
それを無視してソィラ様は空へと跳んだ。
風圧で息が苦しくなり、目を閉じ我慢して数秒。
「いいわよ。目開けても」
「「―――――――」」
涼風が吹き抜けて顔の傷の痛みを静めて。
街の明かりを下にして、そのあまりの美しさに二人で息を呑んだ。
「街の平和を少なからず守ったなら、その価値を知らないってのは惜しいでしょ。これは当然の報酬。どうよ?」
偉そうに、実際物凄く偉いソィラ様が胸を逸らして。
「綺麗……です」
彼はいつもとは違って少し丁寧に。
「うん」
僕はいつもとは違って少し乱雑に。
「ふふ、この頃のガキはひねてるってよく言うけど素直でよろしい。それじゃ、家族もそろそろ心配してるだろうし、あたしも眠いし、帰るわよ」
ウィンク一つ。
その女神のような人に僕達は頷く事しか出来なかった。
そんな運命に……人生を掛けるべき人に僕と彼は出会ったんだ。
これが僕と彼が七教会に入った理由。
ソィラ様の事務担当官と師団の連隊長になった何て事ない経緯さ。