え?
最初に会った時の印象、ですか。
まぁ、そうですね。
強いて言うなら―――
七教会特別報告「002」
―――初めて会った時は失望した。
「うん? ツルぴか……誰、その子?」
次にあった時は驚きに震えた。
「これ? 欲しいならあげよっか。要らない?」
三度目に会った時は……もう虜になっていた。
「一緒にやろう。その方が楽しいよぅ。ね~」
その笑顔を見た時からもう心を奪われていたのだ。
「エライエライ。君ってホントに凄いよ。お世辞じゃなくて。僕いつか追い抜かれちゃうかもしれないねぇ」
頭を撫でてくれるその手が嬉しくて。
しかし、少し男として不満で、素直に成れなかった。
「ツルぴか~~ルイスに制服作ってあげて。これからは僕の下に居てもらわなきゃならないから。徒弟制度は大成功だよぅ♪」
悪戯好きの初恋の人は弟に構うように優しかった。
それがそのまま居場所であるのは不満だったが、それでも嬉しかった事に嘘は無い。
「あ、ふふふふ、これ欲しいの?」
甘過ぎるコーヒーの研究に一日中没頭出来る彼女との一日は酷く甘く長く。
しかし、刹那にも思えて。
「むぅ~~いつの間に僕より大っきくなったの? これこそ人類の神秘ってやつだよぅ」
不満そうに……でも、成長に喜びを持って、的外れな言葉は日常となった。
「ラクチンラクチン。はぁ~~~極楽だね~~~」
共に入った湯の中。
いつの間にか小さくなった彼女が腕の中にいた。
「それにしてもホント温泉って和むよぅ。ツルぴかも遠慮なんかしないで入れば良かったのに……」
不満そうな彼女の顔。
禿頭の男の顔が浮び、それは可哀想だと思った。
そんな事をすれば……恐ろしい事となるに決まっている。
それを考えるならば、彼は自分の様な特別な関係である事はまさしく僥倖と言わざるを得ないと思った。
受け止めてくれているからこその同伴許可だろう、と。
「本当。こうやって入るなんていつ以来だろうねぇ~」
ふぃ~~と和む猫みたいな声。
「そうですね。僕もそう思います。昔みたいな関係じゃ、一緒に入ってもこんなに近くには居られなかった」
「そうだね。僕も嬉しいよ。こんな風にルイスとお風呂なんて」
その言葉に感動以外の感情がない。
ただ、本当に愛しくて彼は彼女を抱きしめた。
「もぅ。甘えん坊だよね。ルイスって」
もはや……頭の中には湯気以外の熱だけがあった。
「息子を持つ“お母さん”って、こんなに良いものだったんだね♪」
でも、とてもとても……良い笑顔で彼女は彼に……そう言ったのだ。
――――――。
(うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ)
ゼィゼィと彼の気管が鳴る。
悪夢だ。
悪夢を見てしまった。
彼にとっては何回目になるのか分りはしない。
週に一日は同じ夢だ。
見れば窓の外には夕焼けにも見える朝焼けが徐々に昇り始めたばかり。
部屋の中を見渡せば、報告書の山。
インタビューされる夢という新しい切り口ではあったが、逆に客観視されるだけ痛々しい。
「うぅ、うぅぅぅぅ」
整理整頓と掃除が行き届いた彼の部屋。
だが、あの頃とは違う部屋。
控えめなノックの音がした。ドアの方へと向き直る。
「ルイス様。起きていらっしゃいますか?」
「……もう少し寝かせろ」
すぐにドア越しの声が問題を告げてくる。
どうやら鋼材の精製手順に狂いが生じたらしい。
「……すぐ行く」
彼は溜息一つ。
寝巻きを脱いで洗面所へ。
髭を剃り、更にシャワーを浴びる。
二分にも満たない時間が心地よく。
すぐにベッドへの誘惑に駆られたが、何とか私服へと着替える。
鏡を見て確認。
服良し、顔良し、髪良し。
「……とりあえず状況は?」
彼は確認し終えてからドアを開けた。
そこには真面目そうな女性の顔。
秘書官というのはどうにも堅苦しい。
その顔には表情も無く。
あくまで仕事上の知性のみが浮んでいる。
サンダルで歩きながら幾度か情報を確認して。
彼はふとその情報で気になった箇所を指摘する。
ハッとした様子で女性は頭を下げて歩き出した。
その後姿を見ながら彼ルイスは研究室へと向かう。
魔導での通信は禁じられている。
全ての情報は紙媒体と人と科学によって伝達される仕組みは非効率的だが諜報としては普通だろう。
彼が外を見れば、其処には大き白亜の建物の上に看板が掛かっている。
『武装兵科技術開発局』
後方に高々と聳える巨大な石碑。
そこは言ってしまえば人殺しの道具を研究する場所だ。
総敷地面積2平方kmの広大な施設の周りには多くの警備が常駐している。
中から見える広大な平野の中で休み無く煙を吐き出す工場群。
緩やかに立ち上る煙はこの地域の象徴であり、家庭から出る暖炉の煙とはまた違った風情がある。
そのまま研究室まで一直線に進めば。
真白い廊下に朝日が反射して眩しい。
さすがに朝方なだけあって誰もいない。
そもそも研究者というのはそういうものだ。
彼の師匠に当たるだろう夢の人だってそうだろう。
いつも朝には弱く寝ぼけているのもしょっちゅうだった。
思考がポロポロと頭の中から零れ落ちていくような錯覚。
「……眠い……」
肩まで伸ばした茶髪。
ジーパンにくすんだTシャツ。
野暮ったい白衣。
サンダル。
冴えない顔は少し痩せぎす。
彼の名はルイス・ローブリング。
一応【武装兵科技術開発局】所長にして、聖女フルー・バレッサが敷いた徒弟制度犠牲者の一人。
「あなたの抜けた穴……埋めますよ……きっと……」
そして、ザックリ言えば、七聖女に人生を狂わせられた彼女の“子供達”の一人でもあった。
まぁ、それはいい。
別に恨んでいるわけではないのだ。
彼ももういい加減良い歳だ。
この数か月というもの。
新規師団の再編成やら。
フルー・バレッサ。
彼の師匠の不在を埋める為に馬車馬の如く働いているが、常識的な範疇でやっている。
七教会の超人変人大集合連中とは違って。
彼は常人秀才努力の人である。
ついでに常識に鈍いが非常識ではない。
だから、まぁまぁ七聖女のダメなところを指摘するし、周辺連中に引きずられる事もない。
砕けた果実を見て、ジュースにするか。
砕けた果実を見て、何故か惑星の破壊方法を思いつくか。
これくらいの差が他の高弟達と彼ルイスの間にはある。
それよりも問題なのは彼が何故か。
バルガ・レオノトルテによって師団の新規作成を新兵科込み込みで任されている事だ。
現在、師団を持っていなかったソィラ・ミクラにすら高価な師団が付いた。
それも新兵科。
マディクト・ナシエの置き土産。
彼が依頼されて造った「ソィラ様専用師団」である。
中身はフルーが今まで“やれるけどやらなかったやつ”の全部載せ。
ついでに七教会がザックリ、【聖杯委員会(ペルスヴァル)】という組織から禁止されそうなものをしこたまブチ込んだ武装の補助、オマケ機能まで付いている。
まぁ、実質的に彼の“趣味”と現在の七教会が必要とする七聖女の帰還という重大事を解決する為の師団はぶっちゃけ、「ソィラ様発掘師団」と当の師団の者達からは言われていた。
北部三国への極秘潜入発掘調査の為、持たせられた特化能力は今までの甲型乙型の特化武装に加えても問題無いくらいには“問題な代物”だ。
超隠密性能。
そして、超観測能力、超高速知覚能力、分析評価用の電算機能の特化型高格外套。
巷には出回っていない七教会の秘匿技術とフルーが個人的にしか運用していなかった技術の合わせ技が可能とするのは……究極の破壊行為を可能とする超越者達すら知覚不能の“存在しない戦力”という代物。
ソィラ・ミクラの【破壊者(ワンダリカ)】を極限まで研ぎ澄ます為だけの戦闘指揮、情報共有、分析解析能力に長けた超人達が全力で七聖女のサポートをするのである。
聖女の世界からの排除は能力に対する宇宙の免疫反応のようなものだ。
だから、ヤバい存在抹消レベルの破壊を原子崩壊程度にまで抑えながら、微細に必要な分だけの破壊を聖女に選択してもらう為、観測した情報をまず師団構成員達が分類する作業を行う。
これがほぼ主観の超加速によって0.0001秒以下で数千億回以上繰り返せる上、事象、物体の破壊レベル分類まで行えるのだ。
それらの情報を同じく主観を加速したソィラが光速にも等しい速度で処理する。
これは元々が人間レベルだった聖女の知覚解析処理能力を一気に神格や機械のレベルまで引き上げる行為。
それが行き着く力は神格だろうが聖女だろうが逃れられないだろう破滅を齎す。
彼らの知覚を掻い潜れない限り、過去、現在のおいて逃れられない破壊が敵に与えられるのだ。
その打撃能力は現在のソィラが行う歴史の改竄すらも陳腐に思えるような精密細緻の代物となるだろう。
この段に至ってしまった奇跡をどうにかするとなれば、それはもう宇宙規模の能力戦となる。
つまり、宇宙内部に存在の根源が無い外なる神や宇宙そのものと同等たる魔王のような階梯の存在でない限り、“戦う事すら出来ない”に違いない。
(ま、ソィラ様が発掘されるという前提で歴史が破壊されずに残ってれば。そして、未来から都合の良い“破壊”が師団を守っていれば、そうなる可能性は高い、という程度の話だが……)
聖女達の頂点存在との制約など彼は無視したし、それを守ろうとも思わなかった。
七教会の危機とはもはや人類の危機。
彼は存亡を前にして馬鹿みたいに指を咥えているような性格ではない。
「ルイス様、本日、大陸中央諸国の議会から技術審議官の方々がお見えになる事はお伝えしておいたと思われますが、その……お召し物をこちらで用意―――」
「しなくていい。連中の言いたい事はもう予測し終えてる。そして、答えも決まってる。答えはNOだ」
「……銀獅子陛下肝入りの方々ですよ?」
「あの老人を禿先生が嫌ってたのは知ってるだろう」
「マディクト様の事ですか?」
「老人同士の確執にオレは興味なんてない。そして、合理的で理屈も通ってるお願い程に聴いてやる義理なんて無い。此処はオレの城だ。誰にも文句は言わせない。それがフルー様であろうとも、だ」
「………分かりました。先方にはキャンセルの旨を」
「それでいい。オレはこれから日課の麺麭作りだ。仕事は昨日終わらせた分が、もう机の上にある」
「了解しました……フルー様へのお見舞いは如何しますか?」
「しなくていい。それを望む人でもないだろう。オレはオレの役目を全うする。オレが己に課した使命をな……」
ルイス・ローブリングは、フルー・バレッサの高弟達の中でマディクト以外で唯一、彼女から“もしもの時の準備”を託された男は……白い通路の中、サンダルをペタペタさせながら歩いていく。
誰よりも愛する女の意思を継いだ男は一人バルガ・レオノトルテにより注文された武装の能力に付いて考えつつ。
1200師団にも及ぶ人的資源達をこれから来るだろう戦乱の中でも生き残らせる為、構想を脳裏で練り始めた。
いつだとて、決して妥協しない“天災”を追い掛けるように……。