七教会特別報告「003」
―――大陸標準時00:11第45探査星系外延。
『本日の業務は終了致しました』
まるで何処かの不親切な役所の受付みたいな看板がその部屋の扉には下がっていた。
しがない私のような下っ端が開けるのは不遜に過ぎる部屋の扉は固く閉ざれているように見えて、実は鍵も掛かっていない。
外宙碩学師団。
七教会の深遠なる宇宙探査船団。
その帰ってきたらもうお爺ちゃんになっていると揶揄されたエリートコースな職場に勤めていようとも、それは変わらない事実だ。
鋼色の通路の左右には誰もいない。
其処だけ木製の扉という極めて【宙域航行艦(スペトゥム・アパラトゥス)】には似つかわしくない様子なのだが、これで周囲に人気も無いのだから、普通の感性なら此処は魔境か封鎖された曰く付きの区画かと思うのが常識だろう。
まぁ、単純に乗組員達が気を使っているだけ、なのだとしても。
「メルフ様~メルフ様~そろそろお仕事のお時間ですよ~」
扉を少し強めに叩く。
同じ文言と動作を三回行ってから断って内部へと入れば。
今日も師団の主は無重力地帯の虚空でスヤスヤ丸まりながら白いダボダボな寝巻き姿でフヨフヨ浮かびつつ、眠っていた。
お傍まで行って、肩を優しく揺する事三回。
ようやく目を開けられた師団統括者。
七聖女メルフ・グラネッタ様がモゾモゾし始め。
ダルそうにこちらを見つめた。
目がしょぼしょぼしている。
「もう朝?」
「いえ、お昼です。十二時間六十五分の休憩ご苦労様でした」
「……ぅん。お仕事……もう予定の場所に着いたの?」
「はい。既に全師団隊員配置に付いております」
「そぅ。今、行くから」
フヨフヨと寝巻き姿のまま。
メルフ様と共に通路へと出た。
七教会の工業力と技術の精粋たる艦内部を漂う事2分弱。
殆ど空調の風に流されるようにして辿り着いたメインブリッジ。
艦長席の後の扉から入室すれば、こちらに全てのクルーが一糸乱れぬ統率で敬礼してくる。
周辺には魔術で小窓が無数に開いており、艦内の全クルーの敬礼姿が中継されていた。
「みんな、おはひょう」
『おはようございます。メルフ様』
声は控えめに唱和する。
己の主に寝起きで大声を聞かせないようにとの配慮だ。
「今日も頑張ってイコー」
やる気無さげながらも腕をゆっくりと上げた主に感動を禁じえないクルーは多かった。
『ああ、まさか!? 腕を振り上げて下さるなんて!?』
『そ、そんな掛け声まで!? 畏れ多い事です!!』
『ああ、そんなに動かれて大丈夫なのですか!?』
心配する者も多数。
そんな中で寝起きで僅かに笑みを作ったメルフ様が片手を艦長席のコンソールに置く。
「じゃあ、行こっか」
その言葉と同時に艦隊前方には空間の歪みが発生し、リングのように広がって一瞬で艦隊を通り抜けた。
そして、誰もがいつもの事ながら「オオ!?」と声を洩らす。
目の前にはもう蒼く耀く二連星の星があった。
『初期観測完了しました。映像出ます』
『現地生物を確認』
『知的水準にはなく。微生物の分類になると思われます』
『大気組成は窒素水素、炭素が主なようですが、酸素も一割程あるかと』
『地殻に埋蔵されている金属原子はどうやら現在本星で発見されていないもののようです』
次々に専門家が聞いたなら未知のオンパレードに目を丸くして小躍りしそうな観測結果が報告される。
しかし、それに動じる主でもないのは誰にも分かっている。
「接収して構わなそう?」
その問いに艦隊の各部門トップの顔が艦長席に小窓の映像で映し出された。
『今回は恒星と共に接収するべきかと。生態系の保存を進言致します』
『金属原子に付いては即座の回収と解析を。本星への移送をよろしくお願い致します』
『地表の原生生物と植物のサンプルを可能な限り種類毎に回収し、分子組成の詳しいところを探らせて頂けないでしょうか?』
『資源惑星としても居住可能惑星としてもかなりの好物件かと見受けます』
あちこちから飛んでくる声を聞いているのかいないのか。
頷かれたメルフ様が片手を上げようとした時だった。
「第三緊急警報!!」
「ふぇ?」
ブリッジのオペレーター達の一人の声と同時に全クルーに対して小窓がすぐ傍へ開き。
緊急事態の情報が開示される。
「惑星D32-0012周辺から本艦へ衝突コースと思われる直系300m級の隕石群を発見!! 続いて、連星であるサイズの小さい0012-2が公転軌道を外れ―――ほ、本艦に向かって接近中!! 繰り返す!! 本艦に向かって接近中!! 解析班はただちに原因を探れ!!」
見れば、二連星の小さな方の蒼い星がこちらにも分かる程ながらもゆっくりと動いているのが分かった。
ただの惑星、ではない。
それは確定的だろうが、星が本来の軌道を離れて突撃してくる、なんて非常識を前に慌てる部下達を尻目にメルフ様はいつも通り。
「……ん~これって生き物?」
「は?」
思わず聞き返すと。
肩が竦められていた。
「今ちょっと同化してみたら、未知の金属元素って言うのが何か凄く……離れたくないって感じの波動? 気分してたから」
その言葉を拾った各部門のトップ達が一瞬絶句するも、すぐに動き出した。
『今のメルフ様の情報からしてこちらの解析と情報を探られた?』
『未知の情報走査方法を相手側の存在が持っている可能性を考慮に』
『離れたくないというのが星と星の関係ならば、それに対して持ち得る我々の最大の切り札は……』
『高格外套340機の展開を承認。続いて対宙域防御。面制圧用の大魔導方陣の多重展開許可を』
「メルフ様、如何しますか?」
準備は万端。
そうと決まれば、星すら砕くだろう精鋭達を前に眠そうな欠伸がゆっくりと齎され。
「……じゃあ、みんな一緒に接収してあげれば」
『―――その手があったか!!?』
部門トップの生物学博士が大きく拳を握る。
『金属原子の生命体がもしも此処を離れたくないという感情のようなものを持っているのだとしたら、その場所の定義は極めて広く。星系そのものである可能性もある。ならば、それそのものを我々が接収し、位置関係を保全するなら!!』
ざわつく小窓の先から諸々の規模の大きさに目を見張る者多数。
オペレート可能なのかどうかという検証を始める旨の声が響く。
が、メルフ様がヒラヒラと何やら手を振って、その場を治めた。
「フルーから貰った“入れ物”って後、幾つ残ってたっけ?」
それに備品の管理を司る男がすぐに答えを返す。
「残り十三です。この星系においては恒星以外12の惑星が存在しており、全て収容する事は可能ですが」
「そう……じゃ、接収したら戻ろう」
それに異を唱える者はいない。
本来の計画から変更とはなるが、それを気にする必要すら無い。
何故なら此処にはメルフ・グラネッタ。
深遠なる宇宙を前にしてすら、如何なる超新星爆発、ブラックホールを前にしてすら、欠伸をしつつのんびりとお茶を嗜む聖女様がいるのだから。
「出るね」
短く行って。
艦長席を立ったメルフ様がそのままの姿で掻き消えた。
するとすぐに艦隊前方の虚空が光学映像でズームされる。
其処には十三の鋼の球を背後に浮かべ、まるで日輪の如く背負い、突撃してくる星という尋常の範囲にない暴威を前にして今だ眠そうな顔をする方がいた。
『同化開始……』
その声と同時。
観測班から齎される星系内のリアルタイムの情報。
光速を超えて情報を取得するこちらの情報網が捉えた映像が次々に飛び込んでくる。
蒼、赤、黄色、緑、褐色、その他etc。
十三の星が全て。
そう全て、背後に迫る星より巨大な穴……鋼の色をした穴に向かって落下しつつあった。
ズームされたメルフ様の背後の鋼の球もまたその巨大な穴と連動して内部を曝している。
その曝された場所の前に開く虚空には其々の星の耀きが存在する。
スケールが縮小されてこそいたが……惑星を今内部に収めようとするフルー・バレッサ様謹製の“入れ物”が惑星の背後に現われた穴の正体。
次々に音が響いてきそうな壮大に過ぎる大捕り物が終わっていく。
星が穴に落ち込み。
鋼の球の入り口が閉じられていく。
恒星すらも例外なく。
目の前に存在していた接近中の星すらもだ。
そうして、巨大な穴が消えれば……数分後に残っているのは単なる何も無い……いや、何も無くなった星系の跡地だけとなった。
急激に恒星が失われた事で周辺宙域に浮かんでいた小惑星体や岩塊の群れが荒れ狂うようにして乱舞し始め。
その超高速でぶつかる隕石達の灼熱する様子はまるで火花が星系を包むかのような幻想的光景を生み出していた。
「帰ろっか。進路ファルティオーナ……フルーに連絡して。お仕事終わったって」
淡々とまた眠そうな顔になったメルフ様がいつの間にか艦長席に戻っていた。
鋼の球体は既に物資管理区画の倉庫内へと安置されたらしい。
「何かお食べになりますか?」
「ぅん……疲れたから、いつもの湯で麦持ってきてくれる?」
「畏まりました」
座席の背もたれに背を預けながら、もう瞳を閉じた主は静かに寝息を立て始めて……その様子を見ていた全ての者達がきっと同じ感想を抱いた事だろう。
この寝顔を護りたい。
ああ、それはそうだろうと誰もが納得するはずだ。
戦乱に沈み。
安寧なく彷徨っていた自分達を救い上げ。
眠れるようにしてくれた。
此処にいる全員がそれを経験したのだ。
夢に己を求め続けながらも、決して他者を見捨てる事なく。
深い眠りの縁で彼らを見守り続けた女神の存在を。
だから、いつだってメルフ様の為に命を張ろう。
午睡みの聖女の平穏を守護するのは我々しかいないのだから。
「御休みなさいませ。メルフ様……」
食事は結局、十二時間後。
けれども、しっかりと湯で麦は温かいままに出す事が出来た。
今日も私はしがない下っ端として寝顔を見守る仕事に、この師団の誰もが羨む仕事に、至福の感情を覚えたのだった。