第二十九節「空狂落下」
―――第三層【緑園の空】七教会第一支部。
アンデリット陸軍ゴードン・ゴーガン大佐。
現在、七教会の特務と名の付く役職の女に徴発された彼と彼の部下達は一路。
虚空を進む空飛ぶ船。
全長800m級と言う巨大な軍艦。
いや、どちらかと言えば、空中浮遊人工島と呼ぶべき代物の上で野宿ならぬ空宿していた。
七教会が持つ天蓋青星内でも最大級の移動拠点。
【高島(アルティトゥード・ナヴィス)】
第一支部を構成するのは七教会でも数隻しかない文字通りに空の上を動く島なのだ。
動植物は無いし、艦の周囲には手摺が申し訳程度に付いているだけだが、周囲に展開された魔導による天候操作によって極めて長閑な空間が周辺空域には広がっている。
第三層に浮いてから一度も傾斜した事が無い。
というのが……この艦の誇りであるという。
何故にそんな場所で艦内ではなく甲板で野営しているのか。
無論、艦長以下全ての人々はどうぞどうぞとアンデリット陸軍に艦内設備の使用許可を出したし、普通に一人一部屋くらい楽勝で用意してくれたのだが、顔に傷持つ陸軍下士官からの叩き上げ部隊長はそれらの歓待と厚意を良しとしなかった。
単純に自らの率いる部隊が“お客さん”となって気が抜けるのを嫌ったのである。
これには現場の兵士達も落胆を隠せなかったが、七教会の“おもてなし”はゴーガン大佐が許すレベルでは行われており、本日はデレデレした兵員達が七教会の女性職員達の炊き出しに並んで微笑まれるという事務的奉仕活動で蕩け崩れた鼻の下を元へ戻す作業に苦心していた。
「大佐殿。お飲み物は如何ですか?」
「酒精が入っていないものならば」
「ええ、どうぞ」
七教会は福祉組織でもあるという事を軍隊にいると忘れてしまいそうになる者は多いが、それにしても綺麗処ばかり40人程が紙コップにアップルジュース、紙皿にアップルパイを載せて振舞っている。
黒髪ロングで妙齢なチーフ職の女性から飲み物を受け取った後。
彼ゴーガン大佐はザックリ周囲の部下達に睨みを利かせつつ、周囲を練り歩く。
こうしていないと若い盛りの部下達がナンパし始めないとも限らないからだ。
本日は晴天。
これで無風な上、仄かに暖かいという日和である。
未知の惑星で野営している、なんて冗談にしか思えない。
大陸中央諸国の公園でパーティーを開いていると真面目に映像付きで軍上層部へ連絡したら、信じてしまいそうな具合だ。
「大佐」
「監査官殿。本日のご厚意大変ありがたく思っております」
イルーデ・アリオイア・ナハシュ特務監察官。
七教会中、最もヤバイ人材の宝庫である特務の役を預かる一人。
一切毛の無い女。
大陸中央で言うところの教会の尼。
通常階梯の敬遠な子羊レベルではなく。
シスターという人々に愛称で呼ばれるような者でもなく。
純粋に絶大な聖職上の司教クラス。
未だ旧来前とした階級に基く七教会の信心深い層からなら、平伏して貰えるだろう彼女は第三層という最初の難所を抜けるに辺り、彼らアンデリット陸軍に出立前の最後の準備。
もしくは死にに行く者達へのお心付け的な意味合いで宿泊施設を使わせようという腹積もりだったわけだが、未だゴーガン大佐が睨みを利かせている故か……完全装備で野営用資材以外は全て武器も何も見に付けた状態の兵達を見て、これなら3分の1は残るだろうかと道行きで生きて帰れる兵の見積もりを内心少し多くしていた。
「構いません。これから難所を抜けるに辺り、確実に死人が出るでしょうから」
「……此処では死人が本国へと転移で元の状態に戻る、と仰っていましたが、それは真なのですか?」
初めにこの三層へとやってきた時。
彼にだけは教えられた七教会の秘匿情報。
さすがに大陸中央諸国の常識人たる軍人からすれば、非常識極まる戯言を聞き返したのは彼の根っからの兵隊気質からだろう。
「はい。天蓋蒼星内での記憶と使われた寿命は消えますが、七教会人員が総勢で28人程死んだ事で事実として認定された事象です。肉体の損傷、魂魄の破壊、病や昔からの持病、傷病の類は遺伝レベルからの修復を受けて同時に消失。これは存在の再構築に等しい力である事が確認されました」
「この事を諸国には教えになっていませんが、どうして我々には?」
「徴発した手前、人材を磨り減らすような行軍はしないつもりですが、進むだけで死人が出るという事実には変わりありません。兵達が精神的に限界に達した場合のみ。この事実をお伝えする事を勧めます。気の抜けた兵隊では全滅しかねませんから……」
「お心遣い感謝します」
「いえ」
ゴーガン大佐が魔術で虚空に小窓を出す。
其処には第三層の複数ルートで第四層へと向かう為の航路と点在する浮島が描き込まれていた。
「それで今回はヘルメス・ルートではない非正規航路を行く予定だと窺っていますが、こちらの装備が心元無いのはご存知でしょう。己で言うのは心外ですが、我が陸軍部隊は大陸中央でも……装備があまり良いとは言えません。本国に追加での装備輸送もしくは現地調達を申請するべきかと愚考するところなのですが、監察官殿の意見をお聞かせ願いたい」
その言葉にイルーデが僅かに考え込んだ後。
小窓に出ていたルートに幾つか手書きで×と何やら文言を書き込み始めた。
それが終わるのを待ってゴーガン大佐が覗き込む。
(第四層に向かう全ルートで物資輸送障害? 人材の襲撃に船舶の航行不能……軍艦もだと? 一つ残った未開拓ルートを使った隠密行軍を提示……それに高度機材の崩壊現象……そういう事か)
「これが次の進むべき道という事でよろしいのでしょうか?」
「ええ、此処からは本格的な大捕り物となります。ですが、七教会の秘匿情報を見てもらえば分かるかと思いますが、最終的にものを言うのは人材の質です。アンデリット陸軍は中央諸国の合同軍事演習において最も損害率が少なく脱落者数が低かった。これを評価しての徴発……誇って下さい」
「光栄です」
「では、二日後より目標の捕獲と同時に新規ルートの開拓を込みで進軍しましょう。船はこちらで賄いますので手持ちの武装で対空迎撃訓練などを行って頂ければ」
「了解であります!!」
敬礼したゴーガン大佐に頷いて、イルーデが新しい小窓を呼び出して、その中に映る映像をしばし見つめる。
それは七教会の軍艦が捉えたルートの物資輸送を停滞させている不届きな犯罪者の姿だ。
虚空を飛ぶ乗り物に跨る“全身黒い亜人”。
餅のような尻尾を空気抵抗に曝しながら、笑顔で船団を航行不能にしつつ、七教会の物資を略奪。
ついでに捉えた人材の頭上で口をモゴモゴさせ、魂を抜かれた人形のように精神を磨耗させてから丁寧に送り返すという凶行は七教会の第三層物流を次々に寸断。
第四層以下への補給が滞る事態となっていた。
「(こいつはオレ達が追っていた者によく似ている……だが、何だ? この違和感は……同一個体のように見えて……っ、矛盾する情報が……クソ、自己診断魔術を展開……異常無し? この気持ち悪さ……どうやら常識的な反応ではないようだな……)」
「どうかしましたか?」
「いえ、違和感が……その……」
「ああ、それは仕方ありません。あちらの展開している因果律系統の術式のせいでしょう。あなたは気にしなくてもいい話です。そもそも高位存在相手には無意味な偽装……まぁ、一般的な超越者や大陸中央諸国相手の対策なのでしょう。それよりも第四層の方に気を配って下さい。そちらは実質的にあなた達に任せ切りになるかと思われます」
「……了解しました」
第三層最大の難関。
それは何らかの規定に引っ掛かる高度な物資が即座、砂のように消滅するという理不尽なものだ。
何かしらの空間に入れて持ち込もうとしても、その空間に干渉されるし、どんなに大規模な方陣防護を強いてもまったくの無駄。
最終的に七教会が第四層以下に持ち込めるのは最も旧式の高格外套と原始的な剣や弓、銃のみという事態に陥っている。
大規模な物資の輸送は転移用の方陣があれば、何とかなると思っていた最初期探索における物資の大量消失が第四層で20人以上の部隊が全滅した最たる理由だ。
それ以降、第四層以下には高度な機材を使うプロフェッショナルではなく。
極めて質の高い人的資源とその踏破する層内部で作成出来る武具、防具で剣獣を凌げる者だけを送り込んでいるという状態だ。
持ち込めないなら、波動錬金学による高度機材の作成を内部で行わせればいいじゃないという意見も出たのだが、生憎と内部でそのような高度な機材、主に回路などを持つ機器を作成しようとすると物理法則の書き換えによる作成工程破綻と同時に絶対無比な剣獣が百ダース単位で攻めて来る。
このような事情によって断念せざるを得なくなっていた。
それ以降、七教会は正しく自分達の抱える人材の上位層を投入しては天蓋蒼星の探索を勧めているわけである。
通常軍隊という七教会からすれば、“極めて遅れた装備”を持つ輩の中でも特に極めて高い生存率を誇るアンデリット陸軍が徴用されたのは人材の質はともかく。
最後までイルーデに付き従える部下が必要だったからなのだ。
「(準備をせねばな―――)」
二人が自室へと引き上げようとした時。
一瞬の空気の震えを感じて、その四つの瞳が艦後方を咄嗟に向いた。
刹那、ボゴォッと艦尾の左メインスラスター付近の山のように盛り上がった場所が一瞬にして内部から金槌で叩かれたようにベコベコ膨れ上がり、爆砕した。
一瞬後に緊急警報と第一級戦闘配置を告げるサイレンが鳴り響く。
それに思わず目を見張ったのはアンデリット陸軍も七教会の人員も同じ。
即座、七教会の人員達が艦内へと続くエアロック内へと駆け込んでいく。
残ったのはアンデリット陸軍を詳細不明の爆発から守る為に艦内へ据え付けられた脱出艇へ誘導する係のみ。
「監察官殿!! 何者かからの攻撃でしょうか!? 我々は戦闘に参加するべきか否かご裁可を!!」
ゴーガン大佐は慌ててこそいなかったが、既にその背後には装備を背負った兵達が次々に集合。
整列し始めている。
「いえ、此処は支部に任せましょう。仮にも此処には高格外套が10機配備されています。また、超越者の数も多い。それよりも敵の観測捕捉に協力するのが妥当。特務権限で脱出艇を四隻徴発します。それらに乗って周辺空域へ出航。装備されている偵察機雷の周辺空域への散布を開始して下さい。敵が機器に映らない事も考えられます。目視での捜索も同時に。よろしいですか?」
「了解しました!!」
もう通信は周囲の兵達の耳元に魔術で届いている。
ゴーガン大佐の指示が下ると同時に七教会の残った職員達がイルーデの案に従って、全員を各脱出艇へと駆け足で誘導していく。
その間にも二回目の爆発がメインの右スラスター付近で起こり。
艦の水平が乱れた。
まるで波を受けた小船のように揺れる甲板。
しかし、兵達はその状況でも怯む事なく脚部に魔力を集中し、筋力を挙げ、水平を保つようバランス感覚を駆使して駆け抜ける。
それから一分せず。
搭乗完了の報が出ると同時。
両舷の装甲版の一部がロックを外されて継ぎ目を開き。
迫り出した内部から船を四隻射出した。
急加速した全ての船が北西、北東、西、東とバラバラの方向へと向かいながら、その白い船体の下部装甲版内部を開かせて、次々に黒い球体。
偵察用の機器を搭載した空中機雷を散布していく。
それらは次々に落下しながら拡散。
何処からか行われている攻撃を見つけるべくデータの収集を開始する。
二人だけ残ったゴーガン大佐とイルーデが送られてくる情報を全て艦橋へと送る。
その間にも三度目の爆発が左前方の船首を直撃した。
「………見付けました。これは……【外神獣(アウタン)】? まさか、ですが、あの種類の攻撃は可視出来るは―――」
四度目の爆発が艦の腹を直撃した。
イルーデが揺れる中で映像を見つめ、気付く。
小さな浮島の一つ。
その中央に陣取る流動する肉の口。
内部から発射されるはずの虹色の光弾が一瞬にして口内から掻き消えた。
「これは転移砲爆撃?! しかも、あの攻撃そのものを!!?」
『特務観察官殿!! 高格外套の出撃準備完了しました!! これより全機目標に向かって転移を実行します!!』
艦橋から機器の損傷からか不鮮明な映像が送られてくる。
それはこの島の艦長を務める髭面の男からの通信だった。
「高速転移による回避運動と遠距離攻撃を提案します。あれは防げない攻撃を転移で飛ばしてきている。もし、周辺に敵兵力が潜んでいた場合、直線的な転移後の単調な攻撃は敵の滞空迎撃を誘発する可能性有り。三次元転移砲撃戦想定の乱数回避軌道パターンを使って下さい」
『了解しました。全高格外套搭乗員諸君!! 聞いているな!! 今、観察官殿が仰られた通りに戦術を組み直す!! 出撃だ!!』
その言葉が終わったと同時。
今度はイルーデとゴーガン大佐がいる中央側面付近が虹色の耀きを含む爆発に曝される。
いきなりの転移砲爆撃の至近弾。
普通なら爆発の破片で死ぬのも考えられる衝撃だったが、ゴーガン大佐が見に付けたモスグリーンの行軍用外套の下から迫り出した腰のグリップを持ち、前方に己の分厚い足程もあろうかという砲身を持ち上げた。
珍しい下手持ちの|高速連射式分隊支援火器(ヴァルカン)。
35口径分間6000発という弾丸の嵐が装甲板を貫く事は出来ずとも全て弾き散らした。
「観察官殿。我らもそろそろ」
冷静に銃器を腰部に装着するロック機器へマウントされた状態に戻して。
そうゴーガン大佐が言った途端。
イルーデが片手で自分よりも年嵩の男を手で制して後ろに下げ。
火炎が吹き上がる直下の着弾跡から出てくるモノに目を細めた。
「何?! まさか転移してきたのか?!!」
『こちら管制室!! 敵は転移を実行!! 現在、2匹が艦内に侵入!! 観察官殿!! お逃げ下さい!!』
流動する肉が形作る口。
そんな物体が灼熱する溶鉱炉の如き穴からブスブスと自らが焦げるのも構わずに前進しながら這い出してくる。
その口内にはもう虹色の耀きが灯され、射出寸前だと兵隊40年目の彼にも分かった。
だが、敵が転移爆撃を使うという事に動揺したものの。
もはや種が割れた手品だと言わんばかりにイルーデが瞳を細めて冷淡な表情を作る。
その手が上げられ、瞬間振り下ろされた途端。
ドグシャァアアアアアアアッッ!!!!
極めて船体にはよろしくない音を立てて。
彼らの目の前にいた敵が一瞬上から何か重いものを押し付けられたように圧縮されて歪み。
最後にはそのまま一区画毎見えない何かに押し潰され弾け散って虚空へと落ちていく。
ゴーガン大佐が同じ音を聞いて後を向けば、船尾の方でも区画が砕けて空に飲み込まれていくのが見えた。
「こちらは済みました。周辺の探索空域を更に拡大して下さい。以後48時間の厳戒態勢を維持。本部への連絡を頼みます。我々はこれより第三層深部へと向かいます」
『ご武運を』
管制官からの声に軽く答えて。
イルーデがゴーガン大佐を伴って船首の先へと歩き出す。
「このまま向かいますか?」
「ええ、途中で部隊の再編成を済ませましょう。それと兵達にこちらからの加護と転移用の恒常性魔導方陣を付与します。あの敵がこの星に現われたという時点で……踏破難易度は跳ね上がったと思って下さい」
「分かりました。それにしても、自分も見るのは初めてでしたが、アレが数年前から現われているという化け物ですか?」
「ええ、近年、大陸中央諸国では目撃例も出現数も増加傾向にあります。さすがに防衛体制を見直した事で出現から1分以内には処分出来るようになりましたが、未だ奴らの攻撃を防ぐ方法は発見されていません」
「そうですか。勉強不足で申し訳ありません」
「いえ、情報を統制しているのはウチの広報部門ですから。本来、この惑星内に出現するはずが無いんですが……直接的に現われたとなれば、たぶんは相手の親玉が関わっていると見ていい」
「親玉? もうその化け物の製造者を特定していたのですか?」
「ええ、“彼”は現在、七教会の観測部門が必死に追っている要注意人物の一人となりました。この星に唯一入れてはいけない種族として彼の出身種族が警戒されている、はずなんですが……」
「種族そのものを制限しなければならない程の驚異とは……」
ゴーガン大佐が唸る。
同じ種族だからと言って人間が人間の出入りを規制しないように七教会はそのような差別的な行為は通常行わないというか行えないのが常識だ。
しかし、そうしなければならない程に凶悪な存在がいるというのは極めて稀な例と言えた。
「七教会では現在、大陸中央でも支部でも天蓋蒼星でもエルフの出入りを禁じています」
「エルフ? その男はあの種族なのですか」
「ええ、恐らくは外なる神々に近しい何らかの超高位神格に侵食されたと目されています。地方諸国のエルフ狩りによって焼け出された者達のダークエルフの一人。アーフル・ナーシム」
「アーフル・ナーシム……」
「彼が出現して以降、エルフの死亡などを引き金にあの化け物は現れるようになりました。ですが、それの実態を調べようにも我々は政治的にエルフと遠ざかっていた為、エルフに対しての管理を公には主張出来ません。また、多くのエルフが反七教会派の国々を渡り歩いている為、情報の把握にはかなりの時間が必要でしょう。このような状況も手伝って、未だエルフを要注意な存在としてマークする事以外では七教会も多くを知れてはいないのです」
「……今後はエルフにも注意せよという事でよろしいでしょうか?」
「はい。特にこの天蓋蒼星内でエルフが確認された場合は極めて重大な事案になると考えて頂きたい」
「了解しました。以後、留意し、部下達にそのような共有を徹底させるよう努めます」
「ありがとうございます」
船首に辿り着いた二人が底も見えない虚空を覗き込む。
「では、合流しましょうか」
「はい」
二人が同時に道から先に跳んだ。
高速で落下していく背中は共に巌のように見えて強く。
彼らがそれから脱出艇と合流するまでの数分間。
自由落下に身を任せていたと知って、顔を引き攣らせた兵達は後の大いなる難行となる行軍において心底に自分達の上司が二人で良かったと思う事となる。
化け物よりも化け物的な軍人と軍人よりも軍人的な度胸ある聖人。
どちらも確かに兵を率いるという点では確かに頼もしい事この上ない存在だった。
*
「クヲ~クヲ~クヲ~」
何やら珍妙な歌が垂れ流される浮島の一角。
無人の野であむあむと七教会からの略奪物資。
主にスパイス漬けの乾肉を齧ってご機嫌だった白い亜人が周囲に敷いていた魔術の警戒網。
掛かった獲物の情報を詳細に丸裸とするダース単位の観測用魔術の起動に虚空へと目を向けた。
魔術で開いた大きな窓の内部には映像が映し出されている。
商船だ。
彼女の隠れる浮島の周囲を通っているのは七教会が民間に委託した物流の要たる船団を構成する一隻に間違いなかった。
「クヲヲヲ~~!! クヲヲヲ~~!!」
緊急発進(スクランブル)、緊急発進(スクランブル)、と。
大陸中央諸国から流れてくる比較的新しい映像娯楽。
映画の中のワンシーンを模したと思われる掛け声?と共に近頃、謎の空中海賊と異名を取るようになったマヲンが島の虚空が見える端に造成した秘密基地。
樹木で森林に偽装した小さな発進口内部に待機していたマヲン号……(とても素敵な本当の名前はそもそも聞いてない)は主が飛び乗るのと同時に内部の無限機関を始動。
機体装甲表面に一瞬だけ魔術方陣を浮かび上がらせてから、トップスピードで飛び出した。
究極生物の近頃のお気に入り戦闘機動(バトル・マニューバ)は整備用に一応後方支援の人間から渡された従来のマニュアルにあるような代物ではない。
無論、それだけではなく。
ソレがぶっちゃけ人間用ではない事も確かだ。
時速12000km以上出るスピードと最小旋回半径34mというオカシな能力(スペック)は空力と慣性を無視して搭乗者を苛む。
というか、物凄くザックリと言えば、風防もほぼ無意味になるような加速は搭乗者の肉体を摩擦熱と断熱圧縮で焼き尽くす方が絶対早い。
『そちらの方はお任せします。現在、七教会の警報網を寸断中』
ディア子と名乗る紫髪の幼メイドの声がマヲンの耳へと響く。
「クヲヲヲ~♪」
了解と言ったところでその姿に変化が起きた。
体表の色がサァアアッと一瞬で黒く変わり。
「マヲヲヲ~♪」
泣き声も別のものとなる。
『スイッチング完了しました。対外的には因果律的に見てもクラウゼン公爵家当主マヲンとよく似たそっくりさんで通りますが、事前説明しているように制限時間がある事をお忘れなく。こちらの偽装術式はあくまで“妹さんに押し付けているだけ”ですから、対外的に外に出た場合、あちらに皺寄―――』
対外的なコミュニケーション用の人格テンプレート。
近頃、そういうものまで事前に用意するようになった魂無きシステムはとりあえずお小言的な気の回しようで彼女に声だけで詰め寄る。
どうやら第三層以降は単なる情報以上に感情的な機微が踏破に重要な要素となるらしく。
げんなりした気分な究極生物は妹の苦労とか。
一生公に出てこられない身体にしている旨は一切考えず。
まぁ、自分でどうにかするだろうと悪い意味で血を分けた相手に全部丸投げしての商船略奪を実行に移した。
まずはちょっと機関部の調子を悪くする程度の攻撃でも加えようと暢気に木造の船底に付けて、場所を探ろうとしたら、不意に船底の穴から声が聞こえてくる。
『僕ね!! だから、これから“うちゅーかいはつ”で儲けようと思ってたんだ』
『へぇ、どうやって?』
『えっとね。七教会がいるから僕らって別に自分で技術開発しなくてもいいんだけど、反七教会派に技術提供したりしないようになったり、また七教会の技術以外で外に宇宙に出たい国家とか人に船を沢山造って売りつけるの!! どう? これってちょっと儲かりそうじゃない!!?』
『その為に触媒とか集めてたりしてるわけ?』
『うん!! 何たって此処は無限の資源が湧き出るって話だしさ♪ 元手はタダ!! 後は作る技術だけあれば、実際には工作過程を全部使い魔にさせてやっぱり元手はタダ!! 今は七教会の治世も揺らいでるし、将来を見据えて準備したら、十年、二十年後には大陸中央諸国に頼らなくても地方単独で宇宙に出られるようになると思うんだ。あ、売り先は地方国家や反七教会派だけじゃなくて、異種とか亜人の国もいいんじゃないかなぁって思ってて、それから、それからね―――』
『ぁ~~うん、うん。分かった!! 分かったから、ちょっと落ち着きなさいってマジで……クルジェ、よく喋ってて喉渇かないわね……アンタ』
『えへへ~~僕ってこれでも造りたいものだけは一杯あるから♪ 誰かに説明する能力って大切だと思ってるんだ。だって、理解してくれる人がいないと途中で作るの止められちゃうし』
『で、結局そんなに船造って売った金で何したいのよ?』
『うーんとね。僕、自分の星が欲しいんだ』
『はぁ?』
『あ、驚いた? 僕が何でも造ってよくて、実験して粉々になっても文句を言われない場所って事さ』
『……うん、アンタあれね』
『アレ?』
『マッドね。フルー・バレッサとか大概だって話だけど、アンタも結構なもんよ。うん……』
『そんなに褒めたって、ちょっと武装の質が良くなるだけだよ~~♪』
『……ま、まぁ、いいんじゃない? そもそもその金でどうやって星を買うのかは分からないけど、夢は人それぞれだし、ね』
『ふふ、実は一番お得意さんになりそうな種族はもう目を付けてるんだ~~』
『はぁ……何処よ?』
『えっと、此処だけの話……めっちゃくっちゃ数だけはいて、物凄く住む場所に困ってて、宇宙に飛び出したそうで、沢山資源になりそうなモノを持ってる相手がちょっと次元を超えた場所に―――』
そろそろ眠たくなってきた妹に偽装した究極生物がベキッと船底を尻尾アタックでちょっとインパクトして、人間が一人出入り出来そうな穴を開ける。
その衝撃で船体が微かに揺れたが、どうやら船底にいた人間以外は気付いていないのか。
アラートが鳴る事は無かった。
パラパラと埃が舞う最中。
自動操縦にしてヒョイッと船内へとクヲンが乗り込む。
すると、一瞬でその喉元に二つの刃がヒタリと当たった。
「マヲ~」
久しぶり、と。
気の抜ける返事をした生物の声に煙の中から現われたエーレインが刃を鞘に戻し。
マウロがどうやら仲間だったらしいと初めて見る生物を前に困惑した表情で剣を下げた。
「び、びっくりしたぁ~!? って、クラウゼンのところの人って言うか……黒い?」
エリザが自分の知る【聖王同盟(サクラム・フェデレイションズ)】のヤバイ奴リストナンバー1のそっくりさん(というか本人)を前にして首を傾げる。
瞬間的に指を弾いたクヲンが妹形態から元の色に戻った。
「……ねぇ、色変えるのって意味あるの?」
呆れた様子になるエリザがマヲンへ訊ねる。
『因果律的な逆算の阻止と公に存在していない人物への偽装です』
不意に彼らの耳元に声が響く。
「館の番人の子よね?」
『はい。現在はディア子と及び下さい。エリザリド・エンタンレ・ディオノース様』
「此処で出会うなんて吃驚だけど、どういう事? そっちも陽動って……ああ、もしかして七教会の後方を襲ってるとか?」
「クヲヲ~~」
『その通り。此処にいるとは思わず略奪するところだったクヲ、との事です』
通訳する虚空の声にエリザが嘆息した。
「その短い言語の中にそれが全部入ってるとか凄いわよね。魔術って」
「クーヲクヲクヲッ!!」
『妹よりハイスペックだクヲと仰っています』
「……ま、まぁ、いいけど。とりあえず、今回のは不幸な事故って事でいいわね? あたし達はこれから第四層に向かう準備しに大きい街に行く事になってるから。そっちはそっちである程度、引き付けたら下に向かいなさいよ。三日前くらいにあの人馬の子が来て、渡された手紙に七聖女の動向が書かれてあったわ。本格的に下へ向かってきてるみたいだから、見付からないようにね」
『了解しました。本来の工程は残り390時間ありますが、七聖女との遭遇確率が23%を超えた辺りで第四層への移動を開始します』
「そ、じゃあ、また今度ね」
「クヲヲ~~♪」
ブンブンと片手を振って答えたマヲンが再びヒョイッと自動で併走していた乗り物にダイブして跨るとそのまま後方へと消えていく。
残された一同。
主においてけぼりだったマルートとクルジェが目をパチクリとさせてエリザを見る。
「……ぁ~~え~~あれよ」
「「あれ?」」
二人が同時に首を傾げ。
「そう!! あの子、実は物凄い人類を超越する究極生物……のマスコットキャラの友達なの!! クラウゼン歌劇団とか。そういうところで働いてて、今日はちょっと公演場所間違えたみたい!!」
エーレインがその苦しい以前の言い訳に白い目となる。
「そ、そうなんだぁ~~~!!? か、可愛かったよね?! ね?! 今度会ったら握手してもらおうっと♪」
クルジェが目をキラキラさせて一応、見た目は愛らしいマスコットキャラ?という事にされた究極生物当人の公演を思い浮かべてワクワクした瞳になった。
逆にマルートは『ぁあ、ツッコミはしませんよ。えぇ、これ以上厄介事はごめんなんで』という顔で視線を逸らす。
「とりあえず、コレどうしましょうか……」
最後にマウロが剣を鞘に収めながら、未だに開いている船底の穴を見つめながら呟き。
『………』
どうやら自腹で船の補修代を出す必要があるらしいと彼らは気付いたのだった。
そうして、一時の合流を果たした踏破者達の旅は続く。
嵐の前の静けさがゆっくりと終わりつつある事をこの時まだ誰も知らぬまま。
異変は確実にしかし遅々として第三層を蝕み始めていた。