第三十六節「ロスト・ジェネレーション」
暗がりに明かりを灯して進む。
迷宮は石造りではあったが、何処か乾いた様子で湿り気とは無縁。
石畳から壁まで無骨に積み上げられたソレは石というだけで他には何も語らない。
それもそうだろう。
造った当人がそもそも現代の人間。
何の変哲も無い石を余人には分からない技術でポンと迷宮にしたのかもしれず。
迷宮探索を生業としていた青年リュオ・クルミナスも曖昧と掴み兼ねる創造者の意図に僅か顔は険しかった。
普通ならば感じられる迷宮の創造者達の顔が今は分からないのだ。
いや、顔自体は知っていても、その精神や生活に根ざしたプロファイリングに困っているというのが正しいだろうか。
魔術で光球を浮かべながらの道程。
道なりに進んでいく彼らはこの入り口から入って二時間以上敵らしい敵に出会ってもいない。
ずっと喋ってはまだ呪いが解けないと不満げだった灰金の少女すらもそうだ。
師匠と初恋の人に育成される事になった哀れな犠牲者イルト・イナーシタ当人とて。
圧迫感のある通路を延々と歩き続ける事で口数は減り。
今では必要最低限以外の事は喋らず。
眠くなったと勝手に自分の背中に抱き付いてスヤスヤ眠る人造生物な人型少女を時折背負い直す時以外、立ち止まらず、話す事も無かった。
「………」
迷宮は今も一本道の奥へ奥へと誰もを誘っている。
果たして果てはあるのか。
聞けば、答えてくれるだろうかと青少年は前を歩く師の背中に思う。
そろそろ何か一言。
少し休憩しないか。
そう訊ねようとした時、彼らが曲がった道の遥か前方の空間に耀きが見えた。
その光は白く。
一端、ピタリと先頭のリュオが停止する。
「気を付けて下さい」
「どうかしたのか? 師匠」
「こういう長い通路を抜けた瞬間が怖いんです。何でも無さそうと見えて、実際には一番ヤバイ場所という事が昔は多々有りました。人の心理をよく心得た迷宮の造り手は極めて邪悪な罠を仕掛けるのが常です」
「わ、分かった!!」
埃っぽい石畳の匂い以外、何も知らせない道の先へ。
一歩一歩確実に全員が進んでいく。
殿のイフィーはそもそもこれ以上は絶対喋らないという顔を当初していたのでしばらくはだんまりだろう。
チラリと後を見て未だ口を閉じた少女に罪悪感を覚えつつ、イルトは師の後を追うようにして続く。
そうして、ようやく出口手前まで来たリュオが全員を手で制してまずは自分がと歩き出し、出口の先の開けた空間に続く石畳の一本道を10m程進んで、周囲を入念に確認。
最終的に手招きして全員と合流する。
「……ッ?! デカい!? 何だ此処!?」
イルトが思わず出た瞬間に周囲を見渡して目を見開いた。
リュオのいた道は一本道で数十m先に螺旋状の階段が下に下りている。
しかし、その手前と背後。
今まで自分達が緩い下り坂を歩いていたのは理解していても、それにしたって地上からこの規模の空間が広がっているとは想像出来ない程の伽藍が広がっていた。
壁面の全てがほぼ陽光のような耀きに覆われた色鮮やかな樹木に覆われ。
まるで船のドッグかと思うような空間のあちこちにはコンテナでも下ろしそうな樹木と金属が組み合わせられたアームらしきものが多数。
錆び付いた様子で複数止まっている。
後方と前方を合わせれば、たぶんは1km弱の長さを持つ長方形型の空間の中央。
その道というよりは船体を一部以外は接触させず、浮かせて着地させる為の区切りある底に自分達がいるのだとイルトは気付いた。
「この迷宮を造った聖女の趣味、でしょうか? 一応、彼女は船の設計も手掛けているとの話は聞いた事があります」
リュオが辺りを観察しつつ、瞳を細める。
「いや……たぶんだが、これはあの女の作品ではないな」
「これ程のものが彼女の作ったものではない?」
「ああ、恐らく。我々人類が作ったものでもない」
「……ぁ、イフィー。言葉戻ってんじゃないか?」
「あ、ホントだ!? 教えてくれてありがとうね!? イルトおにーちゃん♡ ッッ!!?」
自分で言っておいて、すぐに元へ戻った言葉遣いに少女がどんよりした顔となる。
「もしかしたら、その呪いはイルト君限定に発動する代物なのかもしれませんね」
「ぬ? 我はもうイルトと会話出来ないという事か……まぁ、問題な―――」
「いや、問題ありまくりだろ!? それは確実に直しとこうぜ!!」
リュオが苦笑しつつ、再び話の途中だったイフィーへ視線を向ける。
「話を戻すが、あの女は船を作る時、造船所なんて使わないし、使う必要性も無い。確か、片手間でザックリだだっ広い倉庫で部材を各地域から転移で持ってきてボトルシップのように組み立てるだけなのだ。七教会の研究所や工場から取り寄せれば、誰でも必要な工程と知識さえあれば、比較的簡単に作れるよう造船過程は組まれている」
「船を作るのに造船所が要らないと来ましたか……七教会もそういう場所は多数持っていたと記憶してますが?」
「それは単に大陸単位で経済を回す為に必要な仕事を各地域に発注している場所というだけに過ぎない。七教会の造船所の大半を使っているのは工業部門の監督部署と下請けの各国が持つ企業や共同体だしな。そもそも消耗品、耐久財は全て部品単位での供給が七教会では基本だ。余剰在庫を1秒単位で出しながらわざわざ各国の陸路や空路、海路を使って関税で金を落としつつ、数ヶ月も掛けて部品を一つの工場に集めて船を造る意味を教えてもらいたい」
「ああ、聞いてるだけで何だか眩暈が……合理性の鬼という話はよく聞きますが、そういう目に見えない部分で七教会が“配慮”している話を聞くと本当に溜息しか出ませんね……」
「えっと、何か? つまり、七教会が何か造る時って物凄く無駄な出費をして色んな国に金を落としてるのか?」
「そうだよ♪ イルトおにーちゃん♪」
答えてしまってから話し掛けるなと言わんばかりに少女が半眼になる。
「わ、悪かったって!? 今のは声を聞きたいとかじゃなくて、単純な知的好奇心だったんだって!?」
「……リュオ先生が危惧する通りだ。こんな馬鹿デカイ造船所が必要な船となれば、七教会の中核人材を乗せる代物のはず。それに一々、無駄なコストを払う必要性をあの聖女は微塵も感じないだろう。精々用意するのは空間制御結界の類で生み出す安定した空間くらいなはず。となれば、これは別の生物達の遺構辺りを再現しているのであろう」
「それは所謂、【基幹異種(バルバロス)】が君臨していた前史時代の話ですか?」
「ああ、そうだ。何億年という時間の中、我々と同じくらいの知性を得た生物がいなかったとも思えない。その生物達が滅んだとしても、今の人類が使うような遺構を残している可能性は高い。この程度ならば、我は驚くにも値しないと思っている」
「一理有りますね。ですが、船……ですか」
「ああ、此処が空中である事を考えても嫌な予感しかしないな」
「どういう事だ。イフィー? あ、いや、答えなくていいぜ。師匠に回答してくれ」
「……単純に言うと聖女フルー・バレッサが此処にこの遺跡を再現してみせた意味は限り無く胡散臭い……もし、我の想像が正しいのならば、この遺跡は―――」
コツンとリュオとイフィーの間にある道の上に小さな石ころが落ちて砕ける。
上を見たシャイ以外の三人が目にしたのは………巨大な船底が虚空に開いた空間の先からゆっくりとも言えない速度で墜ちてくるシーンだった。
自然落下よりは襲いが、それにしてもその速度は早く。
「逃げるよ!? イルトおにーちゃん!!」
咄嗟に魔術を編んで走り寄ってイルトの腰を抱いたイフィーが高速で地面スレスレを飛翔した。
それに倣ってリュオもまた同じように低空を飛んで階段の方へと向かう。
全員が螺旋階段内部に入って慌てて地下へと向かった先からゴゴォオオンと巨大な何かが着底する音。
また、螺旋階段の上が押し潰されていく岩と金属と樹木の音色で満たされる。
「急げ!? あの聖女!? 我々が逃げられる程度の時間を残して、遊んでいるつもりだ!!」
リュオがその言葉に顔を引き攣らせつつ、グルグルと無限かとも思われる階段の奥底へと高速で降りていく。
連鎖崩壊していく階段の内部をまるで乗り物にでも乗って曲芸をするような滑空で下る様子はもはや大陸中央の遊園地のアトラクションも真っ青だ。
「無駄な大仕掛けでドッキリのつもりなのだろうッ!! 余計な御世話だ!! このマッド聖女め!!」
イフィーが忌々しそうに吐き捨てる。
ようやく螺旋階段の終りが見えてきて、床にぶつからないようスイッと体を魚のように上向かせてフワリと10m程離れた場所に着地した彼らが後を振り向いた瞬間。
膨大な粉塵の爆発と同時に階段が完全に崩落して瓦礫と化す。
「周囲に敵影はありません。階段は……どうやら無いようですね」
リュオが誇り塗れな体を叩いて立ち上がり、広い酒場程の空間を有する周囲を見渡して何も無い事を確認する。
しかし、彼が動くよりも前にイルトは見た。
師の背後に気配もなく立つ何者かがいる。
「師匠!!」
弟子の必至の声と表情に思わず前方左右に飛んで攻撃を回避しようとした青年が途中で首根っこを捉まれて子猫を持つようにその大柄な人型の影にぶら下げられた。
咄嗟、背面を数十層に渡って合金で蔽い防御したリュオだったが、その重さを物ともせず。
そっと、その体が下ろされ。
イフィーがリュオの転がるようにして空けた空間を埋めるようにして前に出た。
「……お前は何者だ」
その声に僅か苦笑のようなものが零され。
ザッと影が片手を胸の前に当てる。
すると、その施設内の壁際に複数の青白い鬼火のようなものが外灯のように耀き出し、男を浮かび上がらせる。
「挨拶しよう。未来の末。彼の者の伴侶たる女よ」
人間臭くお辞儀した男の頭部。
ねじれた角が左の額から背後に向けて生えていた。
その色は暗色の蒼と紫と紅を宿して混沌としており、何かの前衛芸術のようにも見える。
「我が名は此処で無きものとして扱ってもらいたい。どうしても呼びたいならば、月で出会った女のようなもの。【指標者(グラフマン)】とでも」
「グラフ……」
雄々しいというよりは古びれた古参の傭兵。
筋肉が詰め込まれた肉体も何処か草臥れたようなセピア色。
昔ながらの戦者の装いは皮製の服に黒の外套。
帯剣と皮袋を腰に括り付け、盾を背負い、頑丈そうな長靴(ブーツ)は擦り傷だらけ。
それは一言で言うならば、魔族にしては人間臭いというのに尽きる相手だった。
髭は蓄えず。
琥珀色の眼光も穏やかで。
彫りの深い顔立ちが薄く笑みを浮かべている。
「………我らは魔王の一欠けら。そして、記憶の番人たるもの。嘗て、この大陸に光臨せし、魔王群の一角……つまり、本国ならば憐れな弱小と謗られる文官程度の存在だ」
「魔王群……お前はあいつの一部? 聖女共と同じか……」
男が警戒する少女に肩を竦める。
呆気に取られたリュオとイルトが口出し出来ずに戦闘態勢を解けないままなのを見て、自らを指標と名乗った彼は近くの壁まで下がって腰を下ろして背を預けると彼らを見つめる。
「しばしの話と洒落込もう。聞いていくだろう? あの聖女共に弄ばれたいのなら別だがな」
全員が今しがた巨大な船底で押し潰されそうになった事を思い出して、溜息を一つ。
彼の前に集まったのは正しく一時くらいはあの聖女の手から逃れたいと思う疲れ故に違いなかった。
*
―――???
世界の果てというものがあるとして。
旅人が新たな新天地を目指す為に船を用意したならば、辿り付いた場所で船を下りるものだろうか………と、いつも彼は考える。
人は概ね不満足な生き物であり、満足もまた慣れの下、新たな未知へと向かう為の糧となって消えていくのではないか。
少なくとも満足して残りの人生を幸せなだけの世界に暮らすという選択肢が彼に無いのはそういう気持ちがいつまでも胸の奥に消えないからなのだろう。
限りなく藍と紅が紫雲と共に交じり合う、いつまでも見ていたいグラデーションが空の彼方まで続いている。
砕けた彼の足よりも鮮やかな夕暮れ時。
安寧に沈み込む我が身を立て直して。
彼は……その女を前に瓦礫の街並みを背に顔を上げた。
「これが闘師―――破壊者の所以か」
嘗て、男の後には犯罪都市が広がっていた。
沢山のバラックと喧騒。
活気に満ちて、汚泥に沈み、着飾る者から泥水を啜る者まで多種多様。
金と権力の為に日夜争いが絶えず。
凄惨な殺し合いと“あらゆるもの”が売り買いされる市場。
この世で一番高価な買い物が善意であるという事を覗けば、男にとって……随分と居ついて長い事になる大きな家。
あらゆるギルド、犯罪者、一癖二癖ある幾多の者達が屯した其処は彼にとっては猥雑で悲劇には溢れていたが、確かに救う価値ある場所に相違無かった。
だが、今や都市は瓦礫の山と化している。
人は死んでいない。
日常である殺し合いも騙し合いも悲劇も存在しない。
まるで荒涼と寂れた野が広がっているような無音と侘しい風の音だけが続いている。
食堂から響く鉄の調理器具が噛み合う音と煙が無い。
人がいるからこそ生まれる雑踏の足音も存在しない。
誰かが走りながら悲鳴を上げ、罵声を浴びせ、狂ったように笑う……そんな生活音もしない。
いや、そちらの方がよっぽどに健全なのだとしても、彼はそんな日常の音色を懐かしく思った。
「あんたら、いい線行ってたわよ。ホント、こうやって争う中じゃなかったら、適当に手合わせして良い酒片手にツマミで一杯やりたいくらい」
「ふっ……勝者の台詞ではないな」
彼は嗤う。
目の前に佇む、もう姿も見えない女は彼の仲間達の悉くを地に伏させた。
誰も彼もが百戦錬磨。
大魔術師だって凌ぐだけの技量を持つ友。
卓越した超常の力の使い手たる恋人。
古の宝すら越える業物を生み出す家族。
共に幾多の戦いを潜り抜けてきた相棒。
誰もが誰も彼と共に抗い。
そして、周囲に意識を途絶えさせて横たわっている。
彼らが大事にしたかった居場所は既に無い。
ああ、小さな酒場から大きな闘技場まで。
買い食いをした道端から夜を明かした娼館すら、存在しない。
全ては瓦礫と化している。
半分以上は抵抗した者達が送り出した都市最強と呼べるだろう者達が自ら壊し。
後の半分は彼らが戦いの中で崩した。
だが、それでも女さえやって来なければ、必要無かった崩壊だろう。
「逆でしょうに。勝者の台詞だからこそ、こうして余裕ぶっていられるんだし」
短髪の女は泥と埃に薄汚れた薄緑色の【軽殻装(コート)】を見に纏い。
後光のように差す日差しを背に翳って読み取れない顔を彼に向ける。
「何が目的だ」
「それはもう言ったじゃない。此処は良い街だけど、暗過ぎるって」
「………それが街一つを潰す理由か」
「あなたは知ってる? この都市の娼婦が老衰以外の理由で毎日何人死んでるか。あなたは知ってる? この都市の子供が親がいない以外の理由で毎日何人死んでるか。あなたは知ってる? この街が出荷する“特産の奴隷”が一体何に使われているのか」
「それは【幇】のシノギの事か?」
「ええ」
「知っているとも、罪の無い人間を殺す為の暗殺者……大人も子供も老人も皆その為だけに生かされ、その時の為だけに教育される……」
「そうよ。そんな“犯罪組織”が幾つもこの街を取り仕切ってたわよね?」
「ああ」
「そいつらは同時にこの都市の経済も軍事も政治も福祉も享楽も全てを司っていた」
「違いない」
「でも、悪いけど。此処、国の一部なのよ」
「何?」
「此処は犯罪組織の土地じゃないし、不正に取得された用地の割合は99%以上。ついでにこの国が進める政策を全部破綻させようと意地悪までしてたの。そいつらが」
「それが此処に住まう者に関係あると?」
「無いわよ? 一切、無いと言えるわ。被害者って言ってもいい。でも、此処で幾らか外に出る為の施策が行われたけれど、一人もこの場所から出ようとか、この場所にいる犯罪組織を変えようとか、そういう努力はされなかったわけよ」
「………酷な事を言う」
「そうかしら? あなた、虐げられていた人達を助けて感謝されてたじゃない。その上、ちゃんとあなたが彼らと一緒に立ち上がるなら、七教会は協力を惜しまない旨、伝えたはずよ」
「その結果として彼らが助かるとして、他の虐げていると判断された者達はどうすればいい?」
「普通に法令を遵守してりゃいいわ。犯罪とは手を切る。今までの罪を告白して司法取引をして服役。後は裁判でしっかりと判決が出るでしょうよ。少なくとも、この国で一番最初にテコ入れしたのは司法なんだもの。厳正に法律を適応し、情状酌量の余地も認められるようにしたし、問題ないって事は確認済みよ」
「生活を破壊されると知って、それに乗る者はいまい? 屑も塵も下種も多いが、それで食っていると認識している者……いや、己が犯罪者としてしか生きられぬと知ればこそ、此処で虐げられるのを我慢していた者達とていた」
「更正すると誓うなら職業技能の修得と出所後全うな仕事も斡旋するって旨も伝えられたはずだけど」
「それを信じろと?」
「信じてもらうしかない状況は作ったし、そうするなら必ずそうなるという確信を持つに足るだけの情報も提供したわ。分かり易い宣伝も数年近く行って、お膳立ては全部済んでたのよ」
「信じていた者は多数だっただろう。それを確信してもいただろう。だが、お前らには信用が無かった」
「それは同意するしかないわね。でも、おかしな話じゃない? 感情論で食えるような場所じゃないのに、そういう時は合理的な判断を無視するってのも」
「そうだな。何故だろうな……」
彼の瞳は清んでいる。
今や無い両足の先からは血潮すら流れていない。
「だが、此処に至って少しだけ理解出来た事もある」
「何よ?」
「信用以前の問題として、お前らは我々にとって同じ人間には見えなかった」
「酷い話ね」
「ああ、酷い話だ。お前らは……いや、大陸中央諸国の人間というのは本当に違う国の人間であるというだけなのか? オレにはそう思えない」
「同じ人間じゃないから、拒絶するし、同じ人間に思えないから信用も無い。同じ人間と感じないから、犯罪組織も使者を残忍な方法で殺して威嚇もしてみせる、と」
「そういう輩もいただろう。だが、奴らは少なくとも其処は一つ見誤ったと見える。人間1人の命の重さがあまりにも貴様等にとって重いという事を分かっていなかったのだろう」
「それはあるわね。実際、人間の価値が低過ぎる場所とウチの組織って相性悪いし」
「………住人達は?」
「健在よ。今は暴徒になってるけど、ちょっと暴力とか暴行出来ないように精神縛ってる以外は普通に元気よ。いや、元気有り余ってウチの連中が話が通じないってげっそりしてるけども」
「そうか。精々苦労しつつ、調教してくれ」
「一応、自分で教育しなさいよとは言っておくわよ」
「人より獣の方が近い連中ばかりでな」
「ちなみに一つ訊ねるけど」
「何だ?」
「あんたは自分でどうにかしようとあたしと戦う以外の選択肢を選ぶ気は無いのね?」
「政治家か指導者にでも成れと?」
「これは単純に最後の分岐点よ? もし無いと答えるなら、あんたにはもう住人達や捕縛した連中をどうこうする事は出来ないと知りなさい」
「……あいつらがお前らを手こずらせる未来以外には何も思い付かないが……」
「そう、じゃあ、残念だったわね、としか。あたしはもう言えないわ……生憎とこれをあんたに聞くのは“三度目”……そして、全部同じ答えな以上、あんたから“幸せになる以外の選択肢を奪うわ”……一度目は戦争、二度目は反乱、三度目は敵対……本来、改善しても此処まで来る事は滅多に無いんだけど、さすがに同じ場所を何度も何度も“破壊”するのはあたしにとっても面倒事だし、この世界にも悪影響が出る」
「―――何を言っている? 貴様とオレが話したのは……」
「残念だけど、これで三回目よ。そして、あんたくらいに良い男が三度同じ回答をするんだから、きっとそれは永劫変わらないんでしょう。そして、そうならば、この街の連中にもそうしてもらうしかない。この都市は“最初から犯罪都市なんかじゃなかった”のよ。そして、これからは前よりきっと、今よりもずっと、“普通の都市”として栄えていくわ。人がかなり増えるし、新しい命も沢山存在する事になるでしょうけど、それが良い結果になるようあたしも頑張るから、じゃあね」
男は呆気に取られ。
そして、待てと言葉を発する前に女の周囲の光景が崩れていく事に声を失った。
都市が、世界が、夕景が、崩れていく。
まるで女という存在を中心にして今から消えていくのではないかという錯覚。
いや、そうではない。
空間も時間も無く。
暗闇のような領域に“全て”が引きずり込まれ、砕けていくのを彼は目撃する。
「そうか―――そうだったのか―――貴様は……ッ」
男は何もかもが壊れていく最中。
自分すらも飲み込む崩壊の中心で壊れずに佇む女を前に自分が真に敗北した事を悟った。
「幸せになりなさいな。家族に囲まれて、良い友に恵まれて、趣味や生き甲斐を見付けて、孫の面倒を見たり、誕生日を祝ったり、きっと気に入るわよ。“今のあんた”ならね」
彼が呟こうとした言葉が何だったのか。
彼は―――。
『おじいちゃ~ん!! 燐の御誕生日の準備出来たわよ~』
―――不意に趣味のボトルシップの作成の手を止め。
ようやく、此処まで来たかと感慨に浸りつつも、間に合わなかったかと苦笑して……その日の作業を終えて、孫のいる下階へと扉を開けて階段を下りる。
「おじーちゃんの席は此処ね!!」
部屋に入った途端。
自分とは髪の色くらいしか似ていない孫が抱っこしてと言わんばかりに座らせた自分の膝の上に乗るのを見て苦笑する。
「そろそろ、燐もおじーちゃん離れしないとな」
「え~~お父さんは燐の事、重いって言うんだよ!! おじーちゃんも燐の事、重くなっちゃったの?」
不満そうな孫の顔に彼は苦笑いを浮かべる。
昔は戦場に立つ為に鍛えた体も今は老骨。
普通の壮年よりは幾分頑丈なつもりではあったが、年々重くなる孫の体重に幸せと同時に疲れだって少し見えてもいたのだ。
「どうかな」
「ぶ~~」
剥れる孫に『おじーちゃん困らせちゃダメよ~』と娘の声がして。
彼は頭を撫でつつ、その今だ逞しい腕でソファーの横に小さな淑女を下ろす。
その時だった。
リビングに玄関先のベルが響いたのは。
築32年とはいえ、まだまだ一軒家として健在な邸宅にガタは来ていない。
娘に自分が出ると言って、孫へすぐ戻ると笑みを浮かべた彼がもう暗くなりつつある玄関先へと向かう。
娘婿ならば、玄関のベルを鳴らす必要が無い。
宅配便だろうかと首を傾げた彼はこんな時間に誰だろうかと扉を開けた。
「おめでとうございま~す!!」
「?!」
何やら娘婿が困った顔をして、短髪の仕事先の少し擦り切れた制服を着た女を横に笑っていた。
「どうしたんだお前? この方は?」
「ああ、いや、お義理父さん。この方、あ、いや、この人は職場の上司で娘が誕生日だって言ったら、プレゼントをしたいって言ってくれてね」
「おお、そうか。それはそれは……」
彼が玄関先に出ると。
女が片手に持っていた二つの大きな紙袋を彼に渡す。
「二つもですか? いや、すいません。孫の為にここまでしてもらって……」
思わず恐縮しそうになった彼にその“女上司”が微笑む。
「いえいえ~これはちょっとしたお詫びですから。まぁ、右は孫娘さんに。左は“あんた”に……」
「?」
その言葉遣いにちょっとだけ首を傾げた彼を見て。
少しだけ残念そうな顔をした彼女は恐縮する娘婿にこっそりと耳打ちして「頑張りなさいよ」と小さく激励すると後は家族団欒でと道化のような笑みを貼り付けて、そのまま玄関先から道の前に止まっている馬車へと乗り込んで消えていった。
「……あの人は一体、どういう方なんだろうか?」
「ああ、いや、うん、口止めされててね。いつか言うよ。いつか……」
「そうか……あの子と娘が待ってるぞ。定時で上がってきて何よりだ」
「いや、あの方のおかげで……」
先に入るよう促した彼は孫娘へのプレゼントを娘婿に手渡して、自分へと言っていた袋を気にして一応取り出してみる。
「これは……?」
袋の中には一升瓶と木箱。
その箱の上にはこう書かれていた。
―――四度目にして祝杯も挙げられない男へ。
―――三度目にして救えもしなかった女より。
彼は何も分からず。
ただ、首を傾げて、微か夜空に残る紅の残滓を見つめ、何故か胸が痛むのを感じた。
こうして彼の日常は過ぎて行く。
老後というにはまだ早く。
しかし、悠々自適に酒場などをやる彼の毎日は確かに耀いていく。
本当に出来過ぎなくらい順調なままに………胸へ何故か開いた見知らぬ穴を抱えながら。
――――――シャーイ。
本来、この世界には存在しないはずの情報を覗き込みながら。
空の上で漂っていた角持つ人造生物な幼女は現実が騒がしくなりつつあるのを感じて意識を浮上させていく。
とりあえずの勉強はまだまだ続く。
その時に備えて。
現実に近付く程、感じられる温もりに目を細めながら、好奇心の塊は次なる聖女の勉強に思いを馳せる。
やがて、来る日を迎える為に………。