※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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第三十九節

第三十九節「黒の襲撃」

 

―――第三層終点、境界域の渦。

 

「お~~ありゃ、七教会の戦艦かぁ~~?」

 

「ありがたいね~」

 

 何処の世界にも御昇りさんという人々はいるもので。

 

 都会的なものを崇める風潮は新しい時代を忌避する性質と相反する事なく。

 

 両立されている代物だったりする。

 

 天蓋蒼星は近年稀に見る発展した“新都会”だ。

 

 だから、外国に行くというようなレベルでしか未だ宇宙に飛び出しているのだという事実を理解しない人々にとって、其処は新しく出来た七教会が治める地域もしくは国くらいの認識。

 

 移民がざっくりと大量流入しつつある昨今。

 

 一部の人々は天蓋蒼星をバカンス先と勘違いしていたりする。

 

 過酷な環境を生きなければならない地方には七教会をして“暗黒地帯”と呼ばれる場所が複数存在しており、そういう世界からの来訪者にとって、剣獣なんてのは野生の獣みたいなものにしか過ぎず。

 

 武器防具兵器狩猟用の道具一式を持ち込み可なので嬉々として得物を駆りつつバカンスを愉しむという層が極々一部だが、星潜者の中にもいた。

 

 第三層の終り。

 

 虚空に現れる次の層への境界域。

 

 捻れた渦は空間跳躍の扉だ。

 

 その場所を前に数百m級の浮島が複数魔術の耀く鎖で連結して、第三層に向かう物資を積んだ軍艦から似降ろしの現場となっている光景は基地のようにも見える。

 

 十人弱の地方諸国からの御昇りさん達は三十代から五十代の猟師一行。

 

 それも教会がそれなりに影響力を持つ地域からの団体客。

 

 剣獣を弓矢と剣と罠で伝統猟よろしく待ち伏せして狩っていた彼らは教会の空飛ぶ船を思わず拝んだ後。

 

 今日の得物。

 

 密碑をその場でザクザクと掻き集めて、皮袋へと突っ込んでいた。

 

「おやっさ~ん!! 集め終わりましたよ~」

 

「そーかい。そーかい。ん~~ん~~じゃあ、街に戻るべ」

 

「いや~それにしてもこったなところで小遣い稼ぎだなんて、世の中どうなってるんだべな。がははは」

 

「いやいや、全部おやっさん達の腕があればこそですよ」

 

「そんな煽てたって何も出ねーべよ~」

 

 三十代の若者に言われて年長の男達が気を良くした様子でそろそろ近くの街に帰ろうと貸し出されていた小型船舶の係留地点へ戻ろうとした時だった。

 

「ん、ぁ? 何か霧出てきてんべな。こりゃぁ~早く帰るに限るべ」

 

「んだ!! 狩りの鉄則だべな。おめーも覚えて置けよ」

 

「あ、はい。天候が崩れた狩りは終り。さっさと家に帰る、ですね」

 

「そうそう。帰るのはオネーチャンのいる店でもいいけどな。がはははは」

 

 動物の毛皮を被り。

 

 猟師道具を外套の中に仕舞い込んでいく手際も鮮やかに全員がすぐ片付けを終えて、霧の出始めた小島の端へと向かって歩き始めた。

 

 森に入れば、巨木の生い茂る葉のせいで外は窺い知れない。

 

 ホウホウと啼く梟の鳴き声の下。

 

 彼らは少しずつ濃くなっていく霧に飲まれながら先程の陽気な様子までとは違って、無言で進み続けた。

 

「おやっさん。此処の得物って面白いですよね」

 

 最年少の三十代にそう言われ、彼らの頭領たる禿げ頭の頭領が僅かに唇の端を曲げた。

 

「面白くはあるべよ。でもなぁ」

 

「何か気になる事でも?」

 

「ありゃぁ、エグイよ」

 

「えぐい?」

 

「此処まで来て気付かなかったべか? “そーでぃあす”っちゅーのは少しずつ強くなってるべ?」

 

「え、ええ、確かに此処ら辺のになると物凄く強かったですけど」

 

「ありゃぁ、人を獲る為に強くなってんべ。たぶん」

 

「ん~だべがな~~」

 

「んだんだ」

 

 先達達が頭領の言葉に頷くのを見て、三十代が首を傾げた。

 

「人を?」

 

「ウチらの国は戦さなれば、人を取る猟師になるべ? だからよ。わがんべ。強くなっていく手順がな。ありゃ、人を取る為に“ごーりか”して“こーかつ”になってんべ。ウチら兵士じゃねぇべ? だから、ここらが潮時なんだ」

 

「……人間を取る剣の獣……」

 

 今まで感じていなかった。

 

 いや、感じるまでもなく。

 

 心の何処かに引っ掛かっていた事を言葉にされて。

 

 三十代が背筋に僅か汗を浮かべた。

 

 字面だけ聞いても、決して油断していい存在ではないのだと。

 

「さ、陰気な話は此処ら辺にしてお水のオネーチャン達と騒ぎに行くべや!!」

 

「お~お~!!」

 

「ん~~ん~~!!」

 

 彼らがそろそろ森を抜けようとした時だった。

 

 不意に森の終り。

 

 浮島の端から見る空を―――空飛ぶ七教会の戦艦が煙を上げて落ちて行く。

 

「んなぁああッッッ?!!」

 

 戦艦がそのまま高度を下げつつも進行方向に展開した巨大な転移方陣に突っ込んだ。

 

 その無理矢理な突入の余波か。

 

 周辺の浮島が衝撃波にグラグラと揺れる。

 

 無論、その上に立っていた漁師達もまた足場のグラ付きにその場で釘付けとなってしまう。

 

「な、何が起きてんだぁああ!!?」

 

「あ、ありゃぁ、なんだべ!!?」

 

 一人が左前方上にあったはずの浮島を連結した鎖が次々に霧の中で巨大な霧に写る影に引き千切られているのを見て、叫びを上げた。

 

 その上半身のみが影として浮かび上がる何かが霧を纏い。

 

 浮島を一つ一つ掴んでは七教会の戦艦に投擲。

 

 あるいは握ったままブチ当てては座礁させていく。

 

 教会の方からは既に出撃した高格外套が二十機近く上がっており、空中で転移を繰り返しながら、三次元戦闘へと突入していたが、何故か。

 

 本当に何故か。

 

 転移先にある影の肉体に激突してはそのまま取り込まれて消えていく。

 

「な、何なんだべさ!? ありゃぁ!!?」

 

「やべぇわ!! 逃げるべさ!!」

 

 男達が巻き込まれない内にと十人載ったら満員だろう大型の大陸中央式のボートへと慌てて乗り込もうと走り出す。

 

 その間にも次々に数を減らしていく高格外套は斬撃や魔術で相手を少しでも牽制しようとしていたが、全て無駄に終り。

 

 係留されていた艦船は大半が何処かを破壊されて次々に転移で緊急脱出していく。

 

(何だ? 何であの戦艦の人……?)

 

 三十代の男が疑問に思ったのも無理は無い。

 

 戦艦の一つ。

 

 その艦首の透明なブリッジ付近では緊急事態のはずなのに未だカップを片手に談笑するブリッジクルーの姿が見えていたからだ。

 

 その下では拉げた船体が火花を上げているというのに誰も鬼気迫った表情の一つも浮かべていない。

 

(気付いてない? いや、気付いている人は沢山いるべ!? あの霧の巨人が何かしてるんだべか?)

 

 と、彼が一瞬の思考の後。

 

 ボートへとようやく乗り込んだ。

 

 ゼェゼェと息を切らせたのはあまりの出来事故だ。

 

 本来ならば、それ程に体力を使ったわけでもない。

 

 だが、それにしても息苦しさを感じて彼が他の仲間達は大丈夫かと顔を上げれば、その後姿に不安を感じた。

 

 誰もが霧の巨人の方角を見上げていたからだ。

 

「だ、大丈夫だべか?」

 

 いつもは大陸標準言語で訛らないように気を付けていた彼の素が出た。

 

 しかし、仲間達の誰もがやはり巨人の方に釘付けで無言。

 

 その列に加わるようにして。“現場へと近付いていくボートの上”で彼もまた相手を見上げた。

 

 霧が更に濃くなる中。

 

 誰もがその顔に視線を吸い寄せられる。

 

 朧な白い闇の奥から緑色の耀きが少しずつ線を奔らせ。

 

 まるで火が灯っていくかのように浮かび上がったのは文字。

 

 そうだ。

 

 顔面に当たる場所にはこう書かれていた。

 

【巨魂(モンストローサ・ファズマ)】

 

「!!?」

 

 魂を握り潰されたような圧迫感。

 

 そして、更に息苦しくなる呼吸。

 

 それにようやく自分の口元に手をやろうとした彼は自分の口がツルリとした何かに覆われているのを理解した。

 

「―――?!!」

 

 呟きすら零せない。

 

 だが、それよりも視界がゆっくりと下から閉ざされていく方が恐怖を掻き立てる。

 

 まるで出口の無い牢獄に閉じ込められるような絶望感。

 

 顔を覆おうとするソレを剥ごうと指を掛けて必死に力を込める。

 

 しかし、ビクともしない仮面に……少しだけ見えた屍蝋の色合いに……彼はやがて抗う意思を失くした。

 

 残るボートの上で彼ら猟師の一団は巨人が上げたくぐもった声のようなものに反応し、自分達の得物や道具を空に掲げた。

 

 ある者は弓。

 

 ある者は剣。

 

 ある者は罠。

 

 ある者は針。

 

 それと同時に緑炎が世界を染め上げ。

 

 霧が凝集されるよう、まるで燃料に引火するよう、燃え上がっていく。

 

 炎の全てが猟師達の頭上から降り注ぐ。

 

 弓は巨大な3mはあろうかという禍々しい銃らしき代物へ。

 

 剣は黒く黒く煮詰められたタールのような不定形の刃へ。

 

 罠は蠢きながら分裂しつつ、瞳を大量に浮上させた乱杭歯の化け物へ。

 

 針は万本を越えて繋がりながら増える正に針山のガラクタのようなオブジェへ。

 

 彼らの身体から溢れ出した屍蝋が外套までも侵蝕し、その上が緑炎で覆われていく。

 

 最後に残った彼らの名残はその顔面にある名前だけだった。

 

【狩人(ヴェナトー)】

 

 人を狩り、敵を狩る。

 

 それはただそれだけの存在。

 

 ホウホウと梟の鳴き声が世界に響く。

 

 世界に嵐が吹き荒れる前兆はそうして発生した闇夜の侵食の奥に閉ざされていった。

 

 *

 

 夢のような話だが、目の前に自分の好物が沢山置かれている。

 

 それが聖女の試練だと知らされたイルトと愉快な仲間達一行は微妙な表情でその巨大な……巨人が使うのではないかと思われるようなダイニングバーのカウンターテーブルの上で巨大な皿の上に積み上げられた各々の好きな食べ物を前に目を細めていた。

 

 危険地帯から脱出して二日後。

 

 ようやく辿り着いたのは如何にも大陸中央風な小洒落た佇まいの店舗だった。

 

 外装は白壁に蒼紫色の屋根。

 

 看板には【愚者の采配亭】と書かれていた。

 

 引き戸を横に開けて入る方式なのだが、彼らが物凄く形容し難い気分に襲われたのは……その建造物の高さが100m以上あったからだ。

 

 何もビルというわけではない。

 

 小さなバーという風情の店の規模が人間の入る事を想定していなかったというだけの話である。

 

 本当に普通の店を大きさだけ100倍以上にしたとしか思えない店。

 

 つまり、直径で100m以上ある店舗の扉を自力で開けなければならない。

 

 浮遊した後。

 

 魔術で超重量の物体を横にズラして退けたのはイフィーだ。

 

 しかし、その後も続く内扉だの巨大過ぎる座席だの。

 

 見るだけで眩暈がしそうな様子は魔王以外の全員にとって、圧倒的な規模であった。

 

 ようやくカウンターに着けば。

 

 店主。

 

 バーのママさんとも見える指輪をギラギラさせた巨人なる女性が彼らの上にメニューを置き。

 

 危うく押し潰されそうな憂き目にも合った。

 

 だが、問題なのはそのメニューの方だ。

 

 其々に魔王以外のその場にいる全員の名前が書かれたメニューがやはり巨大な文字で書かれていたのである。

 

 空中からようやくメニューを見た彼らの感想は「何で知ってるんだろう」だった。

 

 イルト・イナーシタの好物/ミートパイ~香辛料を効かせて~とか。

 

 リュオ・クルミナスの好物/バッカシュ・レモ~ジュレ多目で~とか。

 

 片や母親の得意料理。

 

 片や地方独特の地酒カクテル。

 

 他にもイフィーの湯で麦香辛料添えやらシャイの飴玉やら。

 

 それが数分でドンと彼らの前に出てきた時。

 

 顔が引き攣ったのも仕方ない。

 

「これを全部食べろと言うのか?」

 

 少なくとも数百人分以上数万人分未満。

 

 それが出された全ての料理に対して言える分量だった。

 

 明らかに無理のある話だが、一人注文を出さなかった魔王様は適当に横となって腕を枕に寝そべって、あとは好きにしろと言わんばかり。

 

「これ食えって明らかに無理だろ……つーか、パイだけで学校の体育館以上の敷地面積がありそうなんですけど……」

 

 イルトが汗を浮かべて虚空に浮いたまま顔を引き攣らせる。

 

「シャーイ♪」

 

 さっそく食事を始めた人造生物なる幼女は出された飴玉を皿の上で抱き付くようにしてペロペロしている。

 

 ちなみにその大きさは確実に家一個分くらいになろうかという代物だ。

 

「イルト君。これは東部で言うトンチの類なのかもしれません」

 

「とんち?」

 

「要はどうにかして食べる。もしくは食べたと納得させる。そういう類の試練なのではないかと」

 

「……いや、リュオ先生。たぶん、そういう生易しいものではない。本当に食べろという意味だ。あの女の性格から言って」

 

 未だ自分達の好物の上空で湯気に炙られながら思案する三人だったが、リュオとイルトが「いや、まさか……」という顔で笑顔を引き攣らせる。

 

「ちなみに我は時間を掛けてもいいなら食べられるぞ」

 

「うぇ?! マジかよ!? ま、魔術とかでどうにかするのか?」

 

「いや、普通に食べるのだ。我の胃はもう特別製でな。高位魔族のものと何ら代わらない。食べたものは全て肉体の維持に必要な物質的な要素以外は魔力に変換可能なのだ」

 

「それって……ええと」

 

 どうなるのか理解出来ずにイルトが首を傾げる。

 

「要は厠に行く必要が無い」

 

「え?!」

 

「何だ? その顔は……」

 

「いや、その……」

 

「変な事は想像するな。とりあえず、高位魔族準拠であるというだけだ。イルト、お前とてそうなのだぞ?」

 

「は?! いや、オレは未だ普通にトイ―――」

 

 その口元がイフィーが片手で塞ぐ。

 

「言っておくが、それは肉体が人間だった頃の名残だ。お前が本気で大食いをすれば、恐らく我と同じようになる」

 

「むご……そ、そうなのか」

 

「ああ、ちなみにシャイは人造生物なだけあって、身体を調べた結果から言っても我々と同じ性質を持っている。問題はリュオ先生だな」

 

「あはは……僕も中々、愉快な仲間を持ったようですが、さすがに酒精中毒で死ぬのはちょっと」

 

 リュオが自分の分である果実の切り身が淵に刺さった巨大なグラスを見やる。

 

 その中では琥珀色の液体が氷をカラリと溶け出させ、水滴が幾つも滝のように敷物へ染みを作っていた。

 

「で、どうするんだ。師匠は?」

 

「そうですね……空間制御式の内蔵器官でも生やして少しずつお腹の中で消化する、ってのはどうでしょうか?」

 

「そんな事出来るのか?」

 

「ええ、昔はどうしても毒を食わないと突破出来ない遺跡とかありまして。さすがにそのまま食ったら死ぬので胃の内部に異相空間を設けて、内蔵の一部を魔術で変化させて解毒しつつ消化するようにしたりとか……今考えても無茶苦茶してましたね。あの頃は……」

 

「な、何かスゲーな……想像出来ちゃう当たり、さすが師匠って感じだけど」

 

「確かに……」

 

「って言ってもさ。あの料理食うのにどれだけ時間掛かると思う? イフィー」

 

 師の若い頃自慢を聞いた後。

 

 横の少女に尋ねた青少年はその顔に浮く憂鬱に気付いた。

 

「……恐らくだが、この難関は突破の前提が設定されている」

 

 イフィーが指を僅かにチョイチョイと曲げて、寝そべっている魔王を虚空に浮かせ、傍まで曳き寄せた。

 

「この大食いの前提は知っているか?」

 

「ああ、単純に店が閉まるまでだ」

 

「閉店時間は?」

 

「午前2時。それまでに口の中に入れてればいいらしい」

 

「イフィー。今のって……」

 

 イルトがさすがに半笑いになった様子で訊ねる。

 

「ああ、時間制限だ。ついでに恐らく……料理分の代金もだな」

 

「よく分かったな。その通りだ。此処では時価で金額が算出される。何度も頼める程に密碑を確保しているわけでもないだろうし、正念場だな」

 

 リュオがその魔王の言葉を聞いて、暗澹たる溜息を吐いた。

 

「口の中に入れればと言いますが、幾ら即座消化出来ても、通常の飲食速度では無理がありますね。やはり此処は空間制御系の魔術を使うしかないようです」

 

「ああ、それは止めておけ。起爆する羽目になるぞ?」

 

「起爆?」

 

 魔王の不穏な言葉にリュオが瞳を細める。

 

「此処は食事処だ。だから、一定時間で“清潔”にしようと掃除が始る。その時、胃袋にそんな大量の物が入っていたら、ボンッッ!! だろうな」

 

 拳を開かせるジェスチャーに状況を理解したイルトの顔が「うぁぁぁ……」というものになった。

 

「魔術が解除されるのか……厄介だな」

 

 イフィーが溜息を吐く。

 

「まぁ、まだ午後の一時。精々考える事だ。この店をあの女が構えた理由くらいなら、お前らにも予想が付くだろう」

 

 そう言うと魔王は再びカウンターの固い床に戻っていった。

 

 シャイは相変わらず飽きもせずにペロペロと巨大な飴玉を舐めている。

 

「どうすればいいのか。考えなきゃな……」

 

「我もさすがに此処に来て足止めを喰らうとは思ってもいなかったな……聖女フルー・バレッサの意図を探るとなれば、どうするべきか……」

 

 二人の若者が悩む横でリュオがふと未だにカウンター越しに立つ巨人のママさんを前に何かを考え込んだ様子となる。

 

「………」

 

「師匠は何か考え付いたか?」

 

「一つ。試してみたい事があります」

 

「試したい事?」

 

「ええ、此処がどうしてこういう店なのか。そして、大食いだけさせるなら、別に店である必要すら無い。食べ物が突如として大量に皿と共に降ってくる、とかでもいいと考えたら、此処が店である事が重要なのではないかと」

 

 虚空で悩む三人の視線が店のママへと注がれる。

 

「ふむ……試してみる価値はあるな。まずは探索しようか。それから店の内部で出来る行動の案を出そう。実行し続ければ、やがて“当り”が出るかもしれぬしな」

 

 そうして、彼ら小人達の奮闘が始る。

 

 午後1時9分。

 

 タイムリミットはまだまだ先だが、それにしても料理は冷める気配もなく湯気を上げ続けていた。

 

 *

 

 パーティーが分断された時の対処法として集合場所を決めておくというのは常識の範疇だ。

 

 特に遺跡で潜った時などは迷う事を前提で諸々の行動を決めておくのもよくある話。

 

 惑星規模の迷宮。

 

 という事になっている天蓋蒼星もまた旧来の遣り方が踏襲される。

 

 待ち合わせ。

 

 時間制限。

 

 集合場所。

 

 それは緊急時にこそ使われる様式美。

 

 だから、街の中心部。

 

 大通りにある公園や噴水。

 

 目立つ店や行きつけの店などを目印にして集まろうとする星潜者(アイム)がいる事は何らおかしくない事であった。

 

 街の近くに化け物が出た。

 

 それも大量に。

 

 となれば、七教会に対処は任せても、自分の身の安全を確保するという意味では纏まっているのが正しいと多くの人間が考えた。

 

 故に常より街の人混みは4割増し。

 

 あちこちで不安からか喧嘩や騒ぎが起きていた。

 

 そんな人々を尻目に空を飛ぶ事が出来る魔術師や魔術具の類で飛べる星潜者達は港へと向かっており、もしもの時の為の帆船のチケット収集に余念が無い。

 

 いつでも逃げ出せるというのは大きな力だ。

 

 危険から遠ざかろうとするのは生物として正しい。

 

 それもまた処世術にして生存術だろう。

 

(……ん?)

 

 人混みに紛れながら、空を中心に気配を探っていたマウロは不意に感じた背筋に氷を当てられるかのような心地に剣の柄に手を掛けた。

 

 そして、一秒、二秒、三秒、四秒。

 

 辺りを探るも妖しい人物は周囲にいないと結論付けたが、その直後。

 

 極大の以上が大通りの上空へと出現した。

 

 巨大な転移方陣。

 

 それが火花を散らしながら罅割れつつも内部から巨大なものを吐き出した。

 

 それは船だ。

 

 戦艦である。

 

 七教会の数百m級の艦船の船首から胴体までが一気に迫り出し、次々に火花を散らしながら破片を散らせて相当な速さで落下してくる。

 

 一瞬の間。

 

 そして、怒号と悲鳴。

 

 直撃地点にいたマウロの周囲では咄嗟に外へ逃げ出そうとする人々の波が道をパンクさせて、人が薙ぎ倒され、押し合い圧し合いで軽症者が続出している様子となった。

 

 それを横目に白い騎士鎧の男は己の剣を抜き出す構えを上空へと向ける。

 

 対空迎撃用の剣術は脳裏にある。

 

 だが、彼はそれを敢えて使わず。

 

 自身の展開する魔術方陣のみでソレを受け止め切ろうと決めた。

 

 その理由は単純だ。

 

 船に群がる化け物。

 

 流動する肉の塊。

 

 外神獣(アウタン)と一部では呼ばれ始めているソレ。

 

 彼が今や祖国となった双來に定住する切欠となった尋常ならざる化け物が装甲に張り付いていた。

 

 墜ちてくる化け物は14体。

 

 戦艦の質量は推定でも……たぶんは万トン単位。

 

 だが、それでも鞘を奔る剣に躊躇いは載らない。

 

 刃術。

 

 それに組み合わされるのは彼の持つ超常の力。

 

 居合いのように抜き出された剣身を媒介に斬撃という形で不可視、感知不能の一定空間に現象を出現させる力が……まるで転移爆撃砲にも似たソレが、化け物を両断する。

 

【多重哮奏(マルトゥス・カルモ)】

 

 両断された化け物はまだ息がある。

 

 それどころか再生しようとしている。

 

 だが、最初の斬撃は相手にマーキングする為のもの。

 

 斬撃の当たった場所を基点として発生する未知の力の顕現は斬撃の象るフラクタルな華のように相手を細切れにして穿ち、物質が局所的に斬撃同士の狭過ぎる隙間に挟まれた事で超加圧。

 

 一瞬にして“昇華”されて膨大な体積を獲得。

 

 暴発した“華”は噴流のようにして放散して、世界を震わせる獣の咆哮にも似て遠くまで響き渡っていく。

 

 吹き散った化け物の背後で終に転移方陣が砕け散って消滅し、船体が前後で破断。

 

 落下速度が上がった艦の船首が地面に直撃する際。

 

 半径50m四方の正方形型の防御方陣が8つ。

 

 同時展開された勢いを殺し。

 

「ッ」

 

 マウロの膂力に連動したソレが最終的にはズシリと重い音をさせながらも船首を方陣で固定しながら大通りの地表へと静かに落着させつつ、めり込ませて塔のように屹立させた。

 

「手を貸してくれる者はこの船の固定を!! 錬金術師や四属性持ちは土や鉱石などで繋ぎ止めて下さいッ!!」

 

 その言葉に広場にはまた刹那の静寂が満ちたものの。

 

 すぐに慌てた様子でマウロの傍に駆け寄って来る術者などが複数。

 

 それに釣られて、必要な技能や魔術を持っている老若男女がこのまま倒れたら事だと次々に船体を固定化するべく魔術方陣を展開し始める。

 

 完全に船体が巨大な鎖や錬金術で編み上げれた金属の檻などで留められたのを確認したマウロが方陣を消し去ったのは数分後。

 

 化け物が弾け散ったのは確認したが、まだ内部はどうなっているのか分かっていないと近くにいた七教会の関係者などに調査隊や討伐隊の派遣を申し出た。

 

 話を聞かせて欲しいという彼らを前に仲間達の安否が気遣われるのでと背を向けて路地裏に姿を消しつつ、彼は港湾へと急いだ。

 

 まだ、事態は終わっていない。

 

 少なくとも彼が背筋に感じたものはあの艦や化け物ではない。

 

 そう本能が警鐘を鳴らしていたからだ。

 

 敵はまだいるはず。

 

 その考えはすぐに急いだ先の港方面から聞こえてくる悲鳴と怒号に裏付けられる。

 

 即座、魔術で一足飛びに数百mの距離を地表スレスレで稼いだマウロが声のした方学へと方向転換して埠頭に向かう。

 

 そうすると。

 

 彼が見たのは黒い漆黒の肉体に屍蝋のような仮面を付けた何者かが船の乗客を襲っている場面だった。

 

 出向しつつある帆船の甲板で次々に乗客達が魔術だ銃撃だと化け物達へ攻撃を加えていたが、相手を押し戻すのが手一杯。

 

 次々にその腕の伸びた凶器。

 

 鋭い腕の如き槍や爪に貫かれては虚空に振り払われるように落とされていく。

 

 最速で動魔術で肉体を加速。

 

 800m以上あった距離を音速に近しく駆け抜けて。

 

 その剣が振り抜き様に甲板の半数の化け物を上下で腰から両断する。

 

 爆砕した船の側面は抉り取られており、その破片が散らばるより先に二の太刀が返す刀で化け物の数体を積層魔力刃の伸びた剣身で両断。

 

 続いて、動揺するでもなく突撃してくる敵を膝蹴りで蹴飛ばし、足蹴にして虚空で身を捻りながら回避し、頭上を取ったと同時に三の太刀が振るわれる。

 

 頭上から集まった化け物が上下に膾切り。

 

 音速を超えた刃の生み出す衝撃波が甲板で荒れ狂い。

 

 化け物達を虚空へと吹き飛ばして落としていく。

 

 ダガンッと木製の床をクレーターのように凹ませた彼が周囲の人間の安否確認と治療を行おうとした刹那だった。

 

 マウロの瞳が後ろ向きに島から遠ざかろうとしていた船の背後から霧が押し寄せてくるのに気付く。

 

 そう、それは明確に今発生したのだとでも言わんばかりに船を背後から喰らうように飲み込んでいく。

 

 それに逃げて下さいと叫ぼうとしたのも束の間。

 

 甲板でまだ生きていた人々が急激に身体を操り人形の如く関節すら曖昧な様子で高速振動したかと思うと。

 

 その肉体を黒く黒く染め上げられていく。

 

 そして、顔の穴という穴から染み出した屍蝋によって顔面に封をされて、緑炎の炎が黒く黒く文字を焦がし刻んでいく。

 

 曰く。

 

【臆病者(ソルリキトゥス)】

 

「―――」

 

 救おうとしていた者が化け物になる。

 

 その狂気の光景を前にしても瞳を細めるに留めて。

 

 船から背後へと跳躍した彼は次々に襲い掛かって来る伸びた触椀を剣で弾きいなし、その勢いで更に後退しつつ、船を港で迎え撃つ事と決める。

 

 上陸されれば、恐らくは船内で同じように変質しているだろう脱出者達が次々に犠牲者を増やすのは明白だと確信したからだ。

 

 霧はゆっくりと迫ってくる。

 

 それに合わせて船もまた前進し始めた。

 

 よく見れば、霧の奥から数隻。

 

 いや、数十隻の帆船が同じように黒い肌に屍蝋の仮面を付けた乗船者達を船縁に並べて迫ってくるのが確認出来た。

 

 まだ逃げ出していなかった船の中からはその光景にマズイと感じた者達が次々内陸へと向かって逃げ出していく。

 

 霧に飲まれれば化け物となり。

 

 戦うには戦力も足りない。

 

 軍隊ではない彼らに戦えと鼓舞するのも酷だとマウロは数十隻の歓待されぬ船と船員達を前に剣を正眼に構えた。

 

「……この償いは必ず」

 

 そうして―――彼は己の持てる力の限りを指向して、剣を持つ手から力を抜く。

 

 次なる爆発的な威力を実現する為に心を静めていく。

 

 そんな様子を島の遥か上空の遊覧船から見詰める視線があった。

 

「ふふふ……御子様の御働きを手伝おうかと思えば、まさかこのようなところで出会うとは……まったく、世の不思議とは出会いの事なのでしょうか。ね……“坊や達”」

 

 教会の尼僧。

 

 少なくともそう見える女は……しかし、それにしては艶かしくも妖しく。

 

 そして、何よりも告白に船首で微笑んだ。

 

 その背後に巨大な肉塊。

 

 あらゆる動物の部位と頭部と臓器を取り込ませた……人間すらもそのパーツとなったソレを複数を従えながら。

 

「あの時の借りをお返ししましょう。騎士殿……んふふふ、あははははは、御神よ!! 感謝致します!!」

 

 肉塊が四体。

 

 その母とも言える尼僧の四肢へと喰らい付くようにして同化していく。

 

 そして、それは下半身を飲み込み。

 

 女が法悦に顔を歪ませた。

 

「さぁ、愛しい子達……遊びの時間ですよ。あなた達の兄を屠殺した騎士の方に大きくそそり立ち、逞しくなった姿を見せてやりましょう」

 

 醜く肥大していく女の下半身と四肢が20mを超えて、遊覧船が船首に向けて傾く。

 

 そんな中、甲板に複数のエルフの少女達が無機質な表情で出てきていた。

 

 その姿はまるで病院で着せられる簡易の衣のようだ。

 

「偉大なる御神に願い奉る。我らが世界に新たなる夜明けを!!」

 

 両手で祈り始める少女達の東部がカキュンという軽い不可思議な音と共に消失し、正方形の黒い門のような物体が現れる。

 

 それが浮遊して船を離れ、肉体が門内部へと拉げるようにして吸い込まれた後。

 

 門を超えてボンッボンッと流動する肉塊が次々に吐き出され始めた。

 

 その勢いはまるで止まらず。

 

「と・つ・げ・き♡」

 

 顔を恍惚に歪ませた女が船の甲板を蹴り砕き真下に向かって加速する。

 

 不意打ち。

 

 その時、確かに埠頭に存在する全ての施設が抉り取られ、削り取られ、この宇宙内部から消滅したのだった。

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