※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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第四十二節

第四十二節「真なる種」

 

 近年、エルフが警戒されるようになった。

 

 理由は単純明快。

 

 彼らの中の一部の存在が人社会にとって、驚異となったからだ。

 

 だが、大抵の場合。

 

 特に大陸中央諸国の場合。

 

 個人と種族は別個のものとして扱われる。

 

 この人権に根ざした普通の考え方が天蓋蒼星内での悲劇を量産していた。

 

 地方の国々が中央に配慮した天蓋蒼星往きの便。

 

 星潜者達を送り込む真空渡る船。

 

 その中に魔術で身を隠したエルフが複数紛れ込んでいた。

 

 エルフの入領を断っていた七教会にとって、それは青天の霹靂。

 

 彼らは自分達が今まで説いてきた道徳を法を犯しても実行する地方という相手に対して、明確にエルフを入れない理由を説明しなかった。

 

 それが仇となり、本来存在しないはずの相手が天蓋蒼星には幾らも入り込んでいた。

 

 相手の差別を助長せぬように。

 

 そんな配慮が齎した結果は残酷。

 

 天蓋蒼星各地で起こった流動する肉による大規模一斉攻撃。

 

 これを前に各地と連携も取れずに寸断されていく七教会支部は混迷を極め。

 

 現地戦力のみでの対応を余儀なくされていた。

 

「こちら第322防衛隊!! 本部、応答されたし!!」

 

 ザァアアアッと流れる無線通信の無言。

 

 自分達が孤立した事を知る戦う人々が取った行動は極めて単純だ。

 

 最後まで戦う。

 

 これに尽きる。

 

 相手がどれだけいるのかは誰にも分からず。

 

 しかし、手の抜けないどころか。

 

 本気でやらねば、誰も守れない程の強敵が多数。

 

 市街地を守る防衛隊程に苦戦と困難を余儀なくされたのは相手の攻撃が避けるしかない代物だったからだ。

 

 どれだけの敵を倒したか。

 

 どれだけの相手を駆逐したか。

 

 それが分からなくなった頃。

 

 ようやく彼らの大半は気付く。

 

 幾ら何でも援軍が遅過ぎる。

 

 これだけの敵を何故七教会が放置するのか。

 

 その答えを求めた時、殆どの高格外套中の者達は世界の変化を機敏に捉えた。

 

 そして、一部の者は現実に現われた光景。

 

 まるで何事も無いかのような異なる時間を生きる時空の壁の先の人々を前に理解する。

 

 自分達が元々の世界から切り離された存在の分岐に過ぎないという事を。

 

 それは可能性の分岐。

 

 本人でありながら、その別たれた時間に進んでしまった自分。

 

 彼らは同時間軸上で進む平穏の中に自分ではない同僚やあるいは知り合いを見た事だろう。

 

 並行世界(パラレル・ワールド)。

 

 それにも近しい異なる時間の内側に閉じ込められた彼らは……孤立無援の絶望的な消耗戦を強いられる事となったのだ。

 

 どれだけ足掻こうが、今も本当の世界、元々分岐する前の世界では自分達が笑って今も過ごしているのは間違いなく。

 

 彼らを観測し、気付く者が無ければ、後はただ無限のように湧き出る化け物に押し潰されるだけ。

 

 その絶望を超えた諦観を前にして誰もが己の疑問にふと立ち止まり。

 

 一瞬の隙も逃さぬ敵の内側へと沈んでいく。

 

 霧が全てを飲み込んでいく世界の最中。

 

 積み上がる犠牲者は数知れず。

 

 その中で何とか逃れようと虚空へと船を出した第3層の者達は何とか逃れようと集団での別の浮島への逃走へと移っていた。

 

「はい。こっちよこっち」

 

 あの霧が虚空から押し寄せてきた時点で近場にいた星潜者達を船内に避難させ、そのまま3層を垂直に上昇して難を逃れた移動酒場兼移動浴場な商船は現在、魔術による霧の観測範囲から逃れるようにして無人の浮島が漂う空域で警戒しながら浮かんでいた。

 

 不用意に島に上陸して化け物に出会う可能性も考慮し、島とも言えない岩塊などの岩陰に身を隠したのは正解か。

 

 船を隠蔽しながら周辺観測をしていた魔術師達の大半は屍蝋の色を宿した剣獣(ソーディアス)を前にして血の気を引かせ。

 

 自分達が狩る側から狩られる側へと転落した事を悟った。

 

 そんな中でも腹は減る。

 

 30人程がいる船内を何とか取り仕切り、食事を出すのも彼らの仕事になっていた。

 

 カウンター内のキッチンでは一時、緊張を忘れさせようと薄い酒を食前酒で提供し、大鍋で煮込んだスープを全員に配っている。

 

 全てを回しているのはエリザだ。

 

 船長不在。

 

 相棒と草臥れたオヤジと新進気鋭の技術者。

 

 4人での運営は忙しなかった事件初動の数時間を何とか乗り切っていた。

 

 根本的に荒くれがどうしても多くなりがちな下層の人間だけあって、星潜者達は我が強く。

 

 ルールを守ろうという意識が希薄だったりするのだが、さすがに事態が事態という事で今は食事と酒を提供してくれる彼らに文句を言う輩は一人もいない。

 

 また、外部観測。

 

 自発的な監視を行ってくれる術者達も交代交代で自分達の死に直結する情報を見逃すまいと真剣な様子で数人ずつの体制でシフトを組み。

 

 この未曾有の襲撃を前にしてよく貢献していた。

 

 酒場の中。

 

 しかし、喧騒は殆ど無く。

 

 息を潜めるようにむっつりと黙り込む者は多い。

 

 浮き島に残してきた仲間や家族。

 

 あるいは恋人友人。

 

 見捨ててきたとは言いたくなくても、結果的にはそうなってしまった可能性は高く。

 

 厳しい現実を前に大半が霧に呑まれた島への通信が届かなくなった今、どうしていいかも分からず。

 

 途方に暮れている。

 

(あまり良くないわね……この状態が永く続いたら、暴動にもなりかねない……取り合えず、目標が必要かもしら?)

 

 さすが皇帝の片腕と言われただけはあるか。

 

 いつもはそう目立たない彼女は内政的な部分での本領発揮を皮肉にもこんな時だからこそ、せざるを得なくなっていた。

 

 エトの傍らで学んで皇帝学。

 

 人の上に立つ条件。

 

 そして、集団を効率的に用いる為の力学。

 

 他の仲間達に無言のまま脳裏で会話しながら、彼女は的確に避難者達が瓦解せぬ道への標を描き出そうとしていた。

 

 他の三人に了承を取った後。

 

 彼女が酒場の中央へと向かい。

 

 その魔術具の灯りの下。

 

 そっと彼らの中心に立つ。

 

 エリザの姿に何が始るんだと注目が集まったところでその提案は為された。

 

「皆さん。当船はこれより生存者の救出と化け物からの逃亡の為に各地の浮島の被害状況を確認しに行きたいと思います」

 

 ざわつく船内。

 

 反論や異論もきっとあるが、それを黙らせるだけの理由は既にある。

 

「皆さんも分かっていると思いますが、最初に全員に確認した時、そもそもこの船の中にある密碑(キャラクト)の総量では全員分の食料を賄うのは一月が限度です。この船内から出て剣獣(ソーディアス)を狩るリスクも考えると、実際補給の為には浮島に行くしかない。ですが、30人でも恐らく集団戦は厳しい。霧と共に押し寄せる化け物の総数は限りなく軍勢と呼ぶべき規模でした。という事は我々が何とか今から生き延びるには三つ手に入れなければならないものがある」

 

『三つ?』

 

 そうあちこちで呟きが零される。

 

「一つ。我々のように逃げ延びた人々。集団戦を生き延びられるよう人手がまず必要です。二つ。船団を組めるだけの船。大規模な避難民の収容さえ出来れば、相手の注意を引き易くはなっても、一気に密碑集めをして雲隠れするという事も可能でしょう。三つ。各地にある七教会支部からの武器確保。この天蓋蒼星内で最も強い兵器を持つ彼らすら苦戦を強いられているかもしれない以上、我々にも同じだけの武器が無ければ、身を守る事も覚束ない。よって、これより当船は大規模な密碑が集積された保管所があり、大規模な避難民と船がいるであろう空域に向かいます。そこで合流と同時に七教会と出来ればコンタクトを取りましょう。もし、彼らが全滅していても、兵器を回収出来れば、密碑を集めてしばらくは事態が落ち着くまで安定して隠れていられるはずです」

 

 ざわざわとエリザの合理的な会話に話し合う者達の中からポツリと『でも、見付かったら』という重苦しい呟きが零される。

 

 それに同調する者も何人かいた。

 

 しかし、彼女は静かに声を紡ぐ。

 

「もし、此処で貝のように口を閉じて黙って待っていても、やがてくるのは緩慢な死だけ。生き延びる為の最善の方法を取りましょう。その先頭にはこの船の所有者であり、あなた達を受け入れた義務を履行するものとして、我々が立ちましょう」

 

『我々? あなた達は一体……』

 

 そこでようやく今まで船内への入り口で番をしていたエーレインが立ち上がる。

 

 そちらに視線が集まれば、彼女は堂々と自分の旅装である外套を剥ぎ。

 

 その普通ならば、豪華絢爛とも見える緋色の装束を露にする。

 

「我々はイグニシア・クルシス皇帝。エト・エイラル・エイム・イグニシア・クルシス様の家臣にして、この地の調査を行っていた者。帝都守護職ヴァルガンノースである!!」

 

『―――ッ!!?』

 

(此処でそう名乗っちゃうんだ。まぁ、らしいって言えば、らしいけど)

 

 その場で一番武力を体現した人間が名乗りたいのならば、箔付けは何でもいい。

 

 そう、問題は言葉ではなく。

 

 言葉の裏にある安心感を、確固とした虚像にしか過ぎないソレを、人々に信じ込ませる事だ。

 

 此処にどんな国のどんな組織の人員がいたって、絶望的な状況は変わらないのだ。

 

 しかし、それでも人が縋るに足るものをエーレインは示そうとしている。

 

 それが自分の職場なのは当たり前と言えば、当たり前であった。

 

『ヴァ、ヴァルガンノースって、あの?』

 

『ああ、帝都アウテーナム・レクレスの皇帝直轄組織だ。確か……』

 

『まさか、南部の帝国が此処まで……』

 

『そ、それより助かるのか!? オレ達助かるんだよな!? だ、だって、あの皇帝の部隊だもんな』

 

『オレ、聞いた事あるぜ。あの国の帝都守護職は皇帝の為なら命を捧げて戦うって』

 

『そ、それに物凄く強いんだろ!! だ、だって、七教会と対等に渡り合ってるって聞くぜ!?』

 

『あ、ああ!! それにヴァルガンノースは皇帝の命令に絶対服従……此処でこの人達が助けてくれるって言うなら、それは最後までって事じゃないのか?』

 

『クソ、帝国の世話になんなきゃならねーのかよ』

 

『しッ、此処は黙って従うんだよ。馬鹿!!』

 

『帝都守護職ってアレだよな。皇帝を侮辱したら、1日牢屋に突っ込むって』

 

『ああ、そうだぜ。オレもブチ込まれた事がある。抵抗しようとしたら、紅い髪の女によ。ぶっ飛ばされたんだよ。陛下を賤しめる者の命を取らずにおく事の寛大さを何たらとか説教されてよ。く、今思い出してもムカつくぜ!? だが、あれくらい強い連中なら、ある……いは……ッ!?』

 

 ツカツカとエーレインが最後に話していた髭面の男の前に寄ってくる。

 

 それだけで腰に剣を2本下げた男の血の気が引いた。

 

「貴様、陛下を賤しめた事があるのか?」

 

 ギロリと睨まれた男は年下にも関わらず蛇に睨まれた蛙状態。

 

「国内ではない此処でなら斬って捨てても何ら問題ないが、生憎と此処は陛下が通る道の一つ。貴様が如何な言動をしようと何もしないから安心しろ。だが―――」

 

 ニィッとエーレインの唇の端が吊り上がり、アルカイックなスマイルが浮かべられる。

 

「此処にある者は等しく聞け!! 我が名はエーレイン!! 陛下の一の家臣にして帝都守護職ヴァルガンノース総長!! 陛下のまかり越す道の掃除を承った者!! 私は全力を掛けて全員を守ろう!! だが、等しく覚えておけ!! 私がお前達を守るのはそれが陛下の命に背かぬ為である事を!! 人の道を説く者はその道を示さねばならない!! 陛下のご意向によって、一致団結して事に当たる者を私は決して見捨てない!! だが、共に歩めないという輩を養ってやる余裕など我々には無い!! 生き残りたいなら付いて来い!! 出来ぬと言うなら、此処で死ね!! 我が忠義の剣に掛けて!! 戦うか!! 死ぬか!! 今此処で選べ!! 拾った命をどう使うか示して見せろ!!」

 

 あちゃーという顔になったエリザであるが、その場の殆どの人間がエーレインの方を向いているので問題も無いかと肩を竦める。

 

 総長の座に着いてからというもの。

 

 こういう貫禄がある事を言い出した陛下馬鹿(エトダイスキ)さんは止められないのだ。

 

 もはや、狂信者か妄信者というところだろうが、其処が良いと評価される世の中なのだから、不思議なものである。

 

 このような物言いは本来、反感を買うはずだが……事このような状況にあっては強大なリーダーシップとして遺憾なく人々の心を掴むのに発揮される。

 

 抜かれた剣はまるで騎士の誓いのようにエーレインの顔の眼前で光り輝き。

 

 その眼光を前にして否と答えられる者は無く。

 

 また、その強さをヒシヒシと感じた者達はゴクリと唾を飲み込みながらも、少しずつ表情は明るくなっていった。

 

『オ、オレはこの人に付いて行くぞ!!』

 

『わたしもよ!!』

 

『ああ、そうだな。彼女に付いていこう』

 

『そうしようか』

 

『うん』

 

『便りにしてるぜ。大将!!』

 

『おうよ。アンタに賭けるぜ。ねーちゃん』

 

 ガヤガヤと喧しくなる船内で剣を鞘へと収める頃にはエーレインを中心に人の輪が出来上がっていた。

 

「……すげーな。エーレインの姉さんは」

 

 マルートがカウンター内でボソリと呟く。

 

「うん。ホント、あんなに暗かったのに一気に明るくなったよ。これが人徳って奴なのかな?」

 

 クルジェンカがその横で大鍋を大きなお玉で掻き回しつつ、頷いた。

 

「あいつがスゴイのは単にエトに対する気持ちだけよ。ぶっちゃけ、人格破綻者だし……まともに見えるのはエトがそうしろって言った事を死んでも……いや、死んで生き返って転生して何度生まれ変わっても絶対忘れないだろうって忠誠心故だし」

 

 二人の顔がエリザの注釈に僅か引き攣った。

 

「意志の強さなら、きっとあたしもエトも敵わない。きっと、聖女にだって負けない。神様だって捻じ曲げられない事実があるとすれば、それはあいつの皇帝馬鹿(エトダイスキ)病くらいでしょうよ」

 

 そんな相棒からの評価を受けつつも、周囲をエト信者へ改心させようと今までの無口さが嘘のようにその外套内からは言動よりも雄弁に全てを語る皇帝グッズが湧き出しつつあった。

 

 もはや、そこは新興宗教の会場か。

 

 こうして帝都守護職ヴァルガンノースの天蓋蒼星内での公的活動は開始された。

 

 最初の目的地は第3層上層の端。

 

 イファラナ環状街。

 

 最大級の七教会の船舶。

 

 バロン・フリートが民間に開放され、中央に浮かぶ。

 

 あの場所だった。

 

 *

 

―――???

 

 ホウホウと梟が鳴いている。

 

 そんな夜中。

 

 エルフ達が群れを成して歩いている。

 

 此処は何処か。

 

 そんなのは知らず。

 

 一人一人が歓喜の涙に唇が裂けそうな程の笑みで裸のまま歩いている。

 

 地平には満月。

 

 大きな大きな白い塊。

 

 辿り着く場所は崖なのか。

 

 長い列の終点は月の前で下へと消える。

 

 その鈍行は果ても見えず長いが、薄ら暈けた夜空の最中に薄っすらと……エルフの大人達が背を向けた、元居たのかもしれない方角に……城が見える。

 

 派手さは無く。

 

 しかし、無骨でも無く。

 

 滑らかな漆黒で塗り固められ、月の灯りに浮かび上がる幽玄なる巨城。

 

 それは塔のようにも見えたが、山岳のようにも思えるだろう。

 

 砂地を進むエルフの足跡を辿った先。

 

 彼らが住まっていたとも思える其処は黒と白に塗り分けられた小さな小さな城門―――それでも100mはあるだろう大きさで地表に僅か開いていた。

 

 その分厚い何十mあるかも分からぬ門の隙間からエルフの列は途切れる事なく続いているのだ。

 

 左右に切立つ門の壁を延々と抜けた先に其処はある。

 

 今日は夜会かと思われる程に明るき場所。

 

 玉座の間へと続く漆黒の何kmになるかも分からぬ伽藍堂。

 

 その壁際には何処まで無限にも見えて魔術の明かりが点る横穴が連なっており、揺ら揺らと薄いカーテンのような布の戸が穴を外界と隔てて人影を映し出していた。

 

 あちこちから響くの笑い声、甘い声、享楽に騒ぐ愉しげな声。

 

 壁際の穴は全て通路と階段で繋がれており、その上からの景色は正に驚きに満ちている。

 

 眼下には札(カード)や賽(サイコロ)などの賭けに興じる者。

 

 あるいはそこらで若い男と更に若い女とその娘が交わりに耽る様子が窺える。

 

 賭けに勝った者が己を賭けた女や己の娘を賭けた女と連れ立っては己の横穴へと連れて行こうとして、我慢出来ずに至るところで交配していた。

 

 それを咎める者は無い。

 

 混ざろうという者は幾らでも何処にでもいる。

 

 父母娘息子の区別無く。

 

 ただ、同胞を孕ませ、地に満ちるのみを歓びとして、生まれた者もまたそうして数を更に増やしていく。

 

 そんな城の奥。

 

 玉座と呼ばれる場所はどれだけの坂道を登れば辿り着くのか。

 

 無限にも思える階段の先。

 

 褐色や紅黒の斑模様を宿す肉の樹が神樹の如く。

 

 その宇宙樹にも匹敵する巨躯を城の天井までも伸ばしていた。

 

 玉座の間内部は全てがソレだ。

 

 巨大に過ぎるが故。

 

 また、その内部にも都市の如き世界が広がっている事を大半のその城で産まれたエルフ達は知らない。

 

 樹木の中では嬌声が響き渡り、同じ顔を持つダークエルフの男達が自らの娘、孫、その更に孫と延々と血統を純化するように年齢すら関係なくまぐわい。

 

 子を孕ませていた。

 

 生まれた子は母の乳を飲み。

 

 己の身体で歩けるようになる頃には父の下へと寄り添い。

 

 己の血が命じるがままに媚び。

 

 父にねだっては子を孕み続ける。

 

 増え続けたエルフ達の大半は最初期に少しだけ成長する者と成人にまでなる者に別れ。

 

 その成人になる者は一度に大量の子を産み落として後。

 

 死を迎えるより先に城の外へと歩いて出て行く。

 

 男も女も全てを子を増やして命尽きる前に砂漠へと歩みを進めるのだ。

 

 その辿り着く断崖の先に何があるのか誰も知らず。

 

 何も聞かず。

 

 御神の身元へと向かう。

 

 そんな列を作る者と交配する者が永劫に螺旋を紡ぐ世界の中心で。

 

 一人、十代の人間の少年がエルフの少女。

 

 いや、まだ歩き出して間もない自分の娘達や成人にまで成長した巨大な乳房に巨大な孕んだ腹を抱える自分の玄孫の玄孫の玄孫などに埋もれるようにして座っていた。

 

 その背をクッションのように包むのは己の子種を仕込んだ今正に我が子がいる腹だ。

 

 周囲にいる者は全員、少年の子を孕んでいない女は誰一人としていない。

 

 また、壁際には少年と同じくらいから年齢も低いエルフの少年達が並んでおり、今か今かとその若い幹を猛らせて、自分の母や姉や妹達の手が開くのを全裸で待っていた。

 

 少年がその身を起こして歩き出すと肉に埋もれたような道が次々に開かれていく。

 

 部屋を後にした少年の後ろでは穏やかな女達が我が子や兄弟を甘やかすエルフだけの嬌声が響き渡り始めた。

 

 全裸のまま歩き出した樹木の中。

 

 次々に閉鎖された場所が蠢きながら道を開いて少年を通していく。

 

 その合間にもその壁肌から次々に衣服が糸から生成されて少年の身体に纏わり付き。

 

 やがては豪奢とも思えるような袖も丈も長いエルフの神官が纏うような伝統的衣装へと変化していた。

 

 その色合いは樹木と同じく。

 

 斑だった色が統制され、各部位を暗色で染め上げている。

 

 そうして、歩く事数分。

 

 素足にいつの間にか靴を履いた彼は開けた場所へと出た。

 

 樹木の奥の奥。

 

 いや、御子そのものである世界の中心。

 

 其処には巨大な神像。

 

 否、硬質化したダークエルフの彫像染みた本体……降臨する個体の中でも最も巨大な力を有する核がいる。

 

 その顔は樹木の中で娘や孫などを当に超越した世代を重ねる彼の血統、巫女達を孕ませ、抱き続ける男達と同様だ。

 

 それは全て本体であるが、同時に分身に過ぎないとも言えるかもしれない。

 

 そんな相手を前に彼は……頭を下げた。

 

「4億人目の個体が先日産まれました」

 

【我が子らを更に増やせ……天蓋の星へは?】

 

「現在、2万体を潜り込ませ、あの方に率いて貰い、“発芽”させております」

 

 神像の声は鈍い。

 

 人の意識というものがあるとしても、もはや大樹と同化したに等しい相手の意識は変質し、人らしい感情を見せる事は少なくなっている。

 

 人間として巫女を孕ませる“彼ら”とは裏腹にその声は枯れ木を思わせて巌のような重さを感じるだろう。

 

【次なる時代が迫る……我が子らを北へ……黒き魔なるものを利用……大樹を滅ぼすのだ……】

 

「御意に」

 

 その命令に頭を下げた少年は再び樹木の分かれた道の億へと去っていく。

 

 神像と化した男。

 

 オリジナル。

 

 いや、嘗て聖女に半身を抉られた慣れの果ては砂漠の先。

 

 断崖へと身を落すエルフの男女達の行く末を見る。

 

 棺だ。

 

 黒いソレが開いた巨大な穴に何もかもが飲み込まれていく。

 

 生贄。

 

 いや、糧だ。

 

 この世界を広げ続ける為の糧。

 

 新たな力を蓄える為の糧。

 

 もう何千万体与えたか。

 

 拡大する城と席と樹木の維持は何処までも無限に糧を要求する。

 

 そして、それを産み出す世界の中心で男はその中枢となっている。

 

 力を得た彼の次なる野望はもうすぐ。

 

 キロリと視線を変えれば、城の中の一角。

 

 魔術の衝撃が乱舞する一角へと場は写る。

 

 其処では男女無く。

 

 老若男女無く。

 

 争う者達が愉悦を剥き出しに殺し合っていた。

 

 何度でも何度でも死に掛け、その度に樹木が彼らを貫いては蘇生させ、無限の活力と共に無限の闘争を与えていた。

 

 そして、勝ち残った者は次なる戦闘用のエルフ達の親となり、磨いた技を魔術をあらゆる力を伝える教師となる。

 

 愉しいから磨く。

 

 愉しいから上手くなる。

 

 そう、人が殺しに愉悦を覚えるようにエルフもまたそうすれば、敵を倒せよう。

 

 其処に如何なる忌避も無い。

 

 人体を改造し、魂魄を変質させ、間違ったら正しい道を見つけ、失敗したらやり直す。

 

 それだけの事だ。

 

 胎児の時より無数の力で弄繰り回されたエルフは化け物として生まれてくることもあるが、それならば、それを更に交わらせて血統の力をエルフの中に還元する。

 

 これらの戦闘種族としてのエルフの創造の横では正しくエルフには見えない有象無象の化け物達がエルフの女達を犯していた。

 

 腹を膨らませ、エルフにも見えない化け物達を何度も産み落とす者がいる一方。

 

 化け物ではなく。

 

 純粋にエルフの形をした強大な力を持つ何かを産み落とす者もいる。

 

 混沌とした世界の中心から全てを睥睨する彼。

 

 ダークエルフ。

 

 アーフル・ナーシムは全てが順調だと揃いつつある戦力を前に唇の端を歪めた。

 

 このような行いの精粋たる新生エルフ族とも言うべき者達は城の億の億で集落を作り暮らしている。

 

 全ての女は歩けるようになってから常に孕み育て続け。

 

 全ての男は歩けるようになってから常に殺し犯し続け。

 

 外敵を排除する力に長け、爆発的な速度で増え、寿命は何度子を産んでも孕ませても長寿で、その上に男女問わず相手を誘惑する資質に恵まれ、強大な魔力を持ち、文化や芸術を解し、如何なる相手と交わってもエルフを産み、人を油断させる為に心底悪意無く穏やかで他者を愛する。

 

 邪悪な種族と断じられず、人との間に増えながら世界を蚕食し、真に人へと破滅を齎す贄となり、人を惑わすだけの見目麗しさを備え、“人間を真に愛する心”すら持つ。

 

【そうだ……】

 

 人が悪意を虐げるものならば。

 

 人は善意を守るものならば。

 

 これは最善の方法。

 

 人は己の良心故に滅びの道を歩み始めるだろう。

 

 これこそが逆説的な彼の復讐。

 

 無意識の悪意が無意識の善意を駆逐する。

 

 人類を滅ぼす為に彼が備えた切り札の一つ。

 

 争っては負けるかもしれない。

 

 競い合っては負けるかもしれない。

 

 ならば、争わず、競い合わず、毒のように気付いた時には手遅れの策を打とう。

 

 それが聖女との争いにおいて、彼が結論付けた“正しい人類の滅ぼし方”だった。

 

 嘗て考えていた時よりも遥かに早く。

 

 指数関数的にも思える速度で増えていくエルフ達の想念はもはや彼を神格に近しい存在へと昇華した。

 

 その力で更に血統を増やし続けた彼の計画は始まりよりも増大し、拡大し続け、終り無く強力なものとして世界に現われつつある。

 

【人類よ……絶望せよ……我が身に宿る愛と良心故に……】

 

 瞳が閉じられていく。

 

 其処は彼の生み出したエルフの王国。

 

 人を駆逐し、彼らだけの世界を得るの苗床にして卵。

 

 その殻は終に破れようとしている。

 

 月下の城の果て。

 

 隠匿された世界の只中で薄く小さく蒼き星が耀く。

 

 未来を占う激突はもうすぐ。

 

 カタカタと地の底で黒の棺が鳴った。

 

 その日を待ち侘びるように。

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