第四十四節「白昼霧」
―――大陸中央諸国アルヴィッツ地方都市クラナブラ。
「あ、おっはよ~~イフィッち~~」
「いふぃ―――我はイフィミスラだ。何度訂正すればいいのだ? アリエ」
「え~? とりあえず、親友になっちゃうくらいまで?」
学生達が歩く通学路。
青々しい銀杏の街路樹が風にざわめく初夏の朝。
夏服になったばかりの少年少女がガヤガヤと思い思いにお喋りへ興じる。
その渦中にひっそりと言うには誰もから視線を受ける二人組みがいた。
一人は灰金の長髪に後七年くらい高等教育とは無縁そうな背の幼女。
もとい美少女。
その吊り上がった目元やら実しやかに何処かの王侯貴族の血が流れていると噂される幼いながらも気品としっかりとした存在感を放つ彼女。
イフィミスラ・ファサルトス。
片や普通の器量は悪くないが普通の顔立ちに雀斑がチャームポイントで三つ編みお下げの地味な茶色い髪のショートカット。
アリエ・ジュビルス。
「親友になら名前を呼ばれてもいいが、馴れ馴れしいのは失礼ではないか? まずファサルトスさんからがスタートだ。常識的に考えて」
二人は背も顔も学業の成績も違うが同じ学年の同じクラスな同級生だ。
ただ、一つ彼女達が他から浮いていたのはその在り様か。
片や孤高にも見える学年成績3位争い内に入る美少女。
片や馴れ馴れしい事で定評があり、少女達の間で瞬く間に誰とも親しくなる達人である普通の女子高生。
彼女達が出会った時の第一印象はイフィミスラ・ファサルトス側が『こいつは失礼という言葉を生まれた時に捨ててきたのかもしれん』に対し、アリエ・ジュビルス側『わ~かわい~な~~抱き締めたいな~~あ、イフィッちって呼んじゃお♪』だった。
それ以来、御姫様(イフィミスラ)にベタベタしたり、ニヨニヨしたり、キャッキャ姦しく喋りながら付き合うのが地味少女(アリエ)の日課となった。
春から2ヶ月弱。
もう梅雨が過ぎて初夏の兆しに学生達が額に汗を滴らせる通学路では二人の遣り取りは日常的な見世物になっている。
他の学生達からすれば、またやってるよクスクスというところ。
見目麗しい少女はこの二ヶ月以上で告白9回、手紙24通を受ける高嶺の華となったが、学年1のプレイボーイにも優秀なスポーツ特待生にも学年1の門地を持つ元名門貴族の嫌味の無いショタにも靡かず。
今やアタックする者も無い。
それを毎回毎回ニヨニヨしながら見ていた地味少女は付き合っちゃえよユ~と軽くからかうのが常だ。
だが、今日に限ってはそれも無く。
アリエ・ジュビルスはムフフという顔をするに留めていた。
「何だ? 今日は何も言って来ないのだな」
「え? だって、朝から良いもの見ちゃったし~」
「イイもの?」
「密かに噂にはなってたんだよね~。ウチの学校で1番のプレイボーイって本当はゼオ君じゃないかって」
「ッッ」
「あ、その顔は当たり?」
「ノーコメントだ」
「え~~、朝から『我の前で軽々しく、く、くくく口付けとか何を考えているのだ!? 貴様は!!?』とか言ってた癖に~~♪」
「ゲホ?! 最初から見ていたな!!? アリエ!!」
「そうだよね~~だって、ゼオ君。学校の男に靡かない上位ランク女子をこっそり侍らせてるもんね~~」
「ぐぬぬ……あいつの守備範囲の広さはおかしいのだ!!?」
「絶世の超乳美人と名高き魔族出の名門貴族アルメイア先輩とか。剣を握らせたら天下無双と名高い東部美人なユアン先輩。それからイフィミスラが入ってくるまで学園1の美少女。いや、地域1と名高かったミスコン投票ナンバーワンのハティアお姉様。それから同学年の実は密かに人気な双子のミュルトちゃんとメルフちゃん。幼馴染にして宗教委員会のクラル委員長。他にも謎の演劇部員とも付き合ってるって噂だし、別の名前で他の学校の子からイクスさんとか呼ばれたりしながら、亜人学校の子とも仲良いって言うし……う~ん、不純で従順で純情な異性交遊の匂いがする」
アリエが鼻をヒクヒクさせつつ、空想を膨らませた様子で目をキラキラさせた。
「あ、でも、ハティア様だけはユアン先輩と剣の腕でタメを張るって言われてるマウロ様との間に三角関係らしいって新聞部の子が言ってたっけ。ああ、片や靡かない女を靡かせる天才。片や将来有望な七教会の騎師候補!! う~ん、マウロ様は旦那様としてキープして、ゼオ君は恋人ってのが良さそう」
「はぁぁ……我は先に行く」
付き合い切れなくなったイフィミスラが先にスタスタ歩いていく。
それに気付いてアリエが『ちょっと待ってよ~』と笑顔で追いかけていった。
そんな、朝の遣り取りの最中。
雲間を渡る黒猫がビル街を目指して進む。
往く手には巨大な入道雲と七教会製の全身鎧が数百体。
見えざる者達の戦いの下。
今日も学校は時を進める。
クラナブラ第一先進高等学校。
学生達の群れは8時までには全て校門内部へと消えていったのだった。
*
―――???
「しばらく此処で休憩しましょう」
「ええ、さすがに堪えました」
蒼い瞳の少女。
百合の紋を背負った刀一つに外套姿の彼女。
ルヒ・サヤトネ。
その言葉に頷いたのは消耗した様子で額に汗を浮かべた白騎士姿の青年。
マウロ・フレステント。
二人はあの無限とも思える化け物の群れを凌ぎ切り、サヤトネの使う転移によって未だ霧の漂う世界の片隅……住人の居なくなった街の一つに身を寄せていた。
中規模の街並みの中。
港も近い場所にある倉庫内には物資が山済みとなっていたが、周囲には誰もいない。
霧を遮断する建造物内部に腰を落ち着けたのも束の間。
身を投げ出すようにして物資の木箱を背に剣を抱いて休む男を尻目にサヤトネは木箱の幾つかを素手で抉じ開け、内部から食べられそうなものを取り出しては男の横まで運んで、腰の皮袋の中から取り出した小さな調理器具や鍋と魔術の火であっと言う間に料理を作っていく。
ナイフが閃けば、肉に魚に野菜が虚空で切り裂かれ、食えない生塵だけ傍らに弾けて後は器の中。
水を注いで香辛料を入れてとやれば、簡易のスープが十分そこらで煮えた。
「……済みません。本来なら手伝うべきでしょうが」
青年の声に首が横に振られる。
「戦力としてはあなたの方が休息を必要としている。食べたら、しばらく休んで出立にしましょう」
「ええ……分かりました。ただ一つ訊ねても?」
「何ですか?」
「……この“世界”にどうやって?」
「気付いていましたか?」
「何となくですが、異相にも似た空気を感じたもので」
そう言いながら、自分はいつ異相なんてものに行ったのだろうと。
そんな記憶は無いはずなのにと彼は思考の行き着かない過去をいぶかしむ。
「此処は時間軸的には同期していますが、構造的には別の世界と言うべき場所です」
「構造的?」
「一つの世界を万華鏡のように解釈して別の時間軸として構成要素の一辺を成立させる。恐らく時空間に関する神格がこの霧で変質したと思われます」
「神格? 霧が危ない代物だとは分かっていましたが……まさか、神までも……」
「本当のあなた。いえ、どちらもあなたには違い在りませんが、あちらの世界のあなたやあなたの仲間達は異変を感じてはいないでしょう」
「それなら、もう異変は伝っているのでは?」
「……化け物になっても死んではいません。そして、化け物として倒されても恐らく、この星の特異性から一端死亡したという事実は保留されるはず」
「つまり?」
「人間のままにこちらの世界で死んだ人間は突然死。そして、記憶を失って本星の故郷で目を覚ます関係で誰もその事実をこちらに伝えられない。霧の出ていない世界ではまだ突然死した人間が出て来たという認識でしかないはずです」
「霧が出ていない……」
「はい。時空間の変質でこちら側とあちら側の状況には差異が出ている。戻るには元凶を叩くしかない」
「元凶……」
「ええ、そうすれば、世界そのものが統合されるはずです」
「この霧の出所と変質した神を同時に倒せばいい、と?」
「こちらの能力で今居所を探っています。三日以内には居場所を特定出来るでしょう」
「分かりました。それまでは此処で隠れるという事で?」
「はい。それでいいと思います」
「……霧に取り込まれた者達を助ける手段はありませんか?」
「この霧の世界では住人の大半が化け物にされたようですが、統合前に霧の元凶を相手を倒せれば、恐らく元に戻るでしょう。そうでなかったとしても、この世界での死は致命的ではない。あまり思い詰めない事です」
「……あの時から何も代わっていないようで安心しました」
マウロが数年前に分かれたとは思えないような遣り取りに思わず懐かしそうな笑みを零した。
「代わっていないように見えるのは表面上でしょう。あなたはあの子達と一緒にこの数年を過ごし、変わった。少なくともこちらにはそう見えます」
「……そうですね。そうかもしれません……娘達が生まれて……あの子達と伴侶となって……戦争の中で英雄と持ち上げられた事もあった……」
「幸せそうなら何よりです。彼女達に変わりはありませんか?」
「ええ、いつもいつも夫を癒すのは妻の務めだと家事に炊事に掃除洗濯と頑張ってくれて……今は近所でも評判の仲良し三姉妹と呼ばれてますよ」
「そうですか。それは良かった……」
マウロの表情に静かな瞳で少女が目を細める。
「実は……妻が増えました」
「……御相手は?」
「元上司というか。双來の姫で外交官をしている女性です」
「随分と女性好きになられたようで」
「あ、いえ、その……いや、そう取られても仕方ないですか。戦争中に色々とあって、子供も儲ける事になりましたから……」
「貴方が幸せならそれでいいでしょう。恥じる事が無いのなら堂々としていればいい」
「世間の目はそうでなくとも?」
「そちらの名声はこちらにも響いてきていました。いっそ、双來の王に立候補しては?」
「そんな器でないのは自分が一番よく分かっている……今は妻達と娘達の事で手一杯……国家に身を捧げるような覚悟はありませんから」
互いに話す事は幾らでもあるようには感じられた。
しかし、どちらもそうするには不器用だったか。
あるいは共に訊けぬだけの理由があったか。
静かに煮えたスープが器によそわれ、静かに食事時が始る。
「……そちらは別れてからどうしていましたか?」
「海沿いに近い西部の国で組織を作っていました」
「組織?」
「貴方と分かれてから出会った人間の手伝いで」
「そうですか……誰かを助けていたんですね」
「いえ、共に理由があったから、その道行きに互いの力を貸し合った。それだけです」
「はは、その言い様は懐かしい……」
そのマウロの言葉に少しだけムッとしたものを感じたものの。
すぐに内心の底に消し去って、平静な瞳が彼を見つめる。
「幸せでしたか? この数年」
「ええ、幸せでした。貴女には感謝してもし切れない。記憶を失った男一人の面倒を見てくれたあの時間があればこそ……私はこうして家庭を持てた。愛するべき人達を見つけられた」
「そうですか。なら、今後も幸せでいて下さい。それが私への“恩返し”となるでしょう」
互いに肉と魚を突きながら、視線を交わせば、男女でも武人としてでも無い……友情とも言い難い。
しかし、確かに確固とした関係でしか結ばれないだろう感情が渦巻く。
「そうしましょう。まずはこの困難を乗り越える事。詳しい話や思い出話に華を咲かせるのは後でも出来る……でしょう?」
「ええ、違いありません。霧の勢いが弱まる事が先程の移動で見て取れましたから、それに乗じて移動を開始しましょう。屍蝋の仮面に襲撃される可能性がある以上、出来れば拠点を移しながら島全体を見渡せる場所に陣取りたい」
「分かりました」
食事が終わると同時に彼らが外を見れば、霧はまだ濃く。
しかし、晴れ間の兆しも見えて、遠方からは僅か雲間からの光が差し始めていた。
*
―――???
『三十六番ケージ解放!! 高格外套《ソーマ・パクシルム・ベルーター》機動開始しました!!』
『第12分隊から応援要請!!』
『第43分隊は現状維持不能との事です!! 300mの後退を申請してきていますが、如何しますか?!』
『第3機動邀撃戦隊から報告!! 敵主力の半減に成功!! 西部本隊からの援護射撃を求めています!!』
『左翼後方に敵浸透中!! 後退後に突出部を逆包囲するとの事です!!』
『弾幕生成が12%減!! 援護要請が多過ぎますッ!! このままでは340秒後に戦線の一部に援護が届かなくなる可能性が!?』
『システム・アドバーティスのコンバート終了しました。第8機甲機旅団として再編完了!! 予定ポイント2‐33‐1に転移開始します!!』
『結界稼動率78%!! 余力はまだあります!! 各自、時空間変動開始!! 休憩時の主観時間の加速と睡眠開始!! 10秒後に10時間休息終了!! 戦線復帰まで29秒!!』
『連鎖爆縮術式の使用承認!! 敵後背地域の密集群を薙ぎ払います!! 第34波から78波までの敵群集団喪失予想数432億!! 此処を凌げば人員78%の12時間休憩が可能になるとシステムからの―――』
『こ、これは!? え、援軍です!? 援軍の魔力紋を確認!! 第七支部の高格外套120機を確認しました!! やったぞ!? 我々は勝利したんだ!!? これで助かるッ!!』
『え―――何コレ……高格外套の反応に向かって敵群が群がってッ!? どうして戦わないの!? ど、どうして攻撃魔術の一つもッ?!!』
『お、おかしいぞ!? 最大望遠!! 何だ!? 化け物共が寄り集まって何かの形を―――』
『あれって……鎧? まさか、まさかッ!?』
『増援じゃない!! 援軍でもない!? アレは!? アレは!!?』
『もっと、上の方にズームして!!? 何か書かれて、仮面が……【幽鎧(イドロン・アルマトゥラ)】? は、はは、ははは……ッ』
『シグナル登録変更!! アレは敵だ!! 防御方陣最大展開ッ!! 各隊は本隊を分散させろ!! 機動回避を試みる!! 絶対、アレの攻撃は喰らうなッ!! 喰らったらお終―――』
『ふぁをんm;意gじゃ;尾rhが衛rゥイアガhlgィウ4レァlgフイ』
『gじゃウェおいが会苦45gなウエイl4アイlガhゥイラhィ8r4ガエヒ7g』
『g3詠5うgsrghsィj。アエhlンケ4ウイェ45アw5lg』
『ghjs理恵hンウィウl5hグゥイlゲイlラhヌtg5rslhノウイ』
『>?』
『コゲ5;jgィセ!!』
『jヒレsjhシッb!!?!』
『h家rl氏jrンhw4l5イhンウィl5hンrィbrh!!!?』
『―――5ジgヒ54lンgyw4r6hンwrィ6htwぅッッッッ!!!!』
『に、げ……』
一つの浮島がフワリとケーキを割るように大きな剣で割られた。
その中心街も、中心街に陣取った七教会戦力も、無数の化け物も、まだ残っていた多くの民間人も、何もかもを割って、バラバラとケーキから零れるフルーツや粉砂糖のように引っくり返った大地が全てを零していく。
沈んでいく先は霧の雲海。
そして、その巨大な……1辺300mはあるだろう刀を持つソレは悠々と上半身を深く深く白く煙る世界へと没し、消えていく。
後にはただ静かな世界だけがあった。
生命無き空間だけが………。
*
学校1の才女と囁かれ始めて数ヶ月。
イフィミスラ・ファサルトスの放課後は主に纏わり付いてくるアリエと他愛無い話をしながら過ごすか。
もしくはその魔の手から逃れて、一人の少年を追い掛ける事が大半だ。
そして、しっかりと追っ手を撒いた彼女は今日の御相手。
少年のであるが……とりあえず、イチャイチャし始めた男女を後からジト目で見ていた。
繰り出されたのは繁華街というにはまだ健全なショッピングモールが立ち並ぶ地域の一角だ。
商業の中心地は放課後なら学生も多いし、紛れるのには打って付け。
夕闇が迫り始めた頃合の空は橙色をして。
彼女が追う少年とその周囲に屯する少女達を優しく映し出していた。
『イクスさん。今日は何処にお茶へ行きましょうか? あ、そう言えば、新しいお店見つけたんですよ!! 人が殆どいなくて、マスターも優しい紫色な紳士の人で優しくて、それから若い男女にとっても優しい御値段な上に男女交際にも理解があるという……放課後の天国みたいなところなんです』
制服を着崩しながらも何処か可愛らしく飾った少女が片腕をしっかりと自分の胸で抱き、ニコニコとしながら目をキラキラさせつつ、少年に微笑む。
『イクス。はい、あ~~ん』
女給姿の黒髪が跳ねた幼女。
いや、イフィミスラと同じくらいの歳という事も考えるべきだろう黒い小獅子みたいな少女が手に持ったアイスを薄い木製のスプーンで掬って、少年の口元へと運ぶ。
『パーパ!! オモチャのお店にイコう!!』
どんなおもちゃ屋に行くつもりなのか。
仄かに頬を染めた白い額に角持つ幼女が頬を染めて、薄っすら妖艶に背後から耳元に抱き付くようにして囁く。
「ぬぅ!? さっそく学外でイチャつきおって!!」
少年と三人の少女達は学生や人混みに埋もれてはいたが、その少女達の容姿の非凡さや愛らしさからか。
それなりに視線を集めていた。
それを知ってか知らずか。
一行は一目が集まるとすぐあちらの店からこちらの店という具合にあちこちの店舗に入ってしまうので雑踏で目立ち続ける事は無い。
だが、だからこそか。
少女達は少年と多用な店を回る最中ずっと愉しげだった。
回る時間は短いが、それでも目をキラキラさせて、真新しいものや流行のものを見つけては少年の傍ではしゃいでいる。
『ふふ~~♪ イクスさん。今日はウチで夕食ですからね? 最後の近くの商店街で御買い物を済ませましょう。今日は12人分ですよ!! 腕がなります』
『イクスの好きなお魚も買うから!!』
『パーパ。セイの付くもの食べよう?』
「じゅ、ジュウニニン……どれだけ相手するつもりだ!! アレか!! お前は淫魔王なのか!!?」
思わず遠くからツッコミを入れて。
「?」
何か引っ掛かったような気がするものの。
とりあえず、店から出て近場の魚屋だの八百屋だの乾物屋だのが集まる商店街へと向かう背中を彼女は追う。
やがて、現場に着いた四人が顔馴染みらしい店屋のおじさんおばさんから良客として誉めそやされつつ、
『結局、誰を選ぶんだい?』とかお決まりの台詞を吐かれるのを見せ付けられた少女はぐぬぬモードのままに嫉妬全開なストーカーとして郊外の館の近くまで赴く事となっていた。
傍目には美少女もしくは妹を連れた少年が館に帰ったというシーンに見えなくも無いが、イフィミスラは知っている。
少年の家は此処では無いし、少女達も一人以外は其処の家の住人ではない。
館の玄関を潜り抜けて消えていく姿を目にした後。
己のしている虚しい行為に溜息を吐いて、彼女は今日も話し掛けられなかったとイソイソ帰る事にした。
なのだが、トボトボ帰ろうとした矢先。
何やら美人やら美少女やら見知った学校の人物やらが四方八方からやってくるを確認して、思わず半眼となった。
『まぁ、今日はイクスの学校の人が来るんですの?』
『ああ、そうらしい。このエンシェンと良い勝負が出来る美人揃いだったぞ』
『うぅ、ま、負けませんわよ!! イクスはわたくしをこんなにもしたのですから、責任取るべきですわ。いえ、取らせるところを見せ付けてやりますわ!!』
『だが、相手の中にはあのミス・ウェスティアリアがいたようだが』
『う、可憐だけが勝負の分かれ目ではないと教えて差し上げますわ!!』
『まぁ、乳で勝る我らがタッグを組めば、勝機はあるはずだ』
前方から銀髪縦ロールが沢山の爆乳なる制服姿。
その横には紅の肌に角という赤鬼スタイルな同じく爆乳なるスーツ姿の亜人。
『ユ、ユアン!! ど、どうですか? おかしいところはありませんか?』
『そう緊張してどうする? 今日はただ食事に呼ばれただけだぞ』
『そ、そうなんですけど……』
『そんなに気になるならマウロ辺りに感想を聞いてみれば良かっただろうに』
『そ、そんな事出来ません!! マウロさんはこ、この間の件もあって、話難くて……』
『交際を断った件か。だが、あちらは諦めていないのではないか?』
『い、いえ……応援すらされちゃいましたから、それは無いと思います……』
『(男の強がりだろうに……)』
『何か言いましたか?』
『いや、何でもない。それより今日はあいつの友達が沢山来るそうだ。初めてだろうが何だろうが、まずは掴みが肝心。手くらいは堂々と握ってやれ』
『な?! 何言ってるんですか!? そんな破廉恥な!?』
『一体、誰の手を握るつもりだったんだ?』
『?!!?』
『だが、その気はあるようだな。そうやって遠慮したりするんじゃない。あまり控えめだと盗られるぞ? いや、あいつの性格から言えば、どちらかと言うと1番を盗られる、だろうが』
『うぅ……ユアンは意地悪です!!』
『あいつの師匠でお前の親友だからな。これくらいの世話は焼かせてもらおう』
金糸の髪に甘い貌《かんばせ》。
可憐という文字を現実にしたと評される名高き少女と東部式の木刀を佩いた美女と言うべきだろう黒い長髪に切れ長の瞳、そんな制服姿が二人並んで左の通路から歩いてくる。
『ふ~~今日も働いた働いた。あ~一杯やりたいわ』
『何処までオジサン臭いのよ貴女は……』
『え~~いいじゃない。思想信条の自由ってヤツは保障されてるじゃないこの国』
『神様が見てるとは言わないけれど、恥ずかしくないくらいの行動は取りなさいな』
『HAHAHA、あたしの辞書に恥じとは自分の意思に背く事って書いてあるわ』
『なら仕方ないわね。存分にその無駄筋肉と汗とツマミの匂いでオヤジ女子になるがいいわ』
『そんな事言っちゃって~~シンア大好きな癖に弁えたフリが上手い誰かさんは枯れた女子を装うの大変よね~~♪』
『な―――ッ』
『分かったフリ。諦めたフリ。そっちの方がよっぽどに高齢臭いわよ? ちょっとは恋する乙女に戻ったっていいじゃない? 最強のフラグである幼馴染女子の癖に……報いを求めない愛って重いわよね~~♪』
『………この破壊魔……今から異端審問に掛けてやろうかしら』
『ふふ、なら、あたしはアンタの恥ずかしいポエムと恥ずかしい過去と何処に出しても恥ずかしくない、涙で前が見えなくなりそうな立派過ぎる愛を赤裸々に謳うわ。成績が音楽1の歌声で!!』
『~~~~ッッッ?!!!?』
銀の短髪に男勝りの笑み。
筋肉質でニヤリと笑うスポーツ女と如何にも敬虔な信徒ですと言わんばかりに十字架を首から提げた栗色の髪の絶世の美女が睨み合いながら右の通路からやってくる。
(どうしてこう、こうッ!! あの者はサラッと美人と美少女と美幼女と豊満だったり、ぺたーんだったり、全種取り揃えました的な篭絡が上手いのだ!! ちょっとは節操というものをだな!!?)
思っている間にも色取り取りの鮮やかな花束のような女性陣は通り過ぎていった。
振り返れば、玄関先で歓迎されているのか。
ワイワイと賑やかな声が聞こえてくる。
「………」
トボトボとその場に背を向けて、家に辿り着く頃には夕闇が降りて。
イフィミスラは母の明るい笑顔に出迎えられながらも浮かない内心を感じていた。
部屋に帰れば、学業の課題を適当に流し読みして数分で片付ける。
その後は部屋の窓を開けて、外を眺めるくらいしかやる事が無かった。
部活動的なものはやっておらず。
さりとて、何かをしたいという心意気も無く。
学ぶものは沢山あれど、それは家の書庫で大半足りて、ほぼ全て読み尽し、博学と呼ばれるようになってからは図書館通い。
さて、年頃らしい趣味とやらが自分に無い事は良い事なのか悪い事なのか。
そう考えてみても、将来は五里霧中。
アリエがいなければ、自分などはつまらない勉学の徒であろうと自覚するからこそ、あの今やハーレム王とも密かに噂される少年を気にしているのかもしれないと……そう彼女は思う。
考えても仕方ないなら行動するしかない。
だが、行動しても一歩が踏み出せずにいる。
それが何よりも歯痒く。
しかし、思い煩い過ぎてもダメだろうと思考を打ち切れば、いつの間にか食事も終えて風呂にも入って歯も磨き、寝床の中。
とりあえず、明日の事は明日考えようと眠りに付けば、モヤモヤと少年と百花繚乱な美女日少女達がくんずほぐれつしている図が彼女の明晰な頭脳によってバーンと出てきてしまい。
結局、夢の中ですらストーカーになってしまうのだった。
(……我は意気地の無い女だ……むぅ)
翌日、またいつものように起き出し、食事を終え、身嗜みを整え、通学路に出れば、やはり少年が昨日とは別の少女達とイチャイチャしている。
それをジト目で見続けていたせいか。
角で誰かとブツかるのを避けられなかった。
ドンと後に引っくり返りそうになったイフィミスラの腰が咄嗟に相手に前から抱き止められる。
「わ、悪りぃ!! ちょっと見てなかった!! だ、大丈夫か?」
「あ、ああ、悪い」
すぐに体勢を元に戻した少女が自分の不注意だったと目の前の相手。
少なくとも自分より頭三つ分は違うだろう身長の相手に年上かと謝ろうとして……別の学校の制服である事に気付く。
学生服の下にはチラリとツナギのような衣服が見えており、工業系の学校だったかとほぼ1km先にある学び舎の事を思い出していた。
「クラナブラ第二工業学校の生徒だろうか?」
「あ、ああ、そうだ。ホント、ごめんな。お嬢ちゃん。制服汚れなかったか?」
「お……ごほん。我はこれでも高等教育を受けている身なのだが」
「そっか。飛び級なのか。天才なんだな。お嬢ちゃん」
「何故、そこで飛躍するのだ!!? 我は普通に学び舎に通っているぞ!?」
「え、マジで?」
「我はこれでも十六だぞ!?」
思わず身長差から見ていなかった顔を少女が見上げる。
其処には緑銀の髪をポリポリ掻く青少年の顔があった。
「ぁ~~そうなのか。世の中って不思議で一杯なんだな」
「今のは喧嘩を売ってきたという認識でいいか?」
攻撃用の魔術方陣を片手に展開した少女を見て、思わずブンブンを首が横に振られる。
「ぶ、物騒なのは無しだぜ?」
引き攣った笑みで返された『はぁ……』と溜息が吐かれる。
「まぁ、いい。我は忙しい。御互いに今のは事故だったという事でいいな? ええと」
「オレはイルト!! イルト・クルミナスだ」
「そうか。名乗られたからには我も名乗ろう。我はイフィミスラ・ファサルトスだ」
「そっか。じゃあ、ファサルトスさん。これからよろしくな」
「何?」
「いや、明日からオレそっちの学校に転入なんだよ」
「工業系からこちらに? 随分と頭が良いのだな。転入試験はかなり厳しいと思っていたが……」
「ああ、オレの兄貴。いや、保護者がスゴイ人でさ。オレが将来やりたい事を知ったら、こっちの学校の方がいいだろうって、色々と勉強を見てくれて。何とか入る事が出来たんだ」
「……そうか。では、その内に学内で顔を合わせる事もあるだろう。では、我はこれで失礼する」
「ああ、もし見掛けたら話し掛けるからさ。その時は一緒に昼食でもしようぜ。おじょ……ファサルトスさん」
「イフィミスラでいい。一々、お嬢ちゃんを呼び直されながら呼ばれるのも面倒だ」
「じゃあ、徒名はイフィー、だな♪」
悪戯っぽく言われて、訂正しようとした口内の言葉もシオシオと萎んだ少女はもうそれでいいと肩を竦めてからまたもう見えなくなった少年の背中を追い掛けて早足で歩き出したのだった。