第四十五節「歩き出すもの」
煌々と明かりの灯る都市圏の喧騒は何もビル街だけに留まらない。
商業の中心たる繁華街。
朝と夕暮れ時に賑わう住宅街。
日中には人の行き交う商店街。
何処も其々の特色がある。
そんな世界の中心で今日も人々は疑問を持たずに働き。
明日の糧を求めては動き続ける。
学校というのもそんな風景に溶け込む場所の一つだ。
三階建ての校舎が数棟。
少女は、イフィミスラは……夕暮れ時の校舎から人気が捌けていくのを横目に、チラリとその帰り道の途中であろう少年と取り巻きの少女達を見ていた。
今日もまた何処かに寄っていくのか。
その背中と横顔は困っていそうながらも愉しそうだ。
溜息一つ。
これからまた今日もストーキングにしようかどうしようかというところで、ふと気付く。
色褪せた夢のような違和感。
不意に小さな蒼い蝶がチラチラと視界の端に舞う。
「?」
不意に世界が色褪せた。
校舎の玄関口から帰る学生の群れからそう離れていないグラウンドの中央。
罅割れるような空間の亀裂が入ったかと思えば、突如として……その内部から黒い腕のようなものが、2mはありそうな大きさのソレが突き出てくる。
【NO.0032~~現在進行形の記憶から吸収した結構強い奴~~え~~もし、勝てなかったら、記憶が取られていくから、頑張ってねぇ♪】
―――ッッッ。
そこでようやく少女は思い出す。
自分はこの世界の住人ではないのだと。
此処が記憶の中なのか。
あるいは精神世界なのか。
それとも時間や空間を超越した天災の作った遊び場なのか。
それは分からないとしても、此処にいる彼女は、イフィミスラ・ハージェット・テトス・エルデナンドがいるべき場所は此処に無い。
「今までのは何だったのだ!?」
叫ぶように訊ねた途端、亀裂の奥から這い出しつつある腕が紅色の篭手のようにも見える装甲で覆われていく。
しかし、そのメタリックな質感は何処か有機的にも見えて、内部から盛れ出る黒い閃光を仄かに脈動させていた。
四肢が出てくる。
亀裂の入った空間の先から獣のような紅蓮が二つ。
赤光を煌かせて、急速な空間の崩壊と共に風のような速度でソレがグラウンド上に飛び出して土煙を上げながら雄叫びを上げた。
それは……人型でありながら、肌は黒く。
それに融合している装甲は四肢の使い方は何処か猿を思わせて前のめりで。
ついでのように全身の関節部には巨大で鋭利な湾曲した曲刃《カタール》を思わせる刃を幾本も生やしていた。
ギラギラとした刃の波打つような輝きの中に鈍く少女の顔が映し出される。
そんな化け物の胸元、中央には顔面ではない場所なのに屍蝋の仮面が一つ。
その名は曰く。
―――旧獣(アンティクゥス・フェルス)。
強靭な数mの体躯を持つソレがギャリギャリと刃を戦慄かせるように火花が散る程擦り。
その犬類の顔にも似た装甲と前に突き出した鼻面の下にある牙を口元に覗かせた。
「異種の化け物か!? それも西部で確認されている―――」
【はい。正解~~これで聖女ポイントを3つ上げるよぅ♪】
「く……他人事だと思って!? どうしてこんな化け物を此処に投下する必要がある!!」
虚空の声は悪びれもせず。
今まで少女をこの生温くて幸せな世界に放り込んでおきながら、記憶一つ戻さずにウンともスンとも言わなかったという事実を横において、軽く答える。
【これ解析中の情報を元に造ってみたんだよぅ。本物と違わない肉体を用意して頭の中身だけ単なる魔術製のプロトコルにしてさぁ。で、本物と同じような状況下においておいたら、そのまま本物とほぼ同じくらいの能力になってて、吃驚しちゃった♪】
「何が“しちゃった”だ!? 先程の答えにはなってないぞ!?」
【言わなかったっけ? 頑張って、絶望していってねぇって】
「どういう意味だ!!」
【記憶取られるって言ったよね? あ、ちなみにこの会話するのは何回目だと思う? ふふ……】
「―――どれだけ我は敗北した!?」
その聖女の悪戯っぽい声にイフィミスラの血の気が引いた。
【さぁ? 教えられませ~ん。ちなみに絶望した回数だけ教えてあげるけど、まだ0回で~す。良かったよぅ♪ ちゃんと全部試すまで心が折れなくて】
「全部だと!?」
【僕の試練は簡単だよぅ。シンアが倒した化け物を全部倒してねってだけだから。あ、それも今、現時点まで倒した相手まで追いついたらクリアだから、優し~~】
「お前はあいつの居所を知っているのか!?」
【まぁ、仮にも聖女筆頭だからねぇ~~みんなが知らない事を知っていても、まったく問題ないわけですが、今日は特別に本物が何をしているのか見せてあげちゃうよぅ♪】
虚空へと不確かで鮮明とは言い難い映像が映し出される。
其処には何故か銀髪で縦ロールな獣耳な美女が映し出されており、尻尾がフリフリと揺れながら、その大きな胸が柔らかく映像を見ているのだろう相手の胸板に押し付けられていた。
その上、瞳が閉じられると唇が迫ってくる―――というところでプツンと虚空の魔術が途切れて、何も映らなくなる。
「………」
【ん~~シンアはいつでも女の子だけには困ってない体質だからねぇ。まぁ、女の子には困らないけど、相手が色々アレなのはご愛嬌って事で】
「我がその程度で揺らぐとでも?」
【その台詞は39回くらい聞いたかなぁ】
「フン!! あの馬鹿者が何処の誰と浮気していようと我の気持ちは揺らがない!! というか!! 後で元に戻したら苛め抜いてやる!! 何だ!! どうして男はああも乳の大きい女が好きなのだ!! それと耳とか尻尾とか!! そんなに獣属性がいいなら、耳を生やすくらいやってやる!!」
【揺らがないと言う割に嫉妬全開なのは今回も同じかぁ。まぁ、記憶を失わなかったら、次も愉しくお話でもしてあげるよぅ。あ、ちなみにこの後、シンアは滅茶苦茶女の子と仲良くなりました○】
「~~~ッッッ」
少女の髪が逆立つかという感じにフワリと浮かび上がり、未だ自分を見つめている化け物へと冷たい視線が向けられた。
「倒すッ!! それと後で覚えているのだな!! 聖女・フルー・モドキ!!」
【う~ん。別人格扱いされるのは心外なんだけどなぁ。僕って本物より本物してるし。とりあえず、負けたら記憶を失うだけじゃ済まないって事は教えておくよぅ。君の将来のパートナーさんが変更されたり、両親が変動したり、勝つ者は全てを奪い、負ける者は全てを失う。それが栄枯盛衰な世界の理だからねぇ】
「絶望していけというのはまさか……」
さすがに少女の顔が引き吊り気味になる。
【あ、でも、絶望するのは戦う時や記憶が戻る時だけだし、僕って優しい方だと思うよぅ。君のお父さんが“いなかった事”になっちゃったのは真に残念だけど、まだ身も心もシンアのものだしねぇ。でも、それもいつまで続くかなぁ? あ、次負けたら、大陸中央諸国に済むカワイイ女の子イフィミスラちゃんはとっても甘くて幸せな恋をして、振り向いてくれない先輩より身近なクラスメイトとラブラブになりましたってシナリオになる予定だから、じゃあねぇ~~~】
記憶を奪われた挙句。
物語のヒロイン役を押し付けられて、勝手に恋愛した挙句に戦う時だけ記憶を戻す。
要は負けたら……恐らく普通の人生を数十年分生きたような別世界の記憶だらけにされるのだろう。
無論、その中で本当に好きな相手ではない誰かと結ばれ、誰かと仲違いし、誰かを失う。
そんな、可能性を排除され、狭められた人生の記憶。
それをいきなり現実まで持っていく事になったら、それこそ廃人になる可能性すらある。
何かを失う事無く。
自分の人生を歩みたいのなら、負ける事は許さない。
そこまでをたった数瞬で理解した少女はこの茶番を仕組んだ聖女の意図が薄っすらと分かった気がした。
今の今までこの五年の間に何度も幾度も少女の前に顕れた選択肢。
それは魔王の虜を止めて、普通の女の子に戻って、普通の人生を生きるというものだった。
今までそれを自我と力のみで退けてきたが、今回の相手は遥か格上。
その上、もう何度か負けているとなれば、後が無いと思って戦うしかないだろう。
失われた記憶が戦闘中に戻され、気を取られた間に撃破なんて憂き目に今まで合ってきた可能性すらある。
そこまで推測した少女は己の全力を持って相対する事を眼下の敵を前に誓った。
(負けられぬ戦いか……この世界が幻想なのだとしても、母上に今一度会えた事だけは感謝しよう。これが何度目の事は分からずとも……我は我のまま……我の願いの為にこの力を振るおう。あの馬鹿者がそうしてきたように。それがどれ程に愚かで救いの無い道に見えたとしても……この気持ちを奪おうとする者に欠片も容赦など出来ぬ……まったく、この愚痴をお前に聞かせてやれるのは何時になるのか……)
虚空を駆けるように飛び出した少女は真っ直ぐに化け物の胸元へと飛び込んでいった。
己の意思を守り抜く為に。
あの聖女モドキへ教えてやる為に。
絶望など、あのどうしようもなく困った笑みが似合う少年に拾われた時から、彼女の世界にはきっと無くなったのだと証明する為に。
それは希望というには儚いかもしれないが、今日を生きるに十分で十全な彼女を突き動かすどうしようもない理由(きもち)なのだ。
「はぁあああああああああああああああああッッッ!!!!」
戦いは罅割れた世界の中心で誰に見られる事なく始っていく。
*
小さな月が翳る夜中。
桃色髪の少女が一人。
牢獄で鼻歌を歌っていた。
イクスピアリ。
仲間達が大好きな彼女は今日も何日目の牢屋暮らしかは分からなくとも、愉しげに旋律を奏でる。
「らんら、らんら、らららら、ら~♪」
それは出鱈目なのか。
あるいは何処かで聞いた事があるのか。
分かりもしない音色。
それに釣られたか。
夜空の下の風さえも吹き荒ぶ口笛のように聞えなくも無い。
鉄格子がいつの間にか出来た牢の外。
見上げる先にはぼんやりと明るい空だけがあった。
何もする事が無いので部屋の床に手を付いて、リュオに貰った手袋で皿を練成して手慰みにしていたのも今は昔。
近頃は皿が牢屋に溢れそうなので他のモノも造ってみる事に余念が無い。
皿の次は大皿。
大皿の次は壷。
壷の次は―――。
そうして複雑なものや大きなものを練成してみるものの。
最終的には邪魔になるのでショッキングピンクなソレらは元の床に再練成されている。
まぁ、それも桜色なのだが、彼女にとってはスベスベな床が増えた程度の事でしかない。
「?」
イクスピアリが不意に虚空を見上げた。
「イフィーさん?」
その壁の先には何も無い。
だが、しかし、少女は口ずさむのも止めて、今度は静かに祈り始めた。
どうか彼女に勝利の時が訪れますようにと。
瞳を閉じた彼女の周囲。
地表近くに七つの小さな魔術方陣。
いや、通常の大陸に存在する術者が使うものとはまるで異なる線の終端が何処とも繋がらない異質なソレが浮かび上がる。
その下、何も無いはずの場所からせり上がってくるものは剣の切っ先。
桜色の、ショッキングピンクの、浮遊して切っ先を天井に向けたソレらは其々の剣身にどうやら文字が刻まれているようだった。
一人手に動き出した剣は簡素で大陸にありふれた規格の長剣であったが、見る者が見れば、分かっただろう。
それは魔王が使う愛剣とよく似ていた。
キリキリと音を立てて、剣が水平に切っ先を向け、回り始める。
それが一瞬にして地平の彼方まで飛ぶような勢いで牢をまるでバターのように切り裂き、横薙ぎにし、音も立てずに乱舞した。
一瞬の出来事。
そうして、ピアリがようやく数分の祈りから意識を浮上させた時。
其処はただ瓦礫と化した牢獄の残骸。
その中央だった。
ポッカリと空いた何も無い彼女のいる中心地点より先には跨いで通れるくらいの壁の斬られた跡。
「あれ? ピアリ、別の場所に来ちゃったんでしょうか?」
そう本人が思ったのも無理は無い。
周囲にはもう桜色の皿も床もなかったのだから。
世界は青空に包まれた晴天。
そして、周囲には広漠に過ぎる砂漠が広がっていた。
「………イルトさん達遅いから、迎えに行っちゃうのがいいかもしれません。うん、そうしましょう」
行動派な少女はいつの間にか自由になった両手両足の事も気にせず。
その何処までも続く砂の海へと歩き出した。
彼女は知らない。
自らの背後にまるで付き従うかのように七本の剣が追従している事を。
「……?」
振り返ってみても、その剣は少女の視界に入らないよう高速で背後の位置をキープしており、ピアリが気付く事は無かった。
まるで剣獣(ソーディアス)。
そうとしか思えないモノを引き連れて、聖女筆頭が作った牢獄を崩壊させた少女はとりあえず……グゥとお腹がなった事を鑑みて、自らの衣服に今も括り付けていた蜜碑袋からいつものセットを取り出し、くっ付け、コンペイトウを発生させてはパクつき、進んでいくのだった。
少女は知らない。
自分の歩いた跡が数分後には桜色のキラッキラな道として少しずつ練成されていっている事を。
自分が今までとは少し違うものになっているという事実を。
「ふぅ……」
崩壊した牢獄の瓦礫。
その一際大きなものの影で安楽椅子に座った聖女モドキが一人。
大きく溜息を吐きつつ、自分の打った剣の大半が半ばまで断ち割られているのを見つめ、ポリポリと頬を掻いた。
「う~ん。さすが、イクスピアリ・アン・レゼ……僕達よりも旧い分だけ強いよぅ……」
豪奢な剣も実用的な剣も美しい剣も力強い剣も全てが両断される寸前。
如何な偽聖女とて、自分の“趣味”がザックリと割られそうになった事実は見過ごせない。
「打ち直そう……全員分かぁ。間に合うかなぁ?」
未だ彼女の試練を前にして少女は戻ってきていない。
だが、その先を見据えて、聖女は真に招き入れるべき星潜者(アイム)達の武具を鍛造するべく。
崩壊した自分の住処の横に同じ建物を土中から浮上させつつ、立ち上がる。
「それにしても、時間の凍結すら切り裂くのかぁ……もういっそ特異点でも入れ込んであっちがやってみるみたいに奇跡の限定版を形にするみたいな方がいいのかなぁ?」
吹き抜ける風の中。
少女は薄っすらと目を細めて、伸びをする。
「………あ、そうだよぅ♪ 剣を使わずに剣術する人もいる事だし、剣ていう形を取っ払えば、どっかの誰かさんみたく、心を斬る剣技を擬似的に再現出来るかも……ふふふ」
チラリと遠方に消えていく少女の背中を横目にしてから建物の中へと偽聖女は入っていく。
「本物は絶対やらないんだよねぇ……まぁ、自分に囚われてるって意味じゃ、今の君と大差ないのかもしれない。ねぇ、イフィミスラちゃん♪」
瞳に移る灰金の少女の戦いを見つめながら、鼻歌交じりに彼女の工作は開始される。
そろそろ決着は付きそうだった。
*
―――大陸中央諸国アルヴィッツ地方都市クラナブラ。
「あ、おっはよ~~イフィッち~~」
「いふぃ―――我はイフィミスラだ。何度訂正すればいいのだ? アリエ」
「え~? とりあえず、親友になっちゃうくらいまで?」
学生達が歩く通学路。
青々しい銀杏の街路樹が風にざわめく初夏の朝。
少女達が“いつもの会話”を始めようとして、不意に気持ち悪さに襲われたイフィミスラが口元を押さえる。
「ど、どうしたの?! イフィッち?」
アリエがいつもの軽さを忘れた様子ですぐに自らよりも余程に小さい彼女の背中を優しく摩る。
「いや、何でもない。ちょっと具合が……」
「それ何でもない、じゃないよ。今日は学校休む? 家まで送っていこうか?」
「必要ない。もう大丈夫だ……」
その学年一の秀才とも言われ始めた少女の言葉が強がりではないかとアリエは瞳を覗き込むも、困った様子の相手に溜息を吐いて、ダメそうだったら言ってねと声を掛け、少し歩く速度を遅くして共に進む事にした。
「それにしてもイフィッちもそんな年頃なんだねぇ。お姉さんも歳を感じちゃうなぁ」
「そんな年頃?」
「え? 月のものじゃないの?」
「ゲホッ?! 違うぞ!?」
「え、違うの!!?」
逆に驚かれて、少女はもう自分もそんな歳なのだから遅い方なのだろうかという感慨に陥り掛けたが、思わず首を横に振って、脇道に逸れそうな思考を修正した。
「わ、我はちょっと普通に具合が悪かっただけだ」
「それは普通なの?」
「普通だ」
「そ、そう……でも、具合がそういう風になる程、イフィッちって体弱そうには見えないんだけどなぁ。あ、外見の話は無しでだよ。だって、男子はイフィッちが超優等生な儚げ系美少女だって固く信じてるから」
「そうなのか……我は病弱お嬢様みたいに見られていると?」
「うんうん。それで少し物憂げに校舎の窓から外を見てれば、深窓の令嬢だよ。間違い無し!!」
アリエが反則だよねーとツンツン少女の頬を突く。
「我に勝手な渾名を付けないで欲しいのだが……」
「ん~~イフィッちがもっと闊達で他の子とも慣れ親しめれば、誤解も解けるんだろうけど、今の状態じゃ、絶対男子は胸をトキめかせまくりな高値の華だよねぇ」
「はぁぁ……我は具合が悪くなる事すら許されぬ立場なのか」
「うんうん。しょうがないよ。これが有名税と並び証される美人税ってやつですな!!」
偉そうにのたまうアリエにやれやれと首を振って、見えてきた学校の校舎へと向かうイフィミスラが不意に校門の前が騒がしい事に気付いた。
「ん?」
「何かやってるね。あ、ウチのガッコの不良グループだよ。アレ」
アリエの言葉によくよく見てみれば、制服をだらしなく着崩した男子生徒達……髭の生えた如何にも不良ですと言いたげなガラの悪そうな数名の人物が一人の男子生徒に絡んでいた。
それなりに身長が高い相手らしく。
すぐにその顔が確認出来れば、イフィミスラも驚くしかない。
「あいつは……」
『オラオラ!! その図体で一言も言い返せねぇのかよ』
『何か言ってみろや!?』
『大人しく謝りゃ許してやんよ!!』
自分の通う学校はこんなに世紀末的な生徒が入れる場所だっただろうかと首を傾げつつも、彼女が面倒だからとこっそり魔術で相手を打ち倒そうとした時。
その場で溜まっていた生徒達の中から、学校の方へと歩き出す少年が一人。
『んだ、テメェ!!』
「あ、通してくれない? そろそろ校門も閉まるし」
『何、人に指図してんだ!!?』
「じゃあ、勝手に通るけど、いいかな?」
『はぁ?』
一斉にターゲットが変わろうとした時。
その内の一人が少年の顔に見覚えでもあったのか。
ゲッという顔で仲間達に声を掛けようとしたが、遅かった。
騒動を起こしていた不良全員が崩れ落ちる。
その背後には木刀を持つ3年らしい男と女。
指出しグローブを嵌めた亜人らしい制服姿の美女。
他にも目移りしそうな美少女達がいた。
『ハティア様だ!?』
誰かの声と同時に校門で僅かなざわめきが巻き起こる。
どうやら区域一の美少女が出て来たらしい。
そのまま金糸の髪が舞って、玄関へと歩いていけば、人ごみも同じ様に移動していった。
「………」
残った者は殆どいない。
最初に絡まれていた長身の生徒も何が何やら分からぬ様子で周囲で気を失っている不良を見渡してから、腕時計を見て、慌てて走り出していく。
「ハティア様の取り巻きの人達だよねアレって……あ、いや、あのシンアって言う人のだっけ? それにしてもマウロ様はいつ見てもウットリ……」
「マウロ……?」
「うんうん。マウロ様。というか、あ、やべ!? 早くしないと校門閉まっちゃうよ!!?」
自分もまた遅刻寸前だと思い出した二人の少女は不良達が未だ地べたに這っているのも気にせず。
そのまま玄関へと駆け込むのだった。
(……何だ。この違和感は……それにあの者もようやく登校してきたのだな。ええと……イラト? いや、イルト……だったか)
灰金の少女は何処かに不可解な気持ちを抱えながらもそうして日常を進めていく。
ゆっくり、ゆっくり、何かが変わっていく事を心の何処かで感じていたとしても、まだソレは明確に形となってはいなかった。
*
「ククヲクヲクヲ、ククヲク~~」
「くくをくをくを、くくをく~~!!」
珍妙な鼻歌を響かせながら、浮島一つが破砕されていた。
その地表の大半を更地にしているのは白い水生系亜人にも見える天真爛漫生物のフルスイングしっぽアタックだ。
単に魔力が乗ったモチを伸ばしたような尻尾の全力横薙ぎが大樹も屍蝋の仮面も建造物も何もかも薙ぎ倒しているのである。
その周囲には何故かそんなクラウゼン公爵家の究極生物と意気投合した様子でノリノリな男。
否、戦士がスーツのボタンが全て弾けたパンクルックで槍を使って上空から迫り来る鳥らしき黒い化け物を対空迎撃していた。
急速降下してくる敵に対しては槍衾の如く連続での突きで対処。
翅や一部の爪などを飛ばしてくるものに対しては魔力を細く細く束ねて針のようにした穂先で長距離を貫く。
大抵は一撃で串刺しとなるので未だ彼と彼女の周囲に突破してきた化物も攻撃もない。
順調に浮島を制圧していた一人と一匹はそれから数分の掃除を終えた後。
一息入れてから、二人乗りの空中を奔る魔術具……いや、バイクとも見えるソレに二人乗りとなって、霧に巻かれた世界を疾走していく。
此処まで来るのに数日。
14の浮島で化け物を掃滅した。
ガナイとマヲンのタッグはしかし未だ生存者を発見出来ておらず。
この広い世界に他に生きてるのはいないのかと蜜碑で食料を確保しつつ、この層で最大の市街地を持つ場所へと向かっていた。
だが、霧が距離感や方向感覚を狂わせるらしく。
微妙に航路へ修正を加えながらの旅となった為、あちこちの浮島に寄り道するような形となっているのである。
殆どの島は全滅。
霧と化け物の世界に成り果てていた。
しかし、生きていた者達が逃げ出したような痕跡もあちこちに残っており、自分達と同じく人がいる場所を目指しているのではないかという推測に基き、二人は道すがら出来る限り、化け物を排除しつつ目的地へと歩みを進めていた。
霧は未だ濃く。
下にある浮島になればなる程に敵の数が多いと学んだ彼らは自分達の下方を注意しながら周囲に気を配る。
「偉大なるヒト。また、セイゾンシャ見付からなかった……」
「クヲ!!」
気にするなと後で腰に捕まる男に究極生物が答える。
「クヲ、クヲヲヲ」
最強、無敵、強靭なる彼女もそろそろ化け物退治に飽きてきた感はあったが、だからと言って、このまま止めるというのも出来ない相談だ。
とりあえずは敵中枢を破壊する為に必要な人手や戦力を集める。
それこそがこの状況を打破する一番の近道。
そう信じるからこそ、彼らは先に進んでいる。
「カナラズ、どうにかシヨウ」
「クヲ!!」
二人が言葉も分からないのに通じ合いつつ、頷き合った時だった。
右前方の下方から霧の濃い部分が浮上してくる。
それに新手かとガナイが片手で槍を構え、マヲンが車体の速度をいつでも上げられるように準備した途端、ドバッと霧が溢れ返って、彼らを呑み込もうとし、一直線に二人は急上昇。
数百m下からせり上がってきたモノに目を見張った。
「アレはフネか!?」
二人が見たのは巨大な船。
いや、軍艦だった。
七教会謹製のソレが外部に垂れ下がるジャラジャラとした装飾を鳴らせながら速度を落としていく。
どうやら敵ではないようだとマヲンが判断したのは船の内部から人が飛び出してきて、大陸標準言語での文字を周囲に大きく描き出したからだ。
【難民船!! 我々は人々を収容して回っている!!】
「イタか!! セイゾンシャ!!」
ガナイが目を見張り、思わず喝采を上げた。
「クヲ~~♪」
マヲンもまた共にやったぜ的な声をあげると。
巨大な軍艦を覆う半透明の結界へと近付いていく。
その一部に穴が開いて二人が内部へと侵入。
甲板に着地すれば、近寄ってきた女給姿の女……エリザが目を見張った。
「アンタだったのね。あの反応」
「クヲ~~♪」
久しぶりと片手を上げて答える究極生物に御気楽そうだなぁと苦笑した彼女がマヲン号を格納庫まで誘導する。
そうして、甲板の一部から昇降機で内部に入った彼女達を出迎えたのは足の踏み場も無さそうな通路や倉庫内に溢れ返る人々だった。
「今ね。あの状況で生き残ってた連中を集めてんのよ。この船は船団の一部で防衛用よ。今は下の方にまだ30隻近く隠れてるわ」
着地した車体を置いて、人々が群れる煩雑な倉庫内から通路へと入っても、やはり道端には人が荒い布地のシートの上で何やら仕事に勤しんでいた。
手工業系の作業をする者が大半だ。
「とりあえず、これからの事を考えて、人と物資と船を集めてて、他の連中はあちこちの船に分散して、其々の問題を取り仕切ってるわ」
エリザが語ったのはこの一ヶ月近くの出来事だった。
怖ろしく広範囲で化け物が溢れ返っている中を強行突破し続け、生存者を集め続けていた事。
霧を遮断する結界を恒常的に発生させる魔術具の製造に手を出した事。
色々と苦労はあったようなのだが、途中でマヲンが首を傾げる。
「どうしたのよ?」
「クヲ!! クヲヲヲ!!」
「いや、分かんないんだけど……て言うか。あのちっちゃいのは?」
【お呼びでしょうか】
「うわ?!」
エリザが自分の前に突如として顕れた小さな紫髪のメイド服な少女を前に思わず後に下がる。
「い、いたの?」
「はい。必要が無い限りは出てこないようにしていたので」
「それで? こいつは何て?」
「それはおかしいクヲ。数日しかまだ経ってないクヲと仰っています」
「……時間がおかしいって事?」
「この霧の中では濃淡の違いによって複数の“速度”が変動しながら存在していると考えていいでしょう」
「つまり、霧の中にいると時間の変動に巻き込まれる、と」
「はい。観測結果に従えば、時間変動は霧の最中が最も顕著です。それを踏まえれば、あまり霧の中に隠れるというのも考え物かもしれません」
「……食料関係も逼迫するし、あんまり潜ってちゃダメって事かしら?」
「はい」
「分かったわ。後で船内会議に掛けましょう」
再びディア子が虚空に消える。
「まさか、そんな事になってるなんて……いや、確かに何か妙な感じはしてたけど、この霧……」
「クヲ~~」
「とりあえず、まだこっちは身動き取れないのよ。七教会の残存戦力も集めてるんだけど、専ら警備に当ててるから責任者も出て来れないし。明日になったら、そっちの話も聞かせて頂戴。で、その後の人誰?」
「ガナイ!! ブテイから来た!!」
「武帝から? じゃあ、戦士ってところ?」
「ソウだ!!」
「じゃあ、後で警備連中に紹介するから一緒に仕事してくれない?」
「ワカッタ!!」
「戦力も整ってきたところだったし、アンタらがいるなら……最大の浮島に上陸するのも可能かもね」
「クヲクヲ?」
【あっちはどうなってるクヲ、と仰っています】
虚空から再びディア子の声が響く。
「まだ分からないのよ。この霧のせいで通信も観測も無理。近付いて確認するしかないから、偵察戦力を出そうって話もあるんだけど、実力的に一番高い奴、ウチの相棒は此処に残しておきたいし、かと言って高格外套程度じゃ偵察途中で取り込まれる可能性もあったから………って」
言いながら気付いたエリザがマヲンをじっと見つめる。
「……ねぇ? アンタ、ちょっと偵察に行ってくれない?」
「クヲ?」
「色々とこっちで作戦や物資の融通は付けるから。船内会議で提案するだろうけど、たぶん通るだろうし。今の内に準備してて」
「クゥ~~?」
「他にも探索に出てる連中もいるの。此処から防衛戦力はこれ以上引き抜けないのよ。まぁ、アンタなら大丈夫でしょう。何がどうなってるのかを偵察しに行って、生きて戻ってくるだけの簡単なお仕事よ」
「ク、ククヲ?」
【それって簡単クヲか?と仰ってます】
「まぁ、此処一ヶ月、あの化け物と渡り合ってきた感覚から言うと。ウチで大物相手に出来るのはあのエトダイスキともう一人謎の戦士大好き人間くらいだから、しょうがないのよ……ちゃんと補給するからお願い」
エリザが両手を合わせて頭を上げた。
「クヲ。クククヲク!!」
【いいクヲ。その代わり、帰ってきたらお風呂にでも入れるクヲ、と仰ってます】
「幾らでも入れるわよ!! もう目一杯入れるわよ!! ふやけるくらい!!」
「ククヲ~~♪」
交渉成立と言っているのがエリザにも何となく分かった。
そうこうしている内に艦内の一角へと辿り着いた。
その分厚い隔壁のハンドルが回されるとカシュンと圧力が抜ける音と共に子供の声が響く。
エリザに付いていった二人が見たのは図書館程もあるだろう大きな部屋の室内で二百人近い子供達が何やら大人達顔負けに手仕事をしている様子だった。
「此処が子供部屋。一番隔壁が厚くて守り易いのよ。大人達に子供の面倒を見てる余裕が無いから、孤児院経営してるって人が今は一人で世話してるの」
「クヲ~~」
とりあえず、歩き疲れたと入ってすぐ横にある長椅子にベタ~ッと横になったマヲンであったが、すぐに視線へ気付いて、その瞳をキロリと子供達の方へ向け―――。
「わ~~スベスベだよ!?」
「凄い白い!?」
「あ、マヲンちゃんだ!?」
「マヲンちゃん嘘!?」
「マママ、マヲンちゃん♪ マヲンちゃん♪」
「ほ、本物だぁあああぁあ!!?」
「マヲン・ブレードは大回転♪ マヲン・フッドは大疾走♪ マヲン・アイは大光線♪」
「くを、くをくをく~!!?」
いきなり押し寄せてきた子供の群れにギョッとした究極生物だったが、その内の何人かが何やら変な歌を口ずさみ、クヲ語(偽)で話しかけて来たりするのを見て、『ああ、そう言えば……』と自分のとこの部下達が物凄く商売してた件を思い出す。
どうやら、マヲンちゃんキャラクター商売はこの層でも大成功を収めているらしい。
押し掛けた子供達に体中を触られ、引っ張られ、甘噛みされ、舐められ、頬擦りされ、お人形よろしく揉みくちゃにされていく。
「ク、ク、クオオオオオオ!!!?」
た、助けてくれぇぇぇ!?
と言っている事は理解しつつも、エリザはこれで子供達も少しはストレスから解放されるだろうとニッコリ笑顔でその救いを求める声を黙殺した。
「子供はゲンキ!! イチバン!!」
自分の相棒的なポジションであるマヲンが子供達に“遊ばれている様子”を見て、ウンウンとガナイは良い笑みとなった。
「ク、クヲ……ッ」
神は死んだと言わんばかりにガクリと項垂れた究極生物のファンサービスは子供達がさすがにグッタリしたマヲンを気遣い始めるまで続いたのだった。
そうして、新たな出会いの下。
次なる目的地へ向けて人々は集っていく。
それが如何なる状況へと向かうものであるか。
誰も知らぬまま。