第四十八節「想いと刃」
集結!!
マヲンと愉快な仲間達!!!
とりあえず、名前を付けるならそんな感じなのかもしれなかった。
第3層最大の都市浮遊島。
辿り着いた其処保護した民間人を乗せた船をいつでも逃げられ、手が出せる虚空に鋭伯させて、ガナイに任せた白の究極生物はモチを引き伸ばしたような尻尾をプラプラ揺らしながら、その島へと一人上陸していた。
見れば、周辺は廃屋同然。
兵共が夢の跡状態。
どうやら激しい市街地戦が行われた痕跡はあるのだが、肝心の襲われた者の残骸は一つも見付からなかった。
入ってすぐの小さな埠頭区域はガランとしており、御祭り騒ぎであった聖女来訪の飾りつけが為されたまま、物悲しい感じにそのパステルカラーを霧交じりの風に揺らせている。
チリンチリンと東部風の夏の風物詩である風鈴が鳴れば、その場は正しく怪談に語られる幽霊街か。
はたまた、全てが忘れられた廃屋街か。
ただ、どちらにしても白くて頭を水母に食われたようなのからしたら、人がいなくて楽しくない場所という感想なので人間的な機微とはまるで無縁で……不気味に思う事すらなくテクテク進むのに躊躇も無かった。
揺らめく霧はまるで生きているかのよう。
少しずつ道幅が大きくなっていく通りのアーケード街を抜けると。
都市部に複数存在する円形広場の一角へと出る。
放射状に各ストリートに直結する交通インフラの一部だ。
その中心付近には廃棄されたと思わしき馬車が数台横倒しとなっており、砕けた窓や破壊されたドアも相俟って寂しげな様相を呈している。
「……クヲ」
ふむと考え込んで、生存者がいるなら、何処に身を潜めているだろうかと感覚を研ぎ澄ました彼女の知覚は半径数百m内の情報をザラザラと脳裏に拾う。
崩壊した役所跡。
燃え残った図書館。
完全に破壊し尽くされている七教会支部の跡地。
空港は形こそ残っていたが、中身は廃墟そのもの。
病院だった場所も埃が薄っすらと積もっている。
人間が隠れられそうな拠点は無いかと探してみても、心音一つ聞えない。
「クヲ……」
またテクテク歩き出した彼女が向かった先は宿泊施設が複数密集する区画だ。
周辺を超感覚でクリアリングしながら、あちらこちらから入ってくる廃墟情報を脳裏で編纂、マッピングしたソレを船側の画像の投影魔術具に送って、地図に幾らも無いような生存者に繋がるかもしれない情報として書き出しながら、マヲンはとある一番大きな建物……最高級ホテルの入ったビルの玄関前へと辿り着いた。
何か無いかなぁ。
と探しに来た理由は事前にこの界隈に聖女が宿泊していた、という情報を入手していたからだ。
ロビー内部は埃こそ積もっていなかったが、微妙に煤けており、バタバタしていたらしく椅子やテーブルがあちこちで横倒しになっていた。
進んでホテル内の昇降機前まで来た彼女が壁のボタンを押すも反応無し。
怪談をヒョイヒョイ上がりながら各階層を見て回る事数分。
何の成果も無しと結論して、最上階を見てから返ろうという時。
不意にその知覚に真っ黒な場所が出現した。
「?」
彼女の知覚能力はぶっちゃけ、全開にしたら半径数十km内の塵一つすらも判別可能な代物だ。
それを範囲を狭めて微細に情報を拾う事に特化させる事で生き残った人間がいる場所を突き止め、今まで保護していたわけだが、突如として知覚に見知らぬ空白が出現するというのは初めての経験。
恐らくは何らかの高度な偽装を施されていた区画か。
ホテル最上層のスイートルーム内が完全に知覚不能のブラックボックスと化していた。
興味を持って、部屋の前まで行けば、鍵が開いている。
白い指がドアノブをガチャリと回せば、扉が解放された。
しかし、内部の豪華な様子が見えているのにやはり彼女の知覚は内部を全て知覚することが出来ない。
何らかの魔術で五感情報が制限されている事は間違いなく。
ペタペタと紅い絨毯を歩いて内部へと足を踏み入れる。
全方位が今やシャッターに覆われた硝子製の眺めが良かっただろう階層端をグルリと見渡してもソファーがあるばかり。
内部は荒らされた痕跡こそ無かったが、シーンと静まり返っている。
部屋を次々に開け放っていく究極生物であったが、無人の場所ばかり。
これは逃げ出した人間が放置したものだろうかと考えたのも束の間。
そろそろ船から離れているのも厳しい時間かと一端捜索を切り上げようとした彼女が視界の端に七教会の紋章を見付けた。
テーブルの端に置かれていたのは小さなアメニティだ。
聖女部屋になるからと用意したのだろうプレートに手書きのようこそという文字と共に丘に立つ七本の剣の象形が描き込まれている。
それに触れようと手を伸ばした時。
視線を感じて彼女が振り返る。
まるで間違い探し。
広いスイート内に違和感を感じた彼女がよくよく先程の自分の見たものと今見ているものを照らし合わせれば、答えは数秒で分かった。
本来は壁があったはずの場所にひっそりと扉が追加されている。
その普通にも見える扉に手を掛けて、開く。
すると、内部は空の上だった。
いや、冗談などではなく。
空の上に扉が直結していて、足を踏み出せば、空から真っ逆様という状況。
これは何かあると軽い魔術で扉が閉じないように固定した彼女が虚空を歩いて、その扉の先の世界へと出た。
「クヲ?」
何処までも蒼い空の中心で。
果ても無い世界の水平線で。
複数の窓が浮かんでいる。
そう、硝子製と思われるものがフヨフヨと。
だが、それよりも問題なのはその中心に屍蝋の色彩を宿した大きなズングリムックリな物体が静止している事だろう。
ホウホウと声が聞える。
そして、扉の方角へと向けてグリンと首が180度回転した。
途端、ビシリとマヲンの肉体表面が石化と同時にサラサラ砂になっていく。
まぁ、その程度の呪い的な能力で究極生物が死ぬわけもないのだが。
「クヲ?」
パッパッと産毛の先を砂にされた程度の被害で全身をフルフル震わせた彼女がコレが親玉かと脳裏で殴る方法を考えた。
超感覚としての知覚には未だ何も引っ掛からない。
しかし、目の前のソレは明らかにこの状況を動かしている敵だ。
顔にも仮面。
その印字は何故か掠れて見えないが、屍蝋の仮面には違いない。
ホウホウと梟型のソレが啼く。
すると、窓が幾つか規則正しく整列して、彼女の方角へと向けられた。
その内部の光景を見て、ようやくマヲンが理解する。
内部には化け物達が写っていた。
膨大な屍蝋化した剣獣や巨大な円柱の如き口のビッシリ生えた化け物。
怖ろしく大きな巨人型の鎧に今まで彼女が薙ぎ払ってきた有象無象の雑魚軍勢。
その窓の内部から噴出すように風がこちら側へと流れ込み。
それに伴って、硝子窓が開いたかと思えば、明らかに体積や空間が捻じ曲がっているような光景が、巨大な敵がその内部からヌルリと抜け出ては梟の周囲に参列していく。
これは面倒そうと思ったのも刹那。
彼女が常人なら肉体が断熱圧縮で消し炭になる加速を見せて、瞬間に窓の一つをモチ尻尾アタックで破砕していた。
それに伴って梟周辺の空間に亀裂が入ったかと思うと。
爆発的な屍蝋の化け物達の噴出がその内部から起り、次々に体積状不可能な狭い空間を通り抜けられないソレらがミックスジュース状態となって霧と還っていく。
僅かにすり抜けた化け物達も傷を追った様子で噴出した空間から出た後には他の化け物達の合間で喰らわれ始める。
空間の亀裂。
その先の世界。
何となく何が起こっているのかを認識したマヲンが窓狙いでいつの間にか鮫みたいになった頭部と切れ味マシマシなシャキーン状態なヒレで踊る。
乱舞した一瞬の間に梟は知覚不能の何かしらの手段で数千mを後退。
だが、逃げ遅れた化け物達は膨大な魔力量と加速によって引き起こされた嵐の如き竜巻に巻き込まれ、砕けながら霧の渦と化していく。
窓もまた梟に追随していたのだが、その数は数個程度。
他は全てマヲンのヒレに切り裂かれた。
そして、同じ様にその場で空間の亀裂が発生し、化け物達が次々に輩出され始める。
それに対処する白い究極生物を凝視しながら、周囲に浮かべた数個の窓。
一つ一つの時間軸内から最強の兵隊を周囲に再び展開し始めた梟は相手が窓内部で培養していた駒を消費し切る前に体勢を築き上げるべく。
見える時を加速する。
時間を見つめる神。
広大な時空間を治めるソレにとって、時間を超越する程度の存在は目障りな自分の能力が半減以下になる厄介な敵だ。
それが分かっているからこその速攻。
布陣は高格外套の群れを用いて生み出された巨大兵。
【幽鎧(イドロン・アルマトゥラ)】
邪神の信徒を使って生み出し、崇める神を呪わせて更なる力を得た巨大円柱。
【夜劫(ノクス・アエテルニタス)】
無限に沸く剣獣を基礎として幾らでも湧かせられる雑兵。
【号令(オルドー)】
必要な駒と的確な用兵さえ可能ならば、超高位存在とも互角に渡り合えるだろう攻撃力と霧による汚染と物量に秀でたソレら。
他にも沸き続ける化物は幾多の名を以て世界に顕現していく。
必要数を揃えるまで数千秒。
時を操る神を前にしては準備も刹那以下の時間に過ぎない。
だが、その時、名前も掠れた梟の化身は忘れていた。
見ているという事は見られているという事。
干渉しているという事は干渉され得るという事。
其々の時間軸内に閉じ込めた人間を糧に育つ化け物達もまた人間の糧になっているかもしれないという当たり前の事を……忘れていた。
円柱の化け物の窓から蒼き瞳が窓の先から己を捉えた事など知らず。
巨兵の化け物の窓から全身鎧の兜が自らを捉えた事を知らず。
軍勢の化け物の窓から鉄塊を抱えたシスターが姿を捉えた事を知らず。
しかし、彼らの全てが間違いなく元凶を発見しても尚、未だどうにも出来ず。
事態は混沌の収束へと向かっていく。
終わらない悪夢がゆらりと揺らいだ事を梟以外が知った事は確かな出来事に違いなかった。
*
―――43緒がjrがjg・阿波絵簿じゃ得5議案・rg・34位g5gぁ5.gぁkgう亜g亜・lgあv?
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―――芸おgじゃレインg45ぃg4アリhblb45tえいのぃんぃんbl5いににあlんにんl4g!!!
「ふふ、どうしましょうか。御子様の下に戻るにはまだ傷も癒えていない。となれば……」
襤褸切れのような修道服に身を包んだ妙齢の女が一人。
霧が無限に続くようなトンネルを開く虚空に落ちながら、そう呟いていた。
未だ騎士と戦った傷は癒え切らず。
さりとて、また戦いへと介入しようにも時間の繋がらない世界は牢獄と同じ。
それを抉じ開けるだけの能力は今のところ無い。
だが、彼女の傍には三つの肉塊が併走して落ちている。
彼女の子供達。
そう、永劫の先へと向かう力を得た彼女にとっての特別。
「お行きなさい。新たな経験を得る為に……」
肉塊達がその声に僅かな間を置いてから霧のトンネルの外へと弾けるようにして三方へ散っていく。
それを見送ってから、女は……ダークエルフ、アーフル・ナーシムに仕える彼女は……エルフの金髪で余れた紐を懐から取り出すとソレを己の首筋に当てる。
すると、ビキビキと血管のように肌の中へと潜り込んで樹木のように根を伸ばした紐が血を吸い上げたか。
薄っすらと紅く染まって。
紐の端が虚空に縫い止められるようにして静止、落下中だった女をガクンと何も無い霧のトンネルの中央でぶら下げた。
「御子様。どうぞお力をお貸し下さい」
虚空に縫い止められた紐が空間の先から僅かに鋼のような質感へと変化し、それが紐から首筋まで伝播……最終的には傷付いた女の肉体を蝕むようにして鋼色へと染め上げていく。
「―――あ、ぁあ、ぁあ゛ぁ、あ゛あ、あぁ゛あああぁぁああ」
恍惚と侵食を受け入れた女が喜悦に唇の端からダラリと唾液を滴らせ。
そのまま爪の先まで染まった途端。
瞳の色が混沌と薄暗く染まり、その中心が金色に染まる。
紐を通して注入されていくもの。
それは魔力。
神のみに許された黄金。
それが鋼色の肉体の最中。
あちこちにある傷から噴出して滲み。
女の着ていた衣服を分解して消し去った。
それとほぼ同時に背筋全体から木の根のようなものが伸び上がるとまるで光輪のようなものを数重枚に渡って形成。
後光を発するように金色へと変化。
最終的には歪な彫刻にも見えて女は喜悦を讃えたままにニタリと口元も歪めた。
ブツリと首筋の紐が切れる。
途端、傷が見る見る内に治癒し、その全裸の肉体表層にはエルフがよく使う草木の装飾そのものが溝となって顕れ、刻印というよりは衣服のように全身を覆っていく。
ガリガリと女の口元が罅割れ、顎の端まで亀裂が入ると。
笑みが物理的に砕けた。
ガパリと開いた口内からは女の笑みを湛えた声が響く。
瞳が細められ、その両手両足の先にも大きさが違う光輪が形成された。
虚空で起き上がった彼女は両手両足の指先をグニグニと動かした後。
その口元以外は美しい彫像のように変化した姿に満足した様子で空を仰ぎ。
もはや人語には聞えぬ神を讃えていると思しき冒涜的な響きを空へ放つと口内へと吸気し始めた。
無限の霧に覆われたトンネルの中心へと全ての白きものが吸い込まれていく。
その体内の容積的に収めるのは不可能だろう空気は何処へ消えているのか。
霧が嵐の中心に引き込まれて渦巻き続ける最中。
パキパキと女の顔には仮面が、屍蝋の分厚い塊が、少しずつ蓄積形成されていく。
やがて、どれだけの霧を食らったか。
世界の全てが青空になった頃。
その中心で屍蝋の面を付けた女は其処の黄金の印字を焼結させた。
曰く。
【獣女神(フェルス・デア)】
もはや、その世界に霧は一欠けらも無く。
女が再び落下を始めると。
まるでその自重に押し潰されるかのように空間が撓んで割れ、内部へと全身が沈み込んでいく。
『再戦と行きましょう。騎士様♪』
おんなの全身が黒い空間の亀裂へと完全に埋没した時。
その時間軸内に存在した何もかもがその割れた空間の極大化に呑まれ消失した。
迫る戦いを前にして未だ無限に湧く化け物を切り払い続けている落下中の男。
マウロはその第六感としての予感のみに次なる戦いを感じて。
僅かに剣を握る手に力を込めたのだった。
*
未だ砂漠の最中。
イルト・イナーシタはようやく助けるべき相手を視認する事となっていた。
そこまでやってくる事12km程。
魔力も殆ど減っていないし、疲弊もしてない自分が人間とは別の生物になってるなぁという感慨を抱きつつ、そのキラッキラなピンクの焼結済み通路を追ってきた彼が見たのは……四方に20m超の巨大な桜色の剣を見て驚きに固まり、どうしようどうしようと右往左往、その余波で剣がブンブンと振られる度、地面を混ぜっ返して周辺の砂が巻き上がるという……何とも奇妙な状態のピアリだった。
「ピアリ、大丈夫かぁぁああああ!!」
あまりにも剣が物騒なものだから、遠方からそう大声を掛けた彼をハッと見付けた田舎少女が感動した様子でダダダッと走ってくる。
「イルトさ~ん!!?」
「ウオッ?!! アブね!?」
走ってくるピアリの背後には道が次々に出来ている。
桜色の焼結する道のみならず。
剣までも切っ先を水平にして自動追尾してくるので驚くのも無理は無い。
あわや串刺しという寸前で回避したイルトが砂地に這うようにして駆け寄ってきたピアリに近付く。
「ど、どうやら、聖女に色々されたみたいだな」
「うぅ~~~遅いですよ~~!!」
ようやく迎えに来た仲間の姿に安堵してペタンと座り込んだピアリに連動し、ドズンと砂地に四つの巨大剣が落着する。
「それにしても良かった……元気そうで……怪我とか無いか?」
「ありません。でも、何でかピアリにこの剣がくっ付いてくるんです」
「自分で消せないのか? 何だか、物凄くいつも造ってる皿の質感に似てるけど」
「消えません~。うぅ……これじゃピアリ、フカフカの寝床で寝れなくなっちゃいます!!」
「ま、まぁ、そうだな。うん……でも、本当に変わりないようで安心したぜ……一応、師匠達が来るまで待ってようか。そうしたら、その剣とか後に出来てる道とか、何とかなるだろうし」
「先生やイフィーさんもいるんですか?」
「ああ、みんな一緒だ。他にも小っちゃいのとか大きいのとか色々と仲間も増えた」
「そうなんですか? ピアリの知らない間にそんな事が……」
「落ち着いたら話すからさ。しばらくは大人しくしてよう」
「は、はい……それにしてもまたピアリ、イルトさんに助けられちゃいましたね」
「助けられたというより、助けに来られたのはみんな師匠とイフィーのおかげだけどな」
「でも、真っ先にイルトさんが来てくれました」
ニコリとする少女の笑顔に照れくさくなった青少年が頬を掻く。
「はは……でも、オレよりもイフィーや師匠が来た方が色々と早く解決したかもしれないぞ?」
「イルトさんがいいんです!! ピアリを助けてくれるのはいつだってイルトさんなんです。えっへん!!」
「どうしてお前が偉そうなんだ……」
苦笑してやれやれと首を横に振ったイルトがしばらくはこうしていようと今までの話をしようとした時。
砂しかない世界の青空に急激な亀裂が入り。
思わず見上げた二人がその中心から何かが落ちてくるのを確認した―――と思われた刹那。
「何が何だか分からないがヤバそうだ。逃げるぞピア―――り?」
クシャッと少女の左の首筋から胴体の半分程が無くなっていた。
「イルトさ……」
その背後、モグモグと巨大な口で咀嚼していた神像の如き女。
いや、神の力を宿した鋼の屍蝋……光輪を背負う者がギョロリとした瞳でイルトを見つめる。
【ふむ。あの騎士様との再戦の前に腹ごしらえとしましょうか】
「―――ぴあり」
小さな呟きが終わった後。
砂の世界は白く。
ただ白く発光した。
―――それが何時の事なのか正確には分からない。
何処か寂れた街の端で。
彼女は一人待っていた。
何をという問いに答えを持ってはいない。
何かをとしか答えようも無かったのだから。
腐り掛けた家々の角を這いずるようにして無人の路を往く。
そうだ。
もう其処には誰もいない。
広漠として静かな暗影があるだけだ。
薄暗い曇りが投げ掛ける陰の中で蠢くようにして移動すれば。
その先にはただ腐臭と汚泥しかない。
何処にも辿り着かない。
何にも成れない。
這いずれた皮膚に蛆が集ろうと。
壊れ掛けた瞳に膿が湧こうと。
進んだと証明されるのは彼女が這いずった跡だけだ。
振り出した雨に温かいと感じた。
溜まっていく水溜りは得たいの知れない蟲が湧こうと彼女にとっては風呂に等しい。
這いずって、這いずって、這いずって。
樹の幹を齧っては吐き。
雑草を齧っては喰えるもの以外で腹を下し。
ようやく見付けた小鳥の摘む実は僅か甘く。
這いずって、這いずって、這いずって。
今日の寝床に腐り藁の納屋を見付ける。
薄ら暈けた回る世界に何も思わず。
蒼い天が壊れ掛けた屋根の端。
雲の隙間から覗く。
それは死の間際。
ほんの少しだけ訪れた静寂と痛みから解放される極僅かな合間の奇跡。
足音が聞えたような気がして、彼女は一人で途絶えた。
誰にも出会う事無く。
静かに、静かに、静かに………。
―――それは何処か北の小さな小さな村の無人の世界に終わる一つの物語。
『イルトぉ』
「?」
『イルトぉお』
「?」
『イルト・クルミナス!!!』
「!!?」
ガバリと起き上がった青少年の頭に軽い拳骨が振る。
クスクスとの笑い声が周囲からは多数。
「クルミナス!! お前、勉強は頑張ってるようだが、授業は寝るな!! もっと遅れるぞ!! 程々にだ。何事も」
歴史の四十代独身教師の言葉に思わず彼は頭を下げる。
「す、すみません!! つ、ついちょっと!!」
「はぁ、まぁいい。転校手続きで忙しかったのは分かる。今度からは気を付けるように。誰かに適当なノートでも見せてもらえ」
「あ、はい。ご迷惑掛けてすみませんでした……」
ようやく目が覚めた彼が窓際最後尾の椅子で外を見る。
『このように七聖女様方の統治手法の改良が地方諸国に波及した現在、歴史的には―――』
曇天から小雨がパラパラと降り始めた世界を校舎から見れば、世界は今日も灰色で。
あの子にそろそろ会いに行こうとイルトは決める。
有名人というのは何処の学校にもいるものだ。
まさか、一目惚れだったとは恥ずかしくて言えもしないが、それにしても少女の事が気に掛かっていた。
授業が終り、周囲のクラスを見て回りに出たが、発見出来ず。
何組かを聞いて出向くも今日は不在。
トボトボと傘を差して歩いて、家路に着いた彼は不意に何処かの裏路地に迷い込む己の方向音痴さに頭を掻き。
喧騒がある方へと戻ろうとして―――。
薄暗がりの先。
小さなデッドスペースに立つ納屋を見付ける。
腐った藁の臭いに塗れた小汚い小屋。
しかし、その扉は僅かに開いており、暮れ掛けた黄昏時の光を僅かに受け入れ。
内部にいた何かを静かに映し出す。
「 」
それを表現する術を彼は持たなかった。
だが、一筋だけ涙が零れた事は記されるべきだろう。
何処にも接点の無い二人はそうして出会い。
いや、別れ。
そして、一つの現実を前にしてイルト・イナーシタは悟るのだ。
この世にはきっと理不尽など山のようにあるのだろうし、不公正だって海のように溢れているだろうし、どうしようもない出来事が何処までも積み上がっているのかもしれないが、それを認められる程……自分は大人でも強者でも無く。
「……無力なんだなオレって」
塞き止められない激情が。
限り無く正しい憎悪が。
終わりを知らず苛む懺悔が。
何処までも震えるその掌が。
彼を少しだけ……強くした。
『造っておいてなんだけど、あんまり勧めたくないんだよねぇソレ。いや、ほら、人間て道を踏み外し易い生き物だからして』
何処からか聞える声とは裏腹に彼の前には納屋の虚空にはソレが浮かぶ。
『でも、君は……ああ、そうか。少しだけ似てるのか……己の無力を知ってこそ、他が為に涙を流す……そんなところが……』
掴み取る柄には何も無い。
だが、何も無いがあるのだ。
御似合いではないか。
そう、イルト・イナーシタは己を知っている。
『忘れない事だよぅ。例え、社会が、神が、運命が、他の誰がそれを許容しても、譲れない事がある』
それは一つの結果が結実した何処かの世界の出来事で。
『ならばこそ、君に与えよう。この世で“無い”がどれだけの“無尽”であるか……知らしめる剣を……』
全ての情景が消えていく。
何もかもが0に近付いていく。
それでも確かにその胸に。
それでも確かにその腕に。
在ると感じられるものが、進むだけの理由をくれる。
『イルト・イナーシタ……高位階梯者抽出番号十九億六千万と飛んで四番。ありふれた中央諸国の一般人。君が辿り着けるか見せてもらうよぅ。人が行き着く先が果たしてどのようなものであるか』
何も無い柄の先に刃がある。
いや、それは在ったのか無かったのか。
分かりはしない。
だが、一つだけは確かだ。
それは……果てしなく進歩する人類が持つにはまだ早い……種にとって少しだけ先にある……そんな“力”だった。
「ピアリイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!」
庇う手が少女を突き飛ばした刹那。
肉体を噛み砕こうとした屍蝋の仮面を付けた神像。
その口元と無色透明の何かがガキャリと噛み合う。
【ふむ。あの騎―――?!!】
「テメェは近付くな!!」
猛然と神像の腹に膝蹴りが叩き込まれる。
その膝は錬金の力を反映して、鋭角の鋭い鋼の切っ先をいつの間にか備えていた。
「ふぇ? イルトさん?」
呆然と少女は呟く。
自分を庇うようにして立つ青少年の姿に目を丸くして。
鎧。
それは白と黒が溶け交じり合う不可解な甲冑に身を包み。
何も無いように見える柄を構えた姿。
「走れ!! 皆を呼んで来てくれると助かる!!」
「わ、わ、分かりました!!?」
慌てて道を作りながら、巨剣を連れて走り出す少女には目もくれず。
神像の女が瞳を細める。
その様子は仮面の下からでもイルトにはハッキリと感じられた。
【面白い……この感覚……高位の存在、ですか……ですが、御子様のお力を得た今、私に―――】
「ベラベラ喋ってんじゃねぇ!! ピアリはやらせないッ!!」
吼える若い力を前にして女の顔が仮面の下、笑みに歪む。
【く、くくく。良いでしょう!! 少年、あの騎士の前にあなたを我が供物としましょう!!!】
戦いのゴングは無く。
誰が鳴らすでもなく。
それでも両者は同時に動いた。
それは第3層において終わる戦いの一つ。
たった一つの結末に過ぎない。
しかし、同時に新たな戦いの始まりでもある事をこの時、未だ中央諸国の一般人を少し逸脱しただけの青少年イルト・イナーシタが知る由は無かった。