第四十九節「戦機到来」
力が湧いてくるとか。
相手の動きが見えるとか。
圧倒的な能力が備わるとか。
一撃必殺な技が使えるとか。
もしも、そんなに分かり易い話なら良かったのだろう。
だが。
【どうしたのです少年!! さぁ!! 先程のように機先を制してみてはどうですか!! あははははははは】
「くッ?!」
見えざる刃。
透明というよりも本当に存在しているのかも怪しい剣身。
柄を振り回すにしても、剣がどういうものなのかが分からないイルトは……人間を超越した肉体能力を持ってしても、神像の攻撃を受け流すのみで精一杯になっていた。
高速で交錯しながら、女の声は嗤いながら、少しでも齧り盗ろうとイルトの隙だらけな構えに口撃を合わせてくる。
それに対処しているのは超感覚の延長にある五感が咄嗟の反射で相手からの致命傷を的確に防いでいるからだ。
ギャリンと。
鋼と鋼を擦り合わせたかのような音がしたかと思えば、両者の間には見えざる剣身と大口を開けた神像の競り合いが火花を散らしていた。
ギリギリと膂力で拮抗するのはイルトもまた高位階梯の身体能力を得ているからだが、それもジリジリと押され始めている。
【ふふふ】
神像がゆっくりとだが、強化されているのだ。
未だ、不可解な黒と白の溶け合った鎧は仕事をしているのかいないのか。
単に衣服以上の意味は無くなっている。
(練成してる暇が無ぇ……これじゃジリ貧だぜ。どうするよ。イルト・イナーシタさんは……ピアリが師匠達を呼んで来てくれるまで持つのか?)
グイッと押され気味に膂力不足で肉体を押し込まれた青少年を愉悦して見つめる女が瞳を細めた。
遠くない未来。
その身体を鎧ごと噛み砕くのを想像しているのは明白で、その口元からダラダラと強酸性の液体が滴り、地面の砂地に落ちてはシュウシュウと不気味な音を立てている。
(単なる見えない剣じゃ無理か……でも、こいつの攻撃は受け止められてる。オレの能力か剣技が足りてれば……クソ、師匠にもっと習っとくんだった)
このままではマズイとイルトが思い切り相手に剣を相手に膂力だけで押し込んで、両足の踏ん張りを解いた。
途端、猛烈な砂の爆風と共に数十m下がる事に成功する。
距離を離したのも束の間。
濛々と上がる砂煙の中へと突撃してきた神像が今度こそ噛み砕くと猛烈な勢いでイルトの剣を持つ手を狙う。
(盾でもあればと思うが……程度の低い練成じゃこいつの攻撃は止められない。剣がもう少し分厚けりゃ―――)
幾度かの攻撃を受けて、フルー・バレッサから貰った剣に付いて判明した事は単純だ。
一つ、たぶん折れない。
二つ、完全に見えない。
三つ、こちらに感じられる重さを持たない。
四つ、長さは普通の長剣と同じ。
だが、分かったところでどうしようもない。
イルト・イナーシタは錬金術師であって、剣士ではないからだ。
それを活かせるだけの技量も技も持ち合わせていない。
何とか反射的に相手の開口に合わせて歯を打ち込んで受け止めた時。
(!?)
イルトが今までとは明らかに違う剣と攻撃の鍔迫り合いに気付いた。
(剣身が太く、長くなってる?)
先程よりも僅かだが、その見えざる剣が普通の長剣よりも大きくなっていた。
元々練成した武器で戦うスタイルであったので、そういった咄嗟の練成で使う得物のリーチは必ず覚えるのが癖のようになっていたのだ。
なので、例えソレが見えざる得物でもそう簡単に誤認したりはしない。
(こいつ……さっきのオレの思考を読み取って? なら、もっと分厚くだ!!)
物は試し。
イルトがそう思った刹那。
【?!!】
バガンッと神像が口を大きく開けたかと思うと初めて自分から飛び下がった。
同時にその口元の端からダラダラと黄金色の血のようなものが滴る。
【……この身体を傷付けるとは……この世の理で編まれたものではありませんね】
先程までの愉悦も何処へやら。
ようやく、その両手をギリギリと握り締めた女が今までの比ではない速度でイルトに最短距離で迫った。
間合いを詰めた相手の拳は的確に脳髄と心臓を破壊するべく加速する。
その猛烈な速度による砂埃の中。
イルトが今度は思考上で盾のように振り翳せる巨大な剣。
いや、鉄板のような腕に装備して振り回せるものを想像した。
瞬間、再び神像が驚きに数mを跳躍して下がる。
イルトの持っていた柄の上にもう剣身は無い。
だが、イルトの拳の上から肩に掛けて、見えざる何かが覆うようにして顕現した事をイルトが悟った。
軽く腕を振ってみれば、2m先の砂地がズズッと剣の切っ先らしきものによって抉れる。
肩から腕までを鎧う装甲と一体化し、平たい剣身を拳の上に装着するような形で剣が生成されているのだ。
肉体を保護しつつ、横に振り抜いて使うか。
あるいは拳を振り下ろすような動作で縦に切るように使うか。
剣がそういう何かとなっていたのである。
(オレの想像力に比例して形を変える? そもそも相手はオレの剣身をまったく感じられてなかった。そういや、こいつ風切音どころか。オレの五感にも掛からない。なら、相手にもそうだって事だよな)
【面倒な……概念魔力すら感じないというのに……それに等しい認識不能の剣身? 面白い!! ならば、その力を我が御神に捧げ!! 新たなる時代のに―――】
イルトが己の全力で相手との間合いを突撃で詰めた。
瞬時に想像されたのは相手を叩き潰すハンマーだ。
巨大な巨大なソレは柄から離れて存在する。
そして、振り下ろした瞬間。
自分のいる範囲以外の数百mに渡って広がり、高さ60m以上の壁となって降り注ぐ。
まるで中心を繰り抜いた焼き菓子。
しかし、相手には想像上の得物なんて見えるはずもなく。
マズイと咄嗟の回避行動で数十m跳躍で後退し、グシャリと左半身が拉げたかと思えば、そのまま押し倒されるように上からの圧力、超重量に押し潰されていく。
【がぁああああああああああああああああああぁああぁ!!!?】
ほぼ左半身がグシャグシャになりながらも、砂地にめり込む方の腕が辛うじて上に向けて何やら光の球、魔術らしきものを打ち込んだ刹那。
爆風が莫大な見えざる得物にブチ当たり、ソレを押し返し、得物と大地の狭間を猛烈な衝撃と熱量で焼き付くし、地表を硝子状に焼結させていく。
得物を再び剣に戻した同時に光の爆発が本来の極太の柱のように立ち昇り。
ヨロヨロと身を起こした神像がその肉体を瞬時に元に戻しつつ、額に汗を浮かべて、イルトを見やる。
【山一つを受けたような衝撃……しかも、御神の力で破壊不能とは……危険です……やは】
ガギュン゛と神像の硬質な肉体が上下左右前後から少しずつ圧縮されていく。
【―――?!!!】
イルト・イナーシタは錬金術師だ。
そして、錬金術師はあらゆる物質を自らの造詣で創造する。
だから、見えない、感じられない、存在すら怪しい癖に破壊不能で己の想像力のみで形を変える何か……とか。
そんなものがあれば、それで実験したくなるのは道理だ。
そして、実験なんて悠長な事を言っていられないとなれば、やる事は単純だ。
相手を包んで押し潰す。
単純無比の想像で相手を物理的に磨り潰す事に躊躇いなど無かった。
相手は自分の仲間を食い殺そうとした相手。
それに手加減してやれる程、今怒れる青少年は理性的ではない。
人倫と社会規範が規格化された大陸中央諸国でならば、その発想すら出てこなかったのだろうが、今いるのは蒼き天蓋の星で命を掛けた戦闘中。
自分でエグイなとは思いつつも、イルトはその想像力が許す限り、速やかに相手を包む球体状の得物の半径を縮め、最後には内部に如何なる隙間も無い球とする。
急速に己の生存領域を、体積そのものを無理矢理に縮んでいく球体内部に納められた女は……その構成物質の圧壊と圧縮を前にしてただ全力で生き延びる為に再生を繰り返していたが、やがてとある一定領域以下まで物質が物理的限界を超えて押し縮められた時、崩壊した。
巨大な光芒。
得物を透過した原子崩壊から来る膨大なエネルギーの一部が光として周囲を照らし出し……しかし、それもやがては得物内部で“存在しない”状態へと推移。
最終的には見えざる球すらも消え失せ。
周囲にはまた渇いた風が吹く砂漠だけが残された。
「悪いな。仲間を食い殺すような各上相手に手加減とか出来ねぇよ」
そう呟いて、仲間達はまだだろうかと歩き出そうとして……イルトがそのまま砂地に倒れ込んだ。
「あ、れ?」
視界が霞み。
動悸が激しく。
その上、意識が遠退いていく。
得物を使った反動。
あるいは本当の殺し合いでヤバそうなのを殺した精神的ショック。
どれだとしても、もう動けない事に代わりは無い。
(オレも無茶し過ぎだよな。大概……)
【ふふ、まさか倒されるとは……ですが、覚えておきましょう。あの騎士様以外にも愉しみが増えたようですね】
『イルトッッ!!』
もう声も聞こえない。
しかし、その誰かの手の暖かさが仲間の到着を教えていた。
*
戦いの趨勢は決しつつあった。
理由は単純だ。
莫大な質量を持って、高格外套の剣技を使い。
無限にも等しき侵食活動で相手を同化し。
終り無き猛攻を可能とする化け物は―――本当の化け物というのが何かを白い鎧の顔も見えない騎士に教育されつつ……崩壊し終えていたからだ。
戦いは凡そ100合にも及んだ。
打合い。
そうだ。
その巨大なる大いなる屍蝋の仮面は、高格外套数百機分の出力と能力を持つ敵は真正面から打ち負けた。
片や数十mにも及ぶ巨剣。
片や1mにも満たない長剣。
しかし、それでもその技に差があったのは、一重に化け物は綺麗な型に嵌めたかのような御行儀の良い剣であったのに対し、その騎士は搦め手も含めた上で如何なる重量差も跳ね除ける技量を備えていた事を巨剣がギザギザの鍵のように欠けている状態からも明白だ。
加速込みならば、山岳一つを両断するに足るだろう刃が、小さな刃の僅かな反りに沿って、刃先を微調整されたかの如く、相手に一つも傷を付ける事なく振り下ろされ。
それだとて、相手の膂力から考えれば、家一つを持ち上げるような力がいるだろうに軽く騎士はやってのけて、正確な相手の太刀筋に刃を合わせながら“いなした”のだ。
次の一撃の読み合いで勝る男は強力招来……自らの肌を削ぎ落としそうな衝撃波や真空の断絶が起きる最中を悠然と……敵の拳や刃や魔術を受けて尚悠然と……虚空を歩いた。
それは傍目には喜劇だ。
その巨躯の主は見えないものを殴っているのか。
あるいは何も無い場所に刃を奔らせていると。
そう、見えた。
【 】
声とすら呼べぬ絶叫。
屍蝋の化け物は、七教会の力そのものを扱う敵は……しかし、相手の長剣に罅一つ入れられず、その攻撃の悉くを逸らされて咆哮する。
「……」
向かってくる死。
大質量の音速を超えて迫る刃。
だが、それと剣戟を成立させている男は凪いだ心のまま。
その微細な重心移動、刃の余波や魔術や打撃の全てを脳裏で予測し切り、的確な対処でいなしていく。
魔術による攻撃には物理量(エネルギー)を伴うものならば、それを逸らし斬る為の魔力を刃に宿らせ、質量を伴った斬撃ならば、それを最も効率的に逸らす刃の確度を、踏み込みを、体幹が産み出す重心移動を使いこなして、冗談のようにただの鉄剣で質量を別方向へと誘導し、その衝撃を肉体の中を傷つけぬよう透過させる形で虚空へと放散させた。
普通なら、そんな衝撃を喰らった人間が内部に威力を奔らせれば、爆発四散するだろう。
しかし、鍛え抜かれ、魔術によって細胞単位で強化され、同時にまた主要臓器の外側の筋肉が完璧に衝撃を、運動エネルギーを伝達し切る媒質として制御を受け付けるのならば、その耐久限界まで男は、彼は、マウロ・フレステンドは不死身にも等しい。
相手の攻撃は超絶の物量、質量、威力を持っていたが、それは人間の肉体を均質に押し潰すものではあっても、微細な戦術が立てられるような代物ではない。
大きさの違いは確かに威力へ直結はするが、逆に言えば、急所を狙うだとか、相手の弱点を正確に突くような類の事は出来なくなっている。
これが致命的な差であった事は屍蝋の騎士鎧にとって、正しく相性としか言えなかった。
もし、その体躯が人間並みならば、マウロは此処まで楽に相手の攻撃を捌けていない。
もし、その威力が人型から凝集されて放たれたならば、勝負と呼べるだけの戦闘が成立しただろう。
【!!!!】
相手の全力。
化け物の残撃が加速する。
一秒で4撃。
0.25秒で放たれるソレは標的周囲を衝撃波と烈風と切っ先の怖ろしい速度で蹂躙する。
だが、直撃しない。
まるで剣撃で敷かれた結界。
手応えすら無い相手の刃による防御は完璧に威力を無へと還した。
だが、巨大な物体が高速で動けば、それだけで断熱圧縮にあらゆる部位が灼熱する。
猛烈な連撃を行っているのならば、尚更だ。
その温度の上昇速度は天井知らず。
チリチリと白熱し始めた巨体が繰り出す暴力的なまでの威力は周辺を地獄の如く熱し、やがて攻撃用の火球や光線、周辺環境そのものから生物を排除する為の魔力波動による分子崩壊までもが、渾然一体と炎獄と呼んで差し支えない領域となって形勢されていく。
正しく神にも等しき威容。
だが、神と対峙した事でもあるのか。
否、神すら斃した事があるのか。
男はその中位神格すらも滅ぼせるだろう領域の中で、渦巻く数万度の炎波の中で、火もまた涼しと言いたげに汗一つ掻かず。
「未だ記憶も戻らぬ身なれど、これだけは分かる」
初めて、男は構える。
その合間にも刃は男を捕らえ続ける。
しかし、今度は単なる白い防御用の魔導方陣が全てを防ぎ切り、僅かな時間を稼いで。
虚空の最中。
未だ島も見えない霧中。
方陣の一部に罅が入ったと同時。
男の動く肉体は流麗華麗とも違う。
見惚れるに相応しい跳躍を見せた。
刹那、炎獄より200m地点。
両手が振り上げた剣が高く高く掲げられ、まるで太陽の表層の如く迫まり揺らぐ炎を反射して微かに鈍い耀きを放つ。
一瞬の間。
攻撃を仕掛けようもあっただろう敵は、高格外套を取り込んだ屍蝋は、しかし……人間の如く、その舞い上がった敵の圧倒的な威力を悟って、剣を初めて防御へと回す。
受け流すではなく。
受け止める。
頭上横一文字の巨剣を見て、男は化け物とはいえ、正しい選択をした騎士の正道たる剣技の使い手に……教育する事とした。
「今、終りを告げる為、私は此処にいる」
決着は男の動魔術によって発動する。
突撃。
何の変哲も無い超絶の加速と真っ向空竹割り。
衝撃に備えた巨剣がマウロの裂帛の叫び。
人間のものとは思えない、周辺の全ての炎を吹き飛ばす気合を前にして防御方陣を一瞬にして数万枚、数十mの僅かな空間へと重ねて威力の減殺へと動く。
だが―――防御方陣に接触した鎧が灼熱するも強引に割り砕き、剣が切り開く振り下ろしと共に開けていく道を更なる加速で駆け抜けた。
「無辜の民、新たな希望をこの地に見出した者、生きている人々を害すなら、例え神に等しかろうとも―――」
巨躯の背後、縦に割れた剣が虚空を落下し、左右に割れた断面から霧を溢れ出させた鎧は最後に動ける僅かな時間にも静止し、カタカタとまるで笑うかのように肩を震わせ、膨大な白の爆発として弾け散った。
「斬る」
マウロが剣を手に提げたまま。
全身から溢れ出した汗を拭う事もせず。
周辺に初めて起った異常。
戦闘中、常に虚空へ見えていた窓に再び加速した。
*
「ああ、何という事でしょうか。罪深き者共なのでしょうか。どうしてこんなにも罪深いのでしょうか。化け物にすら敗北してしまったのでしょうか。人々はあのように素晴らしき安寧の中で午睡んでいたというのに。人々は教会の叡智と栄光の下、静かに暮らしていたというのに。ああ、ああ、ああ!! 何と不甲斐ない同胞達なのでしょうか!! 守り切れなければ、我々に価値など在りはしないというのに!! 不滅の敵が何なのでしょうか!! 無限の軍勢が何なのでしょうか!! 復元される相手が何なのでしょうか!! 補給が無いのが何なのでしょうか!! 自分より化け物が強いから何なのでしょうか!! 己の後にあるものを思えば、下がる事など死ぬのと同義!! 世界の全てが敵ならば、世界の全てを破壊せよ!! 終りも無い戦いならば、永劫無限に戦い続ける!! 聖女の威光持て、我らは真に人の盾ならんと欲す者!! 輝けし、七教会の一員!! 命を掛けて、捨つる事に躊躇うならば、戦う力など持つべきではない!! 奪われたものを取り返せ!! それは我らが後にある平和と笑顔と生活だと知れ!!!」
修道女が戦っていた。
第3層最大の都市の上空で押し寄せる敵を前にして沿岸部に孤立し。
否、全ての敵を引き付けて、襤褸屑のように猛煙を上げて座礁する船の残骸を下に、崩れ落ちて倒れ伏す高格外套達を下に、血を流し、四肢を欠けさせ、今正に死に往く者達すらいる最中で。
「立ちはだかる敵は未だ無限!! 終り無く続く戦は無間!! なれど、我らは七本の剣立つ丘を背負った愚者!! 全てを掛けて、否―――全てを投げ捨てて己の背後にただ背中を見せる者!!!!」
女もボロボロだ。
衣服は半分以上千切れ。
肉体には無数に砕けた敵の得物の破片が刺さっている。
血は出る途端に魔術で止められているとはいえ。
それでも筋肉は断裂し、動かすだけで激痛が奔り、肉体の限界など当の昔に超えているはずだ。
それでも声は如何なる無限の敵の凶刃に曝されようと、一瞬後に心臓や喉や首や瞳が貫かれようと止まる事は無いだろう。
近寄る有象無象の全てが鉄の巨魁が放つ銃弾とその反動によって加速する女の踊りのような拳と蹴りによって血の痕を付けながら霧に返り続けていた。
『全、隊……装備、ふく……げん……』
『魔力リソース、賢者の釜へ……』
『オペ……レーター……脳髄の摘出、保存。自律システムに組み込み……完了』
『全術式解放承認手続終了……原子崩壊によるエネルギー抽出を、開始……・・・』
『きょく、げん……かんきょ……ちょうちょうき、せんとう、ぷらん……あっぷろーど……こ、ん…ぷ』
『魔導生物化開始。禁忌事項抵触……緊急時の全責任は死亡した艦長より委任された私に』
『艦隊、復元……肉体破棄、武装へ魂魄を定着……ふるーさま、かんしゃ、します』
『さいしゅうとうよ……禁忌事項ていしょく……ふししゃかやく……おーばーどーず』
『全禁忌事項破棄……死者より全資源(リソース)を集約』
滅びかけていていた高格外套達の幾人かが再び立ち上がる。
地表に奔る魔導方陣が燐光を上げて光の渦を産み出し始める。
各地で回転する耀きが幾多立ち昇り、死者達の姿が燐光として解けていく。
座礁していた船が再起動し、浮力を獲得しながら、装甲が修復されつつあった。
島に押し寄せていた化け物達が地表の異変に一瞬動きを止めた。
その時、復元された武装が、火砲が、戦隊が、あらゆる敵を滅する力が吼え猛る。
――――――!!!!
猛烈な極彩色の耀きの乱舞。
あらゆる攻撃が解禁され、無限駆動する大出力機関が周辺の物質を内部へと取り込み、崩壊させたエネルギーで砲身が焼け付く先から回復させて弾幕形成を再開。
死んだ者達の高格外套を取り込んだ同胞の鎧は二回り大きくなり。
賢者の釜。
背筋の背骨が倍以上に太く強く“成長”する。
騎士然とした全身鎧はもはや獣の如き風貌を獲得し、より生物的に、より攻撃的に全身を刃と化させて刺々しく。
肉体を失った者は魂魄を定着させた拠り代たる武装として同僚に持たれ。
それを持つ者は不死者より抽出された禁断の生体改造薬により、半身を失おうとも再生し、十全に戦える狂戦士となった。
破壊された艦橋では肉体の死を待つオペレーター達がその生物としては歪な生き方を選び、機械によって抽出された脳髄を正方形の箱へと取り込まれて、システムへと組み込まれ。
魂魄ごと魔導生物と化して艦を動かす為に生体神経網として一体化した乗組員達と共に少ない人員で最適の運行へと走り出す。
死した者達が残した超長期戦闘プランが情報共有プラットフォームによって共有され、この再構成された戦力による、第3層全域の掃討作戦が全部隊の承認によって決定。
人の身を捨つる事で手に入れた力は全て禁忌を犯したことによるもの。
しかし、誰一人、本当に誰一人悔やむ者無く。
未来を繋ぐ為の戦いを、未だ結界内部で生きる人々を、守る為……彼らの反撃が始った。
そして、ようやく敵が途切れる。
女が、怪力修道女が、それでも爪すら自己の怪力で血に染みて紅となった腕の得物を振り下ろす事なく。
次なる獲物へと向かおうとして―――周辺に半透明な魂魄の男を見つける。
「あなたは?」
『現在この艦隊の長をしている者です。我々は此処を離れられませんが、あなたは違う……あの“窓”は恐らく敵首魁の居場所まで繋がっているはず。確率92%の予測が出ました』
艦長と名乗る七教会の制服姿の五十代が指し示した先には女も気付いていた異変があった。
『突如として落ちてきた貴女に鼓舞され、こうしてまだ戦える……その礼をしたい』
女の肉体を傷付けていた破片が取り除かれて落下し、血が出るより先に回復用の魔術が傷を癒し、疲労した細胞を復元、血中のあらゆる数値を正常値へと引き下げた。
「感謝しましょうか。これでまた戦える」
『ならば、御互い様ですな。今、抽出出来る最高の鎧を此処に』
女に笑んだ艦長がその手を相手の胸元に当てる。
そこから転移用の魔導方陣が展開され、瞬時に女のボロボロな衣装の上から高格外套のパーツを切り詰めて軽殻鎧(ハーフプレート)にしたような装備が定着する。
それらは体の各関節と胸元、首筋を防護し、腰部はスカート状。
足元は膝までも鎧われた。
『存分に御働きを。御名前を窺ってもよろしいですかな?』
「名乗る程の名声などありません。私は敬虔な七教会と聖女様達の信徒……それだけでよいでしょう」
『……ご武運を』
「ええ、そちらも」
短く言葉を交わし、装備の説明など一つも聞かず。
女は窓に向かって飛ぶ。
ボロボロの修道服に鎧姿。
その姿を一瞬だけ、戦場の誰もが、流星のようにやってきて、流星のように去っていく背中を、目に焼き付け、構えを取る。
それは四千年……あの始まりから無限とも思える時間を戦い抜いてきた戦者達の敬礼。
決して人々を見捨てず。
抗い続ける者達の誓いの形だった。
*
蒼き瞳が全てを見切る。
数十体の島より巨大な塔の如き化け物達。
屍蝋色の表面には無数の口が乱杭歯を煌かせ。
人に見えざる速度で棍棒のように彼女を狙い振るわれる。
大質量による打撃。
精密な狙い。
それが、落下中の出来事。
軽やかに相手の打撃を魔刃で受け続けながら、彼女は呪詛のように吐かれる言葉を聞き流す。
化け物達自身の肉体が己の打撃で罅割れていく事実に、当事者達だけが気付かず。
自壊しつつある敵を俯瞰しながら、サヤトネは周辺一帯を見下ろす位置にある窓を意識する。
それは付かず離れず一定距離を保っていた。
その先を見る事は時空間の歪みのせいで叶わないが、それでも大物がいるのだろう事は想像が付く。
向かう為には敵を片付けなければならない。
彼女は最初から化け物を相手になどしていない。
ずっと、その力で敵の親玉を探していたのだ。
(このままでは時間が掛かり過ぎる。此処は大技で)
神を呪う言葉を吐く塔達は邪神の信仰者だったのだろう事はその呪詛の内容からして朧げながらも理解出来る。
それらの神からの呪いを断ち切れば、弱体化するのではという考えは正しいはずだ。
無論、そんな事は普通出来ない。
が、普通とは掛け離れた彼女には今更な話だろう。
技を編み始めようと塔の打撃をいなした彼女が構えようとした時。
不意に攻撃が止まった。
未だ落下中。
その風音の中。
無数の口内から奇妙な音がした。
それは悲鳴のようにも助けを求める声にも聞こえる。
僅かに開いた口の中が霧に煙る世界でも微かに見えた。
それは人だった。
少なくとも喰われた者、だろう。
それも死に掛けではあるが、まだ生きている。
恐らく、欠けた部分を化け物が融合して生かしているのだろう。
そう、このような時、相手の躊躇いを誘う為に。
不意打ち。
背後からの塔の一撃を刃の切っ先で逸らしつつ、悪趣味な化け物の心理戦に溜息一つ。
恐らく、他の化け物も同じ様に多数の生きた人間を捕獲しているに違いないと確信しながら、彼女は、ルヒ・サヤトネは……刃を己の胸元に向けて突き立てる。
自殺か。
その様子を化け物達は一瞬の状況判断で静観を選択し―――それが勝敗を分けた。
因果断絶。
その発動媒体である魔刃(ベネフィシア・グラディオ)。
コレをその身に取り込むという事は発動媒体が肉体と同義という事だ。
そもそも刃は心臓を貫いていたが、一つも傷付けてはいない。
血すら出ていない。
細胞すら壊れていない。
柄までも体内に取り込んだ彼女がこんなところで使う事になるとはと。
対聖女用の攻撃手段の解放を惜しく思ったが、救える人命は救うべきだろうと己の主の事を想い。
虚空を魔術方陣を展開して跳躍し、敵の一体の口内へと踊り込む。
正しく自殺だと乱杭歯の剥き出しにされた口が大きく開かれ、彼女を受け入れる。
その柔らかそうな体を、いや……例え鋼の塊だろうと噛み磨り潰すだろう牙が喰らう。
しかし、それよりも早く。
犠牲者と思われた蒼い瞳の少女は乱杭歯を二つ両手で掴み。
そのギザギザとした硬質な硬いソレを腕を左右に開くようにして間の肉を引き裂いた。
―――?!!!?!!?
声にならぬ雄叫び。
硫酸よりも尚濃度の濃い超酸の唾液が虚空にドバドバと吐き出される。
もがき苦しむ同胞を塔達はしかし何も出来ずに眺めているしかなかった。
数秒。
たった数秒の後。
塔内部がボボボボボンと連続した打撃音と共に内側から表層へと向かって複数個所が膨れ上がり、最後には頭頂部を中心にして、ボッと破裂。
内部からバラバラと肉片が弾き飛び。
唾液に濡れた少女が大量の人々が落下していく様子をそのまま見送り、他の化け物達にも目を向ける。
ザワリと。
ようやくそこで化け物達は、邪神の信奉者達の成れの果ては知る。
目の前の非力そうな少女が何をしようとしているのかを。
一斉に口内から人間の生身の上半身が剥き出しにされて、盾とする戦法を取ろうとしたが……それよりも早く少女が分裂した。
半透明の少女が無数に一人の実態から分裂したかと思えば、次々に周囲の化け物達の口内へと飛び込んでいく。
思わず口を閉じた塔も全ては遅い。
内部からボコボコと変型ながら、弾け散るまで数秒。
体内の人間を利用する暇など与えず。
全ての化け物は弾けて霧と消えていく。
残されるのは落下する下半身や半身、生身を欠損し、化け物達の消滅で生態活動を維持出来なくなった人々のみ。
だが、彼らの誰もが眠るかのように静止していた。
傷の断面から血や臓物が零れる事もなく。
まるで時間が止まったかのように落ち続ける。
因果律の断絶による生体活動の静止。
能力下における保存が行われた者達は傷付く事もない。
犠牲者達を見送り、その内に七教会がやってきてどうにかするだろうと上を見上げた彼女は減速しながら、近付いてくる窓に向けて瞳を細め、己の腹に突き込んだ手で刀を掴み出しながら、構えを取る。
窓はすぐ傍まで来ていた。
中はまだ見えない。
しかし、その先の光景が透過した瞬間を彼女は捕らえ、己の標的たる梟を確実に捕捉した。
戦いが収束していく中、己の開いた窓より己を捉えた者達を未だ時の神は知らず。
第3層の短く、長い戦いは火が消えるように終わっていく。
集結する力が躍動する瞬間を待ち侘び。
そうして、三つの窓は三つの陰を同時に吐き出し、割り砕かれた。