第五十三節「覗きの冠」
―――浮遊大陸ハルトゥム魔王の館。
月と花見に酒。
というのは今宵何処にでもある話。
ただ、妊婦達には大抵酒精抜きでというお達し。
まぁ、種族的にまったく胎内の子に影響がないという者もおり、そんな彼女達の何人かは普通に嗜んでいたりする。
まだ暖かな夜の館の前ではフカフカな紅の絨毯が麻茣蓙《あさござ》の上に敷かれ。
料理がワイワイガヤガヤする姦しい少女達の間で消費されている。
少年の子を身籠ってからというもの。
妙に食欲が湧き。
食べても食べても太らず。
スクスクお腹の子が育っているのを実感するアルヴァス組は肴にする少年がいないので、その前では中々言えない話に興じている。
曰く、胸囲が云々、少年の甲斐性云々、女誑し込み過ぎ云々。
しかし、愚痴よりも少年の傍に前々から侍っていたという【聖王同盟《サクラム・フェデレイションズ》】が語る過去の話の方がメインになっている。
やれ娼館から金貨数千枚で買われただの。
やれ樽に詰められていたのを助けられただの。
やれ不埒ものとバトルして旧家から連れ出してくれただの。
やれ逃避行に付き合って逆に囚われの身にされていただの。
やれ旅の途中で優しく愛してくれただの。
アルヴァスで子供まで儲けた少女達とて羨ましくなった。
まぁ、大抵不幸が見過ごせない性質な少年らしいエピソードばかり。
意見を交わしていたエストリアがトイレに席を立ったのはそんな話も終盤に差し掛かった頃。
後、二時間もすれば、会もお開きかという時間帯。
館の通路の奥から戻って来る途中。
不意に彼女は通路が無限に奥へ続いている事を確認して驚いた。
「あれ?」
そうして、この館はまだまだ知らない事があると元の場所へ戻れないかと角を曲がったり、戻ったりしていたのだが、その内に知らない形をした少し広いホールのような一角へと出ていた。
其処は縦長に刳り貫かれた吹き抜けの円筒形状の場所で。
誰かを持て成すようなホストがゲストを歓待する為らしい湾曲したソファーや円卓が置かれ、周囲には見知らぬ葉を茂らせた観葉植物が幾つか。
だが、最も目を引くのはソファーの上に転がっている銀細工らしい輪だろう。
それなりに大きく。
恐らくは冠の類なのだろうが、控えめな蔦を絡ませた形のソレは一目で何らかの魔術具だろうというのが分かるはずだ。
イソイソと近寄って、近頃は魔術具の造形を深めて、将来はそういうお店でも作ってみたいという考えなエストリアは繁々と鑑定し、僅かな魔術で観測を終えてから大丈夫そうだと確認して、おもむろにソレを被った。
―――魔王の館の何処か。
今更、恥ずかしいも何もないのだろうが、その羞恥よりも期待に胎内の疼きを感じて、少女達は今宵こそはと其々に身に着けて来た夜の戦装束を顕わとする。
上着が衣擦れに音を立てた。
大きな寝台の上。
衣装は脱ぎ散かされれば、スルスルと床に落ちて折り畳まれる。
順繰りに見渡せば、一人でも十分以上に夜は期待されて然るべきだろう。
「ティア……」
最初に少年の胸に飛び込んで来たのは灰金の髪の少女。
どうやら一人ずつという暗黙の了解らしく。
他の二人は静かに己を慰めて待つらしい。
無言で笑みを湛え、色付いた頬を見れば、普通の男なら押し倒さんばかりだろう痴態を横たえ、二人は嫋やかに寝台の第一戦目を鑑賞している。
「イフィミスラ……」
「どう、だ? こういうのは……その、好み、か?」
少しだけオズオズと不安げに。
そう少年に訊ねて来る彼女の肢体を飾るのは金の輪だ。
細い金を束ねて出来た蔦を刻まれたソレが四つ両手両足に緩く嵌っている。
また、腰からは蓑のように同じ輪が腰の後ろを回るように付けられ、シャラシャラと微かな音を立てた。
ほんのりと色付いた白い肌。
その胸元、鎖骨から上にはピッタリと張り付くかのように金細工の首飾りが下の桜色の蕾二つを浮かび上がらせている。
「かわいいよ……」
少年が撫でり撫でりいつものように撫でれば、嬉しそうに……けれども、少し不満そうに、しょうがないなぁという苦笑も添えて、イフィミスラは疼き潤むすじの中が熱くなるを感じながら、甘えるようにして瞳を閉じた。
それに応えて、唇が重なる。
ただ合わせるだけの軽い行為。
しかし、それだけで数秒後に離せば、ほうと小さな躰からは吐息が零れ。
「……他の子の匂いがする」
「ぇ……?」
「でも、いい。許す……我はこの数年で寛容を身に着けたのだ」
少年がちょっと背筋に汗を掻いたのも束の間。
少女がその手で少年の手を掴み。
そっと自分の股間へと伸ばして触れさせた。
指がヌチュリともう蕩けて熱いすじに滲む潤みの上を滑(ぬめ)る。
「ふっ、ん……ぁ……っ……ティア、我のここ……もぅ我慢出来ぬくらい、グチュグチュになって……お前のここ……待っているのだぞ?」
上目使いに見上げながら、少女がもう大きくなっていた下履きを片手で優しく脱がせば、桜色の亀頭が膨れ、そそり勃っていた。
「それ、とも……こっちで、するか? あの子達の中にはこっちで子を孕める子もいると聞くが……我のここは……尻は……お前を悦ばせる為だけにあるのだぞ?」
指先が誘う先にはもう一つの男を受け入れる場所。
そこもまた柔らかく弾力を持って、少年の指が微かに食い込むのを悦ぶかのように震えて蜜を垂らしていた。
「イフィミスラ……もうしていい?」
「ずっと、ずっと、待ち侘びていた……一つになって赤子孕むのも、お前に奉仕するのも、全部……だから、我に……」
「うん……」
そうして少年がゆっくりとその自分の猛々しい幹を少女の―――。
―――魔王の館ホストルーム。
「は?!!」
思わずリングを取ったエストリアがブンブンと首を振って、沸騰しそうになっていた顔の火照りにアワアワしながら、その冠をプルプルしながら見やる。
「こ、ここ、これって……ッ!!?」
間違いない。
そう、それは覗き見用の魔術具だ。
館内の情事を脳裏で味わうようの代物だ。
ギョクリと唾を呑み込んで、どうしようかと迷ったのも束の間。
ええい儘よ!!
という精神で再び覗き見魔術具が被られた。
(そう、これはイクスさんの状態を確かめる為であって断じて覗いてこっそり趣味嗜好を更に把握しようというものでは!!)
再び情景が脳裏に流れ込み始める。
どうやら赤子まで儲けた少女だろうとも嫉妬と興味には勝てないようだった。
まだまだ夜は始まったばかり……少女達の宴は続く。
*
―――第四層南極地帯上空。
「合流出来たのはいいですが、これは困りましたね」
マウロが上空に漂う船の中。
増えてしまった乗組員を前にそう呟いていた。
第三層での大立ち回りの後。
彼らマウロと愉快な仲間達は大勢の人々を救った英雄と祭り上げられるはずだったが、元に戻った世界ですぐに事情聴取なんぞされたら困るのは言うに及ばず。
マウロ以外の仲間達は自分達の帆船だけでこっそりと七教会の艦隊が来援するより早く脱出した。
もしもの時の連絡方法を用いて情報をやり取りした皇帝エトの腹心二人は腹の弛んだ老年獣人と発明大好きな若者と合流してからザッと今までやってきた人々のトップの仕事を投げ出して逃走。
そうしてまた五人での第四層踏破になるはずだった……のだが。
『いやぁ、姉さん!! 地の底まで付いて行きやすぜ!!』
何故か見知らぬ荒くれ共が皇帝エト大好き病を患っているエーレインに心酔した様子で密航しているのが今朝発見された……それも十数名腕の立つのばかり。
「く……どさくさで見逃していたか。不覚」
自分の信者?の優秀さと混乱の最中、船を見て回る事まで出来なかった本人は大きな溜息一つ。
だが、それを別によいじゃぁありやせんか、と。
マルート・マルは船員志望の荒くれ達に安酒のカクテルを振る舞いながら、これでオレが解雇(クビ)にされるのも遠のいたなとほくそ笑んでいた。
「第四層は食料持つかな?」
航海士兼機関士なクルジェ。
クルジェンカ・アクトフォクル・イオ・クナスカは帆船だの七教会の戦闘艦だのを存分に弄繰り回す事の出来た日々を懐かしみつつ、食料の在庫計算に入る。
「第五層までは大丈夫そう、かな?」
小首を傾げつつ、そう一応安堵した声にエリザが額を揉み解す。
「エーレイン。捨てて来るか。アンタが面倒見なさい」
そのマウロがいない間は実質的な船長をやっていたエリザの声にマルートとクルジェはまるで捨て犬を拾ってきたみたいだなぁと呑気な感想を抱きつつ、チラリと皇帝馬鹿の方を見た。
「お前達、根無し草か? 身の上話をしてもらおうか」
突如、訊ねられた男達が困惑しながらも自己申告で大抵この星に一攫千金を狙ってきた親家族のいない者だと説明した。
「ならば、陛下の名の下、臨時にヴァルガンノースの隊員として雇い入れよう。この契約は私が死んでも有効だ。一月、金貨150枚。これは死んでも文句を言えない故のものだと心得ろ。陛下の為、帝国の為、此処で最後まで残れたならば、南部に返り次第取り立てよう。いいか!!」
その言葉に目を輝かせた男達が一斉に胸を叩いて直立不動の敬礼を行った。
もう訓練されてんじゃないのと呆れた様子になるエリザだったが、人の上に立つのが妙に上手くなっている相棒は確かに総長に昇り詰めてからはエト大好き病以外は極めて全うな人気者だという事をすっかり失念していたと思い直した。
そう、嘗て下っ端だった頃は変人で済ませられたが、地位を得てからは超主に尽くす臣下として変態的な力の入れようだとは揶揄されても、それ以外の部分は超優良人材として帝国の各方面であらゆる局面に突っ込める者として引っ張りだこだったのだ。
帝国の一部で不正があると知れば、単身突っ込んでいって不正の証拠を強引に上げた挙句、一時間の説教で不正の首魁を改心させ。
帝国の一部で怠惰が蔓延っていると知れば、単身突っ込んでいって職務怠慢連中の目を三日で仕事に燃える若き俊英みたいなキラッキラな輝きに戻してやり。
帝国の一部で反乱が画策されていると知れば、単身突っ込んでいって反乱の首謀者を捕まえ、野心の欠片もない抜け殻になるまで精神的に追い詰めて再起不能にし。
まぁ、アレだ。
何処かの三文小説に出て来る超人みたいなものだったのだ。
それも人々が夢見るような清廉潔白というよりはコミカルに何でもシリアスさんをぶっ殺していく的な。
その威容、その偉業。
祖国のエーレインを知っている人物は大体が彼女の皇帝馬鹿という特性を本人に付属する玉に傷的なものとして見ているが、本来の本質はそちらだと大半知らない。
その狂気もその本心も傍目から見たらまるでコミカルでも内部はとんでもなく真面目だ。
エトが暴君だったら、きっとエーレインという鏡は正しく暴虐の象徴として大陸に名を遺すレベルの大虐殺者とか外道とかとして残っているに違いないのである。
「いいか。陛下の為に―――」
エトに仕える為の諸々の覚悟やら何やらを説き始めた女を前にしてまるでお座りをする犬みたいに男達は真面目な顔で話を聞いているが、きっと彼らの中では皇帝に仕えるのではなく、この目の前の相手に仕えるんだという気持ちが強いに違いない。
(ホント、トラブル続きね……)
仕方ない事ではあったが、通常よりも予定が詰まっている事をエリザは切実に脳裏で計算しつつ、新たな部下を手に入れた相棒へ肩を竦めるだけに留めた。
第四層の最中。
共有される時間が、コミュニケーションが、人の多さによって異変を抑え込んでいるという事をまだこの時誰も理解していなかったのである。