※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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三年近い期間を越えて再開。ようやく色々と安定してきたので今年中に20話近く上げられればと。それでは……。


第五十六節「再開」

 

 ふと。

 

 目が覚めた筋肉の化身が1人。

 

「んんぅ~? 居眠りしちゃってたかしらねぇ。ぅ~~ん? 三年くらいかしら? ふぁ、あっふ……あちらも忙しいわねぇ」

 

 巨大な時計が背後でチクタク。

 

 いつの間にか女給姿の子獅子はいなくなっていた。

 

 テーブルに腰掛けたソレは微笑む。

 

「まぁ、こっちはこっちでどうなってるかしら?」

 

 彼の前で虚空に映像が現れる。

 

 ソレはまるで可逆可能な録画映像かのようにキュルキュルと巻き戻ったり、早送りされたりしていたが、やがてピタリとした位置で止まった。

 

「あの怠惰な聖女様の階層を突破したところ? あの階層で何年やってたものや

 ら……ま、外の時間は関係ないけど」

 

 世界を見下ろす漆黒の塔の上。

 

 魔族達の絶叫と怨嗟が渦巻く世界の頂点で今も一つの世界を産み支えるソレは青き天蓋の星を見やる。

 

「さぁ、再開よん。あっちのお楽しみは後に取っておきましょうか」

 

 神為る視点は覗く。

 

 時間も狂う怠惰の園を突破した者達が向かう先を。

 

 物語は幾多時を超えて、また誰かの視線の前に露わとなる。

 

 砕けた星々が降る宙の先。

 

 また、星潜者達は動き出す。

 

 世界はソレの目覚めと共にまた動き出したのだった。

 

 *

 

 ―――第四層【惰場の甘域】出口。

 

「ピアり~~だいひょふか~~」

 

「ひゃーい。らいひょーふれふ~」

 

「いりゅとくぅ~ん。らいひょーふれふか~」

 

「せんひぇ~~おれいれはになふのはほうかとほもうんらろ~」

 

「うむ。えい」

 

 蹴りがヨボヨボな老人老女達を世界で最も時間が曖昧な怠惰な世界から蹴り出した瞬間、完全にもう後は天寿の全うを待つだけという状態の仲間達が若い姿を取り戻していくのを灰金の少女はピンシャンしながら見ていた。

 

「ハッ?! ピアリ、ピチピチ(死語)になりました!!?」

 

「うお?!! オレもピチピチ(死語)に!!」

 

「おお、僕もようやく元に戻りましたよ。イルト君」

 

 おーいおいおいおいと三人が涙目で良かった良かったと互いの肩を叩き合う。

 

 何が起こったのか?

 

 まぁ、アレだ。

 

 第四層内部は時間を限界まで怠惰にした恐ろしい世界だったのである。

 

 時間の進み方や時間そのものが曖昧な部分があるエリアが広大に広がっており、その最中を機械や文明の利器無しに突破せねばならなかったのだ。

 

 主観での時間や相対的な時間。

 

 そのどちらも時間の神が仕事してないんじゃないかというレベルで曖昧な運用が為された空間はまったく恐ろしいデストラップであった。

 

 何をするにもその領域にあった動き方でなければ、時間の中で摩耗して死んでしまうのだ。

 

 主観時間で3年くらい彷徨っていた彼らであるが、通常の時間軸ではまだ数十日経っているかどうかも怪しい。

 

 第四層の出口は巨大な洞穴であった。

 

 最後の最後に用意されていた罠はチキチキ、歩いた分だけ歳を取る恐ろしき健康寿命デスレース(イフィー命名)、であった。

 

 ちなみにこの階層の勝利者の大半は寿命が長大になった生物や生体的に高位魔族のような食物摂取や排泄を必要としない種族である。

 

 魔王の眷属という最大級のアドバンテージを持つイフィーのみがピンピンしていた階層は正しく仲間達の介護との戦いであった。

 

 いつか少年がヨボヨボの老人になってもコレなら大丈夫というだけ老人介護の現実をガチで知ってしまった彼女はもう介護のエキスパートだ。

 

「洞穴の先は第五層という話だったが、コレは……」

 

 仲間達が未だに若返った事を喜んでいる横で少女が首を傾げる。

 

 其処はどう見ても単なる住宅街であった。

 

 それも大陸中央諸国式のだ。

 

「此処は?」

 

 周辺を見渡すと彼女の眼に大きな美術館らしき場所が目に留まる。

 

「イフィー。ありがとう!! 色々、本当に!!?」

 

 ブンブンと少年が少女の手を取って振る。

 

「イルト……お前のおしめを替える事になるとはな……」

 

「がふっ?! 何も言わずに思い出さないでくれ!!? いや、何でも言ってくれ!! 今なら、どんな無茶なことでもしてやれる気がする!!」

 

「超越者の癖にまだ寿命がある事を喜んでおけ」

 

「何かサラッと重い事言われた!?」

 

「イルト君。取り敢えず、僕らも諸々ボロボロですし、何処かで態勢を整えないと。全てそれからです。に、しても……大陸中央諸国式の建造物。住宅街に美術館ですか……」

 

 リュオの言う通り。

 

 かなり彼らの身形は襤褸切れであった。

 

 ついでに臭い。

 

 金属こそまだ経年劣化で錆び付いていたりはしていないが、衣服や布製品の大半が汗と垢に塗れていた。

 

「わぁ~~アレ大きいです!! イルトさん!! 美術館て何ですか!?」

 

「あ、いや、綺麗なものが一杯ある場所だけど……」

 

「よし、行きましょう!!」

 

「ちょっと待て!? 第四層で団体行動がどれだけ大事か身に染みただろ!? 1人でズンズン出ようとスンナ!?」

 

「は~い」

 

 ピアリがススッとイルトの袖を掴んだ。

 

 それに『いや、そういう事をしろという意味じゃ……まぁ、いいか』という顔になったのも束の間。

 

 その瞳が住宅街の一部の看板に気付く。

 

「イフィー!! アレ!!」

 

「看板? 第五層【同化者の畑】?」

 

「シャーイ?」

 

 今の今までイフィーの背後のリュックに詰められていたシャイがひょこりと顔を出した。

 

 砂漠に入る前辺りから何やら動きが鈍くなっていた為、一番動けるイフィーの背後の背負い袋に詰められていたのだ。

 

「起きたか。シャイ……此処からはしばらくそのままで周囲を観察していてくれ。我々が気付かない事もあるかもしれない」

 

「しゃーい。ふぁ~~」

 

 欠伸した幼女型生物が欠伸をした。

 

「まずは美術館の方に行ってみましょう。後、同化者の畑という単語から察するに何かに同化したモノ。もしくは我々が同化される方になるかもしれません。イルト君はあの剣を取り出しておいて下さい。ピアリ君の事は任せます」

 

「りょーかい」

 

 錬金技能と超越者としての能力。

 

 そして、自由自在となる見えざる獲物を手に入れた弟子を頼もしく感じながら、リュオを筆頭にして全員が歩いていく。

 

 すると、美術館の前の壁のプレートにはこう書かれてあった。

 

「リュオ先生の欲しいものがこちら?」

 

「―――」

 

 看板に書かれてあった単語に常に冷静な辮髪の麗人は眼鏡の中の瞳を大きく見開き、驚いた様子で固まる。

 

「師匠?」

 

「どうやら、この階層は僕の目的を知った守護者がいるようですね」

 

「そういや、師匠の目的って……アレ? イフィーを連れていくのは仕事って言ってた気がするけど」

 

「ええ、仕事です。この星に深く潜る為に色々と用立てしてもらう代わりに要人。つまり、イフィーさんを送るのが目的の一つでした」

 

「目的の一つ……じゃあ、他にも?」

 

「ええ、ありますが、まずは美術館内に入ってみましょう。もし休めるような場所ならば、休憩して食事をして旅の疲れと汚れを落としてしまうべきです」

 

「そうだな。イフィーもそれでいいか?」

 

「ああ、此処からは我が先頭になろう。殿は任せた。リュオ先生」

 

「はい。気遣ってくれて、ありがとうございます」

 

「?」

 

 イルトが何を気遣ったのだろうという顔をしたが、二人が共に進み出したので白亜の2階建ての広い敷地に建てられたコンクリート製の建物内部へと向かう。

 

 エントランスの扉はガラス張りで自動で開く代物だった。

 

 内部の壁も床も白く塗られており、遠近感が狂いそうな場所だ。

 

 その中央には受付が置かれており、黄色い髪の少女がちょこんと白い椅子に座っていた。

 

「お、守護者か?」

 

「そうだよ~」

 

 お気楽な調子の少女が椅子から降りて彼らの前にやって来た。

 

 その様子を見て、僅かにイフィーの顔が険しくなる。

 

「七聖女。魔王の双子の片割れだ。片方は外宙碩学師団で真空の海へ向かい。もう片方は海で崇められた。内陸では左程ではないが、海岸線沿いの国家では正しく海神の主神を凌ぐ人気がある。名前は―――」

 

 イフィーの唇にいつの間にかシ~~と人差し指が付けられていた。

 

「ここでは受付のお姉さんでーす」

 

「……受付のお姉さんだ」

 

 そのイフィーと守護者のやり取りを見てイルトがまた面倒な能力とか持ってるヤバイ人なんだろうな、という内心の言葉を飲み下した。

 

 一応、見覚えはあったし、名前も知っている。

 

 が、本物は思っていた以上に子供っぽかった。

 

 いや、本物ではないのだが。

 

「で、何故美術館なのか説明は? それと第四層に守護者が不在だったのだが」

 

「うん。今、此処より深いところで正規じゃないお客さんが暴れてるから再編中だよ?」

 

「正規じゃないお客さん……七聖女か?」

 

「ぴんぽんぴんぽ~ん。大正解」

 

「誰だ?」

 

「本物のフルー」

 

「……はぁ、マズイな。いや、最悪と言うべきか」

 

「そうなのか?」

 

「七聖女筆頭の名は伊達や酔狂ではない。七聖女中最強の汎用性と最強の能力と最強の技術と最強の叡智を兼ね備えた不意打ちなら他聖女を全員同時に無力化出来る存在だ」

 

「お、おお、マジでか。フルー様ってよく突飛な噂ですげー揶揄とか例えの対象になったりするけど」

 

「嘘、大げさ、紛らわしいの代名詞としてか?」

 

「あ、ああ、違うのか?」

 

「その認識はまったく改めておけ。言っておくが、殆どの噂は嘘でも大げさでも紛らわしいでもなく真実だ」

 

「ぇえ? さすがにソレはマジなのか? 宇宙創造とか。銀河系破壊するとか。時空間を超越するとか。宇宙の果てまで旅行して日帰りで帰ってくるとか。何でも有りな事ばっか言われてたけど」

 

「……条件付きでソレが不可能ではないのが七聖女筆頭だ」

 

「マジかよ……」

 

「まぁ、殆どの中央諸国の人々にとっては凄い眉唾な話でしょうけどね。斯く言う僕も信じられない事が多いですし……でも、一部の地方での彼女の逸話は本当に事実ばかりだったりするのでまさかとかもしとかは考えなくていいでしょう。万能や全能に恐らく一番近い聖女ですよ」

 

 リュオが肩を竦める。

 

「フルースゴイよね~」

 

「お前はお気楽だな。受付のお姉さん。で、此処での試練は?」

 

「5名様+究極生物さん。ごあんな~い」

 

「何?」

 

「クヲ~~~」

 

 何やら騒がしい感じに空から声が近付いてくるとドゴシャァッと天上を突き破って白いモチのような尻尾をプラプラさせた真白い頭部をクラゲに食われたような形の亜人少女が埃に塗れてムクリと起き上がった。

 

「クゥ~~ゥ」

 

 プルプルと埃を振り払い。

 

 酷い目にあったと言わんばかりに息を吐いたマヲンが、妹になる偽装も取り払われた様子なのを見て、慌ててパンパンと身体を叩くと。

 

 すぐに体が真っ黒になる。

 

「マヲ~~」

 

 これでまだ因果律系の観測技術式には掛からないよね?という呟きはイフィーにしか聞こえなかっただろう。

 

「お前も来たのか。マヲン」

 

「マゥヲ!!」

 

「何? ちょっと休んでたら三年経ってて焦った?」

 

「マヲ~~♪」

 

「お前……あそこが時間の怠惰な世界でなかったら、確実に他の連中に殴られても文句は言えない所業だぞ」

 

「マゥヲ~~?」

 

「問題ないわけないのだがな。まぁ、いい。ディアコノスは?」

 

「マヲ」

 

「上で聖女や他の連中の足止め工作中か。確かにあそこなら守護者がいなくてもかなり時間が稼げそうだ。合流は後だな。第六層に出来る限り早く向かおう。ただ、聖女が1人か2人、更に下層域で暴れているらしい。もしもの時は囮役となって貰うぞ。いいか?」

 

「マゥヲ~~♪」

 

「イフィー。その亜人ちゃんの言葉が分かるのか?」

 

「ああ、シャイのようなものだ」

 

「シャーい?」

 

 灰金の少女の背後の背負い袋からシャイがひょこりと顔を出し、究極生物と初の御対面を遂げる。

 

「マゥヲ? ママヲヲマ? マーヲ!! マーマーマーヲ?」

 

「しゃーい!! シャーイシャイシャイ!! しゃーいしゃい♪」

 

「マゥヲ~~? マヲヲゥ!!」

 

「しゃーいしゃい」

 

「一体、何語で何話してるんだ……」

 

 イルトが二人の会話に脂汗を浮かべる。

 

「高位魔術の圧縮言語だ。どちらも同じようなプロトコルだからな。意志疎通するのに多少チューニングしているのだろう」

 

 二人が何やら十数秒会話して互いに額の汗を拭う。

 

「シャーイ」

 

「マゥヲ」

 

 ガシッと固い握手が交わされた。

 

「どうやら息は合ったようだな」

 

「分んねぇ……」

 

「あ、イルトさん。分からなかったんですか?」

 

「え?」

 

 ピアリが二人を見て、ニコニコしながらウンウンと頷く。

 

「お二人とも言葉は分からないけど、悪いヤツじゃなさそうだから、ピアリ達に同行して一緒に戦おうとか言ってましたよ」

 

「分かるのかよ!?」

 

「ん? だって、そう言ってたじゃないですか。おかしなイルトさんです。ふふ」

 

 イルトがピアリの底知れぬ叡智にオレより実は頭良いんじゃないか疑惑に固まる横でイフィーは少女の言語能力の高さにまた色々な考えが脳裏を過ったが、受付のお姉さんが待っているのに気付いて手を叩き、全員の音頭を取る。

 

「取り敢えず、受付のお姉さんが怒り出さない内に行くぞ」

 

「しゃーい」

 

「まをー」

 

 思わぬ相手が乱入してきたが、深い場所ではこれから何が起こってもおかしくないというのも本当のところだった。

 

 話が纏まったと見るや、受付のお姉さんが全員を連れて歩き出す。

 

「ここは同化済みの事象の保存区画になりまーす」

 

(同化済みの事象?)

 

 イフィーが目を細める。

 

 全員が白い仄かに輝く通路の先。

 

 右手の空間内が見える壁一面のガラスの先に思わず目を見張る。

 

 広大な敷地内部。

 

 高い天井にも思える半地下の世界には大量の人間が全裸で棒立ちになり、まるで時間が静止したかのように動く事もなく佇んでいた。

 

「ッ、な、何だよ。此処?!」

 

「ここは人間区画でーす。次~」

 

 彼らが通り過ぎてドアを潜るとまた同じような光景が横には広がっている。

 

 だが、明らかにおかしかった。

 

 彼らがガラス越しに見た世界は一面が全裸の人間で埋め尽くされていた。

 

 だが、今度は明らかに同じくらいの広さの世界に道具が大量に置かれていた。

 

「ここは道具区画でーす」

 

「どうなってんだ?!! 映像だけ見せてるのか!? 明らかに空間が―――」

 

 殆ど歩いていないのにそう長くない通路を潜ると次々に様々な分野の事象が硝子の先に大量に静止したまま保存されており、しかも……その広大な広さは見える限り、確実に彼らが見た美術館の敷地面積では足りず。

 

 本来続いていたはずの空間が切り替わったとしか思えない様子で置かれていた。

 

「そういう事か。それがお前の奇跡か。メルフ・グラネッタとミュルト・ジオバトス……魔王の双子。あいつの家族の力……強力過ぎるな」

 

「ど、どういう事だよ。イフィー!?」

 

「この受付のお姉さんの能力は同化だ」

 

「同化って……同じになる事だろ? 今の光景とどういう関係が……」

 

「此処が同化者の畑、なのだろう? 受付のお姉さん」

 

「そうだよ~」

 

「恐らく本物に能力は劣るのだろうが、それでも十分過ぎるな。全て本物か」

 

「正解~」

 

「ほ、本物?」

 

 イルトにイフィーが頷く。

 

「ああ、アレは本当に人間だ。そして、他の道具や場所や事象もな。ソレをこの守護者が留めてあるのだ。ライブラリーだな? 恐らく、本物をこの空間と同化しているのだ」

 

「ど、同化って……じゃあ、アレは本当に……」

 

「本物の七聖女ならば、恐らくこの世でただ二つ以外は全て自分の能力に出来るのだろうな」

 

「あったまイイ~~♪」

 

 黄色い少女が軽く肩を竦める。

 

「だが、本物もたぶん制約があるな。同化だ。自己の希薄化は避けられまい? 別の事象を自分以外に再現するだけでも十分に強力だが、奇跡や主神級の力には制御出来る自我や気質や制御に対応する精神が必要だ」

 

「参考になった?」

 

「ああ、十分過ぎる程にな。で、この悪趣味なライブラリーが畑だとするならば、収穫出来るのか?」

 

「此処は諦めさせる為の試練」

 

「諦めさせる?」

 

「全てを満足した人間は……何も欲しがらない。この先に向かう必要が無い。だから、此処で収穫する事はこの星を記憶を持ったまま去る」

 

「―――」

 

 その言葉を前にしてリュオが呆然としていた。

 

「試練その1~」

 

 パチンと指が弾かれる。

 

 その瞬間、今まで彼らが来ていた衣服が新品のように使い始めた当時の状態に戻って汚れは綺麗さっぱり消え失せた。

 

 それと同時に身体の方も体調は万全の状態な上に汚れや臭いというものも消失し……最初からそのままであったような状態となった。

 

 イフィーは額に汗をジットリ浮かべるだけであったが、リュオやピアリやイルトはさすがに驚きに目を見張る。

 

 例外はシャイとマヲンくらいであろう。

 

 彼らが気付けば、先程の人間区画にいた。

 

 その硝子の先。

 

 半地下の広大な敷地に佇む全裸の男女が数万か数十万か数百万か数千万か。

 

 その内部が割れて移動を開始したかと思うと。

 

 4人の人間がその場に後ろの方からやってくる。

 

「―――母上」

 

「―――父さん。母さん」

 

「―――」

 

 それはイフィー、イルト、リュオのもう失われた人々であった。

 

「……悪趣味と言うのは我々人類の欲望、業の方なのだろうな」

 

「どうする~~?」

 

 ケロリとした様子で黄色い少女がイフィーを筆頭に三人の人(・)間(・)に訊ねる。

 

「はは……何だよ。ソレ……本物? 同化? 母さんや父さんが帰ってくるって? 馬鹿、言うなよ……母さんも父さんもあのアイウィスと一緒に……」

 

 ドッと青年はガラス越しの両親が止まったままの状況に尻餅を付いた。

 

「イルトさん!!」

 

 思わずピアリが駆け寄って肩に触れた。

 

「3つ聞かせて頂きたい。守護者よ」

 

「いいよ。何~?」

 

「この世界に魂が存在していた場合、この同化したモノは本物と言えるのか?」

 

「ん~~? 魂は同化で引き寄せて入れればいい。消えているなら、過去の時間軸の消える瞬間から同化で引き込めばいい。完全散逸から同化で過去時間軸まで疑似時間逆行させて物質と存在を完全復元してもいい。どうする~?」

 

「………はは、まったく。デタラメにも程がある……今の今まで諦めていたものがこうもポンとくれてやると言われては……」

 

 イルトとリュオが呆然自失状態の中。

 

 逸早く立て直したイフィーが黄色い少女に視線を向ける。

 

「人を諦めさせる最たる方法は満足させる事である。とある旧き国の術師の格言の一つだ。こうも簡単に人間は満足させられるのだな。だがな」

 

「?」

 

 イフィーが守護者たる受付のお姉さんをグーで殴った。

 

「本物だと教える為の全裸なのだろうが、服を着せろ。最低限の礼儀だ」

 

「………分かった~」

 

 殴られた頬を摩りながら、パチンを指が弾かれる。

 

 すると、全裸だった誰もが当時の衣服までも同化で再現されたのか。

 

 完全に蒐集された時点での様々な国の衣装を身に着けた状態となる。

 

「母上に今一度合わせてくれた事に例を言う。だが、生憎と我は今を生きているのでな。この先に進めねば、あいつは蘇らない。我に死者の蘇りは不要だ」

 

「了解~」

 

 少女の前から嘗て世界の全てであった母の姿が遠ざかっていく。

 

「……父さん。母さん」

 

 だが、誰もがそう簡単に割り切れるものではない。

 

「イルト。恐らく此処は時間制限のようなものは無い。一端、引き上げるぞ。リュオ先生もいいな? 何を選ぶにしても準備が必要だろう」

 

「そう、ですね」

 

「………」

 

 男達二人がまるで打ちのめされたような顔になる。

 

 それを横目にピアリは心配そうな顔をしており、別に欲しいものなど何もないマヲンとシャイは互いに顔を見合せてから並んで色々な時代の人々を愉し気に観察していたのだった。

 

 *

 

 同化者の畑から何とか引き上げて来たイルト一行は受付のお姉さんが案内してくれた美術館横の公園で夕暮れ時の野営をする事になっていた。

 

 マヲンは今日はもうお終いとばかりに公園の樹木の幹に自堕落な様子で俯けに寝そべりながら、尻尾をプラプラさせている。

 

 シャイはどうやら、マヲンが気に入ったらしく。

 

 その上で自分も同じような格好でダラダラしていた。

 

 そんなほんわか究極生物とのんびりヤバイ生物のコンビを尻目に今、彼ら星潜者達のパーティーは最大の危機に直面していた。

 

「師匠……師匠は……その、あの女の人……ええと」

 

「ああ、構いませんよ。イルト君。隠す程の事でもありません。僕は元々、この星にあると言われていた死者復活の秘儀を探しに来たんです」

 

「死者復活……それってあの女の人の為、なのか?」

 

「ええ、僕が遺跡の探索者をしていた頃、組んでいたんです。一時期ね……」

 

 イルトが今まで見た事もないくらい力無さげな笑みを浮かべる男を見る。

 

「あの頃は何もかもが輝いていた。確かに大変な事は沢山ありました。けれど、それでも毎日がとても楽しかった。仲間達と死線を潜り抜けて、太古の秘宝や美しい風景、様々な叡智や真実に触れる事は……僕にとって掛け替えのない日々。間違いなく青春てやつだったんでしょう」

 

「そっか……」

 

 幕屋を張り終えたイルトが密碑で出した箱の上に座って、黄昏時の空を見上げる男の方を見つめる。

 

「彼女はどうしてあんな職業に付いたのかも不思議に思うくらい御淑やかな人で……当時、僕にとっては一番の謎でした」

 

「師匠にも分からない事があったんだな」

 

「ええ、ありましたとも。でも、彼女と親しくなるに連れてソレも分かった。没落貴族の生まれ。好きでもない商家に嫁ぐのが嫌で趣味だった考古学の探求と食い扶持を稼ぐ為、あの仕事をしていた。僕は……そうですね。舞い上がっていた」

 

「舞い上がる?」

 

「彼女を護るのは自分なんだと。護れるのは自分しかいないと驕っていた。だから、その日の仕事も二人で受ける事にした。本当なら3人が推奨されるダンジョンの探索でした」

 

「………」

 

「でも、呆気なく僕の未熟な自尊心は打ち砕かれ。いや、それならまだしも……僕を庇って彼女は死んだ」

 

「………」

 

「信じられませんでしたよ。でも、3人なら死ななかったんですよ。そのダンジョンの罠は3人ならば、死なずに済んだ……僕の迂闊と傲慢の結果。僕を愛してくれていた彼女は……いえ、僕を憐に思っていたのかもしれません。そんな事しか出来ない僕を導いてくれていたのかもしれません……そんな彼女を、僕は……死なせてしまったんです……」

 

「……ごめん」

 

「何を謝る事もありませんよ。全て、僕が招いた結果です。その時、僕は既に求婚していました。彼女は少し時間が欲しい。そう言っていた……きっと、振られていたはずの男が彼女を死なせた。それだけの事です」

 

「………」

 

 リュオが振り返る。

 

「イルト君。君は此処に来る時、僕を追い掛けて来てくれた。凄く嬉しかった事は確かです。でも、これからはそうじゃいけない」

 

「師匠?」

 

 その師の瞳に生徒は知る。

 

 別れはいつだって唐突なのだと。

 

「何を選ぼうと自らの行いの結果です。特にこの星の中では……万能無限に手が届く事は無くても、この世界は人間1人のちっぽけな願いくらいはか叶えてくれる奇跡の塊なのでしょう。君はこの星に何を願うのですか?」

 

「何を、願うか……」

 

「君にとって今、一番必要な事は? 今、本当にやるべき事は? 全てを選べない以上、選択は必ずしなければならない」

 

「………オレは、イフィーを、ピアリを……師匠の事だって……」

 

「難しく考えなくていいんです。己の心に問い掛けて下さい。分からないなら、それも答えです。答えが出るまで此処に留まれるのならば、そうしたっていい……」

 

「師匠……」

 

「ただ、時間はそう長くないでしょう。彼女はきっと進むでしょうから」

 

「ああ、きっとイフィーは……うん……そうだと思う」

 

「いっそ、ピアリ君の事も任せたっていいんです。貴方が幸せになれない選択を彼女も望みはしないでしょう」

 

「そうなのかもしれねぇけどさ……」

 

「イルト君。悩んだ時の解決方法。覚えていますか?」

 

「それって……オレと師匠が出会った時に言ってた事か?」

 

「ええ、僕が何て言ったか覚えてますか?」

 

「……うん」

 

「なら、君はもう大丈夫だ。僕は此処でリタイアです」

 

「―――そっか」

 

「はい。その為に此処へ来ました。そして、此処に再び1人で辿り着く事は不可能でしょう。つまり、僕の旅は此処が終着点です」

 

「止めたりはしない。師匠が幸せになる第一歩、だもんな」

 

「はは、そんな大そうな話じゃありません。少しだけ償いをして、謝りたい人がいる。それだけの事なんですよ」

 

 少年の前でリュオが眼鏡を外して額を揉み解した。

 

「今日は色々な事があって疲れました。済みませんが、先に休ませて貰います。もし何かあれば、すぐに呼んで下さい」

 

「ああ、お休み。師匠」

 

「ありがとう。我が生涯唯一の弟子イルト・イナーシタ。君の前途がどうか善きものである事を……」

 

 幕屋へと入っていく師の気持ちは決まっていただろう。

 

 そして、1人残された弟子もまた自らの向かうべき先を見据えて、静かに黄昏時に暮れ泥(なず)む。

 

「………」

 

 それを見ていた灰金の少女は横にピアリを置いて、幕屋の中で干し肉を齧っていた。

 

「イフィーさん。それ好きですよね?」

 

「まぁ、想い出の味、だからな」

 

「想い出?」

 

「ああ、我を世界に連れ出した馬鹿な男との、な」

 

「へぇ~~おバカさんなんですか? その人」

 

「ああ、見知らぬ不幸な女を見れば、放っておけない病に掛かっている上、女たらしで見境なく女を惚れさせるわ。一度釣った魚には餌をやらずに世界の果てまで言って戻ってこないわ。まったく、けしからんヤツだ」

 

「そーなんですか。イフィーさんはよっぽど、その人の事が好きなんですね」

 

「……何故、今の話を聞いてそう思う?」

 

「だって、凄く幸せそうな顔してました……とっても羨ましいです。何か」

 

「そうか。そうならば、きっとそいつも少しは報われるのかもしれんな。だが、そいつ自身が報われようとはしてないどころか。これっぽっちも我に期待していないとはどういう事なのか。そこを問い詰めて泣いて謝るまで説教せねば」

 

「お説教?」

 

「その為に我は此処まで来た。七聖女達が何を企んでいようと。守護者が何を図っていようと。関係など無いのだ。もう一度……我はあの馬鹿者に……」

 拳を握った少女に桃色髪の少女は微笑む。

 

「きっと、大丈夫ですよ。イフィーさんなら……」

 

「お前が言うと妙に説得力があるな」

 

「そうですか?」

 二人のガールズトークは男性陣には届かず。

 

 静かに世界は夜へと移り変わっていく。

 

 そんな時だった。

 

 ゴッと世界が揺れた。

 

「総員招集!!」

 

 イフィーの声に次々に仲間達がその場に集ってくる。

 

「全周警戒!! 方陣防御の全力展開と逃げる準備をしておけ!! 幕屋はもしもの時は破棄する!! おい!! 守護者!!」

 

 揺れが大きくなる合間も誰も来なかった。

 

「受付のお姉さん!!」

 

「はーい」

 

 いつの間にか灰金の少女の横に黄色い髪の少女が佇んでいる。

 

「この揺れは何だ!?」

 

「ん~~~? 第四層が使われたみたい」

 

「使われた? どういう意味だ!?」

 

「審判の剣が発動して振り下ろされたのは……西部?」

 

「ッ、アレが発動されたのか?! 敵は何だ!? 内部はどうなる!!?」

 

「大丈夫だよ? 内部の空間はそもそも全部、そういう造りだから」

 

「ディアコノスに繋げるか。いや、だが……この状況で七聖女に追跡されるのは……オイ。受付のお姉さん。アレを使ったのは誰だ?」

 

「サヤトネ」

 

「ッ、蒼穹の騎士か?! 因果律切断が使えるとの話だったな。アレの事は最初から知っていたのだな?」

 

「此処はシンアの心の中だから。一番重要なものの事はきっと全部知ってる」

 

「そういう事か。七聖女の動向は分かるか?」

 

「え~~っと。あ、フルーが戻って来てる。ソィラも……このままだと後10分くらいでこの階層が消滅するかも……」

 

「はぁ!?」

 

「再構成するまで使えなくなると困るから、今から―――」

 

 少女がパチンと指を弾くと。

 

 既に彼らは同化者の畑内部にいた。

 

「―――選んで?」

 

 黄色い少女はニコリとする。

 

 二人の男達は突如として発生した特大の難題を前にして固まる。

 

 師はもう決めていた。

 

 だが、弟子は……二人の両親を硝子越しに見て、一瞬だけ息を止めた。

 

 あの日、自分が

 

「イフィー。二つ答えてくれ」

 

「何だ? この状況下だ。答えられる事なら答えるぞ」

 

「オレ、此処に来るまで……頑張れてたかな」

 

「さて、な。我はお前の教師でもなければ、採点してやれるような事を教えたつもりもない。だが、お前がどう在ったかに付いてで言えば……一度とて落胆した事は無いぞ?」

 

「はは、随分と甘口なコメント頂きました」

 

 ポリポリと頬が照れた様子で掻かれる。

 

「なぁ、イフィー。七聖女がどれだけスゴイのか。それはイフィー自身が知ってると思う。けど、だから、聞きたい。そんなのを相手にして……万能の神に等しい相手を前にして……それでも戦い続けるのか?」

 

 イルトの瞳にあるのは心配だった。

 

 だから、少女は目の前の旅の仲間が両親と共に帰るのだろうと納得する。

 

 二度と会えない相手と会えるのだ。

 

 そう言われたのだ。

 

 ソレは人間ならば、きっとどのような誘惑よりも畏れるべき悪魔の囁き。

 

 だが、彼は別に世界と家族を天秤に掛けているわけではない。

 

 旅の終わりに人生に振って湧いた奇跡を享受したとて、何一つ問題もない。

 

 正しく、共に帰って師と共に真っ当な道を歩む事くらいは出来るだろう。

 

 少なからず、その為の方法を考えているし、後でフォローするつもりなイフィミスラ・ハージェット・テトス・エルデナンドは……仲間達の門出を祝福する。

 

「イルト。会いたい人に会う為の努力を前にして結果や過程を語るのは無粋というものだ。死して尚諦めるつもりはないし、相手が何だろうと意見を曲げてやるつもりもない」

 

「……悪い。今更な事を聞いたよな。オレ」

 

 いいや、と。

 

 少女は困ったように微笑む。

 

「我を眷属にした男は……いつも笑っていた。世界の残酷さや醜さに何度打ちのめされただろう。何度身を切り裂かれただろう。愛する者に幾ら殺されただろう。だが、それでも、それでもな。あいつは笑っていたのだ」

 

「笑って?」

 

「ああ、それはきっと感謝だったのだ。痛みも苦しみも無かった事には出来なくて、それでもあいつは……感謝しかなかったのだ。だから、いつも困った笑みを浮かべて……我は救われたのだ」

 

「―――」

 

 それはイルト・イナーシタにとって世界の何よりも尊い一粒の雫だった。

 

「我はあいつの為にもっと泣いてやりたい。怒ってやりたい。一緒に苦しんでやりたい。傍にいてやりたい。我を救った馬鹿者にただしてくれたようにしてやりたい。お前が救ってくれた小娘はこんなにもお前を思っているのだと言ってやりたい。その為なら幾らだって我は言える。立ちはだかる困難も壁も神を超える聖女を前にしても……だから、どうした。我はあの男の、あの大馬鹿者の、魔王シンア・ザ・クリティカルアンラッカーの眷属だ、と」

 

 大きくなっていく振動。

 

 世界は揺れている。

 

 白い美術館は、畑は揺れている。

 

 師の恋人も、弟子の両親も共に。

 

「受付のお姉さん」

 

「はいはい」

 

「ガラスだけ消してくれるか?」

 

「いいよ。どうぞ」

 

 彼らの前から建物が消え失せた。

 

 黄昏時に佇む人の群れは静止していなければ、何かの仮装行列のようにも見えたかもしれない。

 

 もはやいない両親を前にして青年。

 

 いや、少年は真っすぐに自分を映さない瞳を見上げる。

 

「父さん。母さん。オレ頑張ったよ。二人が同時にいなくなってもさ。結構、家事炊事出来るようになったし、学校でもちゃんと勉強した」

 

 答えはない。

 

 それは選ぶという事ではないから。

 

「師匠に合って、錬金術始めたんだ。コレが本当に大変な学問でさ。まだ、全然なんだ」

 

 師は両親に報告する1人の子供の横を通って、1人の女性を……あの死んだ日と同じ格好の相手を前に何も言えず。

 

 ただ、潤みそうになる瞳を堪え、唇を引き結んだ。

 

「で、今は星潜者もやってんだ。これが結構大変で……旅するのって大変て実感してる途中なんだ。ついでに人間止めちまったみたいで、笑うしかない状況でさ」

 

 スッとその腕が二人の肩を抱くようにして顔を両親の近くに寄せる。

 

「それから……うん。仲間に出会ったよ。オレが自分で選んだ。オレが仲間に成りたいと思った。本当に心の底から背中を預けて戦える連中なんだ」

 青年は少しだけ潤んだ瞳を隠すようにグイと手の甲で目元を拭う。

 

「だから、行って来ます」

 

「イルト?!」

 

 青年は両親に背を向ける。

 

 そして、驚く少女の前で頬を掻いた。

 

「此処でピアリやイフィーを置いてったら、きっと二人に怒られちまう。それで良かったのかって。オレもきっと……ずっと死ぬまで悩むと思う」

 

「……イルト……我は……」

 

 言い掛けた少女の唇をそっと人差し指で閉ざして、青年は困ったように笑った。

 

「イフィー。ピアリ。オレにお前らのゴールまで突き合わせてくれ。オレが胸を張ってまたこんな奇跡に出会えるように。オレが二人に胸を張って報告出来るように……お願いだ」

 

 頭を下げた相手を前にしてピアリがいつもの何も分かっていなさそうな笑みを浮かべて一言。

 

「イルトさんのお父様とお母様。イルトさんをお預かりしますね。ピアリがイルトさんをしっかりした大人にしてお二人とまた会える日まで面倒を見ますから、だから……笑って見送って上げて下さい」

 

 それを聞いて、イフィーはハッとした気分にさせられていた。

 

 イルトの両親は笑っていたのだ。

 

 当時の死亡した直後くらいの相手を同化しているならば、きっとソレが二人にとって息子を見送った時の気持ちに他ならない。

 

「……イルト。お前の両親はきっとどんな時もお前を笑って見送ってくれる本当に誇れる人達だったのだな」

 

 その言葉にようやく青年は気付く。

 

 二人の両親の顔が優し気で温かいままであるという事に。

 

「そっか……二人ともずっとオレの背中をそんな顔で見てくれてたんだな……あの日もきっと……気付くの遅過ぎだろ。このバカ息子」

 

 自分を罵倒して涙一粒。

 

 そして、終には世界に続く激震の最中。

 

 彼らのいる地点の周囲がゆっくりと地割れで罅を入れていく。

 

「選択は為されたよ。じゃあ、送るね」

 

「イルト君!!」

 

「師匠!? 元気でな!! また、師匠の事探すよ!! すげー錬金術師で探索者してれば、すぐに会えるよな!!」

 

「僕は―――君にッ、君達に救われた!! だから、君達と共に!!」

 

 愛する者を抱いた男は己のペンダントを投げる。

 

 それを受け取った弟子の前でそのペンダントは輝きを増して魔力を迸らせながら、トランクへと変化していった。

 

「これって師匠のトランク?」

 

「今まで僕が集めて来た全てッ。僕が研究してきた全てッ。君に託す!!」

 

「ッ、任せとけ!! オレはリュオ・クルミナスの一番弟子だぜ!!」

 

「あ、時間切れ」

 

 その言葉が受付のお姉さんに呟かれた刹那。

 

 リュオの膝から下が遥か地下から噴出した光の本流に呑まれて消え失せる。

 

「がぁあぁあぁあ?!!?」

 

「師匠!?」

 

「行けっ!! 君にまだやる事があるッッ!!?」

 

「受付のお姉さん!!」

 

「了解」

 

 パチンと指が弾かれて、リュオが瞬時に消え去った。

 

 それと同時に今まで彼らがいた街並みが地下の大深度から爆発的に噴出する輝きの中に呑み込まれて分解されていく。

 

『ぅ~~いいとこまで行ってたのに~~誰だよぅ!? 領域変換? これじゃあ、中枢まで辿り着けな―――あ』

 

「あ」

 

 黄色い少女が白衣姿の眼鏡少女と目が合った。

 

 それも全てを消却する光の中で、である。

 

『あ~~探してもいないと思ったら、こんなところに……此処で海のとこにいるかと思ったらいないし』

 

「逃げていい?」

 

『どうぞ。君と不毛な戦いしてもねぇ? 能力差が殆ど無いというか。本物と同化してるんじゃ、さすがに骨が折れ過ぎて僕の飽きる方が早いよぅ』

 

 肩が竦められる。

 

『それに1人で2人分の奇跡使えるとか。実は反則だよねぇ。さすが姉妹……片方の奇跡を同化で片方に分け与えるとか共有するとか。その戦術……大戦の時にも使って欲しかったけど、してくれなかったんだよねぇ……』

 

「今はど(・)っ(・)ち(・)だと思う?」

 

『どっちでも面倒過ぎだよぅ』

 

「そう?」

 

『最強戦術が全てを支配する能力と同化する能力の合わせ技で僕らの複製を何百人何億人単位で運用出来るとかコンボ鬼畜過ぎぃ』

 

「しないしない。制御離れたら怖いし」

 

『制御を失敗する確率の方が低い癖に謙遜力高いよねぇ。ミュルトとメルフは……人格の混在くらいなんじゃない。その戦術で面倒な副作用って』

 

「逃げまーす」

 

 パチンと指が弾かれると黄色い受付のお姉さんが消えた。

 

 真下から上に遡る魚みたいな事をしている世界一のマッド・サイエンティストが肩を竦めて現在起こっている異変の調査をすべく。今まで苦労して潜って来た世界を割り砕きながら上空へと昇って空を砕いて第四層へと向かっていく。

 

 それをずっと近場の罅割れた住宅街の一角で見ていたイフィー達は受付のお姉さんが自分達を隠してくれた事に心底感謝した。

 

 今、彼らの前を通り過ぎて上空へと向かって行った聖女。

 

 その気配が、あまりにも……怖ろしかったからだ。

 

 ピアリはガクブルして、イルトの後ろに衣服を掴みながら引っ込んでおり、イルト自身もダラダラと冷や汗が止まらなかった。

 

 イフィーはそこまでの反応はしていないが、ジットリと背中が冷や汗で濡れており、ケロッとしているのはマヲンとシャイだけだろう。

 

「イリューと? こわイ?」

 

「何かお前の言葉、久しぶりに聞いた気がするな。ああ、怖い。というか、アレが……聖女の本物か」

 

 イルトがガリガリと頭を掻いて息を整える。

 

「どうやら、余程機嫌が悪かったようだな」

 

「機嫌が悪いとかで済むのか? 今にも太陽とか本星とか砕きかねないような威圧感だったんだけど。守護者とは大違いじゃねぇか。つーか、中身が別人だろ? 明らかに……」

 

「まぁ、色々と溜まっているのだろう。親友を殺して、あいつを滅ぼせもせず。この数年、抜け殻のようになっていたとの話だが……空虚の後にやってきたのが怒りであったとしても何ら驚くには値しない」

 

「マヲ~~マヲヲ?」

 

「蟲の居所が悪そう? まぁ、お前クラスの存在でなければ、目に付いた者を端から改造していきそうな危うさは有ったな」

 

「しゃーい……」

 

「きっと、お腹が減っているに違いない、か。確かに……本当に空腹なのかもしれんな」

 

「それでこれからどうするんだ? めっちゃ破壊されて美術館は跡形もなくなってるんだが……」

 

 イルトの言葉にイフィーが周囲を見回し。

 

「同化しているのならば、聞いているな? 受付のお姉さん。選んだのだから、次の道を示してくれるのだろうな」

 

「次は怖いから気を付けた方がいいよ」

 

 いつの間にか。

 

 黄色い少女が横で佇んでいた。

 

「怖い? 此処までクラル、ユアン、フルー、ミュルト、メルフ、と来て残りは二人、ソィラとハティア……全てを破壊されるか、魔導で粉々にされるか。どちらにしても怖いで済むまい?」

 

「……ご案内~」

 

「その沈黙が一番怖いのだが」

 

 その言葉と同時に目の前にいつもの蒼い柱が現れ、瞬間的に眩く発光した。

 

 目を瞬かせると全員が今度は乗り物に乗っていた。

 

 一瞬にして何処かに送り付けられたらしい。

 

 車両のようなのだが、あちこちの床に兵員輸送用だったのか。

 

 靴跡が付いていた。

 

 背後はぴっちり座れる固い革製の座席。

 

 天井からは小さな魔力の灯りが灯っている。

 

「ピアリ。もう怖いのは行ったから、大丈夫だぞ」

 

「あぅ~~そう言えば、リュオ先生にさよなら言えませんでした」

 

「大丈夫さ。師匠は師匠だからな。アレで死ぬよな玉じゃないって。それどころか。あの恋人の人と仲良くやるのに忙しいかもしれん」

 

「まぁ、人の色恋沙汰はそこまでにしておこう。我らにはどうやら時間も無いらしい」

 

「時間が無い?」

 

 イルトが首を傾げる。

 

「今、あの聖女が領域を砕いた際に外の時間経過を観測したのだが、もう冬になっているようだぞ」

 

「え―――いや、3年彷徨ってたから、今更だけど。それでも4層を超えるのに半年近く掛かってるのか!?」

 

「時間の変遷が酷いな。今、諸々の情報を確認したのだが……大陸西部がヤバイ事になっているようだ」

 

「ヤバイって?」

 

「どうやら先程の第四層での変動の時に天蓋蒼星の上層部は大騒ぎだったようだ。大陸西部の亜人国家で大規模な争乱が発生。何かしらの災害……恐らく霧の化け物。我が脚をフッ飛ばされた時の敵のようなものが大量発生したようだ」

 

「そんな事が!?」

 

「大陸中央諸国でも色々起きているな。だが、西が一番不安定か。各国が戦争準備に動いているどころか。七教会も躍起になっているようだ」

 

「大陸で一体何が……」

 

「……取り敢えず、審判の剣が発動されたという事実は変わらん。第六層と第七層の突破を早く進めるぞ。陽動役との連絡もここでは取れないし、外の通信を拾える度に1時間や20分のような感覚で時間がこちらよりも早い感覚で飛んでいるようだ」

 

「それ、マズイよな?」

 

「ああ、七教会の部隊が大挙して押し寄せて来かねない。恐らく、先程のフルー・バレッサの一撃で各領域に罅が入った。隙間から雪崩れ込んでくる前に進まねば」

 

 そうイフィーが決意を新たにしている間にも車両が止まった。

 

 全員が恐る恐る外に続く輸送車両の背後の扉を開く。

 

 すると、次々に銃火の音が響き渡った。

 

 思わず身構えた彼らの前で半透明な人々が七教会の鎧や制服を着込んだ相手に重火器で大量の火力を前方へ投射していた。

 

 それに反撃する制服や高格外套姿の人々が次々に相手を殺す事もなく。

 

 身動きを封じて相手を捕縛する事で制圧していく。

 

「これは一体……」

 

「しゃーい?」

 

 イルトに未だべったりのピアリの肩によじ登った角付幼女がイルトの声に周囲をキョロキョロとして、何かを見付けた様子で明後日の方向を指差す。

 

 すると、其処には―――。

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