※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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第五十九節「識るべき事」

 

 その人類最後の大戦と銘打たれた戦場の最激戦区。

 

 大陸中央諸国連合が3割もの戦力を投入した地域。

 

 ソレは大陸中央南部イグニシア・クルシスとの勢力圏が隣接する国(・)外(・)か(・)ら(・)の(・)正(・)式(・)名(・)称(・)ガリオス・アルヴァスタ列国であった。

 

 彼の国が時に魔術災害と呼ばれる事になる大規模な時空間の歪みによる転移で丸ごと消滅したのは正しく中央諸国からすれば、青天の霹靂であった。

 

 大災害と称されるイグニシア・クルシスと魔王が手を組んだ後に起こった幾つかの大陸規模での自然現象や人工的な災害の数々の後。

 

 ようやく争乱も収まりつつあり、回復しつつあった中央諸国の国力はこの時、8%もの落ち込みを見せた。

 

 まず、何よりも国が丸ごと消えたせいであらゆる決済が不可能になった関連企業が倒産寸前で不渡りを出す前に七教会が救済する事になったのだ。

 

 また、南部との巨大な物流の要衝であったガリオスは巨大なサプライチェーンのハブであり、中央諸国各地に協定や様々な政治的な理由から飛び地を持ち、各国の通常物資の流通網の中心として大量の品が流通していた。

 

 その通過場所の最大の部分が物資と共に消滅した事で人と金と物とサーヴィスが一片に消し飛んだ被害は想定を超えて多くの人間に影響を及ぼした。

 

 結果、中央諸国はガリオスを封地として七教会戦力で封鎖するしかなくなった。

 

 元々、そういった地域の管理は七教会と周辺地域の国家との擦り合わせで現実的に行われていたが、その最大の相手であるイグニシア・クルシスの魔王連合国構想が具体性を帯びて現実になり、多くの国家が賛同し始めていた為、そういった擦り合わせや利害調整は中央諸国と七教会側から通告されず。

 

 戦力が常駐する国境へ同じように戦力を張り付ける普通の国家的な対応でイグニシアが応じた結果。

 

 ガリオスは何もない荒れ地に緑化用の魔術で草原や森林こそ生やされたが、火薬庫に等しい何時爆発してもおかしくない危険地帯となった。

 

 それ故に世界が二分され、主戦場として両陣営が其処を戦闘地域に定めた事はまったく驚かれなかったし、妥当でもあった。

 

 何も無い場所ならば存分に戦える。

 

 火力を投射出来る。

 

 大陸中央北部の砂漠地帯のようになるかもしれないとは思われていたが、それはそれで両陣営にとっては緩衝地帯になると戦後を想定しても悪くない選択肢であったのだ……本来ならば。

 

 物流そのものは中央諸国は七教会の空飛ぶ戦艦を始めとしてフルー・バレッサの技術による飛行機械による空輸が行われていた事もあり、陸路も未だ東西のルートが残っていた為、問題にはならなかった。

 

 制空権を厳然として握っていたのも七教会であり、彼らを前にして誰も空の覇者足り得なかったのだから、当たり前のように物流は維持された。

 

 だが、両陣営にはどちらも懸念材料があった。

 

 中央諸国側からしてみれば、ガリオスは消えたがガリオス人そのものはあちこちに散らばって未だに存在していた為、やがてはガリオスの復興を行って欲しいとの話があちこちの国から上がっており、それを無視出来ない民主的な体制である以上、必要以上に国土に影響が出るような事は出来なかった。

 

 イグニシア側からしてみれば、この数百年の間に何度も取り込みを掛けていた地政学的な橋頭保であるガリオスは中央諸国に睨みを効かせる為に是が非でも確保しておきたい地域であって必要以上に破壊したくは無かった。

 

 結果、彼らの思惑は合致し、個人で惑星を破壊出来る個人だの魔族だの全てを破壊し尽くせる堕天使の群れとか。

 

 そういった最大戦力は投射されず。

 

 根本的には通常戦力で押し合う現代戦の様相を呈したのだ。

 

 両者の激突の結果はこの時、未知となったのである。

 

『あちらの対空兵装がこっちの方陣と装甲をどっちも抜いてくるのか?!!』

 

『だ、ダメージコントロール!!? ただちに―――』

 

『直掩はどうした!? 何やってる!?』

 

『か、格納庫内はもうダメです!?』

 

『墜ちてる?!! 何かに掴まれぇええええ!!?』

 

 それにしても技術力で上回る七教会が付く中央諸国が絶対的な優勢……であるかに思われた。

 

 が、実際にはイグニシア・クルシスを筆頭にする魔王連合側の技術力はそれに肉薄するものもかなり多く。

 

 事実上、どちらもが圧倒的でも絶対的でもない消耗戦に陥っていた。

 

『悪夢だ……ッ』

 

 複数の七教会の艦が爆炎を上げながら地表へと向かって落下していく。

 

 理由は単純。

 

【質量兵装《イングネス・アームズ》】

 

 超大質量体を超圧縮した弾体で装甲を一点突破する対空迎撃兵器が連続で直撃して艦を真っ二つに割り折ったからだ。

 

 魔導方陣による防御が展開されていても、その一点集中した負荷で貫通され得るという事実は中央諸国の初手における艦隊攻撃によって陣地を消し飛ばした優位を完全に消し去っていた。

 

 次々に撃沈していく船。

 

 戦場に落ちては中央諸国側の陣地や戦力を散らしていく様子は無邪気な子供が船の模型でも地面に落として蟻の隊列を破壊しているかのようだ。

 

『どうなってる!? 情報支援は!? 何故、味方の支援砲撃が別地域に割り振られてる!?』

 

『あちらの妨害と欺瞞が入り交じっており、判別出来ません!? リアルタイムで精神を読まれている可能性が高いとシステム側からの回答が!?』

 

『クソ?! 紙だ!! 紙で伝令しろ!!』

 

 逃げた先には無防備な兵を狙った対地爆撃用で爆装済みな全身鎧の高格外套にも似た航空戦力が次々に火力を投射。

 

 個人では防御不可能な火力を叩き付け、面制圧でジリジリと反撃を受ける前に消耗させては後方へとヒット&アウェイで帰投していく。

 

 最初期の大規模な全軍の火力投射による激突において敵兵力を陣地毎消し飛ばす事に成功した中央諸国側であったが、その後の反撃で船の半数を落とされて艦隊は壊滅状態。

 

 巨大戦艦にして基地機能を持つ移動拠点こそ無事だったが、艦と兵の回収を行っている途中に攻撃を仕掛けられては後方に退避するしかなく。

 

 前線に取り残された兵の殆どが死にはしなくても数万人規模で包囲されて制圧。

 捕虜にされる事で事実上の痛み分けという形となった。

 

「………」

「………」

「………」

 

 沈鬱な様子となった中央諸国側の参謀及び艦隊の艦長クラスが列席する戦略会議はリアルタイムで沈黙が10秒以上という放送事故並みの有様であった。

 

 実質的な命のやり取りという点で中央諸国は確かに2割以上の相手を殲滅した。

 だが、艦を半数落とされて数千人規模での死傷者。

 

 更に落下地域の包囲制圧で艦内の残存者と制圧地域に取り残された数万人が相手側の捕虜となっては戦力的には五分五分の被害だろう。

 

 それ以上に問題なのは相手の技術力が高く。

 

 落とされた艦船の物資及び兵器が転用された場合だ。

 

 自分達の高火力な艦隊の兵装の事は彼らが一番良く知っている。

 

 伝送系や魔力系の機器を焼き切って使えなくしたとしても、相手側が使うのは原始的なエンジニアリングで直せる射撃兵器類だ。

 

 魔術、魔導関係の封印や防壁の強度は高い。

 

 持ち堪えはするだろうが……どれだけの時間で転用してくるのか分からないまま戦えば、更なる被害が予想された。

 

 相手と多くの点で差別化されておらず。

 

 技術的に必ずしも優位ではないとすれば、鹵獲兵器が牙を剥いてくるのは時間の問題であり、戦端を切って半日とはいえ。

 

 彼らにはもう絶対的なアドバンテージなど無かったのである。

 

「さ、我らの出番だな」

 

「これで何が変わらなくても死人は極力減らそうぜ」

 

「では、見えざる超越者が如何に恐ろしいものであるか体感して頂こうか」

 

【高格外套(ソーマ・パクシルム・ベルーター)】

 

 世界最高の対魔王汎用兵装。

 

 その全身鎧(フルプレート)は確かに世界的に見ても汎用兵器として最強だ。

 

 だから、ソレが次々に見えざるままに戦場を駆け巡れば、敵がどうなるか……なんてのは言うまでも無く。

 

 魔王の眷属たる少女は生身で。

 

 そして、人外になってしまった青年は鎧姿で今ゆっくりとだが、再びの激突に備えての膠着に陥る人々の中央。

 

 彼らの勢力圏内が入り乱れる最前線で互いに背を向けて全てを無力化する為に動き出した。

 

「?」

 

 最初に気付いたのは中央諸国側だった。

 

 とある1人の兵士が己の持つ小銃が軽くなったような気がして確認した瞬間。

 ソレがサァッと砂のように崩れ去った。

 

 思わず彼が他に連絡を入れようとした時には周囲から驚く声。

 

 何かの攻撃かと後退しようとする者達の群れは武器も車両も崩れて砂になるのを見て、顔を引き攣らせ。

 

 今も戦艦の残骸に取り残されていた犠牲者に名を連ねるはずだった乗組員達もまた砂になっていく船体の中から必至に藻掻いて這い出していく。

 

「何だ。一体、これは―――」

 

 最前線からゆっくりと後方に向けて進む流砂化現象。

 

 これには唯一例外があって、医療器具や医療現場以外が効果範囲とされた。

 

 数百kmにも渡る戦域が端からまるで風が過ぎ去るだけで全ての兵器が崩れるような様子はもはやコメディかもしれない。

 

 車両や船に乗っていた人々はそう知った時にはもう手遅れ。

 

 何らかの攻撃だと後方へと戻ろうとした部隊が退却中に装備を失って自分の身体までも崩れるのではないかという恐怖に駆られて、泡を吹きつつストレスで意識喪失とか。

 

 まったく、未知の恐怖を前にしては如何な精鋭の中央諸国兵士とはいえ、明らかに顔が青くなる以外無かった。

 

「?」

 

 だが、それに輪を掛けて顔が引き攣ったのは魔王連合側の兵士かもしれない。

 

「な、身体が、重く……え?」

 

 最前線の兵士達の意識が物理的に途切れた。

 

 死んだのではない。

 

 ただ、急激な意識レベルの低下に見舞われて昏睡したのだ。

 

 意味が分からない。

 

 彼らは肉体の能力を最大限までブーストされて現場で詰めていた熟練兵である。

 

 だが、その静かな無力化は次々に戦域を巻き込んで沈黙させていった。

 

 どんな能力もどんな力もそれを操る意識無しには無力だ。

 

 自動化された機械や術式を用いていてすら、無力化された部隊を後方へ運ぶのが関の山であり、戦闘なんて早々続けられるものではない。

 

 その原因の分からない昏睡病を前にしてはどんな部隊もお手上げ。

 

 正しく、ただただ意識を奪われて魔力が続く限り、術式などで後方へと自動で引きずられていく。

 

 ―――『一体、何が起こっているんだ……』

 

 その時、戦場にありながら両軍の思いは完全に一致した。

 

 一致したところで何がどうなったというわけでもないのだが。

 

 対処しようにも対処する時間など与えられるはずもなく。

 

 錬金技能による一方的な崩壊と普通の魔術による昏睡で無力化されていく軍は後方へ後方へと退避しようにも最後方は本国である為に民間人の避難が完了していない場所へ散り散りに逃げるわけにも行かず。

 

 下がれる限界まで下がらされた後。

 

 相手を解析中に3時間程であっと言う間に壊滅したのだった。

 

 ただし、唯一残っている場所もあった。

 

 超巨大戦艦。

 

 いや、島と言うべきだろうか。

 

 七教会の浮遊要塞のみがさすがに人員を金属粉で埋もれさせるわけにも行かず。

 

 後回しにされた結果。

 

 周囲の人員の退避を優先させた島は孤立。

 

 戦域での異常事態が次々に襲い掛かる中でセーフティーゾーンとして昏睡した敵軍を捕虜として受け入れたり、自軍の逃げ遅れた部隊を匿ったりと大いに役に立つ事となる。

 

 両陣営を襲っていたイルトとイフィーにしてもそういった場所が無ければ、不用意に相手を昏睡させて戦場にほったらかしにしたり出来なかった為、有り難かったのだ。

 

 こうして昼間に阿鼻叫喚の敵(・)軍(・)の(・)攻(・)撃(・)ら(・)し(・)き(・)も(・)の(・)で全滅した部隊が次々に運び込まれた要塞内部には昏睡中の敵軍やら装備を全て失った味方やらがカオスとなって、独房はぎゅう詰め。

 

 酷い有様になった。

 

 大陸中央の条約に乗っ取り、捕虜には真(・)面(・)目(・)に(・)対(・)応(・)す(・)る(・)中央諸国側は昏睡中の敵の下の世話やら食事やらで補給部隊が忙殺され、捕虜虐待が出ないかと上官がハラハラしながら眠れず、戦争中なのに敵軍の介護をする軍隊が出来上がったのであった。

 

 *

 

「イルト・イナーシタは凡人なんだぜ?」

 

 思わず呟いた当人が溜息を吐く。

 

 自分で無力化した部隊を次々に魔術やら錬金術で造った台車に乗せては見つからないように要塞の真下辺りに運ぶ作業を延々と繰り返していた彼は魔力も能力も余裕に溢れていたものの。

 

 夜空の下。

 

 軍隊の世話で忙しい補給部隊とシンクロするかのように単純作業の繰り返しに肩をコキコキ言わせていた。

 

 悟られないようにイフィーから貰った周囲に何も見えないように観測機器や五感を欺瞞する偽装用の方陣を周囲に展開しながら莫大な数の見捨てられた人員を運んでいたのだ。

 

 周囲には台車に寝かせられた連中が呻いており、一応治癒術式を掛けて寝かせてあるのだが、それにしても垂(・)れ(・)流(・)し(・)だった為、早めに偽装を解かねばと青年はゲッソリしていた。

 

 五感が超越者というか人外級にまで引き上げられていたせいでより世界をしっかりと感じられるイルトにとって、その現場は夜目が聞いていなかったとしても要塞の補給部隊より生々しい介護地獄であった。

 

「あはははは。よくやるわねぇ」

 

「?」

 

 自分の横に現れた気配にあくまで自然体で振り返った彼が見たのは短髪に擦り切れた制服を纏う聖女だった。

 

「ええと、ソィラ・ミクラ様?」

 

「様は要らないわよ。今更、誰かに崇めて欲しいわけじゃないし」

 

「ええと、何の用なんだ? 確か、オレ達には勝手にしろ的な事を言ってたんじゃなかったっけ?」

 

 要塞から零れる光の筋が地表と夜空を照らす中。

 

 スポットライトでも浴びたように真下へ入った女が肩を竦める。

 

「そうよ。好きにしなさいって言ったわ」

 

「じゃ、ええと……何をしに来たのか聞いてもいいか? ソィラさん」

 

「さん付けかぁ。ま、距離があるのは仕方ないわよねぇ。あいつらに色々されて来ただろうし」

 

「ま、まぁ、特に眼鏡的な人に……」

 

 ソィラが肩を竦める。

 

「アンタらのやってる事見てたら、ちょっと懐かしくなっちゃってね」

 

「懐かしい?」

 

「そう……まだ七教会だなんて言われてない頃。あたし達が戦争に介入し始めた頃の事よ」

 

「それって……」

 

 歴史の教科書にも載っている。

 

 各国はその最初期の介入において教会を露ほども脅威に感じていなかったが、その快進撃で現実的に戦力を消し飛ばされた結果として瓦解するやら自滅するやら色々と酷い有様になって最終的には教会を受け入れざるを得なくなったのだ。

 

 白旗を上げた国家は今や親七教会派の国家ばかりになっていたりする。

 

「あの頃はさぁ。何処に行っても教会なんぞお呼びじゃねぇ!! 死ね!!って反応が返って来てたのよねぇ。近年じゃ、七教会だ。オレ達はもうダメだお終いだぁ。って反応しか返って来なくてつまんなくて」

 

「歯応えが無い、的な?」

 

「そうそう。そういう的な話よ」

 

「どうして、そんな事を此処で?」

 

「懐かしくて」

 

「……アドバイスとか有ったり?」

 

「(ノ・∀・`)ナイナイ。当時から介入後の実務ってハティアとクラルの信徒とフルーの高弟連中がやってたし」

 

「教科書の嘘っぱち!!?」

 

「んなもんよ? 勝者が書くもんだし」

 

「聖女がそれ言っちゃお終いなんじゃ……」

 

「あはは。そういう灰色や泥臭いのはフルーがやってたから、あたしらはさっぱりなのよね」

 

 いやぁ、面目ないと聖女は笑う。

 

「……ええと、作業に戻っても?」

 

「いいわよ。ちょっと話してみたくなっただけだし」

 

「ホント自由だな。アンタ」

 

「これでも一番自由にさせて貰ってるしね」

 

「確かに堅苦しい印象は無いけど」

 

 イルトは中央諸国の諸々の七教会のパンフレットの内容を思い出しながらイソイソと錬金術で地表から練成した台車で次々に兵隊達を運び入れていく。

 

「クラルなんてガッチガチよぉ。フルーは陰謀やら後ろで諸々やるのに忙しいし、ハティアは自分の目標の為に邁進中。ユアンはユアンで七教会の武の権威としてあちこち回らなきゃいけないし、双子ちゃんは双子ちゃんで色々あるのよ。宇宙に行ってる方は会う度に半分寝てるけど」

 

「アンタは?」

 

「面倒な出来事を破壊して回るのに忙しいのよ? 結構ね」

 

「忙しそうには見えても忙しいって言いながら酒とツマミを喰ってそうだなと思うオレの予想は外れてない気がする」

 

「ノーコメントよ。聖女は清らか的な印象を与えるべしってクラルとかフルーに釘刺されてるし、お尻が痒くてもポリポリしちゃいけないとか拷問よね?」

 

「……オレの中の聖女像が一気に近所の大酒呑みのねーちゃんになったんだが」

 

「可愛い弟分が出来ちゃった♪」

 

 クラルは楽し気だ。

 

 そこが戦場のど真ん中で無ければ付き合っても良かったが、生憎と現在はお仕事中である為、あっち行ったと追い払いつつイルトは台車から下ろした兵員を並べては確認していく。

 

「そう言えば、一つ聞いときたかった事があるんだけど。いいか?」

 

「何かしら?」

 

「……魔王ってのはどんなヤツだったんだ?」

 

「あ、それ聞いちゃう?」

 

「何だよ。聞いちゃダメなのか?」

 

「別に~~~ズタボロに男として負けちゃったのにまだ足りないなんて勇気有るなぁと思って」

 

「ぐ……」

 

 思わず押し黙るイルトに肩を竦めたソィラが虚空に浮かびながら何処からか取り出した酒瓶を呷りながら遠い目をする。

 

「そうねぇ。一言で言えば、護ってあげなきゃならなかったのよ。アタシ達が……」

 

「護る? 勇敢だ~とか。優しいヤツ~とか。そういうのじゃなくて?」

 

「出会った時、アイツは死に掛けてたのよ。川から上がった水死体寸前よ。ハティアが寝ずに看病して生き返ったら、生気が無くて……泣きたいのに泣けないような顔してたわ……」

 

「………魔王だったんだよな? そいつ」

 

「出会った時は魔王なんかじゃなかったわ。ただのアタシ達が護ってやらなきゃすぐに死んじゃいそうな何にも知らない同年代。奴隷だったのよ」

 

「奴隷……じゃあ、どうして魔王になったんだ?」

 

「色々有ったのよ。色々……アタシ達はあいつを護るのを止めて、あいつを殺す事にした。自分達の護りたいものと譲れないものの為にね」

 

「―――見捨てたとか。そういう?」

 

「ズバリ言うのね。ま、そういう事よ。アタシ達は血も涙も無い冷血漢。いや、冷血女だったって事ね。自分達の欲望の為、自分達が護らなきゃならないものの為、あいつを裏切って殺す事にした。でも、ね」

 

 酒瓶が煽られる。

 

「あいつは生き延びたわ。アタシ達に背中から刺されて、剣で串刺しにされて地表に縫い留められて尚、生き延びたの……それからのあいつの事をアタシ達は知らない。けど、いつの間にかアイツは魔王になってたわ」

 

「……復讐の為に?」

 

 思わずソィラが噴出した。

 

「な、何だよ?」

 

「あはは……そうだったら……本当にそうだったら、どれだけアタシ達が救われてたのかしらね。そうだったら、アタシ達はきっと今より幸せだったんでしょうね。何も知らず、何も分からず、敵になったアイツを討てば全部終わりだったんだから」

 

「魔王になったんだろ? 聖女は敵じゃなかったのか?」

 

「此処に来るまで見て来たでしょ。守護者はね。あいつの心の断片よ。あいつは聖女……アタシ達が憎いわけでも世界が憎いわけでもなかった。ただ、自分の心から従えない事には絶対従わなかったってだけ」

 

「従わない……?」

 

「そうよ。運命ってヤツを前にして終には殴り壊しちゃった……アタシにも出来ない事だったのにね……」

 

「運命を……」

 

「此処は……あいつに優しい世界。あいつにとってそうであって欲しかった場所……だから、アタシ達が守護者なのよ。現実とは真逆なの……」

 

「……アンタは魔王をどう思ってるんだ? 本物のアンタは」

 

「さぁ? 聖女だって人間よ。そして、だからこそ、奇跡を使える。奇跡とは己を削って成し遂げるモノ……だから、アタシ達が聖女である限り、あいつの旅は終わらない。終わらせられない……本物連中もいつか気付くでしょう。運命を壊して尚、世界と向き合い続けるアイツの旅が一体、誰の為のものなのか」

 

 空になった酒瓶が指が弾かれると同時に儚く散って粉雪のように拡散していく。

 

「さ、これで昔話はお終いよ。此処からは怖い試練の時間ね」

 

「は? 試練は無いって話だったんじゃ」

 

 思わず身構えたイルトを前にして酔っ払いが赤ら顔にすらならず降りて来る。

 

「アレは嘘よ」

 

「聖女が嘘吐いていいのかよ!?」

 

「いいのよ。だって、アタシら嘘塗れだもん。本当はアイツを殺したくなんて無かった。本当は聖女なんてやらなきゃ良かった。本当は何もかも捨てて……あいつを護ってやれれば良かった。けど、出来なかった……出来なかったのよ……」

 

 少し悲し気な笑みで女は告げる。

 

「この試練はね。あの子に科されるものじゃないの。あの子の仲間にこそ科されるもの……別にアタシ達が自分で創ったわけじゃないのよ? 単純にアイツの心の形を識る為の試練なのよ」

 

 ゆっくりと女の手が青年の頭に向かって延ばされる。

 

 咄嗟にどうにかしようとして、イルトは悟る。

 

 自分の身体がもう存在しない事に。

 

 声が出ない。

 

 どころではない。

 

 其処にはただ脳髄が浮かんでいた。

 

 どうやって生命活動を維持しているのか。

 

 ただ、魔術師技能だけで己を知覚した青年は発狂するような狂気の渦に無い背筋を泡立てる。

 

「アタシ、造るのは苦手なのよ? でも、此処はほら……アタシ達でも何かを産み出せる世界だから……だから、まぁ……識るといいわ。アタシ達聖女がどんな気持ちでどんな願いであいつを殺したのか。あいつが殺されたのか。それを識って決断なさい。それでも貴方は貴方のままでいられるかしら?」

 

 全てを破壊する女は脳髄に話し掛け、そのまま手をその灰色の頭脳へと触れさせ、儚く光の欠片にして分解していく。

 

 しかし、それが死を意味しない事を瞬間的に青年は理解する。

 

 いつの間にか彼は1人。

 

 見知らぬ記憶を抱いて、その場に立っていた。

 

 仲間である少女が兵隊達を集めて少しでも空中要塞に見つかり易いように調整していた……だが、その背後……今、彼の手には剣があった。

 

 剣は曇り出した空の下。

 

 僅かに雨を受けて、泣いていたのだった。

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