結局のところ。
イフィミスラ・ハージェット・テトス・エルデナンドにとって世界とは然して本質的には必要で無かったという事なのだろう。
誰と何処にいるかが重要で何処の誰かは関係が無かった。
最初に彼女が傍にいて欲しいと願った母は死に。
今、彼女が傍にいて欲しいと願った男は眠っている。
だから、それが例え世界に望まれていなかろうと起すのに躊躇いは無く。
だからこそ、どんなものを敵にしても決して折れる理由は無かった。
「イフィー」
「ん? イルトか?」
振り返る前に胸から剣先が飛び出した事で彼女の脳裏を巡った疑問はすぐに氷解せず。
しかし、何かしらの問題が起きた事を理解した。
そして、その理解した上での結論はソレが試練なのだろうという何の推論も無いが殆ど直感的な思考で答えだけを導き出す。
「ッ」
吐血。
いや、吐血で済まない。
傷が治らないのはまだ良い。
心臓を一突きされたところで彼女の肉体は死亡したりしないのだから。
問題は能力の殆どが封じられた事だ。
「イフィー……ご、めん……」
ドスリと1本目の剣が再び彼女の腹のど真ん中に突き立てられる。
更に吐血。
しかし、その背後の襲撃者は更に三本目で右足を、四本目で左足、五本目で右手、六本目で左手を串刺しにした。
失血死はしない。
だが、そのまま張り付けにされて永遠に放置されてはさすがに彼女もマズイとは分かっていた。
「………ごめんな」
襲撃者は彼女を縫い留めた後。
トボトボと歩き去る。
どうやら仲間は何かされたようだ。
そう、割り切っていても、さすがに堪えたのは致し方ない。
「ん~~どう?」
耳元で声がして、少女は歯を剥き出しにして獰猛に笑ってみせようとしたが……血液が足りないせいで舌を動かすので精一杯だった。
「……アイツが魔王になった日の再現か」
「ピンポンピンポン大正解。頭回るわねぇ」
「胸糞の悪い意匠を使い続ける七教会の事を調べてないとでも?」
「ああ、それも分かってたのね。アレはアタシ達が忘れないようにって戒めのつもりだったのよ。あいつを串刺しにした七つの剣……あいつを突き立てた丘。アレを絶対に忘れない為にこそ、あの形なの……マディクト以外の信徒は誰も知らないけどね」
「何故イルトを使った……」
「アイツ以外じゃさすがに思い入れ的にね。あの人外生物とかイクスピアリじゃ再現するのに足りなかったのよ。あの途中リタイアした眼鏡のヤツがいれば、アレも入れてたんだけど」
「これであの馬鹿者の気持ちを知れと?」
「いいえ。これは私達の気持ちを識る試練てところかしら。深層に近付けば近付く程にそれは核心に近くなっていく」
「核心……お前らの気持ちを知って、許せとでも?」
「あはは。んな事しないわよ。そもそもその気持ちを知ったのはあの子じゃない」
「―――あの聖女が言っていた事がようやく分かった。そうか、そういう事か。この試練は未練の形、なのだものな……」
「そういう事よ。あの子が謝ったのには驚いたけど、まぁ……あんなサプライズがあっても良いわよね。魔王役の眷属さんはどういう答えを出すのかしら?」
「フン……やはり、聖女と我々は相慣れないようだ」
グッと剣が己を深く突き刺すのも構わず。
激痛もそのままにボタボタと血を流しながら少女は裂ける肉も骨も構わずに立ち上がって歯や脇で刃を抜いていく。
まったく、凄惨な光景だった。
血潮と肉と骨の断片に塗れながら、少女は刃を一本ずつ投げ捨てて行った。
「あいつの痛みはこんなものでは無かっただろう。お前らの気持ちを味合わせて味方を諦めさせるだと? やはり、貴様らは敵だな。例え、お前達があいつの一部であろうとも……」
「敵ねぇ……」
「いいか。覚えておけ。いつかお前らとあいつが和解する日が来ても、その時にはお前らではなく。我やあいつらがこの場に居座っているだろう。お前らへの未練など我らとの時間で塗り潰してくれる」
「うん……そう、そうね……そうでなけりゃね。そっか……あいつを本当の意味で失うのは死や喪失なんかじゃないのね……」
女はただ目の前の少女の輝きを少し眩しそうに見つめていた。
「未来を見て来た貴様がどんな世界に生きるのか知らないが、我らは決して諦めぬ。そして……芋臭い僧侶だの法術師だの喧嘩師だの剣士だの刀鍛冶だのに負ける気はない。あいつを裏切った家族にすらいつか分かるだろう」
「何がよ?」
「我らこそがあいつの家族で仲間だ!!」
「―――本物が聞いたら世界終焉の引き金になりそうだから、心の中だけにしときなさいよ。ソレ」
「フン。姉や母のように思っていた幼馴染にお前が不幸の原因だと殺され、救ってくれたはずの旅の仲間達に……あろうことか好きな女にすら後ろから刺され、傷付きながらも我が子のように育てた娘達に生きていてはならないと断じられ……そうやって全て背負って来たアイツが今更お前らを前に怯えずに夜を過ごせるか? 心の何処かでまたそうなったとしても後悔は無いと身構えずに眠っていられるか? そんなのが家族か? 仲間か? 全てを破壊する者よ」
「………」
「いつまでもあいつは仲間だと家族だと思っている事だろうさ!! だが、その心を一辺足りとも護らなかった貴様らを前に疑わずに怯えずに傍にいる事なんて出来るものか!!? 苦しくても哀しくても寂しくても笑って応えているヤツを本当に安心させてやれるものか!!? お前らの気持ちだと!? 己惚れるのもいい加減にしろ!!?」
少女は泣いていた。
痛みにではなく。
ただ、目の前の女の、女達の身勝手さが、それが例え愛する人の心の欠片の姿だとしても許せずに。
「我の本当の目的を教えてやる……此処に我が来たのはあのお人好しに教えてやる為だ……」
「何を教えるっての?」
「お前をずっと待っている家族や心配している仲間は此処にいる!! お前が今も思う七聖女とやらなど及びも付かない最高の味方は此処にいるとな!!」
聖女はそれを聞いてただ無言だった。
小雨の降り出した世界。
少女が剣を引き抜き終えた世界は丘の上。
何も無い荒涼とした世界。
未来の兵隊も戦争も嘘のように消えている。
「ああ……クソ……アタシって駄目ね……世界をこんなに壊したくなったの初めてなのに……怒れないじゃない……」
寂し気なのに嬉しそうな笑みで聖女は目の前の眩い可能性を見つめる。
「そうか……何故、お前が深層の守護者だったのか。ようやく分かった」
「ふふ、今更ね」
風が吹く。
聖女の周囲がまるでパズルのように粉々に砕けて崩れて深き青と黒と輝きが落ち込む無限のような大穴に落ちていく。
「お前はあいつの否定したい気持ちなのだな。こんな世界を、こんな時間を、こんな未来を、自分にとって哀しいことばかりだった人生を……」
「正解……」
【
全てを破壊する奇跡。
その根幹を少女はようやく識る。
「無かった事には出来ない。それがあいつが一番思いながら一番戒めた出来事。本物のお前もまたあいつに教えたのだろう。全てを否定したくても出来ないお前の本質を……故郷の孤児院を救う為に戦った聖女。戦乱で全てを失った聖女。お前の歴史は今もそのままか?」
「………(´-ω-`)」
目を伏せた女は浮かぶ光景をまるで噛み締めているかのようだった。
「本当は戦うつもりなんて無かったのよ。ちょっと未来ってのに責任を持ちなさいって言いたかっただけなんだもの……でも、まぁ……聖女として……1人の女として……あいつに関わった者の1人として……あいつを殺した仲間として……うん」
世界が煉獄に染め上がる。
巨大な蒼き炎が全てを埋めていく。
世界の何処にも逃げ場は無く。
世界の全てが蒼く蒼く蒼く―――。
「破壊者!? これがッ、世界の全てから否定されるコレがか!?」
今起こっている事象を少女は正しく理解する。
ソレは世界の恒常性によって否定され続ける能力。
世界に否と言われ続ける力。
しかし、だからこそ、その点において唯一絶対無二のモノ。
だって、そうだろう。
世界の全てから否定されて、宇宙の全てから否定されて、何もかもを無かった事にしろと言われて、それでもソレは存在し、それでもソレは……そんな否定を否定で塗り潰す世界を超越した力なのだ。
この世の全てから消却を受けて燃え上がる能力はしかし今一つたりとも欠ける事なく彼女の目の前で女の周囲を渦巻き。
纏ったソレは七対十四翼の翼にも見えた。
「
(ああ、クソ……コレは―――コレは―――あの聖女筆頭をも―――)
イフィミスラ・ハージェット・テトス・エルデナンドは初めて思う。
今まで出会って来た、見て来た聖女の誰よりもマズイものが今、顕現していると。
「七つの大罪。ユアンは強欲。ハティアは色欲。フルーは憤怒、クラルは嫉妬、ミュルトとメルフは傲慢、怠惰……そして、これがアタシの暴食」
「不の概念魔力の顕現。いや、だが、これはそんなものに納まるものでは―――」
「【
全てを蒼く燃えがらせた女がソレを纏って少女の前に降りて来る。
「ま、これにも勝てないようじゃ……此処でアンタは破壊されてた方がいいかもしれないわね……だって、本物はこんなちっぽけな影響じゃ済まないもの……」
「これでちっぽけだと……世界を消却し尽くせるように見えるのだがな……いや、だから、暴食なのか?」
「御名答。大きさは関係無いの。世界を喰らい尽すもの。でも、喰らい尽された世界を護るもの。唯一神代理中のクラルや666の限界まで強化したハティア、まだこの階梯に到達するのに時間が掛かるフルー……本気さえ出せれば、全部上回るわ。敵わないのは仲良くするのが大好きな双子ちゃんの片方や眠るのが命なもう片方くらいかしら」
「本気さえ出せれば、か……ユアン・クオは?」
「この宇宙内部なら検閲されて負けちゃうかもね。ただ、年季が違うもの。コイツはアタシ達の宇宙が生まれるずっと以前……いいえ、宇宙なんて概念が存在しない世界のソレ。時間や空間なんてものが無かった世界に厳然と有った何かなのよ」
「……外なる神」
「そうね……そういう名前もあるらしいわね。でも、あいつの世界として内包される為に引っ張って来られたモノよ……天を一つ犠牲にしてまでね」
「―――」
その天という言葉は少女も知っていた。
それが宇宙一つと同一の存在である事も。
少年がソレである事も。
「さ、話はお終い。ちょっと戦いましょ? そんな緊張しなくてもいいわよ。フルーに散々色々な殺され方したでしょ? 此処からはようやくアイツがいつも受けてるような殺され方をするってだけよ……堪えてみなさい。あいつの希望であるならば、アンタがあいつの家族で仲間で恋人で愛しい者として永遠を紡いでいきたいと願うならば、宇宙の終わり程度受け止めてやって頂戴」
その恐ろしくもどうしても真摯で悲痛で嘆願のような言葉にようやく少女の顔に脂汗と共に浮いたのはただ本当の笑み。
「当たり前だ。我はあいつの子を真っ先に産む予定の女だからな!!」
「……ま、未来は分からないままでいいわよね」
「ちょ、それは気にな―――」
「行くわよ!!」
蒼き何かを纏った女が飛翔する。
彼女と少女の間にある全てを破壊して。
時間も空間も存在しない虚無すらも破壊という概念のみで満たしながら。
それが本来はとある少年がいつか成し遂げる世界としての役割において矛であり盾たるモノである事を彼女達は知らない。
そして―――少女は何を破壊されたのかすら分からずにその五体を魂魄を微塵も残さず破壊されて消失したのだった。