破壊とは概念だという哲学者は正しい。
何を以て破壊と言うのか。
定義付けるのは人間だった。
壊れたとは今の状態ではないという事。
だが、砂を固めても状態は今の状態ではない。
水を与えても同じ。
圧し固めた砂の城が崩れても砂の城ではなくなったが、砂ではある。
「………それが対処法?」
「そうだ。私は私だ。あの大馬鹿者ならば、自分は自分だと言い張るだけだろうが、アイツほどに意志力が強いわけではないのでな」
何翼も蒼き翼を纏う女の前で朧げな少女の像が形を取り始めていた。
確かに破壊されたはずだ。
世界の中で砕けたはずだ。
だが、少女は像を取り戻す。
「お前の破壊はお前の想像力に依存する。そして、お前は破壊出来ても破壊を維持するという能力では無いだろう?」
「御名答よ。壊した後の事は何も関与しないわ。壊し方は選べるけど、アタシって昔から大雑把だったのよ。知識とか仕入れると弱くなるからフルーに現代の魔導や科学の知識見るなって止められてるし」
「何もかもが壊せる。それが最大の強みであって、小手先の破壊は要らないだろう。我でもそうする」
「でも、アタシだって工夫してんのよ? 自分の知る限りの事を組み合わせて破壊してるし」
「だが、その本質で戦うならば、そんなのは意味を為さない。違うか?」
「その通りよ。あ~あ~あっさり破られちゃったわね~~」
「嘘吐け……破壊方法を選択出来るのだろう? 長く破壊する方法で我を適当に無限破壊しておけばいいだけではないか。本物ならそうするだろう」
「アタシだって本物よ? そういうエグイのは趣味じゃないのよ」
女が会話の途中。
いつの間にか引き千切られた翼の一つが儚く消えていくのを見やる。
「……それがあんまり使えずに困ってた力の正体ね?」
「そうだ」
朧げだった少女が全裸で形を取り戻す。
その身体を歪みらしきものが覆って、黒いローブ状に包んだ。
「あいつが終ぞ一度も使わなかった魔力をアンタが使う事になるなんてね」
「あの馬鹿者がいつも使っている魔力は自然に溜めた代物だ。だが、本来の魔力がそんなもののわけがない。あいつは自らの超常の力である復元を限界無く使って戦っているが、自らの魔力を一度でも解放した事が無い。理由は使ってみてよく分かる……」
「でしょうね。だって、それが新しい
歪み。
少女の背後で闇が歪んで何かが具現する。
それは歪んだ魔術方陣のようにも見えた。
「ああ、アンタはソレをそう使うのね」
「そうだ。無限の時空間を内包する魔力とは名ばかりの奇跡の塊。因果律の終点。この膨大な
クラルが肩を竦める。
再び、1翼がもがれて虚空に融けていく。
「そうよ。あいつは私達を救う為に一度とて、ソレは使わなかった。不の概念魔力を収集する力の本質は世界への回帰・吸収だから……使ってしまえば、やがてアタシ達は属性を剥ぎ取られて砕け散る」
「貴様らにとっては毒そのものか」
「ええ、奇跡に内側から破壊され、アタシ達という殻が消えた力は自然とあいつの中に溶け込んでいくんじゃないかしら?」
女は次々に自分の翼が砕けていくのを見た。
「我はあいつが共に笑ってくれる未来を所望する。だから、お前らが幾ら嫌いだろうが……あいつの悲しむ事だけはしない。これは慈悲ではない事を教えておく」
「ふふ、魔力の流動だけで法則を駆動するのね。面白い使い方……ただ、動かすだけで法則も動くなら、使用した事にはならない。屁理屈極まりないわ。使ったって減りゃしないでしょうに」
「術式に
「アタシも星座破壊したり出来るけど、銀河よりも大きなものを動かす力で因果律を無理やり捩じ切るとか。雑巾絞ってんじゃないのよ?」
「お前達を襤褸雑巾のように搾り上げてやるまで待っているがいい。我は寛大な女だぞ?」
「制御誤ったら、この星どころか。この星系捩じ切れて吹き飛ぶじゃない。まぁ、だから、制御が難しい此処じゃ使わなかったんでしょうけど」
「どうして、此処で制御が難しいのかは今ようやく分かった」
「何故でしょうか?」
女が最後の一翼が捻じれ砕けるのを見て肩を竦める。
「自分の大切なものを自分で破壊したい者はいない。まったく、それを優しいなんて言葉で表現していいのか困るではないか。この幸せな聖女共め……」
少年が大切にしたものを壊したくないと願い続ける。
その思いを前にして眷属たる少女は自らの黒いローブを消した。
世界がゆっくりと修復を開始される。
重力、光、大地、大気、人、物、事。
全てがゆっくりと再び逆戻しの要領で復元されていく。
「あ~~負けた負けた~~さ、晩酌でもして適当にツマミでも食うかぁ」
仕事が終わったとばかりに結局傷付けられもしなかったソィラがモシャモシャとスルメの大きな足らしきものを取り出して口に咥え、酒瓶を呷る。
「………このダメ聖女め」
「はいはい。ダメですぅ~~どうせアタシはダメ聖女ですぅ~~」
「何だ? その不貞腐れた態度は? もう一度張り倒すぞ?」
「アンタらみたいにお姫様だったりしないのよ~~普通の女はね~~良いとこの血筋の連中と違って根が粗野で野卑な市井出だも~ん。アタシ~~」
「イラッとするな。ああ、一発頬を張り倒しておくべきだったか……」
虚空で本当に晩酌を始めた女が横になって酒瓶を呷る姿はもう完全に近所の大酒呑みのねーちゃんがやさぐれている様子であった。
「やっぱ、あいつお姫様好きなのかしらね? ハティアも良いとこの出だし、ユアンも実は育ちは良いのよね。クラルも教会関係者で育ちは良い方。フルーは血筋だけで言えば、文句無しなのよ。実は鍛冶神の血筋の遠縁て話だし。双子ちゃんとアタシくらいか~~いや、ワンチャンあの子達の血筋が良いかもしれない可能性もあるし。アタシだけよね~~名も知れぬ最貧の孤児院出とか」
「少なくとも今のお前より品が良い連中しか今のあいつの傍にいない事は保証しよう」
「うわ?! 嫌味?! 品が無くて悪かったわね~~あ~~あ~~アタシもアンタみたいにだいしゅき~~ってあいつにおねだりしとけば良かったかしらね~^^」
ブホッと思わず吹き出しそうになった少女が顔を一気に赤らめた。
「き、貴様……そういう事を言い出すのは卑怯だぞ!?」
「え~~? 本当の事じゃない。甘々な媚びた声でおねだりしといてそりゃないわよ。あいつだっていつも清楚で御淑やかだったり気品のあるカワイイ子があんなに積極的に求めてくれたら、そりゃ嬉しいわよね~~お姫様属性万歳じゃない^^」
「こ、このッッ、セクハラ聖女め!!? そんな事を言うお前はどうだったのだ!!?」
「アタシ? アタシはね~~秘密~~(*´ω`*)」
「こ、このぉッ?!」
プルプルする少女を前にゲラゲラ笑う聖女は一頻り笑ってから酒瓶を空にして少女を見つめる。
「ユアンはね~~やっちゃったんじゃないかしら? どうせ、あの奇跡で無かった事に出来るし。クラルは堅物だから無し。双子ちゃんも無いわね。フルーは……う~~ん、ちゅーくらいしたかしら?」
「……そういう話をしていいのか?」
思わず真顔になった少女に聖女は肩を竦める。
「別にいいのよ。大昔の話だもの」
「お前は……お前はどうだったのだ? ソィラ・ミクラ」
「忘れたわ。ハティアはちゃんと結ばれたはずだけど」
「………そうか」
少女が沈んだ様子になる。
「あの子はあんたらから見れば、酷い子なんでしょうね」
「そうだな。間違いない」
「でも、アタシ達からすれば、ずっと傍で見てたから分かるけど、あの子は……普通の人間なのよ」
「人間?」
「そう、一番人間らしいわ。聖女の中で一番普通……好きな男を振って、慰めてくれた男に逃げて、そいつの事をそれなりに愛して、ちゃんと子供も作って……自分の後悔を理想にして、誰かの為に戦って、人を虐げても自分が辛いなんて傲慢で……でも、あの子だけ前に進んでるのよ」
「……ハッキリ言うのだな」
「だって、あの子がアタシ達の希望なんだもの」
「希望?」
「あの子はアタシ達が諦めた
「………確かにお前達よりも生臭いかもしれぬ」
「ふふ。まぁ、それを許せないって貴方達は思うんでしょうけどね……でも、ね。一番あの子があいつの思う通りの人生を生きてる」
「シンアの思う通り?」
「そうして欲しかったのよ。あいつは……自分の事なんか過去にして他の男に逃げて誰かを愛して幸せを味わって、子供も作って……普通に老いて死んでいく事が出来ずとも……人生を生きて欲しかったの」
「―――ッ」
「だから、あいつにしたら、アタシ達は悪い子ちゃんなのよ。そして、希望でもあるのかしらね? そうだったらいいと思う。そして、だからこそ、逆説的にあの子はあいつにとって特別なのにもう手が届かないの……」
「……まぁ、あの馬鹿者は他人の妻が欲しいというタイプではないな」
「ここから先にどんな未来が広がってるのか。それはアタシにも解らないわ。でも、覚えておきなさい。あの子はアタシ達の中で一番生き穢いわよ」
「生き穢い?」
「あの子は過去を後悔して、否定して、肯定して、囚われて、苦しんで、悲しんで、壊れてしまいそうで……でも、やっぱり進んでるの。聖女の誰よりも生きてるの。止まった聖女と生きている人間。どっちが怖いか。貴女なら分かるわよね? イフィミスラ」
「………覚えておこう。次の階層で出会うのだろうしな」
「そういう事」
戦場が全て止まった世界がまるで全て無かったかのように塗り替わっていく。
それは一面の荒野だった。
そして、青年が1人倒れ込んでおり、人外生物と人外?少女が一緒に何やら揺さぶって『起きて下さい!! イルトさん』とか『イリューと!!』とかユサユサとしていた。
「では、そろそろお暇しようか。あの柱は何処にあ―――」
イフィミスラが再び聖女に視線を向けた時には荒野にポツンと蒼い柱が、今まで見て来たものと同じものが置かれていた。
「あ、イフィーさん!? イルトさんが目を覚まさないんです!!」
ピアリの傍までやってきた少女が青年の首筋に手を触れてから、おもむろに拳を上から振り下ろすように鳩尾へ叩き込む。
「ふぁ?!」
驚くピアリの前でビクンと身体が跳ねた。
「ゲホォアア!?! ゲホゲホオオオッッ!?」
「何だ。ちゃんと生きてるではないか」
「イ、イイイ、イルトさん!? 大丈夫ですか!?」
「ゲホ、ゴホッ!? イ、イフィー!?」
「これでさっきのは無しだ。気にするな。後、あの聖女は我がギッタンギッタンにしておいた。次の柱も出た。さっさと行くぞ。時間が経過したらしい。さっき確認したら、また数か月経っている」
「マ、マジかよ!? っていうか!? え!? 終わったの試練!?」
「あの嘘つき聖女の趣味に付き合っていただけだ。ササッと終わらせた」
「オ、オレ脳髄にされた気が……それにさっきイフィーを……」
「気にするな。生きてるし、今は身体もあるだろう? 我もピンピンしている。それが全てだ」
「オ、オウ……」
何か納得行かないなぁという顔になるイルトだったが、勢いで押し流すようにピアリがその身体に抱き着く。
「とにかくイルトさんが元気そうで何よりです!!」
「イリューと」
桃色少女と人外少女が同時に良い笑顔で親指を立てた。
「な、何かスゲー納得し辛い……オレが寝てる間に一体何が……」
「さ、出発だ。突破した試練なんぞの事を考えていると禿げるぞ?」
「は、はげ!? オレ禿げないから!? そういう頭部じゃねぇから!?」
取り敢えず荷物を纏めた全員が荒野の中にある柱に全員で手を着く。
すると瞬時に彼らの姿は消えた。
そうして、艱難辛苦を潜り抜けた者が1人。
その荒野に到達する。
「あっれ~? これでいいのかしら? というか、凄い時間掛った気がする。景色がまた違うし。あ~~酒瓶くらい持ってくるんだったわ」
聖女ソィラ・ミクラ。
ようやく最終層手前に到達した女が周囲をキョロキョロして自分の顔が映り込んだ蒼い柱を見付ける。
「お? これかしらね。つーか、数か月前にフルーがどっか行ったけど、戻って来たのかしら?」
首を傾げながらその手が柱に触れようとして、その手が同じ手で止められる。
「?」
「はーい。ごきげんよう」
「……此処って鏡有った?」
「一番自然な踏破ルートでやってくるなんてさすがアタシね」
「これが世にいうドッペルなんちゃら?」
「さて、どう思う? アタシ」
「「………殴り合って決着付ける?」」
「うわ。気持ち悪ッ?!」
「酷いわね。さすがアタシ」
「こんな自信過剰じゃないわよ。アタシは!!」
「そう言う割りにはこんな自分とそっくりなのと戦うの面倒だなぁとか思ってる癖に……」
「ぅ……的確に心を読むとかやるじゃない。アタシ」
横から見たら、双子が漫才をしているようにしか見えないだろう。
「でも、一番まともなルートを最短で来るなんて、昔の旅の経験て案外馬鹿に出来ないもんなのね」
「そりゃそうでしょ。あいつらとの想い出だもの。忘れた事なんか一度も無いわ……」
「でも、これから酷い事になるから、外に帰った方がいいわよ。イヤ、マジで」
「酷い事?」
「取り敢えず、星が無くなるかどうかの瀬戸際になるから、ササッと片付けて来れば? 別にこの星は本星が無くならなけりゃいつでも再度踏破可能だし」
「………嘘は言ってないみたいだけど、この先に行かせたくない理由は外にもありそうよね?」
「ハティアが危ないわよ」
「……はぁ、分かったわよ。帰りゃいいんでしょ? 帰りゃ」
ガシガシと本物が頭を掻いた。
「そうそう。自分の言う事は聞いておくが吉よ♪」
「随分と
「お見通しか。ま、当然よね」
「……そっちはどう?」
「それ聞いちゃう?」
「聞くわ。未来なんて信じてないもの。アタシが信じて来たのは―――」
「「この拳だけ」」
まるで鏡だった。
女は自分を前にして真面目な視線で見つめ合う。
「フルーは何してるの?」
「ああ、まだこの中にいるわよ。色々とやってるわ。まぁ、随分と御怒りだけどね……」
「そっちは任せたわよ」
「あいあい。そっちも任せたわよ?」
「本当かどうか確かめて来るだけよ」
「それで充分……」
こうして荒野のもう扉一枚用意された。
それに歩き出す本物を守護者が見送る。
「一つだけ教えて」
「何よ?」
「アタシはまだ未来で戦えてる?」
「自分で体験しなさいな。それでこそ闘師ソィラ・ミクラでしょ?」
「そんな称号忘れたわよ。闘技場だってそれほど地方に在ったわけじゃないし」
「……孤児院ね」
「―――」
「今も廃墟のままよ……」
「………」
「聖女の裏切り者。願いを叶えなかった聖女。それがアタシ……」
「………」
「あの子の不幸もあの子の苦しみも全て破壊出来たのにしなかった……あいつが本当の魔王になるまでに幾らでもその機会はあったのにね……」
「………」
「ふふ、馬鹿よね……孤児院を救う為にあいつを裏切ったのに……あいつらと出会えない今を望まなかった……」
「………」
「ねぇ。アタシ……アンタは誰の為に戦いたかったの? 誰の為に戦って来たの? 誰の為に……アタシは……」
その言葉に本物は何も言わず扉を潜っていった。
後には荒野だけが残る。
扉も蒼い柱も存在しない。
ただ、荒野だけがある。
その最も奥。
山間の孤児院の廃墟だけがポツンと物哀しく。
夢の残差を残していた。
遠い遠い日。
貧しさを変えようとした少女が護れず。
過去を変えられる少女が変える事を諦め。
世界を変えたはずの少女が変えられなかった過去。
それは今もただそこにある。
未来永劫。
ただ、そこで何度でも少女の決意の為に廃墟のまま佇む。
破壊者。
変えようとして変えられなかった少女の奇跡は今そう呼ばれている。