※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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第二章三節★

第二章三節「武帝」

 

―――武帝辺境域。

 

 乂羅とイグニシア・クルシスに挟まれるように存在する武帝は南東部一帯を旧くから取り仕切る豪族達と部族達の国である。

 

 その歴史は乂羅よりも古く二千年以上国として存続してきた。

 

 大森林と呼ばれる【宇宙樹(ユグドラシル)】を中心とした一帯を領内に治め、極めて原始的な生活を送る部族が多数存在する武帝の戦力は低い。

 

 文明や装備や戦術が殆ど発展しなかったせいで、本来なら上下の国々に押し潰されていてもおかしくない程だ。

 

 そんな国が今も存在している理由。

 

 一重にそれは国土の殆どを占める厳しい環境にある。

 

 険しい山岳地帯。

 深過ぎる大森林。

 荒涼とした荒野。

 

 彼ら武帝が戦う場所は基本的に通常戦力の稼働率を極端に下げる。

 

 山岳地帯は冬ともなれば、暴風雨と吹雪きに見舞われ、春や夏ですら雪崩や土砂災害に事欠かない。

 

 大森林から湧き出る獣達は強大で無限の戦力でも無い限り、大規模な軍隊を逗留させて置ける場所ではなく、切り払おうと焼き払おうと宇宙樹の影響ですぐに樹木は再生する。

 

 荒野に生息する凶悪な生物達は時に沼の中から、地中の中から得物を狙い、立ち込める霧に便乗しては人間を静かにだが確実に餌食としていく。

 

 武帝の地域に特化された戦力はそういった環境を活用する事で未だ侵略者達を追い返している。

 

 彼らにとって礼儀知らずの軍隊はただ環境に食い潰される不毛の輩であり、弱ったところを攻撃するだけでいい楽な獲物と言えた。

 

「とぉ…た!!!」

 

 そんな武帝の最辺境域。

 

 深い森の中で狩りの成功を告げる声が上がった。

 

「一緒に食事にしましょう。イーステル」

 

 金髪の優男が全身を外套で包んだ少女の頭を撫でた。

 

「く…ぅ♪」

 

 少女の手には魚が四匹。

 

 ピチピチと跳ねている。

 

「火の準備は?」

 

「出来ました」

 

 優男に応えた蒼い瞳の少女が石を寄せ焚き火を起こしながら頷く。

 

「……」

 

 旅を続けていたマロウとサヤトネは乂羅を抜けて武帝まで辿り着いていた。

 

 途中、魔に犯された少女を拾ったのはもう遠い彼方。

 

 そう思える程に外套に身を包んだ少女は溌剌(はつらつ)としていた。

 

 未だに頭部の小さな角と大きな獣の耳はそのまま。

 

 人目を避けるように旅してきたからこそ。

 

 大陸でも辺境扱いされるような武帝に辿り着いたと言っていい。

 

 しかし、それをマロウは気にしていなかった。

 

 そもそもが記憶の無い身だ。

 

 少女を助けた責任を全うすることが生きていく指針の無かったマロウには今全てと言えた。

 

 名すら失っていた少女がイーステルと名付けられて一週間。

 

 名付け親であるマロウにゴロゴロと猫みたいに擦り寄る少女は褒めて褒めてとマロウにせがんだ。

 

「マロウ。アレをどうする気ですか?」

 

 今日も今日とて冷ややかなサヤトネがマロウに半眼の視線を向ける。

 

「いえ、どうするとか。そういう事は…」

 

「……」

 

 じ~~~っとマロウは己に突き刺さる視線に汗を浮かべた。

 

「大した事をしたつもりはないでしょうが、貴方が助け、貴方へ付いてきた。つまり、貴方の問題です」

 

「ぅ……それは……」

 

 マロウが傍らのイーステルの頭を撫でながら言い返せずに押し黙る。

 

「……」

 

 無言でマロウを見つめているのは幼い少女だった。

 

 その姿態から未だ歳は二桁に見えない。

 

 褐色の肌は武帝でも珍しくないもの。

 

 小さな体躯に垢(あか)のペイントが薄く乗せられている。

 

 その形は独特で現地の部族には多い身分証明。

 

 少女の部族が何処かを示す意匠だったが、マロウにもサヤトネにもそれは分からなかった。

 

 衣服の一つも身に付けず。

 

 腰に細い紐を回して、割れ目の上に薄い布が一枚切り。

 

 そんな全裸と代わらない少女と三人の出会いは数時間前に遡る。

 

 領土の殆どに道なんて無い武帝を横断し、海岸線に出て進もうというサヤトネの提案で旅をしていた一行は大森林に程近い一帯を通る事となっていた。

 

 マロウにしてもイーステルにしても殆ど記憶らしい記憶が無い。

 

 故に何処に行くかと問われれば唯一モノを知っているサヤトネ頼みになるのは致し方ない事だったので、誰も異論は唱えなかった。

 

 【羅針盤(コンパス)】も無く道無き道を往くサヤトネに付いていく事はマロウは元来からの肉体能力で苦も無く。

 

 イーステルも魔に侵された影響による肉体強化があったので問題無かった。

 

 深い森を歩くにしてもコツさえ掴めば大した障害にはならなくて。

 

 全ては順調。

 

 時折まるで定期便のように襲ってくる獣の類を切って捨てるか脅かすかしながら進む以外に真新しい事の無い旅程は半分程消費され、後十日も歩けば森林を抜ける、というところで事件は起こった。

 

 マロウがふと気配を感じて空を見上げた時、巨大な影が三人を横切った。

 

 三十秒程も掛かったかもしれない。

 

 最初その音も無く飛ぶソレをサヤトネは七教会の艦船かと警戒し、マロウは星でも落ちてきたのかと驚き、イーステルは?と首を傾げた。

 

 しかし、影が遠ざかるに連れてマロウはそれが巨大な竜だと明確に理解した。

 

 火竜が大陸では凡そ竜の普遍的な姿として認識されているが、竜の種類はかなり多種多様である。

 

 その殆どが秘境や大森林や大海の果てに住まう為、人類が殆ど出会っていないだけに過ぎない。

 

『あれは……人?』

 

 巨大な竜の手の中に握り締められた樹で編まれたらしき籠。

 

 大木で編まれながら今にも壊れそうになっている檻の奥に人の息遣いを感じて、思わずマロウの身体は動いていた。

 

 どうして竜がそんなものを持っているのかマロウは一切知らなかったが、そのままにしておいてはやがて中の人間が死ぬだろう事は直感的に感じ取った。

 

 故に走ったマロウの一刀は虚空を裂いて、檻を破壊した。

 

 斬撃の浸透技術。

 

 それは大陸のどの流派にもある。

 

 剣という媒体そのもので相手を斬る際、振動を相手の構成物質に伝達し、深くまで破壊する。

 

 多くの流派では浸透斬撃と言われる秘儀だ。

 

 しかし、更にこの技術には皆伝には無い秘奥が存在する。

 

 剣に乗せる振動を別の媒質で伝達するという技術だ。

 

 大陸でも有数の流派には空気や魔力によっての振動伝達技法が存在する。

 

 だが、マロウはそれを更に推し進めたものを無意識の内に行使した。

 

 第一撃目は魔力を乗せた強力な斬撃。

 

 それも破壊ではなく魔力の変質を伴う攻撃。

 

 これによって大木の檻のみを切断し、内部の人間を檻から解放する。

 

 一撃目を放った軌跡は通常では在り得ない黒い空間を曝した。

 

 檻の中から人間が放り出されて安全な事を確認したマロウの二撃目は空気の分厚い壁や各種の光の波や無数の紫外線、原子の一欠けらすら無い“虚無”と言い換えてもいい黒い真空を通過する。

 

 真空とは媒質を持たない空間。

 

 それは同時に媒質の抵抗が無い領域。

 

 多くの刃持つ者が新たな媒質による斬撃の移動に目を移す中、逆に何も無い空間に威力を伝達させる事を主眼としたマロウの技術は異質なものだった。

 

 一撃目の斬撃は二撃目を生む環境整備にしか過ぎない。

 

 本命の二撃目はあらゆる抵抗を受けず、魔力の放射や拡散を最小限に留めたまま、純粋熱量と運動量を獲得しつつ、ほぼ減衰無しで空を覆い尽す巨体に直撃した。

 

 ギオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!

 

 白炎の刃。

 

 訓練すれば誰にでも出来る魔力による斬撃の魔術化。

 

 魔力刃の技。

 

 だが、込められた魔力の量と減衰無しの直接攻撃、飽和魔力の積層化技術と対象と接触部分に込められた分子間の共振魔術が、本来並の攻撃では傷一つ付かないはずの竜の腕を切り落としていた。

 

 接触部分の分子結合の弱体化。

 

 積層魔力による白炎の長時間の具現。

 

 大陸で刃を扱う者にとってはお手本のような一撃。

 

 竜の魔力を媒質する鱗や肌、筋肉、皮下の脂肪、血管、骨に至るまで熱と衝撃で断ち切っていた。

 

 これが約四秒の間の出来事。

 

 マロウは高空から落ちてくる人間を強化した身体能力を限界まで駆使した跳躍で高度数10m付近で受け止め、トドメとばかりに片腕の剣を投擲した。

 

 普通ならば痛くも痒くもないだろう腹へ受けた小さな剣。

 

 竜はそれに苦悶しつつ逃げ去る事しか出来なかった。

 

 魔力の積層化を自力で果たし、浮遊や火炎等の基礎的な能力を発動している一部高位の竜には生体構造上魔力を溜め込む場所が存在する。

 

 巨大な体躯を浮遊させるならば、その場所は複数。

 

 その中でも最大の場所をマロウは貫いたのだ。

 

 剣先に込められたのは先程とは逆の魔力を暴発させる魔術。

 

 魔術を使う者達ならば、相手を弱体化させるのに使うポピュラーな一撃。

 

 だが、いきなり腕を落とされ動揺した竜の魔力溜まりは一瞬制御を失っていた。

 

 そこに積層魔力の全てを暴発させかねない攻撃を喰らった。

 

 もしも、竜がそのまま怒りに任せて戦闘に突入しようとすれば、内部からの自壊で巨大な爆弾と化していたはずで、それを見越していたマロウの力量は全てにおいて超常の獣の頂点である竜種に勝っていた。

 

『大丈夫ですか?』

 

 十秒にも満たない時間で高位の竜を追い払った技量。

 

 完全武装ならば大陸の十分の一を焦土に出来る男は記憶を失って尚、確かに英雄だった。

 

「――――――」

 

 呆然として。

 

 ポカンと自分を見上げてくる全裸の少女にマロウはその時、笑い掛けた。

 

 本当に何も考えず、ただ、少女を安心させる為に。

 

 それからの事を語る必要は無いだろう。

 

 手当てをしたマロウを少女は見つめて、付いてきた。

 

 マロウ達が話しかけても無言である事から言葉が通じないと分かったのは助けてから数分後。

 

 村は何処か。

 

 送っていくというマロウのジェスチャーも虚しく。

 

 取り合えず三人は少女を連れ立って森を東に東に歩いていた。

 

 巨大な森林の中、少女の部族を見つける事は難しい。

 

 武帝内部における豪族と呼ばれる一部の特権階級以外に数千とも呼ばれる大小の部族は武帝全土へ散らばっている。

 

 その中でも大森林に近い処で暮らす者達は多い。

 

 宇宙樹の恩恵を受ける為である。

 

 豊かな森は食料に事欠く事も無い楽園。

 

 一千以上の部族が住んでいる。

 

 広大な森林地帯を当ても無く彷徨うと言うのは言わば砂漠で砂金を見つける行為に等しい。

 

 更に厄介なのは部族間の交流が少ないという点だった。

 

 頂点に君臨する豪族達以外に部族達の実態を把握している者は居らず。

 

 交流があるとしても付近の部族の幾つかくらいと言われている。

 

 広大で肥沃な森は人々が争う程に物資が少ないわけではない。

 

 故に何百年も其処に定住する者が殆どで戦にならなければ、他の部族との接触は決して多くない。

 

 最終的に得られる結論はたった一つ。

 

 少女の家を探し当てる前に森林地帯を抜ければ、もう二度と少女は森に戻れないという事だけだった。

 

 それにしても置いていくという選択肢を選べない善人丸出しなマロウ・ブレステンドは連れて行く以外の答えを持ち合わせない。

 

 そう、そこまで考えながら。

 

 サヤトネは内心で良い機会に恵まれたと思っていた。

 

(生贄の習慣がまだ残っているとは聞いていましたが……)

 

 枯れ枝を削った串に魚を刺して焚き火の周りに配置しながら。

 

 彼女はマロウを見つめる少女を観察する。

 

「イーステル。行儀が悪いのは頂けません。ゆっくりと待つ事もまた淑女の嗜―――ペロペロしない!!!?」

 

 舌でマロウの頬を舐め出したイーステルをマロウが何とか躾けようと躍起になっていた。

 

 二人の様子をじ~~~っと見ている少女は瞬きもしない。

 

 言葉にするなら、見入っていると言うべきか。

 

(使えますか?)

 

 マロウの記憶の復元状況を定期的に処理しながら進んでいるサヤトネにしてみれば、最終的にはマロウが己の自己責任の結果として魔王の討伐を諦める事となれば、それでいい。

 

 その解を導き出す最も確実な方法はマロウの身辺が七教会や妻である聖女に相応しくなくなればいいというもの。

 

 既にイーステルとの交合(まぐわい)を果たし、本人は自覚もないだろうが受胎させているマロウを更なる雁字搦めとする為、サヤトネはその少女が使えるかどうか確認する術を考える。

 

(確かめる術は……)

 

 七教会とて風聞を完全に制御出来るわけではない。

 

 聖女による強固な結束は多少の醜聞くらいではビクともしないだろう。

 

 しかし、聖女の夫が不倫し、あまつさえ魔に侵食された女に子を孕ませたとなれば、処理は難しい。

 

 マロウの魔王討伐への復帰を可能な限り遅らせるか不可能とすれば、サヤトネはもうマロウにかかずらう事なく主である少年へと合流する事が出来る。

 

「マロウ」

 

「何ですか?」

 

「その子に付いて力を使ってみたいのですが」

 

「それはつまり」

 

「はい。上手くすれば、その子の身元を特定する事が出来るかもしれません」

 

「いえ、ですが、記憶が……」

 

「心配なく。この力の副作用が出る程は使いません」

 

「それでもやはりもう少し待っているべきでは?」

 

 サヤトネの特殊な能力。

 

 それによって救われ、同時に記憶を失ったと説明されているマロウにしてみれば、サヤトネの提案は呑み難いものだった。

 

「貴方がどう思っているか分かりませんが、確実に言える事はその子に自力で自分の家に帰る方法が無い以上、我々が見つけない限り、家には帰せないという事です」

 

「……」

 

 マロウが樹に背中を預けている少女を見つめる。

 

 全裸に等しい姿を見つめるのは気が引けていた。

 

 だから、初めて青年は少女をマジマジと見たかもしれない。

 

「?」

 

 マロウの視線に少女が真っ直ぐ見つめ返す。

 

(この子の瞳……どうしてだろう。何処かで覚えがある気がする……)

 

 何処で見たのかは思い出せない。

 

 誰だったのかも思い出せない。

 

 しかし、一つだけ。

 

 たった一つだけ、マロウにも分かる事があった。

 

(これは悲しみ。そうだ……たぶん……)

 

「君は……」

 

 そう問いかけようと青年が立ち上がった時だった。

 

 ヒュンと少女の胸に鏃(やじり)が突き立った。

 

「ッッッ!!!?」

 

 マロウが即座に少女を庇う位置へと跳躍する。

 

 その間にも続けて七矢。

 

「サヤトネッッ!!!!」

 

 背後を庇いつつ、歯噛みしたマロウが己の不甲斐なさに心を押し殺す。

 

「分かってます。イーステルもこちらに」

 

 もう刀を引き抜き終えていたサヤトネは予備の剣をマロウの背中から投擲した。

 

 脇を抜けていく刃の塚を掴み様に振り抜けば、矢の全てが切断される。

 

 背後からの一矢がマロウの背中を狙った。

 

 囮と同時に時間差で放たれた狩人の矢は狙い違わず心臓を―――。

 

 パキンと複数の矢が全て弾けた。

 

 まるで刃に斬り捨てられたような切り口。

 

 しかし、青年は決して刃を振るっていない。

 

「誰だ」

 

 剣を握ったまま、青年は深い怒りを讃えて尋ねる。

 

 襲撃者達がその誰何(すいか)に逃げ出した。

 

 圧倒的な力量差を声に感じ取った故に。

 

 だが、それを青年が許すはずも無く。

 

「“呼応せよ”」

 

 着地際に剣を思い切り振り被り、剣を大地へ叩き込んだ。

 

 シンと一瞬生命に溢れたはずの森林が静まり返る。

 

 変化は突然。

 

 逃げようとしていた襲撃者達を爆砕した数mはある土塊が真下から直撃した。

 

 樹木が岩がまるで散弾の如く襲撃者達を襲う。

 

 ドゴンドゴンと上空で対象を打ち据えた岩塊や樹木が周辺に着弾していく。

 

 それに巻き込まれて大地を未だ走っていた逃走者達も戦闘不能に追い込まれていった。

 

 十数秒もするとパラパラと青年の上に土の雨が降る。

 

「頼みます」

 

 マロウが生きているだろう襲撃者を拾いに歩き出した。

 

 背後は決して振り返らずに。

 

「この程度ならば治せます。貴方は貴方に出来る事を。マロウ」

 

 答えは返らない。

 

 その背中を見つめながら。

 

 サヤトネは胸を貫かれた少女の治療へと入った。

 

 *

 

 しんでいく。

 

 いのちがきえていく。

 

 こわれていく。

 

―――あなたはだれ?

 

 あがめるものをたおすひと。

 

 ちいさなせなか。

 

―――ないてるの?

 

 ちちのようにつよくて。

 

 ははのようにやさしくて。

 

 なぜか。

 

 じぶんをみてかなしいかおをした。

 

―――あんなにつよいのに?

 

 むらのだれよりもつよかった。

 

 アイレンのゆうしゃよりも。

 

 ロコのだれよりも。

 

―――たすけてくれたあなた。

 

 おれいをいえていない。

 

 おばあちゃんにいわれていたのに。

 

 たすけてくれたら、ありがとうというのに。

 

―――かなしいかおをしないで。

 

 なにもかもちがっていった。

 

 ロコはちがっていった。

 

 もうやさしいかおも、かなしいかおも、ない。

 

 あとはもうあがめるものにたべられるはずだったのに。

 

 たすけてくれたあなたが。

 

 かなしいかおをしてはいやだ。

 

―――あなたのなまえがききたい。

 

 こえはでなくて。

 

 ああ、これからきえるから、きけないと。

 

 かなしくて。

 

 こわくて。

 

 くるしくて。

 

 だけど、もうしわけなくて。

 

「……」

 

 あるいていくあなたのせなかにこえを、かけようとして。

 

『●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●マロウ』

 

 まろう。

 

 ききとれなかったこえが。

 

 ほんとうにすこしわかる。

 

 あるいていくせなか。

 

 あなたは。

 

 “まろう”

 

 さいごにわかってよかった。

 

 そう、おもう。

 

 きえていくけれど、わかったから、いい。

 

 あなたは“まろう”。

 

 そう“アイレンの泉に住まうロコに連なる家の七番目の子”を、さいごにたすけたひと。

 

 ちちもははもおばあちゃんもちがってしまって。

 

 となりのおじさんもおばさんもちいさなこもちがってしまって。

 

 なにもかもあきらめたのに。

 

 やさしくしてくれたひと。

 

 ああ、とおもう。

 

 あなたがちがってしまわなければいいと。

 

 ねむなりながら、おもう。

 

 さようなら。

 

 「………まろう」

 

 *

 

 何もかもを見届けていた1242番は配下とした部族の男達が無様に死に体で転げていくのを深く静かに身を潜めながら見守っていた。

 

『これはあの子と同じ紋様? 同じ部族があの子を……』

 

 一人ずつ声を掛け質問し、答えられないと見るや別の者をという具合に回っていく背中は無防備。

 

『おい。何故、あの子を殺そうとした?』

 

『…ぁ…いだ…い…なる……』

 

『言葉が分かるのか!? どうして自分の部族の者を襲った!! 何故、あんな檻に入れて竜の餌食にした!!!』

 

『あー…ふる…おそ…れよ……』

 

『何? 畏れる? あーふる?』

 

『あがめし…もの…てき…ほろ…ぼして…くだ…さい』

 

 それ以上は情報を与えられないと判断し、1242番は頭部に仕込んでいた術式を全て一斉に起動する。

 

『どういう事だ!! 滅ぼすとは!!?』

 

『ろこ…の…こにぁ、ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぐぶ――――――』

 

『なッ?!!!!』

 

 隙だらけだった。

 

 爆砕した頭部の破片に気を取られている。

 

 新しい駒は強いが人間としての不完全さを露呈している。

 

 そう判断し、1242番は誰にも気付かれないはずの肉体でマロウの頭部へと突撃を掛けた。

 

 伸びた腕。

 

 触れれば勝ち。

 

 そう、どいつもこいつも気付かれもせずにやった。

 

 同じように誰もが新しい駒となる。

 

 涎を垂らさんばかりに1242番は次なる獲物で行える外道なる行為の数々に舌なめずりして。

 

「お前か」

「?!!!!」

 

 透明な肉体(ソレ)が、ドスリと、音を立てて、鈍い刃の色に貫かれる。

 

「お前が、やったのか」

 

「?!!!!!!!」

 

 理解不能。

 

 1242番。

 

 それだけの記号としてしか主に扱われない存在が、初めて、恐怖した。

 

「どうなんだ」

 

 幽鬼のような顔だった。

 

 今まで人間の顔をしていたはずの青年とは何だったのか。

 

 人間のはずで、人間以外では無いはずで。

 

 でも、人間の顔とは思えないくらいに瞳は空ろで。

 

 1242番はまるで主のようだと、そう感じた。

 

「そうか。応えないか」

 

 グチャリと剣が地面に身体を叩き付ける。

 

「?!!!!!!!!!!!」

 

「こんな怒りを感じるのはいつぶりか……思い出せない。だが、一つだけ、確かに覚えている」

 

 再び剣が上げられ、地面に叩き付けられる。

 

「私は…“悪”を許さない。絶対だ……絶対にだッ!!!!」

 

「?!!!!」

 

 1242番は己を貫く刃が振動し始めるのに気付く。

 

 いや、振動なのか。

 

 あるいは波動なのか。

 

 魔力ではない。

 

 何かしらの波が対象だけを振るわせる。

 

 解けていく。

 融けていく。

 

 トケテイク。

 

 どろどろに。

 

 ぐちゃぐちゃに。

 

「啼け【響鈴虞口(イウプタ・イウベニス)】」

 

 ただの剣。

 

 純然たる鈍い鉄剣。

 

 なのに貫かれている1242番は分子の結合を断たれ、血の一滴、螺旋(DNA)の一つに至るまで断たれ、消えていく。

 

 青年は剣を握っているだけ。

 

 しかし、イーステルを獣から助けた時のように、矢を何もせず斬り捨てた時のように、見えない化け物1242番は斬られていく。

 

 刃と身体はもう接触していない。

 

 ドロドロに解けた身体の一欠けらすらその刃にはこびり付いていない。

 

 刃を中心に丸く孔が開いていた。

 

 最後まで1242番は気付かなっただろう。

 

 刃に触れた瞬間から全身が解けていたから。

 

 己を貫いた刃から発される音がまるで歌声のように響いていた事に。

 

「失せろ」

 

 冷たい声音がそう呟いた。

 

 たぶん、妻であるハティアすら知らない声。

 

 常の優しさと騎士として己を律していた青年が何十年も出していないはずの声。

 

「“オレはまた何も守れなかったのか”……」

 

 昔、遥か過去。

 

 まだ、ハティアと出会う前。

 

 荒々しい若者であった頃。

 

 教会で騎士を目指した者の声が響いた。

 

 そして、それにすら気付かないまま、マロウは少女達の下へと帰っていく。

 

 もう、その頭の中は矢に射抜かれた少女の事で一杯になっていた。

 

 *

 

 いいですぞ。

 いいですぞ。

 

 ああ、最高です。

 貴女は最高です。

 

 ああ、本当に。

 

 まったくもって。

 

 聖女よ。

 

 私の聖女よ。

 

『ふふ、子供達に比べれば、聊か物足りませんが、それもしょうがない事。御神の加護無き貴方では』

 

 その通りです。

 

 本当にその通りです。

 

 ああ、卑しい私をどうか慰めてください。

 

 この惨めな身をどうか、どうか!!!!

 

『それでは一つ頼みを聞いてくださいませんか?』

 

 勿論ですとも。

 

 ええ、勿論ですとも。

 

 敬愛するべき、尊び愛すべき貴女の為ならば。

 

 幾千の山を越え、幾万の川を越えて、私は貴女の為に果ても無く彷徨う奴隷となりましょう。

 

『そうですか? 本当に殿下は信心深いですね。きっと、御神も喜ぶに違いありません』

 

 ありがとう。

 

 ああ、ありがとう。

 

 私の愛しき人。

 私の敬いし人。

 

 さぁ、何なりと私に命じてください。

 

『また、部族の方に連絡を取っていただきたいんです。【幽国の士】には同志が足りなくて…もっと一杯使える方が欲しいのです。どうですか? すみません。豪族である貴方にこんな事…』

 

 構いません。

 

 構いませんとも!!!

 

 何人でも!!!

 何人でも!!!!

 

 ご紹介しましょう!!!!

 

 私の愛しい人よ。

 

『ああ、殿下!!! 貴方のご協力に感謝致します。土御門の長にご紹介されてから、ずっとずっと不安だったのです。このような身で殿下に愛されていいのかと……』

 

 構いません!!!

 

 まったく構いません!!!!

 

 全ては貴女の信じる御神の為に!!!

 

 我が愛の為に!!!

 

『ふふ、では、また馬車に荷を積まなければなりませんね…』

 

 何と慈悲深い方だ!!

 

 貴女の“贈り物”が部族の間に届いてからというもの“一切の諍(いさか)い”が起きていない。

 

 きっと、貴女の心に触れて誰もが感動したのでしょうね。

 

『これは御神の愛なのです。いえ、御子様が実際には代行しておられますが。大丈夫。私の子供達がきっと武帝を新しい国に生まれ変わらせてくださいます』

 

 おお、素晴らしい。

 

 素晴らしい!!!!

 

 我が武帝はこれで安泰です!!!

 

 貴女がいれば何も怖いものなんてないのですから!!!

 

『はい。はい。殿下…その短小なものでさえなければ、濡れてしまいますわ。ふふ……』

 

 ありがとう。

 

 ありがとう!!!

 

 我が愛しい人よ。

 

 貴女に報いられるよう誠心誠意私は仕えましょう。

 

『全ては御神の為に。御子様の為に。1000番を超えた辺りからゆっくりと政情も安定しますから、何も心配は要りません。女は健康な子を産ませる場合には全て牧場に送っています。男のように全て“抜いてしまう”事もないのです。きっと、立派な牝として国家礎の為に働いて、いえ……悦んでくれていますわ。ああ、そうそう。それから男はただの精子袋ですから、不健康な者や要らないモノは全て末端の兵士にしています。大丈夫。“抜いてしまえば”全てはただの人形です。殿下。ああ、愛しい人形殿下!!!』

 

 ああ、素晴らしい。

 

 素晴らしい!!!

 

 スバラシイィ言い言い言い言いいい意!!!!!!!!

 

『あらあら、こんなに汚らわしい精をほんのちょっぴりお出しになって…子供達を見習わせたいものです。やっぱり全部“抜いてしまえば”良かったかもしれませんね。こんなに涙をお流しになって…大丈夫ですよ? 貴方の大切な妹や姉達は子供達の子をああやって孕んでいますから。何も心配いりませんわ』

 

 いやぁ。

 

 おまんこしないでぇ。

 

 いやだよぉ。

 

 ぐちゃぐちゃしないれぇ。

 

 びゅーびゅーしちゃらめぇぇぇ。

 

 いきゅぅうううううう。

 

 おみゃんこぉおおおおおおおお。

 

 あか゛ち゛ゃんできるぅぅのぉおおおおおおお。

 

 あはははははははははは。

 

 おいひぃよぉ。

 

 しろくてぷりぷりすきぃぃぃ。

 

 じゅぼじゅぼしれぇえええええ。

 

 やぁ、すきぃ、やぁ、すきぃ。

 

 こじゅくり゛ぃいいいいいいい。

 

 ん゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛。

 

 いっきぅううううううううううううううううううううう。

 

 わらひのひきゅうれあかちゃんちゅくってぇぇ。

 

 おねぇしゃまみたいにしれぇえええええ。

 

 でて゛るりゅううううう。

 

 お゛う゛んんんんんんんんんんんんんん。

 

 わんわんみらいにしれぇ。

 

 さいこうれしゅぅうううううう。

 

『ほら? 聞こえるでしょう。殿下。母も姉も妹もみんな全員御神の為に私の子供達の子を一生懸命孕んでいますわ。牧場は仕えない塵(ごみ)から精子を絞って女達を餌付け種付けしつつ牝にしていますから、ここより悲鳴が幾らか多いかもしれませんが、基本的には女としての幸せを享受しています』

 

 貴方な女神だ!!!!

 本当に女神だ!!!!

 愛しています!!!!

 愛しています!!!!

 

 殺したい程に!!!!!!!!!!

 

『うふふ、人形殿下。本当に殿下は我慢強いのですね。こんなになっても反抗出来るなんて、ちょっと見直してしまいそうになりますわ。殿下にも少しは良い目を見せて差し上げなければいけませんわね』

 

 おにぃさまぁ♡

 

『貴方が大好きな一番末の妹さんですよ。もう子供達の子を孕んでいますけど、ほら……まだおまんこは小さいでしょう? 穴もとっても柔らかくて気持ちいいと子供達が言っていました。具合が良いから全員で回したそうですわ。一日掛けて子宮と胃と腸に精を詰め込めるだけ詰め込んだら、素直になって可愛かったと』

 

 愛しい愛しい私の妹よ。

 

 ああ、私の妹よ。

 

 妹よ妹よ妹よ妹よ妹よ妹よ妹よ妹よ。

 

『まぁ、殿下!! こんなに大きくなさって。そんなに可愛い妹さんを孕ませたかったのですか? いいですよ。御神は全てを許します。その思い、存分にお果たしになってくださいませ♪』

 

 おにぃさまぁ♡

 

 しとさまのあかちゃんはらみましたぁ♡

 

 おにぃさまのあかちゃんもつくりとぉございます♡

 

 どうかぁ♡

 

 まだにんげんのおちんちんしらないちいさなあなつかってくださいぃぃ

 

 ずぼずぼしてぇ♡

 

 ぐちゅぐちゅしてぇ♡

 びゅーびゅーしてぇ♡

 

 おにぃさまのあかちゃんたねつけではらませてぇ♡

 

 いっぱいおまんこひろげりゅかりゃぁ♡

 

『あらあら。可愛いおねだりですわ。さぁ、殿下。私はこれで失礼します。そろそろ公務の時間ですので。あ、帰ってくるまでは妹さんと仲良く“種付けごっこ”に勤しんでくださって結構ですよ。では…』

 

 穏やかな笑みを浮かべる女が一人。

 

 豪族の一家。

 

 その宮殿より出て行く。

 

 大広間に続く扉の内部。

 

 異形の者達に牝達が犯されていた。

 

 もはやただ快楽を貪るだけの存在と成り果てた女達、少女達。

 

 口は常に精を求めてだらしなく開きっぱなしで舌をだらんと垂らしていて。

 

 目は空ろで、頬は薔薇色で、胎を精と異形達の子で膨れさせ。

 

 喉からおねだりと喘ぎと獣の声だけをひり出し。

 

 自ら白濁を垂れ流し続ける秘裂を広げ。

 

 代わる代わる勢力の尽きない異形の剛直を受け入れ続けている。

 

 約、国の五分の一を手に入れて。

 

 全ては順調。

 

『ああ、御神よ。ようやく始められるのですね。全ては御心のままに。人々に安寧と幸せを届ける為に』

 

 輝くような笑顔で唾液を垂らしながら、シスター姿の女は新たな協力者(ぎせいしゃ)を求めて、闇に姿を消した。

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