「シンア。付きましたよ?」
「ん……此処は……」
少年はいつの間にか寝ていたのだろうかと周囲を見回した。
藁の積まれた大きな荷馬車の上で仲間達に囲まれていた。
大陸中央諸国盟主アルヴィッツ。
世界の文化と政治の中心。
そう呼ばれる場所がある。
郊外には長閑な田園風景が地平の果てまでも続く盆地。
市街地は荘厳なる教会建築が丸ごと都市を蔽う世界最高の宗教都市。
嘗て、落日には首都以外を各地の封建領主達によって分けられ、中興の祖となる銀の女王によって戦乱の最中に再興された国。
他国の首都に比べれば、左程の大きさではない。
しかし、その細部に至るまで効率化され、商業の中心地を王城に直結する通りは6つまでも栄え、中央の大聖堂を要する王城は遠目からも見る者の心を奪うに値する白亜の城塞だ。
幾つものの尖塔が並び。
薄っすらと煙を吐き出している様子は何処か郷愁を思わせる。
市街地への入り口は幾つもある城壁のの切れ目にあり、都市が見える小高い丘陵の背後には森が広がっている。
「ありがとうございました」
金髪の少女が荷馬車の老人に頭を下げて、その鎮魂の巡礼者への礼に老人は恐縮した様子で僅かな日干しの魚を幾つか。
仲間と共にとどうぞと教会式の一礼をしてから消えて行った。
「此処ですよ。此処がアルヴィッツです」
小高い丘の上。
樹木の切れ間から遠目に見える都市は大きく。
誰もが初めて来る場所だとその都市の美しさに僅か目を奪われた。
「此処にコイツの手掛かりが?」
「有るかもしれませんし、無いかもしれません」
親友たる剣豪の少女に巡礼の少女はそう告げる。
「じゃ、肴でも買って来ますかね」
「もう、あんまり若い内から飲んでると早死にしちゃいますよ? 少々にして下さいね?」
「分かってるわよぉ~~ふふ」
短い銀髪の旅装の女が身のこなしも様になった様子で全員に振り返り、ニヤリとした……絶対、大量の酒とツマミに彼女の路銀は消えるだろうと誰もが確信する。
「ちょっと、発明の材料買い出しに行かないとねぇ」
「嵩張らないようにして下さいね?」
「わ、分かってるよぅ……(嵩張らないけど重いだけだし)」
「何か言いました?」
「い、言ってないよぅ? 気のせいじゃない?」
眼鏡を掛けた旅装というには頑丈そうな革製の軽装。
鍛冶師と言うべきだろう。
腰にハンマーや幾つかの鍛冶大工道具の詰まったベルトを下げた少女が外套姿で誤魔化し笑いで視線を逸らす。
「だが、もしもの事もある。奴隷の事を聞いて回れば、目立つ事もあるだろう。手分けせず。固まって動くべきだ」
「そうですね。
「……みんな、ありがとう……」
「お礼なんていいんです。皆、自分の好きでこうしてるんですから」
「そうよ。アタシなんか酒の肴買いに行くだけだし」
「僕も発明の材料買いに行くついでだしねぇ」
そう笑う少女達にやはり少年はありがとうと再度繰り返し、夕暮れ時の合流を約束する。
「じゃあ、夕暮れ時になったら戻って来ますから。森の方で身を隠してて下さいね。また魔族や色々な人が狙いに来るかもしれません。隠蔽用の術式を施していきますから。もし見つかりそうになったら、街の方へ逃げて下さい」
何かあれば、すぐに自分達が駆け付ける。
そう微笑む金髪の少女に少年はコクリと頷いた。
「じゃあ、行って来ますね」
そう言って、少女達は少年を撫でるなり、肩を叩くなり、目を合わせるなり、まるで歳の離れた弟か家族にするように微笑みながら、都市へと降りていく。
―――【あの日、シンアを森に残して私達はアルヴィッツに向かいました】
「ユアン。まず聞き込みをするのは何処にしますか? あまり、情報が伝わるのが早い場所だと襲われる可能性もありますし……」
「そうだな。通常のギルドや街の有力者もダメだろうな。何故、あいつが狙われているのか。襲われているのか。それを知っている者に悟られるわけにも行かないというなら……魔術で聞き耳を立ててみるか」
「それとなくシンアの情報に触れそうな事柄を話題で振ってみるんですか?」
「ああ、知っている者がいれば、反応するだろう」
「そういう相手の背後を付けるなり、声を拾うなりしてみよう」
「じゃ、アタシが話を降るわよ。実際に賞金稼ぎはやってたしね」
「分かった。頼めるか。ソィラ」
「はいよっと」
「僕はみんなの姿を隠蔽しておくねぇ。まぁ、魔術具は人数分あるし」
「助かる。フルー」
「じゃあ、行きましょう」
「ああ、ハティア。お前は周囲に魔力の気配が無いか気を配ってくれ。魔族にまで襲われるというのは相当だ。何処に連中がいるか分かったものではないからな」
「はい。シンアをちゃんとあるべき場所に送り届けるまで私頑張ります」
「ふふ、送り届けなくてもいいんだぞ?」
「ッ」
「今の調子で我々から多くの事を学べば、あいつも立派な旅人となる。あいつが襲われる理由が一定の逗留や定住を許さないものだった場合は……共に行く事とて考えておくべきだ」
「それは……はぃ」
「仲間と言ってもいつ離脱するか分からぬのが我々だ。誰に付いていくとしても……あいつはお前と共に行くだろう」
「~~~ッ」
「ふふ、赤いわよぅ? 赤いわよぅ? お~~これはアレね。もう乙女じゃなくて女の顔ね」
「ソ、ソィラ!!?」
思わず声を慌てさせた金髪の少女が赤くなってニヤニヤする銀髪の女を睨む。
「そんなカワイイ顔で睨まれたって痛くも痒くも無いわね」
「ぅ~~~」
「そうイジメてやるな。行くぞ」
彼女達の姿が都市に紛れれば、単なる旅人にしか見えない。
目を引く要素があるとすれば、それは彼女達自身の若く健康に満ちた美貌だろうが、それもフードを被れば、左程の事でも無かった。
だが、その背後を見る者が1人。
また、相手もフードを被っていたが、その僅かに覗く理知の眼光だけが彼を訳ありの決して身分の低い者ではない何者かにしていた。
「―――何者だ」
気付いたユアンが路地裏の角で振り返る。
それに逃げ出すでもなく。
フードを剥いだ男はその美丈夫とも呼べるだろう貴族としても少し猛々しい顔を僅かに歪めて何かを思案するような表情で僅か沈黙する。
「……お初に御目に掛かる。故合って貴方達を尾行させて貰った」
「ほう? 直ではないか」
「ホントよね」
ユアンとソィラ。
他の少女達を背後にして彼女達が僅かに身構える。
「力に訴え掛ける理由は無い。この腰のものはあくまで護身用だ。ヴェデウス」
「はい」
男の背後から小姓らしき少年が出て来て刃を鞘毎預かる。
「もしも、話を聞いて貰えるならば、教会を抑えてある。そちらで君達の疑問に答えられる限りは堪えよう。例の彼が何者なのかに付いても……」
顔を見合わせた少女達だったが、答えの方から自分達に近付いてきたのだ。
ハッキリとした事は分からなくても、男は罠を張るような人間には見えなかった。
「分かった。付いて行こう」
ユアンを筆頭にして彼らが男に先導されて向かった先は市街地の外れにある小さな教会だった。
―――『これは君達に対して我々が示せる絶望と誠意……そして、希望というには悪意に満ちた現実だ。真実……いや、事実だけを述べると我が身、我が国家に誓おう』
ブツリと世界が途切れる。
まるで映写機が事切れてしまったかのように。
まるで何もありませんでしたよと誰かが全てを止めてしまったかのように。
役者達の代わりに人形劇の人形が大地代わりの書割の下に崩れ落ち。
気付けば、イフィーを筆頭にして全員が己の役割を止めて、舞台の女優か俳優のように振舞っていた事に我へ返って呆然としていた。
1人で何人の人形を操っていたのか。
箱の上で踊らせていた小さな麻布で作った人形を下ろして、ハティア・ウェスティアリアは遠くを見ていた。
「途中で止めたようだが、何かあったのか?」
「はい。中枢の半ばまで彼女が到達したみたいです」
「それって……」
その言葉にイルトが昼間イフィーから聞いた七聖女の話を思い出す。
「何が正規ルートの方が早いだ。しっかり、進んでいるではないか。あの聖女め……」
溜息を吐いたイフィーが背格好的に一番近いフルー・バレッサ役だった自分の衣装を脱ぎ捨てて、自分の本来の姿に戻る。
「すげーいいとこで止まったんじゃないか? オレ達」
「続きが気になります!!」
「しゃーい!!」
青少年イルトの言にピアリとシャイが同意する。
「まぁ、流れは分かった。アレが若き日の銀獅子であろう」
「良く解りましたね。ええ、その通りです」
ハティアが頷く。
「大方、あの男に誑かされたのだろう。自分の親しい人間や周囲の人物、今まで出会って来た者達が不幸になった、これからなるだろうとか言われて……」
その言葉にハティアが目をパチクリとさせた。
「見て来たように断言するんですね」
「当時のお前らがあのお人好しの大馬鹿者を裏切る理由なぞソレくらいしか思い浮かばないというだけだ。そして、ソレが真実であればこそ、貴様らは裏切った。いや、本来の立ち位置に戻った。違うか?」
「……本当に見て来たように……」
ハティアが視線だけを俯ける。
「まったく、反吐が出る。貴様らが揃いも揃ってアイツに似ているとはな」
「え?」
「自分では自分の事が分からないというのは本当なのかもしれんな。そのリアクションを見る限り……まぁ、あいつの場合は誰かに押し付けたりはすまい。それを全て己で背負う。例え、お前達と立場が逆であったとしてもな」
ハティアが眩いものを見たかのように薄っすらと少女に微笑む。
「現実を前に妥協した聖女など我らに勝るものか……妥協せずに滅びようが死のうが後悔しようが、それでもと言えなかった貴様らに心で負ける要素などこれっぽっちも無いわ」
その辛辣に聖女を糾弾する少女の言葉は本当に心底、聖女に対する蔑みに満ちていた。
「貴様らは諦めたのだろう!! どちらも選択出来なかったのだろう!! 足掻けなかったのだろう!! 負け犬め!! それを今更、過去の男に転化するなんて女々しいわ!!? 我がそんな性根叩き砕いてくれるわ!!」
「ちょ、イフィー!? ドウドウ!? そんな興奮すんなって!?」
「我は馬か!? ちょっと、聖女のゼリーな精神構造を殴ってやりたくなっただけではないか!!?」
その言葉にもうハティア・ウェスティアリア。
守護者はクックッと涙すら浮かべて笑うしかないようだった。
「何がオカシイ?」
「ああ……あの時、貴女がいたら、私達には別の選択肢があったのかもしれませんね……とても的を射ていて傑作なご意見、心に留め置きます。まぁ、私は此処にいるハティアにしか過ぎませんが……でも、いつかと言わず。言って上げて下さい……きっと聖女はそうでなければ止まれない……」
「フン。言われずとも!!」
「はい。お任せしました。イフィミスラさん……どうか、止まれなくなった私を……止めてあげて下さい……」
それに頷きも返さず。
イフィーがイルトとピアリとシャイを見た。
「行くぞ。あの聖女に先を越されるわけにはいかん。此処まで来たのだ。ちょっと、地獄の底まで付き合ってもらうぞ」
「地獄と言わず。その先まで付き合ってもいいけども」
「そうですよ。水臭いですよ。イフィーさん!!」
「しゃーい!!」
ウンウンと人外幼女がピアリの頭の上に顎を載せて頷く。
「準備はもう出来ている。飛ぶぞ!!」
「了解!!」
ピアリは少年に手を引かれ、シャイがイフィーの背負うリュックへと乗り込む。
「もう会う事も無いだろう。だが、一つだけ感謝しておこう。ハティア・ウェスティアリア……本物に言う日が来るかは分からないがな」
「?」
「あいつを……あいつの心を救ってくれて……ありがとう。感謝する」
「―――本物に言う日が来るのを願ってます」
「フン。我はそんな安い感謝を口にする女ではないからな」
少女は笑みを浮かべて一礼してから飛び上がる。
それにイルトも続いた。
すぐに空の彼方。
最初に示された方角へと夜空を掛けていった者達を見送って。
彼女はゆっくりと砕けていく自分を見つめた。
守護者を屠る程の威力。
この世界の中では一時の事でしかないとしても、今彼女が全力で妨害していた聖女筆頭の力は今や天を衝く勢いであった。
「……守護者数人でこの有様……やはり、フルーはスゴイですね」
【僕って思い立ったら万能無限だからねぇ♪】
「勝てるでしょうか。いえ、思いを遂げられるでしょうか。あの子達は……」
【さて、どうかな。剣技を叩き込む暇は無かったが】
【自分と戦って妨害なんてホント困った話ね……】
「ミュルトとメルフは?」
【さっき、砕かれたわ。さすがにこの星の中で全力を出すわけにも行かなくて、私を宿した子に……しばらく、出て来ないわよ】
「ソィラの方はどうでしょうか?」
【私と戦ってる最中。でも、どうにかなりそうよ。ま、そろそろ本星の方から連絡が来て引き上げていくでしょう】
「私達……別に彼らの味方じゃなかったんですけど、何故かあの子達の為に戦っちゃいましたね……」
【いいじゃない。そういう風にしてあげたくなったんだもの】
【そうそう。現実の僕らじゃ考えられないチームワークだよぅ。これなら現実の聖女相手だって戦えちゃうねぇ】
守護者達はもう自らが護るべき最後の領域には意識も向けなかった。
何がどうなろうとソレは誰もが己の力を出し切った結果だ。
結果がどうなろうと彼女達の在り方は何も変わらない。
【そう言えば、何を試練にしたのかしら?】
「ああ……ちょっとした事ですよ……もうクリアされてます」
【何かあったか?】
身体の半ばまでも砕けながら、消えていくハティアが親友の言葉に微笑む。
「本物の私が何の守護聖人なのか知ってれば、分かりそうな事です。本人達には自覚なんて無さそうですけど……良かった……あの子が幸せそうで……」
【……そういう事。何であの子が最上層に現れたのかと思えば……】
「ふふ、ちょっとしたサプライズですよ。実は私、悪戯好きなん……です……」
完全に砕けた少女が消えていく。
【お休みなさい。ハティア……さぁ、大詰めよ。貴方達は最後の試練を潜り抜けられるかしら……いえ、野暮ね。それは貴方達だけが知ってればいい事、なのでしょう……】
やがて、また目覚める時まで守護者ハティア・ウェスティアリアは停止したのだった。