※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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第六十四節「砕けぬ虚像Ⅴ」

 

「存外、しぶといわね」

 

「いやぁ~あの子と一回してたのが響いてるわね」

 

 頭部から帽子を落とした少女。

 

 髪の毛を持たない少女は何処か似合わぬ声音で聖女を見下ろしていた。

 

 彼女達の周囲は崩壊した空間が次々に脱落しながらも世界の恒常性によって修復されており、忙しなく空間内にあった物質が崩壊と復元を繰り返している。

 

 今は丁度、海上にある島の上であった。

 

「本物程の実力は備えていても手負いでは負ける要素も無いわ」

 

「クラル。アンタってガチになるとヤバイわよね」

 

「本気になって良い場所が少ないのよ。それこそ別宇宙や別世界くらい用意して貰わないと暴れられないんですもの」

 

「はは……ミュルトとメルフを砕いただけあるわ……」

 

「そっちはこの世界に気を使いながらでしょう? 生憎と領域の相性が悪かったわね」

 

「ふふ、そうね。でも、その子の身体もそろそろ限界じゃない?」

 

「………まぁ、認めるわ。これ以上はこの状態で戦うのは不可能よ。貴女の破壊を受け止め続けたけれど、この子の精神力も限界……いいわ。退却してあげる」

 

「おっと、でも、こっちの戦略的な陽動は達したわよ」

 

「どういう事かしら?」

 

「この世界の時間経過って結構バラバラなのよ」

 

「ッ―――そういう事、ね」

 

「ええ、そういう事よ」

 

 地面に倒れ込んだ聖女ソィラ・ミクラ。

 

 いや、守護者の身体が光の欠片となって砕けて行く。

 

「それとその子がいると短期間で更に活動出来るんでしょう? だから、しばらく置いてってくれないかしら?」

 

「お断りするわ」

 

「……大丈夫よ。悪いようにはしないから」

 

「ウチの子に手を出すと後で怖いわよ」

 

「そうね。でも、あの子達にアレ以上は負担掛けられな―――」

 

 パリンとソィラの顔が制服姿の少女の靴に砕かれた。

 

「悪いけれど、此処で決めようとしているウチの一番の怒りん坊に全て任せておけないのよ」

 

「ならば、尚の事、此処で力は削がせて貰おう」

 

「ッ」

 

 言われた時には少女の身体から何か透明な輝きが分離していた。

 

 そして、ソレが形を保とうとする前に分離された肉体。

 

 制服姿の少女が空間の崩落に巻き込まれて消えていく。

 

「ッ、ユアン!!」

 

「悪いがこれでもうこの世界からお前は退場しなければならなくなった。クラル」

 

「くッ」

 

「あの子は後で返しておく。しばらくは外で自分の世界の心配をしていろ」

 

「この借りは……高く付くわよ」

 

「構わない。本物は今も行方不明だ。いや、そろそろ、か」

 

「何を……」

 

「何れ分かる。そして、その時こそ聖女という存在の真価が試される事になるだろう」

 

「……いいでしょう。覚えておくわ」

 

 分離された輝きのようなものが僅かに空間の崩落に巻き込まれて消えて行った少女のいた方角を見ていたが、これ以上は自分に出来る事は無いと急激に速度を増して遥か頭上を目指して階層を無視して通過していく。

 

 それと同時に海が元に戻ると同時に次々に何も無いはずの海洋に島々が浮かび始めた。それは本来、もっと深い階層にあったはずの空飛ぶ島の一部だ。

 

「ぅ……オレ達は一体……?」

 

「か、各自、じょ、状況を報告しろぉ!!」

 

 その島の内部で大陸中央諸国の軍隊が次々に目を覚まし始めた。

 

 彼らは最終層に近付く為、あの巨大な大森林の迷路を進んでいたはずだった。

 

 だが、何かの襲撃を受けた直後に意識を失い。

 

 此処に辿り着いていた。

 

「た、ゴードン大佐!? 例の方がいません」

 

「何ぃ!? すぐに捜索隊を編制しろ!!」

 

 厳つい顔の男。

 

 ゴードン・ゴーガン。

 

 彼はあの少女が何処に行ったのだと周囲を見回し、すぐに捜索へと入った。

 

 しかし、コレはもう踏破している場合ではないだろうとすぐに踏破の中止と同時に部隊の撤退と継続探索用の部隊を再編。

 

 此処が浅い階層である事が解れば、人員の集結と同時に一番近い陸地に転移と動魔術を駆使して辿り着き、外部からの援軍と七教会の部隊を待つ間、己も捜索に加わって動き始める。

 

 各地で混乱が起きていた。

 

 次々に時間の変動に巻き込まれていた各階層では数時間から数十日、数か月、1年近い巨大な時差が発生しており、同階層内ですらも数日から十数日の差があった。

 

 外の海藻と通信が繋がっても話しが噛み合わないだとか。

 

 そういった混乱で文明の利器である通信機器を使ってすら現状の把握に膨大な時間が掛かる事は間違いなかったのである。

 

 そして、聖女ハティア・ウェスティアリアもまた時間変動の影響を受けて何事も無い数週間を過ごして後、更に下層へと向かおうとした時、ソレと出会っていた。

 

「ユアン……」

 

 周囲に護衛達の姿は無い。

 

 それもそのはずだ。

 

 彼女の魔導が発動する前に彼らはユアン・クオの一閃で瞬時に天蓋蒼星の外へと空間毎切り取られて送られてしまっていた。

 

 周囲は永遠に空が続く浮遊する小島が浮かぶ岩礁地帯。

 

 1人になって初めて魔導聖女はソレが自分の知っている相手ではない事に気付いた。

 

「ハティア。初めましてになるか」

 

「此処の守護者、ですね?」

 

「ああ、そうだ。悪いが此処から先には通せない」

 

「……私達の形……どうして……」

 

「分かっているだろう。ティア。シンアはソレを望んだ」

 

「………」

 

「此処で戦う事は不毛だ。倒せたとしても時間はこの宇宙では巻き戻せない。一部、例外はあるがな。という事で帰り道はあちらだ」

 

 ユアンがハティアの背後の虚空を指す。

 

 其処には空間の歪み。

 

 外への直通路があった。

 

「どうするつもりですか? もうフルーは到達寸前のはずです」

 

「誰かが止める。そして、あの子達がどうにかする」

 

「【聖王同盟(サクラム・フェデレイションズ)】……」

 

「そうだ。お前達の出来なかった事を、私達の出来なかった事をしようとする子達だ」

 

「私は今まで沢山の人を救って来ました。沢山の……でも、沢山の人達を見捨てても来ました。救えなかった人の方がきっと多い……でも、それでも……私は彼を救えなかったから、救わなかったから……全てを救おうと思い此処まで来た……」

 

「知っている」

 

「コレで何が許されるわけもない事は知ってます。でも、コレで私達が紡いで来た因縁は終わらせられる……聖女も魔王も……もう、全部終わりにしたっていいじゃないですか……いえ、私が聖女で有り続けても……魔王を、彼だけ終わらせて……彼を……」

 

「彼、か。そう繕うものではない。好きな男の事だ。名前で呼んでやれ」

 

「ッ―――」

 

「本物ならば、気を遣うだろう。だが、私は此処の守護者だ。だから、お前の罪も糾弾しよう」

 

「糾弾? そう、そうですね……私は……でも、人々に犠牲は出せません。これが偽善で欺瞞だなんて分かってます。でも、私は聖女……そうなると決めたんです」

 

「ならば、一つだけ教えておこう」

 

「何を、教えると言うんですか? 本物でもない貴女に何が教えられんですか?」

 

 聖女の顔は歪んでいた。

 

 何処か泣き出しそうな顔で。

 

「頑なである事は一面では美徳だが、一面では単なる愚昧だ。そして、それ故に聖女は相反する面を備えた。お前が聖女であればある程にその反面は確かにその分だけ成長し続けるだろう。何れ、ソレがお前を殺す前に……私はお前とこうして向き合わねばならないと思っていた。きっと、本物もな」

 

「私は……まだ、それでも……」

 

「今はいい。だが、何れ後悔の果てで全てを成算する日が来る。コレはお前へのプレゼントだ」

 

 いつの間にか。

 

 ユアンの刀が聖女の首を切り落としていた。

 

 いや、それは錯覚か。

 

 背後に抜けたユアンの手には今、白い空白のような何かが握られているのみ。

 

「ぁ……」

 

「今は忘れて耐え忍ぶといい。お前を断罪するモノがすぐに来る。先に行け」

 

 虚ろな瞳になる聖女を空間の歪みの先へと送り出した女は遥か地の底を見やる。

 

「到達したか。蒼穹の騎士。聖女の騎士……後はお前達次第だ」

 

 姿がふっと消えて、島々の最中には誰もいなくなった。

 

 だが、風が吹く。

 

 時間と空間を越えて新たな風が吹く。

 

 誰もが最後の瞬間に向けて動き続けていた。

 

 *

 

「ん~~?」

 

 フルー・バレッサは首を傾げていた。

 

 順調に全ての柱を完全破砕して、惑星900個分程の質量を無為に帰して歩いて来た彼女は自分が玉座の直前で止まった事を知る。

 

 そう、止まった事を知ってしまった。

 

 いつの間にか彼女の脚は止まっていた。

 

 理由は単純だ。

 

 脚が前に出ない。

 

「………やる気が出ない? いや、これはやる気そのものが起きない?」

 

 彼女が自身のポケットの中から取り出した即席の栄養剤を取って口に含み齧る。

 

「………ああ、これでも出ないって事は因果律系の切断?」

 

 チラリと周囲を見回して、彼女は誰も出て来ない事で理解する。

 

 自分を前にしては殺せないどころか倒される可能性がある。

 

 故に一番強い結界でも張って待ち伏せしていた相手がいるのだ。

 

 この世界の何処かに。

 

「ふふ、本気になった僕を舐めてくれて、怒っちゃおうかなぁ」

 

 ベキッと彼女の手が空間を握り潰した。

 

 途端、周囲の空間が一斉に破砕して粉々に異相を剥き出しにすると同時に遠間の空間が次々に彼女の元へと引き寄せられてくる。

 

 異相に流れ込みそうになったソレの内の一つに彼女は思い切り拳を後ろに弓なりに引いて、五指を開いて叩き付ける。

 

「ッッッ」

 

 途端、その指の中に少女らしき顔が捕まった。

 

 ソレを修復されていく空間の地面。

 

 巨大列柱の一つに叩き付けた途端。

 

 ソレが一瞬で罅割れ、爆砕し、下にある柱を次々砕きながら4つ目の表面にクレーターを出現させて止まった。

 

「カハッ?!」

 

 彼女の手にビチャリと血が吐かれる。

 

 だが、その顔をロクに見もせず。

 

 フルーの手がすぐに首を掴んで、剛速球。

 

 その掴んだ相手の身体を再び投擲した。

 

 今度は列柱が39本一斉に一直線上で砕けて40本目の柱の裏にクレーターが出来上がり、その中央で再び血が吐かれる。

 

「ん~~~? 蒼穹の騎士。君も諦めないよねぇ」

 

 サヤトネ。

 

 ルヒ・サヤトネ。

 

 百合の家紋を背負い。

 

 その刀を手に持ったままの少女はその瞳でフルーを睨む。

 

 顔面は酷い有様で首も捩じ切れる寸前であったが、その瞳の力は何一つ衰えてはおらず、彼女の闘志もまたそのままであった。

 

「空間を削り……取って対象物を引き込む、か」

 

「正解~~ま、時空間に優越してない存在ならコレで大抵捕まえられるよぅ。1光年先でも1億光年先でもねぇ」

 

「零次元化現象……距離が……意味を為さな、い……とは。怪物め」

 

「あはは、研究成果と言って欲しいよぅ♪ その剣、強力無比だけどさぁ。だからって今の僕を止められるのは聖女総出でも難しいんじゃないかなぁ」

 

 グシャリと少女の腹が貫かれる寸前まで傷付き、全身の骨が粉砕しながら飛び出して、血潮と共に200本程の円柱と共に爆砕された。

 

「うん? 肉体は左程じゃないんだっけ? ま、物理打撃じゃ死なないから殺す気で殴ってもいいよねぇ?」

 

 フルーはニッコリ笑顔だ。

 

 遠方ではクレーターの内部に刀こそ手放していなかったが、人間の形をした肉と骨の染みが蠢いていた。

 

「僕はねぇ。我慢して来たんだよぅ。この数十年、いつでもさ」

 

 そう語る聖女は呑気にも見えるような足取りで数百m先にゆっくりと歩き始める。

 虚空を踏み締める体は細い。

 

 今、列柱を数百打撃で爆砕したとは思えない程に小さい。

 

「だから、我慢しないとこうなる」

 

 少女の周囲に何かが顕現する。

 

 それは数列のようにも見えた。

 

 いや、関数も文字も混ざっている。

 

 どちらかと言えば、それは方程式なのかもしれない。

 

 ただ、現存するあらゆる学問における方程式に必要とされる一切の文字や数字は用いられていない。

 

 その文字列を見ようとすれば、よく歪んで見えない。

 

「この数年で奇跡も調子戻って来たんだよねぇ。ま、本調子には程遠いけど……でも、シンア以外なら主神なら十把一絡げくらいには出来るんだよぅ」

 

 ヒュッと少女を取り囲む方程式の一部が何か変化した途端。

 

 少女らしき肉塊がいた領域に異変が起きる。

 

 全ての物質が結合を解かれて素粒子レベルまで解かれたソレが泡のような光のような波動のような何かへと帰っていく。

 

「この宇宙は芸術品。世界は一欠けらも不必要なものはない。もしも物質の素粒子のスピンの値がほんのちょっと違っていたら、宇宙に生物なんて産まれなかったかもしれない」

 

 形は保っていた。

 

 その刃だけは……だが、その泡となった血の色が混じっていたソレが緩々と形を戻し始める。

 

「ま、だよねぇ。でも、概念が消えたら今度はどうなる?」

 

 再び彼女の周囲の方程式の一部が変化する。

 

 いや、それが書き換わっているのだと理解するモノはその場にない。

 

 形を取ろうとした泡が霧散した。

 

 それでも刀はそのままだった。

 

「しつこい頑固汚れ? いやぁ、その手並みには本当に頭が下がる思いだよぅ。でも、幾ら概念側からの働き掛けでもさぁ。現実でそのまま形を取り戻せなきゃ無力化されたのと一緒だよねぇ?」

 

 方程式の一部をフルーの手が掴み取り、ベキリと折って、その刀の周囲に投げた。

 それで終わり。

 

 後は何も起こらない。

 

「ふふ、しばらく。もしかしたら永遠に? そうしててねぇ。僕は今、機嫌が悪いから、生憎とお喋りにも付き合って上げる気は無いんだよぅ」

 

 蒼き少女だったモノはもう見当たらず。

 

 しかし、その蒼き刀は未だ有り。

 

 そして、気付かなかったフルー・バレッサの首が跳ね飛ばされる。

 

 しかし、然して堪えた様子もなく。

 

 腕が首の方へと延びると跳んだ首がすぐに手の中に収まり、首が元の位置に戻されて跡形も無く傷らしきものは消え去る。

 

「成程。囮ねぇ」

 

 白い鎧の男だった。

 

 顔を三つの穴が開いた兜で蔽った男だった。

 

 その男の刃がフルーの首を真っ二つ横薙ぎにしたのだ。

 

「因果律系の隠蔽はさすがに見抜けないよねぇ。うんうん。それで僕の奇跡を封じる為に神器を出してくる、と。良い読みだよぅ。確かに奇跡はこれで使えない」

 

 フルーの周囲から既に方程式が幾つも脱落し、今や残る数本も一分を待たずして消え去るだろう。

 

 だが、男は微かに残る腕の痺れに内心の驚愕を飲み下す。

 

「僕の首の感触ってそんなに固かった?」

 

「………ええ」

 

「ッ、あははは。そっか……道理で見つからないわけだよぅ。あ~あ~ハーティア~に言ってやろ~~ハティアも女の子だから怒るよ~~それはさすがに」

 

「一体、何を……」

 

 マウロと呼ばれ続けた彼は目を細める。

 

「気にしないで下さい。ただの戯言です」

 

 横から完全に形を取り戻したサヤトネが刀を持ったまま並ぶ。

 

「大丈夫ですか?」

「ええ、おかげ様で」

「そうは見えませんが」

「少し痺れが取れないだけです」

 

 両雄並び立つ。

 

 だが、髪を伸ばした聖女は肩を竦めるのみだった。

 

「僕を舐め過ぎだよぅ。奇跡なんて別におまけおまけ。僕の奇跡は確かに万能無限だけど、今更技術で再現するのがメンドイってだけで再現自体は出来るからねぇ。火を熾すのに魔術を使うか。道具を使うかくらいの差ってヤツさ」

 

「その差の間に捻じ込みましょう。こちらの力を」

 

「出来るかなぁ? 僕、今日は手加減とか我慢とかと無縁なんだけど」

 

 蒼き瞳の少女は刀を握り締める。

 

「手加減。我慢。それは我が主たる彼がしてきた事です。今更、貴女がしてきたおためごかしに何かを思う事もありません」

 

「ふふ、そうだねぇ。そうかもねぇ。でも、聖女だって人間だ。だから、少しくらい残酷になれるのさ。特に僕みたいなのはねぇ」

 

 グチャリと二人の刃持つ者達の心臓がフルーの両手に握り潰されていた。

 

 だが、それに構わず。

 

 両者の剣が相手を断つべく振り抜かれる。

 

 距離は今や意味を為さない。

 

 必ず当てて、必ずもぎ取っていくしかない。

 

 消耗戦だ。

 

 相手の復元も再生も許さぬ一撃の応酬。

 

 両腕が次々に腎臓、肝臓、目、胃、肺、あらゆる臓器と肉体の筋肉を奪っては瞬時に潰していく。

 

 それに比例して男女の連携もまたフルーの両手両足の付け根を断ち割り、首も瞳も切り裂いていく。

 

 だが―――。

 

「人間は四肢と首を分割されて、心臓も貫かれて生きているものですか?」

 

「その声帯も取っておけば良かったよぅ。残念、僕って実は最高の科学者だったりするんだよねぇ」

 

 両者の刃が引き抜かれた心臓もそのままにフルー・バレッサは裂かれた五体をそのままに上空へと昇って彼らを睥睨する。

 

 満身創痍を越えて中身がスカスカになった両者であるが、これもまた復元が既に終わっていた。

 

 再生も復元もしていない。

 そう、どちらもだ。

 

「それは巻き戻し? ああ、時間じゃなくて空間毎ね。はいはい。僕も出来るけど、そういう手品使うより、ちょっと強くなってみた方が面白いかな。これぞ研究者だよねぇ」

 

 ガチガチと彼女の切り裂かれた衣服の内部から這い出した金属の細い線らしきものが少女の肉体を取り込みながら折り合わせて、五体を繋ぐついでに肉体の細胞単位での結合を促す。

 

 やがて、彼らの目の前には幾何学模様の導線を衣服の内部から発光させる少女が1人……しかし、その姿は少女のものではない。

 

 長い髪に見合う程に成長した姿は十代後半。

 

 いや、20代に届くか届かないかくらいだろうか。

 

 その顔にはシニカルな笑みが浮いており、身長も40cmは伸びただろう。

 

「モデル体型って羨ましいよねぇ。ユアンが人気あるのも分かる」

 

「「………」」

 

「もっと驚いてもいいんだよぅ? な、なんだって!? 大人になったーとかさぁ。こう相手のリアクションが薄いと甲斐が無いよぅ」

 

 肩を竦めた女がいつの間にか彼女達の背後にいた。

 

 そして、彼らの刃を持っていた腕が手首から肩まで消し飛んでいる。

 

「ま、取り敢えず、物理的に無限地獄して精神が飛ぶまでリプレイしてみようか?」

 

 次の刹那。

 彼らが動くよりも早く。

 彼らの五体の8割が消し飛んでいた。

 頭部込みで、だ。

 

「ん~~? 頭部は全部残しといた方が良かったかなぁ?」

 

 彼らの肉体が巻き戻り、動き出す刹那。

 再び彼らの肉体が全欠損する。

 今度は頭部有りで。

 

「「ッ」」

 

「大丈夫大丈夫。神経から40万%くらいアップした信号流し続けたら、人間なんてあっと言う間だよぅ。人類が知らなくても良い知識ってやつさ」

 

 頭部が白目を剥いている間にも再び体が復元する、と同時にその3割が消失。

 今度は残っている体の内部に雷撃らしきものが次々に奔る。

 

「生物ならば、死なないはずはない。だが、生物の癖に死なない君達は無限リプレイ中でも永遠に精神を削り倒せるよねぇ?」

 

 相手に何もさせず。

 

 相手が諦めるまで延々と人が絶対に耐えられない拷問を無限に行えばいいじゃないという不死者相手に組んでいた単なる精神撃滅用のプロトコルである。

 

 彼女にとって、復元や再生する敵程度は何も畏れるものではない。

 

「じゃ、後はコレを自動化して~~っと」

 

 彼女は呆気ない敵であったと言いたげにその場を後にしようとしてパンッと軽い音と共に眉間を銃弾で打ち抜かれ、その頭部内部で起こる事象によって自身が汚染され切る前に自前で自分を消し飛ばした。

 

 復元が終了した瞬間。

 

 再び、眉間に当たるギリギリで指に挟んだ弾丸をそっと見る。

 

「……邪神系の敵でよく見た攻撃方法。汚染系列は厄介だよぅ。で、誰?」

 

「シャーイ!!」

 

 元気よく片手を上げて答えたのは……今、長身で自身を固定化している彼女よりは20cm程世が低い少女……いや、人外と分かる見知らぬ少女型生物であった。

 

 その姿は何故か闇色の袖が長く胴体や脚部に巻き付くような螺旋状の衣に白い線が数本入った代物。

 

「ん~~? これは初めて見るタイプだよぅ」

 

「しゃい?」

 

「へ~~人類憎悪を吸収して戦う先兵か~この力……汚染度合から言って世界の外からの来訪者関連……でも、遺伝情報は人間とか、この星の生物を元にしてるのかな? 興味深い検体だけど、僕急いでるんだよねぇ」

 

「しゃーいしゃい!!」

 

 此処は通さんと言いたいのか。

 

 奇妙な銃を片手にした人外少女はもう一方の手を広げた。

 

「霧の怪物に近い? いや、僕が消してきた流動する肉のアレにも似てるねぇ。だけど、人型を取るって事はコミュニケーションも必要とされてるのかな」

 

 解析している世界一の頭脳はギョロリとその拳銃に目を向けた。

 

「ソレ、神器だよね」

「しゃい?」

 

「しかも、かなり特殊な……うん……ああ、今までの事を総合すると……君、近頃の事件の背後にいるナニカの直接生産個体かな?」

 

「しゃいしゃい!!」

 

 そうですが何かと元幼女が胸を張る。

 

「あはは、じゃあ、手加減しなくていいよね?」

 

「しゃーい♪」

 

 少女は初めてニヤリとした。

 

 手加減とは一体何を目の前の相手は言っているのだろうか、と。

 

 世界にふと夜が墜ちる。

 

 巨大な列柱の最中に夜などあるはずはない。

 

 夜など、あるはずは、ない。

 だが、有る。

 ソレが墜ちて来る。

 

「?」

 

 上を向いて初めてフルー・バレッサは知る。

 相手はどうやらソレなりな敵らしいと。

 

 空一面。

 

 果てから果てまで何かが墜ちて来ていた。

 ソレは夜を産み出す程の範囲を落ちて来ていた。

 

 化け物は黒く黒く。

 

 あの空飛ぶ島々を襲った霧の中で無限のように現れ続けていた敵個体の凡そ全てが300倍、400倍の大きさで落下してきていた。

 

「しゃしゃしゃーい!!」

 

 取り敢えず、集めてみましたと胸を張る人外少女は笑顔で偉そうだ。

 

 まぁ、霧の怪物達がいた複数の時間内からこっそり回収しておいた密碑をちょっと使って化け物を肥大化しつつ増やしてみただけである。

 

 霧は彼女の意のままに動く。

 化け物は彼女の完全なる下位互換。

 ならば、操れぬ道理も無い。

 

「これだから、精神お花畑系は……」

 

 溜息一つ。

 その化け物の雨の中から聞こえた。

 

「しゃいしゃい?!」

 

 お前が言えた事じゃねぇだろと憤慨する人外少女が気軽に都市一つを崩壊させるような威力の銃弾を撃ち放つ。

 

 威力よりも派手さとかく乱を主とする莫大な赤黒い光の束を大量に永続的に照射し続けるだけの一撃だ。

 

 無論、当たれば、問答無用で物質的には消し飛ぶし、その光を観測、もしくは直接触れたモノは精神も汚染されて侵食下で彼女の言いなりになる物理攻撃+洗脳光線みたいな非常識で人類には限りなく優しくない代物であった。

 

 そんなものが照射されている間にも列柱が巻き込まれて世界が墜ちて来る。

 

 その質量は明らかに惑星に降ったら巨大隕石衝突で滅亡してしまいそうな数千km単位の幅があった。

 

「しゃしゃしゃ~~~い」

 

 聖女が呑み込まれていく。

 だが、呑み込んだだけではない。

 呑み込み続ける。

 

 空から降ってくる化け物に終わりは無かった。

 

 元幼女の手から離れた銃が照射を止める様子もなかった。

 

 空間を捻じ曲げて、下に墜ちた物体は更に上から落下速を載せて落ち続ける無限川流れ仕様だったのだ。

 

 巨大な光の玉がその莫大な化け物達の質量を焼き払い始めたのを横目にしてこっそり助けた刃握る者達にシャイが目を向ける。

 

 すぐに目を覚ました二人が目の前のよく分からないモノと周囲の状況に目を見開いて何が起こっているのだとキョロキョロする。

 

「しゃーい」

 

 それに人外少女が一通の手紙を渡す。

 

「コレは……」

「ソレは?」

 

 読んだサヤトネが目を細める。

 

「行きましょう。どうやら外で異変が起こっているようです。こちらの目的は達成しました。彼女達は恐らくもう既に到達します。そちらのお仲間達を先行させた事が上手く行ったようです」

 

「しゃーい」

 

「彼女はメッセンジャーだと。ただ、この光景に付いては色々と訊ねたい事もありますが、今は外へ。聖女を落とさねば、恐らく外の異変が収まっても彼女達を返す事が出来ない」

 

「解りました。依頼はそれで完了という事で?」

 

「ええ、こちらの事が終わったら、迎えに行って下さい。目的さえ達成すれば、あの聖女も此処を去るでしょう。お仲間も助かるはずです」

 

「解りました。では……支援、感謝します」

 

「しゃいしゃい」

「……何(・)れ(・)ま(・)た(・)」

 

 そのサヤトネの言葉にシャイが可愛らしく首を傾げて何の話と惚(とぼ)けるのも横目にサヤトネがマウロから借りた普通の長剣に見えるソレを天に翳す。

 

 その瞬間、彼らは瞬時に階層を越えて消えて行った。

 

「しゃーしゃい」

 

 手を振って見送ったシャイがチラリと背後を見やる。

 

 どうやら、月一個分くらいの質量は用意したはずの化け物達はこの短時間で光に呑み尽されたようであった。

 

「あーもう滅茶苦茶だよぅ。どうしてこう僕の目の前には障害ばっかりなんだろうねぇ」

 

「しゃいしゃいしゃしゃい!!」

「え? お前の性格が悪いから?」

「しゃーいッ」

 

「う~~ん? あんまり否定出来ないかも……まぁ、ブチ切れてもいいよね? 囮を囮にして時間稼ぎとか。本当に……死ねばいいんじゃないかな?」

 

 ドッと聖女を中心にして光の球体が拡大する。

 

 呑み込まれていく物質がどうなるのかを見る必要はない。

 

 慌てて逃げ出したシャイを呑み込んで尚止まらない拡大は無限に広がると思われた巨大列柱の世界の凡そ7割を呑み込んで消失する。

 

 半径3万9000km。

 

 惑星規模の物質の完全エネルギー置換による崩壊を巻き起こしたソレは須らく全てを消滅させて、そのエネルギーを何もかも主に差し出した。

 

 収縮した光の玉が主の掌に収まって後。

 

 ペッと遺物を吐き出すように焦げてぼろ雑巾のようにになった物体を吐き出す。

 

「しゃ、しゃーい……」

 

「まだ生きてるなんてさすが……でも、この領域じゃ人の悪意なんて存在しない。君は燃料の枯渇した動かない車両と同じ―――」

 

 ドスリと少女の腕に握られていた神器の一部。

 

 拳銃の突起の一部がフルーの心臓を貫いていた。

 

 その程度のアンブッシュ、彼女には何の意味もない。

 

 そう、本来であれば、何の、意味も、無い。

 

「しゃーい?」

 

 その言葉を彼女は、フルー・バレッサは正確に理解した。

 

 ―――悪意が、何処にも何だって?

 

 黒焦げだった少女がムクリと起き上がると同時にシュウシュウと肉体が再生を始めていく。

 

 物質的な耐久性のみならず。

 

 巨大な精神力を有する精神生命体としても極めて有能な存在。

 

 受肉した神格にも等しい彼女は精神と肉体を同時に滅ぼさぬ限り、大抵まったく問題無いくらいには不死身だ。

 

 物質的にコゲコゲになって、聖女の術式で精神の7割を削り倒されたけれども、悪意さえあれば、そう……ほんのちっぽけな悪意さえあるならば、そんなのは些細な傷である。

 

 何よりも効率が違うのだ。

 

 彼女の存在というものは人類憎悪を組み上げて構成されている。

 

 あの黒き棺が組み上げた存在は決してただで殺されてやるような生易しい代物ではないのだと彼女自身が体現している。

 

「……っ……僕の怒りは悪意だって? はは、まったく、冗談が上手いよぅ。これを怒らずにはいられないよねぇ……」

 

 バキリと胸元から突起を圧し折りながら、表情を消した女が笑みを浮かべる人外生物を見下ろした。

 

「どうやら、間に合わないみたいだけど、だからって諦めてあげられる程、物分かり良くないんだよねぇ、僕」

 

 今、第二ラウンドが始まる。

 

 あらゆる悪意を呑み込み再生、復元する極限に死に難い生物と宇宙を千度滅ぼして余りある怒りと技術の申し子が激突する。

 

 だが、その決着が付く前に全てが終わってしまうと理解するからこそ、フルー・バレッサは怒るしかなかった。

 

「必ず、君の大本は僕の手で潰す。約束だよぅ」

「しゃーいしゃい~~♪」

 

 やれるものならやってみろと元幼女は挑発混じりにあっかんべーなんて子供も今時やらないような行為で相手を嘲笑う。

 

 そして、再びの激突が開始された。

 

 絶対零度の拘束。

 

 無限質量による重力崩壊。

 

 光の速度にも近しく加速された超質量。

 

 不死を狩る為の刃が無限増殖すれば。

 

 それを打ち砕く赤黒い閃光が全てを薙ぎながら数万km単位を撃ち祓う。

 

 正しく惑星の上では繰り広げてはならぬ禁断の一時。

 

【あっら~~? ちょぉっと面白そう。んふふ♪】

 

 戦闘を上からちょっと覗いていた筋肉の化身が優しく嗤う。

 

 物語の合間には適当で乱暴なシーンも必要よね、とでも言いたげに。

 

 チクタク、チクタク、チクタク。

 チクタク、チックタック、チクタック。

 チクチク、タクタク、チクタクチクチク。

 

 ジェットコースターのように続く戦闘を愉し気に見やるモノ。

 

 その背後では主の機嫌に吊られて、時計も揺れていた。

 

 酷界。

 

 その天に坐すモノの為にある黒き塔。

 

 そこでも中々見られないビッグ・カード。

 

 戦闘は1人の観客を横に未だしばし続くようであった。

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