※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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最終話「天蓋蒼ければ、宙はまた薄桃に輝きて」

 

―――天蓋蒼星中心領域【??????】

 

 世界の片隅を彼女は見ていた。

 

『旦那は大丈夫だといいが……』

 

『大丈夫だろう。あの男の事だ。すいませんと謝ってやってくるだろう』

 

『ま、そうね。そういう主人公的なのよね。あの人』

 

『うんうん。そんな気がする』

 

 世界の片隅で彼女は見ていた。

 

『何も思い通りにならない世界かぁ……』

『しゃーい♪』

 

 世界の片隅から彼女は見ていた。

 

『こんな―――大陸が!?』

 

 蒼き瞳の魔王の従者に連れ立った騎士を心配する仲間達。

 

 無限の戦いに空しさを感じながら無限に戦い続ける聖女と幼女。

 

 今、全てを護ろうと立ち上がる神域の魔導聖女。

 

『おーい。イフィー!! どこだ~~!!』

 

『イフィーさーん』

 

 世界の中心を彼女は見ていた。

 

 巨大な列柱の最中。

 

 無限の可能性が彼女には見える。

 

 見えてしまう。

 

 それは魔王の魂が内方する世界と現実である世界の齟齬が生み出す万華鏡。

 

 この宇宙には結末が一つしかない。

 

 が、この天蓋蒼星の内部には結末が幾つもある。

 

 未来から聖女がやって来たのもそうだ。

 

 無限の時間を戦う化け物と騎師達がいた事もそうだ。

 

 継ぎ接ぎされたような世界の断片。

 

 ソレが在り得たのは此処が魔王に内方された新しい宇宙そのものであるからに他ならない。

 

 あらゆる可能性の中から最良の結末へと人々を手繰り寄せているもの。

 

 それこそが渦。

 

 グレートダウナー。

 

 巨大な竜巻。

 

 無限の風。

 

 この世界の中心へと続く道。

 

 外なる神の眷属モドキである流動する肉からの一撃に軽傷で済んだり、超越して大量の時間が飛ばされる事で危険が恐らくは回避されていた。

 

 聖女との戦いに存在を担保し続けられたのも……そっと後ろから手を引かれていたから……。

 

 そっちじゃないと優しく教えて貰っていたから。

 

「これが、お前の記憶……何よりも大切な宝物、か」

 

 イフィミスラ・ハージェット・テトス・エルデナンド。

 

 彼女は遂に辿り着いた場所で呆然と見上げていた。

 

 巨大列柱が無限に集合する中心へと歩き続ける自分達を見ていた。

 

 仲間が欠けた可能性の欠片が無数に降り積もっていく。

 

 あるいは最良の結末以外の未来が宇宙という少年の内部に降り積もっていく。

 

 リュオが自分達と共に行く未来。

 

 ピアリが聖女とすり替わっている未来。

 

 何か一つ間違っていれば、彼女が見知らぬ誰かが仲間の時もあった。

 

 それどころか。

 

 別の世界の別の星の光景すらも見える。

 

 その全てが無限に網羅された一つの宇宙。

 

 魔王の玉座。

 

 記憶の在処。

 

 その中心にあるのは虚空に浮かぶ無限の現在と無限の過去と無限の未来。

 

 そういう断片を寄せ集めたステンドグラスのような何かだった。

 

 彼女は此処に仲間達と来ていたはずであった。

 

 しかし、仲間達はいつの間にか逸れている。

 

 あるいは自分達について来たシャイとかイリュートとかしか喋らない人外な幼女が聖女を足止めしてくれていたりもした。

 

「そうか。最初から此処に干渉出来るのは我と……」

 

「あ、見付けました!! イフィーさーん」

 

 暗い世界にステンドグラスだけがある。

 

 その最中を走って来るのはイクスピアリ・アン・レゼであった。

 

「ピアリ……お前だったのだな」

 

「え?」

 

 イフィミスラの前まで駆けて来た桃色髪少女が首を傾げた。

 

「イルト」

 

「へ? あれ? 此処、何処だ? あ!! イフィー!? 探したんだぜ!?」

 

 いつの間にか傍にいる少女を見て、青少年が安堵する。

 

「イルト……此処が目的地だ」

 

「目的地? 此処が?」

 

「上を見ろ」

 

「あ、ああ、って……な、何じゃこりゃぁあああ!!?」

 

「うわぁ!!? 綺麗です」

 

 2人が無限の映像の集合たるステンドグラスの先にある夜空に浮かぶ世界の断片の輝きに圧倒された様子となる。

 

「コレが魔王さんの記憶なんですか?」

 

 ピアリの訊ねにイフィミスラが何と返せばいいのか苦笑した。

 

「そうだ。無限の過去未来現在。全ての宇宙の記憶。アイツが内包する世界の全ての情報が此処にある」

 

「何かすげーのはオレにも解る。うん……でも、時間とか空間とか無視してないか? 連なりが滅茶苦茶っぽい……」

 

「そうだな。そういうものなのだろう。この中からアイツの記憶をサルベージする事だけが恐らく復活の糸口だ。集合宇宙の情報断片の海からサルベージ。まったく、最後まで面倒を掛けてくれる」

 

 苦笑したイフィミスラが手を自分の足元に翳すと。

 

 すぐに飴色な木製の床が顕れ、その上に紅茶が置かれた白いテーブルと椅子が3脚出て来た。

 

「座れ」

 

「お、おう。いいのか? 急がなくて」

 

 

 イルトが腰掛けながら思わず休んでる暇があるのだろうかと首を傾げた。

 

「あ、蜜碑でお菓子も出しちゃいますね!!」

 

 ピアリもすぐに椅子へ腰掛けるとお茶菓子を出し始める。

 

 

 その様子を見ていたイフィミスラが目を閉じた。

 

「イフィー?」

 

「………なぁ、ピアリ」

 

「はい?」

 

「お前はあいつと生きて出会えなかったのだな」

 

「は?」

 

「………あはは、いつの間にか思い出したの分かっちゃってたんですね。イフィーさんには……」

 

「え? ピ、ピアリ? ど、どうかしたのか?」

 

 蜜碑をカチカチと合わせていた手が止められた。

 

 思わずイルトが2人の少女を交互に見やり、自分には分からない何かが話されているのだと理解する。

 

「七人の聖女。七人の奇跡。だが、あいつと出会った者達には聖女にも匹敵するような力を持つ者が大勢いるという。そして、この天蓋蒼星はあいつの記憶……」

 

「はい」

 

 ピアリが空を見上げる。

 

 すると、その先にはまた寂れた山間の村が一つ見えた。

 

 それが急拡大したかと思うとほぼ全ての記録を塗り潰して投影され続ける。

 

「美しい村だったんですよ。流行り病と野盗にやられるまで。村の人達が互いに殺し合って冬の食べ物を取り合うまで」

 

「ピ、ピアリ?」

 

 少女が視線を俯ける。

 

 それに思わず大丈夫かと声を掛けようとした時だった。

 

 笑い声がした。

 

『お母さ~ん。お父さ~ん。こっちこっち~~』

 

 両親と共に山間の小高い開けた丘に遊ぶ少女。

 

 桃色髪の少女が粗末な布地を分厚くした衣装を着込み。

 

 駆け出していく。

 

「あれって、ピアリ?」

 

 イルトが呟くと同時に家族団欒の一時が暗転する。

 

 まず、目に付くのは母親の血だらけの口元だった。

 

『お母さん!? 血が!? 血が止まらないよぉ!?』

 

 母は笑いながら衰弱したまま。

 

 娘を抱き締めて息絶える。

 

 父が血だらけで帰って来た日。

 

 食べた肉は何の肉だったか。

 

『お父さん。泣いてるの?』

 

 そして、それすら無くなって。

 

 流行り病に侵された父は村の襲撃者達によって殺された。

 

 それを遠方の丘で見ていた少女はもう何一つ失うモノもなく。

 

 村で最後の生存者となり、生きて生きて生きて……最後に倒れ込んだ。

 

 誰かが来る足音を最後に聞きながら。

 

 誰かが埋葬してくれるだろうかと。

 

 自分は母と父に会えるだろうかと。

 

 教会の教えをもう少しちゃんと聞いておくんだったと。

 

 擦り切れた心が消えるまで、思っていた。

 

「そして、きっとソレがシンアさん。いえ、ティアさんの始りだったんです」

 

「それって……魔王の名前……」

 

 ピアリがイルトに頷く。

 

「思い出しちゃいました。イルトさん……私、とっくの昔に死んじゃってたみたいです。あはは……」

 

 瞳の端に雫が盛り上がり、笑顔の少女は痛々しいくらいに優しく微笑む。

 

「な、何だよソレ。ピアリは今も此処で生きてるだろ!!」

 

「私の身体、蜜碑で出来てるんですよ。聖女さん達とおんなじです」

 

「ッ―――イフィー!? どういう事か説明してくれ!?」

 

 思わず血の気が引いた相手から訊ねられて、紅茶が一口。

 

「この魔王の記憶の中心に埋もれているのはアイツにとって忘れられないものだ。そして、あいつにとってピアリは……出会わなかった初めての……」

 

「な、何だよ? ソレ……」

 

「私はティアさんが初めて見た同年代の死人だったんですよ」

 

「―――」

 

 イルトが言葉を失った。

 

「命の重み。人の死。自分以外の誰かの死。悼むべき事。それを理解した時、あいつの中で何かが変わったのだ。そして、それは聖女達と絆を深めるよりも先に起った出来事だったのだろう」

 

 イフィミスラが哀し気に空を見上げる。

 

 記憶の海には今度は無限の絶望が映し出されていた。

 

 幸せそうな仲間達との旅路。

 

 泣き笑い共にはしゃいで同年代の少女達と愉し気に歩く姿。

 

 その落差は唐突にやってくる。

 

 やってきた仲間達。

 

 戻って来た仲間達。

 

 それは最後の最後。

 

 少年が襲われてからの事。

 

 ボロボロになっても何とか相手を退けた少年が仲間達の姿に安堵し、手を伸ばした時、その背後に突き立てられたのは―――。

 

「な、何だよ。コレ……聖女様達、なのか?」

 

「これが罪だ。今まで調べた事を言うなら、四聖女は其々にあいつよりも大切なものを抱えていた」

 

 突き刺した者は黒髪の麗人。

 

「ユアン・クオは今まで救い続けて来た人々の命。旅の無頼として全てを退けても人々が自分の知らぬところで時代の波に飲まれて消えていく事を……あの女は決して許容出来なかったのだろう」

 

 その顔は怜悧でありながら、涙に濡れていた。

 

「こんな……」

 

 突き刺したのは背の低い眼鏡の少女。

 

「フルー・バレッサは当時、父親を越える鍛冶を目指していた。旅鍛冶として多くの人々に技術を伝えていた事が確認されている。父親が亡くなってから長く逗留する場所も多かった。そういう街では温かく周囲の人々に育てられていたとされる」

 

 突き刺したのは短髪の闘師。

 

「ソィラ・ミクラは故郷の孤児院を養う為に戦っていた。闘技場で稼ぎ、旅の冒険者として稼ぎ。殆どを仕送りしていた。だが、流行り病と戦乱で孤児院は危機に瀕していて、馬車を乗り継いでも間に合わない程に遠くまであの女は来ていた」

 

「……どうして」

 

 イルトが呟く。

 

「だから……自分に出来る事をした。1秒でも1日でも長く孤児院を存続させる事。そして、全ての兄弟姉妹達を生き残らせる為に……それが単なる延命に過ぎないと知っていたとしても……」

 

 突き刺したのは金髪の美しい少女。

 

「ハティア・ウェスティアリアは慰霊の旅をしていた。滅んだ一族を弔い。人々を戦乱と貧困、疫病の中だろうと少しでも助け、少しでも生き残らせ、笑顔を取り戻す為に……」

 

 少女は全てに絶望しながら剣を振り下ろし、森が燃える最中に涙すら見せず。

 

 しかし、泣いていた。

 

 泣いていた。

 

 泣いていた。

 

 泣いていた。

 

 誰よりも泣いていた。

 

「死者を弔い。人々を護る。護って来た人々の笑顔と生活を守る。誰かの幸せを護りたかった……だから、殺した」

 

 世界が夜空に戻る。

 

 ステンドグラスはそのままに記憶は仕舞われているようだった。

 

 だが、その残滓に見えるのは無限に戦う相手の怨嗟。

 

 あるいは共に在ろうとした誰かからの裏切りの刃。

 

 傷付き、倒れ、起き上がり、縫い留められ、幾度となく人では在り得ぬ死を得続けた少年の生きるという戦いの毎日。

 

「愛する者に殺され。安らぎを求めた相手に殺され。おまえのせいだと憎まれた。死を経験する度、アイツはきっと無意識に思い出したのだろう」

 

「そっか、ピアリは死の象徴だったんですね……」

 

 椅子が消える。

 

 床もテーブルも消える。

 

 しかし、浮遊した2人の前でイクスピアリ・アン・レゼだけが離れ行き。

 

 虚空に止まって動き出す。

 

 いや、彼女の背後にあるモノが顕れて、動き始めた。

 

 ソレは剣で出来ている。

 

 それは杭で出来ている。

 

 皿のように滑らかな。

 

 磨かれた桜色の円環。

 

 それが無数に彼女の背後で広がっていく。

 

「ピアリ。何だソレ? 似合わないぞ!!」

 

 思わず近付こうとしたイルトを横合いから出した手でイフィミスラが制止する。

 

「此処は記憶の座。牢獄。それを護り、留め置く為に必要なのは動き出さない事。止まっている事。留められる事。汝は死……そういう事なのだろう」

 

「解んねぇよ!!!?」

 

 叫んだイルトが手を振り払う。

 

「イルトさん。ごめんなさい。でも、思い出したんです。シンアさんが初めて受け入れた死者がピアリだった。ピアリはずっと見てました。何も分からないまま。魂のまま。沢山の人達がシンアさんの世界に来て、私の世界に来て、ようやく私は私になったんです」

 

 少女の身体を覆う衣装が光に包まれていく。

 

 薄桃色の肌の上に桜色の鎧。

 

 否、揺り籠が覆っていく。

 

 揺り籠を中心にして広がり続ける桜色の巨大な何かはもはや彼ら2人が視認出来るよりも遥かに遠く。

 

 面となって何も無い暗闇に迫出し、世界が―――割れた。

 

 宇宙。

 

 否、少しだけ別の空間。

 

 もう一つの月の裏側で彼らは陽光に照らし出されたソレを見る。

 

 桜色の剣と杭で出来た羅針盤。

 

 いや、時計にもあるいは盾にも見える。

 

 数千kmを越えた巨大なソレこそは魔王が幾多迎えた死の極北。

 

 その中心で一糸纏わぬ少女は半透明の殻の中、2人に微笑んだ。

 

『ピアリはとっても幸せでした。イルトさんやイフィーさんやリュオ先生やシャイちゃんと一緒に旅が出来て、とってもとっても幸せでした』

 

「何言ってんだよ!? 旅が終わったって何にも変わんねぇよ!!? ピアリはオレ達の仲間だろ!! そんなところにいないで旅終わりました記念とかやって、行くとこないならオレ達と一緒に来りゃいいんだ!! 何も心配なんか要らないだろ!!!」

 

『ダメなんです。ピアリはもう死人だから、この星の中でしか存在しないから……でも、消えるわけじゃないですよ? 私が、ピアリが消えても、魂は此処にあるんです……だから、シンアさんの、ティアさんの大切な記憶、持って行って下さい』

 

「イフィー!!?」

 

 その叫びにこの日の為に此処まで歩んできた灰金の少女は超然として腕組し、世界の欠片が散っていた宙に笑みを浮かべた。

 

「イルト。今、計算してみたのだがな。ピアリをあの死の牢獄を破壊して助けるにはお前の力がいる」

 

「イフィー!!! い、いいのか!? オレ、オレッ!?」

 

「馬鹿者。乙女の背後でそんな顔をするな。お前はピアリを助けたいのだろう? 我はな……あの聖女共みたいな短絡お気楽悲運な乙女気取り共とは違うのだ!!」

 

 イフィミスラが右腕を横に開いたと同時にその掌から何か歪みのようなものがゆっくりと虚空へと広がっていく。

 

「よく聞け。アレは魔王が受けて来た死そのものだ。アレを吹き飛ばせば、ピアリは解放されるが、ピアリ自身が核である以上、再構成は必至。だが、記憶を引き抜いた後は別にあの星に未練は無い」

 

「つまり、中身を取り出す間だけ破壊すればいいのか?!」

 

「そういう事だ。だが、動き出したアレをもう一度天蓋蒼星に封印するには我でも時間が掛る。ピアリもまた星の中に封じねばならない」

 

「それって……」

 

「イルト。お前の居場所はお前が決めていい。それに就職先も無いのだろう?」

 

 軽く少女に言われて。

 

 イルトはいつもの調子に戻った気がした。

 

「敵わねぇな……イフィーにはさ」

 

「リュオ先生も後で呼ぼう。何年先になるかは分からぬがな」

 

「師匠は何かすげー土下座しながら『イルト君。済まなかったぁあ』とか言ってやって来そう」

 

 思わず本音が出た青少年である。

 

「はは、そうだな。そして、仲間を救うというなら、あの星を最高のリゾート地にでもして待っていてくれないか? 我ら【聖王同盟(サクラム・フェデレイションズ)】は絶対に目的を達成するが、その後の居留地をまだ決めていなくてな」

 

「無茶苦茶だぜ? イフィー」

 

 そう言いながらもイルトの顔には笑みがある。

 

「そうか? 今のお前ならば出来るだろう。何ならあの偽聖女共に頼んだっていい。確率などクソ喰らえだ。我は魔王の従者イフィミスラ・ハージェット・テトス・エルデナンド。あの馬鹿者が覆してくれた運命を征く者!! さぁ、一仕事だぞ!!! イルト・イナーシタ!!!」

 

「オウ!!!」

 

 その2人の言葉にポロポロと死の中心で少女は泣いていた。

 

「泣くなってピアリ。コレ終わったら食事とか作ってくれ。きっと腹減り過ぎて死にそうだと思うからさ♪」

 

『……はい。イルトさん!!』

 

 涙を振り切り終えたら、それは全ての合図となる。

 

 無限の柱と剣が死を世界に振りまき始めた。

 

 解放された魔王の死という極大の記憶と概念の塊が今は生きている2人の生き物へと引き寄せられていく。

 

『イルトさん!? イフィーさん!?』

 

「イルト!! 十五秒持たせろ!!」

 

「おうさ!!!!」

 

 イルトの全身が燃え上がった。

 

 いや、緑銀に輝きが全身を覆い。

 

 光を放っていた。

 

 今、意志と力を束ねた少年は自らの奥底に眠る力を呼び覚まし、それを確かに自らの手で振るう。

 

「おらぁああああああああああああああああああ!!!!」

 

 触れれば死。

 

 見れば死。

 

 嗅げば死。

 

 そんな死の桜色の光沢が宇宙を無数に駆け抜けて―――。

 

 だが、しかし。

 

 生きている何かに触れる前に巨大な高圧の波。

 

 波動によって分解されていく。

 

 少年の声はもはや光であった。

 

 最も速き事。

 

 最速の攻撃方法。

 

 無限に自らの奥底から力を組み上げる超自然的な生物。

 

 その恩恵を用いて波動を行使する。

 

 正しく生きた錬金術そのもの。

 

 あらゆる物質を生成し、制御する波動錬金の秘奥に近しいソレはばら撒かれた死の剣と杭の全てを分解し、再構成までしてみせた。

 

 次波、三波がその盾へとブチ当たり、次々に同士討ちで崩れ、少年の全身から生み出される光の本流へと触れて分解し、盾が増えていく。

 

「よくやった。まずは三分の一!!!」

 

 イフィミスラの掌が虚空の捻じれのようなものを掴んで曲げた。

 

 途端、ドッと外縁から中心部に向けて約1200kmの円周上の構造体が粉砕し、脱落。

 

「付いて来い!! 突撃するぞ!!」

 

「了解!!」

 

 その最中から溢れて来る無限の死の剣が少年少女を追尾しようと射出されたが、イフィミスラの背後にピタリと付けたイルトが後方から両手を突き出して、イフィミスラの前方に向かってくる剣を緑銀の外套から射出した無数の細い針で迎撃した。

 

 針が相手の表面に触れた瞬間に波動が表面から浸透。

 

 全てを原子分解し、同時に物質をエネルギーに直接変換。

 

 運動エネルギーによって微粒子さえも進路上から光の玉として消し飛ばしていく。

 

 その最中を縫うように進む2人に今度は残っていた部位が直接伸びて来た。

 

 合計4000本程の巨大列柱の群れが一点に向けられるのだ。

 

 その星すら砕くだろう質量を前にして2人が同時に片手を翳した。

 

「オレが傘を造る!!」

 

「では、我がソレを進ませよう」

 

 見えざる剣。

 

 いや、あの聖女から受け取った彼の想像力に比例して何にでもなるソレが巨大列柱の凝集物を貫く傘、槍―――いや、全長100km近いドリルとなる。

 

 それが、後方から手を翳したイフィミスラの歪みによって回転し始めた。

 

「貫けぇえええええええええええええええええ!!!!!!」

 

 見えざる傘が、ドリルが、その莫大な、莫大過ぎる質量の真正面からの力押しに、桜色の吹雪を散らして、その姿を遠目からならば解る程に魅せる。

 

 回転に巻き込まれた無数の物質が緑銀の波動を受けながらエネルギーに転化され続け、ドリルの淵の部分を爆破して更に加速。

 

 ピアリのいる中央の殻へとぶち当たる寸前、七つの剣で受け止められた。

 

「虹色の【剣獣】!?」

 

「そうか。お前達がこの星の最後のセーフティーか。聖女があいつに与えた死。その具現……」

 

 イフィミスラが見えざるドリルの先端がピアリの寸前で完全に止まったのを確認して、今まで戦って来た代物とはまるで相手が別次元である事を悟る。

 

「この威力を受け止める? 奇跡か。同等以上の能力。魔術が必要か。ならば、そうしてやろう!!」

 

 イフィミスラの全身に薄っすらと文様が、刻印が浮かび上がっていく。

 

 それは薄紫色や薄桃色、あるいは輝き過ぎて白く白く蠢き。

 

「退けッッ!!! 死などに構っている暇は無い!!!!」

 

 灰金の少女の刻印から溢れ出した光が両手を獣の如く覆い。

 

 まるで雑草を刈るかのように剣を横薙ぎにした。

 

 その瞬間、砕けこそしなかったが、剣に無数の罅が入る。

 

 それは瞬時に修復されていたが、修復される瞬間を逃さず。

 

 両手がバチンと七つの剣を掴み挟んで粉々にしようと圧を掛け始めた。

 

「此処は我がやっておく!! あの殻をぶっ壊せッ、イルトッッ!!!」

 

「おっしゃぁあああああああああああああああ!!!!!!」

 

 燃え盛る緑銀が少年の身体を覆っていく。

 

 それはもはや人ではない。

 

 暴走していた時の獣にも似ていたが、その表面は装甲染みて。

 

 機械の二足で起つ何かのようでもあった。

 

「ピアリ、目ぇ瞑ってろ!!!」

 

『は、はいぃいい!?』

 

 思わずその姿に驚いた少女が思わず両手で目元を隠す。

 

 その御茶目というか。

 

 緊張感の無い隠し方に苦笑一つ。

 

(師匠。錬金術が無かったら、オレは此処まで来れなかった。師匠がオレを此処まで連れて来てくれた……だから!!!)

 

 両手が半透明の殻に突き立てられる。

 

 猛烈な衝撃。

 

 嘗て、魔王に与えられた死の記憶、本流がイルトの脳裏に流れ込んで来る。

 

 相手は言う。

 

―――死ね。

 

「今までの全てに」

 

―――死ね。

 

「感謝を込めて」

 

―――死ね。

 

「オレはッ」

 

―――死ね。

 

「オレはッ」

 

―――死―――。

 

「生きる!!! 生きて生きて生きまくって皺くちゃの爺さんになってから死んでやる!! だから、今はお呼びじゃないんだよ!!! 校舎の裏にでも引っ込んでろ!! この死ね死ね野郎!!!」

 

――――――生きて。

 

 パリンとイルトの爪が殻に通った。

 

 そして、記憶は流れ込む。

 

 誰かの記憶。

 

 魔王の記憶。

 

 誰かに言って貰った温かい言葉。

 

 泣いて泣いて泣いて泣いて。

 

 自分に生きてと言ってくれた誰かの、あの大勢の人達の言葉が。

 

『貴方に生きてて欲しいと思うもの』

 

 誰かは言った。

 

『お前は生きて共に戦うのだろう?』

 

 誰かは言った。

 

『何事も生きてこそだよぅ♪』

 

 誰かは言った。

 

『アンタは生きなさいよ。ちゃんとね』

 

 誰かは言った。

 

『お願いです。生きて下さい。シンア』

 

 誰かは言った。

 

『死んじゃダメ。生きて!!』

 

『そう。生きなきゃダメ!!』

 

 誰かは言ってくれていた。

 

 それは記憶。

 

 魔王の記憶。

 

 誰かが誰かに貰った宝物。

 

「何だ……そっか……もっと単純だったんだな」

 

『イルト、さん?』

 

「生きろよ。ピアリ。オレはお前がいなくちゃ人生つまらないんだからな?」

 

『ぁ……ハイ!!』

 

 少女が微笑む。

 

 哀しそうではない。

 

 苦しそうではない。

 

 何かを決意するのでもない。

 

 自然にただ目の前の人の言葉に。

 

 殻が割れて、解放された少女を包み込むようにして抱き。

 

 緑銀の獣は離脱する。

 

「ふふ、漢ではないか。イルト……では、我もカッコよく決めておこう」

 

 両腕がようやく7本の剣を圧し潰した時、死の中心たるピアリを失ったソレが鳴動し、その破れた殻から大量の映像が溢れ出す。

 

 その記憶の、宇宙の、全ての、世界の情報を、少女は自ら両手を広げて一心に受け入れた。

 

「ぐぅぅううううううう―――ッッッ」

 

「イフィー!!?」

 

「イフィーさん!?」

 

「あいつの、あの馬鹿者の記憶だけ寄越せ!!!!」

 

 少女がその映像の本流に対して口を大きく開け、噛み千切るように食らい付いた。

 

 無限の情報など捌ける者は存在しない。

 

 溢れ出しているのは真に宇宙の始りから終わりまでの全てだ。

 

 そんなものを個人が選別する事など殆ど不可能。

 

 だが、そういうものに慣れ親しんだ生物とかもいるにはいるのが、世界の面白いところだったりする。

 

「マヲ~~~」

 

 クオン。

 

 クラウゼン侯爵家の究極生物(白い姉の方)がいつの間にか少女の頭部に乗っていた。

 

「遅いお付きだぞ!! 何をやっていた!?」

 

「マ、マヲヲ~~!!」

 

「は? 朝飯食べてたら、眠くなって二度寝してた?!」

 

 思わずピキッと少女の額に青筋が浮く。

 

「マ、マゥヲゥヲ~~~♪」

 

「そんな怒らなくても? 後はやっておくから?」

 

 あーむ。

 

 と、白猫が情報を同じように齧った途端。

 

 ドッと全ての映像も情報も消失した。

 

 途端、殻の内部へと吸引力のようなものが働いて、周囲の宙域に散らばっていた全ての死の具現がユルユルと渦を巻き始める。

 

「けぷ」

 

 何かお腹を摩った白猫がゴニョゴニョとイフィミスラに耳打ちする。

 

「まさか、もうそんなに経ったのか!? く、こうしている場合ではないわけだな。イルト!! ピアリ!! 今からお前達を再度天蓋蒼星に封印する。こっちに来い!!」

 

「お、おう」

 

「は、はーい」

 

 何やら焦っている少女が渦巻き始めた死の残骸のから少し離れた位置まで移動すると2人を見やる。

 

「ピアリ。今はお前をこの星の外に出す方法が無い。だが、内部に戻れば、死の外殻を破壊されたお前はお前を認識する者失くして存在も出来ない」

 

「……はい。そう、ですよね」

 

「イフィー……具体的にどうすればいいんだ?」

 

「我もまた本星に戻らねばならないから一度しか言わん。良く聞け。死の記憶の本体の破損後もまともにピアリの存在を確定するには一番大きな柱である認識者を置いて、他の人間に直接であれ、間接であれ、認識させる事が重要だ」

 

「つ、つまり、何なんでしょう?」

 

「今からお前達は夫婦になれ」

 

「ハ?!」

 

「ヘ!?」

 

「ペアで誰かに覚えて貰うのが一番手っ取り早いのだ!! ついでに何か目立つ事をして天蓋蒼星にいる連中に覚えて貰え」

 

「め、目立つとかッ。夫婦とかッ?! んな事、きゅ、急に言われてもッッ!!?」

 

「イ、イルトさんとふーふ……ふーふ、ふふ、うふふ…はわわ!?」

 

「ああ、ピアリ!? いきなり過ぎてピアリが目ぇ回したぞ!? イフィー!?」

 

「別に子供も創って構わんぞ。蜜碑でになるのか。普通の方法になるのかは知らんがな。とにかくだ!! 強い結び付きを幾つかと弱い結び付きを沢山。これが基本だ!!」

 

「ブッ?! こ、子供とかぁ!? いきなり過ぎるぅ!?」

 

「時間が押しているから進めるぞ。いいか? ピアリは核だが、本来は剥き出しの魂なのだ。概念的な付与と記憶を破砕して一端、繋がりが薄れたものの。本質は何も変わっていない。このまま時間が経てば、再び死の記憶が再構成されて取り込まれてしまうだろう」

 

「ど、どうにかなるんだろ!? イフィー!?」

 

「ああ、だから、その方法が今言ったようなことなのだ。生きろ。人間の自然の営みは子供を作り、次世代に繋げていく事だ。そして、その営みの中で大勢の人間に覚えて貰うという事は生きている記憶になるという事なのだ」

 

「生きている記憶……」

 

 イルトの呟きに少女は頷く。

 

「イルト。お前は本来が自由だ。だが、死そのものであるピアリに中てられ続けても生きられる生物としての強さ。そして、共に生きたいと思える想いを持てるのはお前だけだろう」

 

「イフィー……オレは……」

 

「自由に生きたとしてもピアリは何も言うまい。だが、ピアリを見捨てられないお前は自由を失う。しかし、それでもお前が幸せを求めるのならば、誰かを愛するのが一番なのだ。方法としてはだがな……」

 

 真っすぐな瞳が灰金の少女を見た。

 

「手紙は送る。それとリュオ先生の事も後から必ず情報は届ける。お前とピアリを此処から出す方法も考える。だから、しばらく2人で一緒に仲良くしていろ。その間に関係がどうなってもそれは自己責任という事で」

 

「はは……ホント、イフィーには敵わねぇよ」

 

 肩が竦められて、緩々と首が横に振られた。

 

「それとこれはしばらく会えなくなるから言っておく」

 

 少女が白猫を掴んで剛速球で月の方角へと投げ飛ばした。

 

『マヲヲヲ~~~~!!!?』

 

 何をするだぁああああと言っているに違いない白猫はキランと星になった。

 

「い、いいの?」

 

「いいのだ。どうせ、転移であっちに戻るだろう」

 

「ア、ハイ……」

 

 ちょっと照れた様子でこほんと咳払いが一つ。

 

「………その気持ち。嬉しく想っていたぞ。イルト」

 

「え?」

 

 それは刹那だった。

 

 薄っすらと唇が温かく。

 

 相手が呆然としている間に少女は2人から離れていく。

 

「―――我は魔王の従者!!! イフィミスラ・ハージェット・テトス・エルデナンド!! これより友を封印し、我が主の救援に向かう!! 我が友イルト・イナーシタ!! イクスピアリ・アン・レゼ!! また、幾度の年の果てに会おう!!!」

 

 その仰々しい言葉と同時に踊るように回転した少女の周囲に巨大な魔術方陣が浮かび上がっていく。

 

「………イフィー」

 

 思わず紅くなった青少年が呆然と呟く最中にも。

 

 何処か怪しく薄く微笑んで。

 

 永遠に幼い姿のままだろう少女は呟く。

 

「封縛陣……天蓋創生――――――」

 

 薄桃色の微粒子達が次々に連結し、宙域を呑み込む程に花開き。

 

 ゆっくりと世界の中心へと墜ちていく。

 

 その最中、1人の青少年と1人の少女は視線を交わしたが、最後には何処か照れ臭くなり、互いに頬を染めて仕方なさそうに笑う事になったのだった。

 

―――その日、世界を染める死の華の美しさと恋の欠片を見た人間はいない。

 

 ただ、白猫だけが『イイツケテヤロー』という半眼で少年少女達の仄甘い物語の終焉を月の周回軌道に入りながら見ているのみであった。

 

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