―――天蓋蒼星??層
今、数人の男女が生死を分ける踏破の淵で森を抜けていた。
天蓋蒼星大深度層。
そうここ最近呼ばれるようになった場所がある。
少なくとも第四以降の層において無限に続くと思われる変化型の広大な領域が確認され、更に下層へと向かう道を探しても見つからないという場所に行き当たったグループが複数あった。
その情報が上部層に伝わると攻略の為の大規模遠征隊が幾つも立てられる事になったが、無限変化する第四層以降にランダムで出現する領域内部は千変万化。
辛うじて帰る事が出来た者達はその大量の最上位ランクの蜜碑や現地から収集した動植物や鉱物による資源性の高さから大金持ちになったとか。
そんな一攫千金を狙うグループの一つがようやく迷い込んだ森林型の無限階層域と呼ばれる場所は高レベルの剣獣が昼夜無く襲ってくる狩場であり、帰り際を誤って彼らは必要以上に消耗。
もはや、風前の灯状態で傷だらけのまま森を抜ける事に成功していた。
「抜けたぁああ!!!」
「た、助かったぁああ……」
「気を抜くな。まだ剣獣が出ないとは限らないぞ!!」
「と、とにかく森から離れた場所で宿営地を造らない、と?」
カポーンと鹿威しの音がする。
それと同時に彼らは巨大な岩山らしいものが森の終わりから先にある荒野の横にあるのを目をパチクリとさせた。
宿であった。
岩山に張り付くようにして二階建ての巨大な庭園を内部に持つ東部式らしい木造建築様式の旅館らしき場所が彼らの行く手には見えていた。
あまりの事に互いの顔を抓る彼らだが、どうやら現実らしいと確認後。
警戒しながらも旅館の壁の中にある門を潜る。
「わ……わわ、す、すごーい!?」
思わず言葉が足りなくなる程に広い敷地内。
門前の壁際まで使われた庭園は風光明媚な巨木や苔生した巨岩が据えられており、小川や滝と泉まで原生林みたい有様で置かれていた。
魚が小川を泳ぎ。
小さな小動物が庭の草むらからヒョコリと顔を出しているが、彼らを見ると何処かへと消えていく。
「お、お客さん? あーようこそ桃源郷へ」
「トーゲンキョー?」
パーティーの女子の1人が首を傾げる。
それと同時に思わず剣を構えようとした男達は小川を渡り、玄関口に向かう端の傍で何やら地面に魔術方陣らしきものを書いている相手を見て、腕を下げた。
まだ20代にはなっていないだろう。
だが、旅装らしき緑銀の外套と何処か超然とした笑みを浮かべた青少年が自分達にどうこう出来るモノには見えなかったからだ。
「オレは元々【星潜者】やってた錬金術師でな。此処に今、マイホーム兼旅館立ててる者だ」
「こんな場所に?」
その緑銀の相手はあははと頭に手を当てて笑う。
「いやぁ、実はこの星から抜けられない呪いに掛っちゃって。まぁ、他の階層には行けんだけどさ」
軽く言う相手の言葉に嘘はない。
いや、嘘を言う必要すらない事が四人パーティーの誰にも解った。
それ程に相手の底の見えなさが彼らには解っていたのだ。
「時々、上層で色んなレクリエーションの企画やったり、初心者向けにアイテム売ったりして生計立ててんだけど、本業の旅館業は現在開店休業中。つーか、まだ半分も出来てなくて」
と言っている間にも片手が魔術方陣に付いた瞬間。
岩山の一部が急激に膨れ上がり、荒野へと次々に侵食して巨大な山々が数km先まで形成されていく様子を……彼らは見てしまった。
「いやぁ、今動植物が生えて住める山作ってんだけど、これが中々難しいんだ。あ、お客さん待たせちゃダメだよな。オーイ。ピアリ~~」
「はーい♪」
トテテテと少し早歩きで出て来たのは東部式の着物姿。
それも艶やかな薄桃色の花を縫い込まれた一点ものを着込んだ同じ色合いの髪を背後に流した少女だった。
「ようこそおいでくださいました。トーゲンキョーにようこそ~~」
「あ、は、はい。あ……もしかしてご夫婦なんですか?」
女性メンバーが少女の腹部が少し大きい事に気付いて、思わずそう訊ねる。
「え、えへへ~~よ、四か月目なんです~~~」
思わず照れた様子ながらも嬉しそうに少女が答えて傷付いたパーティーを玄関内へと向かい入れた。
「う、うわぁ……綺麗……」
旅館の内装は色付きの硝子で装飾され、魔導らしい明かりが大量に付けられて、温かみのある空間となっていた。
装飾自体は中央風だが、東部風の通路や壁や天井の木製の模様は目新しく。
すぐ左側には男女別の共同大浴場があるらしく。
汚れたまま入れるようにか大理石製の直通の道が置かれている。
「まずは大きな傷がある方はそちらの瓶に入ってる回復用の薬剤をどうぞ。その後、鎧や装備品をあっちの大浴場に預けて身体を洗って下さい。装備品のお洗濯は承ってます~」
「な、何か至れり尽くせり的な……瓶の中身は?」
「普通の錬金術で造った病原菌の殺菌と傷口の回復用薬剤だってイルトさんが言ってました」
オカミに言われて、少し躊躇しながらもパーティーがその透明な牛乳瓶程の大きさのソレから緑色の液体を飲み干す。
「ッ……ホントに傷口治ってる。治癒術式並みじゃないコレ?」
ゆっくりと傷口から泥や石が排出され、内部から塞がっていく様子に彼らが大陸中央の医療現場並みの効力だと驚きつつも、言われるがままに装備を外して洗濯するものを指定。
そのまま屋外の岩風呂と中央式の大理石席の公衆浴場を併せ持つ湯気の掛かるパラダイスにフラフラと近付いて入っていく。
天井付近で繋がっている浴場では大声が良く伝わる。
「うわ、コレ薬草風呂だよ!? それも良い香り~~~♪ す、スゴイ。コレもう小さい傷も治っちゃうんじゃない」
「あ、掛け湯を忘れちゃダメでしょう!?」
「あ゛~~~い"ぎがえ"る~~~~」
「おっさんくさぁ~~あはははは」
パーティーがすっかり安心したのを確認してから、桃色髪のオカミが指先を一度虚空で回す。
すると、壁や床からショッキングピンク色の剣獣。
否、それだけではなく単なる棒や武器になりそうな形の物体が大量に出て来て、パーティーの指定された装備品を持ち上げ、洗い場へとイソイソと運んでいく。
「えへへ。これでお仕事終わりです。あ、イルトさんにお料理作って貰わないと」
トテトテと玄関先に出たオカミが未だに岩山をあーでもないこーでもないと創造しては崩したり形を変えているバントウに近付く。
「あ、ピアリ。あのパーティーはどうだ?」
「はい。今、お風呂すごーいって入ってますよ♪」
「そうか。そりゃ、良かった」
「あれ?」
その時、彼女は玄関先からカポカポという音が遠ざかっていくのを聞いた。
「外にお馬さんなんていたんですか? イルトさん」
「いや、郵便屋さんだ。どうやら地表では一件落着して、何かまた色々ありそうだけど、数か月後には一度来るってさ」
「ッ―――イルトさん!! それって!!?」
一枚の手紙が手品のように指が弾かれると同時に少女の手に落ちて来る。
そこには2人には懐かしいと思えるくらい。
少し長い間見ていない大切な仲間の名前が書かれてあった。
「それで師匠も見付けたって」
「リュオ先生も来てくれるんですか!?」
「ああ、何でも今までの経緯を書いた手紙を送ったら、涙でグシャグシャな手紙が帰って来て、夫の手紙がこのようなもので申し訳ありません。って、恋人さんの手紙も付いて来たとか」
「ええ!? リュオ先生。ご結婚したんですか!?」
「そうみたいだな。どうやらまた天蓋蒼星に来る予定立てたらしい……オレ達も式とか……まぁ、まだいいか。でも、皆が集まれるようになったら、な?」
「ぁ……は、はぃ……えへへ……そうしたら、この子も一緒に……」
少女は愛おしそうに少し膨れた腹部を撫ぜる。
「そういや、定期健診……受けなきゃな」
「はい!! 七教会の病院って、どんな人でも受け入れてくれて、スゴイ親切ですよね!!」
「ホントになぁ。すげー特殊な事例だってのに上層部に対してだって守秘義務はあるって真顔で言う先生しかいないのは笑った……善人極まってるよなぁ……」
もはや苦笑も出ない。
上層部にある七教会の運営している病院で思い切って見て貰ったら、特殊な血筋のようですが、安心して欲しいと真摯に対応してくれる医者しかいなかったのだ。
彼らにしてみたら、今まで追われてたのにいいのだろうかと思ったものの。
いつの間にか。
七教会に追われていた情報はさっぱり公的機関から削除されていた。
それが誰の仕業なのかは分からなくても、2人が少し安堵した事は間違いない。
「あ、そうでした。お夕食の準備お願いします。イルトさん!!」
「はは、いい加減ピアリも食事の作り方覚えようぜ?」
「で、でも、ピアリ……蜜碑のご飯好きですよ?」
ちょっとだけ控えめに蜜碑好きな少女は上目遣いで呟く。
「この子も好きか分からないだろ? だから、ちょっとオレも手伝うから一緒にやろうぜ?」
少女のお腹が少しだけ撫でられた。
「ぁ……は、はぃ。イルトさんがそう言うなら……」
モヂモヂした少女が頬を染めてコクリと頷いた。
「よっしゃ。じゃあ、作るか。上から食材も大量に仕入れてあるし。保存も完璧だしな。男料理じゃ悪いから手の込んだ料理にしよう」
「はい!! ピアリもお手伝いします!!」
「ああ、じゃあ、厨房行こうぜ? ピアリ」
「えへへ~~~」
ニコニコしながら、厨房に向かう相手の腕……そっと横合いから絡めて少しだけしな垂れ掛るように少女は共に進んでいく。
その日の夕食は具沢山の特製シチューと焼き立ての麺麭。
そして、大振りな垢鳥の香草焼きに……蜜碑で出したコンペイトウであった。
*
―――浮遊大陸ハルトゥム魔王の娼館屋上。
「クゥ~~~」
白猫がザラッと何やら古ぼけたカバンから取り出した真新しい手紙を虚空に空かして読んでいた。
『ええと、手紙ってのはこうやって書くもんなんすかね? 取り敢えず、姉さんと猫に手紙出せって旦那から話されてたんで出しやす』
太っちょな獣人マルート・マルからの手紙であった。
『ウチは南部帝国とのルートも確保してるってんで商売繁盛してます。途中ちょっとケガしたりもしましたが、その縁で家族が出来やした。それと旦那から言われてた通り、あの自分の船だか島だか欲しいっつってたチビッ子はウチの商社の天蓋蒼星の支社で働かせてやす』
ペラリペラリと読まれた端から手紙が風に乗って何処かへと飛んで行く。
『今じゃ自分の船造りまくり、島を開発しまくりで何かウチの商社一の部門つーか。何かもうあっちが本社なんじゃね? って言われてやす』
猫的生物がフムフムする。
『姉さん達に言われた通り、深層域までの物流ルートは確保しやした。七教会が関わらない裏ルートですが、大量の物資や人材を運ぶ事が出来るようになりやした』
付随の地図が猫の手に握られ、彼ら陽動部隊が辿ったルートや本隊が辿ったルートを元にした物流経路が詳細な地図には書き込まれていた。
『で、藩落の旦那とのやり取りやルートの確保も終わりやした。旦那はどうやら子供が生まれるやら、また奥さん方との間に子供が出来るやらして大変みたいっすね』
「ククヲ~~~♪」
めでたいから後で何か送ろうと呟いて紙が捲られる。
『天蓋蒼星内の例の肉の化け物は何か一斉に減ったらしくて、今じゃ殆ど見掛けねぇらしいです。ただ、絶滅はしてないみたいっすね。ああ、それから本隊を追ってた七教会の関係者は全員見付かってちゃんと帰れたみたいっすよ』
横に置いてある紅茶のカップが猫の手でグビーされる。
『それと流入してたエルフの数はもう増えてないみたいですね。その大半も天蓋蒼星の領域無限な深層辺境にある七教会の施設で保護されてるみたいで、教会はそっちにエルフだけの都市を建設してるみたいっす』
そんな事になってたのかぁ~と白猫は天蓋蒼星内部の事情にフムフムしながら、東部の店から取り寄せたフワフワなお菓子であるどら焼きを齧る。
『あ、それとシャーイとか話す人外の幼女でしたっけ? あれの捜索なんですが、殆ど天蓋蒼星内じゃ情報が無いっすよ。でも、時々エルフの都市の開発現場や大陸北部の方の支社で目撃情報が集まりやした』
北部?
という顔で猫が首を傾げる。
『どうやら、北部三国関連の施設付近で見かけたとか。あくまで目撃情報だけっすね。それと例のお探しだった二人組ですが、見つかりやしたよ。深層域から帰って来たパーティーがどうやら出会ったらしくて旅館してたとか』
その紙を猫の手で器用に虚空で折り曲げて紙飛行機にして飛ばす。
すると、すぐにソレは館内の私室の一つへと飛んで行った。
『手紙を届けるくらいなら付近にある深層域の支社からで可能でしょう。それとどうやら夫婦らしいっすね』
紙飛行機が続けて折られる。
『ああ、それにお探しだった錬金術師ですがブローカー連中から探させたらあっさり見つかりやした。天蓋蒼星関連の人間で商売してるかもしれないって話でしたが、本当にいて普通に接触出来やした。あっちは何かこっちの話を聞いてスゲー泣いてたとか。夫婦揃って今度ウチの方に包んでセッティングしたら時間と場所をお教えしやす』
手紙が最後の一枚になった。
『追伸。新居立てる事になりやした。姉さん達も時間があったら是非遊びに来て下さい。ウチの新しい家族を紹介しやすので。マルート・マル』
手紙の重要部分だけ全て紙飛行機にして飛ばしてしまった白猫は身体をコキコキすると屋根の上で人間みたいに万歳スタイルで伸びをして、テシテシと身体の埃を払うと転移で消えたのだった。
*
―――統合藩落【双來】
「マゥロ♪」
「マウロ。お帰りなさい!!」
「マウロ様。お帰りなさいませ……」
年中雪に閉ざされた峻厳なる山脈に囲まれた国家。
その厳しい土地柄から今や風前の灯とも数年前には囁かれ、定説となっていた衰滅も今は昔。
厳しい環境で多くの民が消えたはずの山間の邦の奥。
山脈の一部を刳り貫いた巨大なトンネルの付近に立つ新興住宅地。
南部大帝国イグニシア・クルシスの資本によって整備された場所に一角には豪邸が幾つか立っていた。
「只今戻りました」
その最奥にある一番家の玄関口。
家の者達が作ったのだろう子供の落書きのような氷像や雪像が雑多に積み上がった庭の先で【双來の英雄】と呼ばれた男が鎧の兜を脱いで三人の新妻達の出迎えを受けていた。
玄関口のドアから内部に戻った男の外套が一番年長の紅の髪の少女アルハによって受け取られ、不思議な色合いの尻尾に耳に鋭い爪を持つ少女イーステルが脱がれた靴を玄関口で揃え、最も幼い褐色の少女アイレンがニコニコしながら、戻った主の手をリビングまで引いて行く。
内部の様式は帝国の貴族様式で館内部の団欒となるリビングなどは断熱の為に少し狭い造りにしてある。
立派な暖炉は鋼鉄製でその上には数々の勲章が飾られていた。
「お仕事ご苦労様……♪」
最も幼いアイレンがソファーに腰掛けた旦那様の膝の上で鎧の脱がれた少し冷たいシャツに抱き着く。
「一週間後までは忙しくないので早めに帰って来れると思います」
「っ、嬉しい♪ 嬉しい♪」
本当に嬉しそうにアイレンがスリスリと細身ながらも鋼のような胸元に頬を摺り寄せる。
それにスススッと横から近付いたケモミミな少女イーステルがピトッと横合いから腕を絡める。
「マゥロ♪ おふーろ? はいる? いれた!! いーすてる、いれた♪」
「そうですね。少し戻って来るまでに冷えましたから、少し何か摘まんだ後に一緒に入りましょうか?」
「っっ♪ はいる♪ おせなか、ながーす♪」
犬のように身体を摺り寄せたイーステルが腕に頬擦りした。
「マウロ様。軽いお食事が出来ました。あたしの自信作なんですよ」
「ありがとう。アルハ……」
「ぁ、はい♪」
笑顔で皿を持って来た少女の手の上には少し山のように盛られた芋と肉のパテを塗られた小麦製のクラッカーが数枚。
「では、失礼して」
それを口に運んだマウロは労働の後には良いだろう少し塩辛い肉と芋とサクサクとしたクラッカーのツマミに大きく頷いた。
「美味しいです。今度、友人達が来た際の酒の席で出してもらいたいですね」
「はい。いつでも……それじゃあ、お風呂のご用意は出来てるので食べたら、みんなで行きましょう」
「ええ」
その時だった。
キャッキャッと甲高い笑い声が館の奥から戻って来ていた。
「ああああ、皆様。おやめください!? ひ、引っ張らないで下さい。クーバの髪を食べないで下さいぃ~~~!!?」
短髪で護衛用の帯剣を腰に履き。
三人の赤子に何やらよじ登られて肩から上で髪を食まれるやら、引っ張るやら、ベシベシと幼い手で叩かれるやらしている二十代の女護衛騎士が赤子達が落ちないようにと魔術で浮かべながら戻って来る。
「クーバさん。すいません。いつもいつも娘達が……」
思わずマウロが苦笑気味ながらも謝る。
「そ、それはまったく構わないのですが、産まれてまだ左程立たずに立ち上がるやらお声も出せるようになるやら、御子様達のご成長は著しいのでありますぅ~~。あ、いたぁ!?」
「こらこら。あまり、クーバさんを困らせては行けないよ」
赤子達がマウロを見ると目を輝かせてすぐにベビーシッターには興味を失くした様子でフワフワ浮きながら大好きな父親の元へと飛んでくる。
それに驚いたマウロが三人を受け止めると母親である三人が同時にニコニコした。
「おどろぉいた?」
「この子達、お空飛べるようになったの♪」
「実はクーバさんのを見て覚えてしまったらしくて……」
「それは、何とも……魔術の才能があったのか。お前達」
「「「ぁ~~~♪」」」
楽しそうに父親の言葉に声を返す赤子達が母親達と同じようにその頬を父の服に摺り寄せてご機嫌の様子になる。
其々に誰の子供かは一目で解るだろう。
獣の耳に尻尾。
褐色の肌。
紅い髪。
其々の少女達の特徴を誰もが受け継いでいた。
「それで姫様とセルア様は?」
「ああ、あの子達はさっき護衛騎士の方々と買い物をしてから帰ると」
「そうですか。一時期よりも随分と時間に余裕があるようでこのクーバ安心致しました」
「外交官として育てていた部下達が活躍し出して、近頃は育児も仕事も楽になったと言ってましたよ」
「それは何よりでありますね。さぁ、ミシュテル様、シャレン様、シェルハ様。お父様とお母様がお風呂に入っている間はこのクーバが面倒を見ます故。こちらに」
「「「ゃ~~~!?」」」
首を横に振って更に父親に抱き着く赤子達をあやすようにしてクーバが娘達を引き剥がし、泣き出そうとする度に物や顔芸で吊って気を逸らせ、そのまま家の奥の部屋へと引っ込んでいく。
「……クーバさんには頭が上がらないな」
「くーば、いいひと!!」
「クーバさん良い人。うん」
「そうですね。あの子達のお世話を一緒にしてくれて護衛も夜のお世話も分担して頂いて……あたし達も頭が上がりません」
マウロの言葉に続いた少女達が大きく頷いた。
そして、そろそろ風呂に行こうとした時。
玄関が開く音。
「只今、帰ったわよ~~クーバ~~!!」
『ひ、姫様ぁ~~~今、御子様達の相手で手が足りず~~すみません~~~』
奥からの声に苦笑が零された。
「いいわよ~~~後で好きなもの食べさせたげるから~~」
『こ、このクーバ感激ですぅうううう!!!』
「それとセルアの事も頼んだわよ~~」
『は、はいぃいいぃい!!! ど、どんとこい!! お子様達のお世話と健康と護衛はこのクーバめにお任せを~~~~!!!』
玄関口から女性の護衛騎士が1人、赤子を抱いてリビングで彼らに頭を下げてから奥の部屋へと向かっていく。
その抱かれたくすんだ金髪の赤子は父親を見ると手を振るような仕草をして笑顔で奥へと運ばれていった。
「ただいま~~~は~~今日もお仕事終わった~~」
グッタリ気味に戻って来たシャルア・リクト・フェス。
この国の王族にして外交官である少女。
いや、今は歳若いレディと言うべきだろう彼女がマウロの膝の上に腰を下ろす。
それを抱き留めたマウロの左右に移動したアイレンが今度は腕を占有した。
それを見届けた女性の護衛騎士達が全員に頭を下げてから玄関から笑顔で戻っていく。
「聴いてよ。マウロ~~」
「今日はもうダラケ・モードですか。シャルア」
今までシャキッとした顔だった少女は今やクタッと夫にしな垂れ掛る疲れたOLのようであった。
「仕方ないじゃない。だって、帝国のお偉いさんからスゴイ技術押しつけられまくりでウチの地下から帝都までの直通の【怪物《ディムバール》】通すって言うのよ?」
「そうですか。帝都と直通の……」
「他にもエルフの国とか色々面倒事になってるのに各地の帝国辺境地域との輸送列車用の線路敷設とか。7割方部下に任せてるのに1人じゃ全然回せないくらい大量の書類の決裁させられちゃって。うぅ……」
「帰ってくるまでに色々あったんですね。すいません。本来なら一番大変な出産にも立ち会うべきだったというのに……」
それはマウロにとって正しく仕方ないでは済まされない話であった。
「ふふ、そんなに自分を責めないで? もし良さそうなら、今度はちゃんと見て貰うから、ね?」
嘗て、国家を立て直そうと気を張っていた頃とも違い。
何処か柔らかくなったシャルアの笑顔。
そして、その手が夫の手を自分の腹部に中てさせる。
「いーすてるも!!」
ケモミミ少女が自分の腹部にもマウロの手を当てさせた。
「ア、アイレンも!!」
同じように腹部に手を当てさせた幼い少女。
そして、今まで立ったままであったアルハも傍に寄って笑みを浮かべながら、少し恥ずかしそうに腹部に手を当てさせた。
「……また、四人で妊娠しちゃうなんてね。もう、ウチの旦那様は元気なんだから」
クスリと少し妖艶にシャルアが微笑む。
「おふろ。いこ? マゥロ♪」
イーステルの言葉が合図になったのか。
「ふふ、これぞ武帝ハーレムならぬ双來ハーレムね」
「す、すみません」
「でも、もう一人くらい増やさないとならないかも」
「え?」
「……私達全員の娘の面倒を見させて、アイツの時間を奪ってるんだもの……ホントはアイツだってもうとっくの昔に恋愛して結婚して子供がいなきゃおかしい年齢なのよ?」
「え、ええと、それはつまり……」
「この間、子供が欲しいか聞いたら満更でもなさそうだったし、相手は姫様が選んで下されば、誠心誠意お付き合いしてみますとも言ってくれたしね。この双來で一番甲斐性のある人物をお見合いに出す事にしたわ。文句ある?」
「い、いえ……」
「それに結構、尊敬されてるし、素敵とも思ってるみたいよ? ま、左程時間掛からないと思うから、諦めて?」
シャルアの言葉にポリポリと頬を掻いた男は色々言いたい事は全て呑み込んで頷く。
こう言い出したら、もうこの外交官である妻が意見を曲げない事は解っていたからだ。
それにクーバとの今までの関係が悪かったという事も無いどころか。
感謝しかない相手であり、女性として魅力的である事は男にも解っていた。
四人の妻に連れられて、英雄色を好むの言葉通りのハーレムを造る人物としても名高い双來の英雄はこうして新たな妻を迎える算段を妻達に整えられつつ、館奥の硝子の天蓋に覆われた“そういう事専用”の風呂へと少し赤い顔で連れられて行くのだった。
*
天蓋蒼星。
資源の大産出地帯にして巨大な人口の受け入れ先となった二つ目の月。
今は火星の破片を周囲にリングとして纏い。
巨大な亀裂を持つに至って内部の階層との行き来も簡単になった。
と、して更に活発な人の流れが出来た巨大な経済圏。
喰い詰めた貧困層や一攫千金を狙う星潜者達が集い。
猥雑ながらも七教会の影響下で一定以上の犯罪は犯せないお約束の下。
日夜、剣獣と戯れる楽園。
この巨大経済と資源産出地帯を合わせた場所で働く人々の最中には噂がある。
霧の出る場所には近付くな。
仮面が出るぞ。
未だ剣獣とも違う恐ろしき怪物が出る。
その噂は人々の中に根強い。
今やフォークロアとも言うべき怪談だ。
そんな低階層地域の何処か。
人々が入植と共に街を作り始めた場所。
その深夜の最中。
確かに霧が漂っていた。
眠りに付いた人々は知らない。
ゆらりと蠢く化け物達。
催眠性のガスを噴出する能面を被った何かの行進。
ソレはゆっくりと被害を拡大させ。
現在、野外で仕事をしている者達すらも昏睡させていく。
生憎と七教会の支部が置かれていない地域。
巡回は数日に一回という事実に基づき。
彼らは正しく絶体絶命であった。
現地に持ち込まれた鳥達の一部は上空に跳び上がり、ホウホウと啼く。
だが、すぐに気付くだろう。
空の果てから何かがやってくる。
それは高速で輝きの尾を引いてやってくる。
鳥達の目に映ったのは緑銀。
それは外套。
そして、両手に柄のようなものを握っていた。
「まだまだ、余りものが残ってんな。こりゃ」
大通りを練り歩く死の行列。
その行き先にフワリとソレが落ちて来た。
能面達の行列が止まる。
ソレらは知っている。
産まれて間もなくだとしても知っている。
何故なら、ソレは彼らの主たるモノを打ち倒す程の何かであるから。
「昏睡系か。名前は読まなくていいな。片付けてさっさとピアリのところに帰らねぇと」
その男が立ち上がると同時に柄を一閃した。
同時に能面達が噴き出す霧に紛れて散開しようとし―――。
自分達がいつの間にか細切れになっている事に気付く。
それと同時に大通りに面した建物の幾つかが化け物達と同じ運命を辿った。
サラサラと粒子状になって分解された化け物達が消え失せていく。
それが確認され、もう片方の柄が降られると分子レベルまで粉々になったはずの建物が小さな方陣を無数に浮かび上がらせるとまるで映像を逆戻しにしているかのように再び形を取り戻していく。
「お仕事終わりっと。あん? また今度はあっちで発生してる。はぁぁ~はいはい行きますよっと」
再び緑銀の風が空へと舞い上がった。
鳥達だけが見ていた。
「ピアリに連絡しとかねぇと。あ~~ピアリか? 何か今日は数多くてさ。少し遅くなりそうだ。悪りぃ……埋め合わせは後で必ずするからさ。寝所で待っててくれ。ああ、うん、うん……」
それはこの第二の月を守護せし、新たなる一柱。
神にも匹敵する能力と神すら殺す見えざる神器を使う。
錬金の技と共にある生物。
ホウホウと鳥は無く。
まるで感謝するかのように。
小さな都市の夜明けには誰も何も気付く事は無いだろう。
ただ、全てを観測する七教会の監視衛星の残骸だけが遠目から蒼き天蓋の星に靡く緑銀の華を観測していた。
まるで光の如くあらゆる階層を行き交い。
星に自らの軌跡を刻む誰か。
しかし、その映像が回収されるのは何時になる事か。
それはまだ誰にも分からない。
ただ、咲いた華が美しい事だけはいつかの誰かが理解するだろう。
今日も天蓋蒼星には1人の錬金術師と1人の少女が仲睦まじく在るに違いなかった。
『しゃ~い♪ いりゅーと、ぴあり。しあわせ♪ つぎ、ほくぶさんごく。しゃーいしゃい♪』
虚空の何処かで人外の瞳が少しだけ嬉しそうに目を細めて、イソイソと取り逃がした聖女からもぎ取った戦利品である片腕を齧っておやつにしながら、本星の何処かへと消えて行った。